朝明村の真実
2019/06/09 ストーリー見直し・追加
ーータクミとビャクヤが和解して二時間経った。
とは言っても、ただ時間だけが過ぎたわけてはなく、オレはその後もタクミの一人言(本当はビャクヤと話しているのだろうことは理解しているが、端から見ればやはり、どう見ても只の一人言である)を右から左へ受け流し、ユキナのツンケン振りを堪能してツンデレについて真面目に考えてみたりした。
それぞれが、今だけでも、これから待っているであろう不安を忘れるように、様々な思いで朝明村へ向かうため東へ歩いた。
”朝明”とは、東の空が明るくなる頃を指しているが、オレ達が着いた頃にはすでに日は傾いていて、太陽は西の空に沈もうとしているところだった。
「やっと、朝明村についたと思ったけれど、名前とは違ってもう夕方だなぁ。」
「馬鹿なこと言っていないで、暗くなる前に村の様子を探るわよ、カズマ。」
「あの、ユキナちゃん、もう少し言葉を選んだ方が・・・。女の子なんだし。」
「いいのよ、カズマはこれくらいで。」
「いいの、カズマくん?」
「まあ、今ツンツンしてる方が、あとでデレれたときに可愛くなるからいいんじゃね?なあ、ユキなぁっ!」
ボコッと顔面をユキナに殴られ、顔に拳がめり込む。タクミのオロオロとした声が聞こえてくる。拳を納めてもらおうと、オレが悪かった、という意味を込めてユキナの腕をペシペシ両手で叩く。するとユキナは、おそらくはしぶしぶであろう拳を顔から引き抜く。
「いてて・・・。オレは別に酷いこと言ったわけでもないのに・・・。」
顔をさすりながらユキナを見やると、眉をひそめてこちらを睨んでいる。
「もう一発欲しいってことかしら?」
「いや、間に合ってます。」
「もう、こんなことしてる場合じゃないよ、行こう二人とも。」
珍しく先行して村へ向かうタクミの後ろ姿を見て、ふと30分程前を思い出す。オレはタクミに”さん付け”は他人行儀だから、やめないか?と提案した。タクミは少し照れくさそうに、ありがとうと言って、少しだけ考える。
「んー、じゃあ、タクミくんと、ユキナちゃんって呼ぶね。」
ユキナはこっそり「私はちゃん付けされるくらい子供っぽいのかしら・・・。」とぼやいていたが、そう見える見えないに関わらず、タクミはそういうふうに呼ぶキャラなのだと思う。
ーー相変わらず困ったような笑顔をするけれど、早く妹さんに会わせてあげたいな。
「うっ・・・!?タクミくん・・・!?」
突然、先行していたタクミの苦しそうな声が聞こえてくる。急いでタクミの後を追いかけてから村の入口に足をつけると、苦しそうなタクミの声の理由が分かる。
「これは・・・。」
そこには、確かに村人が大勢いた。各々が普通の生活を送っているかのように見える。けれど、生気がまるで感じられない。本当に、ただ生きているかのように、まるで龍族のそれであるかのように。
ーーいや、それ以上に酷い・・・。それになんだ、この異様な空気は?
