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終わりゆく世界に紡がれる魔導と剣の物語  作者: 夏目 空桜
第二部 第一章 天才少年とポンコツご当主さま
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老騎士、めっちゃ雑に扱われる

2021年11月09日 11時47分 投稿の「老騎士と少年」

2021年11月15日 23時09分 投稿の「老騎士、雑に扱われる」

を統合し細部を修正しています。

「さて、と。ガミガミと口うるさいご当主様は行かれた。すまんなルーディフ、儂と共にここで時間を稼ぎ共に散ってくれ」


 ルーディフとは魔導技術により強化された魔導生命化(オーガンクルス)した我が愛馬の名じゃ。

 汗に濡れた鬣を一撫でするとブルルと一声嘶く。

 古の聖戦で他の英雄達と共に死ぬことが出来なかった儂と、骨折で命を絶たれるはずだったが魔導技術で生き延びたルーディフ。


 どっちも死に損ない、か。


 眼前に迫るはすでに亡国と化しつつある帝国の残兵。だが、未だその実体さえも掴めぬ謎の黒騎士ヤクトリヒター……

 やれやれ、お互い生を掴みながら最後の戦場がこれとは何と花の無きことか。


「ルーディフすまんな。そなたの引退の花道は茨の道となりそうじゃ」



 ギィン……ッ!



「ぐぬぅおぉぉ! 人が物思いに耽っちょる最中に矢を射ってくるとは、敵とは言えちっとは目上の者を敬わんかい!」


 放たれた矢を盾で受け止め思わずぼやいたが、それにしても何と重たき矢か。

 まるで投石器から撃ち出された岩でも受け止めた気分じゃ。

 これが本当に人の身で放てる物なのか!?

 だが、儂のそんな困惑などあざ笑うかのように無数の槍が襲いかかってくる。


「ぬぅ、と……ええぃ鬱陶しい! 風霊(ルシャ)よ、儂に力を貸してくれ!」


 ゴウッ!


 と土煙を上げて小さな竜巻が巻き起こり黒騎士の一体を押し止める。

 殺傷能力は決して高くは無い地味な精霊術だが、下手に動けば巻き上げた石や砂に身を引き裂かれ激痛が全身を襲う。

 いかな黒騎士共とはいえ、肝心の馬が動けねばどうにもなるま――


 その時、黒騎士の馬が嘶いた。


 と同時にはじけ飛ぶ竜巻。


「な、なんと!? 馬のくせに竜が如き咆吼を使いよるか!! ええい、帝国の黒騎士共はどこまで化け物揃いなんじゃ! それとも狂魔導師アルフレッドが残した産物だとでもいうのか!?」


 振り回される槍の切っ先を盾と長剣で辛うじて受け流すも、その一撃がかすめる度に衝撃が老骨を伝わり握力を削りとる。

 ぬぅ……恐ろしぃのう。

 じゃが、老いたりとはいえこの身は数百年もの長きに渡り戦場に晒した自負がある。

 相手が黒騎士だろうともこんな若造共に後れを取ることはな――


 カキン!


