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アルフレッド・満身創痍の果てに

2020/02/4,2/12に投稿した『アルフレッド・満身創痍の先』『アルフレッド・if……』の2話を結合しを表現を中心に改稿しました。

 荒れ狂う膂力。

 天井に、床に、壁に、いったいどれだけ叩き付けられたのかも分からない。


 まるで自分が鍋の中に雑に放り込まれた食材にでもなった気分だった。


 RUAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!


 城をビリビリと揺すぶる咆哮。


「あ……ぐぅ、がは……ついに、本能まで暴走を始めたか……」


 はは……やだねぇ。

 本当にやだよなぁ。お前を見ていると、嫌でもボク達が血縁であると実感させられるよ。

 その醜い姿……

 

 最愛にさえも牙を剥いたクソみたいなボクに、吐き気がするほど似ているよ。

 

 衝動に突き動かされるままただ暴れ狂い、誇りも、積み上げた経験も、思いも願いも、全部かなぐり捨てて……

 ただ、届きもしない醜い願い(よくぼう)のためだけに自分を見失いながら突き進む……

 それは、

 

 自分の愚かで狂った行動が、あたかも間違いの無い正義であると盲信する衝動と言う名の狂気。


 ははは……

 道を見失った僕だからよく分かるよ。

 痛いほど分かるさ。

 それでも、そんな様になっても、

 自分の存在をボクに認めさせたかったんだろ?


 は……

 

「反吐が出る」


 何て醜いんだ。

 それが喩え、ボクに対する復讐と言う名のどんなに穢れた欲望であっても、人であったなら……

 あるいは、その怒りを甘んじて受け止めていたさ。

 この人の皮を被って生まれたしまったバケモノ(ボク)に、お前達がどれほど苦しめられてきたか今なら受け止められるから……

 だから、ボクのことをどれだけバケモノと罵ろうと、それは人としての心の故だと……

 喩え魔族と手を組もうと、ボクを打ち負かしたいための人間の弱さなら……そう思っていたさ。


 だが、違った。


 お前は、ただ鬱屈した嫉妬を晴らしたいが為だけに、自分こそが何よりも優れたモノだと証明したいが為だけに、アルメリア達をはじめとする数多の帝国兵を犠牲にした。

 それは、


 歪んだ嫉妬の末――


 誰しもが持ちながら、誰しもが理性と感情で抑えるべき凶行。

 そこに踏み込めば、最早人じゃ無くなる。

 お前は自らの意志で人間として無くしてはならない尊厳や思考を捨て去った。

 血縁の凶行を止めるというお題目はここまでだ……


「来いよ、理性も何も無い暴力だけの紛い物! ボクの全てにかけて、ここで貴様を滅ぼす!!」


 DOMUGOOOOOOO!!!


 咆哮が帝城を揺るがす。

 床にも壁にも亀裂が走り、不気味な軋みが辺りから聞こえてくる。

 ボクの身体はとっくに限界を超えているが、この城もいつ崩壊してもおかしくはない。

 せめて……

 せめてまだ人間の帝国兵が残っているのなら、ここを脱出し自分の子供達の元に帰れるだけの時間は稼がないと。


 RUAAAAA!!


 覇気とともに暴風と化した膂力が眼前に迫る。

 正面から受け止めれば刹那に肉塊に変えられるだろう暴力。


「体、もってくれ!!」


 使い方が下手くそに成り下がった(・・・・・・)魔素を行使して肉体の戦闘力を爆発的に高める。

 リョウに教え、リョウが初めてまともに使えるようになった身体強化の魔術。

 基本中の基本的な魔術だけど、無茶な使い方をすれば肉体にどんな障害を残すかも分からない魔術だ。

 ……今思えば、ボクはあのお調子者に何て魔術を教えてしまったんだろう。

 って、今は悔いてる場合じゃ無い。


 眼前に迫り来る脅威。

 吹き抜ける拳。


「ぐ、ぉ……」

 