タクミも感じている、この胸のざわめきが居心地の悪さを倍加させている。
「うっ・・・、タクミ・・・、誰か近付いてくる。」
ユキナも気分が悪そうな表情で、村の奥を見ている。オレもタクミもその方向を見てみると、1人だけ黒いフードを被った者がこちらにやって来た。
近くで見ると、腰まである黒いパーカー。華奢な体に、ふくよかな胸、膝上までしかない短めの紫紺のスカートを穿いている。性別は女と言うのは分かるが、やはりフードを被っているので顔までは分からない。
黒いフードの女は丁寧にお辞儀をしてこちらを見回し、スカートと同じ紫紺の口元が不気味に微笑む。
「はじめまして、皆さん。突然で申し訳ありませんが、この村へ訪れる人に必ず聞いていることがあります。・・・この中に、タクミ様はいらっしゃいますか?」
ーータクミを名指し、してきたか。
その瞬間、タクミがこちらを向いてきたので、無言で頷く。タクミを名指しということは、誰の使いか想像がつくが、ここは素直に答えたくない。その質問に対し、オレも笑って答える。
「いや、知らない名前だ。あんたの知り合いかい?」
「知り合いと申しますか、ここを訪ねてきたら連れてきて欲しいと言伝てを承っておりますので。」
「言伝てを?ちなみに、誰からなんて、教えて貰えるのか?」
「何故、そのようなことを聞くのですか?もしや、お心当たりがあるとか?」
先程からフードの女は不気味に微笑んだまま、こちらを試すように見ている。心当たりがある、というよりはタクミを探している人物は、星見ケ丘の市長ーータクミの父親しかあり得ない。何かの実験中にいなくなったはずであれば、今も少なからず探しているはず。いや、すぐ近くの町に住んでいたのなら、すぐに分かりそうなものだが、だとしても何故この村で待っていたのだろう。まだ、会話をしてくれるかは分からないが、話を続ける。
「心当たりは別にない。あんたが忠義を尽くしているお方がどんな人なのか、気になっただけだ。それに、タクミって人は何故追われているんだ?何か犯罪でもやらかしたのかい?」
「はい。実は、極秘情報を持ち出して逃亡中なのです。ご存知ないのですか?」
「私達は、九州から来たばかりなので、あまりこの辺の事情は知らないわ。」
ユキナのフォローが入る。たしかに、何も知らないオレ達はたまたまここに来た、という方が言い訳としては楽だ。けれど、その言葉を聞いたフードの女は、より一層口の端を持ち上げる。
「そう・・・ですか。」
フードの女は右手を横に広げると、そのまま踵を返す。すると村人達が避けて道を作り、フードの女は、その中を悠々と歩いていく。今の会話で何がバレたのか分からないけれど、あの笑みは何かの確証を得たのか。九州からというだけで龍族だとバレるのも考えにくい。
それでも、フードの女の笑みを見て、ユキナの表情が不安の色になる。
「カズマ・・・、私、今何かまずいこと言ったかしら・・・?」
「いや・・・。普通の台詞だと思ったがな・・・。」
「僕もそう思ったけど・・・。」
気がつくと、村人のほとんどがこちらに集まっており、その村人の集まりから一歩出たところまでフードの女は下がっている。そして、両手を空に掲げながら、また不気味に微笑む。
「さぁ、皆さん。どうやらあの方たちは、タクミ様を知っているようですよ。そして、あの方に反感を持っているようです。どうしましょう?」
ーーやはり、バレていたか!?
「おい、あんた!意味が分からないぜ!」
「ふふふ。もう茶番は結構ですよ?ねぇ、皆さん?」
その瞬間、この場にいる村人たち全員が、生気の無い目でこちらを向く。
「では、生きていたらまた会いましょう。・・・皆さん、タクミ様は生かしたまま捕らえるように。残りの二人については生死を問いません。」
そう言って、フードの女はすごい脚力でジャンプすると、一瞬でこの場を離脱した。そして、村人達が一斉に襲いかかってくる。
「やっぱり気付いてやがった!」
「どうするの、カズマくん!?」
「生気が無くても村人だ!話を聞きたいし、ひとまず気絶させるしかない!」
「カズマ・・・私も・・・!」
「何言ってんだ!村の外まで戻れ!タクミ!気絶させる程度に力を抑えられるか?」
「やってみるよ!それより、カズマくんは僕みたいな力がないのに、どうやって闘うの?」
「仮にもビャクヤに一回勝ってるんだぜ?オレは。心配するな。」
「そっか、そうだね!僕は左側を何とかするよ!・・・それじゃあ、ビャクヤ、行くよ!」
「〈分かったよ!遅れるなよ、タクミ!〉」
ビャクヤの掛け声と共にタクミが左側に駆け出す。彼らが左ならオレは右側を片付けよう。今回は人数が多い、領域展開はいつも通りでいく。龍族だということは、ひとまずタクミもいるしなんとか誤魔化すしかない。
ーー”夢無”!
