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辿り着いた町-後篇-

2019/06/04 ストーリー見直し加筆

 ――タクミの話しを聞くため、オレたちは彼の屋敷に案内された。


 門をくぐってすぐ、大きな庭に目をやるが、外と同じようにあちこち大きな穴が開いている。オレ達以外も客人は来たのだろうか。だとすれば、かなり危険な目に合わせているような気がする。

 ――普段優しそうな奴ほどキレたら怖い・・・いや、少し違うか。

 その庭を通り過ぎ、眼前に見える大きな扉の玄関へ向かうと、タクミはこちらに向き直り、少し困ったような笑顔をする。

「何も、おもてなしは出来ないけれど・・・。」

「気にしないで。私たちの方が勝手に押しかけてきたようなものですし。」

「だな。気にしなくていいぜ。」

「そう言ってもらえると、助かるよ。」


 タクミは重そうな扉を開けると、中には豪奢な玄関が出迎えてくれる。タクミは「今は僕が家主だけど、僕が建てたわけじゃないから」と、言い訳をしている。そのまま、またもや広く絢爛豪華なリビングに案内され、オレとユキナは大きなソファーに腰かける。タクミは、キッチンの方へ向かい、冷蔵庫を開けてカチャカチャと音を立てている。ソファーに腰かけたまま、辺りを見回したユキナは、感嘆の声を漏らす。

「それにしても・・・。やっぱり、すごいお屋敷ね・・・。私たちが住んでいた家がすごく悲しくなってくる・・・。」

「確かに立派だけど、そこ比較する必要あるか?」

「い、いいでしょ、別にっ。」

「なんで怒るんだよ・・・。というか、まさかとは思うが、もしかしておじさんが建てた・・・なんてことはないよな?」

「まさか・・・。そんなことが出来るのなら、あなたの家も今頃お屋敷になってると思うけれど。」


「確かに・・・。」

 そんなことを話しているうちに、キッチンからリビングへ戻ってきたタクミは、冷蔵庫から持ってきたであろう、手に持っていたジュースを、テーブルの上にコトンと置く。りんごジュースにオレンジジュース、そしてパインジュース。いずれも果汁100%である。

「ごめん、缶ジュースくらいしか出せないけど。」

「いいえ、ありがとう。頂くわ。」

「オレも貰うよ。ありがとな。」

「うん、どうぞ。ちょっと子供っぽいけど。」

 ユキナはりんごジュースを、オレはパインジュースを取って蓋を開けると、一口飲む。

「それから、この家はシュウイチさんから頂いたものだけれど、建てたのはシュウイチさんの知り合いで、その人から譲り受けたものらしいよ。」

「そうなのか・・・。」

「おじさま、外界の知り合いも多いのね・・・。」

「そして、その家にあんたが住んでいる理由も、おじさんが助けたって話に繋がってるってことだな。」

「・・・そういうことだね。」

 おじさんに外界の知り合いが多いのかはさておき、何をやっていたかは気になる。それも、これから聞くタクミの話しで少しは分かるかもしれない。

 タクミも、オレたちと対面のソファーに腰を下ろすと、また困ったような笑顔でこちらを見る。

 ――というか困った顔しか出来ないのか・・・。もはや癖だな。

「えっと・・・。どこから語ろうかな。まず、言っておかなければいけないことは・・・。僕が、星見ヶ丘の市長の息子ってことかな。」

「星見ヶ丘の!?」

「市長の息子・・・!」

 オレもユキナも大きな声を張り上げて聞き返す。その声にタクミは一瞬たじろぐも、聞き返されたことに対して、驚いてはいないようだ。ただ、相変わらず困ったような笑顔のままである。

「ははは・・・。まぁ、予想通りの反応かな?まぁ、普通は驚くよね。それに、市長の息子が()()星見ヶ丘ではなく、何故こんなところに一人で住んでいるのか・・・ってね。」

 市長の息子が、あのような力を持っているならば、もしかして市長も似たような力を持っているのか?星見ケ丘は、タクミのような人間が沢山いるのか?疑問がますます増えるが、まずはタクミの話を聞くことにする。

