老騎士、非才の英雄に祈る
2021年12月13日 老騎士の驚嘆←一部
2022年01月13日 老騎士、非才の英雄に祈る
を結合し表現を一部修正しました。
「大鍋いっぱいに作ったカレーがもう空だ。そっとおかわりの皿を出してるが諦めろ」
「な、なんじゃと!? もう少し、もう少し無いのかのぅ? 哀れなじじぃと思ってせめてもう一杯!」
「何が哀れなじじぃだ。アンタはすでに八杯、ボクの分も奪って食べてるからな」
「……てへぺろ」
「本当に二目とは見られない哀れな状態にしてやろうか?」
「じょ、冗談じゃ! すまんのう、本当に美味しくてついつい食い過ぎちまったわい」
「はぁ……まったく。金持ちを助ければ飯ぐらい貰えるってのが兄さんが教えてくれた教えだったんだが、まさか貧乏なボクが金持ちを満腹にさせる事になるとはね」
「いやいや、必ずこの恩は返す! 儂の名にかけてな!」
「期待はしないどくよ、あと、話は変わるが風呂が沸いてる。冷えた身体を温ろ」
「風呂まであるのか!?」
「貴族の家みたいに何でもやってくれるような立派なもんじゃ無いがな」
「貴族の風呂を知っとるのか?」
「……いや、面倒臭そうだなって思っただけだ。奥に脱衣所と風呂がある。手伝いは誰も居ないが準備が出来たらさっさと入れ」
「う、うむ、了解じゃぞ!」
そうして案内された部屋で衣擦れの音が一つ。
ちなこの衣擦れ音の主は儂じゃ!
ふはは! ドギマギしたか!?
……ツッコミ不在、寂しいのぅ。
むん、と脱衣所の鏡でまっするポーズをとる。
「どうじゃ、たまらんくらいせくちーじゃろ?」
はぁ。ツッコミ不在というのは、寂し……
「ふぉおぉぉっ! な、なんじゃこりゃぁ!?」
寂しい独居老人みたいな独り言を呟きながら入った浴室。だが、その浴室の予想以上の清潔さと何とも言えぬハーブの香りに思わず感嘆の声が吹き出した。
な、なんなのじゃ?
この家も料理もそうじゃが。風呂までなんと風変わりなことか。
世界中を旅してきたつもりだったが、儂の知ってることなど砂粒ほどの知識に過ぎんかったんじゃな。
「ふぅ……まさかこんな山奥で風呂に入れるとわな。にしても、家も不思議じゃが一番不思議なのはあの小僧じゃよな」
掴み所も無く、どこか飄々としてぶっきらぼう。ともすれば無礼者にも感じる若造じゃ。
じゃが、時折見え隠れする知性や雰囲気は決して愚か者でも無鉄砲な若造とも違う。
一言で言うと、やはり掴み所の無い小僧じゃな。
あの料理と言い、小僧の母親とは一体何者じゃ?
そういや孤児に教えたとかも言っておったな?
こんな立派な家持ちが孤児?
なら、あの歳で孤児の面倒を見ているというのか?
だとしたら、それはどこの……まさか、アルトリアだと言うのか?
「『金持ちを助ければ飯ぐらい貰える』か。ある意味真実じゃが、何とも世知辛い言葉よ。年端も行かぬ小僧に、そんな言葉を教訓にさせてしまうとはの……」
何とも言えず泣きたい気持ちになった儂は、気が付けば頭のてっぺんまで湯船に浸かりその潤む目元を誤魔化すしかなかった。
「と、落ち込むのもほどほどにせんと、湯あたりしちまうわい」
何時までも入ってたら小僧に何言われるかわらかんしのぅ。
それにしても、じゃ。
朝飯に食ったカレーなる食べ物は千五百年生きてきた人生で一度も経験したことの無い実に不思議な美食であったが、それよりも不可思議であったのは小僧の家だった。
「この壁はなんじゃ? 木……いや、紙? 壁に紙を貼ってるのか? なんと無駄な……いや、考えようによっちゃ部屋の雰囲気を変えるのにはお手軽なのか? あとはコストとのバランスじゃが……ふむぅ」
しかし、今思えばそもそもが内装も儂の知る常識とは違う作りであったが、そんなのは驚くような事では無かった。
そう、この家に隠された神秘……
「のう、小僧」
「なんだ?」
「この家はこんな河原に建っているが、水害の心配は無いのかの?」
「まさか、こんな所に常時住んでる訳無いだろ。昨夜はたまたまだ」
「ん、常時住んでない? なら、この家は放置された空き家か何かか?」
「そんな訳無いだろ。これはボクんちだ」
「おぬしは時折何を言っているのか難解な事を言うのぅ」
「あんたの察しが悪いだけだと思うが」
「そんなはずは無いと思うがの」
「じゃあ行くとするか」
「うむぅ……」
儂は今一つ状況を飲み込めぬままに相づちを打った。
そして、この家の規格外な事実を知る。
儂が家から出たのを確認すると、小僧は家に向かって何かを唱えた。
するとどうじゃ、あっという間に手の平サイズまで家が縮んだではないか!