「ひょっ!?」


 儂の剣が乾いた音と共にあっさりと宙を舞った。


「やれやれ、歳は取りたくないのう。若さが羨ましいわい!」


 盾の裏から抜き放ったダガーを構え、防御の型で迎え撃つ。

 ご当主さまを逃がすには、最低でもあと五分はここで踏ん張らねばなるまい。

 ぶっちゃけきっつぃのぅ、しんどいのぅ……

 じじぃのやる仕事じゃないわい。

 逃げ出せるものなら今すぐ尻尾巻いて逃げ出したいが、なまじっか英雄と持て囃されたプライドがある故にそれも出来ん。

 これがじじぃの冷や水ってヤツなんじゃろうな。


「許せよ、ルーディフ。どうやら本気でお主に引退の花道はくれてやれぬようじゃ。せめて死に道は儂が付き合うから許せよ」


 そんな儂の言葉に、バルルと不満げに嘶くルーディフ。


「なんじゃい、じじぃと二人旅は嫌だと申すか?」


 その言葉を肯定するとでも言いたげに、少し高めの嘶きが返ってくる。

 やれやれ、世間だけじゃなく馬まで年寄りに厳しぃとはのう。

 世知辛いったらありゃせんわい……


「……じゃが、しゃあないの」


 相棒が嫌だと言うなら、もう少しだけ踏ん張るとするかの。


風霊(ルシャ)よ! 何でも良いから儂に力を貸してくれ!」


 突風が起こり折れた枝が矢のように黒騎士どもに降り注ぐ。

 本来、風と木の精霊は棲む世界が近いため、風霊(ルシャ)が故意に森を傷付ける真似はしない。

 それなのに風霊(ルシャ)は儂の無茶な願いを聞き届けてくれた。


風霊(ルシャ)よ感謝するぞ! もしも森の精霊が怒ったら、耄碌したじじぃのせいじゃと言ってくれぃ!」


 風霊(ルシャ)の思いに応えねばならん。

 全身をひねり、遠心力に任せて盾の縁を黒騎士の仮面に叩き付ける。

 本来なら乾いた金属音に鈍い音が混ざるはずだが――

 ガキィィィィイィィィィン……

 まるで、堅いウリン木にでも攻撃したかのような衝撃と鈍重な音が森にこだまする。


「ぐ、むぅ……何たることじゃ」


 殴りつけた儂の腕を電流が駆け抜けたみたいに痺れる。

 こやつら、本当に何者――


「ぬおっなんじゃと!?」


 よく見りゃ叩き付けた盾の方が凹んどるじゃと!?

 この盾はミスリル製じゃぞ! 半端なく硬いんじゃぞ? おぬしらの面の皮はアダマンか何かで出来取るんか!?


「ぬぉっっと!!」


 ぼやく合間に振り下ろされた大剣。

 クソッタレめッ! 情けないが、こりゃ五分すら稼げそうにないわ――


『なぁじぃさん、もしかしてピンチなのか? それともじゃれ合って遊んでるのかどっちだ?』


 何処か脳天気な声が聞こえたきたのは、儂が半ば死を覚悟したその時だった。

 声は若い。いや、幼さが残っているとさえ言える。

 にしても遊んでるじゃと!? この状況でどこのどいつがそんな惚けたことを……


 ガキィィィンッ!

 

「ぬおぉぉぉぉっ! 今のは死ぬかと思った、死ぬかと思ったぞい!! ええぃ何奴か知らぬが、儂が死にかけてるって言うのに遊んでるように見えるとはどう言う了見じゃいッ!!」