「・・・さっき、助けられてたって、言ってたよな。だったら、星見ヶ丘で何かが起こっていて、今はおじさんの助けでここにいるってことか?」

「ざっくり言うとそんなところだね。タクミさんも、星見ヶ丘に行くんでしょう?僕の話を聞いておいても損じゃないよ。」

「・・・まぁ、話を聞くのはいいけれど、この時点で星見ヶ丘に行くこと自体が出鼻を挫かれている気がするぜ・・・。」

「そうかしら?」

 ユキナは普通にジュースを飲んで、オレの一言をあっさり流す。別に言い返すつもりもないが、なんとなく顔を見返すと、ユキナはきょとんとした顔でこちらを見る。その顔を見て、なんだか照れてしまい、またタクミに顔を戻す。

「・・・続けるね?僕が市長の息子であることは今言った通り。ここに住んでいるのは半年くらい前からかな。それまでは、星見ヶ丘にいたんだ。」


 ――それからタクミが話してくれた星見ヶ丘は、オレが想像していたものとはやはり、当然のようにどこか違うものだった。

 1年程前、夜空が急に明るくなったという。昼間に人工太陽があるのは変わらなかったが、市町は明るい夜空を見て

「まだ研究段階で、この地域の環境·気候等が影響するらしいが、ひとまずは成功した。」

 と口を漏らしたらしい。その頃から、星空を一目見ようと訪れる人が驚くほど増える。タクミは、市長である父の漏らした言葉は気になったが、毎日ひっきりなしに人が集まる情景が嬉しいと感じた。けれど、それと同時に市長が家に帰ることが少なくなる。二日おき、三日おき、一週間おき。

 タクミにはたった一人の妹がいるらしかったが、やはりよく聞かれたそうだ。

「パパ、どうして帰ってこないの?」

 その問いに対し、タクミは忙しいからとしか答えることが出来ず、父は何をやっているのだろう、と感じるようになる。

 その三ヶ月後、市長――父がタクミの前に姿を現さなくなった。

 けれど、タクミの父が姿を消してからも人の往来は変わらず続いていており、旅行者がよく家を訪ねて来る。

「すません、市長さんはいらっしゃいますか?何時くらいにお戻りになられますか?」

 そう聞かれたところで、息子であるタクミもそれを知らない。いつも、何とか謝っては帰していた。

「父は何処で何をやっているのか?」

 その謎を解くことにしたタクミは、家にある父の書斎を漁ってみる。毎日探していたけど、それっぽいものは見つからなった。

 二か月くらい探し続けていた。随分探して、<ここには無いかもしれない・・・>と諦めかけたときに、机の引き出しを外したところの下に、ゴミと一緒に"星計画"という名の日記を見つける。


 ――星計画。

 星見ヶ丘の夜空に星を作る。これは外殻を破壊するための第一段階として始動するが、()()に気付かれてはならない。夜空が出来ることで注目が集まることは必至だか、それもうまく利用出来る。出来るだけ空に星を作り、その力を溜める。

 手始めに、"朝明村(あさけむら)"を使ったが、今のところ問題は無い。

 また、統合自衛隊に匹敵するような新たな組織を結成する。国が持つ軍事力に、()()が関わっているかは分からないが、この力と星の力があれば、敵はいなくなる。あとは、この力の制御をどうするか――。


 日記はそれ以降が切り取られていたそうだ。そこまで聞いて、オレはふぅと深呼吸をすると、テーブルに置いているジュースを一気に飲み干す。

「市長の行方に、"星計画"・・・。色々と謎だらけじゃないか・・・。」

「えぇ・・・。そうね。」

「そこは、僕も分からないままなんだ。この後、何者かが、僕たちの家に入ってきて、僕は気絶させられてしまったから・・・。」

「タクミさん・・・、妹さんは・・・?」

 タクミの顔から笑みが消え、そしてうつむいたと思うと、唇を噛んで震える。

「・・・分からないんだ・・・。どうなっているのか・・・。」

 それを聞いたユキナは、ハっとして自分の聞いた質問を思い返したように悲しみの表情を浮かべると、うつむいてしまう。

「あ・・・、ごめんなさい・・・。」

「いや、大丈夫だよ。」

「で、入ってきたやつは誰だったんだ?」

「それが、全員黒いフードをかぶっていて、顔はよく見えなかったんだけど、少なくとも僕を気絶させた人は、目の前で顔を見たけど知らない人だったよ。・・・そこからはよく覚えていない。一度気が付くと、僕は何処かで縛られていて、目の前には父がいた。そして、父が何かを言うと、周りにいた白衣を着た人間が僕に・・・、何かの注射をした・・・。そこからは、記憶が無くなって・・・。」


