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アルフレッド・願い……

2020/01/24,27に投稿した『アルフレッド・旧知』『アルフレッド・守りたいもの』結合しを表現を中心に改稿しました。

「なんだ、ガキンチョ。ここはお前達みたいな未来ある奴が来る店じゃねぇぞ」


 六平米ほどの狭苦しく薄暗い店内。その奥で雲海を作り出すほど煙草をくゆらせた男が、新聞を読みながらろくにこちらも見ずに語りかけてくる。


「情報屋ルーカス。いや、元魔導機間副所長アルメリアの右腕、物品管理部ルドクロアと呼んだほうが良いかな?」

「あ? ガキ、何でそのこ……いや、そ、その声は、ま、まま、まさ……」


 リョウの世界で見たコントかアニメのような錆び付いた動きで、新聞から視線が僕にうつる。

 ガチガチガチガチガチガチガチガチガチ。

 ボクの顔を見るなり見る間に青ざめ、奥歯をカスタネットみたいに鳴らす。


「やぁ、久しぶりだね」

「ゲゲッ! ア、アアア、アルフレッドしょしょしょ、所長……ぶぶ、ぶ、無礼な口をきいて、すすす、す、すいませんしたっ! お、俺、じゃなくて私には年老いた母が居る予定で、幼い娘が生まれたら良いなって思う独身男ですが、どうか! どうか! どうか命だけは!」


 えれぇー怯えられた。

 まぁ、かつてのボクを知っているこの男からすれば致し方なくもあるが、それにしても年老いた母が居る予定? 幼い娘が生まれたら良いなって思う独身男?

 はぁ……


「命乞いをするなら、もう少し上手くやれ」

「すす、すいません! 恐怖の余りについ! 以後気を付けます!」

「いや、だから……ああ、もう良いから気にするな。ボクはすでに君の上司では無いし、キミがミスしたところで咎める権限は無い」

「ほ、本当ですか? 『お前みたいな使えないヤツは案山子と融合して、朽ちるまで畑監視の刑じゃ!』とか言って、私のことを鋼鉄製の案山子とキメラにしませんか?」

「こ、この野郎……」

「ひ、ひぃいぃ!」

「悲鳴を上げるな!」

「は、はひぃいぃ……」


 一々怯えるな! コイツはボクの事を一体何だと……

 って、今思えば、リョウにも似たような反応されたことあったな。

 何だ? ボクはそんなに腹黒で残酷な人間に見えるってのか?


 ……見え、ないよな?

 たぶん、うん、大丈夫なはずだ……

 

