Noみゅーじっく・Noいせかい
「……おじさん、かって?」
一糸纏わぬ姿の少女が問う。
吹き荒ぶ風に白銀の髪を揺らし、無機質な紫紺の瞳がオレを真っ直ぐに見つめている。
辺りは騒然としている。炎が飛び交い、止むことの怒声が響き渡っている。だが少女は意に介さない。そしてそれはオレも同じだ。
絶えず剣戟の音が鳴り響く戦場の只中、そこに置いてオレたちは吹けば消えてしまう蝋燭の火よりも儚い。それは腕の中で眠る彼女も同様だった。結んだ黒髪は解け、整った顔に生気は無い。
「……おじさん、かって」
再度、少女が口を開く。それは最早問いかけではなく願いだった。小さな体を震わせ、オレを見つめる。
「……震えてるな。風邪をひくぞ」
言っているオレの声が震えている。恐怖に? 悲しみに、怒りに? 負の感情が無い混ぜになる。
腕の中の彼女を地に寝かせ、腕を離す。既に彼女の魂はここには無い。それでもその体をこんな所に寝かせるのは心が痛む。
「任せてくれ。オレが……、この世界を変えてやる」
震えを押し殺し静かに少女へと歩み寄り、傍らに落ちている黒のローブを彼女の肩にかける。
少女が静かに頷くとローブの端をギュッと掴む。
それを見て少しだけ安堵し、黒髪の彼女を見つめる。
「……君が見たかった世界を、オレが作る。」
瞳から一粒、慈悲が流れ落ちていくのを感じた。
背を向ける。眼前には士気荒ぶる剣士たち。そして見据えるのは遥か遠方で軍勢を指揮する王。
この世界を、お前たちを許さない。
心は狂気に、絶叫は歌詞に、武器を手に取る。
魂はロック。
「さあ、魔族の宴の開演だ……!」
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時は宵闇、漆黒が世界を包む時。我が家とも言える廃墟の様な場所。
そこに俺の怒号が響き渡る。
「サタンよ! 貴様自分が何を言ってるか、わかっているのか!?」
俺は絶叫する、魂の赴くままに。
長年連れ添った友の信じがたい言葉、それを否定する。
魔王サタン。奴の顔からは既に魔力が剥がれ落ち、人間の様な姿。それだけでは無い。服装までそこらに転がる愚民と大差ない恰好。
「わかってるさルシフェル、もう俺たちは限界なんだよ」
サタンは項垂れ、絶望の表情を見せつける。
納得出来るか、そんなこと……。納得出来る訳がない!
「エゼキエル、ガブリエル! お前たちも言ってやってくれ!」
横で静観している二人の天使へと問いかける。
白髪のガブリエル、紅髪のエゼキエル。彼女たちはまだ、魔族の魂を宿してる筈。
コイツらなら……、コイツらならサタンの考えを変えてくれるかも知れない。
だがそんな期待は儚くも打ち砕かれる。
「いやールシフェル様、ぶっちゃけウチら終わりだと思うよ?」
「だよねー、この歳じゃねー。私ら子供もいるし、家庭もあるし」
心無い言葉。いや、心があるからこその言葉。
俺だってわかってはいる。わかってはいるんだ!
「けどこんな所で諦められるかよ!? 俺たちの音楽にかける思いはその程度じゃないだろ!?」
感情のままに、絶叫する。
だがその想いは既に、悪魔と天使には届かない。
「その程度じゃないだろ……? 俺たちはお前を信じてここまで充分やってきただろ!! お前……、俺たちが歳いくつだと思ってる!?」
俯いていたサタンが激昂し、俺の胸ぐらを掴んでくる。
だがその表情は何処か悲しげでもある。
そんな顔が出来るのに……、諦めちまうのかよ……。
「俺たちは人間じゃない……、年齢なんて……」
俺は呟く。
そうだ、俺たちは悪魔と天使。加齢などとは無縁の存在。という設定……。
「ふざけた事言ってんじゃねえ!!」
サタンが俺を突き飛ばす。息を荒げ、彼はそのまま座り込む。
俺は壁に叩きつけられ、サタンと同じく、しゃがみ込んで下を向く。
「ちょっとやめなよサタン。ルシフェル様だって悪気があった訳じゃ……」
「けどサタンの言うことだって間違ってないよ。もう私たち四十歳だよ? いつまでもこんな遊び、続けてられないよ」
ガブリエル、エゼキエル……。
そうだ、俺たちはこの歳になってもメジャーデビューする事は出来なかった。
バイトとバンドを両立し、チケットを売り捌く日々。だが……。
「遊びだと……? お前らは遊びで音楽やってたのかよ!?」
絶叫。だが最早、俺の言葉に魔力など無い。
かつては俺が叫べば、何者をも惹きつけるカリスマがあった。しかしもう、俺にはその力が無いらしい。
「ルシフェル様は独身だから、そんなことが言えるんだよ」
「そーそー。それにリーダーはこの歳になっても、見た目若くてカッコ良いから平気なんだよ。
今だから言うけど、リーダーの横に立つとブスに見えるからイヤだったんだよね」
「「そもそもバンド名のブラッディ・ブラッズがダサいんだよ! 何!? ブラブラって?」」
二人が立ち上がり吐き捨てる言葉。
何……だと……!? こいつら、そんな気持ちで今までやってきたのか!?