 ――どうやら、星見ヶ丘は、予想以上に危ないところだ・・・。これは、今のままではまずいかもしれない・・・。

 それにしても、意識を無くすあの左腕は、その注射で何かされたと考えて良いのか。身体に変化が起こるような、何か。

 ーーまるで、龍族のような力だ・・・。

 外郭を崩すきっかけになればいいと思ったが、市長の計画と、タクミのあの力。星見ケ丘に行く前に、星計画について、もう少し調査する必要があるかもしれないけれど、タクミもこれ以上は記憶力がないみたいだし、どうするか。

 タクミは一度、深呼吸をする。

「そして、気が付けば星見ヶ丘の外に、放り出されていたんだ。きっと、僕に今、変なことが起きているからなんだと思うけど。」

 タクミは、先程まで困ったような笑顔をしていたが、次第に表情を曇らせていく。変なこととは、おそらくあの左腕のことだろうか。ユキナの方を向くと、ユキナも少し考えているようだ。

「変なことってのは・・・、あの、左腕のことか?」

「うん。あれが出てくると、僕は意識が無くなっちゃって・・・。なんか、気が付くと星見ヶ丘の外にいたのも、そのせいだと思うんだよね。でも、星見ヶ丘は一度出るとなかなか入れないから、その辺りをさ迷うことになって・・・」

「ちょっと待て・・・。」

 オレは右手を前に出して、止まれというジェスチャーも交えてタクミの話を止める。

「人がたくさん・・・、旅行者も大勢来ていたのだろう?どうして、一度出るとなかなか入れないんだ?」

「あれ、シュウイチさんから聞いてないの?」

「聞いてるわけないだろ・・・。そもそもおじさんが、星見ヶ丘に来ていたこと自体、ここで知ったんだ。」

「あ、そうか・・・。えっと、僕が調べものの調査をして間もなく、人の往来がばったり無くなったんだ。どうしてだろうって市外まで見に行ってみたんだけど、目には見えない何か結界のようなものがあって、以降は本当にたまにしか人が入って来なくなった・・・、いや来れなくなったみたいなんだ。」

 ーーそうなってくると、オレ達も入れないじゃないか。けれど、たまに人が来ていたなら、入れないわけじゃないってことか。

「すまない。話の腰を折ってしまった。続けてくれ。」

「・・・ううん、こっちこそごめんね。続けるよ。」

 タクミは、一度ジュースを飲んで、ふぅと一息ついて、結局また曇った表情に戻る。


「それで、何とか家に帰ろうと思ったけれど、無理そうだったし、逃げなきゃって・・・、その時は思って・・・。近くの砂丘に入ったんだ・・・。」

「砂丘に水分も持たずによく生きていたな・・・。」

「無謀ね。」

「ははは・・・。うん・・・。でも砂丘をしばらく歩いているうちに、前から人影が見えて・・・それがシュウイチさんだったんだ。けれど、シュウイチさんに会った途端、また意識が遠のいていって・・・。」

「それ、おじさんと会った時も暴走したのか・・・。」

「うん、そうみたい。気が付くとシュウイチさんがこっちを見ていて、<大丈夫か?スマン、いきなり襲われたもんだからつい力が入っちまった・・・>って言ってた。僕がごめんなさいって言ったら<俺もお前もお互い拳を出しちまったし、フィフティフィフティだな!>とも言ってた。何だか、君と似たような感じだったかな。」

 それを聞いて、隣にいるユキナから笑みがこぼれる。

「ふふっ・・・確かに、おじさまとあなた、結構似てるところあるわよ?」

「そうか?オレは全然似てないと思うけれど・・・。」

 タクミも、そんなユキナを見て少しだけ笑顔に戻る。ユキナの笑顔を見て笑顔になるタクミは、もしかしてユキナの笑顔に惚れたのか。いや、そんなことはないはずだ。あいつの本当の笑顔はもっと可愛い・・・などと考えている場合ではない。

