星見ヶ丘
2019/05/20現在、ストーリー修正中。
2019/06/19 修正完了
ーー村長に情報を聞いてから一時間後。
一時的に、タクミと別行動を取っている。タクミが、何か一人で寄りたいところがあるらしく、村の入り口で別れた。
「この村でもう少し確認したいことがあるから、終わったらすぐに合流するよ。だから、二人だけで星見ケ丘に入って、僕を置いていかないでね・・・。」
それから、一時間、久々にユキナと二人で星見ケ丘に向かっているのだが、ここでユキナがおもむろに目の前に来て、少し驚く。
「な、なんだユキナ。どうかしたのか。」
「いえ、丁度タクミくんがいないことだし、、あなたに伝えておこうと思って。」
「なんだろう・・・。」
ーーまさか、改めて告白する気か!?
いや、それは旅に出てすぐでも似たようなことがあって、でもそういうはやっぱり今は控えた方がと話したような。
「私の秘術についてよ。」
「あ、あー。そっちね。はい。」
「そっちって、どっちの話してたの?というか、そっちとかどっちとか訳がわからないけれど。」
「いや・・・何でもないよ。」
ーーオレ、意識し過ぎだな・・・。反省・・・。
「それで?ユキナの秘術ってのは?」
「うん・・・。私の能力は"夢見"・・・。あなたの能力"夢無"とは逆の名前なのなけれど。」
「能力は・・・?同じような能力なのか?」
「いえ、あなたのように、物理的な何かを召喚するような能力ではないわ。私は、物理的ではない、名前の通り夢を見せる能力。」
「夢を見せる・・・?」
「えぇ。正確には、ほとんど龍族にしか使えないかもしれないけれど、能力が使えなくなると錯覚させる・・・夢を見させるのよ。おじさまから習ったときは、まだこの能力の半分以下しか引き出せてないとは言われたけれど。」
「それは・・・秘術に絶対的自信を持った龍族の人間にとっては、大打撃な能力だな・・・。」
「・・・そうね。」
「けれど・・・。」
オレは、ユキナの頭にポンと右手を置いて笑う。
「その能力は使わなくていいさ。オレが、お前を守ってやる。」
「・・・あらそう。」
少し頬を赤らめたユキナは、視線をそらして、そっぽを向いている。そして、ゆっくりと手を払うと、また普通に歩き出す。
「とにかく、教えたからねっ。」
「あぁ、わかった。ありがとう。」
ーーただ、この会話。外ではまずいな・・・。
一応、ユキナと話しておこうと、オレはその後ろ姿に声をかける。
「そうだ、ユキナ。」
「なにかしら?」
「この話、人里で話すのはやめてこう。どこに星見ケ丘の手の者が潜んでいるかわからないし。」
「・・・確かにそうね。軽率だったわ。」
「いや、今は気配がない。たぶん大丈夫だ。」
「そう、なら良かった。」
「あと、ここから砂丘に入るから、少し飲み物とかを追加で買ってから向かおう。その先は・・・。」
「星見ヶ丘・・・ね。」
ーーここから話しは、この物語の冒頭に戻る。
「カズマ・・・、あれ・・・。」
「あぁ、どうやら、情報通りだな。村長が言っていた、”あれ”がある。」
タクミとの合流を待つとしても、けれど遠くに見えるあの星見ヶ丘には光が溢れている。まるで、“確かに星は実在する”・・・そうオレ達に訴えているように。本当に星見ヶ丘には星があると見間違う程に。
きっと、星見ヶ丘に近付けば近付くほど、その輝きは強さを増して行くのだろう。
ーーあの星の輝きは、命の輝きなのだから。
歩き続けたおかげで、すっかり辺りは夜が訪れている。
ひとまず、砂丘を出てすぐの林で見晴らしの良い場所を見つけたので、人数分のテントを設置する。
3つのテントの入り口がお互いに見えるように設置し、その中央に焚き火の準備をする。オレとユキナはお互いのテントに入ると、旅の疲れを癒すようにため息をつく。
「一応、気配を感じたら迎えに行くつもりだけど、タクミのやつ朝明村で何してるんだろな。」
「一人で残ってやりたいことなのだから、私達が詮索することでもないと思うのだけれど。」
「いや、まぁそうなんだれど。気にならないか?」
「別に・・・。」
ユキナは、テントの入口に当たらないように注意点しながら、うーんっと腕と背中を伸ばして伸びをする。
ーーあの、朝明村の惨状を見ると、星見ケ丘は一体どうなっているのか。タクミの妹さんは本当に大丈夫なのだろうか。
考えても答えは出ない。まずはタクミと合流して星見ケ丘に入らなければ。
ーー話しは村長との会話少し戻る。
「星見ケ丘に入る方法があるのか?」
「確実とは言わんがな。お主たち・・・いや、タクミ殿を連れてこいと言われたときに言われたルートがあるのじゃ。」
村長は、机の上で折り畳んでいた紙を広げると、そこに書いてある内容を読み上げる。
「市街全体は強力な結界を張ってある。対象者を見つけて連行する場合でも、この結界がある以上、如何な者も通ることは出来ない。そこで、この紙自体に細工をした。正面入り口に多きな看板があり、表に小さく結界のない領域がある。看板にも目印を付けておいた。そこにこの紙をはめると、入り口の一部は結界が解ける。解けたら再度紙をとり、市内の私の家を訪ねなさい。サイカ。」
村長は読み終えると、綺麗にまた折り畳んでからこちらに差し出す。
「持っていきなさい。ワシには無用じゃ。」
「いいのか?サイカってやつがここに来たとき、村長がこれを持ってなかったら怪しまれるんじゃ・・・?」
「何、心配いらんよ。それに、こうやって無様に生きているんじゃ。少しくらい格好をつけさせてくれんか。」
どこか困ったような笑顔で、手紙を差し出す村長が、この時どんな思いでオレ達に入口を教えてくれたのかは分からない。けれど、頼まれた以上は村長のためにも、この村のためにも、やり遂げるしかない。これ以上犠牲者を出してはいけないから。
オレは村長から、星見ケ丘に入る通行証を・・・手紙を受けとる。
「ありがとう、村長。わかったよ、必ず星見ケ丘に入って、この村の仇をとってやる。」
「気を付けて、行ってくるのじゃぞ。」
ーー目の前の焚き火をボーッと眺めながら、村長との会話を思い出す。
問題は、正面からしか入れないという事実。こっそり入ることが出来るならまだしも、表から堂々と入るのであれば、タクミがすぐ見つかってしまう。おまけにサイカという人物に、オレやユキナの顔も割れているというおまけ付き。無意識に言葉が出てしまう。
「どうするかな・・・。」
「あら、正面突破だーって言わないのね。」
「わっ!」
目の前にいきなりユキナの顔が表れた。
気がつくとユキナはテントから出て、オレの左隣に座りつつ、流れる髪が火に触れないよう、自分の左手で纏めて左肩から前に持ってきている。
あまり、髪をそういうふうに纏めた姿を見たことがなかったので、その少し大人びて見えるユキナに見とれてしまう。
「・・・どうしたの?びっくりしすぎて声も出ないとかかしら?」
「んなわけあるか、ただユキナのか・・・。」
普通に言おうとして、なんとか踏みとどまる。
「私の、か?何かしらそれ・・・。」
ユキナは少しこちらをジト目で見やる。
「いや、ユキナの顔に蚊が止まってるなあと、言おうと思ったんだよ。」
「えっ!?イヤだっ、顔なんて刺されたらカッコ悪い・・・きゃっ!」
暴れたせいでユキナは背中から倒れそうになる。オレは即座にユキナの背中を抱き止め、また元の位置に戻す。
「全く、何やってんだか。」
「びっくりした・・・。あ、ありがとう・・・。だって、顔に蚊がいるなんて言うからじゃない・・・。」
焚き火に照らされているからなのか、ユキナの顔が赤い。
「すまん、よく見ると見間違いだったわ。ハハハっ。」
「もぅっ!見間違いだったわ、じゃないわよ!ばかっ!」
そう言ってユキナはオレの肩をポカポカ叩く。全然痛くない。
「悪かったって・・・。ん!?」
ポカポカするユキナを制止して、気配を探る。
ーーすぐ近くに、一つ気配を感じる!
