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辿り着いた町-前篇-

2019/05/20現在、ストーリー修正中。

2019/05/28、ストーリー加筆修正。

2019/05/29、ストーリー加筆修正。

2019/05/30、ストーリー加筆修正。


 ――そもそも、龍族とは何か。


 秘術の特訓をしているときに、おじさんが教えてくれたことがある。

 先祖は昔、高天原(タカマガハラ)という神が住まう天空から、気まぐれで降りてきた名も無き神が、地上人と愛し合い、その子供に不思議な力が宿ったことから始まった、と言われている。最初は不思議な力を物見遊山に来る人がいたが、人より秀でた身体能力と、何よりその不思議な力が次第に恐れられ、人知を超えた力――"龍"のような存在の一族と言われ、恐れられるようになったようだ。

 不思議な力とは、龍の一族が持つ"秘術"のことである。"秘術"は人それぞれ違った能力であり、どんな能力かは生まれた時に決まる。基本的には親と同じ"秘術"が遺伝されるが、父親と母親のどちらが継承されるのか、また能力が合成されて新しい能力が生まれるのかは、生まれてみないと分からないし決められるものでもない。


 なお、里が自給自足で過ごせる理由も、後から知った外界への作物の売買も、"秘術"を使用すれば、簡単に成立する。"成長を促す"ことや"増殖"等、秘術は色々な形を持っているし、似たような能力があれば応用は効く。里の人間は、閉鎖的で生きていくことだけを原動力にしているから、こういう、生活に直結することだけは人同士が協力的だった。

 そう考えると、とても楽な人生であり、それはこの一族にとって、本当にただ生きるだけなら、何の苦労もないだろう。


 けれど、その"秘術"も龍族ではないただの人間にとっては、未知の力で、ただの恐怖でしかない。

 そして、十数年前。空が外殻に覆われた頃に、あの悲劇が起きた。

 旅に出る一週間前、おじさんが詳しい話しを教えてくれた。それによると、オレたち龍族は"外殻を作った一族"という汚名を着せられ、日本政府から"危険因子は排除"という名目で、統合自衛隊を仕向けたそうだ。極秘裏に。けれど、実際にオレたちを襲ったのは自衛隊に似た"何か"。おじさんが言うには、それは人ならざる者だったという。

 それでも。例え、相手がどのような者であれ、ちゃんと抗っていたら、龍族は負けなかったと思う。


 "ちゃんと抗っていたら"


 ちゃんと抗っていたらだ。攻めてくる統合自衛隊に対し、龍族は抗わなかった。

 村の掟に「"秘術"を持たない人間に対するそれを行使しない」

 とあったのだ。自分たちの身が危険であっても、この掟を貫いた。

 一部の人間、オレの親父やお袋、ユキナの父さんたちは秘術を使い、抗った。オレを育ててくれたおじさんや、ユキナを育ててくれたおばさんも。それでも一部だ。相手は大群だった。


 ――結果は、今が全てを物語っている。


 オレは、家族の命より掟を取った里の連中の方にこそ嫌悪を抱きそうになる。もちろん、統合自衛隊を呼んだ外界の人間こそが真因であり、オレが自分の里の人間を嫌悪するのが間違っていることも、頭の中では理解しているつもりだ。

 けれど、死んでは何も残らない。死んでは何も後世に伝えられない。死んでは生きてきた理由さえ、分からないままだ。

 だから、オレは知りたかった。全ての発端である外界の人間の真意が、外界の人間たちの意思が、オレたちが――龍族という存在が死んでいった意味が。


 龍族について、改めて思い返していたところで、ふとユキナの視線を感じてそちらに目をやると、何やら怪訝な顔をしている。

「・・・カズマ?聞いているのかしら?私はさっきからあなたのことをずっと呼んでいるのだけれど。」

「あぁ、すまん、少し考え事をしていたんだ。龍族って何なんだろうってな。」

「何なんだろうって・・・私たちの存在についてってことかしら?」

「まぁ・・・そうかな。」

「ふーん・・・。」

「なんだよ・・・。それが、どうかしたのか?」

「どうかしたのか?ではないわ。あなたが考え事をしているのだから、それはもう大変なことだと考えているのだけれど。」

「ユキナ・・・ 、お前はオレのことをなんだと思っているんだ?」

「安心して。ちゃんとそれなりの人だとは思っているわ。」

「とても、そう思われているようには感じられないのだけれど・・・。」

「そうかしら?」

「全く、もう少し愛想よく出来んのかね・・・。」

 どうやら、この一言は余計だったらしく、いつも以上に眉毛をつり上げて頬をリスのように膨らませる。そして、どんどん近付いてくる。怒っているからか顔が赤い。

「むぅっ!」

「な、なんだ・・・!?」

「それはっ!あなたが期待させるような態度しておいて・・・、私の気持ちを受け止めてくれなかったからでしょっ!」

「・・・旅が終わるまで保留にしようって、話しだったんじゃ・・・。一区切りついたんだろ・・・?」

「うっ・・・。」

 何やら、ユキナは縮こまってから、そっぽを向いてしまう。いや、ごめん。そうだよな。敢えて、今のような態度を取らないと、やってられないってことなんだろう。本当にすまない。

