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TSヒロイン・別れ……

2020/01/11に投稿した『TSヒロイン・別れ……』を改稿しました。

 人は覚悟を決めて必死になると、時間ってのは思いのほか早く流れる。


 一日一日、地獄のような訓練を受けながら毎朝目を覚ませば残りの日数を指折り数える毎日。

 苦痛だからじゃ無い。

 楽しみにしていた夏休みが折り返しに来たころに、ふと夕日に映る長く伸びた自分の影を見たときのようなそんな感覚だ。

 それは、まるでアル君のカーズさんに対する思いの深さが私に乗り移ったみたいな日々。

 いや、私にだってわかっている。

 これはアル君に共感したからだけじゃ無い。私自身がカーズさんをお見送りしなければいけないことに、悲しみを覚えているからだ……


 短い日々だったけどカーズさんから教えて貰う毎日は充実していた。

 それに何よりもアル君に対する父親としての優しさが、性格は真逆だけどうちの父さんに似たものを感じたからだ。


 血は繋がらなくとも親として子を愛する力強さ。

 人としての温もり。

 その尊さを教えられる毎日だった。

 修行は辛いし、正直毎日がボロボロにされるばかりだったけど、楽しかった。


 楽しかった、んだ。


 だけど――


 ついに、その日が来た。

 自分たちで望んだことのはずなのに、その日が来て、しまった……


 アル君は朝から一言も話さない。

 いつもなら私の作るご飯を食べたら、美味しいって必ず褒めてくれるのにほとんど上の空だった。

 いや、それは今朝だけじゃ無い……

 残りの日々が片手で数えられるようになったあたりから、アル君はほとんど話さなくなったし笑顔も減った。


 ……当たり前、だよね。


 誰よりも尊敬していて大好きで憧れた人なのに、自らの意志で永遠の別れを選択したんだ。

 悲しいほどに矛盾する思い(ねがい)……

 アル君の心情は察するに余り有る。

 

「何を神妙な顔をしているのだ。永遠の別れと言う訳でもあるま……あ、永遠の別れだったか」


 カーズさんはらしくもない軽口を叩くと、軽く笑って見せた。

 これから逝く本人だというのに、この人はどこまでも泰然としているとでも言えば良いのか……


「先生、それ……笑えないです」

「やっと口を開いたと思えば……馬鹿弟子が」


 優しく微笑みながらアル君の頭をくしゃくしゃと撫でる。


「私はもう十分に生きた。悲観せず前を向いて逝けるのは、お前達という後継者が出来たからだ。胸を張れ、アルフレッド」

「せ、先生……」

「この一ヶ月、お前達は私の苛烈な試練によくついてきた。かつて共に戦った英雄達でさえ、この修行についてこられた者がどれほどいただろうか……お前達の決意、お前達が見せた努力、それこそが私がこの世界を去る決意を後押ししたのだ」