ここまで、接近を許したことに慌てる。そして、ここまで気配を感ずかれることなくここまで来たこの人物。
色々考えていると、その気配の主が声を掛けてきた。
「やっと見つけたと、思ったら。僕・・・おじゃまだったかな?」
「タクミ!」
「タクミくん?」
正体はタクミだった。良かった、もしこれが敵だったら二人とも危険だった。かなり無防備だったから。もちろん周囲に気は配っていたが、そのセンサーに引っ掛からなかったので安心していたということもある。
ーー今後は警戒方法を見直す必要があるな・・・。
「遅くなってごめんね、ふたりがどこにいるか探してたら時間掛かっちゃって。」
「いや、こっちもテントを張る場所はそれっぽくしか伝えていなかったし、あんたの気配を感じたら迎えに行くつもりだったんだ。・・・それより、オレもこの辺り一体の気配は警戒していたんだが、引っ掛からなかったぜ?なんか気配を消す特訓でもしたのか?」
そう聞くと、いつもは困ったような笑顔を見せるタクミが、珍しく目を輝かせて嬉しそうにこちらを見る。
「ビックリしたでしょ?実はそうなんだ。寝る前にでも、二人にコツを教えるよ。タクミをくんは、それを踏まえた上で気配を探るようにすれば、警戒レベルの幅が広がると思うよ。」
饒舌なタクミを見て、ユキナが少し怪訝な顔をする。
「タクミくん、嬉しいことだけれど、その知識はどこ情報なのかしら?」
ユキナの顔を見て、タクミは少し残念そうに「だよね」と呟くと、いつもの困ったような笑顔に戻る。
「朝明村で二人と別れたあと、・・・ある人に会ったんだ。」
少しことばに詰まったように、タクミは言葉を探しているように、そのもったいぶったタクミの言い方に、少しだけ機嫌を損ねそうなユキナを見やり、それを誤魔化すために、あえて笑ってから聞く。
「ずいぶん引っ張るな?で、誰なんだ?」
「本当は、黙っとけよ?って言われたから・・・。その人に・・・。」
ーー黙っとけよ?タクミの知り合いで、オレ達に?
思い当たる人物が一人しか出てこない。
「待て待て待て待て!それって、もしかして・・・。」
「シュウイ・・・」
「だーっ!やっぱり!」
やはりおじさんだった。オレ達に内緒にしとく理由は分からないが、考えてみれば、星見ケ丘を出たタクミにとって唯一の知り合いは、オレ達かおじさんくらいだろう。
当然ユキナも聞き返す。
「え、おじさまと会ったの?」
「うん・・・。会ったといっても直接会ったわけじゃないんだ。シュウイチさんが、こう鏡みたいに光る輪っかを作ってて、そこ向こうにいて・・・。なんて説明すればいいんだろう。」
ーー空間連絡・・・。
目の前に龍族の力で高密度の空間を作り、遠くの景色を移す。このとき、繋げた空間同士の影像と音を共有出来る、とおじさんに聞いたことがある。
「あれ、けれどおじさんは、その能力使えないはずなんだけれど・・・。」
「おそらく、それをやったのはおばさまね。」
「おばさま?シュウイチさんの奥さんかな?たしかに、シュウイチさんの近くにキレイな人がいたよ。」
近くにいたのなら確実だ。オレとユキナは目を合わせてから、互いに頷く。それにしても、おばさんの能力初めて聞いたな。オレ達も使えると便利なんだけれど。こうやってバラバラに行動すると合流に手間取ってしまうし。
ひとまず、軽くおばさんのことを話しておこうと、タクミに話し掛ける。
「おじさんの奥さんじゃないけれど、まぁ似たようなものかな。」
「そうなんだ?とても仲良さそうだったから、てっきり奥さんかと思っちゃった。」
どうやら、オレ達がいない間に随分と宜しくやっているようだ。けれど、今はそのことについては深く問わない。
「けれど、どうしてタクミだけなんだ?別にオレやユキナがいても問題なさそうな気もするが。」
「たしかにそうね・・・。」
タクミにもそこについては疑問に思っていたらしく、うんうんと頷いている。
「そこは僕もシュウイチさんに聞いたのだけれど、奴等に気配がバレるからダメだって言ってた。奴等って誰だろう?」
ーー奴等に・・・バレる?
おじさんが、星見ケ丘に気付いてもなお、あえて龍族の里に残っているのなら、その奴等とはおそらく無を享受する者達。動き出しているのか?
