プロローグ・アルトリアの偽王と老騎士
ドカラッ! ドカラッ! ドカラッ! ドカラッ!
砂煙を上げて地を蹴る足音に馬の喘ぎが混ざる。
「ご当主様! オルボット馬の目がすでに危険域の赤、油温が限界に達しておりますぞ! 強化手術を受けたいかなオルボット馬とは言え、このままではいつ限界に達してもおかしくはありません!」
何時もはお調子者とは言え、戦場に立てば冷静沈着な老騎士バドハーが悲痛な呻きをあげる。
私達の背後に迫るは旧帝都中枢に巣くう謎の黒騎士集団。
その実態は見えぬとは言え、帝都侵攻軍を圧倒的な武力でねじ伏せた最悪の、いや、災厄と言って差し支えない集団。
追いつかれてしまえば、人の身を凌駕した彼奴らを相手にして万に一つも勝てる見込みはない……
どうすれば……
いや、どうすべきかは端から分かっている。
ただ、その分かっていることを、この頭が固い老騎士が受け入れてくれるとは到底思えなかった。
「バドハー!」
「お断りだ!!」
「私まだ何も言ってません!!」
「ふん、どうせご当主様のこと。ここは私を置いて貴方はお逃げなさいとでも言う気でございましょう!」
「そ、そこまで分かっているなら!」
「お断りだ!!」
「なっ! バ、バドハー、貴方さっきから私に対して随分な返答をしていると思うのですけど!?」
「下らぬ事をおっしゃろうとするからです! このバドハー、王家何代にもお仕えして幾星霜……かつては英雄王さまにお仕えした儂の身を案じるなど、いやはや……青いとしか言いようのない判断力ですな。ご当主様と言えども儂にとってはただの青二才。そんな若造の言葉など、受け入れることなど出来ませぬな」
「バドハー……」
この老騎士は驚くほど頑固だ。
それは誰よりも長く一線で戦い続けてきた誇りと、彼自身の義侠心の強さによるもの。
だから、バドハーは決して裏切らない。
「……ッ! バドハー、ここは貴方に任せます。ですが死ぬことは絶対に許しません! 貴方の誇りにかけて必ず生きて戻りなさい!」
私の命令に、バドハーは僅かに髭を震わせた。
「やれやれ、我が主殿は本当に厳しい命令を与えてくれますなぁ。前当主様とは大違いですぞ」
「出来無いことは命令しません。貴方なら、貴方なら必ず戻れるはずです」
「そのご命令、確かに承りましたぞ」
長剣を抜き放ち馬首を巡らせると、そのまま踊るように黒騎士の中へと飛び込んだ。
バドハー、絶対に死ぬんじゃありませんよ。
貴方が仕えるべき真なる主は絶対にお戻りになるはずですから……