 皮膚も、肉も、削り取られながら、それを何とか受け流す。

 ち……何て馬鹿力だ。

 完全にバケモノと化したそれは、最早受け流すことさえ厳しい。

 なら――


「ぎが、あ゛ぁぁ……あぁああぁぁぁああっ!!」


 加速に耐えきれず、筋繊維がブチブチと嫌な音を立てる。

 だが、まだ足りない。

 武器も無く軽量なこの身体で出来ることは、攻撃を躱しながら加速を繰り返し、速度に全体重を乗せて最大のインパクトを与えることだけ。

 高速で流れる視界。

 ボクの動きについて来られず、バケモノがよろめいた。


 その瞬間、ボクは跳躍した。


 化け物になろうと、まだ辛うじて人型。

 今ならまだ勝機はある。


 跳躍し、首に両足を絡める。


 GURORORO!!


 自分の身に起きる危機を察し、地響きにも似た咆哮を上げる。

 だが、遅い。


「お前との馬鹿げた兄弟喧嘩もこれで終いだ」


 首に絡めた足を支点(・・)に身体を回転させる。

 ゴキゴキと重たい音の中にどこか乾いた軽い音が混ざる……

 それは、頸椎が砕ける鈍い感触。


 ドンッ!


 加速した勢いそのままに床に叩き付ける。

 刹那、骨と筋が引き千切られる感触が僕の足に伝わる。

 ビクンと一度痙攣を起こし、そして……


「馬鹿だよ、お前……ボクのことなんか忘れてしまえば、後一年もすれば永遠に別れることが出来たのに……」


 最後に生きていたモノが勝ちだったんだ。

 ボクは、最愛を残して逝くことしか出来無かったんだから……


「でも、まぁ……それが人間か。いや、ボク達兄弟のサガ、何だろうね……」


 床に転がる、物言わぬ骸。

 別に何の感慨も無い。

 幼き頃に袂を別った存在。

 ただ、それだけだ。


「悪く思うな……」


 床に転がる砕けた剣を拾い、倒れた兄の胸に向ける。

 すでに死んだモノに刃を突き立てるのは、喩えバケモノと化していても気分が良い物じゃ無い。

 だが、けじめは付けなければならない。

 その身に吸収した魔石、


「返してもら――ッ!」


 すでに鼓動を止めたはずの肉体。

 それなのに、それは脈打って(・・・・)いた。


「馬鹿、な……魔石が心臓の代わりを!?」


 マズい、このまま更に進化が進めば今度こそ手が付けられなくなる。

 力任せに振り下ろした刃は、だが――


「ぐ……」


 無造作に握られていた。


「言ったはずだ。俺は全てを超えるとなっ!」


 ゴッ!


 いつの間にか生えた竜の尾がボクを叩き付ける。


「ぐ……は……」

「アルフレッドッ! アルフレッドォォオォォッ!!」


 絶叫と共に魔力の暴風が襲いかかってくる。

 くっ……


 ボク達の身体に流れる魔王の血。

 それと魔石がもたらす悪夢の進化を嘗めていた……

 コイツは魔王の紛い物なんかじゃ無い。すでに四人目の真なる魔王だ。


 無理だ、勝てない……


 最早逆立ちしたところで、今のボクじゃ太刀打ちなんて出来無い……

 勝て、ない……


 なら、どうする?


 ハハ……

 何が「どうする?」だ。

 

 何のためにここに来た?

 決まってるだろ!

 自分の過去の過ちを終わらせるためだ!

 

「アルフレッドォォオォッ!」

「うるせぇよ、壊れた蓄音機か……かかってこいバケモノ! ボクは人間として……人として貴様を倒す! 貴様がバケモノと罵った人間の力を嘗めるな!」


 ボクが出来る最後の技だ。

 以前、不発で終わってしまった魔素の臨界暴走、


 自爆……


 貴様との心中なんかゴメンだが、リョウ()の未来はボクが守ってみせる!!