タクミに龍族のことを話さずにどこまで一緒にいられるだろう。このまま隠し続けることも出来るが、ちゃんと話さなければならないかもしれない。
「まぁ、おじさんがそう言うなら仕方ないな。タクミ、寝る前にコツを頼むぜ?」
少し誤魔化すように、気を紛らわすように、話しを戻すと、タクミは特に追及することなく、頷く。
「う・・・うん。」
「そういえば、妹さんの名前、聞いてなかったような?」
「あれ?そうだっけ?ミキだよ。妹の名前は。」
「ミキさん・・・。なんだか、元気なコってイメージね。」
「ユキナちゃん、分かるのかい?うん、すごい元気だよ。むしろ元気しか取り柄がないくらい。」
そんなふうに語るタクミが珍しく、そして楽しそうに、愛おしそうに見えて、オレ達みんな自然に笑う。
「ミキちゃんか。明日、会えるといいな。」
「そうだね。」
「んじゃ、今日は寝るか。」
「そうね、ひとまず今日は寝ましょう。」
「うん、カズマくん、ユキナちゃん、おやすみなさい。」
「あぁ、おやすみ。」
「おやすみなさい。」
結局、タクミに龍族についてを語ることなく、オレ達はされぞれのテントに入った。
ーー翌日。
「よし、さっそく星見ケ丘の入口に行って、ひとまず観光客でも装って”あの星っていつから空にあるんですか?”って聞いてみるか。」
起きてテントから出て、まずは大きく伸びをする。化学光の光を浴びながら、昔見ていた朝日のようにさわやかにそう言って、二人の方を見てみる。
「・・・朝からテンション高いわね。」
「眠いよ、カズマくん」
あくびをしながら答える眠そうな二人を見て、元気な気持ちが少しだけため息といっしょに出ていくのを感じる。それをもう一度伸びをして誤魔化して、二人からもらったあくびを噛み殺す。
「朝からって言われても、昼間に堂々と行くわけにもいかないだろう?静かなうちに入って、出来るだけ人と顔を会わせずにすむに越したことはないんだ。」
「まぁ、たしかにそうね。急いで仕度をしましょう。」
「う、うん。」
そのことばを聞いてオレは、寝る前から準備していた最低限の荷物を持って、足早にテントから出る。
「じゃあ、オレは一足先に入口のようすを間近で見てくるから、二人ともさっさと来いよ?」
オレは振り返り様にウインクをしながら、二人にそう言って、歩き出す。
「まったく。知らない土地で、か弱い女の子を一人置いて行かないで欲しいわね。」
「あの、僕もいるんですけど・・・。」
後ろで呟く二人のぼやきを聞きながら、オレは林の入口で見つけていた岩場に向かう。
ーー入口の偵察をしておかないと。
誰もいないことを願って、オレは一歩を踏みしめる。
//*****
星の見える町星見ヶ丘。最初は、故郷にも、いやこの国全てに希望という名の光を与えてくれる、見せてくれると信じていた場所。
ーー星見ヶ丘に辿り着いた時、きっと感動している自分がいる。
などと考えたのはいつのことだろうか。
タクミから、そして朝明村の村長から聞いた、この星見ヶ丘という場所から生まれた悲劇と、残酷な市長の思惑。きっと、この入口の向こうには、これまで以上の危険が待っていることは想像に難くない。
ーーまだ情報が不鮮明ではあるが、虎穴に入らずんば虎子を得ず・・・か。
テントを張った林を抜けてすぐの岩場から、気配を探りながら星見ヶ丘の入口を覗いているが、特に何も感じられない。やはり早朝は誰もがまだ寝ているのか。早朝と言っても時間は朝5時。普通の人間ならば、だいたいはまだ寝ている時間だ。鈍く輝く化学光も、早朝のためより一層鈍く感じる。もっとも、こんな時間から昼間のように明るくても、それはそれで困るのだが。
「カズマー、お待たせー。」
「よぉ。ここだここ。」
ユキナの声の方へ向き直り、少し小さな声で返事をする。少し駆け足でユキナとタクミがこちらに向かってきて、オレと同じ岩場の側で星見ヶ丘の入口を見る。
「オレが見ていた時から、入口やその付近から特に怪しい気配は感じない。潜入するわけでもないが、入るなら今かもしれない。」
「たしかに・・・誰もいないね。」
「なら、さっさと行きましょう。余計な争いは無い方がいいし。」
「そうだな。・・・タクミ。」
オレの呼びかけにタクミは、星見ヶ丘を見たまま、少し緊張した表情になる。
「分かってる。入ったら、まずは今の状態・・・気配を消したまま、僕の家に向かうよ。」
「妹さん・・・無事だといいわね。」
「うん・・・。」
気配を消す練習は昨日の夜、無事に終わった。戦闘に参加しないユキナも、秘術の練習をしていたので、なんとか習得している。完全に気配を消すことは出来なかったが、それでも敵意を向けてくる敵からの視線は掻い潜れるはず。
3人でお互いに目を合わせてから、一斉にうんと頷く。そして、気配は消したまま入口の看板に近付く。
手筈通り、村長から預かった手紙を合わせると、バチっという音と共に、薄っすらと空間のようなものが見える。手紙を看板から取り、オレ達は急いでその空間をくぐると、タクミを先頭に広場を抜けてすぐの民家の間まで走る。周囲をもう一度警戒し、気配が無いことを確認して、ため息をつく。
「ふぅ・・・。本当に、怖いくらい誰もいないな・・・。」
「・・・本当に早朝だからなのか、それとも罠なのか、判断しにくいわね・・・。」
「でも、予定通り中には入れたから、このまま僕の家に向かおう。」
オレもユキナも頷く。
「だな。余計な接触は危険だ。サイカって女が、既にここで触れ回っている可能性は極め高いからな。ひょっとしたらお尋ね者だ。」
「ここの人たちが、無事ならの・・・話しだけどね・・・。」
タクミはそう言って、自分の言葉に落ち込む。妹のことが更に心配になっているのだろう。
「タクミくん・・・。」
「・・・とにかく、タクミの家に急ごう!」
オレ達は再び移動を開始する。
昨日の夜、タクミに聞いた星見ヶ丘のマップ。まずは大きな入口があり、入ると大きな広場がある。広場のすぐ北に民家が建ち並んでおり、そこから坂になっている道を登るとまた広場にでる。この広場そのものが大きな交差点のようなものであり、この広場を囲うようにまた民家が並んでいる。広場中央の噴水の向こうにある北側の道を抜けて、そこから東の方に向かうと並んでいる民家より、少し立派な家がある。そこがタクミの家だということだ。
ーーこの市内、思っていた以上に広い。
タクミを先頭にひたすら走る。タクミ、ユキナ、そしてオレの順番で走っており、奇襲があったとしても前後をタクミとオレで迎撃出来るようにしている。今の雰囲気で奇襲は無さそうだが、油断は出来ない。
坂を登って、入口から数えて2つ目の広場に辿り着くと、数人の一般人が噴水に座っている。
ーーまずい、人がいる!
