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終わりゆく世界に紡がれる魔導と剣の物語  作者: 夏目 空桜
第二部 第一章 天才少年とポンコツご当主さま
141/266

英雄の心と黒き侵略者

2021年11月25日 アルトリアの偽王~英雄の心~←一部

2021年12月05日 アルトリアの偽王~黒き狩人~

を結合し修正しました

 「……ぐぎぎぎぎ、私のこの気持ちをどうしてくれるのですか!!」

「ほっほっほっ、余計な事は考えず、森の民なら森の民らしくそよぐ木々の葉音に身を任せれば良いのですぞ!」


 どこまでが冗談で、どこまでが本気か。

 だけど、そんな私の悩みなどどこ吹く風。


「ホイホイホイっと」


 バドハーの軽妙な口調で放たれた三本の矢はその口調とはまるで似つかわしくない風切り音と精密さで主の首を射貫き、さらに同じ軌跡をたどった二本目三本目の矢が頸動脈の傷を広げる。


「ふむ、上手くいったぞい」

「……流石は【神弓の引き手】ですね。素直に褒めるのはメチャクチャ癪ですがお見事です」

「ほっほっほっ、もっと褒めてくれてもええんじゃぞ」


 髭を揺すって笑うお調子者。

 はぁ……これさえ無ければ、どこに出しても恥ずかしくない英雄だというのに。


「なんじゃ? 山に来てからまだたいした時間も経ってないというのに、随分と疲れた顔をしておるのう」

「誰かさんのおかげさまでね! ところでバドハー、まだイノシシは生きているようですが止めは刺さないのですか?」

「今はじっくりと血抜き中ですぞ」

「止めを刺してからじゃ駄目なんですか? 奪う命とはいえ、残酷な気もするのですが……」

「くぁー! 出よった、自分は肉や魚を食べるくせに、殺すなんて野蛮、しんじられな~い! 動物に罪は無いのに~! とか抜かし腐る頭がパープーな若造発言!」

「誰の頭がパープーですか!」

「冗談じゃ」

「だいぶと目が本気だった気がするのですが……」

「気のせいじゃ」


 ぐぬぅ……

 涼しい顔してくれやがりますね。

 ああ、今すぐ殴りたいこの横っ面ッ!!


「ま、貴族の狩りと猟師の狩りとの違いですな」

「と、言いますと?」

「貴族の狩りとはすなわち技術の競い合いであり、いかに大物を狩るかの一点に集約されます」

「まぁそうですね」

「で、今儂が見せているのは猟師の狩りと言うヤツですな。一見すれば確かに残酷と言えますが、しかし一撃で殺してしまえば心臓から血が逆流して肉が臭くなります」

「それならそうと、余計な発言をしないでちゃんと説明してください」


 苛立つ私に、バドハーが柔らかな笑みを浮かべる。


「それだけではないのですよ」

「と、言いますと? もったいぶらずに教えて下さい」

「野生ってのは不思議なもんで、無駄というものがありません。自分の身体が不調を訴えたなら、どうすれば良いのか自分の記憶と本能が教えるのでしょうなぁ。彼らは自らの足で沢へと向かうのです。ほれ、見なされ」


 バドハーが顎をしゃくって促した先では、主がよろめきながら一点を目指して走っていた。


「逃げますよ!」

「良いのですよ、あれで」

「何故?」

「言ったではないですか、野生には無駄がないと。ヤツは水場に向かっているのですよ。自分が最も安全と思われる水飲み場に、決して癒えることの無い傷を癒しに行くのじゃ」

「癒える事の無い傷を癒しに……」


 戦場に身を晒す私が言えた事では無いですが、それは酷く残酷な言葉に聞こえた。


「残酷ですよなぁ」

「あ、い、いえ……」


 まるで私の心を見透かした見たいな言葉をバドハーが紡ぎ、思わずしどろもどろになる。


「ふぉふぉ、良いのですよ。事実そうなのですから」

「で、ですが……」

「彼らは走ることで自ら血抜きしながら息絶え、その血肉を儂らに奪われる。そして儂らはありがたいことに、彼の大切にしていた水場で労せずして解体する。生きてきたなんもかんもを横からかすめ取られるんじゃ」

