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終わりゆく世界に紡がれる魔導と剣の物語  作者: 夏目 空桜
第六章 それぞれの過去に
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京一・繋がる絆

2019/05/22~25に投稿した『神さんが世界を丸くした理由』『切れたはずの糸』『順風……』を誤字表現を中心に改稿しました。


父ちゃん、こう見えても意外とハードな人生を送ってきたみたいです。

 あれから色々とあった……


 祖母さんはなんとか一命を取り留めた。

 ただ、倒れてから病院に運ばれるまで少し時間が経ってしまったこと……

 その影響のせいで、少しずつ呆けが出ちまった。


 おっさんは警官を辞めた。

 定年まで真面目に勤め上げるとか言ってたくせに……


 違う――


 あの時、ガキ共から俺を助けるために発砲したケジメだった。

 おっさんのバケモノじみたあの強さなら、ガキ共を蹴散らすのは楽勝だったはずなのに……

 自分の立場や世間体をかなぐり捨ててでも、祖母さんから受けた恩義を返すために俺を救うのを優先した、んだろう……


 ……呆けちまう前の祖母さんに教えられた。


 あのおっさんも昔は札付きの悪だったらしい。

 それを祖母さんがしょっちゅう叱っていたとか……


 その恩義、ってヤツか……


『人はどっかこっかで繋がってるものさね。一人で生きてるつもりでも、きっとどこかで繋がっとる』


 入院中の祖母さんが俺に言った言葉だ。


『神さんはね、人が一人寂しく迷子にならんように世界を丸くしたんだ。端っこさ求めて歩いて歩いて……疲れ果てた時には元の場所に、自分が生まれた場所に戻ってこれるようにね……』


 それは、あの鬼婆の言葉とは思えない言葉だった。


 だけど、俺は……


 気が付けばその端ってヤツを探していた。


 世話になった鷹山家に気まずさから顔もろくに出せないまま、祖母さんの面倒を見るって言葉に逃げて……


 気が付いたら二年が経っていた……


 中学は卒業間近。

 進級と卒業に困らない程度には学校に顔を出し、朝と夕の新聞配達。

 家じゃ祖母さんの飯作りと介護の日々。


 正直、綺麗事ばかりじゃ無い。

 投げ出したい日だって山ほどあった。

 それでも今思えば、喧嘩に明け暮れた毎日と比べれば意外と充実した毎日だったんだ。


 だけど、高校に進学もしないまま向かえた十六の夏――


 祖母さんは死んだ。


 意外と、あっけない最後だった。

 鬼婆とは思えない、穏やかな寝顔。


 苦しまないで逝けたのは、何よりの幸せだったのかも知れない。


 通夜……


 ろくな生き方をしてこなかった俺のせいで、ろくな準備も出来ないと思っていた。

 だけど……


『おばちゃんね、あんたが暖かい日にお祖母ちゃんの車イス押して散歩してあげてるの見たよ』

『大変だったね。手伝えることあるなら言いなさいよ』

『大丈夫だよ。あんたの祖母ちゃんにはホントに世話になったからねぇ』

『あの悪ガキがこんなに優しくなって。お祖母ちゃんも最後は幸せだったはずだよ』


 ……ほんの数年前なら、斜に構えて聞いていた言葉が何よりも暖かく聞こえた。


 そして……


 祖母さんは煙になった。


 青い空に白く立ち上っていく煙を見て、俺は初めて……


 本気で泣いた。


「これ……」


 滲む視界。

 差し出されたそれは、女物のハンカチだった。

 視線を上げると、そこに居たのは……


「何で、お前が……」


 鷹山綾だった。


 物心ついてから、奪ってばかりの人生だった……

 何も手に入らない、何も手に入れられない、


 そう、諦めていた。


 だから、近付かなかった……


 ……違う。

 怖かったんだ……


 手を差し伸べてくれた相手から、大切なモノを奪って……傷付けて、謝ることさえ出来ず、怯えるだけの毎日。


 何も出来ないままに、流されてきた。

 怯えて……流されて……

 弱いくせに噛み付くことだけは上手くなって、振り返って見れば――


 逃げることしか出来なくなっていた……


 それなのに……


 とっくに切れたと思った糸……


「私、上手く言えないけど……大変だったね。いっぱい、いっぱい頑張ってたものね……私、見たよ。お兄さんが押している車椅子で、幸せそうに笑っていたお祖母ちゃんの笑顔……」

