天稟に触れて
2022年05月25日 アルトリアの偽王~一人相撲~
2022年06月06日 アルトリアの偽王~苦悩を解決せし天稟~ 一部
を結合し表現を中心に改稿しました。
『あの小僧のことをどう思っておりますか?』
ん……ふぎぃ……にゃあぁあぁぁ……
思わず変な声が身体のどこからかこぼれ出た。
元はと言えば自分がやらかした奇行が原因ですが、あの暴走する老害の発言で変に意識してしまいそうです。
「うぅ~……」
パンパンッ! と頬を叩き気合いを入れる。
落ち着きなさい私。
戯れ言はここまでだ、です。
気合いを入れ直せ、考えるべきは失態よりもアルトリアの未来だ。
「防衛準備をしなければ。そうとなれば……」
キリキリと痛むこめかみを押さえながら再び太陽に祈りを捧げる。
「光霊皇様……どうかアルトリアの未来を照らしてください」
部屋を出て悩みを振り払うように深呼吸を一つ。
「あ」
ふとした瞬間に零れ出た呻き。
私、気が付きました。ええ、今更ながらとんでもない事に気が付いてしまいました。
私、アルフォンス君に名前を名乗ってない(汗)
谷底で少年と出会う。
↓
話もよく聞かずにぶちキレて少年に斬りかかる(犯罪)。
↓
荒ぶるお調子者バドハーが仲裁に入る(さっさと出て来なさい、このお馬鹿!)
↓
バドハーがなし崩し的に話をグダグダにしてくれたおかげで、なんだか分からないまま今に至る。
バドハーが少年のことをアルフォンスと呼んでいたので、そのままなし崩し的に少年をアルフォンスくんと呼んでいました。
って、これだとただバドハーに責任転嫁しているだけ。
ええ、いくら記憶を探っても綺麗さっぱり出てこないのですよ、私が名乗ったという事実。これはただ私の非礼……
ああぁあぁぁぁ……
人の上に立つ私が何たる失礼。
恩人に対して斬りかかりその後名乗りもしないとか。
い、いっそのことここはなし崩し的になかったことに。
いえ、何を考えているのですか!
そんな無礼と失礼の上塗りなんか出来るはずないじゃないですか!!
うぅ……
そんなことがバレたら、バドハーにいったい何を言われるやら。
なら、バドハーの居ない隙に……無理だ、あの面白いことには異常なほど嗅覚の利くバドハーがこんなネタを見逃すはずがありません。
ぐぬぬ……
いっそのことバドハーを亡き者に……
って、だから私は何を物騒なことを考えているんですか!
やっはりここはなし崩し的に……ですが、家臣達の見本たらねばならぬ私がそのような卑劣な真似はできません。
「おい」
「ひゃわーッ!!」
「ッ! 何て声を上げるんだよ」
突然背後から声をかけられ、情けなくも声が裏返る。
「ボクだ、寝ぼけているのか?」
「あ、お、おぉおぉぉぉおぅうぅ……お早う、ごじゃりましゅるでするぅ」
「『お』が多いし語尾も変だ。いったいどこの地方の生まれだ?」
「う、うへへ、あ、あの、ア、アルフォンスくん! お、おは、お早うございます!!」
「あん? あ、ああお早う」
私の挙動不審な態度にアルフォンスくんが怪訝な表情を浮かべる。
うぅ……まるで店先の魚に近付こうとする猫を疑う魚屋の店主のような目です。
「あ、あの……その……」
「飯は出来てる。早くダイニングに降りて来いよご当主様」
フグォッ!
ピンポイントで悩んでいたことを貫かれ思わず変な声が……
うぅ……この少年は可愛い顔している癖に本気で底意地が悪い気がしてきました。
……違いますね。
元はと言えば、礼節を重んじなかった私自身のミスだったんです。
ええ、実に当たり前の事実です。その事実を認めるのに何故こんなにも紆余曲折したのやら。
ふぅ……
「あ、あのッ!」
「うぉ! 何だよ突然に大きな声を出して? 朝っぱらから挙動不審に奇声も上げていたし、どこか調子が悪いのか?」
「奇声のことは忘れて下さい! あれは私にも予期せぬ不幸な事故だったんです」
「そうなのか?」
「当たり前です、私は普段から奇声を上げて生活するような不憫な人ではありません!!」
「何やら、朝っぱらから賑やかですなぁ」
くあぁぁあぁぁぁ~~っ!