タクミは一度走るのをやめて、一般人を装うように普通に歩き出す。今のところ、こちらに気づく様子もなく、噴水の近くのベンチに腰掛けている。
ーータクミ・・・ここは突っ切っても問題はない気もするが・・・。いや、ここはタクミの判断に任せよう。
ベンチの横を通る時、タクミは会釈をして、横切る。座っていた人たちも、何も言わずに会釈する。
オレは驚きつつも、ユキナも後について会釈していたので、合わせて会釈をする。
ここで驚くことに、ベンチに座っている人たちは、ベンチに座ったまま、振り返ることもなく、オレたちに興味がないように、そのままだった。
入口があのような状態であり、外からくる人々にーーもっと言えば知らない顔が通ることに対し、こんなにも無頓着であることが信じられない。
通り過ぎて少ししたところでタクミに声をかける。
「・・・タクミ、これはどういうことなんだ?さっきの人達、まるでオレ達に興味がないように感じたが・・・。外から人は滅多に入ってこない状態なのだろう?」
「うん・・・。いや、噴水のベンチに座っている人達を見て思い出したんだ・・・というか、僕もそうだったんだけれど、入口が塞がれているって、知らなかったんだよね・・・。外から入ろうとしたときに初めて知ったから。」
「そうなのか?・・・けれど、サイカがオレ達のことを触れ回っていれば、何かしら反応するはず・・・。」
「そこは・・・僕にも分からない・・・。」
「・・・まぁ、何も無いならいっか・・・?」
オレがそう言うと、ユキナはため息をついて、痛くなった頭を誤魔化すように、こめかみを右手の人差し指で押さえている。
「この状況でその楽観的な思考はやめたほうがいいと思うのだけれど。」
「いや、しょうがないだろ・・・。相手の出方も分かんないし・・・。ひとまず、タクミの家までまた走るぞ。」
ベンチの人達が見えなくなったところで、再び走り出す。そこからは、また特に人とすれ違うこともなく、北へ向かって東へ。建ち並ぶ家には明かりは付いていない。やはりこの時間だ、流石に寝ている家がほとんどだろう。
東へずれてから2分も掛からず、タクミの家に到着した。他に並ぶ家と比べた、明らかに大きく、そして立派な、おじさんの家よりも更に豪奢な、これもまた立派な屋敷と呼べる家だった。
そして、この屋敷には、外から見える範囲の全ての部屋に明かりが付いている。
ーータクミの妹が一人で住んでいるはずなのに、ほぼ全室に明かりがある・・・。
これを普通ではないことを他の二人も感じないわけはなく、動揺を隠せない。念のため、家に間違いがないか、タクミに確認する。
「タクミ・・・この家で間違い無いんだな?」
「・・・う、うん。ここが僕の家だよ・・・。」
「明かりが・・・付いてるけれど・・・変よね・・・。」
明かりは付いているが、タクミの家の中からは誰の気配も感じない。
ーー妹さんはここにはいないのか?それとも感じられない程弱々しいのか?
立ち止まっていても始まらない。屋敷の中を確認する必要がある。
「タクミ、妹さんーーミキちゃんの気配を感じるか?」
「今は感じないけど、さっきまではあった気がするんだ。」
タクミの顔に緊張と焦りが見える。
「急ごう。中に入るぞ。」
タクミが扉のカギを取り出し差し込むが、カギは空回りする。カギは掛かっていない。勢いでタクミが扉を開け放ち、中に入って叫び出す。
「ミキーっ!どこにいるのー!?」
タクミの後を追って中に入ると、両サイドの棚に高そうな壺が並んでいる。その大きな玄関は段差がなく、どうやら靴のまま屋敷内に入るようだ。玄関の先も広間のようになっており、左右と奥に二つずつ扉がある。広間の中央に大きな階段があり、登って突き当たりにある誰かの肖像画が目に入った。その肖像画は、白髪で眼光は鋭く、そしてどこか狂喜に満ちたような顔をしている。
ーーこれが市長か?
ユキナも一通り部屋の中を見て、やはり階段の上にある肖像画を見ている。
「カズマ・・・、あれってもしかして?」
「おそらくは市長・・・だろうな。」
「ちょっと、怖いわ・・・。あの顔。まるでこっちを見ているような・・・。」
「心配するな、ただの絵だ。それより、オレ達もミキちゃんを探そう。」
「えぇ・・・そうね。」
タクミは真っ直ぐに二階へ行った。おそらくミキの部屋が二階にあるのだろう。肖像画の場所から、左に向かって行ったので、右側はタクミの部屋になるのだろうか。二階には、左右に一つずつしか部屋がない。
オレとユキナはそのまま一階の部屋を回る。
左から順に回って行こうとユキナと二人で見ていく。中に入ると、そこは書庫のようだった。
「ミキちゃんー、いるかー?」
「気配はないわね・・・。」
明かりは付いているのにここまで気配がないのは逆に怪しい。
次の部屋に移動すると、今度は客室のようで、大きなソファがL字に置かれており、綺麗な小物が壁際のショーケースの中を彩っている。けれど、変わらずミキはいない。オレとユキナは二人で顔を合わせてお互い首を横に振り、次は真ん中の部屋へと移動する。
この部屋はキッチンのようで、すごく広い台所は逆にどのように使うのか分からない。メイドさんが何人もいて、いつもはここに並んで調理しているのだろうか。
真ん中は両扉ともキッチンに繋がっていたので、最後に右側の部屋に向かうところで、タクミが降りてくる。その様子を見る限り、部屋にはいなかった様子である。タクミは今にも泣きそうな顔でこちらを伺う。
「カズマくん・・・いつもは寝てる時間なのに・・・やっぱり部屋にはいないよ・・・。どうしよう・・・。僕は・・・。」
「落ち着け。念のため、右側の部屋ーータクミの部屋か?そっちも見た方がいい。何か書き置きとかあるかもしれないだろう?」
「・・・わかった。見てくる。」
タクミはそう言って、駆け足でまた階段を登っていく。オレはそのまま一階の残り最後の部屋の扉へ移動してドアノブを開けようとした。
「待って・・・。」
ユキナがオレの手を握り制止する。ユキナの方を向くと、緊張した面持ちで少し汗をかいている。
「どうした?ユキナ・・・。」
「・・・誰か・・・いる・・・。」
「何!?」
オレには探知出来ていない。
ーー朝明村のときもそうだったが、ユキナはオレが感知出来ない気配を見つけることが出来るのか?
「何人いる?」
「・・・たぶん、3人・・・。」
オレは戦闘準備を整えるため、一旦ユキナの手を優しく放すと、ドアから離れる。
ーー”夢無”!
ーー”剣を!”
