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終わりゆく世界に紡がれる魔導と剣の物語  作者: 夏目 空桜
第六章 それぞれの過去に
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京一・阿修羅ババアと京一

2019/05/10・12に投稿した『糞ションベン』『面倒臭い』を結合し、誤字表現を中心に改稿しました。

 物心ついた時には婆さんと二人だった。


 親が居なくても、別に寂しいなんて感じた事も無かった。

 親の顔なんかろくに覚えてなかったし、何より、俺のばあさんはそんな事を考える感傷すら与えないほどに、


 鬼婆だった。


 そう、世間が思い描くような『婆さん=優しい』とは真逆。

 鬼の他に形容詞を適用するなら阿修羅だろう。


 それぐらい、屈強なババアだった。


 得意技は肉体言語。

 嘘だと思いたいが、ヒグマとガチで殴り合った事があるとか言ってた。


 ……バケモノだ。


 俺が悪さする度にバットを振り回しながら追っかけてくる悪鬼。

 何度殴られたかわからない。

 ちっちぇえ拳のくせに、その拳骨は江夏あたりが石を思い切り投げ付けてきたんじゃないかと思うぐらいに痛かった。


 ……バケモノだ。


 芥川龍之介の作品にでも出て来そうな、隙間風だらけのボロ家に巣くう羅刹。

 そんなババアが作る飯は根菜だらけで肉なんてめったに出やしない、裕福とはほど遠い生活だった。

 だけど、屋根のあるところで寝る事が出来て、茶色いおかずばかりでも毎日飯が食える。


 それだけで、幸せだった。


 食えない飢えの苦しみは、想像以上に苦しい。



 ……あれは、確か俺が四歳の時だった。

 耐えられ無くなったお袋が悲鳴を上げたのは。


 バケモノ――


 それが、俺が覚えている、俺に対する母親の呼び方だった。

 ……まぁ仕方ない。

 実際、俺には見えていたんだ。


 この世ならざるモノってヤツが。


 異形――


 そんな他人には見えない連中と話す俺を、最初は子供特有の不思議な言動程度にしか思っていなかった母親も、日増しに強くなっていく謎の気配に疲弊するようになった。

 最初は小さな不可思議だった。

 それが、俺の成長と共に小さな家鳴りのようなラップ音に変わり、やがて奇っ怪な叫びが混ざり……


 夜な夜な起こる薄気味悪い現象はエスカレートしていった。


 現実主義の地方公務員。

 オカルトの類いを一切信じず、この存在自体が妖怪じみた婆の娘とは思えない堅物。

 母親はそんな人間だった。

 今思えば母親がおかしくなったのは仕方が無い事だった。


 それでも七歳まで母親が俺を自分の子供として育て、正気を保てたのは、


 父親の存在がデカかったからだろう。


 俺の父親は、今思えば変わり者だった。

 どんな事にでも興味を持つ、自称学者の貧乏人。


 火の玉が浮いていると言えば、

 「俺もガキの頃はよく見た!」とはしゃぎ、七色に光る蝶が居たと聞きつければ、断崖絶壁の岩山にさえ探しに行く。


 ようは変人だ。


 そんな堅物と変人の夫婦。

 まぁ、他人から見たら奇っ怪そのものだったんだろうが、それでもなり(・・)にバランスは取れていた。

 ただ、そんなバランスはある日突然――


 崩壊した。