何たる間の悪さ!
よもやこの場にバドハーが出現するとは、まさにグレィトなバットタイミングってヤツです!
う、うぅ……ど、どうにかしてこのじじぃを出し抜いて謝罪……無理ですね。
と言うか、これは自分のミスだと何度も何度も反芻したはず。
ええ、ここにバドハーが居ようと関係……か、関係ぐぁあぁぁ……関係はありません!
「なにか、どうしようも無くくだらないことで悲壮な決意を感じるのはボクの気のせいか?」
「気のせいです!」
「お、おおぉぉ、そ、そうか」
「なんか、儂だけ放置されとる気がする」
「お黙りなさい!」
「ふぉっ!? なんじゃ、儂なんか知らんが怒られちょる!!」
「そ、それで、アルフォンスくん!」
「お、何じゃ? 愛の告白か? チース、チース! HEY HEY、YOUブチュッとやっちゃいなYO!」
「やかましい! 少し黙ってなさいこの血圧爆上げ製造機! そ、それでアルフォンスくん!」
「え? あぁ、なんだ?」
「先に謝罪させて下さい。申し訳ございませんでした!」
深々と頭下げた私に、どこか所在なさげなアルフォンス君の気配が伝わってくる。
「えっと……昨日斬りかかってきたことか? それならすでに謝ってくれただろう」
「それもですが、そうではなくて! 私は貴方に、家臣と私の恩人である貴方に、名を名乗っていませんでした。もしかしたらバドハーからすでに聞いていたかもしれませんが、私は最低限の礼儀、筋さえも通していませんでした」
「ああ、そのことか」
アルフォンスくんはまるでたいしたことではないと言いたげに笑う。
「もし、アンタが端から名乗る気があったなら、むしろ謝るべきはボクの方かもしれない」
「何故貴方が謝るのですか?」
「なんか儂お邪魔かのぅ……」
「アンタらとはこうやって出会ったが、どうせその場限りの関係だろうと割り切っていた。名乗る気が無いならどうでも良いと勝手に決めつけていたんだ。だけど、アンタの態度はどうやらそうじゃないみたいだ」
「儂……放置中……」
「勝手に判断していたのはボクだ。それはアンタの心のあり方をボクが決めつける行為にほかならない。ならば、アンタに失礼を行ったのはボクも同じだ」
ふふ、何とも理屈っぽいと言えばいいのか年齢離れした自己分析と言えば良いのか。
ただ、この少年はぶっきらぼうですが、私みたいに逃げようとしていた者とは違う正道を心得た少年だったんですね。
ほんと反省、ですね。
「貴方が謝る必要はありません。全てはそう思わせた私の失態です」
「ハハ、やっぱりアンタはたいしたもんだな」
「あ、その言葉は確か昨日も聞きました」
「何か、良い雰囲気の中で儂ますます空気……」
「その言葉の意味を聞きたいのですが、まずは私に名乗らせて下さい。私はアルトリア王国大公、エルダリア・ファン・ラーダベルト。古代精霊語で【盾を持ちて駆けつける者】の意があります。私とバドハーを助けて頂き、本当にありがとうございました」
やっとまともな自己紹介をした私にアルフォンス少年はその年齢には似つかわしくない大人びた笑みを浮かべた。
「じゃ、改めてボクも。名はアルフォンス、姓は諸事情で捨てた。とは言っても帝国縁の貴族とかそんなんじゃないから安心してくれ」
「いまじゃあぁぁぁッ! 儂の名はバドハー・アラウンケスト。アラウンケストの姓は儂が若き頃、旅立ちを決意したときに自ら勢いで名乗った。ちな古代精霊語で【浮雲】を意味す……」
「確かラーダベルトって家名は、はアルトリアの建国の祖に使えた英雄の名だったな」
「博識ですね。そのとおりです当時はまだしがない民兵であった先祖ですが、時の王を戦場で助けたことから、家名に盾の意を持つラーダベルトの姓を賜りました」
「アルトリアの歴史は確か三千年以上だったよな。そんな長い歴史の中で名を無くさずに紡いでいたというのも凄いな」
「私達は人種に比べて長命ですから。二千年と言っても、私でまだ十五代目ですし」
