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終わりゆく世界に紡がれる魔導と剣の物語  作者: 夏目 空桜
第六章 それぞれの過去に
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京一・異世界よ、俺の名前を言ってみろ!

2019/05/30に投稿した『異世界デビュー』を誤字表現を中心に改稿。ついでに京一の言動を悪化させました。

 それは、良達が向こうの世界に旅立って一週間ほど経った日のことだった。


 ワフッ! ワフッ!!


 庭から聞こえてくるモンジロウの声。


「どうしたモンジロウ、良が帰ってこなくて寂しいのか? 父さんも寂しいから、晩酌の相手を付き合って……」


 だが、玄関を出るとそこに居たのは……


「ハ、ハルじゃないか……お、おい、どうしたんだ?」

「お、叔父さん……」


 ハル。

 おっさんの娘で、俺と綾さんの姪。

 この間おっさんが入院した時に子供を預けに来た時以来だが……


「どうした、何で泣いてんだ? 旦那か? 旦那にドメスティックでもされたか!? 俺が今から言ってパワーボム三連発お見舞いしちゃるか!?」

「違うの……そうじゃ……なくて、ね」


 肩をふるわせて泣く姪の姿に、俺は何も言えなくなった。

 おっさんに似合わず可愛らしい外見(うちの子達には負けるが)だが、中身はおっさんと変わらない鬼武者みたいなところがある娘だ。

 そのハルがこんなに泣きじゃくるとは、一体何があったんだ?


 だが、その答えはすぐにわかることになる……


 ……

 …………

 ………………


 い~しや~きいも~、おいも、おいも、おいもだよ~


 夕暮れの町並み。川沿いの道から聞こえてくる、何ともノスタルジックな焼き芋売りの声。

 俺は河原の草っ原に寝転がりながら、赤と青に染まる地平を眺めていた。


『お父さん、精密検査したら……末期癌だって。余命二ヶ月だって……』


 あのどこぞの宇宙の帝王みたいにバケモノじみたおっさんが末期癌?

 見舞いに行った時は『ただの疲れだ』とか言って馬鹿笑いした挙げ句に、俺にタワーブリッジを仕掛けたおっさんだぞ?

 出会った時から、俺を何度も拳でぶん殴るような豪傑だぞ?


 そのおっさんが死ぬってのか?


 ……いや、頭じゃわかってる。

 わかってるんだよ!

 人間が永遠に生きることなんか出来無いことくらい!!

 誰もが愛する家族に年功序列で死を迎えることを望む。

 親よりも先に子に死んで欲しくは無いから。

 だから、年齢的に言えば、おっさんが俺よりも先に逝くのは……ハル達を残して逝くのは、わかる。

 だけどよ、まだおっさん五十だろ。

 五十で逝くとか……


 くぅ~ん……


 一緒に散歩に出ていたモンジロウが、俺を気遣うみたいに膝に足を置いて鼻を鳴らす。


「なあモンジロウ……モンジロウも知ってるハル達の親父……あのおっさんがあと二ヶ月で死んじまうんだとよ……」


 ぴすぴす……


「ガキの頃、散々俺のことぶん殴ってよ、悪いことを一度もしたことが無い正義の代弁者が俺だ! みたいなことほざいてたクセに、死んだババアに言わせれば俺以上に手の付けられない悪ガキだったんだと。そのおっさんが……くたばっちまうんだとよ……」


 何でかわからないが、やけに夕日が歪に滲んで見えた。

 

「なぁ、モンジロウ。俺、まだあのおっさんに一度も勝ってねぇんだよ……」


 ぴすぴす……

 

「幾つになっても俺のことガキ扱いしやがって……、綾さんを俺に取られたと言っては、何年経ってもことあるごとに俺と競ってきやがって……」


 くぅ~ん……

  

 ああ、そういや最後におっさんと喧嘩したのは、去年の夏のスイカ一気食いだっけな……


「くそ……病気でくたばるとか、せめて一度くらい何でも良いから俺に喧嘩で勝たせやがれってんだ……」


 昼休みに仕事の合間をぬって会に行ったおっさんの顔が脳裏にチラ付く。

 つい数日前に見た姿は元気だったはずなのに、管に繋がれてやけに顔色の悪いおっさんがそこには居た。


「くそ! くそ……勝手に俺に肩入れしやがって! 定年まで全うするとかほざいてた警官だったくせに勝手に辞めちまって……そのくせ勝手によ! 何年も偉そうに説教垂れ続けたまま俺の前から居なくなるのかよ…………クソッタレが!!」


 ドカッ!