 アレは確か……

 父親が日高山脈に巨大なニホンオオカミが発見されたと聞いて、居ても立っても居られずに仲間達と旅だった時の事だ。

 「次の休みには、そのままあの山で家族揃ってピクニックだな」とかはしゃいでいたのに、それは永遠に叶わないものとなった。


 出発して僅か二日後に家電がけたたましく鳴った。


 電話の相手は警察。

 父親達の死を告げるものだった。


 電話を取った母親が、表情を失い頽れたのを……

 俺は今でも忘れる事が出来無い。

 あの瞬間こそが、弱いところを見せない気丈な母親が壊れた瞬間だったのかも知れない。


 それからは……


 毎日が地獄みたいに流される日々だった。

 父親やその仲間達の死体は、ヒグマやその他の獣に襲われたとは思えないほどに焼け爛れた惨殺死体だったらしい。

 連日賑わう朝のワイドショーとゴシップ誌。

 同じ目の色をした、報道の自由を掲げる興味本位の自称マスコミ共は毎日のように面白おかしく詰め寄った。

 自称科学者の道楽研究で生み出した借金が原因だの、仲間達との研究の方向性が生み出したトラブルが原因だの……

 あること無いこと書き殴った雑誌があった……らしい。


 知る権利を振りかざした、興味という名の悪意――


 それから程なくしてだ。

 辛うじて毎日を踏ん張っていた母親の心は無残に踏みにじられ殺された。

 ヒステリックな叫びさえも上げなくなった。

 落ち窪みドブの底みたいに澱んだ瞳には俺が映らなくなり、いつもキッチリしていた髪型も貧しい老婆みたいにボサボサのままになった。


 そして――


 幽鬼みたいに痩せ細った手が俺の首を絞めた。

 何を言っているのかわからなかった。

 ただ、「お父さんの所に行こう」と譫言みたいに繰り返していたのだけは、今でも耳にこびり付いている。


 毎日顔を見に来てくれた婆さんに助けられなければ、俺も――


 だけど今思えば、あの時死んでいるのも、また幸せだったのかも知れない。


 ただ、あの時、


「あんたの不幸を子供に擦り付けるような育て方した覚えはないよ!!」


 そう、婆さんが叫んでくれたのも覚えている。

 結局、母親は程なくして蒸発した。


 ……ろくに愛された記憶も無い。

 オカルト嫌いな母親に疎まれていた記憶なら五万とある。

 俺の中に母親に対して愛情も慈しみも無いが、それでも恨む事が出来無いのは、


 母親もまた哀れな女だった――


 からだろう。

 そう思う自分が居る。

 片翼を失った比翼。

 堅物と変人、動と静……

 まるで違う二人だったからこそ、あの二人は共依存していた。


 それが突然奪われたのだ。

 仕方な――


 ゴンッ!!


「イ、デェー!! 何しやがんだ!!」

「何ぼさっとしてんだい! ほら、雨降る前に干した大根回収しちまいな! 漬け物(つけもん)が漬けられなくなっちまうよ!」

「チッ、頭突きしなくたって、口で言えばわかるっての」

「ふん、たいして頭も良くないくせに小難しそうな顔で考え事してるからだよ! バカはバカらしく脳天気に生きとりゃええ!」

「てめぇの孫にバカバカ言うなよ!」

「ふん、アレだってわっちの血さ引いてるくせに、小難しい大学に何ぞ行って教員に何ぞなるからおかしくなっちまったんだ。お前のオヤジみたいに東大さ出ても馬鹿笑いして脳天気に生きてる方がよっぽどマシさね!」