「……ッ」


 それは、何てことは無い言葉。

 下手くそで、たどたどしく……


 だけど、その言葉は……


 何故かやたらと俺の胸に突き刺さった。


 突き、刺さった……


 気が付けば、俺は……


 中学の夏服をやっと着こなしたばかりの少女に抱きついて、また、泣いた……


 人の優しさ――


 あれほど恐れていたその実態の無い何かは、触れてみると驚くほどに温かかった。

 迷惑をかけた家に謝り回り、世話になった近所に礼を言い、そして、あれ以来近寄りさえ出来無かった鷹山家を最後に訪れると――


 元警官のおっさんはしこたま怒った後に――


「よく戻って来た」


 それだけを言うと、なんのわだかまりも無いみたいに豪快に笑った。


 それからの日々は、目まぐるしかった。

 

「せめて高校だけは出ておけ」


 そう言ってくれたおっさんは、俺に祖母さんからの預かり物だと言って、祖母さん名義の通帳をくれた。

 そこには、なけなしの年金から貯めててくれた二百万の文字……

 それだけじゃなかった。

 こんなどうしようもないガキのために、鷹山家は後見人にまでなってくれた。


 本来なら施設にでも入っていたはずの俺の運命は、まるで祖母さんの魂が後押しでもしてくれているみたいに突き動かしてくれた。


 俺は――

 昼間はがむしゃらに働き夜は定時制の高校に通った。


 あれほど鬱陶しいと思ったおっさんは、気が付けばまるで俺の兄貴みたいに寄り添い叱り励まし、そして、ゲームや漫画なんてまるで知らない俺に、真っ当な遊び方まで教えてくれた。


 今思えば、遅咲きの厨二病も煩っていた気がする。


 ああ、そうだ……

 ガキの頃に、よく訳のわからないモノを見ていた俺は、漫画を読み漁るようになった頃からまたそれらしきモノを見るようになっていた。

 ……お袋に気味悪がられたこの力。


 遅咲きの厨二が悪化したんじゃ無い。


 ただ、本当にまた見えるようになったんだ……

 でも、今は無視することが出来る。


 そんなモノよりも、俺には守るべき大切なモノが出来ていたから。


 鷹山綾――


 チビだガキだと思っていたこの娘は、気が付けば俺にとってかけがえのない存在になっていた。


 ろくに遊び方を知っているわけでも、金を持っているわけでも無い。

 ホントに俺はつまらない男だ……


 でも、気が付けば、君の存在が誰よりも大きくて……




「……家、壊しちゃうんだね」

「しゃあねぇよ。古い一軒家の維持って、意外と金かかるからさ。俺みたいな若造が維持するのは難しいんだよ」

「そっか……何か、思い出が減っちゃうみたいで、寂しくなるね」

「……お、おぉ、おぉ?」

「おぉ?」


 綾が可愛く小首を傾げていた……じゃなくて!

 そうじゃねぇだろ、俺!

 バシッと決めろ!!

 

「お、思いでならよ、その、これから、あー、だから、あれだ、あっと……さ、その」

「何かな?」

「あ、ああそうだ! えっと、家は無くなるけどよ、この土地は、俺のもんな訳で……ま、まあ正確には蒸発したお袋の物なんだけどよ、その、おっさんが手続きとか色々と上手くやってくれて、あとちょっとぐらいで俺の土地になるんだよ……」

「うん?」

「だ、だから、さ……い、今は無理でも、その、あれだ、だからアレだよ」

「アレって、何?」


 心拍数がアホみたいに上がっていく。

 って、だから一生に一度くらい決めてみせろよ、俺!