大地に右手を付け、自分を中心に半径5m程の漆黒の領域を生成する。自分の正面に刀をイメージすると、漆黒に波紋が起きてから武器が飛び出してくる。それを右手でキャッチしてから、前方を睨む。
「峰打ちにはするが、多少は痛いぞ!」
刀を逆刃に構えてから突撃する。領域内での瞬間的な移動で村人達を一気に捉える。生気のない操り人形のような村人では、この速さには付いてこられない。タクミ戦と同様に、一人ずつ確実に四角へ回り、首に一撃を叩き込み気絶させる。
「まず、一人。」
そのまま高速移動を繰り返し、次の村人の首に一撃を入れる。
死角から死角へ移動しているため、村人はオレがどこにいるのか分からずキョロキョロしている。その間にも、また次の村人を気絶させる。
ーーこの村人たちの動き・・・本当に操り人形のようだ。
「二人、三人、四人、五人・・・!」
左手の手刀も織り混ぜながら、次々に村人を気絶させる。
少し遠くになったユキナの姿を確認すると、村人が何人か近付いている。ユキナが不安の声を漏らす。
「カ、カズマ・・・。」
「待ってろ。」
すぐさまユキナの目の前に移動して、刀を構える。後ろは振り返らない。
「心配するな。すぐ片付ける。」
「う・・・うん。」
ユキナの不安そうな声を聞いて、より一層早く片付けることを心に誓う。目の前の敵も、瞬時に回り込んで首を一撃。
そこからまた移動して、次々に村人を倒す。
「おらおらおらおらー!」
残りの敵も、移動して攻撃、移動して攻撃、移動して攻撃、移動して攻撃。
村人達もただ黙ってやられるわけではない。彼らは大きく拳を振りかぶって、こちらに向かって攻撃を仕掛けてくる。しかし、操り人形のように、手足を見えない糸で引っ張られているように、彼らは動く。そして自分意思とは関係なく動いていることを証明するように、その拳をかわすと、攻撃は地面をえぐり、拳は骨が見えそうなくらいぐちゃぐちゃになる。それでもなお仕掛けてくる村人に、胸が痛くなる。
ーーよけても彼らの体が壊れる。けれど、あの威力は当たってもこちらが・・・。
オレは攻撃をかわすと同時にタクミの方を向く。
「タクミ!こいつらの攻撃は当たるとヤバい!」
「うん!わかってる!白夜の左手が押されそう!」
ーーあの左腕と同じくらいの力なのか!