「この地上がアールヴ族だけならそうだろうが、戦争を繰り返す短命種やら古代魔族の混在するこの世界で三千年を超えるというのは純粋に凄いと思うよ」
「何だか、ストレートにそう褒めて頂けると照れますね」
「真実だし、本音だからな」
ふふ、本当に不思議な少年です。
口はどちらかと言えば悪いですし纏う空気も性格もまるで違うのに、この少年を見ていると何故かソフィーティア様を思い出します。
「何か、儂いらんじじぃ扱いじゃのう……」
私が穏やかに少年と話している横で、何故かバドハーが落ち込んでいた。
何故だかよくわからないけど、とりあえずざまぁみろです。
そんな朝っぱらから賑やかな一幕を終え、私達は食卓テーブルを囲んでいた。
バドハーは朝食がカレーじゃ無いことにぶつくさ文句を言っていましたが、少年に――
『毎度毎度、馬鹿の一つ覚えみたいにカレーばかり作っていられるか』
と、一喝されてしょぼくれていた。
ざまぁみろPart2です。
とは言ってもカレーは私も食べたかったですから、バドハーがしょげているのをそんなに喜べないんですけどね。
「待たせたな」
「わっ!」
「ぬぬっ!?」
少年が用意してくれたのはパスタとパン。
特段珍しいメニューではありせんが、量が山盛りと言えば良いのか爆盛りというのが正しいのか……テーブル越しのバドハーが隠れるほどの量だった。
「す、凄い量ですね」
「今日は一気に王都まで行くからな。あんたらの事情を考慮するなら昼前までには王都に入りたいだろ? 休んでいる暇は無いから食べられる時にしっかり食べておいた方が良いぞ」
「なるほど了解しました。食べられる時に食べておかないと、ですね」
「そう言うことだ。それに朝食は一日で最も大切な食事だおろそかには出来無い」
「そうですね、私も朝食は大切だと――」
「うむ、では早速頂くとしよう! 量に度肝を抜かれたが、うん、旨い!」
さっきまでカレーが食べられずに落ち込んでいたのが嘘だったみたいに、バドハーは食事にがっつく。
「貴方は……ハァ……」
「何じゃ、ご当主様?」
「『何じゃ』じゃありません。貴方はもう少し――」
「そんな小言よりも、このパスタ本当に旨いぞ!」
「小言には耳を貸しなさい! 本来なら貴方がする側でしょうが!」
「そんな時代は千年前に通り過ぎたわい」
こ、この似非英雄、崖から突き落として亡き者にしてくれようか……
「まぁ、冗談はそこまでとしてじゃ」
「今更取り繕うことは出来無いと思いますが」
「そこで話の腰を折るでない。ご当主様ちと早いかも知れませんが、昨夜の話を小僧にしようと思うのですが」
バドハーの切り出しに苛立ちを忘れ静かに頷いた。
「何の話だ?」
「単刀直入に言うぞ。小僧、儂らの国にこんか?」
「ん? 端からアンタらを送るんだ。そりゃアルトリアに行くだろ」
「いや、そう言うことじゃなくてな。儂らの所に客としてこんか?」
「ん? ああ、案内した礼に客として招いてくれるってことか? 気にするな報酬はちゃんと貰うから」
「いや、そうでもなくてのぅ、ぬ~察しが悪いのう……」
はぁ……
説得下手というか説明下手というか、余計なことを話す時は饒舌なくせに肝心な時には寸足らずと言うか……
「ええい、パスじゃ!」
「ハァ……アルフォンスくん。改めて単刀直入に言います。アルトリア王国に仕官しませんか」
「仕官、ボクがか? 随分唐突な話だな」
「確かに私達は出会ってまだ日が浅いです」
「ん……ま、ボクが言う事じゃ無いがよく言えば青田買いってやつだな。だけどボクの実力がわからない状況で仕官を進めるというのは、どちらかと言えば青田刈りだと思うが」
皮肉にも聞こえる痛烈な物言い。
でも、実際にアルフォンスくんからすればそんな印象を持たれても仕方がないかもしれない。
どんな言葉で説得するのが正解なのか。そんな逡巡する私を余所にバドハーがぐぃっと身を乗り出してしまった!
あぁあぁぁぁぁ、何でこんな重要な局面で説得にあっさりと挫折したバドハーが出てくるかなぁ……
もう、説得が失敗する未来しか見えません!