「まぁ良い、本題だ」

「あ、は、はい」

「このメモ用紙に記載したモノを今すぐ売ってくれ」

「うちにある物でしたらかまいませんが、えっと……鋼鉄のパイプに合金の粉末、ナットにボルト、硝さ……って、爆弾でも作る気ですかい!?」

「正解。ちょっと壊したい物があってね」

「アハハ、まさか……冗談ですよね? 何を壊す気か分かりませんが、アルフレッド様ならこんな道具に頼らなくても魔術でチョチョイって感じじゃ無いですか」

「ボクがその気になったら、修復のしようが無い位に壊しちゃうから」


 淡々と答えるボクに気圧され、ルドクロアの喉がゴクリと鳴る。

 なんて、ね。

 本当はもう魔術をろくに使えないポンコツだよ。

 でも、その事実を知らず昔のボクを嫌ってほど知っているこの男には十分な脅しになる。余計な詮索もボクが帝都に居る事実もバラされる事はあるまい。

 ルドクロアは案の定青ざめながら、部屋の奥から頼んだ物を持ってきた。


「ぜぜ、全部揃ってます。こ、これで全部です」


 握っただけでもわかる鉄パイプの硬度、瓶に入った金属粉の木目の細かさ……

 ふむ、品質は悪くないどころかかなり良質だな。

 ルドクロアは魔導研究者としては正直うだつが上がらなかった。

 そのため本来なら新人が器具や薬品を覚えるために配属される物品管理部に左遷されたのだが、適材適所だったのだろう。

 ルドクロアが配属されてからは、それまで品質にばらつきのあった薬品や機材に不適格な物は無くなった。

 合法非合法含めてどんな人脈があって揃えることが出来たかまでは分からないが、それでもルドクロアという人間がそこで才覚を発揮したのは確かだ。

 まぁ、だからわざわざここまで来た訳だが。


「相変わらず良い品を扱ってるね」

「ありがとうございます!」

「代金だが」

「いえいえ! アルフレッド様から頂く訳には参りません!」

「ボクは物乞いでも強盗でも無いよ。ましてやもうキミの上司でも無いんだ。最も、上司だからタダで寄こせなんて言う奴が居たら、救いようのない屑だろうけどね」

「そ、そっすよね、したらばお代はこれくらいで……」


 相場が分からないので、正直ふっかけられているのかどうかすら不明だ。

 が、ぼったくるほどの勇気はこの男に無いだろうし、多少ぼったくられても痛くも痒くも無い。

 提示された額を無視してカウンターに帝国大金貨を一枚置く。


「ちょちょ、こんなメチャクチャ高額な金貨を出されても、うちじゃとてもおつりなんか出せませんよ!」


 ま、この反応も仕方あるまい。

 何せ提示された額の軽く千倍。小さな家なら買えるほどの価値だ。

 失礼ながらこのボロい店にそれほどの金があるはずもないだろう。


「気にしなくて良い」

「気にするなって、釣り銭がないんですって」

「察しが悪いな。釣りはいらないと言ってるんだ」

「え、え? こ、こんな大金なのに?」

「最初にボクはキミを『情報屋』って読んだだろう」

「……あ、そう言うことっすか。でも、これほどの金額を出すって事はかなりヤバいことを知りたいんですか?」

「そう警戒しなくても良いよ。聞きたいのは今から一年前近く前の話だ」


 ボクの問いかけに、ルドクロアの表情が歪んだ。


 ルドクロア――

 アルメリアの右腕。

 研究者としてはまるで才覚が無いこの男が、何故あのプライドだけは人一倍高く他人を評価することに五月蠅いあのアルメリアの右腕を務められたのか。

 それは単にアルメリアが魔導研究以外においては恐るべきポンコツだったというのもあるのだが、彼女はボクが勤める前までは所長として人事採用権を持っていた。

 帝国学院で学んびそれなりの知識と教養を身に付けた貴族出のお嬢様だが、何せ中身はあの通りで人材発掘の情報集めには相当苦労したらしい。

 そこを補助していたのがこの男だ。

 もっと言えばこの男の能力があったからこそ、この国はボクを見付けられたとも言える。

 だが、ボクが仕えてからは他国との軋轢を生みかねない人材集めの必要が無くなったのと、ルドクロア自身に本来求められるべき研究者としての能力が不足していたことから物品管理部に左遷された。

 だが、結果としてルドクロアは物品管理において驚くような才能を発揮した。

 思うにルドクロアの能力は、得た情報を多角的に見て管理する事に長けていたのだろう。

 とは言え左遷されたという事実は国立機関に勤めたというプライドが許さなかった。それから二年も経たずに辞めてしまったが、ほどなくして町中に情報屋ルーカスという凄腕の情報屋が居るとボクの耳に入った。

 辞めてからこの男と接触した事は無い。

 遠因とはいえ魔導機関を辞める事になったボクを相手に、どこまで本音を語るかは分からなかったからだ。

 だが、懐柔する手は必ずある。

 何より、ボクは確信している。

 この男は、数年前に塔で死んだ事になっているボクが現れても、その事(・・・)では驚かなかった。

 そう、この男はボクが生きている事を知っていた。

 いや、公式では死んだ事になっているボクの元にアルメリアが来た時点で気が付くべきだった。


 情報源はこの男だと。


 ま、ボクの情報を帝国に売り、その売り飛ばした男が目の前に現れたのだ。

 ボクの過去の蛮勇を知り、更には情報を売り飛ばしたボクが目の前に居る。

 知らないそぶりでやり過ごすつもりだったのだろうが、今この男は生きた心地がしていない事だろうな。

 だからボクは敢えて念押しをする。


「キミにも立場を含め守るべき物は色々あるだろうから、当時の事は水に流すよ」

「あ、あの……」


 仮にアルメリアに情報を流したのがルドクロアで無かったとしてもとりあえず鎌をかける。

 ぶっちゃけ情報屋という職業だ。

 後ろめたい事が一つや二つじゃきかないくらいにはあるだろう。

 ボクの能力に一度でもおびえたこの男には十分に効力を発揮する。


「わかるな」

「い、いや、この仕事は信用が……」


 もうその時点で語っているようなものだが、まぁ良い。

 恐怖で縛り付けるのは有効だが、やり過ぎは時に頑なさを生む。

 ボクはカウンターの上に帝国大金貨をもう一枚置いた。

 それまで引き攣っていたルドクロアの表情が呆けたみたいに緩む。

 更にもう一枚積む。

 

「キミほどの能力があれば、喩えこの国を遠く離れたとて上手くやれるだろ」


 よほど汚い事にでも手を染めない限り手に入るはずも無い大金を前にルドクロアの瞳に欲の色が躍る。


「爪弾きにされた私の能力を買ってくれるのは嬉しいですが、し、しかし私が所長に出せる情報なんてたかが知れてますよ?」


 乗ってきた。

 ボクは無言のまま、もう一枚の帝国大金貨をカウンターに積みあげた。

 ゴクリと、やけに生々しい音が鳴る。


「何、キミにとっての価値はなくても、ボクにとってはあるかもしれない。得られる情報が喩えそれがどんなに些末な事であっても、積み上げた金貨を奪い取る真似はしないさ」

「そ、そうですか……そ、それじゃ私に何を聞きたいんです?」

「何、さっきも言ったが聞きたいのは一年前のことだ。帝都で起きた異変……そう言えば良いかい?」


 ボクの質問に、ルドクロアの顔が今まで以上に歪んだ。

 情報屋でも、いや、情報屋だからこそ厄介ごとに首を突っ込みたくは無いってところか。

 