それでも、力は互角でも、体がその力に追いついていない。
「とにかく、早く気絶させるんだ・・・!それしか手はない!」
「うん・・・わかってる!」
タクミの攻撃は、近付いてくる村人達の腹をそれなりの力で殴る感じに見える。相変わらず、地面を殴って移動しているため、土埃が酷い。そしてその土埃が多少の目眩ましになっているのか、動きの緩くなった村人達を捉えている。
それでも、タクミが本気で殴らないのは、もし思いっきり殴ってしまうと、地面が削れて土埃が出るくらいだ、相手はタダでは済まないだろう。その辺は、もう一人のタクミーービャクヤも分かってくれているようだ。けれど、タクミの表情が暗い。
「この村の人たち・・・。本当に、まるで生きている感じがしないよ。僕のせいだ・・・。本当にごめんなさい。」
「〈べつにお前のせいじゃないだろ!誰が悪くて何が原因か、見謝るな!迷いは死に繋がるぞ!〉」
「・・・うん、そうだね。」
そう、ふたりごとを呟いて、またひたすら暴れまわる。
オレも負けじと村人の山を改めて睨む。はたして何人いるのだろう。最初に見たときより、明らかに増えている。それでも、オレとタクミはひたすら村人を気絶させていく。
「もう、数を数えるのも飽きてきた・・・!まだいるのか!?」
「カズマくん!こっちはあと少しだよ!そっちに加勢するかい?」
「いや、問題ない!文句は言っているが、もうすぐ片付く!」
「わかったよ!」
タクミと会話が終わって、オレは全体を見る。本当にどうやらあと少しのようだ。
ーーあと、5人・・・。
気を取り直して攻撃を再開する。
左前方の村人を捉え、死角から背後へ回り首に一撃。そのまま、直進して次の標的の背後に回る。すぐ右にもいる村人を目で追いかけて背後の村人と右側の村人を手刀と刀で一撃。右のさらに奥に一人いるので、高速移動で接近、背後に回って手刀で一撃。そこからまた正面に一人いるので移動、背後に回って一撃。
ーーこれで、だいたい片付き終わったかな。
タクミを見ると、どうやら、向こうも同じように考えたらしくこちらを見たところだった。
「ふぅ、やっと終わったね。」
「あぁ、60点ってとこだな。」
オレ達の闘いが終わったことを告げるように、朝明村に風が吹く。
その風と遊ぶように髪をなびかせるユキナがこちらに近寄ってくる。
「そう?誰も死んでいないのなら、満点でいいと思うけれど?」
風が少し心地よかったのか、少しホットしたのか、ユキナは微笑みを見せる。
「でも、本当に大丈夫なのかな・・・。村の人たち、怪我の具合が酷い人も結構いるよ・・・。」
「たしかに・・・。朝明村に生き残り・・・と言ったら語弊があるが、まだちゃんとしている人を探そう。」
そういうと、ユキナが、ふふんと鼻を鳴らす。
「あら、カズマもタクミくんも気付いていないのかしら?」
「え、それどういうこと?」
タクミが右手で頬をポリポリとかきながら首をかしげる。
「タクミくんは本当に気づいていないようね・・・。カズマは?」
「うーん、ユキナが言ってる気配は正直分からないな。誰かいるのか?」
ユキナは少しガッカリしたような、けれど少しだけ得意気に、改めてこちらを見やる。
「そう・・・タクミでも感じとることの出来ないこの気配・・・。私がいたから、気付けたのよね?感謝しなさい?」
「お前はどういうキャラを目指しているんだ?」
ユキナの無駄に私のおかげアピールに少し戸惑いながら、オレたちはそのユキナが感じる気配の方向に向かう。
場所は、入り口すぐの広場を抜けてすぐの少し立派な家だった。
「この家だけ妙に立派だな・・・。村長とか?」
「気配はまだここにあるわ・・・。確実に、ここにいる。」
「ちょっと、怖いかも・・・。」
「まぁ、村人があんな状態なのに放置している時点で、色々考えることはあるがな・・・。」
「あるいは、そうせざるを得ない状況なのかもしれないわね・・・。」
