TSヒロイン・二人の願い~未来を紡ぐ者~
2020/01/06 21:07に投稿した『TSヒロイン・二人の願い~未来を紡ぐ者~』を3000文字ほど加筆修正しました。
「動きはどうだ?」
「凄いです、とても義手だなんて思えない。自分の手みたいに、いや、意志通りに動くこの感じは元の手以上です」
アル君が自分の左肩に繋がった義手の動きを確かめながらカーズさんに答える。
義手――
私をソウルドレイクから守るために失った左腕。
カーズさんが言うには再生は可能とのことで、そのための法術も教えてくれた。
ただ、再生するためには一ヶ月近い安静期間が必要とのこと。さらに魔素を使って動かす義手とは違い、筋肉や神経を元通りに動かせるようになるにはリハビリに最低でも一年以上はかかるらしい。
で、アル君と私が何度も相談した結果、アル君の戦いを先に終わらせたいという意志を優先、全ての決着が付いてから治すということに落ち着いた。
本音を言うなら、早く治して欲しい。
アル君の腕を失わせた罪悪感もあるけど、なによりも何時ものアル君に戻って欲しい。
そして、アル君の手でいっぱい触って欲しい……
「うぎゅぅぅぅぅ……」
アル君を心配しているのは本当なのに、本音は欲望まみれな自分が憎い。
「リョウ、珍妙な声を上げてるけどどうしたの? また面倒臭いこと考えてる?」
「面倒臭いことは……考えてないと思う。ただ、ちょっと反省というか、何というか」
「ボクの腕のこと考えてた?」
「……正解」
「気にしないでって言ったのに。でも、君は気にするよね」
「うん、気にするよ、するに決まってんじゃん……」
「何度も話し合いしているときにも言ったけどさ、この腕は君の責任じゃ無い。人の心を失いかけたボクがバカやっただけさ。聖職者的に言えば罰が当たったってヤツなんだろうね」
「アル君はそう言ってくれたけど」
「大丈夫、それに約束したでしょ、戦いが終わったら腕は治すって。だから、それまではもう少しだけ我慢して。それでさ魔王の血だとかそんなくだらない因縁は一日でも早く終わらせて、向こうの世界に居る京一さん達に無事を報告しよう」
「う、うん」
「京一さん達に散々世話になったんだから、一日も早く安心させないと」
アル君が優しく笑いながら、義足じゃない方の手で撫でてくれる。
アル君の温もり。
それを感じられるのが何よりも嬉しくて、何だか恥ずかしくて……
頬が熱くなるのを覚えた。
「ふふ……」
そんな私たちのやり取りを優しい瞳で見つめていたカーズさんが小さな笑みをこぼす。
「先生? えっと、どうかしましたか?」
「いや、何。成長したな、アルフレッド」
「え?」
「今のお前には自己犠牲という言葉に甘えた自暴自棄さも、自分自身も他者も顧みない濁りも無い。リョウ」
「は、はい!?」
「よくぞアルフレッドを成長させてくれた。ブルーソウルを救い、アルフレッドの心と命も救ってくれた。そなたには感謝しか無い」
「いや、そんな、ただ必死だっただけで……」
なんかこの高潔すぎるほどに高潔で厳格な人に褒められると、もはやどう喜んでいいのかわからなかった。
それは面と向かって褒められたアル君も同じような様子で、顔を赤くして俯いてた。
「アルフレッド、私はかつてお前に『人として生きろ』と言ったのを覚えているか?」
「もちろんです。地上に生を受けた知恵ある者として、その命を全うしろ。そう、伝えたかったのだとボクは受け止めています」
「そうだ。人は弱い。強くなればなるほどに、富を得れば得るほどに、大樹の根が時をかけて蟻に食い散らかされ腐り落ちるように、人間の魂とは知らず知らずに朽ち果てていくものだ」
だからこそ、カーズさんはアル君の未来を心配した。
その心の内に膨大な闇がある以上、若いうちに死ぬことになったとしても人の心を守ったまま、死を享受した方が良いんじゃないかとさえ考え悩むほどに。
「アルフレッド、よく人の道に戻った」