だけど、そんな心配をする私をよそに、
「アルフォンスよ、青田刈りなどでは無い。そなたの力で儂らを助けて欲しいのじゃ」
昼行灯気取りのバドハーが再び目を覚ましたのであった。
ソフィーティア様……
どうか、どうかバドハーのこの状態が長続きしますように!
何卒慈悲深きその力をお貸しください!
ドキドキと早鐘みたいに加速する心臓。
そんな何とも言えない空気を先に破ったのはアルフォンスくんだった。
「力で助けろって……」
「儂らの国はそなたも知っているだろうが、大陸最南端でかつては魔の領域と呼ばれた旧フリーズリング王国領に隣接する」
「フリーズリングか……かつて、【時喰らい】をこの世界に招いた魔人の王が支配していた土地だな」
「その通りじゃ。かつて魔の領域と呼ばれた国と隣接するアルトリアだが、【雪と氷の国フリーズリング】がもたらす寒暖差と【竜の背骨大山脈】の雪解け水がもたらす自然の恩恵で、古よりアルトリアは【世界の台所】【世界の胃袋】等と呼ばれるほど豊かな国だった」
「だった?」
「だったは些か違うかもしれんが、肥沃な土地であり交通の要であるからこそ隠れた紛争の多い地なのじゃ」
「ああ、蛮族か」
あっさりと答えるアルフォンスくん。
あまりにもあっさりと答えてみせたが海峡を越えてやってくる蛮族の侵攻など他国の者はほとんど知らない。
アルトリアの民ですらその事実をどれほど認識しているだろうか。
――無関心――
そう、アールヴ族をはじめリングアベル族にドヴェルガー族、長命種が多数を占めるアルトリアは、あまりにも他者に関して興味を示さなかった。
いや、関心の衰退と言うよりも、もっと踏み込んで語るのなら――
「アンタら二人がそうだとは言わないが、長命種の弊害が出ているみたいだな」
ドキリとした。
今まさに悩んでいたことをこの少年は言い当てようとしている。まさか……
いや、それは私の考えすぎじゃないのか? 私が考えた事とこの少年の言葉がたまたまリンクしただけじゃないのか?
そうだ、そう考える方が自然だ。
だけど、思わず期待せずにはいられない。この少年の恐るべき見識というものを――
そんな私の期待に応えるかのように、少年はゆっくりと口を開き始めた。
「人間からすれば異種族であるアンタらは人間よりも遙かに優れた種族だ。ただ一点、繁殖能力の低さを除いて、だが」
淡々としたその言葉にズキリとした。
は、はは……
侮っていたのは自分だったと改めて思い知らされた瞬間だった。
この少年は、本当にとんでもないですね。
おそらくここから先、少年が話すことはアルトリアの根本的問題に繋がる真実だろう。
「小僧、いやアルフォンスよ。そなたはアルトリアの未来をどう見ておる?」
「ボクは部外者だぞ? ましてやアンタらに意見出来る立場に無いと思うが?」
「それでも聞かせてください。アルフォンスくん、貴方がどう思っているのかを」
「ん……アルトリアは悪い国じゃないよ。短期的に見ればね」
「短期的ですか」
「ああ、保って二十年。最悪だと早ければ十年を切るだろうな。地図上からアルトリアの名前が消えるのは」
「凄まじい予想じゃのう」
「だがアンタらはそれに薄々感づいている。違うか?」
淡々と、だが抉り付けるような言葉を叩き付けてくる。
「アンタら長命種は世界の真の指導者を気取っているが、真実は世界の進化に取り残された旧世代の遺物になろうとしている。それを招いた根幹にあるのが長命によるプライドの高さ、そして繁殖能力の低さによるこの世界じゃ異例とも言える世代交代の無さだ」
矢継ぎ早に叩き付けられる言葉に、ビリビリと私の、いや私達の肌が震えた。
ここにアルトリアの貴族達が居たらどれほどの怒号が飛び交っただろうか。
だが、この少年は喩えここに私達以外の誰かが居たとしても、この真実を叩き付けたはずだ。
そう、言葉の端々に感じるのはアルフォンスという少年の揺るぎない芯の強さ。
「ご当主様の年齢は知らんが、じぃさんあんた二千歳くらいだろ」
「ひょ? うむ、まぁそれに近い年齢じゃな。よく分かったの」
「…………」