「めちゃくちゃ言いやがる……」

「ふん、ガキは笑え。笑って走って、走って走って走り回れ。疲れるまで走り回って糞ションベンして寝ればまた明日も良い笑顔になるってもんだ!」

「……わかった、遊んでくる」

「その前に漬け物(つけもん)さ漬けたらだ!」

「そんな事してたら日が暮れちゃうよ!」

「婆の手伝いは手伝い、遊びは遊びだバカタレ! ほれ、さっさと働け!」

「くそ、児童虐待で何時かしょっ引かれちまえ」


 思えば婆さんとは、そんな口げんかばかりの毎日だった。

 じぃさんは戦後の食糧難の際に結核で死んだらしく、毎日がこの鬼婆と二人だったけど……

 ばぁさんの実家も貧乏な百姓の出らしく、正直生活はカツカツだったけど……


 今思えば、それなりに穏やかで幸せな毎日だったんだ。


 何度も言うようだが、俺はまあ……それなりに幸せだったんだ。


 あの母親(おんな)のヒステリックな叫びを聞かなくなっただけ、十分に穏やかな生活を送っていたんだ。

 人とは思えないモノもたまには見えたし、その度に怖い目にも合ったけど、気が付きゃばぁさんが箒で化け物をぶん殴ってるのを見たりもしたけど、それでも俺は……


 幸せだった。


 それなのによ、悪意ってヤツはこっちが望まなくても向こうからやってくる。


『おばさん、ニュースで見たわよ。大変だったわね……』


 五月蠅い――


 頼んでもいないのに、訳知り顔で近付くババアども……


『大丈夫だから、安心してね』


 笑わせるな――


 何が大丈夫なのか、訳もわからない同情をするババアども……



 面倒臭い――


 面倒臭い面倒臭い面倒臭い面倒臭い面倒臭い面倒臭い面倒臭い面倒臭い面倒臭い面倒臭い面倒臭い面倒臭い面倒臭い面倒臭い面倒臭い面倒臭い面倒臭い面倒臭い面倒臭い面倒臭い面倒臭い面倒臭い面倒臭い面倒臭い面倒臭い面倒臭い面倒臭い面倒臭い面倒臭い面倒臭い面倒臭い面倒臭い面倒臭い面倒臭い面倒臭い面倒臭い面倒臭い面倒臭い面倒臭い面倒臭い面倒臭い面倒臭い面倒臭い面倒臭い面倒臭い面倒臭い面倒臭い面倒臭い面倒臭い面倒臭い面倒臭い面倒臭い面倒臭い面倒臭い面倒臭い面倒臭い面倒臭い面倒臭い面倒臭い面倒臭い面倒臭い面倒臭い面倒臭い面倒臭い面倒臭い面倒臭い面倒臭い面倒臭い面倒臭い面倒臭い面倒臭い面倒臭い面倒臭い面倒臭い面倒臭い面倒臭い面倒臭い面倒臭い面倒臭い面倒臭い面倒臭い面倒臭い面倒臭い面倒臭い面倒臭い面倒臭い面倒臭い面倒臭い面倒臭い面倒臭い面倒臭い面倒臭い面倒臭い面倒臭い面倒臭い面倒臭い面倒臭い面倒臭い面倒臭い面倒臭い面倒臭い面倒臭い面倒臭い面倒臭い面倒臭い面倒臭い面倒臭い面倒臭い面倒臭い面倒臭い面倒臭い面倒臭い面倒臭い面倒臭い!!!!!!!!!!!!!!!!!


 ただただ面倒臭いんだよ、お前達は!!!!!


 あと、化粧が厚くて臭い!

 上っ面で話すその腐った心も、他人を哀れむ事で健常者を気取るその腐った神経も、


 全部が臭い!!!


 臭い、臭い、臭い……

 この世は、悪臭まみれだ……


 しかも、無視を決め込めば――


『親の居ない子供はこれだから……』


 だの、


『子供がアレだって事は、親もやっぱり……』


 何が、やっぱりなんだよ!!!!


 同情なんざ誰が望んだ!!

 吐き気がする!

 臭いんだよ、お前達は!!

 善人のツラをかぶった自称良識人共……ッ!

 自分(てめぇ)がどれだけ汚れを知らない小綺麗な生き物のつもりか知らねぇが、他人の不倫話にでも肴に澱んだ腐った心に花でも添えてやがれ!!


「気にすんな、人を生かすも殺すも世間だ。ここにはたまたま心の貧しい馬鹿親(ガキ共)がそろっただけだ。付き合うことはねぇ」


 ささくれ立つ俺を慰めるばぁさんは、まぁ、何て言ったら良いのかわからないけど、腕っ節だけじゃ無く心臓まで豪傑だった。


 そんなばぁさんを見習って俺も強く生きたかったんだ。

 生きた、かったんだ……

 この気持ちは、本当なんだ。


 ウザい大人達の言葉も、右から左に聞き流せばそれで良い。


 それで、良いって……


 そう、思っていたんだ。


 それなのに……


「ご、ごめんなさい、お母さんが京ちゃんと遊んだら駄目だって言うんだ」


 何だよ、それ……


「京ちゃんち、その、お父さんが……だから、ママが遊んじゃ駄目だって……」


 あ、そっ。


 俺が何をしたってんだよ。

 でも、ああ……そうか、そうなんだ……


 そうなのかよ!!


 世間ってヤツはどこまでも無責任で小汚い。

 それが、それが世間ってヤツだってんなら……

 お前らの顔色伺って惨めに這いつくばるぐらいならそんなモノはいらねぇ、こっちから突き返してやるよ!!


 何もかも……どうでも良い。


 そう、開き直ってよ……

 いや、何もかんも諦めて、放り捨てちまったら、


 気が付いて振り替えりゃ、世間ってヤツからはみ出すのは――


 意外なほど簡単だった。

お読みいただいている読者様、本当にありがとうございます!


ランキングタグなどで応援を頂けると執筆の励みになりますので、もし面白かったと思っていただけましたなら、何卒! ポチりとよろしくお願いします!!

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