 唸り声と共に襲い来る兄だったモノの攻撃を辛うじて躱す。

 ……もう少し。もう少しなんだ。

 臨界に達する寸前、躱し損ねた攻撃が腹に突き刺さる。


「かっ……は……」


 くそ、ここぞと言う時に何一つ決められない間抜けめ……


 いや……まだだ。


 まだ、意識はある。

 立ち上がる気力も、ボクを支える思いもある。

 何度だって、何度だって……


 リョウが諦めずにボクに立ち向かってくれたみたいに……


 ああ、折れてたまるかよ!


「どうした? ボクを殺すんだろ。だったらやってみせろ……ボクは首が離れても貴様の喉笛を噛み切ってみせるぞ!」


 ボクの挑発に、破壊の衝動に呑み込まれた男がなりふり構わず襲いかかってくる。

 もう、今度こそ躱すことは出来無い。

 だけど、カウンターで魔石の魔素を吸収して自爆ぐらいはしてみせる!


 恐れは、無い。

 うん……


 互いの影が交差した。

 無心で振り抜いた拳。


 バイバイ、リョウ……


 ……

 …………

 ………………


 魔素の濁流が辺りに氾濫する。

 全てを包み、全てを呑み込む魔素の濁流……


 だけど、それは、ボクのモノでも魔石のモノでも無い……


 静謐で、どこまでも神々しいオーラ。


 ――よせ、そんなに、死に急ぐな――


 その、春の日差しのように暖かく、時に冬の嵐のような厳しさを纏う声は……


「なん、で……」


 それは、聞き間違うことなどあろうはずもない……

 嗚呼……

 貴方にどれほど憧れただろうか。

 憧れ、焦がれ、だけど、その影にさえ届かない自分に苛立ち嫉妬さえもさせられた……


「せ、先生……」


 ボクの目の前で信じがたい奇跡が起きていた。

 それは、先生と共に幾度も人類史を救い、ボクをさえも救ってくれた先生の剣が目の前に現れた。


 無事な四肢など、どこにもないほどの満身創痍。

 全身の感覚なんかとっくに無く、立っているのさえやっとのはずだったボクの体は、 だけど……

 まるで、暖かな日差しの下でうたた寝でもしていたみたいに、指先に温もりが戻っていた。


 神剣・『時の果てより来たる(ファイナル・)終極を砕きし剣(クラッシュ)


 先生以外を主と認めなかった唯一無二の神剣が、自惚れを許されるならボクを主と認めたかのように眼前で佇んでいた。


「先生の偉大なる盟友よ……卑小なるボクにもその強大なる恩恵を貸し与えてくれるのか?」


 あの時聞こえた先生の声が幻聴であったか、もう何も聞こえない。

 ただ、淡く青い光が柄の宝玉に宿るだけ。


 その淡い光は肯定の意か。

 言葉は無くとも伝わる、慈悲の心。


 先生……

 お借りします、貴方の盟友の力を。

 そして、貴方が残してくれた、想いの力を!


