アルフレッド・背後に迫る過去
2020/01/20,21に投稿した『アルフレッド・目を覚ました過去 』『アルフレッド・視線の先に』結合しを表現を中心に改稿しました。
北へと向かう荷馬車。
藁を満載にした荷台に横たわりながら、空を眺めていた。
高く青い空。秋の足音を感じる空。
今年の冬は寒いだろうか?
たぶん、ボクはその冬を知ることは無いだろう。
リョウ……
ボクは自分の最愛をあの森に置き去りにし、無言で旅立ってしまった。
怒られるだろうか?
それとも呆れられるか?
……いや、泣かれるだろうか?
たぶんどれも正解だろうな。
怒られてもいい。でも、泣かれるのは嫌だな……
キミの涙は、ボクには痛すぎるから。
だから、この選択は最悪だ。
キミを傷付けるだけの、最悪の選択だ。
最悪の選択と分かっていても、それでも、キミを連れて帝都に戻る事は出来無い。
出来る、はずが無い……
それは、帝都で倒れ二日目の朝だった。
町の賑やかな喧噪で目を覚ましたボクに、
「アル君、町でお祭りやってるみたいだよ」
「見に行きたい?」
「うーん……少しだけ。でも、今日は良いや」
「え? 良いの?」
「うん、アル君と一緒に居たい」
そう言って、撓垂れ甘えてくるリョウの温もりが何とも愛おしかった。
それなのに――
『新帝様ご即位一年! 長き治世を願ってカンパーイ!』
それは外から聞こえて来る、ボクとリョウの二人の蜜月を邪魔するような喧噪。
リョウと二人きりの時間を邪魔される。
何時ものボクなら悪態の一つでもついていただろう。
だけど……
新帝――
どう言うことだ?
あの皇帝が死んだのか?
確か、武闘派の兄皇帝の死で帝位を譲り受けた時はまだ三十代だったはず。
ボクと袂を分けたときでも、四十になるかならないかだった。
いくら何でも早過ぎる。
いや、元々はただの臆病者。ボクの発明で強大な武力に溺れることが出来ただけだ。
なら、心労でも祟ったか?
……即位、一年?
まて、一年……一年前と言えば、ボクは何をしていた?
……そうだ、塔から出た頃か。
塔から出たばかりだから世情には疎かったのは確かだ。
だが、いくら疎いとは言え大帝国の皇帝の死だぞ?
多少なりとも情報ぐらいは手に入らないはずが無い。
だが、肉体的にも充実しているだろう壮年期の男が、ましてや栄養も医療も優遇された大帝国の皇帝が一年前に突然死んだとは思えない。
駆け上がるように強国となり、決して盤石とは言えなくとも他国の追随を許さない強大な帝国。
少なくともその皇帝の身に何かが起きていれば、皇帝のために祈れとあの貴族と神殿教会が騒いでいたはずだ。
そう、世間に皇帝の病状が流布されているはずなんだ。
獣人族の反撃を恐れて秘密にしていた?
まさか、貴族も神殿教会も皇帝の寵愛を受けることしか頭にないゴミ屑ばかりだ、そんな知恵なんか働くはずが無い。
逆に皇帝に反意を抱いていたなら、何かしらは情報が流布されるはずだ。
なら、やはり突然死だったのか?
少なくともボクが去った数年前は臆病者が豪華な服を着せられただけのカスだったけど病とは無縁の肌艶だった。
って、ボクは何を気にしているんだか。
少なくとも先帝には安らぎや懐かしむような感傷なんか何一つ無い関係だ。
……そうか。
ボクは自分の手で先帝を殺せなかったから考えすぎているのか?
ああ、きっとそうだ。そのはずだ……
……
…………
………………
違う……
先帝には確かに振り回されもした。だが、殺したいと思うほど恨んでいた訳じゃ無い。
いや、当時はそりゃ殺したいとも思ったかもしれないが、今は冷静に真から自戒出来る。
あれら全ての原因はむしろボク自身だ。
逆に言えば、ボクにとっては自分の罪を押しつけてまで憎むほどの価値すら先帝には無い。
じゃあ、何故こんなにも気になるんだ?
いま気にするべきは、誰よりもリョウだけのはず……
リョウが笑っていてくれるように……
誰よりも、幸せになってくれるように……
それ、なのに……
何故だ?
ボクの中の、指では触れることの出来無い何処かが――
まるで早鐘みたいに警鐘を鳴らす。
「アル君、どうしたの? 顔色悪いよ、まだ調子悪いんじゃ無い?」
不安げに覗き込んでくるリョウの瞳が揺れている。
何を、考えているんだ。
またボクは、この期に及んでリョウを泣かせる気か?