「ま・・・まぁ、旅は始まったばかりなんだし、そんなに気にするなって・・・。」

「・・・気にするわよ・・・ばかっ。」

 ユキナは目をそらしたまま、ぶー垂れた口をしていた。まだ怒っているのか、顔が赤い。


 男女2人旅なんて、客観的にはラブラブな新婚旅行に見えるだろうけれど、少し前のユキナならともかく、今はこういう感じだ。

 そもそも、そう言い出したのはオレ自身であるし、今も後悔はしていない。

 それに、恋愛感情などという曖昧なものにうつつを抜かし、その結果ユキナを守れなかった、何てことになろうものなら、ユキナはもちろん、旅を許してくれたおじさんや、おばさんにも申し訳が立たない。だから、何度も言うが、今はこれでいい。


 その後、二人は無言でしばらく歩いた。長い旅になるというのに、始まりからこんな感じで、はたしてこれから先大丈夫なのか、一抹の不安を覚える。それでも、ユキナがいきなり踵を返し「実家(里)に帰らせていただきます」などと言うことは無いと信じている。

 ――信じているぞ・・・ユキナ・・・。大丈夫だよな・・・?

 考えていると、だんだん自信が無くなってくる自分が情けない。体力的には全く疲れていないが、色々考えていると、無駄に疲れを感じてしまった。相変わらず、化学光の偽太陽しか無い空を眺め、大きくため息をつく。大きく肩を落とした時にユキナの声が耳に入ってくる。

「ねぇ、カズマ。」

「ん?」

「旅には付き合うんだから、一つ貸しってことよね?」

「え・・・貸しなの?」

「そうよ、貸しよ。」

「そうなんだ・・・。」

「・・・うん。」

「それで、その貸しで何すればいいんだ?」

「うーん・・・。」

 そう唸ると、目の前を歩いていたユキナは、いきなり足を止める。ぶつかりそうになったオレも慌てて歩くのを止める。

「・・・なんだ、いきなり止まって。どうした?」

 ユキナはうつむいたまま、こちらに向き直る。心なしか、頬が赤いように見えるけれど、これはもしかしてまた怒っているのだろうか。緊張した面持ちでユキナの返事を待つ。すると、ゆっくりとこちらを見る。

「貸し・・・。」

「わかったよ、だからなん・・・」


「キス・・・。・・・してくれる?」


「だ・・・よ・・・、はぁ!?」

 驚きの一言と、恥ずかしさのあまり、顔が耳まで熱くなるのを感じる。

 ――な、何て言ったんだ!?キ・・・キス!?なんで!?

「なに言ってるんだよ、いきなり!?」

「か・・・貸しよ・・・。貸し。」

 ユキナは眉をひそめながら、けれど耳まで真っ赤になって、そして瞳はどこか濡れているように揺らめいている。

 ――いや、だとしてもいきなりキスっておかしくないか!?というか、付き合ってるわけでもないのにキスはまだ早いような・・・。けれど、ユキナとキス・・・。正直な気持ちは・・・YESだ!!自分でも何を言っているのか、分かんなくなってきた。