「――だってじぃさん、死にたがりだろ?」

「ぬっ!」


 儂は姿見せぬその声に一瞬言葉を失った。


「あんたの目はそう言ってるよ。で、どうするんだ?」

「な、何がじゃ?」

「おいおい、察しが悪いな。ここまで聞いたら質問はただ一つだろ? 助けがいるかいらないかだけだろ」


 胡散臭い……果てしなく胡散臭い申し出だ。

 この儂をもってしても姿どころか何処に居るのかさえも気が付かせない相手。

 そんな輩を信じて良いものかどうか……


「じぃさん、アンタのその死にたがりの末にある結末はアンタの選択肢だから自由だ。だけど、その馬は生きるのを諦めて無いみたいだぞ」


 年若い男の声にハッとする。


「ルーディフ、そうなのか?」


 儂の言葉にルーディフは何も応えない。

 応えないが、その背中からは生を望む感情が伝わってくる。


「そう、か……ぬぅん!」


 キィン……


 やれやれ、悩む間すら与えてくれんか。

 だがルーディフよ、お前は生を望むんだな……ふむ、当たり前か。

 死を望むなんぞ、知的生命体を気取る二足歩行の愚かな生き物だけよ。

 相棒の望み、無下には出来ぬか。ならば……


「声の主よ! 其方が何者かは分からぬが儂に力を貸してくれ!」

「なぁじぃさん」

「何じゃ? 今儂は其方に助けを求めたぞ!」

「…………」

「ぅおいっ! 今さら助けるのは無しとか言わんよな!? 儂はもうすっかり助けられる気満々じゃぞ! 今さら助けないとか言ったら一生呪うぞ! 呪うんじゃからな!!」

「おいおい、呪うってじぃさん……早とちりするな。あんた身なりからしても金は持ってるよな?」

「なんじゃい、ここに来て金の無心か!」

「金はいらんさ。無事逃げることが出来たら飯を食わせてくれ」

「なんじゃその程度のことかい! ここから無事に逃げることが出来たら、王都の高級レストランを一年でも二年でも連れ回してやるわい!」

「あはは、ずいぶんと豪気だなじぃさん。だけどそんな眉間に皺寄せて食べるような物はいらんさ。噛むのに顎が疲れそうな安肉と米と麦をたらふく貰えれば十分だ」

「そ、そうなのか? そんな程度の礼で良いならいくらでも……って、ぬぉ、盾が砕けよった! わ、儂のお高いミスリルシールドぐあぁあぁぁ!! ええぃ、助けるなら助けるで早くしてくれぃ! お礼をする前に儂が死んじまう!」


 儂の叫びと同時に木々から飛び降りてきたのは、


「……なぬ?」


 思わず上げてしまった素っ頓狂な声。

 だってしゃあないじゃろ。

 そこに現れたのは声音に嘘偽りの無い、まだあどけなさの残る年端もいかない少年だったんじゃもん。


「あかん。こりゃ、深刻に(マジで)ダメかもしれんわい……」


 思わず本音がこぼれ落ちた。

 だってしゃあないじゃろ……

 年端もいかない小僧というだけでもあれなのに、姿を見せた場所は本気で助ける気があるのかないのか……

 儂らから軽く30メートルは離れていた。

 オーガンクルス馬ならあっという間に詰まる距離とは言え、本気で助ける気があるとは思えぬ距離だ。

 いや、そもそもこんな小僧に助けを求められるはずも無し。


「小僧、悪いことは言わぬ。気持ちだけ受け取る故、ごっこ遊びはすぐにやめて早々にここから逃げるのじゃ!」


 自分がピンチだというのに、若者を気遣うとは何と健気な儂。

 そうとも、老いたりとは言え儂は英雄じゃ。

 若者の未来こそ守らねば――


「あ、じぃさん。何か今の儂渋くてかっけーみたいな顔してるけど、そう言うの良いからさっさとこっちに来い」

「ええい! 近頃の若造は年寄りの気遣いを何だと思っとるんじゃ! 行くからな、本当にそっちに行くからな、ええんじゃな! 本気で助け求めるぞ!? 後悔してもしらんからな!!」

「良いからさっさと来やがれ」


 何たるふてぶてしさ。

 ……ええい、ままよ!

 儂は半壊した盾を敵に投げ付けると同時に、馬首を巡らせ一心不乱に逃走を開始する。


「じぃさん、耳塞げ!」


 耳?

 何故?

 いや、この小僧は何を儂に求めている?

 何を――

 儂は咄嗟にルーディフの耳を塞いだ。


「正解」


 小僧はそう呟き笑うと、懐から何やら取り出……

 嫌な予感がするわい!


風霊(ルシャ)よ、風を閉ざせ!」

 

 儂は咄嗟に風霊(ルシャ)を呼び出し、風の膜で自分たちを覆い尽くす。

 と、同時に小僧が投擲した筒。

 ほぼ間を置かずに風霊(ルシャ)に守られた不可視のスクリーンが激しく揺れる。

 この小僧、一体何をしよった?