アールブは確かに長命だ。
だが、そうは言ってもバドハーほど長生き出来た者はアールヴの歴史の中でも数えるほどしか居ない。
まして、これほどの高齢ではしゃぎ回れる者などアールヴの有史以来初だろう。
いくらアールヴが長命だと言っても一般に知られているのは精々が四、五百年。
子供故の発言……って事はこの少年に限っては無いでしょうし。
バドハーが聖戦の生き残りであることを知ってたが故の発言……と、ここは考えておくのが今は正解でしょうか。
「じぃさんは異端というか異例というか除外するとして」
「なんじゃ? 儂を異物扱いか!? これが若者のじじぃ苛めというヤツか!」
「話の腰を折らないで下さい! アルフォンスくん続きをお願いします」
「ぐぬぬ……」
「話を続けるぞ。僕はアールヴの平均寿命を知らないが、この地上で生きる生命体の中では異例とも言える長命の弊害。それはアールヴらから好奇心を奪った。ハッキリ言ってアンタらは危機感がなさ過ぎなんだよ。帝国という共通の敵が居た頃は良かった。だが帝国が瓦解した今、次の覇権を狙う連中がこの大陸には山ほどいるんだ。だが覇者の象徴であるクリスタルパレスは、連合軍さえも壊滅させた黒騎士に守られ手が出せない。なら何が起きる?」
「他国への侵略戦争……じゃな」
「そうだね。特に帝国との戦争で一番被害の大きかった獣人国デルハグラムはここ数年蝗害や冷害で不作が続いている。なのに、今や帝国を攻めた時以上の軍事力だ。いくらクリスタルパレスが覇者の象徴とは言え、まさかそれが実利の少ない帝都奪取のために集めたなんて思わないよな?」
「しかし、私達には五王国同盟があります」
五王国同盟――
かつて帝国が魔導王アルフレッドの力で台頭した時、その力に対抗するために結ばれた同盟だ。
もっとも、その同盟が成立するために地図上から一つの国が消滅しましたが……
「五王国同盟がある限り私達は――」
「五王国同盟ね。だが、それを真っ先に反故にしたのがアルトリアだって思ってるぜ、向こうさんは」
「え……?」
「何を惚けてるんだ。五王国同盟が最後に発動したのは帝都奪取だろ。その戦争に興味を示さなかったのはアルトリアだ。もっと言うなら、アンタがその時に強権を振るってでも参戦しておけば同盟を延命させることが出来た」
「そ、それは……」
「とは言え、どちらにせよ参加したところで黒騎士に戦力を奪われ、遅かれ早かれ蛮族の侵攻を許すか獣人国の侵攻を許しただろうよ……結局アルトリアはどん詰まりなのさ」
「そなたは獣人国を相手に儂らが負けると思っておるのかの?」
それはプライドを傷付けられてほとばしった言葉、と言うよりもむしろ値踏みするかのような声音。
「敵がデルハグラムだけならな。厄介なのはここ数年長期化している【白刃の王】だ」
白刃の王――
それは、旧フリーズリング王国に冬になると訪れる巨大な寒気の名だ。
大地を雪と氷で閉ざし、水平線の彼方まで続く海峡さえも凍て付かせる死の嵐でもある。
昔は大寒波が続いても精々十日ほどだったが、近年では一月以上に及ぶことさえある。
「【白刃の王】が吹き荒れた後、凍結した海峡を越えて蛮族の侵攻が始まる。その時、デルハグラムは同時に侵攻を開始するだろうな」
「デルハグラムは蛮族と取り引きをしている、と。その上でアルトリアの侵攻を計画していると言うのですね」
「恐らくな。そうでなければここ近年の兵力増強と繋がらない。まぁ、相手がイカレてるなら後先考えずに兵力を蓄えることもあるだろうが、デルハグラムは帝都戦線で敗戦したとはいえ誰もが知る戦争巧者だ。この大陸の覇権を狙う以上、未来を見据えた上での兵力増強だろうよ」
静まりかえる空気。
少年の実力を知るつもりが、これから起こるだろう惨劇を思い知らされた気分だった。
「そなたなら、その状況をどうすれば打破出来ると思う? 儂には可能性がある方法は一つだけあると思うが」
「ボクも現段階では一つしか方法は無いと思う」
「和睦だ」
「和睦かの?」
二人の声が同時に重なった。