自分の影を領域範囲とし、そこから剣を出現させる。漆黒の領域から勢いよく出てきた剣を左手でキャッチして、領域を解除する。その姿を見ていたユキナが、少し不安そうにこちらを見つめる。
「カズマ、武器だけで大丈夫なの?」
「出来るだけ力を見せたくはないからな。それに、仮に領域展開するにしても、領域はオレを中心に動いてくれるわけではないから、この場で広げても部屋の広さがわからない。中に入って、部屋の広さを確認してから広げないと。」
ユキナは「そっか」とぼそっと一人言を言って、改めてこちらを見やる。
「私は・・・。」
「ユキナはこの部屋に入らないように。でも扉は開けておくから、後ろからサポート頼む。」
「うん、わかったわ。」
ユキナを背に、オレは改めて扉の前へ行き、そしてドアノブを回す。
扉を開けると少し高い音でキィィィと音を立てる。そこには大きな机と本棚、おそらくは市長の部屋であろうことが一目で分かる。そして、当然そこに市長はおらず、ユキナが気配を感じた、人間がいる。3人とも黒いフードを被っている。左側に背が高くシルエットがゴツい男が1人。真ん中に左の男より背は高いが少しヒョロっとしている男が1人。右には他の二人より背は低く、そして服の上からでも分かるふくよかな胸がある女が1人。格好は同じであるが、雰囲気がサイカとは違うように見える。
「ここは、あんたらの家じゃないよな?何してる?」
思わず挑発するように言ってしまったけれど、彼らはそれに乗ってくることなく、ただ聞いている。そして、左と真ん中のフードの男は互いの顔を見ると、高速で何か会話を始めた。
ーーいふ、かっこ・・・?なんだ、あの言葉・・・。早口すぎて聞き取れない。
ほんの数秒で会話が終わったのか、左側にいた男が一歩前に出る。
「1つ、我々はこの町の自警団だ。2つ、旅行者は我々に同行してもらう。3つ、同行の意志がないと判断した場合、命の保証は出来ない。」
ーー自警団・・・?市長の日記で自衛隊に匹敵する軍団をつくるというやつか。ということは、サイカも自警団か。
そして、命の保証が出来ないと、何の躊躇いもなく言い放つということは、明かに、サイカと同じ。こちらも遠慮するわけにはいかない。けれど確認したいことがある。
「同行は構わないぜ。ただ人を探していてね。この家の娘さんなんだが、知らないかい?可愛いと評判だから、一目見たくてね。」
オレはわざとらしくウインクをしてみせる。後ろから「うーっ」とユキナのぶーたれた声が聞こえてくるが、今は無視する。
フードの男達は再び互いの顔を見ると、高速で何か会話をする。
ーー普通に話せないのか・・・。
フードの男達は先程より随分話し込んでいる。なかなか会話が終わらない。痺れを切らしてオレが何か言おうとしたとき、フードの女が一歩前に出る。
「こ、ここの娘なら、もういない。し、市長が連れていったよ・・・。」
「・・・やはりか。」
想像は出来ていた。ここにフードの者がいる時点で、こうなっていることは。
ーーけれど、フードの女。いや声的に少女か?他の二人と明らかに雰囲気が違う。
フードの少女が答えたと同時に、フードの男達が、フードの少女を睨む。少女はビクッとフードの上からでも怖がっている様子が伺える。フードの男達は暫く睨んでいたが、またお互いに向き直り高速での謎会話を始める。
少女は胸を撫で下ろすようにため息をついている。
ーーあの少女・・・仲間じゃないのか?
「なぁ、あんた。もしかして、その男達と違って少し人間味を感じるな。もしかして、ちゃんと会話できるのか?」
そう言うと、再びビクッとなってからこちらを見ている。フードの下から、どのような表情でこちらを見ているのかは分からないが、何となくオドオドしている。もしかしたら、いや、明らかにこの子は他と違う。
ーーあんたは、この家の娘さんのことをしっているのか?
そう聞こうとしたとき、二人の男から異様な気配を感じる。これは殺気、それも凍るように冷たく残酷な殺気。
ユキナもそれに気付いたのか、不安な声を漏らす。
「カズマ・・・この寒気・・・何・・・怖いよ・・・。」
ユキナの声が震えている。この殺気、ビャクヤの時とは桁違いに鋭い。オレはユキナに向き直り、様子を伺う。殺気をもろに感じてしまったのか、顔が青ざめている。
「ユキナ、心配するな。すぐ終わらせる。」
「大丈夫?・・・タクミくん、呼んでくる?」
その言葉を聞いて、おればユキナに向かって左手でゆっくりと制止する。
「いや、いい。」
そして、フッと少し笑ってみせて、余裕たっぷりに、ゆっくりと殺意の方向へ向き直る。
「オレ一人で十分だ。」
そう言い放った瞬間、その一言が静止した時間を切り裂く。
ユキナが更に一歩後退りするのを感じつつ、オレはその位置から、地面に左手を合わせて思い、叫ぶ。
ーー”夢無”!!
「領域解放!!」
おじさんに言われていた外界での目立った使用の禁止。
だが、命の危険を感じるときは気にするな、後で考えろと言ってくれていた。正直、オレはまだこの殺気から敵のおおよその戦力は把握出来る。領域を制限しても余裕で勝てる。けれど。
ーーユキナの悲しむ顔をオレの目の前で・・・!
許せない。久々に能力を解放する。龍族の秘術、おじさんに聞いた、オレの親父達が残したあの夢無の扉の向こうにある武器庫。それを念じて出すための漆黒の領域。端まで7メートル程あっただろうが、最近の鍛練や戦闘で経験値でも増えたのか、この部屋いっぱいに広がる。中心までいく手間が省ける。
領域は一瞬で広げたが、この一瞬で真ん中のフードの男が天井へ移動し、そして上から飛ぶようにこちらに向かってきた。それと同時に左のフードの男がそのまま突撃してくる。いつの間にかフードの男達の手にはナイフが握られていた。
ーー刃がもう一本欲しい!
左手に持っていた剣とは別に、右手に持つ短剣も漆黒の領域から取り出す。
敵のナイフがすぐ目の前で降りかかる。おじさんに比べればまだまだなナイフ捌き。オレはそれを左手と右手の剣で軽く受け止める。
「前と上から・・・ね。あんたら、連携なんてするんだな。」
余裕を見せて声を掛けてみるが、当然二人は喋らない。ギリギリと力を入れてオレの剣を弾こうとしているフードの男達。
ーーなら、これでどうだ。
オレが両手の力を抜くと、フードの男達は驚いてバランスを崩す。
ここから、漆黒の領域内での高速移動の力を利用し、その力で剣の柄を二人の腹に当てて攻撃する。見た目には軽く当てた様に見えるが、威力は走り抜けてぶつける何倍もの衝撃が伝わったはず。フードの男二人は左右にぶっ飛び、それぞれ壁に激突する。壁が壊れて破片の埃が舞っていて、更に二人ともめり込んでいる。
ーーやりすぎたか?生きているだろうか。
「カズマすごいっ!」
後ろから見ていたユキナが歓声を上げている。少しは殺気による寒気が飛んだようだ。それもそうだろう、おそらく今あの二人の殺気はオレ一人に向けられているはずだから。その二人もこのまま動かないで欲しいところだが、殺気はまだ消えていない。
ドンと大きな音を立てながら、めり込んだ壁を壊して、二人とも立ち上がる。
「元気だな、あんたら・・・。」
せめて骨折でもしてくれていたら、と思っていたが、壁を壊す余裕があるのならば、どうやら軽傷のようだ。
ーーこのタフさ、まるで龍族だ。
そうなると、殺気を放っている以上、ユキナち危害を加える可能性がある。悪いが、それ相応の覚悟を相手にしてもらうしかない。
今度は左右の壁から、フードの男達が突撃してくる。
オレは右手の短剣を漆黒の領域に戻し、両手で持って構える。そして、領域内高速移動で、瞬間的に左側にいた男に距離を詰める。ゴツいフードの男は、その場で剣を横凪ぎするが、それを弾き飛ばし、そして、胸に剣を突き刺す。ヒョロっとした男はほれを見ても躊躇うことなく、こちらに向かってくる。
オレはもう一人のフードの男に振り返り、剣から手を離して、その体勢のまま高速で移動する。
ーー剣よ!
