アルフレッド・どうか……
2020/01/18に投稿した『アルフレッド・タイムリミット 』『アルフレッド・この我が侭を』結合しを表現を中心に改稿しました。
一年――
言葉にすればたったの二文字。だけど、思っているよりも遙かに濃密で、過酷な時間だった。
そんな旅の中で出会った魔王レオニスとの邂逅は、ボクにとってとてつもなく衝撃的だった。
魔王の生まれが遙か昔の英雄戦争の余波に由来することも、その時の英雄やその敵達との力の余波で生まれたのも知っている。
そして、レオニスが最も先生の力を受けて生まれた魔王であることも……
だからといって、まさか顔や雰囲気まであんなに瓜二つとか反則だろ。
リョウの前だってのに、思わず号泣しそうになった。
しかも、与えてくる試練の苛烈さまで先生に似てるってんだから、ほんと、神様ってヤツは底意地が悪すぎる。
なんて、悪態つきながらも笑っていられてのはそこまでだった。
それは、魔王レオニスと盟約を結んだあたりから自分の中に感じ始めた確かな違和感。
最初は、些細な違和感だった。
目がかすみ、視点が合わな日が増えた。
最初はただの疲労かと思った。昔、寝食を忘れて研究に没頭していた時にはよくあったことだ、深く考えてはいなかった。
だけど――
それは南に向かう途中、帝国領の宿屋で起きた。
「アル君、どうしたの?」
「え、何が?」
「階段息切れして辛そうに上がってるから、どこか調子悪いのかなって……」
「……?」
最初、リョウが何を言っているのか分からなかった。
ただ、言われて気が付いた、自分の息切れ……
何て事だ、こんなすぐ気が付くことにすら失念していたなんて。
失念? いや、違う……
ただ、迫り来る現実から目を逸らしていただけだ。
ボクの身体に待ち受けているタイムリミット――
それは、思っているよりもずっと早く訪れ……る、ようだ……
「アル君! ちょ、大丈――」
どうしたの、リョウ、そんなにあわてて?
大丈夫、ボクなら大丈夫だから、そんな……泣きそうな顔、しない……で……
「ア――! アル――……」
リョウの声が、やけに遠い……
闇が、ボクを……
意識はそのまま深い闇の中へと溶けて消えた。
夢を見ていた。
ほんの、先の……
だけど、ボクには絶対に届くはずの無い未来の夢。
それは、どこかボクに似た男と黒衣の男が戦う世界。
そこは、まるで見たことも無い場所。
だけど、あぁ、分かるよ、うん、分かる……
君はボクの……
そして、この黒衣の男は……
あぁ、そうか、経緯は分からないけど……そうなんだ……
頭が、重たい。
やけに、ボーッとする……
「アル君!」
気が付けば、今にも泣き出しそうな……違う、赤く腫れた目元は、きっと不安な気持ちに押し潰されそうになりながらも、ずっとボクの手を握りしめて我慢していてくれたんだ。
「ごめん、リョウ。極寒の最果てから魔導列車で急に帝国領に戻ったから、気温差で体調崩したみたいだ」
ボクの説明に、リョウが複雑そうな表情を浮かべる。
「な、なに?」
「何か、理由が説明臭い……私に隠し事してない?」
「し、してない、よ」
一瞬だけど、こう言う時のリョウの勘の鋭さというか洞察力が面倒臭いと思ってしまったのは秘密中の秘密だ。
そんなことバレた日にゃ、どんな目に遭わされるか……
「アル君……」
「な、なに?
纏う気が変わった!