言葉を返すことが出来ず、ただ俯くことしか出来ない。
「もう終わりだよ、ルシフェル様も就職した方が良いよ? この歳じゃ厳しいかもだけど、ウチら応援するから」
「ルシフェル様のカッコ良さだけで、結構上まで上がれたと思うんだけどね。所詮私たちってその程度なんだよ」
立ち上がった二人が、その言葉を最後に廃墟を後にする。置き土産を残して。
白髪と紅髪のカツラ。
はは……、何だよ。二人はとっくに、魔族じゃなかったのかよ……。
「ルシフェル……。俺たちは最初から人間だ。お前だってそうだ、四十過ぎたオッさんだ」
声に出てたか……。俺はその言葉に力ない笑顔で返事を返す。
「ルシフェル、お前と一緒に音楽やれて、楽しかったよ……。けどもう、これで終わりだ」
あぁ……、仕方無いよな……。
そう呟いて、空に浮かぶ月を見つめる。
紅く光る月、ブラッドムーン。最も魔力が満ちるこの夜に、こんな事になるなんて……。
いや、前々から彼らの不満には気付いていた。気付かないフリをしていたんだ。そのツケが回ってきたのが偶然、今日だっただけ……。
「じゃあな、ルシフェル。さっきは突き飛ばして悪かったよ。お前の見た目だけは、間違いなく超一流の堕天使だった……」
サタンは最後にそう呟いて、俺のもとを離れた。
あぁ、気にしていないさ。ありがとう。
じゃあな、ブラッディ・ブラッズ。血塗られた血徒たち……。
俺は暫くの間、廃墟に座り込んでいた。どれほどの時間そうしただろうか。ふと窓の外の明るさに気付き、そちらに目をやる。
煌々と輝く紅月。先ほどよりも大きく見える。
「綺麗だ……、俺も、あんな風に輝きたかった……」
ギターケースを抱えたまま、窓の外に顔を出して月を見つめる。
触れてしまえそうな程近くに感じるそれへと、思わず手を伸ばす。
瞬間。周囲が全て紅に染まり、その眩しさに目を閉じる。
目を開いた時、そこはもう暗い廃墟の中では無かった。
明るく照らされた清潔な室内。床には真っ赤な絨毯。壁には豪華な装飾があり、広さもさっきの廃墟とは大違いだ。
そして、大きく鳴り響く歓声。
「やった!! 成功だ!!」
「勇者の召喚に成功したぞ!」
「ついに我々の研究が身を結んだのですね!!」
白衣を着た科学者風の男たち。それらが口々に喜びの声を上げている。
何だ? こいつらは何を騒いでいるんだ。
瞬間、脳裏に閃く一つの答え。
俺たちが解散したのは、夢だったんじゃないか……?
記憶が欠落しているが、ココは恐らくオーディション会場。おかしな恰好もそういう趣旨のイベントだとすれば、説明もつく!
そうか、そうだよな! 魂の絆で結ばれた俺たち魔族が、解散なんてする訳なかったんだ!
「はは、薬のやり過ぎで白昼夢見て、それでオーディション落ちたんじゃ笑い話にもならねえな」
薬をやっているのは設定だったが余りの事態に混同した言動を呟く。
周囲を更に見回すと、更に不思議な物を目にする。
裸の銀髪幼女が俺の少し隣に立っている。
えっ!? え、何この子? イベントとはいえ、こんな小ちゃい子のポルノは許されるの?
え、ダメだよね? だめだめダメダメ。
即座に羽織っていた黒のロングカーディガンを脱ぎ、幼女に纏わせる。
幼女が不思議そうな目で俺を見つめる。まあ俺の顔メイク盛り過ぎ悪魔的な顔だし、子供からしたら変だよなぁ。
けどこれ入墨にしちゃったから落とせないんだ! 慣れてくれ!
「デカ過ぎだが、まあローブみたいだし似合うだろ。ふふ、コレでお前も俺の眷属だ!」
黒のローブに長い白髪が映え、とても似合っていて可愛らしい。
その事実に笑みと言葉が自然と零れ落ちる。
「眷属……?」
幼女が小首を傾げ、まん丸な瞳で見つめてくる。
「あぁ、そうとも。貴様はこの俺、ルシフェル様の眷属となったのだ!」
俺がそう高らかに宣言すると、幼女は嬉しそうに笑顔を見せる。
ふふ、子供も中々可愛いじゃないか。
そのやり取りを終えひと段落つくと、周囲の騒めきが色を変えているのに気付く。
俺たち二人を指差して、白衣の男たちが口々に『魔族、悪魔、魔王』などと口走っている。
驚くべき事に、この審査員らしき男たちは俺が魔族である事を知っていた。
俺が知らぬ間に、そんなにも俺は有名になっていたのか……!?
こうしてはいられない! 即座に演奏をし、彼らの期待に応えなければ!