「その後かな。この夕暮れ町の町外れの家を教えてくれたんだ。まさか、星見ヶ丘から砂丘を挟んで反対側に来ているとは思ってなかったけどね・・・。

「あんたがほとんど歩ききっていたのか、おじさんが運んだのか・・・。どっちにしてもすごい話だ。」

「・・・そうね・・・。」


 ーーともかく、タクミの暴走・・・。もしかして、何かに反応しているのか?だとしたらそれは・・・。

 色々考えていると、少し眉間にしわがよっていたのか、タクミが心配そうにこちらを伺っている。

「どうしたの?カズマさん・・・怖い顔して。」

「ん?あぁ、何でもないよ。続けてくれ。」

「本当に何もないの?すごい形相だったわよ?」

「いや、本当に何でもないよ。」

 ――タクミの力が反応している何かが、もし龍族だとしたら・・・なんて、確証もないのに言えるわけがない。

「続けていいかい?」

「あぁ。」

「あとはシュウイチさんが、今住んでいるこの屋敷に案内してくれて、以降はここに住んでいるんだ。・・・妹が心配だけど・・・、帰る手段が見つからないから・・・。」

 タクミは、両手でぎゅっと拳を作り、悔しそうな表情を浮かべている。それはそうだろう、妹が近くにいるのに市内に入れないとあれば、オレが同じ立場でも歯がゆいとおもう。

 ーー星見ケ丘はともかく、タクミに力を貸すことが今のオレに出来る第一歩かもしれない。悔しいけれど、オレがそう考えるっておじさんも考えてタクミにオレの存在を話していたのだろうし。

 おじさんが、困ってるタクミを何故助けてあげなかったのかも引っ掛かるが、星見ケ丘に入る方法を考える必要がありそうだ。

「なぁ、タクミ。星見ケ丘に入れなかったって行っていたけれど、たまに入ってきた旅行者は、どうやって入って来たとから聞かなかったのか?」

「うーん、聞いてはいなかったけれど、旅行者の二人が、朝明村がどうとかって聞こえた気がする。」

「なら、決まりだな。」

「そうね。」

「え、どういうこと?」

 オレとユキナは互いに目を合わせると、うんと頷き合う。タクミは一人でキョロキョロとオレとユキナを交互に見やる。それを見て、ユキナがタクミの顔を見ながら右手の人差し指を立てる。

「タクミさん、いいかしら?」

「うん、何?」

「現時点では分からないことだらけの中、先程お話ししに出てきた星計画という日記と、その旅行者が口に出した言葉。共通する単語が一つあるわ。」

「・・・そっか!朝明村だね!」

 タクミは少し考えてから、ハッとなってユキナを見返してる。

 ーーいや、すぐ気付けよ・・・。

 などと、野暮なツッコミは心の中でやっておく。

「ええ。日記によれば、何かされたようないんしょうを受けるけれど・・・。」

「僕が星見ケ丘にいた頃は、朝明村で一度火事があったけど、村の人たちに被害は無かったって、聞いたけどなあ。」

「タクミ、それいつの話しだ?」

「たしか、日記を見つける・・・少し・・・前・・・。まさかっ・・・。」

「あまり、そう思いたくはないが、お前の親父さんーー市長が、何か絡んでいるという可能性が高いな。」

 全員言葉につまる。オレが二人に視線を向けると、ユキナは複雑な顔をしながらも、覚悟を決めているのかこちらを見て頷く。タクミは、悲しそうな表情でうつむいていたが、やがて顔を上げる。

「父さんが、何かやっているのなら、僕は息子としてそれを見届ける義務があると思うから・・・。まだ朝明村に、星見ケ丘に入る手掛かりがあるかは分からないけれど、行ってみるしかないね。」