「……先生!」

「そうだ、それで良い。私のラスト・サン……」


 ラスト・サン――

 最後の子……いや、それだけじゃ無い。

 カーズさんにとって、アル君は何よりも代えがたい太陽で希望だったんだ。

 自分の手で二度とは登らぬ太陽にしてしまうのか、それとも、燦然と輝く太陽としてまた登ってくれるのか……

 色々な葛藤があった末に、アル君は自らの力でカーズさんからラスト・サンと呼ばれるまでになった。

 カーズさんにとっても、それが何より嬉しいこと……

 そんな気持ちがヒシヒシと伝わってくる。


 だから、私は言うんだ。


「私、やっぱりカーズさんが嫌いです」


 きっと、笑って言えてるはずだ……


「だって、アル君が言って欲しい言葉、私じゃ言えない言葉……それを、何時だって……い、何時だって……最高のタイミングで言うんですから。ずる……いです……」


 ッ……何で、だよ。

 何で、こんなに言葉に詰まるのさ……

 そして、何でこんな悪態つくバカに、貴方はそんなに優しく笑っているんですか……


「長く永い戦いばかりの人生だった。だが、最後の数ヶ月は……心配事も多かったが、何より穏やかに過ごせた幸せな毎日だった。極上の感謝を、至高の謝儀を其方たちに……」


 優しく微笑みながら、その手に持っているのは古ぼけた小さなケース。

 見覚えがある。

 私が初めてアル君にプロポーズされたときに渡された指輪が入ったケースだ。


 怠惰な生活でボッシュウトされたけど。


「アルフレッド、これをお前達に返そう。そして、リョウ……」

「は、はい」

「長い間、やきもきさせてすまなかった」


 スッと伸びた手が私の額に当てられ、淡い光が包み込んだ。

 それは温かい光。

 まるで自分の細胞が一つ一つ生まれ変わっていくみたいな、そんな不思議な感覚。


「リョウ」


 光が収まり目を開くと……


「あ……」


 自分でもわかる。

 自分の身体が男では無くなったことを。

 そして……


「この白いドレス……」


 何より驚いたのは私の身体を包み込んでいたドレスの存在だった。

 こ、これって。


「ここには祝福してやれるのが私しかいないが、それでも見せてくれないか? 若き二人の誓いを」


 私とアル君はお互いに見つめ合い、頷いた。


「リョウ、改めて言わせて欲しい。これからも苦労させると思うけど。ボクの伴侶としてともに歩んでほしい」

「はい、喜んで。今度こそ、隣にいるからね」


 アル君が私の手を取って指輪をはめてくれる。

 私は……


「あ……」


 義手となった左腕に思わず戸惑ってしまう。

 そんな状況に、アル君がスッと右腕を差し出してくれた。


「リョウ……全てが終わったら、無くした左腕は元に戻す。その時にはさ、改めてリョウのご両親の前で誓いを立てようよ」


 その言葉に、ただただ頬が緩み……


 誓いのキスをした。


 アル君とのキスはこれで何度目だろう。

 それよりも凄いことだっていっぱいしたはずなのに、全てが真新しいみたいな気恥ずかしい気持ちになる。

 男に生まれて、何時か可愛い彼女が欲しいとか思っていたのに、そんな感情も今や遙か昔の記憶。

 今じゃただただ乙女過ぎる気もするけど、アル君と居られることが嬉しい。

 一時期はもしかしたらエルフじゃ無くてサキュバスに転生したんじゃ無いかとか心配したりもしたけど、今の私なら、アル君の隣に居ても大丈夫だよね?


「アル君、わ、私幸せすぎて心臓が止まりそう」

「お願いだから止まらないでね。結婚初日に死別とかあまりに寂しすぎるもん」

「あのね、あ、あのね……私、アル君の隣に居ても、良いんだよね?」

「ボクの隣以外にどこがあるって言うのさ。前にも言ったよね」

「え?」

「絶対に離さないって。キミがボクの隣に居る時間こそがボクの人生の全てなんだ。キミがどこかに行くようなことがあったなら……」

「あったら……?」

「そんな場所はこの地上から消し去っちゃうかも」


 で、出た~!

 爽やかな顔でヤンデレ発言。

 うぅ……こんなこと思っちゃ駄目なはずなのに、アル君にそこまで思ってもらえるのが嬉しいと思ってしまう辺り、やっぱり私ドMかもしれない……


「なんて、ね」

「冗談?」

「まさか、本気だよ」

「うわぁ」

「でも、離れたいなんて思うことが無いくらいリョウのことを幸せにしてみせるから」

「~ッ!!」


 このイケショタ! イケショタめっ!

 このまんまじゃ私本当に嬉死させられるよ!!


「ほ、ほら、ふ、二人っきりの世界もさ、う、嬉しいけど、カーズさんにちゃんと報告しないと」

「ああ、そうだね。まずは先生にちゃんと報告だね」


 報告も何も、ずっと見守ってくれてるんだけどね。

 だけど、このまんまだと私の脳が本当に沸騰死しそうだったんだもん!

 う~! う~!!

 情けない。

 年上なのにアル君の前じゃ手の平の上みたいにコロコロ転がされる。

 ……それも嬉しいとか思ってるの、きっとバレバレなんだろうな。


 とにも照れるのは後だ後!