「おい、小僧……って、どこに……」


 クイクイと引っ張られたマント。


「ぬおっ!? おぬし何時の間にルーディフに飛び乗ったんじゃ!!」


 驚き問い掛けたところで、風霊(ルシャ)が音を遮っているからお互いの言葉が聞こえることはない。

 だが小僧は気にしたふうもなく、唇一つ動かすことなく指先を何度か前方に刺した。

 加速しろってことじゃな。

 儂は小僧に促されるまま、ルーディフを加速させる。

 それとほぼ同時に視界の隅が数度赤く染まる。

 チラリと横目で見ると先ほど儂がいた辺りで、炎と土煙が上がっていた。

 次から次にと一体何をしたんじゃ?

 と、そんな詮索よりも今はここから離れるのが先か。

 とは言えこの小僧、風霊(ルシャ)で音を閉ざしていることに気付くとは……

 ただの勘ではあるまい。


 パンパンパンパン!


「な、なんじゃい、肩をそんなに叩かんでも今魔術を切るわい。風霊(ルシャ)よ、そなたらの加護に感謝するぞ」

「……ん、これで声は聞こえるか?」

「うむ、大丈夫じゃ。それで、そなたは一体何をしたんじゃ?」

「説明なら後でしてやる。それよりも今は急いでここを離れるんだ」

「急いで? そなた本当に一体何をしたんじゃ」

「だから説明は後でするって」

「そ、そうじゃな」

「あ、まっすぐ行くとすぐに二股道になってるが右はダメだぞ。左側にある細い脇道に入れ」

「細い道じゃな……って、こんな笹藪まみれの獣道に入るのか?」

「右の街道から少し道を逸れたらリングアベル族が住む小さな村があるんだ。村の住人は戦う術を持たない」

「おお、そうであったか」


 黒騎士ヤクトリヒター――

 間違い無く一人一人が一騎当千の生ける災厄。

 儂は若造からは頼りない年寄りに見えたとしても、巨大な獲物を振り回し盾を容易く破壊する膂力を見ていたはずだ。

 そんなバケモノを目の前にしてもなお、冷静な判断が出来るとは。

 この小僧、一体何者じゃ……?


 小僧はそんな困惑する儂を気にもとめず、森の奥深くへと案内している最中も時折辺りに何かをばら撒いていた。


「の、のう」

「何だ、じぃさん?」

「さっきから一体何をやっとるんじゃ?」

「ん? ああ紫網茸の泥団子を投げていた」

「むらさきあみだけ? なんじゃいそりゃ」

「一口であの世行きの毒キノコだ」

「一口でくたばる毒キノコじゃと!? なんじゃってそんな物騒なもんを」

「紫網茸に発酵させた魚の(わた)を混ぜると、魔猿が闘争本能を剥き出しにした時に放つ異様な体臭と酷似しているんだ。アイツらは知性は低いが縄張り意識だけは無駄に強いからな。嗅ぎ馴れない新参者(・・・)の存在を許しはしないさ」

「じゃあ、今ばら撒いてる理由は……」

「魔猿寄せ、ってとこかな?」

「ま、魔猿寄せじゃと!?」

 