「ねぇ、どうしたの?」

「お、俺よ……」

「うん」

「俺、もうちょっとしたら必ずここに……ここにもう一度家を建てるからよ! その、だから……」

「……」

「あ、綾! じゃなくて、あ、綾さん! 俺の家族に……な、なな、なってくれぃ!!」

「……はい、京一君♪」


 うわずった、プロポーズとも言えない情けない言葉。

 まぁ彼女には、散々弱い姿を見せてきたから、今更……か。

 ああ、でももう一度リテイクさせてくれるなら、格好良く決めたかったなぁ~。


 ……無理、か。


 何度やり直したところで、きっと俺は……君の前だと照れて、緊張するんだろうな。


 ……

 …………

 ………………


 結婚から二年後に、娘が生まれた。

 可愛かった。

 おっさんが綾さんを手放したくなくて結婚式の前日までごねていたのが、痛いほど理解出来た。

 俺は……たぶん、俺は娘のためなら、神にだって喧嘩が売れる気がした。

 そして、さらに一年後……


「うぉー!! うぉー!!」

「京一さん、うるさい」

「ここ、これが俺の息子か! ヤバい、娘も可愛いが息子もヤバい! 見ろ綾さん! ちんちんこんなにちっこくて可愛いぞ!」

「京一くん……」


 ……綾さんが怖かった。

 何時までもガキっぽい俺とは違い、綾さんはしっかりとママになっていたのだ。


 幸せだった。


 子育てはそりゃ大変だったけど、バカみたいに笑いの絶えない家だった。

 ……笑いが絶えなさすぎて、五月蠅いとアパートの住人から苦情が出て家を建てることになったのも、今思えば良い思い出だ。


 そんな頃だった……


 愛ちゃんと良が五歳か六歳になる頃だったっと思う。

 この小さな田舎町で一つの事件が起きた。

 近所の悪ガキが行方不明になったのだ。


 行方不明になった子供の名前は大城鎧――


 そう、俺を取り囲んだヤツのガキだ。

 とは言え、それはガキの頃の話だ。

 大城の本心はわからないが、お互いそれなりに成長したせいか、顔を見かけりゃ挨拶する程度の関係にはなっていた。

 そんな頃に起きた事件……

 目撃情報も無く、手がかりも無し。それはまるで神隠しにでも遭ったみたいな事件だった。


 町は静かに、でも、どこか得体の知れないモノに怯えるみたいな空気に包まれていた。


 だが、困ったことに親の心配とは裏腹に子供達は成長し、その成長に伴い親には信じられないほどに行動範囲を広げていく。


 それは、親の目が届かなくなっていく頃に起きた。

 そうだ、今思い出してもあれはなんだったんだろうか?


 それは良が小学校に上がってすぐのことだ。

 大泣きする愛ちゃんと一緒に帰ってきた良の上半身が真っ赤に染まっていた。

 その赤は明らかな血。

 良が誰かを傷付けたとは考えられなかったし、愛ちゃんが言うには良が木から落ちて大怪我したという。


 ……傷はどこにもなかった。


 慌てて病院に連れて行っても、貧血は酷いが、傷も後遺症も見られないとのこと。

 おっさ……兄貴に相談し、知り合いの伝手でDNA鑑定を依頼すれば、シャツに付着した血は間違いなく良の物だという……

 そして、当時良と仲良く遊んでいたソフィーティアという外国から来た少女も忽然と姿を消した。

 いや、そもそもが周りの大人達は誰もソフィーティアという子供のことを知らなかった。


 何もわからない、何が何だか分からない。

 ただ、何もわからないまま時間は過ぎ、どこかに不安を抱えながらも、やがてそんな事件があったことさえも大人達の記憶からは風化していった。



「……ハッピバースデーもんじろ~、ハッピバースデーもんじろ~♪」


 良が公園でカラスに苛められていた子犬を拾ってきて一年が過ぎた。

 おそらくは柴犬(まぁ、ミックスの可能性もあるが)新しく増えた我が家の家族にはモンジロウと名付けられた。

 動物というのは実に不思議だ。

 良はこっちが心配になるくらい脳天気だったのに、ソフィーティアという少女が姿を消して以来、ずいぶんと長いこと塞ぎがちだった。

 その良が、まるで昔に戻ったみたいによく笑い、外で元気に遊ぶようになった。

 そして、愛ちゃんもまた、良の元気を分けて貰ったみたいに笑顔が増えた。

 ……ちょっと()のことを好きすぎるのは心配だけど。


 それでも俺は、この虫の音と共に気長に過ぎ去る夏の夕方のような穏やかな時を、何よりも愛していた。


「綾さん」

「どうしたの、京一さん?」

「世間じゃ色々あったし、俺も散々あったけどさ、今が一番幸せだ」

「はい、私もです♪」


 こうやって子供達の成長を眺めながら、祖母さんの時が止まったみたいに、何時か俺達の時間にも終わりが来るのだろう……


 そう、考えていた――


 それは、良が高校に上がった春のことだった。

 朝起きると、茶の間から聞こえてくる娘の泣き声。


「愛ちゃんどうした!」

「お父さん! 良ちゃんが、良ちゃんがどこにも居ないの!!」


 我が家にはルールがある。

 必ず、「行ってきます」「行ってらっしゃい」「お早う」「おやすみ」「いただきます」「ごちそうさま」……

 どんなに忙しく大変でも、挨拶だけは必ずすること。

 思春期を迎えた子供達とは言え、それは今も変わらず教えてきた。


 それなのに、その朝を境に良は何も言わずに家族の前から忽然と姿を消す。


 まるで、十年前に起きた行方不明の事件みたいに、良は居なくなった……

お読みいただいている読者様、本当にありがとうございます!


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