「いくらアルフレッド様でも、首を突っ込まない方が身のためですよ」

「それは、前皇帝(ぼんくら)が現皇帝にその地位を簒奪され――

「わーわーわー!!」


 言い終える前にルドクロアが奇声を上げてかき消した。

 実に下手くそな誤魔化し方。

 こんな狭苦しい店で騒げば、外にまで響いて余計に悪目立ちすると思うんだが……


「相変わらずとんでもない鋭利な角度で直球をぶち込んできますね!」

「今のキミの態度で少しだけ理解したよ」

「な、何をですかい?」


 ジワジワと問い詰められ今にも泣き出しそうな表情に変わる。


「アルメリアがキミに情報を求めてまでボクを探しに来た理由。まぁあの時はボクも頭に血が上っていたからアルメリアに詳しくは聞かなかったけどね」

「よく言えば冷静、悪く言えば他人を路傍の石程度にしか見ていない所長が、怒りで我を忘れ副所長をボコボコにしたってことですかいっ!?」

「えらい言われ様だな」

「所長が変化するなんて何があったんですか!?」

「食いつくな! ボクにだって色々あるんだ!」

「ひ、ひぃい! 軽口叩いてすんませんした! ア、アレだけはやめてください!」

「一々おかしな怯え方をするな! ボクが酷い拷問でもやってたみたいじゃないか!」

「ひ、ひぃいいぃ! す、すいません!!」


 ガタガタと壁に張り付いて震えられてしまった。

 アルメリアと言いコイツと言い、本当に人を何だと……


 いや、冷静になれ。

 ボクを見付け出すと言うことは、それだけでこの男にはトラウマなんだ。

 こんな反応をせざるを得ない相手にアルメリアはわざわざ助けを求め、どうやったかは知らないが協力させるのに成功させた。

 ボクも当時は世捨て人を気取って世情に疎かったこともあり(リョウとの情事に溺れかけてたからじゃないぞ!)、魔導機関の存続が危うくなり助けを求めてきたとばかり思っていたが……

 だが、今思えばあの時のアルメリアの態度、もっと何か切羽詰まった危機感みたいなものがあった。

 あんな痴女もどきな格好をしていたクセに真剣だったのだ。

 いくらどうでも良い相手とは言え、もっと冷静にアルメリア(アレ)の事を考えておくべきだった。

 アルメリア(アレ)は中身はポンコツだが、貴族の令嬢としては確かに帝国を愛していた。

 

 ……あ、やっぱ無理だ。

 この帝国を愛している時点で、どう考えてもアルメリアの考えに共感出来無いし手助けをするなんて選択肢は当時のボクには無い。

 いや、今も帝国のことは正直に言えばどうだって良い。

 ボクがここに来た理由は、過去の落とし前を付けるためだ。

 ただ、それだけだ。

 

 だから、これは――


 正義感でも何でも無い。

 ただ、臆病で逃げ続けてきたボクの、


 過去と決別する為の最低の我が侭。


 先生と約束をしながら、それを反故にし、

 京一さんにリョウを守ってみせると啖呵を切ったくせにそれを裏切り、


 リョウ……


 すまない。

 幸せにすると誓ったのに……

 どんな言葉で着飾ろうと、これはキミに対する裏切りだ。


 でも、最低だと分かっていてもキミを巻き込むことは出来無かった。

 真実を伝えれば、キミなら何があっても着いてくるだろうから。


 だから、これはボクのなけなしの矜持だ――


 何一つ胸を張って誇れるものが無いボク。

 何一つ守ることが出来無かったボク。


 それでも、唯一ボクが全てをかけて守りたいと本気で願ったキミだから、


 だから、

 だから、

 

 家族愛を知っているキミを――

 これから、母親(・・)になるキミを――


 人殺しなんかにはさせない。


 だから、これはボクのなけなしの矜持。


 何一つ守れなかったボクだけど、それでもたった一つだけ守りたいもの。

 せめて、キミの手は――

 

 キミの手だけは、人の命で濡れるのだけは守りたいんだ。








「小僧、ここは帝城へと続く門! 許可無き者を通す事は出来ぬ!」

「許可は取っているよ」


 どうか、キミのその手が命を紡ぐ手でありますように……


「では許可証を出しなさい」


 命を抱き上げる手でありますように。


「許可証はこれさ」

「ん? 鉄の筒? この筒の中に入っ――」


 衛士の声はそれ以上は続かない。

 耳をつんざく炸裂音と網膜を焼き尽くす閃光が城門を吹き飛ばし、程なくしてけたたましいサイレンが帝都を包み込んだ。

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