 魔猿とは魔獣化した獣の中でも群を抜いて危険な存在。

 魔獣とは思えぬほどに知性が高く、その知性とは相反する凶暴性を持つ怪物。そう、ヤツらは魔術こそ使えぬが生木を枯れ枝の如くへし折るようなバケモノ共だ。

 そんなバケモノを逃走の手段に使うとは……

 この小僧、サラッと言ってくれたがなんたる恐ろしいまねを。


「あ、じぃさん」

「な、なんじゃ?」 

「もう少し進めば結構デカい川があるのを知ってるか?」

「【竜の背骨大山脈】の大河じゃろ? それぐらい儂だって知っとるぞ」

「季節外れの雪解け水でそれなりに増水しているが、この馬のなら溺れる心配は無いだろうからそこを抜けてくれ」

「なんじゃ? ここまでヤバい薬をばら撒いたんじゃ。今さら儂らの匂いを消すような真似をせんでも、ヤツらとて魔猿に襲われればそうそう追い付けまい」

「いや、入った方が良いぞ」


 肩越しに振り返ると、小僧の目はえらく涼しげというか飄々としていた。


「な、何があるんじゃ?」

「黒騎士の馬を脅かすのに音響爆弾を使っただろ」

「音響爆弾? 何じゃその物騒な魔術は?」

「魔術じゃ無い。道具だ」

「道具……ぬ? おお、そうか。あの時、風霊の防壁が揺れたのはそのせいか!」

「その時に魔熊寄せの薬品もぶん投げたんだが」

「魔熊よせじゃと?」

「泥団子と違って揮発性の水薬なんだが……もしかしたら、この馬の尻尾に匂いが少し付いたかもしれない」

「ルーディフ! 川じゃ! 急いで川に飛び込め!」


 魔熊は魔猿に比べれば一般的には弱い……

 だが、この辺りに居るのは魔熊の中でも氷結熊と呼ばれる亜種。氷の精霊魔術に凍結ブレスまで操る魔獣と言うよりは最早魔界の魔物と呼べるような存在。

 こやつ、そんな恐ろしいモノまで呼び寄せていたのか……



「うぅ……さ、さぶい。よもや雪解け水の混ざる春先の川に飛び込む羽目になろうとは……じじぃじゃなくても死ぬぞ……イップシッ!」

「汚いなぁ……」

「誰のせいでこんな目に遭ったと思っとんじゃい! しかも何が『それなりに増水』しとるじゃ、濁流に流され藻屑になるかと思ったぞ!」

「文句は時季外れの雪解け水に言え」

「にしてもじゃ、心臓が止まるかと思ったわい!」

「愚痴は命を救ったボクに言うな、文句があるなら襲った黒騎士に言え。それと腹減った」

「ぐぬぅ……正論でぶった切られぐうの音も出んとはこのことじゃ。飯は取り敢えず町に着くまでしばし待て。とりあえず革袋の中の陶器瓶に羊の干し肉ならあるが食うか?」

「くれ」


 そう言った時にはすでに小僧は革袋をあさっていた。


「うむ。それにしても、魔獣は黒騎士どもを無事足止め出来たじゃろうか」

「ムグムグ、ガツガツ……厳しいな」


 干し肉を貪りながら、あっさりと告げる。


「残念だが黒騎士(アイツら)の力は常軌を逸してる。時間稼ぎと言っても精々が数分ってところだろ。タイミング良く氷結熊が参戦すればもう少し足止め出来るだろうが、あんまり期待しすぎない方が良い」

「そ、そうか」

「まぁ、魔獣どもには頑張って時間稼ぎをしてもらって、黒騎士どもには害獣退治をやって貰えるから一石二鳥だけどな。いや、ボクは飯を食えるから一石三鳥かな?」

「お、おぅ、そうか」


 こ、こやつ……

 魔獣を搦め手に利用するだけじゃなく、黒騎士までをも利用すると言うのか。

 しかし、果たしてそう上手くいくのか?

 言ってしまえば事前打ち合わせも無く、なんなら彼奴らの前で堂々と手の内を晒してさえいたぞ。


「彼奴らに手の内はバレてないのか?」

「さぁね。そこまでは保証出来ない。ボクは黒騎士じゃないからね」

「そりゃそうじゃよな」

「ただ」

「ただ?」

「ボク達の会話をアイツらが理解出来たとは思えないから、少なくとも作戦を読まれた確率は低いだろ」

「会話が理解出来ない? 何を言っとる、あんなに堂々と会話を、あ……」


 儂が思わず見せた驚愕に、小僧がまた飄々とした笑みを浮かべていた。

 この小僧は確かに儂と会話をしていた。

 ただし、古代精霊語エンシェント・アールヴというかなり特殊な言語を使って。


 古代精霊語エンシェント・アールヴ―― 

 魔法言語とも呼ばれる古代文明語エンシェント・アルナスや神世の言葉と言われる古代神人語(エンシェント・シント)等と並ぶ古代言語。

 その中でも古代精霊語エンシェント・アールヴは極めて異質。今やアールヴ族にすら使いこなせる者は数えるほどしかいないというに。

 それをいとも容易く使いこなすとは……

 この小僧、本当に何者なんじゃ?