 気が付きゃ、地面に打ち付けていた拳はじんわりと鈍い痛みに包まれていた。


 おっさんを殴って以来、もう、誰も殴ったことが無い拳……


「あ~あ~……俺を知ってくれてるヤツが、また一人減っちまうのかよ……」


 有限は無限にはならない。

 望んだところで叶いやしない……

 俺は医者じゃ無いから、何も出来ない。

 いや、医者だろうと、今の医学じゃどうにならないぐらいに、おっさんの身体はボロボロなんだ……


 くぅ~ん……


「あ、ごめんな、もんじろう。帰るか、綾さんも愛ちゃんも辛そうだもんな。元気づけてやらないとな」


 あのおっさんは、俺以外にはすこぶる甘かった。

 愛ちゃんも良も、自分の子供のように可愛がってくれた。


 せめて、良が帰ってくるまで……


 女になっちまったけど、それでも、良に会わせてあげたかっ……

 

 ……

 …………


 いや、待て、良たちの世界ならおっさんを……


 ハハ……


 何を考えてるんだか俺も。

 良は向こうの世界に帰ってしまった。

 連絡なんか出来やしないじゃないか。


 奇跡なんて、起きるはずが無い。


 そう、諦めかけていた……


 だが――

 

 それは、モンジロウの散歩から戻った時に起きた。


「綾さん、モンジロウの足拭くのにこの雑巾使っていいかい?」

「あ、うん。それ使って大丈夫よ」


 ……綾さんの目の下が赤い。

 おっさんのことを聞かされて、良もまた居なくなって、何時倒れたっておかしくは無い状況だ……


 そんなことを考えていたら、


「きょ、京一さん、モンジロウちゃんとどこ行ってたの!?」

「ん? や、普通に河原だけど、どしたの?」

「だってモンジロウちゃんが光って浮いてるわよ!」

「光って浮いてるって、キャトルミューティレーションじゃあるまいし……」


 振り返ると、庭でモンジロウが浮いていた。


「おーまいがー……」

「そんなアメリカのコメディ映画みたいな反応して! 京一さん、早くモンジロウちゃんを捉まえて!」

「お、おお! そうだった! よし、モンジロウ、今父さんが助けて……」


 そう言いかけた、その時だった。

 庭から十メートルほど上空に浮かび上がる見たこともない魔法陣。


「Oh、ジーザス、何だいありゃ……」


『かもん! モンジロウ!!』


 呆気にとられていると、魔法陣の向こうから聞こえてきた、どこか頭の緩そうな聞き覚えのある声。


「あ、綾さん、今の声聞こえた!?」

「は、はい、聞こえたよ。今のは良ちゃんの声よね!?」

「まさか……この向こうには良達の世界が……そうだッ!? 綾さん!!」

「え、え? どうしたの、そんなに血相変えて」

「もしかしたらおっさんを、義兄貴を治せるかも知れない!」

「え、え、兄さんを治せ……る?」

「昔、良が大怪我したと言って、病院に入院したことがあっただろ」

「え、ええ、怪我はどこにもなかったアレよね」

「あの日の怪我、今思えばアルフレッド君が治してくれてたんじゃ無いのか?」

「で、でも……それって考えすぎじゃ……」

「わからん、わからんけど、もし、そこに一つでも奇跡があるなら……俺は綾さんのためにもおっさんを治してみせる! だから、ちょっと行ってくゆ!!」

「あ、あ……えっと、えっと……京一さん!」

「何だ!」

「りょ、良ちゃんが兄さんのことを心配したら困るから、絶対に秘密にしてね! それとそれと、良ちゃんは京一さんに似て意外と勘が鋭いところあるから、隠しているのがバレないように京一さんは何時ものハイテンションでいてね!」

「お、お……おうぅ? で、出来るかな、俺……」

「京一さんなら大丈夫! だって京一さんは大人で私が愛した人だもの!!」


 うぉおおぉおぉぉぉぉぉぉっ!

 あ、綾さんのデレ発言きたー!!

 た~ぎってきた~!!!