その可能性の方がたかそうだ。あの、フードの女が取り仕切っているような感じもした。つまり、村長という存在が仮にこの立派な家にいたとして、はたして、その一切の権限を持っているのかは疑問である。
考えていても仕方がない、ひとまず扉の横にあるチャイムを鳴らしてみる。
ーー音が出ない・・・。
「壊れてるな・・・、これ。」
「そのようね。」
「え、どうするの?」
タクミの不安そうな声を無視してオレは扉をあけようとドアノブをガチャガチャしようと思って力を込める。
けれど、力が空回りして自分でも驚くほどドアノブの抵抗もなくひねることができてしまい、その扉はあっさりと開く。
扉を開けてすぐ、足元で乱雑に置かれた靴が目につく。その奥に目をやると、たしかに、そこに一人の老人が、椅子にただ一人で座っている。
玄関にある靴は、4人分はあろうかと言うのに、中には一人しかしない。つまり、今オレ達が気絶させた中にこの人の家族がいたかもしれない。そのことを
知っているのか、知らないのか、この老人はオレ達をじっくりと下から上まで見回すと、ゆっくりと口を開く。
「これ以上、ワシらから何を奪う?星見ケ丘の者よ・・・。この村は、既に死んでおる。死以上のものを、奪うことは出来んよ・・・。ゴホッ!ゴホッ!」
「ま、待ってくれ!オレたちは、あんたの言う星見ケ丘の人間じゃない!どちらかと言えば、敵対しているほうだ!」
「ええ!おじいさん、本当よ!けれどその前に、この村に入ったときに、あなたの大切な人達に、私達も襲われてしまって・・・、今外で眠らせています。近くにお医者様はいらっしゃいませんか?」
それを聞いて、目の前の老人は立ち上がる。手は震え、口はわなわなとしている。
「お主ら・・・!あの連中を越えてきたのか!?」
オレ達は、その言葉を聞いて皆で目を合わせる。この老人は正気を保っていて、外の状況も知っていて、星見ケ丘と敵対している。オレは一歩前に出て右手を前に差し出してから、改めて声を掛ける。
「どうやら、おじいさんとは話が通じるようだな・・・。色々聞かせてくれるか?」
「・・・あぁ。いいじゃろう。」
老人は、静かに腰を下ろして、オレ達に座るように促す。オレ達はひとまず腰を下ろし、気絶させた村人達をどうすればいいか尋ねる。
「あの、おじいさん、外の方たちをお医者様に見せないと・・・。」
「よい・・・。彼らは、あのままでよいのじゃよ、お嬢さん。」
どうやら本当に放置でいいらしい。
ーー老人は、やはり村長であるらしい。
オレ達は軽く自己紹介をする。
「オレはカズマ。こっちの女の子がユキナで、もう一人の男はタクミだ。」
「あの、村長さん。外の人達は、本当にあのままで良いのかしら?」
改めて彼らの心配をしたとところ、村長は静かに首を横に降る。
「彼らは、勝手に体が修復され、また勝手に起き上がり、そして勝手に自分の仕事につく。この自分の仕事とは、ただ生きる、生きるために自分らに与えられた仕事をこなす。本当にそれだけなのじゃ。もはや、生きると言う言葉を使うのも滑稽なほど。」
「村長は、さっきオレ達を星見ケ丘の者って言ったよな?オレ達はその星見ケ丘に用があるんだ。」
「その、タクミと言う青年の妹と会うためかの?」
「な、何故知ってるんだ?村長さんよ・・・。」
一瞬空気が凍るのを感じるが、村長はすぐに微笑みを見せる。
「ふぉっふぉっふぉっ。これでも一応村長じゃ。聞く気は無いが、言われておるのじゃよ。サイカという、フードの女にな。」
オレ達はまた皆で目を合わせる。先程、村人達を意のままに操り、オレ達にけしかけてきた人物だ。オレは目の前の机にバンっと両手をつき、膝で立って少し身を乗り出す。
「オレ達が村に来たとき、そのサイカって人がいたよ。そして、タクミを探しているようだった。・・・村長さん、何か知っているかい?」
「ふむぅ・・・。すまぬ、探せとは言われておったが、何故探しているのかはワシにも分からんのじゃ。」
「そうか・・・。」
オレはまた腰を下ろして、座り直す。すると、隣にいたユキナが、口を開ける。