「いや、しかし・・・!」

「・・・ふんっだ。」

 戸惑っていると、ユキナは鼻で笑ってからふてくされた顔をすると、そっぽを向く。

「冗談よ、冗談っ。」

「え・・・。冗談?」

「そう簡単に、私の唇はあげませんよーだ。」

 んべっとまた桜色の小さな舌を出している。その仕草はクセなのか。可愛いからいいけれど。

「なんだそりゃ・・・。自分から話を振っといて・・・。」

「いいのっ!」

「そうかい。」

「でも・・・。」

「ん?」

「そうね・・・、道のりはまだまだ長いんだし・・・体力温存のために・・・、ちょっと、手を・・・、繋いで引っ張ってくれる?」

 差し出された右手は、小さくて、白くて。そして、キスだのなんだのと大胆不敵に言っていたわりには、手を差し出しているだけなのに頬を赤らめている。

 オレまで照れるわけにはいかないと思いつつ、それでも少し顔が熱いの感じながら、平然とした態度のつもりで、差し出された手を握った。

「それくらいなら、お安い御用ですよ。・・・お姫様。」

 握ったユキナの手も、自分自身の手も、お互い熱くて、今のオレたちの気持ちをその熱さが代弁しているような、そんな感じがした。



 //*****



 ――故郷である"龍族の里"を出て、早くも一週間が過ぎた頃。

 今は"外界"である日本の中国地方に足をつけた。一週間前に、手を握ってしばらく歩いていたが、程なくして、恥ずかしさと単純な気候の暑さから、お互い手が熱くて離すことにした。それでも、その日に寝るテントを用意する直前まではそのままだった。というよりはユキナが離してくれなかった。幸いにして、敵の気配も無かったし。幸せな時間ではあったので、問題はないのだけれど。

 ――外で手を繋ぐという行為は、予想以上に恥ずかしい。

 ということがよく分かった。ちなみに二日目以降は、普通に移動した。


 一週間前の楽しい記憶を思い返しつつ、中国地方に足をつけていると、妙な感覚に襲われる。

 ――む!?

 どうやら、何者かの気配を感じる。ユキナも気付いたようだ。

「・・・カズマ!」

「あぁ!この感じ・・・。ユキナは何だと思う?」

「違和感・・・のようなものを感じるのだけれど・・・。それ以上のことは分からないわ。」

「違和感・・・か。それは、おそらく気配だと思う。」

「気配?」

「あぁ、おそらく、オレたちが"龍族"だと気付いている者の視線っていうのかな。」

「・・・えっ!?それ、正体を探らないといけなんじゃ!?」

「うーん、気配はもう、既に消えてしまったようだな・・・。まぁ、殺気はなさそうだったし、だから、たぶん大丈夫。」

 集中を解いて、腰に両手を当てながら、ふぅと深呼吸するが、ユキナは少しご機嫌斜めな顔をしている。

「また~、すぐそうやって楽観視して・・・。」

「楽観視はしてないって。」

「ホントかしら・・・。」

 ジト目のユキナを軽くあしらいながら、来た道に視線を向ける。

 ――まだ確証はない。けれどあの感覚は、おそらく視線の相手も"龍族"・・・!


 余計な不安をユキナには与えたくはない。それに、里から出掛けていた人間が、たまたまオレたちを見つけたが、それに対する興味がなく、そのまま視線を外したという可能性もあるにはある。どちらにしても。

「用事があれば、また向こうから来るだろうから。・・・必ずな。」

「・・・何、その変な自信・・・。」

 ユキナは呆れたように、またスタスタと歩き出した。


 ここまでの道中は、今のところ危険という危険には出会っていない。

 おじさんが言うには、外殻による無法地帯の危険性。そして、警察と自衛隊が統合化し、秩序のという名の暴力が少しずつ見え隠れしているということだった。


 先程の、龍族だと思われる者の変な気配。出来れば、同士討ちは避けたいところだけれど、おじさんが言っていた無を享受する者たちの動向も気になる。そのために、里からユキナを連れ出したというのに、これでは敵が増えるだけだ。