「まるで、無慈悲な侵略者のような言い方ですね」

「ふぉふぉふぉっ。事実、彼らからすればそうでしょうな。のぅ、ご当主様。自分達が生きる為にどんな残酷な事をしているのか、そして奪った命を粗末に扱わん為にも其方には目を背けんで見ていて欲しいのじゃよ」


 白髭を撫でながら笑う老英雄に、私は沈黙で応えることしか出来無かった。


「まぁ、あれじゃ。その地位が煩わしくて逃げた儂が今更言えた事じゃ無いが、前だけを向いて進めば良かった時は終わってしまったんじゃ。これからは周りをよく見て、取捨選択する残酷さも見定めんとな」

「バドハー……」


 一つの見方じゃ駄目で、何かにとらわれた考え方も駄目で……

 上に立つ以上は、清濁併せ呑む度量をもって取捨選択をせよ。

 そう、言いたかったのですか?


「さぁ肉じゃ肉じゃ! たらふく食うぞい!」

「……」

「ささ、ここには人目も無いんじゃ、ご当主様も一緒に飲みましょうぞ」

「バドハー……貴方はこの狩猟を通して、私に高位に立つ者としての生き方を教えてくれようとしたんじゃ無いのですか?」

「んあ? 儂は鹿肉が食いたいとしか言わんかったはずですが?」

「先ほどの『その地位が煩わしくて逃げた儂が今更言う事では無い』という発言は?」

「そのまんまじゃ。王になんぞなってたらテーブルマナーがどうこう言われた挙げ句、酒瓶から酒をがぶ飲みする事も出来ますまい」

「『前だけを向いて進めば良かった時は終わったんじゃ』……わ?」

「ん? ああ、儂もこの年になると認めたくないが胃腸も弱くなってのぅ。『肉だヒャッホー!』と叫んでスジまみれの安肉すらもドカ食い出来たのは今や遠い昔。流石にこの年になると、焼き肉一つとっても調理法に色々な技術や隠し技を使わぬと明日に堪えるんじゃ」

「じゃ……じゃ、じゃぁ……『これからは周りをよく見て、取捨選択する残酷さも見定めんとな』とは……?」

「そのまんまじゃ。食って良い部位、駄目な部位を見定め、もったいなく感じても毒気のありそうな部分は捨てるんじゃ。ついでに言うと、山ん中じゃと肉を解体している最中に他の野生動物やら魔獣やらに襲われる事もあるから、しっかりと周りを見んとな」

「ぐ、ぐぎぎ……」

「何じゃ顔を真っ赤にしくさって、風邪か? まぁシシ鍋食えば風邪も治るじゃろ! ほれ食え! たらふく食え!! ヒャーッヒャッヒャー!!!」

「ま、紛らわしい、紛らわしい! 紛らわしい!! 貴方は何時も紛らわしいのです!! 私はてっきり、この狩りを通して私に王道を説こうとしているかと思ったのに!!」

「いやいや、狩りで王道を教えるなど、正気ですかぁ? って感じじゃわい。そもそも疾うの昔に王位などという地位が嫌で逃げた儂に王道を説くなどハードルが高すぎるわい」

「ぐぎぎぎぎぎ……」

「それにのう、儂なんかが説かんでも、そなたは十二分に王の代理を務めておる」

「……」


 バドハーの優しい視線。

 だ、騙されるものですか。

 どうせまたはぐらかすに決まってます。


「もう良いんじゃないのかの」

「何がッ……え!?」


 不意を突いたバドハーの余りに優しい声音に、私の声が思わず裏返る。


「そなたがソフィーティア様に誓った忠誠は誰しもが知っておる。王位に就かず、宰相として長きに亘って国を切り盛りし他国の脅威から国を守ってきた実績はたいしたもんじゃ。このまま宰相の任で終わらず、空位のままの玉座に――」

「それは出来ません」

「何故じゃ?」


 ピシャリと遮った私の言葉に、バドハーが分からないと言いたげに目を白黒させる。


「私はあくまで臣下です。それに先の国難でソフィーティア様をお守り出来なかった大罪人です。そんな私が宰相を務めるのも、あくまで王女殿下を守れなかった罪を償う為にほかなりません」