 まずはちゃんとカーズさんに報告!


 私たちは目を合わせると、カーズさんの前に同時に歩み寄った。


「先生、貴方のおかげでボクは最愛の人と再び歩むことが出来るようになりました。ありがとう、ございました……」

「カーズさんがアル君を育ててくれたおかげで、私はアル君と再会して、今こうして幸せを掴むことが出来ました。ありがとうございます……」


 私たちに薄く微笑むカーズさん。

 どこまでもクールな大人。

 だけど、その目尻が僅かに光った、気がした。


「私こそ、其方らに極上の感謝を。アルフレッドにリョウ、其方達と過ごした時間、私の一万有余年の人生で何より有意義で充実したモノであった……私からお前達に贈れる最後の贈り物をさせてくれ」


 カーズさんの手に生まれた二つの光。


「一つはアルフレッド、これをお前に」


 それは淡い緑色の輝きを放つ光。


「せ、先生……これはまさか……」

「私が生涯を賭して研鑽した知性と魔力だ。いかなお前と言えども、まだ成長途中のその身では強大すぎて負荷もあるかもしれん。だが、もしお前が良ければ私の力を継承してくれないか?」


 その輝きを手渡されたアル君がボタボタとお大粒の涙をこぼす。

 誰よりも憧れ、何よりも尊敬し、その背中を追い続けた人からの最後の贈り物。

 それが力じゃ無かったとしても、アル君は泣きながら喜んで受け取ったことだろう。

 それなのに……

 手渡されたそれは、自分がカーズさんの正統なる後継者としての紛れもない証しなのだ。


 良かったね、アル君……


「そしてリョウ……アルフレッドをよく支えてくれた。其方には……」


 そう言って差し出されたのは、とてつもない温かい輝きを放つ光だった。


「あ、これ……」

「私が一万年を懸けても、ついに使うことが出来なかったもの……人としての寿命だ。其方がアルフレッドと共に同じ時に終わりを迎えるためにな」

「あ……」


 それは、実は私が一番懸念していたことだった。

 この身体はエルフ。

 もし、私が知っているファンタジーの特性を持っているなら、この身体は父さん達が死んでも、そしてアル君が死んだとしても、一人で生きていかなければならない。

 それはすごく不安で怖い未来。

 長く一人で何て居たくない。

 一人で長い時間を取り残されるのは想像するのも恐ろしい。

 そんな私の不安に気が付いて居たんだ。

 ほんと……この人は、どこまで私たちのことを見てくれているのだろう。


「カーズさん、人としての命……私が何よりも求めていたモノです。私の両親が同じ速度で老いていくみたいに、私もアル君と一緒に……」


 私とアル君の視線が絡み合う。


 何時か来るだろう別れ。

 それは、私が望むよりも凄く早いものかも知れない。

 

 それでも……


 そうだったとしても、それまでは苦しみも喜びも共に奏であいたい。

 そして、同じ日に別れを迎えることが出来なかったとしても、遠くはない未来でまた出会えるように……


「カーズさん、いえ、お義父さん。最高のプレゼントをありがとうございます」


 二人の手の中で輝きを放つ光は、まるで主に懐く犬のように二人の胸元にすり寄ると、吸い込まれ消えていく。


「さて、これ以上の会話は未練が残るだけだ」


 そう静かに口にしたカーズさんは天頂に浮かぶ地球を眺め見た。


「あ……」


 アル君の口からこぼれ落ちた小さな呟きは、だけど、色が変わるほど噛み絞めた唇の奥に砕けて消える……


「遠い未来の空から、其方達の運命が光り輝くことを祈っている。さらばだ」


 薄く微笑むと、そこには確かに居たはずなのに……

 余韻一つ残さず、


 カーズさんは消えた……


 私達の中に残る確かな温もりが無ければ、まるで存在していたことが夢であったかのように。

 

 どこまでも潔く、どこまでも高潔で……



「アル君……」


 私は、ただ声を押し殺して泣くアル君を、力の限り抱きしめた。

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