「そういうことだな。ここから近いのか?」

「ここから東に、ゆっくり歩いて3時間くらいかな。」

「少し距離があるな。軽く腹ごしらえと準備をして出発だな。」


 ーーそのままタクミの屋敷で昼食を食べたオレ達は、念のための非常食をオレとタクミのリュックにそれぞれ詰めてから、夕暮れ町を後にする。

 町を出て30分ほど歩いたところで、ふと疑問に思う。

「なぁ、タクミ。あんたのその左腕なんだが。今は何ともないのか?」

「うん。あれ以来特に何も。シュウイチさんの時もしばらくは意識が飛ぶことはなかったかなあ。」

 それを聞いてユキナが少し怪訝な顔をする。

「だけどタクミさんの庭、結構左腕で何かやった後のように地面が削れていたけれど、あれはどういうことかしら?」

「あ、うん・・・。よく見てるね・・・。」

 ーーよく見なくても一瞬で目に入ったが。

 ユキナもそう心の中でツッコミを入れたであろう少し呆れた顔をしていたが、言わなかったのは彼女なりの優しさか。

「実はシュウイチさんに、どういった経緯であれ、せっかく手に入れた力なら制御出来るようにしたらどうだ?って言われて。」

「その結果があの庭なのかしら・・・。」

「そもそも、自分の意思であの左腕出せるのか?」

「シュウイチさんが、自分の中でイメージ出来る言葉を作って、それを念じればきっと出来るって言われて。それで、なんとか左腕を出せるようにはなったんだけど・・・。」

「意識が無くなって制御不能なわけね・・・。」

 ユキナがうーんと唸っている。おじさんもそこまで言ったのなら、制御出来ると思った理由があるはずだが、すぐに答えは出てこない。

「そういえば、オレ達と会った時って何時から意識がなかったんだ?」

「家の前に誰か来たって、気配を感じた時からかな。その瞬間、僕の心の中に誰かが話しかけてくる感じがして。」

「誰か・・・か。そういえば、オレと闘ってるときのタクミは、もっと性格が大胆で挑発的な感じだったな。一人称も僕ではなく俺だったし。」

「僕に話しかけてくるもう一人の僕もそんな感じだったかも・・・。」

 自分の意思であの左腕を出せるなら、制御までもう一歩という感じもしてきた。タクミに強い意志があれば。そうなると、そのもう一人とやらに今一度会う必要があるな。


「ユキナ、少し先に林が見えるからまた少し隠れててくれないか?」

「何をする気なの、タクミ。・・・ま、まさか?」

「あぁ、そのつもりだ。」

「だ、大丈夫なの?」

「たぶんな。」

「たぶんって、また悠長なこと言って・・・。」

 オレとユキナの会話についていけないタクミが、こちらを交互に見ながらオロオロしている。

「な、何、どういうこと?」

 オレはタクミが不安にならないよう、精一杯余裕の笑みを見せてからタクミの目を見る。

「その左腕、ちょっと出してくれないか?」

「えーっ!でも、ほら、僕意識が無くなっちゃうから・・・。」

「頑張って意識を取り戻せ!その間、俺がもう一人のお前に話しかけてやる。」

「そんな無茶な・・・。」

 タクミの顔が、あっという間に泣きそうになる。けれど、これを乗り越えないとこれからの状況がツラくなる。タクミにとっても、オレ達にとっても。

「タクミさん。」

 ユキナが真剣な面持ちでタクミを見つめる。タクミは泣きそうな顔のままユキナを見やる。

「僕は・・・。」

「私も、近くでカズマと一緒にあなたに話し掛けるわ。だから、頑張って。」

「いや、お前は少し離れて・・・。」

「あら?何かあったら、守ってくれるんでしょ?」

 ーーあのスピード、前回は庇いながら闘うのが不可能だと判断して、離れてもらったというのに・・・。

 ユキナの表情から、おそらく駄目だと言っても断固として動かないだろう。であれば、タクミを信じてオレはもう一人の奴を説得するしかなさそうだ。

 オレは、軽くため息をついてからタクミに向き直る。

「・・・だ、そうだ。頼むぜ、タクミさん?オレも出来るだけ外からお前に声をかける。」

「うー。分かった。僕も頑張ってみるよ。」

「あぁ、頼むぜタクミ。ユキナ、側にはいていいが後ろには隠れてろよ。」

「・・・わかった。」

 ユキナが後ろに移動すると同時だった。

 ーータクミの気配が変わった!

 タクミの顔から不安そうな表情が消え、どこか不敵な笑みを浮かべている。

「”悪魔の”・・・”左手”!!」

 ーーイメージというか、見たまんまの名前だな・・・。

 タクミから黒いオーラが出てくると、左腕が黒く大きな獣のような腕に変化する。前回と違い、自分で左腕を出したからか、左腕だけではなく全身からオーラが出たままである。先程までの弱気な表情から一変し、初めて対峙した時の挑発的な笑みを浮かべているのは相変わらずだった。