それは、どこまでも優しい声音。
アル君の目尻に涙が薄らと浮かぶ。
「ボクだけじゃ、ありません。リョウが居てくれたから……それに、ボクはまだ先生にそう言って頂けるほど、成長したとは思っていません。また、道を踏み外しそうになるかも知れませんし」
「だ、そうだが?」
「絶対にそんなことにはなりません。もしまた暴走したら、私が頭突きしてでも元の道に引き戻しますから」
カーズさんの問いかけに私は胸を張って応えると、隣でアル君は困ったみたいな苦笑いを浮かべていた。
「ふ……お前達にはそれぐらいがちょうどバランス的にも良いのだろうな。さて、悠長にしている時間もあるまい。お前達に最後の手ほどきと、リョウ、お前との約束を果たすとしよう」
私の喉がゴクリと鳴る。
それは遂に、アル君のお嫁さんに成るための一歩を踏み出すと言うことだ。
迷いは無い。
迷いは無いけど、実はそれを受け止める前に、私とアル君は一つの約束をしていた。
それは、アル君のたっての願い。
いや、今は私とアル君の譲れない願いでもある。
「先生」
「カーズさん」
ハモる二人の声にカーズさんは小首をかしげた。
「「その願いを叶えて貰う前に、もう一つお願いがあります」」
「願い? ふむ、叶えてあげられることなら聞き届けよう」
その言葉に私たちの視線は絡み、無言のままうなずき合う。
「ボク達の願いは――」
「私達の願いは――」
「「先生の時間です」」
「私の、時間?」
その言葉の意味がわからないのだろう、カーズさんが逡巡する。
それもそのはずだ、実は二人でどう伝えたら失礼にならないか凄く悩んだのだ。
だけど――
「ふむ、それは私を殺すと言うことかな?」
「ややや、先生! ボクたちがオブラートに包んだのに!」
「ア、アル君、その発言は限りなくアウト!」
慌てる私たちをからかうみたいに笑うカーズさん。
どこまで行っても掌の上ってことだよね。
うん、そんなことはわかってる。
でも、ね……
「カーズさん、これはアル君がカーズさんに示せる精一杯の愛情なんだってことは、どうかわかってあげて下さい」
「リョ、リョウ」
「アル君、どんな言葉で取り繕ってもバレバレだよ」
「うん、そうだね……」
アル君はややの間沈黙すると、決意を込めた瞳でカーズさんに向き直った。
「先生、ボクたちみたいなガキには先生が歩んできた時間と歴史は推し量れません。でも、どうか……どうかもうご自身を許してあげて下さい。遙か遠き古に英雄達がこの世界を去ったように、先生もまた有るべき時間に戻って下さい! いや、戻らないとダメなんだ!」
カーズ――
全ての英雄達の王にしてこの世界で神とさえ崇められる男。
その正体は宇宙が一巡する前の世界を守れなかったことを悔い、『刻食み』という厄災を滅ぼして尚この世界を見守るために残った男。
「先生はかつて、この宇宙に輝く数多の星が流れ落ちるまでこの塔に居ると仰っていました。当時のボクにはその意味がわからなかった。でも、今ならわかります。貴方は……貴方はこの世界全ての命が何時迎えるとも知れぬ死を迎え尽くすまで、永遠にこの世界を見守り続ける。そのつもりなんだと……」
カーズさんは何も答えない。
その瞳はただアル君を捕らえ続けるだけ。
「先生、お願いします。先生もどうかご自身の未来を歩んで下さい! 最後の聖戦で産まれた魔王達はボクたちが何とかします! だから!!」
それは、どこまでも悲痛な願い。
この世で最も尊敬し、父のように、時に母のように慕っている相手なのに、そんな敬愛する人の死を望まなければならない……
そらは、悲しいほどに矛盾する感情。
だけど、私はアル君といっぱい話し合ったから知っている。
そこに、アル君のその願いに……迷いは無い。
「先生、お願いします! どうか、どうか!」
「私からもお願いします!」