「ところで、村長さん。この村で一体何が起こったのか、よかったら教えてほしいのだけれど。先程の言い様・・・、残酷な言い方になるけれど、もう、とても人として生きているようには思えない口振りだったから・・・。」
「そうじゃな・・・。この村で何が起こったのか。この村の真実を話そう。そして、それを聞いてもまだ、星見ケ丘に行くかどうか、決めるのはお主たち自身じゃ。」
ーー村長が話してくれた、朝明村の真実。
今から半年ほど前。星見ケ丘の市長は朝から朝明村を訪れてきたという。そのときは、もちろん予め村を訪ねてくる連絡はあったそうだ。
「この近隣全体で今後について話し合い、そしてより良い地域にしていくための会議をしよう。まずは朝明村と星見ケ丘で試験的にやってみたい。」
村人達は、地域活性化委員会なるものを選抜し、市長とはこの委員会の人間が会議に参加することにしていた。会議は夜までかかるようなスケジュールで、話す内容も綿密に考えられていた。
ところが当日、日が陰りはじめた頃。会議が行われている家で事件が起こる。
その家が火事になった。村人達も、星見ケ丘の市長も、誰も家から出てくることなく、皆が会議をしている最中に、なんの前触れもなく、唐突に。
ーー火事という言葉に、ユキナが少し反応するのを感じた。
「火事・・・、大きな・・・炎・・・っ。」
10年前と同じ火事と言うその事件、とても不快な気持ちになる。それはオレも、少なくとも心のどこかで感じてしまう。
オレはユキナの肩をそっと抱く。彼女が少しだけ震えているのを感じたが、それでも、オレたちは聞き続けた。
ーーすぐに、消化隊が駆けつけたらしく、火は30分ほどで消えたが、市長たちの姿が見当たらなかった。跡形も残らないほど激しく燃えてしまった、と朝明村の人達は、その悲劇を悲しんだそうだ。
けれど、その時、燃え尽きたはずの家から、姿を表す影があった。サンタクロースが持っているような、大きな袋を抱えてる影が。
その影の正体が星見ケ丘の市長だということに、さほど時間はかからなかった。そして、市長が持っている袋に気を留めるものも、その瞬間には誰一人としていなかった。市長が無事で良かったと、もしかしたら他の皆もと、微かな希望を抱けるほど、市長の姿は綺麗だった。
他の村人達も市長に続いて出てくると、そう思っていたが、誰も出てこない。そして、ここでようやく市長が持っている袋に目をやる。
良く見ると、その袋はもともとは白い布だったようだが、火事の影響か、赤黒く汚れていた。
市長が火事場から出てきて、朝明村の人達は市長のところに集まる。そこで、市長はごとっと袋を落とした。集まった村人達は、中に何が入っているのかを訪ねる。
「市長、これは何が入っているのですか?」
市長は、表情を変えることなく、少し遠くを見るような目で答える。
「これは、これから儂にとって、始まりなのだよ。」
市長の答えが、よく理解できなかった村人達は、市長はまだ火事場から出てきたばかりで混乱している、と判断する。そして、市長から袋を預かると、その場でおもむろに袋を開ける。
その瞬間、その場にいた人達の顔が凍りつく。
市長が持っていた袋に入っていたもの。それは、先程まで消化作業をしていた、消化隊の団員と、火事に巻き込まれたはずの地域活性化委員会だった村人の首だった。村人たちは市長に問いただす。
「し、市長!?これはどういうことですか!?」
人の首を、市長は持っている。
「まさか、この火事はあなたが!?」
「・・・何度でも言おう。これは、始まりなのだよ。」
火事の原因。それは市長自身だった。それを聞いて、その場にいた村人は全員悲鳴を上げて、市長から逃げ始める。皆、何が起こっているのか分からなかった、いや理解できなかった。何故、突然市長がこんなことをするのか、何がしたいのか、何が始まりなのか。このとき村長もその場にいたが、逃げることなく、ただ市長を睨み付けることしか出来なかった。そして、村人が悲鳴をあげて逃げる中、星見ケ丘の市長は、村長の目の前で一人呟き始めた。
