萎れるじじぃ
2021年12月07日 老騎士、くたびれる
2021年12月13日 老騎士の驚嘆←一部
を結合し表現を一部修正しました。
「――まぁ、そんなこんなでのぅ。あの走る災厄とも言えるヤクトリヒターと遭遇した儂らは、ヤツらにどんな目的があるのか探るべく……」
「ガツガツガツガツ……」
「ん、んッ! とにもじゃ、ヤツらが何の目的で我が国の国境付近に来たのか様子を――」
「ガツガツガツガツんぎぎぎぎぎ……」
「小僧、儂の話を聞いとるのか!」
「ガツガツガツガツ……」
儂の叫びなんぞ何処吹く風。焚き火を挟んだ真向かいで、干し肉と悪戦苦闘している小僧が一匹。
「お、お~い、そこの小僧聞いとるのか? じじぃは若者に相手にされないとふてくされる厄介な生き物じゃぞ~」
「ガツガツガ、ん? 何か話してたか?」
「いや、その、あれじゃ……旨そうに干し肉を食ってると思ってのぅ……」
「いや、全然まったく旨くは無い」
「それだけがっついて、不味いと言うか」
「不味いとは言ってない。が、旨くはない。ま、食えるだけ幸せだがな」
「食えるだけ?」
「こっちの話だ。とは言っても保存目的にしても塩気が強すぎる」
「保存食なら塩っ辛いのは当然じゃろ」
「低温で長時間燻せば、塩が少なくても長期保存出来るぞ。じぃさんもいい歳なんだから身体の事を考えて塩分には気を付けろ」
「ほう、低温での。そうよなぁ儂も何時お迎えが来てもおかしくない歳だしそれは良い事を聞い……じゃのうて! お主、儂の話をちゃんと聞いとったのか!?」
小僧は、齧り付いていた干し肉から口を離すと、鋭い視線を儂に向けてきた。
ゾクリとした。
まだまだあどけなさが残る少年の瞳に、これほど強靱な光が宿るとは。
まさか、この少年とあの黒騎士達の間に何か因縁が――
「じぃさん、二人じゃ大変だったろ」
「ま、まぁな、流石にキツかったわい。あと数人居れば……いや、居たところで変わりはせんか」
そう、風の噂には聞いていたが、まさかあれほどとは。
思い出すだけで身震いするわ。
それほどまでにヤクトリヒターの強さは常軌を逸している。
あんな連中があと何人居るのか……
想像するだけできゃん玉が縮み上がるわい。
「それほどなんだな」
「ああ、とんでもないぞ、ありゃ……」
「で、それはどうした?」
「どうした? それならさっきおぬしのおかげで撒いただろう」
「? 何の話だ?」
「や、お主こそ何を言っとる?」
「ボクは残ったイノシシをどうしたのか聞いているんだ。二人じゃ食べきれなかったんだろう?」
「イノシ……ああ、そうかいそうかい、そっちの話かい!」
「イノシシがあったら、この干し肉だけのどうしようもなく貧乏ったらしい晩飯から解放されるんだが」
「どうしようもなく貧乏ッたらしくて悪かったなっ! イノシシなら黒騎士との遭遇でそのまま放置してきたわい!」
「そうか。それは………………とても、残念だ」
「そこまで溜めて言うほど残念なのかい!」
「だってじぃさん、一番熱を込めて話してたのはシシ肉を食ってたときの話だったろ」
「ぐぬ、それを言っちゃあおしめぇだぁ……」
疲れる……
この小僧に悪意は無いのだろうが、どうにも掴み所が無いと言うか儂とは感覚がズレ過ぎとる。
これが「新世代」。所謂世代間格差っちゅうヤツか?
ほんのちょっぴし千五百歳ほど歳が離れとるからって、会話噛み合わなすぎじゃろ!
ちきしょうめ!
何たる雑な扱いじゃ。こんな扱いをされるのはご当主様だけで十分だというのに!
儂はイジる側でいたいんじゃ!