 それに、何故外界で動く必要があるのか分からない。里の中で、小さく、閉鎖的に生きることが目的のように感じていたのだけれど。

 もしくは・・・。


「そういえば、ユキナ。目的地の前に一つ寄りたいところがあるんだけれど。」

「あら、外界に知り合いなんているの?」

「いや、オレじゃなくておじさんの知り合いなんだ。その人の家が中国地方のこの辺の、そんなに遠くないところにあるらしいんだ。」

「おじさま、外界に知り合いがいたのね。」

「あぁ、あのおじさん、親父の弟って名乗っていたけれど、そんなに似てないし、よく外界に行ってたし、そしてその外界に知り合いがいる。結構謎が多いんだよな・・・。」

「・・・そうね。まあ、そこも含めてミステリアスで素敵に感じるのかしら。」

 その言葉を聞いて少し驚き、ユキナの方をゆっくり振り向く。それはどういう意味だろう。

 ――まさか、ユキナは・・・。

「・・・お前、・・・まさかおじさんのことを?」

「は?」

 まるでケンカを売られたような、力強い一言と共に、ユキナは眉をひそめる。

「何考えているのか知らないけれど、おばさまが言ってたって話だからね。」

「あ、・・・ あぁ、おばさんの話ね。はいはい・・・。うん、知ってたよ。」

「嘘ばっかし・・・。」

 ジト目でこちらを見ながら、呆れたようにため息をつくユキナを横目に、心の中で胸を撫で下ろす。

 ――いや、実際おじさんはカッコいいから困る・・・。

 もう少しでおじさんに嫉妬するという、見苦しい過ちをおかすことを回避しつつ歩みを進めるが、ここでふと率直な疑問が浮かぶ。

「なぁ、ユキナ。」

「何かしら、”勘違い”のカズマ?」

「変なアダ名付けるの止めてくれない・・・。いや、さっきのおじさんとおばさんの話なんだけれど。」

「おじさまとおばさまがどうかしたの?」

「いや、あの二人、付き合ってるとかあるの?」

「いえ、お付き合いはしてないみたい。」

「でも、お前冷やかしてたろ。」

「冷やかしたって・・・。まぁ、けれどいつも仲良いから、なんとなく言ってみただけよ。」

「二人ともズバリ、挙動不審になってたぜ。くくくっ。」

 思い出すとなんだか笑えてくる。あのおじさんが、あんなにおろおろしてるのは、初めて見た気がする。

「まぁ、でも私の旅立ちを助言してくれるときに、おじさまとおばさまの関係が、ただのご近所さんではないって感じの会話はしていた気がするわ。」

「へぇ。どんな内容だったんだ?」

「・・・それは言えない。」

 ユキナはその時のことを思い出したのか、視線を遠くにやると、少し頬を赤らめる。おじさんはどんなことを言ったんだ。

「そこまで言っといてそりゃないぜ・・・。」

「今度帰ったときに、おじさまに聞いてみたら?」

「だいぶ先になるじゃねぇか・・・。」

「まぁ、一つだけ言うとしたら。」

「お、おう。」

「”カズマと一緒にいれば大丈夫。あいつは、俺がしっかり育てたから”って言っていたわ。」

 ――おじさん・・・。

「・・・そっか。」

 それを聞いてしまうと、あとは聞けなくなってしまう。それにしても、おじさんはそんなことを思ってくれていたのか。これは期待を裏切るわけにはいかない。

「さぁ、おじさまたちより、問題はその知り合いの方でしょう。行くわよ、カズマ。」

「はいはい。」

 どこか機嫌の良くなったユキナと、オレはおじさんの知り合いの家に向かう。


 ――先程から10分くらい歩いただろうか。

 星見ヶ丘から少し離れた場所にある”夕暮れ町”という小さな町に辿り着いた。おじさんの知り合いは、その町の外れにある家で一人で暮らしていると聞いていたので、到着したのが丁度昼時だったこともあり、この町で少し食事をしてから、その町外れを訪ねる。けれど、目の前にある建物を見て、少し記憶を疑う。

「ここか・・・?」

 目の前にある家は、一人で住むには明らかに大きい、町外れに建っているのが不思議なほど綺麗な屋敷だった。頑丈そうな門は、ゆうに3メートルはある。

「綺麗なお屋敷ね・・・。お一人で住んでいるのかしら?」

「おじさんからは一人と伺っているから、一人だと思うのだけれど・・・。」

 この広さは、少し耳を疑ってしまう。金持ちなだけか?ひとまず、チャイムを一度鳴らしてみるが、応答は無い。

「留守なのかしら?」

「・・・いや、気配は感じるのだけれど。」

「気配?」

「あぁ。この感じ・・・。もしかして、この前に感じた・・・。」

 その時、気配が門の上に移動した。その気配の主はこちらに向かって口を開く。

「誰だ?・・・お前ら。」

「えっ、どこっ!?」

「・・・上だ。」

 ユキナが驚きの声を発している中、オレは咄嗟に一歩前に出てユキナを左腕で庇いつつ、声の主を軽く睨む。


 オレと同い年くらいか。ツンツンヘアに、全身緑のツナギのような服。何より、見た目はともかく、この一瞬で三メートルの門柱の上に軽く移動出来るとは・・・。おじさんが言っていた知り合いか?

「ちょっと、ここの家主に用があってきた。あんたは、ここの家主か?」

「・・・さぁな。」

「そうかい。なら、ここの家主に取り次いでくれないか?」

「・・・嫌だといったら?」

「それは、困ったな。どうしようか・・・。」

 この感じ、どうやらタダでここを通してくれそうにはない。ユキナに視線を移すと、困惑した表情をしている。

「カズマ、この人・・・、何か変な感じがする・・・。」

「あぁ。この感じ・・・どうやら、むこうはこっちと()るき満々みたいだな・・・!」

 視線を門の上の男に戻すと、不敵に笑っている。

「なぁ、お前。俺と遊んで・・・くれよ!」

 その瞬間、門柱の上からこちらに向かって突撃してきた。

 ――殺気!!