俺は担いでいたギターケースから相棒を取り出そうと床に置き、ケースを開く。
だが開いた先にあるのは衝撃の事実。
「ひっ……!」
「悪魔が……、悪魔が武器を取り出すぞ!」
「皆! 警戒しろ! 絶対に気を抜くんじゃあない!!」
そんな声が周囲から聴こえてくるが、それどころではない!
何故だ……、何故、俺のギターが消えている!?
ケースを開いた時、その中は空洞。全くの虚無だった。
いや、それでは少し語弊がある。
ギターケースの中は漆黒の闇が広がり、そして3Dの画面の様な物が俺の目の前に現れる。
「I、t、em……、アイテム、Storage……。アイテムエストラゲ……?」
画面に表示される文字を読む。アイテムはわかる。道具だ。だがエストラゲとは何だ!?
わからん!!
こんな時サタンがいてくれれば、英語くらい読めるのに! あいつが書いた悪魔的歌詞にはいつも英語が散りばめてあるが、いつも俺の事を考え、フリガナを振っていてくれた!!
くそ! どうして俺は一人でオーディションに来てしまったんだ!! ギターが、俺にはギターが必要なんだ!!
悔やみ、地面に膝をつく。
瞬間。巨大な、それでいて雄大な声が場を包む。
「静まれ!! 皆の者よ!!」
っ!? 何だ!?
その声に驚き、体が跳ねる。そしてアイテムエストラゲと書かれた画面に触れてしまう。
そして同時に俺の手元に現れる相棒。
「終末の切札ァァァ!!」
突如現れたギター、俺の最も信頼する相棒が姿を現し、その名を呼び叫ぶ。
「静まるがいい!! 魔族よ!!」
魔族、俺の事か。振り向いて雄大な声の主を見る。
真紅のマントを羽織った白髪の老人。そしてその頭には王冠が乗っている。
王様、か……?
そうか、こういう趣向か!
「プロデューサーさん! あんたの魂、俺が震わせます!」
アンプは無いが仕方ない。俺には自慢の声がある!
聞く者の心を魅了する声が! 音感なんて多少は誤魔化せる!!
チューニングOK! コンディションはベスト! 魂はロック!!
「魔族の宴の開演だ……! 血塗られた欲望!!」
曲名と共に、相棒が音と言う名の破壊を掻き鳴らす。
魂の絶叫が場を包む。言葉という刃が聞く者の心を引き裂く。
その心から流れ出た血を飲み干す。
一曲を演奏し、王様を見つめ叫ぶ。
「どうでしたか!?
ホントはもっと評判の良いのがあるんですけど、ココはやっぱりデビュー曲のが良いのかなって!
ほらデビュー曲ってそのバンドの始まりみたいな物で、一番魂が篭ってる! っていうか。あ、いや、勿論全ての曲に魂は込めてるんですけど。
けどやっぱり最初の一曲は格が違うって感じでーー」
言いつつ周囲の反応を見回す。すると周囲がかつて無い反応を見せていて、俺を驚愕させる。
全員が倒れ伏し、床を這い、苦痛の声を上げている。
「ぅぁぁ……、悪魔の、悪魔の歌だ……」
いや、うん、そうですけど。
「やめろ……、やめてくれ、俺は死にたく無い……」
いや、殺すとかそういう歌詞あったけど、本当に殺す訳じゃないからね?
「頼む……、許してくれ……、見逃してくれぇ……」
…………。そんなに俺の歌ダメだったかな……。やばい、自信無くなってきた……。泣いてしまいそうだ。魔族たる俺のガラスハートがブロークンハートだ。
俺の歌が人より多少下手な事は自覚している。だがそれでも、ココまでの拒絶反応を示された事など一度も無い。
呆然と宙を見上げていると王様が立ち上がる。
そして切れ切れに言葉を放つ。
「ぐぐぅ……、兵よ、その魔族らを殺せ……」
殺せ。その一言を聞いて俺は意識を取り戻す。
へっ!? 殺せ!? なんで! そこまで!? 嘘でしょ!!
てゆーか魔族らって何? この幼女も既に魔族扱いなの!? たしかに眷属にするって言ったけどさ!
「召喚魔術にて現れた者は、その力、肉体的にも魔力的にも強化される。
決して油断するな! 兵達よ! その者らを八つ裂きにするのだ!!」
何を言ってるのかわからない……。だがわかることがある。
兵と呼ばれた存在。鎧に身を包んだ騎士たちが抜き身の剣をかざし、俺たちへと駆け寄ってくる事だ。
やばい……!
「ご、ご、ごめんなさああい!!」
そう叫び、幼女とギターケースを抱えて走り去る。
「魔族が逃げたぞ!!」
「追え! 追うんだ!!」
「絶対に奴らを逃すな!!」
「この国を護る事こそ我らの使命!!」
そう叫び騎士たちが鎧を揺らし、ガシャンガシャンと音を鳴らしながら追ってくる。
くそっ! 歌が下手だったくらいで、どうして俺がこんな目に遭うんだ!!
思いながら出口を目指し、駆け抜けていった。
寝起きテンションで突き進んでしまった( ・×・)