高速移動でフードの男を通り過ぎたところで、もう一つ剣を配置しているのでそれを掴む。振り向いたフードの男に、高速移動で直進して、そのままこちらも胸に剣を突き刺す。再び剣から手を離して、オレは高速移動でユキナの少し前まで移動してから、指をパチンと鳴らして領域を解除する。その時に領域内へ剣を戻すしたことで、領域解除と同時にフードの男達からブシューっと血が吹き出るのを背中で聞いた。
「すまない・・・、けれど、あの殺気はオレの仲間を傷付ける。それは許せない。」
大した相手では無かった。けれど、あの殺気は、相当な訓練を積んでいるであろうことは分かるし、これはオレの勘だけれど、人も殺している人たちだと思う。
けれど、オレはまだ死ぬわけにはいかないから。
「あんたたちの殺す「覚悟」にオレは負けない。オレの「覚悟」は、「知る為に生きること」と「大切な者を守ること」だから・・・。」
一人言を呟くと、ユキナが少し涙ぐんで近付いてくる。
「カズマ・・・。」
「・・・フッ。オレが怖いか?ユキナ・・・。」
ユキナは首を大きく横にぶんぶんとふる。
「ううん、あなたは、私を守ってくれた。だから、平気。」
「そっか・・・。」
ユキナは改めてオレの後方を見て、そしてゆっくりと涙を溢す。けれど、突然ユキナの顔がこわばる。不審に思い後ろを向くと胸を突き刺した二人が再び立ち上がっている。
「カズマ・・・あれ・・・。」
「ユキナ、下がってろ。・・・どういうことだ。」
ーーいくら龍族でも、胸を刺されば死ぬぞ。
「・・・この力・・・まさに悪魔の様な力だ・・・夢であるようにと、思えるほどに・・・。」
左側のフードの男が喋っているようだが、明らかに先程までとは声が違う。
「・・・あんた、さっきまでのやつじゃないな。誰だ?」
「さてな。誰だと思う?悪夢の小僧よ。」
ーー悪夢の小僧ってなんだ・・・。
フードの男を使役する存在。答えは一つ、星見ケ丘の市長か。色々聞きたいことも言いたいことも山ほどある。
「あんたには、答えてもらわなくちゃいけないことが沢山あるぜ。」
フードの男は無表情のまま、けれど声は陽気に笑う。
「ふはははは。残念ながら、この体があまり持たんな。聞きたいことがあるなら、儂ところまで来てみるがよい。」
そう言って、フードの男はフードの少女に近付く。
「さて、帰ろうか。かわいいミキ。」
オレとユキナは驚いてフードの男を同時に見やる。
「ミキ・・・!じゃあ、その子がタクミの探していた妹!?」
オレの声が聞こえたのか、上の部屋が探し終わったのか、タイミング良くタクミが叫びながら部屋に入ってくる。
「ミキー!」
その声、その姿にフードの少女が応える。
「おにい!・・・っ!」
少女は少し言いかけて、そこで苦しむように膝を折り、首を両手で抑える。その姿を見て、フードの男が笑う。
「ふはははは。お前は儂だけ見て、儂の言うことさえ聞いておればよい。」
その言葉を聞いて、タクミは激怒した。
「その声は父さん・・・!ミキに何をしたー!」
「タクミか。ふん、出来損ないめ。お前に様はない。」
そう言い放った瞬間、タクミは後方へぶっ飛んだ。客室扉の横の壁まで吹っ飛び、そのまま気絶したようだ。
「タクミくん!」
ユキナがタクミに駆け寄る。オレは二人を庇うように、フードの男との間に立つ。それを見て、フードの男から市長の声は続ける。
「先程も言った、この体では限界だ。何かあるなら儂のところまでくるんじゃな。ふはははは。」
そう言うと、フードの男と少女は光に包まれ、オレの目の前で消えていった。
タクミは気絶し、妹のミキは目の前にいたのに助けられなかった。
「完敗だ・・・。」
オレは、しばらく立ち尽くしていた。
星見ケ丘で、タクミの妹をみつけることが、星見ケ丘を救う第一歩だったのだが、それも出来ず、代わりにとてつもない「黒い何か」に覆われた、底知れぬ市長の驚異が見栄隠れするそんな嫌な感じだった。
ーーそれから我に帰ったオレはタクミを客間のソファーに寝かせる。
オレとユキナもその辺の一人用ソファーに腰かけると、お互いにため息をつく。
星見ケ丘の市長が言っていた、悪夢の小僧。
そういえば、オレたち"龍族"は外界に抵抗しなかったからこそ、今の様にひっそりと生きているが、親父のような戦闘タイプの龍族であれば、百人の兵隊に対し1人で決着を付けられると思っている。比喩が可笑しいと思われるかもしれないけれど、オレはそう感じている。そんな親父がオレに託したこの力。市長にとっての悪夢なら、オレはこの力を悪夢と名付けてやる。
ーーまるでこの力を知っているような感じだったが・・・。
「カズマ?」
ふと気が付くと、ユキナがこちらを心配そうに伺っている。
「少し真剣な顔をしているような、どこかにやけているような、不安なような、不思議な顔をしていたのだけれど、何考えてたのかしら?」
「あぁ、すまない。さっき市長に言われた悪夢の小僧って言葉が引っ掛かってさ。」
「・・・あまり、気にしない方が。」
オレはフッと少しだけ笑ってから、軽く首を横にふる。
「気にしてるわけじゃないけれど、せっかくだから、技の名前にしようと思ってさ。」
「技の名前・・・?あの扉の?」
ユキナが首をかしげる。オレはそれに軽く頷いてから右腕を前に出して見つめる。そして拳を強く握ってから、オレはユキナの方を改めて向いて笑う。
「あぁ。オレはこれから市長と闘うことになる。そして、市長はどうやらあの力を知っているようだった。だとすれば、オレはこの力を全力でぶつけて、文字通り、市長の夢を悪夢に変えてやる。」
ユキナは何も言わないが、その表情は肯定してくれているように見える。
「・・・僕も闘う・・・!」
タクミがゴソッと動いてソファーから起き上がる。
「タクミ!気が付いたのか!」
「よかった、タクミくん。」
タクミは少し困った笑顔でありがとうと答えると、起き上がったときの真剣な表情に戻る。
「・・・カズマくん、僕も一緒に闘うよ。妹が・・・ミキがいたんだ。そして、父さんに苦しめられている。僕は許せない・・・!」
「あぁ、分かってる。一緒に闘おう。ミキちゃんを救うためにも。市長の、偽物の光を終わらせるためにも。」
タクミが起きたので、オレと二人で先程の戦闘結果の後片付けをしようと部屋を移動する。何故か市長の意思で動き出したフードの男は、ミキと一緒に何処かへ行ってしまったが、ヒョロっとしたフードの男はそのままだったはず。市長としてゴツい男が喋りだしたときは少し動いていたようだが、市長達が消えたと同時に活動を停止している。
ーーせめて、埋葬してやらないと。
オレは屋敷一階右側の部屋の前まで移動し、扉を開ける。けれど、そこには男の死体がない。
「・・・フードの男の死体がない!?」
「まさか、まだ生きていたんじゃ・・・。」
そうだとすると、ユキナが今1人の状況はかなりヤバイ。けれどいくら気配を探っても先程の殺気は感じられない。
「いや、待て。」
部屋の中を改めてよく見ると、ゴツい男の血が、白い砂のように変わり、そして風に舞って消えていく。そして、ヒョロっとした男が羽織っていたフードや服の破片が、白い砂に変わっていくのが目に入る。
「なんだ・・・これは一体。」
その時だ、風に吹かれて消えていく白い砂の向こう、開いていた窓にフードを被った者が音もなく現れ、窓の縁に座る。
「星の砂ってところじゃにゃい?」
ーーこの声はサイカ!?