「おい、じぃさん」

「な、なんじゃ?」

「あんまり余計な事を考えず、前を見ろ」


 なっ!

 この小僧、まさか儂の心を……


 ゴンッ!! 


「ぬぎゃっ!?」


 お、おぉぉ……な、何が起きた……

 突如顔面を襲った強打に、鼻の奥がツンとした。


「だから言っただろ、前を見ろって」

「な、何をしたんじゃ!?」

「ボクは何もしてない。ただ森の中をこんな速度で考え事してりゃ枝に顔面を強打するのは当たり前だろ」

「前を見ろってそういうことかい! わしゃもっと心理的な話かと思ったわい!」

「何のことだ? 今日始めて会ったじぃさんの心理なんかボクは知らないし興味も無いよ」

「そうじゃろうな、そうじゃよな! ええい、いい歳こいて空回りしている儂が馬鹿みたいじゃわい!」


 お、おのれ……

 こう見えても儂英雄なんだぞ。

 それなりに偉いんじゃぞ!

 まったく……


「なぁじぃさん」

「なんじゃ? あ、それと言っとくがの、儂はじぃさんではなくバドハーというんじゃ」


 儂が名乗りを上げると一瞬ポカンとする小僧。

 ふふふ、こんな小僧さえも驚かせる儂の勇名。

 そう、《麦帆と泉の王国》アルトリアの老騎士バドハーと言えば、知らぬ者とて無い――


「じぃさんじゃない……アンタ、その見た目でじぃさんじゃなかったのか? 悪かったな、若いみたい(・・・)なのにじぃさん呼ばわりして」

「そう言う意味じゃ無いわい! わしゃ紛うこと無きじぃさんじゃ!」

「何だ、そうだよな。ビックリさせるなよ」

「わしゃお前さんの反応にビックリしとるわい!」


 あ、あっれぇ……

 おっかしぃのぅ?

 こう見えても儂、本当に英雄なんだぞ。有名なんじゃぞ?

 それなのにこの小僧、何というトンチンカンな返しをぶちかましてくるんじゃ……


 …………ふ、ふはは。


「何笑ってんだよ? 打ち所が悪かったか?」

「いや、何でも無いわい。って、なんたる言い草じゃ!」


 まったくもって、不本意とも言えるぐらい雑な扱われ方じゃ。

 儂に対してこんな雑な扱い方は、うちのポンコツご当主様でもせんぞ。

 じゃが……

 下心丸出しで変におべっか使う連中とは違い、何とも言えぬ不思議な心地よさがあった。


「なぁじぃさん」

「なんじゃ?」


 気が付きゃ頬が緩みそうになった儂に、小僧が革袋を突き出してくる。

 

「足りない腹減った」

「分かった分かった。とりあえず無事アルトリア王国に戻ったら飯をたらふく食わせてやるから、もうちょっと待っとれ!」


 なんとも掴み所の無い小僧じゃ。

 だが、その洞察力と機転の良さ、発見の鋭さは間違い無く希有なる才能じゃろう。

 あとついでに言えば、その年端のいかないあどけなさの奥にそこはかとなく感じる腹黒さも含めて、計り知れぬ才能を秘めていそうじゃ。

 

 ……もし、この少年とうちのご当主様を合わせたら、果たしてどんな化学反応を起こすじゃろうか?

 

 儂はアルトリアへと戻る道すがら、心の底から湧き上がってくる好奇心に年甲斐も無く感情を高ぶらせるのだった。

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