TSヒロイン・この世界の真実と勝ち取るべき未来
2020/01/09に投稿した『真実と勝ち取るべき未来』を改稿加筆し再投稿しました。
乾いた金属の音が鳴り響く。
いや、鳴り響くと言うよりも、それはけたたましく奏でられる獣の咆哮にも似ている。
その音の正体、それは目の前でアル君とカーズさんが剣を激しく交えているからだ。
あの日――
カーズさんに真実を告げられてから五日が過ぎた。
この世界の成り立ち、それは私が想像する物とはまるで違った。
ここはある意味で異世界だけど、その実態は私たちが住んで居た地球の未来……
そう考えていた。
だけど、この世界は私が知る時間軸上とは違う時間軸に作られた幻の世界だった。
カーズさんが語ってくれた真実は、1970年代に地球は一度滅亡しているとのことだった。
世界を滅ぼした敵の名はダ・ヴィンチ。
ダ・ヴィンチ――
地球に生きている者なら誰もが知っている万能の天才と呼ばれた男。
だけど、その正体は世界最高峰の天才にして悪魔の頭脳を持つ男だった。
そんな万能の悪魔は、不老とも言える力を手に入れるとやがて世界を滅ぼすまでに至る。
だけど、その滅亡から世界を救ったのがカーズさんのお父さんと三人の仲間達だった。
四人はダ・ヴィンチを倒し、聖杯と呼ばれる神器を使い滅亡する前の時間軸を生み出した。
そして、世界は滅亡なんて事実が無かったみたいに、私の知る歴史を生み出したらしい。
でも、それは本来あるべき時間とは違う存在。偽史とでも呼ぶべき存在だった。
とにも、その偽史こそが私たちがよく知る今へと繋がる時間軸になるはずだった。
たけど、その偽史には密かに紛れ込んでいたのだ。
死んだはずのダ・ヴィンチが。
何食わぬ顔で、当たり前のように隣で呼吸をしていた……
そんな万能の悪魔はまるで自分が存在しなかったかのように時の中に潜みながら、ただ静かに願っていた……らしい。
――偽史の消滅を――
そしてダ・ヴィンチは叶えてしまった……その腐敗して毒素を放つ悪魔の願いを。
僅か数年で世界は戦渦に飲まれ、掘り起こされた炎の津波で世界を焼き尽くした……らしい。
文明が焼き尽くされて消えた世界、科学の恩恵で支えられてきた人間は絶滅の危機に瀕し、生き残った生命全てが獣のように彷徨った暗黒の時代……
長い永いその時代を経て、カーズさん達英雄は姿形を変えて生き続けたダ・ヴィンチを滅ぼし、偽りの時間を滅ぼさんと産まれた《刻食み》という災厄を滅ぼすことに成功した……
ここまでがカーズさんが生きてきた時間の流れ。
これだけでも気がおかしくなりそうな話だってのに、私が知らされた真実はもっと複雑だった。
巨悪を倒したことで全ての時間は一つの流れに戻り、英雄や人間達の魂は本来有るべき時間へと戻った。今度こそ滅びを向かえない、偽史を真実にするために。
だけど、真実の流れに全ての命が戻れた訳じゃ無い。
当たり前のことだけど、新しく生まれ変われることを受け入れられる者達ばかりじゃ無かった。
この世界に残りたい、今のままで良い――
そんな選択をした命の方が多かったらしい。
……あたりまえだ。その気持ちは痛いほどにわかる。
だって、人間はそんなに強くはないもん。
今有る全てを投げ打って、不確定な未来に歩み出す……
そんな選択を出来る者がどれだけ居るというのか。
だから、数多の英雄達がこの世界を去った後、幻の残滓に過ぎないこの世界にカーズさんは残った。
全ての命が真なる時間に旅立つその日を待って……
アル君が前に話してくれたこの世界にとっての神様って意味を、私は改めて理解した。
そう、カーズさんは命を見守る選択をしたとき、世界を救った英雄からこの世界の神様になったのだ。
それは本人が望まなかったであろう選択だったはずなのに……
そして、私にとっての最悪……と言うか懸念もここから始まっていた。
私とアル君の先祖はそんな残った者達の末裔。
そう、消え行くはずの幻が生み出した存在。
……告げられた時は、一瞬目の前が真っ白になった。