「アルフレッドにリョウ、お前達の気持ちは嬉しく思う。だが、世界に病巣のごとく巣食う悪は生半なモノでは無い。仮にお前達が魔王を滅ぼしたとて、その次にもまた違う悪は産まれるだろう。或いはアルフレッドよ……」
「はい」
「いま前を向いているお前でさえも、何かを切っ掛けに再び道を誤ることもあるかもしれんのだ。人の心、人の世とはそれほどにもろくうつろいやすい。もし、この世に再び強大な悪が現れたなら、その時一体誰がこの世界を――」
――人であれ……――
――人であれ……――
それは、一瞬脳裏に浮かんだ男女の声。
その二つの声には確かに聞き覚えがあった。
一つはあのクソムカつくアニオタ腹黒ショタエルフと、そして、もう一人はメルリカの声だ……
そっか……うん、わかった。
あんたらには正直思うとこだらけで、ムカつくことも多いけどさ、その気持ちは伝わったよ。
貴方たちがどうしても救いたかった恩師だもんね。
「人で……あれ」
「っ!」
私の紡ぎ出した言葉に、カーズさんの瞳が一瞬揺れた。
「其方、その言葉をどこで?」
「この言葉は私の中に残る二つの魂が……輪廻の流れに戻ることをよしとしていない二つの魂が、どうしても貴方に伝えて欲しいと訴えかけている言葉です」
聞こえるんだ二人の声が。
そして、見えるんだよ……二人の思い出が。
それは幼い二人が、まるで私とアル君みたいにカーズさんに教えを請う日々。
過酷な訓練にも挫けずに互いに励まし合い、何よりも師を尊敬し、この世界を救うために英雄を目指した二人の姿。
世界を守りたい。
誰もが何者にも怯えなくて住む未来を手にしたい。
そして、何より……
死を奪われた男を救いたい。
そう願う二人。
そんな血反吐を吐きながらも努力に邁進する二人に、危うさを感じたカーズさんが投げかけた言葉が、
――人であれ――
その言葉だった。
それは人間という意味では無い。
この世界に生きる、智恵と心ある者として有り続けよ。
そう願った師の言葉だった。
そんなカーズさんの思いを知りながらも、人間としての器の限界を知り道を踏み外してしまったメルリカ……
だけど、その願いはどこまでも純粋だった。
世界を、師を、父を、救いたい。
純粋だからこそ、
いや、純粋すぎた願いだったからこそメルリカは凶行に走った。
強大な力を得るために魔王と目合い、その身に魔王の血筋を宿したのだ。それが自身にどんな災厄が降りかかるのか想像出来ていながら、道を踏み外した。
そして、メルリカの思いの強さを知っていたからこそ、止めることが出来無かったイプシロンの後悔……
平々凡々と生きてきた私にはその決意の重さはわからない。
わから、ない……
わからないけど、彼女の救いたいって願いの純粋さはわかる。
血は繋がらなくとも、伝説の英雄の娘としてこの世界を、そして、死を捨ててしまった父親を救いたかった。
いや、メルリカだけじゃない。
あのイプシロンとか言う腹黒もまた、自分の師を救いたかった。
二人はただそれだけを願いながら、五百年もの間、自分たちも旅立つことすら出来ずにその血統の中に魂を宿してきた。
自分たちの子孫が老いて死んでも――
あるいは病でこの世を去っても――
あるいは、戦渦に飲み込まれて命を失っても――
子孫達の苦しみを見守ることしか出来ないのを悔やみながら、ただただ、ずっと唇を噛みしめて待ち続けたんだ。
この世界の魔王を倒せる子孫が現れるのを。
この時代の世界を救える子孫が現れるのを。
そして、何より……
この世界に残った、最後の英雄を救える子孫が現れるのを。
だから、私とアル君はこの言葉をカーズさんに贈る。
「「人を、嘗めるな! 未来は今生きる私たちが紡いでみせる!!」」
盛大に切って見せた啖呵。
カーズさんは驚いたみたいに目を見開くと、やがて細め、まるで値踏みするみたいに私たちを見つめてきた。
我ながら命知らずな啖呵だったと思う。
心臓なのか胃なのかわからないが、キリキリというか締め付けられるみたいな痛みが走る。