「カズマきゅんに、タクミきゅんっ。久しぶりにゃー。ちゃんと生きててくれて嬉しいにゃっ。」
この前の朝明村の時と違い、随分とふざけた物言いだったが間違いなくサイカだ。スカートなのにしゃがんでいるおかげで、中が丸見えだが今はそれどころではない。しかも、ご丁寧にオレの名前も知っている。
ーーこの前はタクミ以外は興味なさそうだったが・・・。
市長から情報を貰ったのか。けれど、オレは市長に名前を言った覚えはない。
ふと横を見ると、わなわなと拳を震わせていたタクミが、緊張した面持ちでサイカを睨み、タクミは激怒した。
「君は・・・!僕達を殺そうとしていたんじゃなかったの!?・・・ミキを・・・、ミキを返して・・・!」
その言葉に一瞬サイカの気配が揺らいだ気がする。けれどほんの一瞬、すぐに先程の気配へ戻り、そして笑う。
「それは、ボクに言ってもしょうがいかにゃあ。ボスに直接言ってくれって感じだにゃあ。」
「・・・そのふざけた喋り方、まだ前に会ったときの方が良かったな。」
「あれは、村の人達の前だったにゃ。命令を受けているときはちゃんとするにゃ。けれどボク個人は、もともとこう言う人間だにゃ。」
そう言って、窓から降りたサイカは、おもむろにフードを取る。
白い砂がキラキラと輝いていたせいだろう、フードを取ったサイカは、透き通る青い硝子のような綺麗な髪をなびかせ、輝く紺色の瞳でこちらを見据えていて、はっきりいって、綺麗な顔立ちだった。
「ふふふ、ボクは可愛いからにゃー。ホレるにゃよ?」
「残念だが、オレには心に決めた人がいるんでね。」
「それは残念にゃ。結構好みにゃのに。」
「冗談きついぜ。なぁ、タクミ?」
タクミをふと見ると、先程まで怒っていたはずのタクミは顔を赤くして困った顔をしている。
ーータクミ・・・落ち着け、可愛くてもあいつは敵だぞ・・・。
オレは心配してタクミを見つめる。オレの目が、言いたいことを訴えていたのか、タクミは少し顔を反らしてから唇を噛む。
「分かってるよ・・・カズマくん。少し、知っている人に似てただけ。」
「・・・知っている人?」
タクミの反応が気になったが、サイカが手をパンパンと叩いて注目を戻す。
「話しを戻すにゃ。・・・ボクがさっき言った星の砂。ボスから生命の源を取られた人間は、その直前までの行動を死ぬまで繰り返す。けれど、ご飯を食べにゃくても、水を飲まにゃくても、彼らは死にゃにゃい。いえ、死ねにゃい。そして、一度ボスに取られた生命の源は元に戻せにゃい。唯一死ぬことが出来るの方法、それは大量に出血したときだけにゃ。そしてその時、命の終わりと共に体の細胞は全て崩壊し、塵ににゃる。何故か服も一緒ににゃ。生命の源は星のように空に飛んでしまい、その残りの、生命そのものだったもの塵。・・・星の砂になって終わるにゃ。」
本当にこの前の朝明村の時とは雰囲気が違う。タクミに目をやると、サイカの顔を見てはすぐ顔を反らして、そしてまた見る、そんなことを繰り返している。
ーー一体誰と重ねているんだ・・・タクミ。
今はそれに拘っている余裕はない。再びサイカに目を向ける。
「・・・わざわざ、それを伝えるためにここに来たのか?」
「そうにゃ。死体処理は不要ということを言いたかったにゃ。それから・・・。」
それから。そう言ってサイカは、先程まで笑っていた顔が、今度は少し悲しい表情を見せる。本当にこの前の朝明村の時と違い表情がコロコロと変化する。
「・・・この星見ケ丘の市民達は既に、全員"星送り"になってるにゃ。」
ーー"星送り"?なんだ、その言葉・・・。明らかに良い言葉ではない。
サイカは悲しい表情のまま、こちらを見つめている。
「つまり、全員生命の源はボスに取られた後にゃ。」
ーー星見ケ丘の人間全員が既に朝明村と同じ状態!?
「なん・・・だと・・・!?」
タクミが再び、激怒した。そして、顔を歪めて膝を付く。
「そんな・・・!じゃあ、ミキも・・・!?」
そんなタクミを横目にサイカは続ける。
「ミキちゃんは、違うにゃ。」
その言葉を聞いて、タクミはサイカを素早く見る。
「・・・なんで、そんなこと分かるんだ・・・。」
「ボスの娘だからにゃ。ボスはミキちゃんからは生命の源を奪わなかったにゃ。それから・・・ボクもにゃ。」
ーーサイカも?市長は何を考えている?