……いや、そうじゃないな、落ち着け儂。本音がだだ漏れておる。
まずすべきは、この危機感の無い若者に危険性を伝えることじゃ。
「取り敢えずここでのんきに焚き火を囲んどるのも危険じゃろう。そろそろ出た方が良いんじゃ無いのか?」
「その心配は無いと思うけどな」
「何故じゃ?」
「森の空気が変わった」
「空気?」
ふむ、言われてみれば確かに、黒騎士が現れた時のあのザワついた雰囲気が森から薄れている気がした。
耳を澄ませば夜の森から虫の音色やミミズクの鳴き声まで聞こえてくる。
森が落ち着きを取り戻している。
「こりゃ、一体なにが……」
「おそらく黒騎士達が去ったんだろ」
「去った? どこにじゃ?」
「そんなことボクが知るか」
「ぬぐぅ、何たる冷たい返し」
とは言え、小僧の言い分も確かじゃ。黒騎士でも無いかぎり、ヤツらの行き先なんぞ知りようもない。
せいぜいが帝都に戻ったと予想するしかあるまい。
「何の目的でここに来たかは分からないが、ヤツらが居なくなった以上悩むだけ無駄さ。結論の出ない事に想像で無駄な時間を割くより、今はゆっくり休んだ方が健全だと思うが」
「割り切り過ぎな気もするが、確かにそうかも知れんな」
「魔物除けも使っておくから警戒は最低限で十分だろ」
「ほう、そんな道具まで持ち合わせておったか。いや、よく考えてみたら魔物寄せまで持っておるのだ、そんな道具の一つも……ふああぁあぁぁぁ……」
思わず出たあくびが会話を邪魔する。
「そうじゃな、一休みしたら……すぐに、ご当主……さまを……」
緊張が緩んだ瞬間、間髪入れずに襲いかかってきた疲労。
考えてみたら、丸一日以上野山を駆け巡っていたのだ、この老骨の体力なんぞとっくに使い切ってたわい。
「おい、じぃさ――」
小僧の声も遙か遠くに聞こえる。
儂は焚き火の熱気に当てられながら、脳膜にかかる眠気に身を委ねる事にした。
それにしても、この小僧……
あれほど……危険な連中を目の当たりにしなが……
豪胆にゃのか……きんちょうきゃんがたりゃにゃいの……「グォオォオォォォォッ! グゴゴゴゴゴ……」
「……姫、貴方は優しすぎるのです」
『大おじさま、それでも私には出来ません。あんな人でも、私にとってはたった一人の兄です……』
「姫、喩えそれがどんなに残酷な選択であろうと、選択し道を切り開くが権力を持つ者の務め。王族がその身に宿す義務とは貴族が持つ義務とは比較になりませぬ。いまこの国の民草が誰を求めているのか、貴女にはその声が聞こえないのですか!」
『おじさま……』
「なんて、な。王族の責務を放り投げ自由に生きた儂が言う事ではありませんな、ハッハッハッ」
『ふふ、おじさまったら。ですが、そうですね……私には王族としての自覚が足りなかったのかも知れません。このまま覚悟が決まらないままでしたら、何よりも今まで支えてくれた国民が困るんですよね……』
「姫……貴女の覚悟の末、必ずや精霊王がお応えし、光の導が………………ぶあっくょいっ!! ……んあ? なんじゃい、ここは?」
どこだっちゅうねん……
にしても寒いのぅ。身体もメリメリゆうとるし……
「ふぁあぁぁぁ…………森か? もり……厠に行くつもりが、寝ぼけ……おお、そうじゃ! 儂はイノシシ食って……ハッ! うちのポンコツご当主様はどこに!? って、違うなぁ。ん……と、そうじゃった!」
おそらく、今の儂は他人が見たら呆れるほどに百面相をしておる事じゃろう。
だが、言い訳臭いのを百も承知で言うのなら、積もる後悔しかない寝覚めの悪い夢を見たあとに見慣れぬ森で目覚めればそりゃ混乱もするってもん……
「はぁあ? 何じゃ、儂まだ寝ぼけとるのか?」
くっそ奥深い山の中。
ほんの少し拓けた川沿いに、小さいながらも立派な一軒家が何故かそこにはあった。
「寝る前には森の中にこんな家は無かったはずじゃが……寝ぼけて小便にでも行った拍子にどこぞに迷い込んだか?」
だが、地面には火の消えた焚き火の残りかすがある。
儂は間違いなくここで寝ていたはずじゃ。
「英雄、じじぃになったら一人で河原をキャンプ地とする、か……居場所を無くした孤独な老兵の涙を誘うドキュメンタリー小説が出来そうじゃわい」
見てみぃ、吐き出す息も白いわい。
山の早朝は恐ろしく冷えるんじゃぞ、じじぃに厳しすぎるとおもわんか! ブエックショィッ!