そして、老英雄はシニカルな笑みを、少年はどこまでも透明な笑みを浮かべる。
「ただし、和睦を結ぶと言っても同盟は行わない」
「同盟を結ばないのですか?」
「ああ、いつ寝首を掻くかもわからない相手との同盟は足枷にしかならない。時勢を見計らいデルハグラムを出し抜くためにも、精々三、四年程度表向きの平穏を保てれば十分だ」
「逆に、そんな相手と和睦自体が可能なんでしょうか?」
「大量の食料を送り付ければいい。言葉は悪いがアルトリアにとって幸いなのは、あの国は兵力の増強と食糧難で民に餓死者が出ていることだ」
「確かに、他国とは言え民の苦痛を幸いとは言いにくいのぅ」
「民を餓えさせて、国が守れるはずが無いのに……」
「だがらこそ、そこがつけ込み所だ。商人を通して五王国同盟の盟友が食料を送ってくれるとデルハグラムの民を中心に情報を流布させる。今、デルハグラムの王家も貴族も強兵政策の影響で人気も信頼も地に落ちている。無償で食料を送られてくるという相手に刃を向ければ信頼は完全になくなり国民の暴動を呼びかねない」
「敵国の民を味方に付けるというですね」
「ああ、身銭を切ることにはなるが数年間は一兵も使わずに戦争を回避出来る。その間に蛮族を完膚なきまでに叩き潰し五王国に離間の計を仕掛け睨み合いをさせておけば、向き合うべき強敵はデルハグラムだけになる」
「はは……何と言えば良いのでしょうか。失礼ながら仕官を説得する中で貴方の能力を探るつもりでしたが、まんまと思い知らされましたね」
「ボクのは机上論に過ぎないよ」
「ですが、ただの空論ではないと思います」
椅子から立ち上がり、私は右手を差し出した。
「では改めて。アルトリア王国の国王名代である大公エルダリア・ファン・ラーダベルトの名において貴方にお願いします。アルフォンス殿、どうか我が国でその天稟を発揮してください」
アルフォンスくんのオニキスのように黒い瞳が私の視線と交差する。
その瞳はどこまでも透明な、いや、そこの見えない海の深ささえも感じる。
「何度も言うがボクは弱いぞ。アルトリアの力になれることなんか何一つないと思うが」
「真実の貴方は自己評価の通り弱いのかも知れません。貴方が指摘したとおりプライドの高い古参貴族の煩型は変わることを嫌い、貴方の提案をあざ笑い妨害するかも知れません……ですが」
私はそこで深呼吸を一つして吐き出した。
伸ばした手を取ってくれるだろうか?
心が震える。
そんな私を見透かすみたいに、オニキスの瞳が伸ばした手を見据える。
私達アールヴ族が言うことじゃありませんがこの少年は本当に幾つなんでしょうか?
私よりも小さな体躯でありながら、その身体に纏う気配はまるで樹齢数百年を誇る大樹のような力強さだ。
いや、あるいは――
英雄の永劫の友と謳われる伝説の神龍を彷彿するような……って、流石にそれは言い過ぎですかね。
ただ……ただ、それでも、絶対にこの少年はアルトリアに招きたい。
そんな思いが私の中に膨らんでいく。
「私はアルトリアの盾です。私が掲げる盾の後ろにいるのは力無き無辜の民です。情けない話ですが、盾だけでは変わりゆくこのアルナミューズの激動を乗り越えることは出来ません。
私には私を支えてくれる槍が必要です。私には先王の教えを守る為に道を切り開く斧が必要です。私には……民を悪意から守る剣が必要なんです! 貴方が味方になってくれるというのなら、喩え元老院を敵に回すことになっても貴方の進言を必ず押し通して見せます」
「アルトリアの元老院っていや、王の意見さえも捻じ曲げる海千山千の古参貴族が山ほど居るって噂に聞いたが、王の代行に過ぎない大公にそれが出来るのかい?」
「民の血を顧みず改革に反対する者が元老院に居るのなら、喩えソフィーティア様の御心に背き王宮に血を流すことになっても……必ずや改革してみせます」
「後世で救い無き悪王と誹られるかも知れないぞ」
「後世の評価などくだらない。今を生きる者達とその子らを守れるのなら、汚名などいくらでも被ります」
そ私が決意を口にしたと瞬間、アルフォンス少年は小さな笑みを浮かべた。