「・・・星・・・い・・・執行。」
その瞬間、市長の左手が禍々しく光る。黒いオーラに包まれたその左手を、ゆっくりと空へ掲げる。すると、袋に入っていた犠牲者の首は全て光に変換され、その光は市長の左手に次々と入っていく。すると禍々しい光は、左手のみならず、その光は左腕全体を包むほど大きくなる。市長は更に空に掲げた腕をゆっくり下ろし、そして今度は、おいで、と合図をするようにもう一度、今度は肘から腕だけ上に上げる。
すると、逃げていた村人達の声が突然消える。何かに怯えているような表情のままであるのに、必死に叫んでいるように見えるのに、声が聞こえない。そして、その表情も次第に消え、動きが完全に止まると、人々の頭の上に、その人から抜け出したように光が出来る。そして、それらは市長がくいっと人差し指と中指だけ立てると、空に打ち上がった。
空に光が出来た瞬間だった。
そして、表情も消え、動きが止まっていた人達は、また動き出す。いまだに起こったことが何事もなかったかのように、忘れたように、空に浮かぶ忌々しい光が自分でも達から発せられたものだということに驚きもせずに、火事の前にやっていたことを再現する。
普通の営みをした。時々、空の光を崇めながら。
その後、市長は村長に言う。
「後日使いをよこす。村長は、ここで起こったことを口外するな。そうすれば、お前は光にならずに済む。」
そう言って、星見ケ丘の市長は去っていた。
そして後日、例のフードを被った女、サイカが現れ、今に至るまでずっと変わらない日々を送っていたそうだ。
「ワシが体験したことはここまでしゃ。」
オレ達は、暫く何も言うことが出来なかった。村長にどう、声を掛ければいいのか、朝明村で起こった悲劇が、全てが予想を遥かに越えていた。
それでも、話さなければならない。
「・・・村長さん、今、村の空には光がないようだが・・・?」
「全て、星見ケ丘の空に移動しいていったわい。」
「村の人達は、それからずっとあの調子なのか。」
「そうじゃ。彼らの魂にも似た何かは、もうこの空にはない。」
「体が修復されるってのは?」
「何か起こったとしても、あの時の火事の前の状態に自然と戻るのじゃよ。まるで、本当にあの日を毎日繰り返しているように・・・。」
ーーまるで呪いのようだ・・・。その魂を取られる以前の状態を、永遠と繰り返しているように・・・。
オレは軽く深呼吸をしてから、改めて村長を見やる。
「そうか・・・。村長さん、話してくれてありがとう。助かったよ。」
「お主たち・・・、この話を聞いても、まだ星見ケ丘にいくつもりか?」
「それでも、いや、尚更かな。ここにいるタクミの妹もますます無事を確かめなくちゃならないし。市長が、朝明村の悲劇を繰り返さないように・・・、誰かが止めないといけない。」
「・・・そうね。どっちにしても、タクミくんの妹さんと早く合流しないといけなくなったわ。」
「うん・・・・!」
町長は少しため息を漏らしてから、改めて椅子にぐったりと背中を預ける。
「じゃが、今のままでは星見ケ丘に入ることは出来んじゃろう?」
「あぁ。そうなんだ。そのことについても、何か知っていることがあれば教えてほしんだ!」
「ふむ・・・。」
村長は少しだけ考え込むと、オレ達を見てから、大きくため息をつく。
「ほしの入り口をお詳しく知っているわけではないのじゃが、探したら、どこぞに連れてこいとは言われておる。場所は、サイカから聞いておる。」
「てことは、そこから星見ケ丘に入ることが出来るかもしれない!?」
「可能性はあるはずじゃ。」
「ありがとう!村長さん!」
「・・・教える代わりに、一つワシからも頼みたい。」
「あぁ、何でも言ってくれ。」
村長は、これまでの村長としての威厳のある言動からはかけ離れた、本当に、ただの老人が懇願するように小さく口を開く。
「この村を・・・助けてくれ・・・。」