「あかん、鼻水が濁流のように……にしても儂、よく凍え死ななかったな……」
ぐぅ~……
生きてる事を自覚した途端に鳴る腹の虫。
「ビックリするほどタイムリーな儂の腹。そういや、イノシシ鍋を食ったきりろくに飯を食っとらんかった」
さて、これからどうしたものか?
とは言え悩むまでも無く、取り敢えず儂の腹の具合からして食い物の調達が先じゃ……
はて? そういや昨日儂を助けてくれた欠食児童の姿が見えんが……
まさか、あの家の中に居るのか?
ブルルル……
悩んでいると微かに聞こえてきたルーディフの鳴き声。
と、よく見たら家の近くに繋がれ、しかもフカフカの草の上でいびきをかいて寝ちょる!
くそ、儂は河原の石の上で寝ていたというのになんたる待遇の差じゃ、改善を要求する!
「おいルーディフ! 友である儂を少しは労らわんかい!」
一言文句を言ってやろうと、軋む身体に鞭打ち近づいたその時だった。
ガチャッ。
メゴシャ!
「ぐ、ぐぇ……おぉあぉぉ……」
「起きたのか、流石じぃさん年寄りの朝は早いな」
「寒くて目を覚ましたんじゃ……って、んな事よりもドアのカドを人ぶつけといて言う事はないんかい!」
「あぁ、ドアの前に無防備に立っていると危険だぞ。以後気を付けろよ」
「うむ、その通りじゃ了解したぞ。以後、儂気を付ける! ……って、そうじゃないじゃろ!」
くぉーっ、なんたる小僧じゃ!
この儂をいいように口車に乗せてはぐらかすとは!
ご当主様をおちょくる事で磨き上げた儂のスキルが悔し涙を流し取るわい!
ここは年の功を見せつけ、ガツンと一発すごいのかまさにゃ気がすまん!
「おい、小僧!」
「朝飯は出来てる、さっさと中に入って食え」
「うむ、了解したぞい」
ま、あれじゃ。
短気は損気とも言うしな、うむ。
小言は飯の後でも遅くまいて。
「お邪魔まするぞい」
「ああ。家に上がる前に、ブーツは玄関で脱いでくれ」
「ほう、土足厳禁とは変わった風習じゃの。そういや一昔前に貴族の子息、その中でもやんちゃ系のガキ共の間で馬車の扉を跳ね上げ式にしたり土禁にしたりするのが流行ったと聞いた事があるの」
「そんな田舎ヤンキーみたいな連中と一緒にするな。これは母さんの故郷の風習らしい」
「ふむ、家で靴を履かないという事は、母君は北国の出なのかの?」
「さあな? 疑問に思った事は無いからよくわからん」
小僧らしいと言えば実に小僧らしい淡泊さじゃが、子供とは意外と親の故郷に興味がないものかもしれんな。
「では、改めてお邪魔させてもらうぞ」
そうして邪魔した家は実に不思議で機能的な作りじゃった。
何というか、シンプルながらもまったく無駄が無いのじゃ。
靴を脱いだ玄関には僅かながらに段差はあったが、おそらくは室内に泥や汚れを入れぬ為の工夫であろう。
いや、機能という意味では、何よりも驚かされたのは開けた瞬間、この冷え切った老骨に染み渡る暖かさじゃった。
広いとは言い難いが隙間風一つ無いこの空間のなんと居心地良く快適な事か。
たまらんの~常夏じゃ~……って、そうじゃ!