「な、何なんじゃ、それは!」
「ん? ただの家だ」
「そんなことは分かっとるわい! 今何をしたんじゃ!? 一体どんな原理じゃ!? 何が起きた!?」
「質問が多いぞ。面倒くさいから一つだけ教えてやる」
「うむ!」
「魔法技術で作られた家だ、以上」
「……………………ま、そうじゃよね」
あ、あっるぇ~(汗)
お、おっかしぃのう?
儂と小僧の温度差酷くね?
や、まぁ……自分の家だからそんなもんと認識しているのか?
いやいや、それにしてももっとこう、少年のように目を輝かせてるじじぃが居るんじゃから、「やれやれ、困ったじぃさんだぜ」みたいなノリでもうちっと食いついてくれても良い気がするんじゃがのぅ。
こんな塩対応な小僧が儂の孫だったらじじぃ泣くぞ?
周りが引くぐらい泣くぞ?
良いのか? 年寄りが泣くと、孫が虐げてるとか陰口叩かれて後からすっごく面倒くさいぞ?
まぁ、おぬしは孫では無いけどな。
「おいじぃさん。何だか面倒くさいこと考えてるだろ」
「お、おうぅ? そ、そんな事は無いぞ」
まるで儂の心を見透かすみたいな眼差し。
「その、なんと言うか、まぁあれじゃ。もうちょっと詳しく教えてくれたら嬉しいかなぁ……って、思ったり何じゃったりしとるだけじゃよ」
「そうか」
……
…………
………………
「え、それで終わり? なんか他に言う事は無いんかの?」
「悪いがボクも詳しくは知らない。もちろんこれが特殊な家であるのは経験則から知っているけどな」
「そ、そうか……遺跡か何かで発見した古代遺物かの?」
「今言っただろ、ボクは詳しくは知らない。ただ、母さんが若い頃に父さんの先生から貰った家だって」
「ほう、こんな大層なマジックアイテムを教え子に与えるとは、太っ腹で優しい恩師じゃのぅ」
「やさ……」
「な、何じゃ、その目は? 何か悩んでおるのか?」
「いや……別に。ちょっと考え事をしただけさ。じゃ、行くとするか。おい、馬。元気になったか?」
小僧に呼びかけられ、ルーディフがバルルルと嘶く。
話は終わりって事か。にしても、呼び方が馬って……や、馬じゃけどな。
拘らない主義なのか、それとも単に興味が無いだけか。
いや、いかんぞ。それじゃいかんのじゃ!
未来ある若者が、そんな何事にも興味を示さない冷めた態度はよろしゅうない。
「小僧、そのオーガンクルス馬の名前は馬ではなくルーディフって言うのじゃ。出来れば名前で呼んであげてくれ」
「そうか、ボクはお前のことをこれからルーディフと呼ぶがかまわないか?」
小僧の呼びかけにルーディフがバルルと嬉しそうに嘶く。
ふふ……
うむ、名前を呼び合うは人も動物も心を繋げる為の基本じゃ。最低限のコミュニケー…………
ぬああぁあぁぁぁぁぁっ!!!
し、しまったわい!!
儂とした事が何たるミスじゃ!
名前を呼び合うのが最低限のマナーとかドヤ顔しちょきながら、儂、小僧の名前知らん!
ど、どうしよう。
小僧は何だかんだ言っても儂の命の恩人。
そんな相手に今更、「ところでお主の名前はなんですか?」とは聞けぬ(汗)
ど、どうする、英雄マナーで大ピンチ!