「嘘、ついてない?」
「ついてない、ついてない! ホント、ホントだから!」
「嘘ついたら頭突き一万発だよ?」
「増えてる増えてる! 十倍になってる!」
「邪悪な腹黒嘘つきショタにはそんぐらいしても良いと神様がおっしゃっている」
「どこの神だよ! って言うかリョウ、キミは自分の旦那に対して酷い罵声を浴びせてる自覚ある!?」
「あるに決まってるじゃん」
「うわぉ!?」
嫁の自分に対する生の評価を聞かされた夫の気持ちってこんな心情なんだろうか……
「もっと言ってやろうか?」
「……起き抜けに聞かされたら胃に穴が空きそうだから、やめ――」
「敵と判断したら絶対に許さない、寛容性がまるでないダークサイドの住人。常人が引くレベルの罠を張るくせに、張りすぎた罠で自爆するお間抜けさん」
「ぐはっ!」
う、うん、全部身に覚えあります。
ありすぎるけど、声に出して直にかまされるとダメージが半端ないと言いましょうか……
「そ、そこのまいわいふさん、そ、それぐらいで……」
「笑顔で人を追い詰めるし、」
「ぐふっ!」
「愛してるとか囁くくせに、心を開いたフリして闇を隠す」
「ガハッ!」
それは、久しぶりに泣きたくなるぐらいに容赦の無い糾弾。
「何より、元男なのを知ってても絶対に手放したくないからって、洗脳めいた事を耳元で囁きながら身も心も蹂躙した……よよよ」
「ちょ、前半は致し方ないとしても、その言い分には悪意がある! 異論を! 異論……えっと、ほんの少しくらいは釈明を要求す……うむ」
思わず必死になってしまったボクに、リョウが妖艶な笑みを浮かべキスで唇をふさぐ。
しかも結構熱烈な感じのヤツで。
「冗談。私がアル君を先に好きになったんだよ。ソフィーの頃も含めて先にね」
「うん、たぶんそれが正解」
「むぅ……そこは『ボクが先に好きになった』って言って欲しかったんだけど」
「そう言いたいんだけどさ、今更だよね。最初はキミが先だったかもだけど、ボクの心がキミと出会えたことで変わったのも、前に進む切っ掛けが君との再会だったのも、何よりも……救ってくれたことも。全部、キミが――」
「わー、わー、わー! 分かったから、ごめん、分かったか! そ、それ以上は!」
「照れてるの? 今のボクが、キミの隣に居れる理由は、キミが一番知ってるクセに……キミが、全部ボクを変えてくれた」
「分かったってばぁ……うぅ、うちの旦那様は真顔で強烈なラブカウンターを打ち返してくる件について……」
「何さ、その君の世界で読んだ書物みたいなタイトルは」
「大好きってこと……」
「っ!」
そう言って、まるで不意でもつくみたいにしてコツンとボクの肩に頭を乗せる。
「リョウ……」
「アル君が居なくなったら、私泣くんだからな」
「うん……」
「いっぱい、いっぱい、干からびるまで泣くんだからな」
「……うん」
「いま返事まで間があった!」
「ち、違う! キ、キミの優しさに心打たれて口ごもっただけだから!」
「ほんと、嘘じゃ無い? 嘘じゃ……無いよね?」
「うん……ボクの全部はキミと一緒にあるから……」
「うん、信じる。私の全部だって、アル君と……旦那様と一緒にあるんだから!」
そして、どちらともなく交わした口づけ……
アハハ、情けない。
キミのすごさも、思いの強さも優しさも全部分かっていたはずなのに、それでも支えたいと思っていたキミに、思わず気圧されてしまった。
そう、だよね――
今更なのに、ボクが選んだ人はとんでもない資質を秘めていたんだと、改めて思わされた瞬間だった。
なんて、思わずおどけてしまった。
うん、キミのすごさは、誰よりもボクが知っている。
ボクが今も未来も何もかも超えて世界で一番キミへ焦がれ、キミを愛したから、だから、ボクが一番知っている……
それは誰にも、もし先生や京一さんがここに居たとしても、譲れないキミへの思い。
だから――
だから、さ――
キミに気が付かれていたとしても……
喩え、この嘘がバレバレだったとしても――
ちっぽけなボクは、全力で嘘をつくんだ。
残された時間は僅かで――
世界は何処までも冷酷だけど――
それでも……
それでも、キミとの思い出は……
せめて残された時間は、いっぱいの笑顔で埋め尽くしたいから――
だから、どうか、
どうか……
この世界に、先生以外の神様が本当にいるのなら……
この我が侭を貫き通させて、ください……