「……はぁ、頭が固いのう。いや、律義と言うべきか見事な忠義と言うべきか。ま、あれじゃ。これ以上言ったところでそなたの心が変わることはあるまいか」

「変わりません」


 再びピシャリと言い放った私の言葉に、バドハーが困ったみたいに苦笑いを浮かべる。


「ハッキリ言うのぅ。ま、したらばこの話はここまでじゃ。今日は面倒臭い事は忘れて儂お手製のシシ鍋バドハースペシャルでも食うが良い」

「ふふ、何ですかそのバドハースペシャルって」

「ふっふっふ、何だか強そうじゃろ。元気が爆裂しそうじゃろ?」


 カラカラと笑いながら、手際よく解体されたシシ肉が荷袋から取り出した鍋へと放り込まれていく。


「本気でここで食べる気だったんですね」

「当たり前じゃ。肉持って屋敷に帰ったらメイドや料理番どもにまたグチグチ言われた挙げ句、薄味のくっそも旨く無いお上品な料理に変えられちまうわい」

「グチグチ言われるって、一体何をしたんですか……」

「失礼な、儂は何もしとらんぞ。ただ好き勝手してるだけじゃ」

「自供してるじゃ無いですか」






「ふぅ……お腹いっぱいです」

「旨かったわい!」

「そうですね、本当に美味しかったです。たまにはマナーも人目も気にせず食べるのも良いものですね」

「じゃろ。本当ならあと数日は肉を寝かせた方がもっと旨いのじゃが、そうもいかんのが切ないところじゃ。それはそうとほれ、良かったらまだ酒がありますぞ」

「ありがとうございます。ではもう少し頂き――」


 私とバドハーの視線が刹那に交差し、そちら(・・・)へと視線が走る。

 と同時に森の中から鳥たちがけたたましい鳴き声をあげ空へと舞い上がる。

 

「な、何じゃ……この邪悪な気は……」

「確かにこれは【気】ですね。それにしてもなんと禍々しい……」


 まるで、直接心臓を鷲掴みにするかのような悍ましい気配。


「ざっと数えて、四人という所ですか」

()と数えて良い物かどうかは分かりませぬがな。ご当主様、悪いことは言いませぬ。ここはすぐに離れて国に戻りましょう」

「なりません」

「ひょ?」

「この辺りにはリングアベル族の村あったはずです」

「ほう、そんな村が」

「村に住む彼らはアルトリア国の民ではありませんが、脅威が近付いているのなら守るのが為政者の務めです」

「正体はわかりませんがこれは相当に厄介な手合いですぞ。戦うのはオススメ出来んのぅ」

「驚異の正体を探り、リングアベル族に避難を促すことぐらいは出来るはずです」

「なるほど。ご当主様がそう判断なされたなら臣下は従うのみじゃ。風霊(ルシャ)よ、炎に力を」


 バドハーが呼び出した風霊の力で煮炊きした焚き火が一気に燃え上がり灰へと変わる。


「さ、火消しは終わりましたし行きますかな」

「ええ、お互いに最善の注意を」


 バドハーが双眸に厳しい光を宿しながらこくりと頷く。

 この飄々とした老人がこんな顔を見せるのは、実に珍しい。

 そう、それだけこの四つの気配が放つ気は異質であり、同時に極上に危険な香りがするのだ。

 何よりも驚くべきはこれほどの気配が突然に現れたことだ。

 まるで、地面から湧き出したかのような悪の気。

 これほどのまでに凶悪な気配を放ちながら、私とバドハーに接近を気が付かせなかったとは。

 まさか転移魔法?

 ありえない……

 転移魔法は転移させる物体が内包する魔素や気の量が増えるほど、その難易度は格段に跳ね上がる。

 この四人が放つ尋常では無い気の量……これを保有する者を転移させるなど常識の外に過ぎる。

 ましてや遺失魔法の転移を使える者など、今や三人の魔王ぐらいなものだろ。


 まさか、魔王……?


 いや、それは絶対に有り得ない。

 魔王の眷属召喚なら転移も容易だろうが、魔王の眷属とはすなわち魔族だ。

 気を放つ魔族?

 そんな馬鹿な。

 気とは生命の祝福。法の神の側に生を受けた者だけが内包する事を許された力だ。

 混沌の勢力に属する魔族とは決して相容れない力だ。

 それなのに、これほどの気を纏った者が転移するなんて……


 魔王クラスの遺失魔法の使い手がいるというの?


 いえ、そもそも法の側の者が魔族と変わらぬほどに邪悪な気配を纏っているとは。

 魔族でも、人でも無いと言うの?