「また、お前か・・・。俺の汚名返上に付き合ってくれるために、わざわざ俺を出してくれたのかい?」

「残念ながら違う。オレはあんたと、あんたの中にいるもう一人のあんたで話がしたくて、呼び出してもらったんだ。」

「ハハッ!何を言い出すかと思えば。あいつは、弱虫で臆病のクズ野郎だ。話し合うなんて論外だな。」

「あんたと、もう一人のタクミは二人で一人なんじゃないのか?」

 その言葉を聞いた瞬間、もう一人のタクミは眉をひそませて歯を食い縛り、左腕で地面を殴る。衝撃で軽く土煙が舞い、ユキナが後ろで少し驚いて服の裾を掴んでいる。

「あんなやつと一緒にするんじゃねえ!・・・妹がどうなっているかもわかんねえこの状況で、のんびりとここで過ごしてやがる、弱虫野郎と・・・。」

「そんなことはないわ!」

 もう一人のタクミの言葉を聞いて、ユキナが横にならんで泣きそうな顔で睨んでいる。

「タクミさんは、妹さんがどういう状況になっているのか分からないのが毎日不安で仕方がないのよ!けれど、今のまま星見ケ丘に戻ってもどうにも出来ない・・・。でもあなたの力があれば、何か出来ることがかもしれないと、日々呼び出されていたのではないの!?あなたは・・・、そんなタクミさんに寄り添おうとしたの!?」

 息を荒くして叫ぶユキナの声を聞いて、もう一人のタクミは止まった。タクミとまるで正反対な性格であり、オレは絶対に否定してくると思ったのだけれど、彼はユキナの言葉に反論しない。

「ユキナも、もう一人のお前も、オレも、みんな必死だ。あんたも必死に足掻いてみろ・・・。オレの声が聞こえるか?タクミ・・・!」

 すると、もう一人のタクミは頭痛を堪えるように、左手で頭を抑える。彼の中でタクミが話しかけているのだろうか。苦しそうに一人言を呟く。

「お前・・・本当に、妹を助けるのか・・・!?」

「うん、助けたいよ。」

「タクミが喋っているのか!?」

「カズマ、黙って!」

 タクミともう一人のタクミが交互に喋る。頭の中で闘っているのだろう。二人は、一人芝居のように続ける。

「オレの力を・・・そう簡単に貸せるか・・・。俺はお前じゃない。」

「だけど、僕たちの妹は、助けなきゃ。一人で泣いているかもしれない。」

「お前の目的・・・。それは俺だって・・・。だが、俺の目的は他にもある。」

「わかってるよ。今こうなってしまったことへの復讐・・。君は僕だから・・・分かるよ。」

「分かったふうなことを言うな!俺とお前は違う!」

「だけど・・・。」

「・・・ちっ、分かったよ。力を貸してやる・・・。」

「・・・ありがとう、もう一人の僕・・・。」

 もう一人のタクミはこちらを向く。

「まぁ、そういうことだ。暫くコイツに力を貸してやる。妹を助けるのと、俺自身の復讐が終わるまではな。」

「そうか、ありがとう。もう一人のタクミ。」

「私からもおれいを。ありがとう、もう一人のタクミさん。」

 もう一人のタクミは顔をふいっと背けると、独り言のように呟く。

「俺はタクミじゃねえ。ビャクヤだ、覚えとけ。」

 そう言うとビャクヤの意識からタクミにバトンタッチしたらしく、表情がいつもの困った笑顔になった。

「タクミ・・・か?」

「うん。」

 疑問系で尋ねたのは他でもない、タクミがいつもの表情で喋ってはいるが、左腕は能力を発動したままである。今は全身からではなく、その左腕からのみ、オーラを発している。これまでの禍々しさに比べると、少し優しく感じる。

「左腕は扱えるのかしら?」

「僕の意識でも動かせるけど、もし戦闘になったら、ビャクヤに出てきてもらって一緒に闘うよ。でも、可能な限りは頭の中でビャクヤに扱い方を聞いておくつもりだよ。」

「そっか。なら、ひとまず良かったな。意外とあっさり終わって助かったぜ。」

「そうね。もう一回やって、カズマが無様にやられるところは、私見たくないし。」

「次にやってもオレが勝つよ!」

 そう言って、オレも、ユキナも、タクミも、おそらくビャクヤも皆で笑って、朝明村を目指す。


 ーーひとまず、タクミの力を制御出来るようになって良かった。おそらく、星見ケ丘の市長が何かやったはずの朝明村には、オレ達が想像しているよりもずっと危険なことが待ち受けている。オレだけの力でユキナを守る自信はある。けれど、オレ一人でどうこう出来なくなる可能性だってあり得る。市長の日記に書かれていた内容が、それを物語っている。

 何より、このタクミの力は、一体何なのだろう。オレ達龍族が使う秘術にとても似ている。


 おじさんは、何を思ってタクミを育てたんだろう。あの、タヌキおじさんのことだ、きっと何かまだ隠している。そんな気がする。


 ーー朝明村か、さてどうなっているか・・・。

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