い、いっそ知っている体でこのまま話を通すか?
……うむ、それが一番波風立たぬ大人の選択じゃ、間違い無い!
「と、言う訳で小ぞ――」
「人懐っこいな、お前。あ、悪いお前じゃ無くてルーディフだったな。ボクの名前はアルフォンス。近しい人間からはアルと呼ばれてる。よろしくな」
きたこれっ!
天が儂に味方しおったぞ、ヒャッハー!!
「そうじゃぞ、ルーディフ。そやつはアルフォンス、通称アルじゃ! ガッハッハッハッ!!」
「じぃさん……」
「ばるるる……」
な、何じゃい……ルーディフまで、その残念なモノを見る目は……
う、うぅうぅぅ……
「い、色々と、そ、その……すまんかったわい……」
見た目的には孫ほども(実年齢は遙かにそれ以上)歳が離れた小僧、改めアルフォンスに儂は頭を下げたのだった。
……そんな心温まるはーとふるな触れ合いがあったのは今から一刻ほど前の話。
「のう、アルフォンスよ」
「なんだ?」
「儂の屋敷がある王都まで、この獣道を抜けるルートじゃと野宿含めて三日はかかりそうでな」
「最短距離で進んでいる、黙って諦めろ」
「鉈で切り捨てるような素敵な言い方にサンキューじゃ。じゃが聞いてくれい。ここから街道に戻り数刻進めば我が主の別荘が山間にある」
「そこに行けば、報酬の飯は貰えるのか?」
「いや、それは無理じゃ」
「そうか」
そこから続く沈黙。
え゛会話終了!?
この小僧、何たるコミュニケーション能力の低さじゃ!
や、それは薄々気が付いておったが……
普通、何かを提案したら食いついてくるもんじゃないのか?
ま、まぁええわい。
儂は気を取り直し、咳払いを一つする。
「少し遠回りになるがちぃと別荘に寄りたいんじゃ。もしかしたらじゃが、ご当主様がそこに居るかも知れんのでな」
「ご当主ってのは、アンタが助けるために逃がした相手だったな。じゃあ仕方ないか、取り敢えずそこに寄って居なければ王都に向かうとするか」
「そうじゃ。普段のご当主様であれば、まっすぐ王都に向かい部隊を編成している可能性の方が高いんじゃがの」
「確率は低いのに寄るのか?」
「いや、まぁ……低いっちゃ低いんじゃがな」
「後手に回る可能性があっても寄る理由があるんだな?」
「今回の外出でご当主様の乗られていたオーガンクルス馬のライアンは、戦用じゃなく狩り用での。とてつもなく俊足な反面、体力が無い。先の逃走ではかなり心臓に負荷をかけていたからのぅ」
「力尽きている可能性がある、と」
「まぁ、そうじゃな……」
今回乗ってきたオーガンクルス馬のライアンは本来なら日常の足に過ぎず、特別に優秀だった訳では無い。
軍用馬として見れば、むしろ臆病で才能の乏しい駄馬とも言える馬じゃった。
そんな才能の無さから処分されかけたところを、たまたまその場に居合わせたご当主様が哀れみ引き取る事になったのだが……
出来の悪い子ほど可愛いかったのか、ご当主様は日常の足としてライアンを常にそばに置いていた。
それからしばらくしてじゃった。ライアンが重度の蹄葉炎にかかり安楽死を迫られたのは。
馬は戦場を駆ける者には血を分けた兄弟のような存在。
安楽死を勧められた時のご当主様の顔は、刹那ではあったが今思い出しても為政者としては有り得ないほどに動揺していたが、人として見ればその情深き様に心打たれたものだ。
そんな愛情故だろう、傲慢だ増長だと誹られる覚悟で本来なら才能のある馬にしか許されぬ延命治療を施したのも。
「だからこそじゃろうなぁ……」
動物とは不思議じゃ。
感情の生き物と呼ばれる人なんぞよりもよっぽど愛で応えようとする。
黒騎士から逃走の際には、その身は疾うに限界を迎えていながら走るのをやめなかった。そう、すでに限界に達しながらも諦めること無く走り続けておったのだ。
恐らく、助かりはすまい。
ならばこそご当主様のことだ、ライアンを埋葬し自身も屋敷の辺りで力尽き休んでいる可能性がある。
「……ルーディフが居る分、儂らの方が機動力は高い。喩え寄り道した屋敷に居なくとも、どこかで追い付けるはずじゃ」
「そうか。なら判断はアンタに任せるよ」
「うむ、急ぎ街道に戻れば、昼を過ぎた辺りには着くはずじゃ」
儂が軽く腹を蹴ると同時にルーディフが駆け出す。
一晩休みすこぶる調子が良いのか、いつにも増して軽やかな足取……
およ?