昔の私なら「うぉ~、かっけー、燃える!!」とか叫んでたと想うけど、今やそんな気にはなれなかった。
……一瞬、ほんの一瞬だけど心が揺らいだ瞬間、僅かに身体が薄くなり力でも抜けたみたいな感覚に襲われた。
まるで自分の意識や存在が一瞬にしてバラバラに砕けるみたいな感覚。
それは、ただただ圧倒的な恐怖。
あの瞬間、アル君が必死に叫んでくれなければ、私はどうなっていたのかわからない……
それほどに不安定な存在。
自分が消えるかも知れない恐怖。だけど、問題はそこじゃない。
アル君も私も幻が産んだ存在だとしても、この気持ちは本物だし、今この世界に居るという自覚もちゃんとある。
昔みたいに、オレだった頃の弱い私じゃない。
アル君を想うだけで、アル君に想われているだけで、それだけでどこまでも走って行ける。
だから、もう迷わない。
喩え何度幻だって言われても、この想いは本当だから。
父さんや母さん、姉貴や祖父ちゃん祖母ちゃん、全部、全部……どんな時でも与えてくれた愛情は覚えている。
それが、偽物のはずなんて無いから。
だから、大丈夫。
そう、どんな最悪もアル君との愛でいくらでも乗り越えられる。
でも、私が覚えた不安という名の恐怖、私の懸念――
それは、私とアル君の未来だ。
ま、ぶっちゃけるとですよ、私ねアル君との赤ちゃんが欲しいんですよ。
めっちゃ欲しいんですよ。
こう見えても子供大好きなんですよ。
ええ、ここばかりはあの父さんの血を受け継いでるなって、実感するぐらいに子供が大好きです。
だけどさ、もし何か訳わからんヤツに、
『お前の母ちゃん元男でしかも幻とか、偽物づくしやな』
何て、えせ関西弁混じりにすげぇブッコミ方されて、せっかく出来た子供が存在揺らいで消滅! とかになったら泣くぞ。泣くというか、ぶち切れてこの世界を破壊しちゃう気がする。
ぶっちゃけ、今の私とアル君ならそれぐらい出来る気がするんだよね。
そんなブッコミしそうなヤツ……魔王か?
いや、魔王と言うよりロイだよな、やっぱロイは真っ先に滅ぼしておかないとダメってこと――
「何、企んでるの? すっごく悪い顔してるよ」
いつの間にか私の近くに立っていたアル君が苦笑いを浮かべていた。
「あ、カーズさんとの稽古は終わったの?」
「うん、ボコボコにされたよ。はは、清々しいほど気持ちよく負けちゃった。わかってたことだけどさ、世界を救って神さまになった男はやっぱり底知れない化け物だったよ。あれからちょっとは強くなったつもりだったけど、鼻っ柱を折られたと言うより根っこからもぎ取られた気分だ」
ソウルドレイクにボロボロにされたときよりも見た目には酷いのに、まるで憑き物でも落ちたみたいな爽やかな笑顔。
以前とはどこか違う前向きな言葉。
カーズさんのことが好きで誰よりも尊敬していても、前までのアル君だったら負けた時にはどこか刺々しさというか暗澹たる感情が見えた。
でも、今はそんな影はどこにも見当たらない。
純粋に強くなりたい。
カーズさんとの残り少ない時間を大切にしたい、少しでも多くを学び取りたい。
そんな真っ直ぐな感情だけが見て取れる。
うん、格好いい。
やっぱり私のアル君は格好いい。
「どうしたの、僕の事そんなにジロジロ見て?」
「私の彼氏は格好いいと思ってた」
「あ、あ、ありが、とう」
私の素直な褒め言葉に、アル君が顔が耳まで真っ赤にする。
格好良くて可愛い。
どうよ、これが私の彼氏にして夫だ。
超自慢して~!!
「な、何かさっきから表情がクルクル変わってるけど大丈夫かい?」
「全然絶好調!」
ビシッ! とサムズアップで応える。
未来は不安なことだらけだ。
魔王を倒せるのか、いや、それよりもアル君の残された寿命がどれだけあるのか、ブルーソウルの魂の恩恵がどれだけあるのか……
正直、考えれば考えるほど泥沼に嵌まりまくって這い出せなくなりそうだ。
でも、私なんかよりアル君の方がもっとずっと不安なはずで……
その不安を当人が見せないのに、オレ……じゃなかった、私の方が不安に駆られる訳にはいかない。
……よしっ、取り敢えず今は目の前のことに全力で取り組もう!