ふ……
今さらだけどジャンピング土下座で許されるなら、今すぐにでも頭を下げたいくらいの衝動に駆られる。
隣を見たらアル君も首筋にビッシリと汗をかいていた。
人生で恐らく初めてであろう恩師への反抗。
そりゃビビリもするわな。
だが、そんな私たちの心情を見透かすみたいに、カーズさんは優しく穏やかに笑う。
「啖呵を切るならせめて毅然とせよ。お前達は何も間違ってはいないのだから」
その言葉にほっとしたのか、膝から力が抜けていく。
「人の世は人が作る。それは今を生きる者達に与えられた最大の使命……そう、だな。ああ、そうだった……かつて私が、いや、英雄達が巨悪と戦った時、人の世を守るために皆が胸に抱いた思いだった」
カーズさんは大樹の根元に歩み寄ると、梢の間から降り注ぐ陽光に目を細める。
「かつて私も人であった。だが、長く永い時が、私の中に理性だけを残して心を削り取っていたのかも知れないな」
「そんな! 先生はいつだって心を持ってボクたちに接してくれました!」
アル君の呼びかけに、カーズさんは頭を振る。
「アルフレッド、永い時の流れの中で、人が人であるのは難しいのだ。それを思い出させてくれたのが、リョウ」
「は、はい」
「其方と其方の父だ」
「え? 私と父さん?」
「人は他人を思うからこそ、一途に振り返らずに想いを保ち守るために戦うことが出来る。其方がアルフレッドを愛していたからこそソウルドレイクに打ち勝てたように、其方の父である京一もまた家族を愛しているからこそ、こっちの世界に単身乗り込み自らの願いを勝ち取ったのだ」
う、うひゃ~。
ア、アル君を愛してるとか面と向かって言われると照れるというか。
いや、愛してますよ、愛してますともさ。
でも、照れちゃうよ~ぐ、ぐへへへ……
は! い、いけないいけない……アル君に引かれそうな笑い方をしてしまった。
って言うか、父さんが家族を愛してるからこっちに来た?
まぁ、家族ラブなのは言動から嫌ってほど理解しているけど……
え? 異世界ラブの変人が休日を持て余したからこっちに来たとかじゃ無くて?
ま~た、陰で何か暗躍してたんだろうか?
う、う~ん……
あの人、普段バカばっかりやってるけど、和製トム・クルーズを僭称する人だからなぁ。
本人に聞いても変なところでダンディズムを発揮するから、たぶん素直に教えてくれることは無いだろうし……
カーズさんも絶対に口を割りそうにも無いし。
な~んて、父さんの裏話よりも今はカーズさんの話だ。
「お前達家族は、私が久しく忘れていた人が持つ魂の情熱を思い出させてくれた。良かったなアルフレッド、素晴らしい伴侶を得られて」
「はい。ボクには勿体ないくらいです」
みゃ、みゃ~……
カーズさんやアル君に素直にそう言われるのは、嬉しいけど、嬉しいけど!
照れ死しそうだよ!
「……未来、お前達に任せても良いのだな?」
「勿論です!」
「ま、任せて下さい!」
「そうか。ならばアルフレッドよ、リョウにこの世界の全ての真実を伝えても良いのだな」
「……はい」
覚悟を決めたみたいなアル君の瞳。
え? 何々?
何かまだ私の知らない真実があるっての?
「リョウ」
「ど、どうしたの、アル君?」
「これから先生が語る真実は、きっと君の中の常識とか色んな物を破壊しかねないことだ」
「えっと……それはこっちの世界に来て散々味わったけど、それ以上のこと?」
アル君が無言のまま頷いて肯定する。
マジですか、マジなんですか?
これ以上にショッキングなことを私は知らされるのですか?
「だけどリョウ。これだけは信じて欲しい。ボクは君の隣に居るし、君を想うこの気持ちは本物だから、どうか強く自分を保って……」
アル君の決意が宿った言葉に、私はただ頷くことしか出来無かった。
ご無沙汰しております。
改稿が終わりましたら、本作の短編を投稿しようと考えています。
お時間を頂き申し訳ございません!