 柄を握りしめた途端、まるでボクの全身を焼き払うみたいに包み込んだ青白い炎。

 声も出せないほどの衝撃がボクを包み込む。

 走馬灯の如く駆け抜けた過去の記憶。

 脳裏をよぎるのは、自分に訪れる死の気配。


 神剣に認められなかった……


 鎌首をもたげた恐怖は、だが、そうではなかった。

 まるで、焼き払われるみたいにボクの中から消えていく幾つかの感情。

 それは、家族に対する憎しみや怒りを綯い交ぜにした、ヘドロのような悪意。

 どんなにリョウに愛されようと、先生に師事しようとも消せなかったボクの中の負の感情。


 否――


 それらの感情は未だボクの中に確かに存在する。

 だが、まるで全てがどうでも良いかのような、過ぎ去りし些末な思い出でに過ぎないかのように、ボクの中から憎しみの感情が確かに消えていた。

 それは、あの泰然自若とした先生の感情がボクにも宿ったみたいな、あるいは、先生のあの泰然自若とした雰囲気はこの剣がもたらしたかのような不思議な感覚。

 成すべき事はただ一つ……引きずる未練(にくしみ)は、もうどこにも無い……


「思い出したよ、お前の名前……我が兄ルートヴィッヒっ!」


 大上段に構えた神剣を前にルートヴィッヒが咆吼を上げる。

 この剣には、伝説の【時喰らい】を滅ぼすほどの秘めたる力がある。

 だけど、今のボクではその力を引き出す事なんか叶わない。

 だから――

 

 ボクにある全て、それを賭して目の前に生まれた災厄を打ち払うのみだ!


 これが、最後。

 正真正銘、この馬鹿げた兄弟喧嘩の終いだ!


「来いッ!  その堕ちた妄執とともに疾く果てよ!!」


 ボクの吐き出した気焔とルートヴィッヒの咆吼が交差した。

 刀身は眩いばかりの放電を纏った。


 ボクもルートヴィッヒも、刃も、爪も、何もかもが交差し、


 そして――



 空は日の出前を告げるブルーアワーが支配していた。

 空に浮かぶ青い地球は、まるでその存在を消したみたいに空の青に溶け込んでいる。


「終わっ……た」


 床に転がる、物言わぬ化け物の死体。

 人間である事を誇りボクを化け物と罵っていたはずの男が、嫉妬から自ら進んで化け物へと成り下がった。

 あれほど饒舌だった罵倒も、今や何一つ吐き出せない骸に成って果てた……


「憎かった……よな。分かるよ、ボクだってお前が憎かったさ……」


 何も無い、何も与えられない事が当たり前だったボク。

 いや、当たり前と思う事だけが、唯一ガキの自分が救われる方法なんだって思い込んでいた。

 リョウと出会い、京一さん達がリョウへ見せた家族の愛情という物を見たとき、情けないほどに嫉妬し、恐怖した……

 思い出したくも無い感情が、ヘドロのように堆積した。

 ただ、何もかもが嫌になって……

 それでも、どうしようもないくらいにリョウの事が愛おしくて、その時に分かったんだ……


 ボクは、名前さえも思い出せない(お前)の事がうらやましかったんだって。


 もし――


 もしなんて言葉は、どうしようもないくらいに無意味だけど……

 それでも、『もし』を想像する事が許されるなら、ボクが普通であったなら、或いはあの母親という存在もボクを愛してくれたんだろうか?

 あの父親と呼びたくも無い存在も、或いは優しい父親だったんだろうか?

 お前は、お前は兄として、ボクの目標やライバルと成り得たんだろうか……


 そして、さ。


 そんな平凡なボクだったとしても、リョウと出会えて、リョウを愛する事が出来たんだろうか。

 もし、そんな未来があったとして、その時は、さ。平凡だからこそ老いが別れを導くその時まで、一緒の時を歩む事が出来たんだろうか……

 

「なあ……誰でも良いから、教えてくれよ……」


 意味も無く、得られるはずも無い問い掛けを放つボクの頬を、少し冷たい風が撫でた。

 頬に一条の冷たい何かが伝わり落ちた。

 それは、実にボクらしくも無い感傷だった。

 物言わぬ兄だった者の死体を前にした、感傷。

 ただ、それだけ。

 それだけだったはずの、感傷が――


 全てを――


 台無しにした。


 ドスッ!


「ご……ふ……」


 な、何だ……?

 背中が、熱い……口内に血の味が溢れ出す……

 何、が起き、た……?


「が、ぐあ……」

「はーい、アルキュン、おひさー」

「き、貴様、は……」


 その声、忘れるはずも無い。

 絶対に許しておいちゃいけない怨敵が、酷薄の笑みを浮かべていた。

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