起こる前から見えない不安に怯えるのは無しだ!
「アル君!」
「うん?」
「私たちカーズさんに教えて貰える残り僅かの時間で目一杯強くなって、私たちの未来にたちふさがるヤツら全部ぶっ飛ばしてやろう!」
「ああ、もちろん」
二人笑ってのハイタッチ。
どんな障害があっても、もう、私たちは迷わない。
数多の敵が妨害するなら、そいつら全てを撥ね除けて幸せを勝ち取ってやる!!
……あ、ちなみに、実は私まだ男です。
ま、何で男のままかって言うと、決してアル君とBLしたいからじゃない。
それも全然有りなんですがね、ええ。むしろ望むところというか……
や、そうじゃなくて、戦闘訓練の為に男のままなんです。
魔素と魔力の扱いは十分だとカーズさんからお墨付きは貰った(それだけでも凄く嬉しい)。
ただ、同時に言われたのが、何度も指摘されてきた戦闘技術の低さだった。
そのために私が選んだのが男の身体での戦闘訓練。
本来なら女の身体で慣れといた方が良いのは確かなんだけど……
カーズさんに向かって世界の未来を任せろと啖呵を切った手前、アル君も私も手心を加えて貰ったヌルい訓練をして貰う気なんかサラサラ無い。
しかも、カーズさんをあるべき時間へ早く解放してあげたいというアル君の願いと、ロイと魔王を野放しにしている地上が心配という思いが重なってる訳です。
そうなるとですよ、必然的に訓練は苛烈を極める訳ですね、はい。
正直、長年慣れ親しんだ男ボディーの方が戦闘訓練は対応しやすいんですよね、はい。
あとは女の時にあまり傷だらけになりたくないと言いましょうか……
クシャナ殿下じゃないけど「我が夫となる者は~(以下略)」になったら嫌というか、まぁ、そんな事態にはカーズさんがするとは思えないけど、それでも傷を作りたくなかったというか……
結局魔王と戦えば傷は付くだろうけど、それはそれと言うか心持ちと言えば良いのか……
結局何が言いたいのかって、言うと、えっとね、えっとね!
よ、ようは全ての訓練が終わったとき、傷の無い身体でアル君とイチャイチャしたいんだよ!!
だってさ、だってさ、女に戻ってえっちぃことするときにアル君から、
『HAHAHA! ボクのWIFEはとんだ傷だらけのANGELだったみたいだな』
何て小粋で変にネイティブな感じで、OH! なんてリアクションされたら、私泣くよきっと。
「――ウ、リョウ、リョウってば!」
「ふぁい!?」
「また、斜め上の方向に変なこと考えてたでしょ」
「むぅ……変なことじゃないもん。ただ、アル君に嫌われたくないって思ってただけだもん」
「あ、あ、と……だ、だからそ、そんな心配ないってば、ボクはもう正気に戻ったんだから」
「そう言って、何度も裏切った竜騎士がいるんだよ?」
「その裏切った竜騎士ってのが何なのかわからないんだけど」
「親友との恋争いに破れて闇落ちしたカインさんのこと。その後、横恋慕した相手の子供を鍛えたりジョブチェンジで古傷を抉られたり、恋慕した相手を奪った親友を救うために散々な目に遭う苦労人」
「ストーップ! オーケーオーケー、そこまでにしよう。とっても危険な匂いがする。一応言っておくけど、そんな知らない人と一緒にしないでよ。ボクはもう君を傷付けたりしないから」
「アル君……」
「な、何?」
「傷付けたって良いんだよ」
「え?」
「ちゃんと二人が前に進むための衝突なら、私は全然良いんだよ。むしろ、そんなことに目をつむって逃げて、あとで大きな喧嘩になるくらいならいっぱいぶつかろうよ。そして、喧嘩した後はこの間みたいにいっぱい話してさ、そんでいっぱい仲直りのキスして、あと、いっぱいエッチなこともしようね」
私が笑いかけると、アル君が真っ赤になって俯く。
えへへ、何かチョッピリセクハラしてるような、イケないこと言ってるような気もするけど、アル君の何時まで経っても初々しい反応が可愛くて仕方ないのだった。
お読みいただいている読者様、本当にありがとうございます!
ランキングタグなどで応援を頂けると執筆の励みになりますので、もし面白かったと思っていただけましたなら、何卒! ポチりとよろしくお願いします!!