タクミはフラフラと起き上がり、サイカを見る。先程よりは少しだけ睨んでいるように見える。
「君は・・・、何がしたいんだ?僕達にそれを伝えて何がしたいんだ?」
サイカは、タクミに睨まれると、今度は少し頬を赤らめてから、少しだけ笑って見せる。
「タクミきゅんに伝えたかったのにゃ。ミキちゃんがまだ無事であることを。」
気になる言い方をするサイカに、オレは尋ねる。
「・・・まだ?」
「そう。まだにゃ。ミキちゃんの首には今死の首輪が付いてるにゃ。」
「・・・死の首輪?」
「ボスの意思に反する言葉、自分を救済する声、そのいずれかに該当する言葉を発すると首に痛みが走り、最悪死に至るにゃ。」
ミキと最初に会ったときに、苦しそうに首を抑えていた仕草を思い出す。
「そういうことか・・・。」
「ミキちゃんは今、普通にお喋りすることも出来なくなったにゃ。・・・だから、早くミキちゃんを助けてあげるといいにゃ。」
その言葉を聞いて、タクミがピクッと動く。そして辛辣な顔をしてサイカを見る。
「君は・・・、僕達の敵なの?・・・それとも味方なの?」
「・・・ボクはボクの味方にゃ。キミ達のためでも、ボスのためでもにゃいにゃ。・・・けれど。」
サイカは少し眉をひそめて、こちらを見つめる。
「・・・けれどボスは、ミキちゃんに首輪を付けたにゃ。だから、ボクはボクの意思で、それを何とかするのにゃ。」
ひとまず、オレ達を敵と見なしていたのは、市長の命令があったから。そして、この物言いからして、おそらくミキとは少なからず友好関係にあるということか。タクミを見ると、意を決したように真剣な顔をしていることに気付く。
「・・・人違いかもしれないけれど、キミは・・・、キミは、イリヤちゃんじゃ・・・!」
ーーイリヤ?誰だ・・・。
それを聞いて、サイカは少しうつむく。髪で瞳は隠れていたが、口元は少しだけ微笑んでいるように見える。けれど、すぐに猫のような口元に戻る。
「ボクもミキちゃんと一緒にゃ。口に出せることと出せないことがあるのにゃ。・・・うっ!」
そう言って、サイカも首を苦しむように抑える。
ーーサイカも同じような首輪を付けていて、これまでの行動は市長の命令だったということか。
タクミを見ると、サイカを睨んで、そして少し涙ぐんで、少し笑う。
「それは・・・、君がやっぱりイリヤちゃんってのことでいいんだよね?」
「・・・。」
サイカはうつむき、そして何も答えない。タクミは、涙を手で拭いて何かを決心したような顔をする。
「・・・"沈黙"が答えなんだね。だったら僕が、君も一緒に助けるからね!」
サイカは、ハッとタクミを向く。そして声は出せないのか、口元を右手で覆って、大粒の涙を溢す。そして大きくゆっくり頷いた。オレはタクミをチラッとみたあと、泣いてるサイカを見る。
「タクミ・・・。信じていいんだな?あとで聞かせてくれよ。」
「大丈夫。これまでのことは、本人の意思でやってきたことじゃない。彼女が・・・僕の知っているイリヤちゃんは、あとで全部説明するよ。」
「わかった。」
オレは警戒を解いて、手を腰に当てる。サイカは、自分の服で涙を拭うと、いつもの猫のような口に戻る。
「ボスの居場所は言えにゃいけれど、朝明村で村長からもらった手紙がヒントにゃ。じゃあ、ボクはそろそろおいとまするにゃ。」
サイカは、そう言って入ってきた窓に消えていく。タクミは右手で制止するようにサイカへ手を伸ばす。
「ま・・・待って!」
その声は届いたのか届いていないのか、サイカはそのまま姿を消す。
話しが急展開過ぎてついていけない・・・。
ふと、背中の扉に影があることに気付く。
「なんだか、また話しが急展開ね。」
「ユキナ、聞いていたのか。」
それを聞いてユキナは眉をひそめる。
「あんだけ大きな声出していれば、聞こえるわよ。」
「市長を探さないといけない。そして、ミキも、サイカ・・・イリヤか、タクミの知り合いも。」
タクミは、こちらを向くと大きく頷く。ユキナも、一度ため息をついてから、先程の部屋を指差す。
「ここで立っているのも少し疲れたし、先程の部屋に戻りましょう。」
「あぁ、そうだな。」
ーータクミが、サイカのことをイリヤと呼んだ。
イリヤとは誰なのか。三人で部屋に戻ってすぐ、タクミが語ってくれた。
「父さんが雇っていたお手伝いさんの一人だったんだ。お手伝いさんはご年配の人が人が多かったんだけれど、その中で唯一年が近かった。イリヤちゃんは身寄りのないハーフの女の子で、ある日父さんが連れてきた。ミキとも、とても仲が良くて、二人の笑顔と、そしていつも元気いっぱいのイリヤちゃんが大好きだった。」
言葉を探すように、タクミは遠くを見つめている。オレもユキナもただ、黙って聞いている。すると、タクミは今度はうつむいて、暗い表情をする。
「でも父さんが、帰らなくなる少し前に、お手伝いさんを全員クビにしたんだ。その時はそれを信じていたけど、もしかしたら・・・。」
ーー星送りにされていた可能性が高い。朝明村と、そして星見ケ丘の人達のように。
タクミはうつむいたまま、また口を開く。
「その時は、イリヤちゃんもクビになって、どこかの家に養子になったと聞いていたから、もう会えないと思ってた。そして、父さんの行動を知った後は、お手伝いさんはみんな、もう生命の源を取られてしまったと思った。・・・イリヤちゃんも・・・。」
ーーなるほど、そういうことか。
だから、タクミは顔を見て驚いていたり、懐かしくて涙ぐんでいたり、大好きだった女の子が無事でいてくれてたり、本当にあの一瞬で色々思い悩んでいたんだな。
少し口を閉ざしたタクミに代わり、今度はユキナが言葉を繋ぐ。
「けれど、生きていたのね。イリヤさん。そして、今は市長の側にいる。・・・いえ、タクミくんたちの前からいなくなった時から。」
「・・・うん。しかも無理矢理に・・・。イリヤちゃんは、朝明村の時に二人へ酷いこと言っていたけれど・・・。本当にいい子なんだ!」
オレは真剣にこちらを見ているタクミに対して、右手を出して制止する。
「わかったよ、それはもう気にするな。タクミがそう言うならオレもユキナも信じるさ。」
「そうね。」
「・・・二人ともありがとう。」
「あとの問題は市長の居場所だな・・・。」
そう言うと、三人ともうつむいて、口を揃えてうーんと唸るが、ふとユキナが顔をあげる。
「そういえば、朝明村の村長から預かった手紙を見てって言っていたわね。」
おれは手紙を取り出して、中央のガラステーブルに開いて読み直す。
「市街全体は強力な結界を張ってある。対象者を見つけて連行する場合でも、この結界がある以上、如何な者も通ることは出来ない。そこで、この紙自体に細工をした。正面入り口に多きな看板があり、表に小さく結界のない領域がある。看板にも目印を付けておいた。そこにこの紙をはめると、入り口の一部は結界が解ける。解けたら再度紙をとり、市内の私の家を訪ねなさい。サイカ。」
ーーただ星見ケ丘への入り方を書いているだけにしか思えないが・・・。
「あ。」
タクミが声をあげ、そしてユキナも何かを思い付いた顔をしている。
「な、なんだ?何か分かったのか?」
タクミとユキナは二人でお互いに頷いている。そしてこちらに向き直ると、ユキナが手紙の最後に指を指す。
「ここよ。」
「あ!”市内の私の家を訪ねなさい。サイカ”・・・!」
「うん!たぶん、イリヤちゃんの家があるんだ。そして、そこにおそらく・・・。」
「市長もいる!」
「なら、準備をして探しに行きましょう。」
「あぁ。星見ケ丘の悲劇も、市長の野望も、全部終わらせてやろう。」
ーー闇の向こう側にある、光を求めて旅立ったオレとユキナ。オレ達が求めてきた星は、人の命の輝きだった。
市長が、人の命を使って、外殻に対して何をしようとしているのか分からない。けれど、そのやり方は間違っている。
星を探す旅は、星を止める旅へ。そして、人を救う旅へ。
オレ達は、サイカの家を探す。