「任せろ! 綾さんの京一さんは見事良達をたぶらかして、向こうからおっさんを治す薬をかっぱらってくるぜ!!」


 門の向こうに消えつつあるモンジロウ。


「京一さん、いつも通り、いつも通りよ!! あとあと、良ちゃん達に京一さんが迷惑掛けたらご免なさいって伝えておいて! それと、無理だとわかったら、あんまり無理しないでね。あ、後は……」

「ま、まだあるのかい?」

「京一さん、今年は良ちゃんを探したり、良ちゃん達が帰ってきてからも有休使いすぎてほとんど残って無いんだから、シルバーウィークが終わるまでには戻って来てね!」

「お、おう……」


 世知辛い……

 俺は愛妻から世知辛い声援を受けながら、地面を蹴り、庭の木を蹴り、二十メートルほど跳躍して、魔法陣が生み出す穴の向こうへと飛び込んだ。


「うおぉぉぉぉぉおぉぉぉ、閉まるな、次元の扉あぁああぁぁぁぁあ、俺は、俺は行くんだ異世界に!!」


 穴に飛び込むとそこは、井戸の底から上を眺めているようなそんな真っ暗な世界。

 俺はすり鉢状の穴を四つん這いになって無我夢中で登る。

 モンジロウは遙かな上空。

 壁を這いずりながら追う俺。


「はぁはぁ……ずるいぞ、ずるいぞモンジロウ!! モンジロウだけ、楽して異世界デビューとか!!」


 息が切れる……

 クソ、昔の俺なら天井から出たナットを指で掴んで逆さまになったまま文庫本一冊読むくらい余裕だったはずなのに……

 年は取りたくないなぁ……


「くそ、ずるいぞ!! 俺も楽したい!!」


 チキショウ、我ながら情けないことを叫んじま……


「うぎゃああああああぁぁぁぁああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


 全身を襲った激しい痛み。

 光差し込む異世界(むこう)から、七色に光る謎の発光体に襲われたのだ。


「こ、これが……資格無き者を阻む次元の壁……だというの、か……だが……ま、負けん……俺は負けんぞ! ここで折れたら……俺の綾さんが……俺の綾さんが、また……泣いちまう……」


 そうだ、ここで負けたら……誰が……


 ――京一さんは何時ものハイテンションでいてね――


 それは、脳裏をよぎった愛する妻の言葉。

 そうだ、俺みたいなバカに悲壮感は似合わない。

 似合わないことするから……蹴躓くんだ……


 だったら……


 バカはバカらしく振り切って楽しんでやる!!

 楽しんで楽しんで、その先におっさんの癌も治して、俺に二度と頭が上がらないくらいに跪かせてやるわっ!!

 ゲハハハハハッ!!


 我ながら若干黒い欲望を覚えた瞬間だった。

 身体の奥底から吹き上げてくる謎な力……


 これが、これが……


「チートきたこれ!!」


 うぉおぉおぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!

 た~ぎってきた~Part2!!

 お父さんパワーフルバーストじゃい!!!


「まだまだぁあぁぁぁ!! モンジロウだけ、異世界転移なんてずるいぞおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」


 異世界の入り口は目前。

 最早誰に俺が止められると言うのか!


「父さんも異世界デビューするんだあぁぁぁぁぁっ!! タイトルは『父さんな、異世界で勇者やってるんだ!!』これで決定だ!!」


 ああ、俺は向こうで活躍するともさ!

 シルバーウィークとなけなしの有給を全部つぎ込んでエリクサーだかエリクシャーだかを探し出す!!

 そして、綾さんに、綾さんに……

 いっぱい褒めて貰うんだ!!

 わしゃわしゃされまくって、角砂糖三つくらい貰う勢いで褒めても――


「おぎゃあぁあぁぁぁ……」


 煩悩まみれな事を考えていたら、再び襲われた謎の攻撃……

 今のはなんだ……

 まるでか〇はめ波みたいだったけど……


 くそ、これが資格無き者を阻む異世界の洗礼というヤツなのか……

 くそっ!

 くそっ!!



 こ……「こんなはずでは……お、俺の……い、異世界…………俺の……異世界……まだだあぁあ!!」


 綾さんのために!

 娘達のために!!

 姪っ子たちのために!!!

 綾さんパパと綾さんママのために!!

 あとついでに仕方ねぇからおっさんのためにもだ!!


 うぉおおぉおぉおぉぉぉぉっ!!!


「俺は諦めんぞ!! さっきのタイトルがダメなら『通常攻撃が無属性で三回攻撃なお父さんはどうでしょう?』でも良いぞ!!」


 絶叫、

 そして、気が付けば到達していた異世界。


 そう、執念――


 執念が俺をついに、



 異世界へと導いた瞬間だった。


もう少しで六章の改稿が終わります。

次章最終章になります。

年内には開始出来ると思いますので、もう少々お待ちください!

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