気のせいか、何時もよりちと早過ぎね?
そんな事をぼんやりと考えていたのはほんの数刻前。
太陽が天頂に届く前には屋敷に到着した。
いや、おかしいじゃろ!
儂の予定より一刻は早いぞ!
「ルーディフや、お前まで無茶せんかったか? って、むちゃくちゃ元気そうじゃの」
ルーディフが儂に応えるようにブルルと嘶く。
その鳴き声は苦痛を伴うものではなく、むしろまだまだ走れる事をアピールするかのような印象。
どうなっとるんじゃ?
「おいじぃさん」
「何が起きて……」
「おいじぃさん!」
「ふぉ!? な、なんじゃいボケッ!! いきなりでかい声出すな!」
「誰がボケだ。呆けてたのはアンタだ。着いたなら屋敷の確認をするのが先だろ」
「お、おぉ、それはすまんかったわい。そうじゃの、まずは中の確認じゃ……おぉおぉぉ!? なんじゃこりゃ?」
門をくぐり中に入ると、そこは鬱蒼とした草花で生い茂っていた。
「馬鹿な、昨日ここを訪れたときには手入れが行き届いた庭園だったというのに……」
異界と現界の狭間にある迷いの森にでも迷い込んだというのか?
「こりゃ一体……いや、そうか地霊の力か」
儂は改めて辺りを見渡す。
晩春とは思えぬ、まるで真夏の野原のような光景。
そこに一カ所、生い茂った草むらの中でもほんの少しだけ小高くなっている場所があった。
大きさにしたら、馬一頭分だろう。
ルーディフが静かに嘶いた。
「そうか、そこに眠らせてもらったのか……」
そなたは確かに非才であった。だが、そなたの主を思う気持ちは誰よりも優るものであったぞ。
儂は主を守り抜いた、英雄に頭を下げた。
「アルフォンスよ」
「もう良いのか?」
「うむ、儂が手を合わせずとも、ライアンはご当主に手厚く葬られとったよ」
そう、この生い茂る草花。
朽ちゆくライアンの身体を衆目に晒さぬよう、ご当主が魔術で覆い隠したのじゃろう。
ちょいとばかり感情が高ぶり、その術は屋敷の庭全体に広がってしまったようじゃがの。
いや、あるいは……
あるいは、死してなおライアンの魂が草花の中で走り回れるよう、辺りを覆い尽くしたのかも知れぬ。
……想像をすれば切りが無いがの。
「アルフォンスよ、少しだけ館を確かめたい。もしかしたらまだご当主様がおるかもしれんでな」
「ああ、分かった。じゃあボクは辺りに気配がないか探っておくよ」
「うむ、頼んだぞ。そうだ、お主、獲物は何を使うんじゃ?」
「獲物? 生憎とボクは何も使えないが?」
「何もじゃと? お主狩人か何かを生業にしてるんじゃないのか?」
「ボクはか弱いんだ。そんな野蛮な事するか」
「野蛮ってお主……儂を助ける為に色々とやってくれたじゃろ」
「ああ、あれは只の罠みたいな物だ」
「罠?」
「直接戦うよりも搦め手で逃げ道を作っただけって意味さ」
アルフォンスはどこまで本気か分からぬが、相変わらず掴み所の無い飄々とした顔で言い切る。
この小僧との付き合いはまだ二日目程度だ。だが、その身のこなしを見ても決して弱いはずがない。
無いよ、な?
掴み所がなさ過ぎてよく分からんが……
「まあ良いわい。一応、これとこれを護身用に預けておく」
「鉈と弓か。ボクでも鉈はなりに使えると思うけど、弓を使いこなすのは難しいと思うぞ?」
儂の預けた道具を眺めながら、やる気なさげと言うか他人事のように応える。
実際のところこの小僧の能力は分からぬ。
分からぬが、儂は取り敢えずこの小僧の底の見えない天稟に期待するのだった。