 いや、そもそも魔法? 魔術では無く……気を纏う者が、魔王の祝福を受けていると言うのですか?

 分からない、混乱する。一体……


「ご――ご当主――ご当主さま!」

「な、何ですか、バドハー」

「何ですかではございませぬ。随分物思いにふけていたようですが、ここはすでに敵地と判断すべきです。油断なさいませぬよう」


 何時も飄々とした老騎士の、声を押し殺した苦言。

 その雰囲気一つで、これから目指す場所がどれほど危険なのかを思い知らされる。


「すいませんでした、いささか油断しておりました」

「ご当主様は個人での戦闘は久しぶりでございましょうが、油断だけはなさりますな。万が一にも貴方まで失っては、我が王国の未来は完全に閉ざされてしまいますゆえ」

「わかっておりま……いえ、忠言、感謝します」


 バドハーが薄く笑う。

 アールヴ族でも最高齢の老騎士でありながら実に頼もしい存在。

 その笑みに、改めて彼が本物の英雄である事を覚えさせられる。

 私には忠臣が付いている。

 ならば、今は答えの見付からぬ想像に身震いする理由など無い。

 成すべき事を成す。

 ただ、それだけだ。


「バドハー、この先の地理は把握していますか?」

「ふむ、詳細という意味でしたら難しいですな。リングアベル族の村があるなど、儂は知りませんでしたから。ただ、世間で言う地理と言うものは外的要因で容易に変わりますが、地形はそうそう変わりませぬ」

「ならば、戦闘になった際の案内はお任せしても大丈夫ですね」

「お任せあれ。最悪に遭遇したなら、最善の逃げ道をご案内してみせますわい」


 髭を震わせて笑う老騎士に、私は何とも言えない安堵を覚える。


「さて、儂に見惚れてないで、行きますぞ」

「貴方はどんなときでも軽口を忘れないのですね」

「軽口の無い儂なんぞ、ニンニクとトウガラシを入れ忘れたペペロンチーノと一緒ですぞ」

「塩胡椒だけというのも、それはそれでシンプルで美味しいとは思いますけどね」

「いやいや、あるべきモノが無いというのは寂しいもんじゃて」

「何の話ですか……って、そろそろですね」

「ふむ、恐らくはあの丘の上辺りに……ぬっ!? お静かに」


 どの口が言う、と突っ込みの一つも入れたい気分をグッとこらえ、木陰に隠れてバドハーの視線を追う。


「ッ!!」


 その瞬間、私の全身を鳥肌が包み込んだ。

 天頂に輝く太陽の輝きさえも届かない、黒衣を纏った四人の騎士……


「あれは、まさか……」


 バドハーがか細い呟きを漏らす。


「バドハー、アレが何者かを知っているのですか?」

「十数年前に帝国は自ら復活させた魔導の暴走し新帝もろとも崩壊した……まではご当主様もご存じですな」

「もちろんです、知らぬ者など居るはずが在りません」

「ですが、その先があるのです。その後は知っての通り、連合国の侵攻で帝国としての機能は消え失せました。ですが、ならばなぜ未だ旧帝都がどこの国の支配下にも置かれていないのでしょう」

「戦争に参加した国々が大陸の最中央である土地の権利を巡って牽制し合っているからですよね」

「表向きはですな」

「表向き?」

「我が国はあの連合国軍に参加していないから知らぬのです。いや、知らずにすんでいた……と言うべきでしょう」

「バドハー、一体何があったと言うのですか。もったいぶらずに教えて下さい」

「あの時戦争に参加した諸王国連合は、帝城に手が届く最後の戦いで壊滅しているのです」

「は? あの世紀の大軍を率いた連合軍が……壊滅?」

「左様でございます。そして、その壊滅をもたらしたのが奴ら帝国の黒き狩人ヤクトリヒター」

「そんな話、にわかには信じられません。そんな、そんな存在が本当にいたとして、何故それが今まで表に出てこなかったのですか」

「これは幸い……と言うべきかはわかりませぬ。わかりませぬが、ヤツらは強大な力を持っておりながら、何故か帝城を守護する以外に一切の動きを見せておりません」

「帝城の守護のみ……」

「このように、外に姿を見せたなど聞いたこともありません。だから、連合国は箝口令を引き黙殺することにしたのです」


 知らず飲み込んだ唾の音が、やけに耳障りに聞こえた。

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