「おぬし、こんな暖かい所で一晩すごしたのか!? 年寄りをあんな河原で寝かせたくせに!!」
「あんな旧世代の蒸気機関みたいな爆音でいびきをかかれたらボクが寝れないだろ」
「ぐ、にしてもじゃ……」
「ボクだって一応起こそうとはしたんだ。だけど、アンタの馬が踏もうが転がそうが目を覚まさなかったんだ。むしろ毛布を掛けてあげたボクの優しさに感謝するんだな」
「それはありがとうじゃわい!」
駄目じゃ、何を言っても上を行く反論をされてしまう。
「ぶつくさ文句言ってないで、熱いうちに食べろよ」
「う、うむ。頂くぞ」
「ああ」
テーブルに置かれた黄色い……
「えっと、失礼だがこれはなんじゃ? 何やら鮮やかな薄黄色のツブツブだが、トウモロコシとは違うようじゃし、製粉前の麦か何かか?」
「ああ、えっと……なんだっけな? 確かソフランライスとか言ったかな?」
「なんじゃか、毛糸洗いに自信が持てそうな名前のライスじゃな」
「ん? まぁ、それは主食だ。料理とは言えない」
そう言って出された、見た目がかなり緩いアレな感じの……
「ふぅぉおぉぉおぉっ! 何じゃこの香りは!? ど、どえりゃあえぇ香りがするのー!!」
「じぃさん五月蠅い」
「お、おぉすまんのう。じゃが、なんじゃこの旨そうなスパイシーな香りは? 見た目はゆるくなったアレそのものなのに、宮殿でも嗅いだ事の無い良い香りじゃ!!」
「食事時にアレ言うな、阿呆。適当に主食にぶっかけて食べろ」
「こ、こんな旨そうなモノをそんな雑に食ってええのか!?」
「雑だろうとなんだろうと、それが一番旨い食べ方だ」
「そ、そうか。儂の大好きな合理的判断というヤツじゃな。い、いただくぞい……………………ぬはーっ!!」
「うるせーっ!!」
「う、旨い、旨いぞぉぉおぉぉぉッ! お、お、おかわりじゃあぁぁあぁぁぁぁッ!」
「おいおい、いくら何でもガッツきすぎだろ。メシは逃げねぇからもう少しゆっくり噛んで食べろよ」
「早く、早く二杯目をくれい!」
「分かったから待ってろ」
「これ、旨いのー! ちょっと見た目がアレ過ぎるが、そんな事悩む暇がないくらいに香りに脳が刺激されるわい! いわゆるアレじゃ、芳醇がなんちゃらで、辛みと塩気と甘みがアレで、その中に隠しても隠しきれぬアレじゃわい!」
「かつて無いレベルの最低最悪な食レポだな。くっちゃべってないで早く食え、アンタを助けた礼を貰いに行くんだから」
ガツガツと口にかっ込んでいたスプーンがピタリと止まる。
まずい、これはまずいぞ!
いや、この料理はすこぶる旨いんじゃ!
じゃのうて、この料理に匹敵する飯なんぞ、小僧に食わせる事が出来るじゃろうか……
「何か勘違いしているようだが、ボクは安い肉と米を融通してくれればそれで良い」
「そ、そうか。正直お前さんが作ってくれたこれ……えっと、これは何て料理じゃ?」
「ワイルドポークカレーって母さんは言ってた。ま、イノシシの煮込み鍋だ」
「おお、イノシシ鍋か。イノシシがこんなに旨くなるなら、昨日のイノシシは置いてくるんじゃなか……って、それは良いとして。儂はこの料理より旨い物を食わすとなるとかなり難しくてのぅ」
「それはいくら何でも大げさだろ。それともじぃさ……あ、ごめん、あんたあんまり良い物食わせてもらってないだな」
「やめい! 人を鬼嫁に虐げられるじじぃみたいな感じを出すな。儂はこの料理が特別旨いと言っとるんじゃ。で、この料理はどこで習ったんじゃ、お袋さんか?」
「ああ、母さんの故郷の料理らしい。そんな事よりもアンタに一言言っておく」
「な、何じゃ?」
鋭い視線が儂を穿つ。
わ、儂なんかやったか?