「ごめんね、ちょっと色々と考えすぎていたみたいだ」
「あ……この国って、アル君が昔居た国だもんね。思うこととか、いっぱいあるよね」
「……ほんと、キミは勘が良すぎるよ」
「誰だって気が付くよ」
「そんなこと無いさ。キミが何時もボクのことを考えてくれているから、気が付いてくれるんだよ」
「アル君……」
そう囁いて、リョウがボクを抱きしめる。
情け、ないな……
未だ身長も心の広さも、リョウのが上で。
ボクは、何時までもキミに支えられるだけ……
「クンカクンカ、しゅ~は~」
……うん、ボクの嫁はいつでも通常運転だ。
「あのさぁ……」
「ひゃわわ! お、思わず!」
「リョウ……」
「ああ、ゴメン! 怒らないで><」
「今更、こんなことで自分の妻を怒ったりしないよ」
「そうだよね、旦那様! 妻が旦那様の頭を嗅ぐぐらい普通だよね!」
「……普通、では無いと思うけど」
「ぐはっ! でもでも、アル君が元気になるまで発情は控えるから七嗅ぎくらいはお慈悲を!」
「一嗅ぎじゃ無く、七とは……まぁ、それぐらいはお安いご用だけどさ」
「じゃあさっそく!」
「食いつきが早いなぁ。いいけど、ただその前にお願いがあるんだ」
「お、おあずけでしゅか?」
「そんな世紀末が訪れたみたいな顔しないの。それにたいしたことじゃないから」
「何々、何すればいいの?」
「えっとね」
「了解した!」
「まだ言ってない!」
「うきゅう><」
「ハァ……町に行って新聞を一部買ってきてほし――」
「らじゃった!」
ボクが言い終えるよりも早く、リョウはまるで解き放たれた弾丸の如く宿屋を飛び出していた。
部屋の窓から見える眼下の町に巻き上がる土埃。
「ほんと、ボクの妻は優しいね。わざとバカやってくれるんだ――」
「ただいま! 買ってきた!!」
「はや!!」
「はい新聞! YESアル君! プリーズ一嗅ぎ!!」
頭脳に不安を覚えるレベルの言動を絶叫し、ボクは抱き締められた。
「ふふ……キミは、キミだよね」
「当たり前じゃん。アル君がアル君であるように、私は私になったとしても、私のままだもん」
まるで、問答のような会話。
でも、それが凄く心地よくて……
そして、ボクは現実に絶望する。
視界の隅に入った新聞の一面――
そこに書かれていた、いや、描かれていた事実。
それは置き去りにしてきた過去が……
気が付けば吐息のかかる距離で、背後からボクの肩を叩いた瞬間だった。
「兄ちゃん、もうすぐ帝都に着くぞ! 帝城へ続く騎兵通りには宿場も店も山ほどある。仕事を見付けるなそこが良いぞ! おい、兄ちゃんってばよ!」
兄――
その言葉にボクは左の眉を僅かに痙攣させる。
「おーい、聞こえてるかー? 藁の上が気持ちよくて爆睡しちまったか?」
「ああ、すいません。ちょっと考え事をしてて。帝都に着いたんですね、ありがとうございます。助かりました」
「何、良いって事よ。その若さで病弱の母親のために帝都に出稼ぎとは、泣かせるじゃねぇか!」
そんなことは一言も話してはいないのだが……
この行商人に帝都まで運んでくれと頼んだだけなのに、この道中で彼の頭の中でボクのバックボーンは好き勝手に捏造されてしまったらしい。
「これは悪い言い方だが、兄ちゃんと出会った村は帝都と違ってド田舎だ。帝都にゃ人の良さそうな顔してろくでもねぇコトするヤツらがごまんと居る。ちゃんと時間をかけて見定めるまで、知らないヤツを簡単に信じちゃいけねぇよ」
そう言って、ボクの手を取りねじ込んできた小銀貨。
これは、この馬車に乗せて貰うためにボクがこの禿頭の行商人に払った金だ。
「この銀貨は貴方に払ったお礼です。返して頂く訳には――」
「馬鹿言っちゃいけねぇ! 病弱な母と幼い妹のためにこれから身を粉にして稼ごうとしているガキンチョから金を取れるかってんだ! このブラフマン、人生山あり谷ありで生きてきたが、あこぎな商売だけはしてねぇとお天道様に誓って言えらぁ!」
そう言って胸を張るブラフマン。
記憶の限りじゃ母は病弱とは縁遠そうだったがな。と言うか、勝手に幼い妹とやらも増やされてしまった。
知らないけど、そんなモノはたぶん居いやしないはずだ。
あ、一応言っておくけど、ボクは一言も同情を買うような話はしてないからね。
このブラフマンという男、【はったり男】何て名前のクセに行商人としてはどうにも頼りない。
ま、頼り無いが、善人であるのは間違いなさそうだ。
「感謝します」
「良いって事よ」
ガハハと笑うブラフマン。
そのズボンのポケットに、気付かれない速度で大金貨を一枚放り込む。
「帝都まで送っていただいたお礼に、お伝えしたいことがあります」
「お、なんだ、なんだ?」
人の良さそうな笑み。
何となくだけど、どこか京一さんを思わせる雰囲気だ。
だから、これはボクらしくも無い気まぐれだ。
今更、赤の他人を気にかけるなんて、ただの偽善にすぎないのに。
「信じていただけないかも知れませんが……すぐに帝都を離れることをオススメします。帝都は遠くない未来、災厄に襲われるでしょうから」
「一体何を……お、おい、おいってば兄ちゃん! ぐぬぬぬ……よ、よく分からんが兄ちゃんも気ぃ付けろよ!」
たぶん、彼がボクの言葉を気にとめることもあるまい。
未来永劫、二度とは交わることも無い縁だ。
すべては気まぐれ……
だから、多くは語る必要は無い。
運が良ければ生き残り、悪ければ全てがご破算になるだけだ。
ただ、それだけ。
懐から取り出した新聞。
それはあの日、リョウが買ってきてくれた新聞。
その一面に載るは、まるで地球儀を弄ぶみたいに巨大な水晶玉に触れる新皇帝の写真。
書き綴られるのは、山ほどの祝辞。
だが、そこに載る新皇帝の涼しげな瞳の中に宿るのは――
明らかな悪意。
その時、一際強い風が騎兵通りを吹き抜けた。
ビリビリに破り捨てた新聞が天高く舞い上がり消える。
睨み付けた視線の先にあるのは目指すべき帝城。
かつて、ボクが籍を置いていた機関がある場所にして、
そこは――