「来た!ユキナ、少し離れてろ!」

「え・・・離れるって・・・きゃっ!」

 離れるのを待つ余裕は無かった。オレはユキナを抱えて、近くの木の影に素早く移動する。緑の男はオレたちがいた地面を左手で殴ったのか、激しい轟音と共に土煙が上がっている。

「あいつ・・・、本当に人間か!?」

「なんだか、私たちと同じような力を感じるけれど・・・。」

「こんなことなら、おじさんにどんなやつかちゃんと聞いとくんだった・・・。」

「え!?聞いてないの!?」

「そりゃ聞いてないよ。だから、あいつに聞いたじゃん。家主か?って。」

 そう言うと、ユキナが右手の人差し指でこめかみを押さえて、呆れたようにため息をつく。

「頭痛くなってきた・・・。」

「悪かったな!とにかく、ここにいろ!いいな!」


 オレは、背負っていたリュックをユキナの隣に置いてから、急いで先程の緑の男の前に戻る。土煙が消え、姿が見えてきた緑の男は、左腕が先程までとは違い、獣のように黒く大きくなっており、禍々しいオーラを纏っている。

「な、なんだあの腕は!?」

「そ、こかあ!」

 緑の男は左腕で大地を殴り、その勢いでこちらに向かってくる。夢無の発動を考えるも、外では出来るだけ秘術は使わないと、おじさんと誓ったことを思い出す。

 ――くそっ

 護身用のナイフを右手で服から取り出して、迫り来る相手の左手を受け止める。

 けれど、パリンとガラスのようにあっさり砕けた。

「げっ!折れたっ!?」

 そのまま、相手の攻撃を腕に食らう。

「くっ・・・!」

 ――痛ぇっ、何てパワーだ!!

 けっこう丈夫な素材で出来ているこのスーツの上からでもダメージが大きく、後方に吹っ飛ばされる。空中でくるりと回って着地するが、勢いが収まらず砂埃を上げながら下がっていく。

 そこに追い討ちをかけるように、緑の男は更に突撃してくる。こちらはようやく下がり終わり、緑の男を改めて睨む。先程と同じく、左腕を大きく振りかぶって、そして殴ってきた。

 今度は受け止めず、ギリギリでかわして緑の男の背中を蹴って、距離を取る。

 緑の男はそのままの勢いで地面を叩きつけ、また轟音と土煙が上がる。

「そう何度も同じ手が効くかよって!」

 今度は言葉を吐いた途端に土煙の中から、緑の男が突撃してくるので、かわすと同時に左側へ回りこむ。緑の男が大地を殴って土煙が上がったところで反撃する。

「へへっ、ボディが甘ぇぜっ!」

 そのままの体勢で左脇腹を思いっきり殴るが、左半身は変化した腕の能力なのか異様に硬く、殴ったこちらの拳の方が痛む。

「硬い・・・。」

「ぐぁぁぁぁ!!」

 緑の男は雄叫びと共にそのまま左腕を横に薙ぎ払う。

「あぶねえっ!」

 なんとか飛び退き、また距離を取る。

 その後、再び突撃してくる。

 ――なんだコイツは。バカの一つ覚えみたいに・・・。

「もう一度!」

 オレは再び、かわして今度は先程より力を込めて左脇腹を殴る。

「また!ボディが、ガラ空きだぜっ!」

 先程より鈍い音を立てて拳がヒットするが、効いていない。緑の男は何事もなかったかのように、こちらの攻撃に気付いていないような素振りで、ゆっくりこちらを向くと、左腕を薙ぎ払って攻撃してくる。

「やっぱ、硬え・・・。」

 ――左腕側・・・というか左半身が固い・・・ということか?

 であるならば、相手のスピードにも慣れたところで、今度は右側を狙うために、右へかわす。すると、緑の男はすぐに腕を横に薙ぎ払う。

 ――なるほど。やはり右側は弱いってことね。

「右側が弱点ですって言ってるようなもんだぜ。」

 返事はなく、緑の男は再び突撃してくる。再びかわして右側から攻めようとするが、すぐさま反撃がくる。

「がぁぁぁぁっ!」

「くっ・・・!」

 やはり右側への攻撃の時だけ異様に反応が速い。むしろ、左側は防御力が高いと分かっているから、敢えて何も反応していないということだろうか。少し挑発してみる。

「なぁ、あんた。同じことばっかりやってて飽きないか?」

「がぁぁぁぁっ!」

「全然聞いてない・・・!」

 右側への攻撃に全てを掛けたいところだが、そちら側の対応は素早いし、どうするか考える。

 改めて見ると、もはや男が腕を動かしているのか、腕が男を動かしているのかさえ分からなくなるような動きをしている。


 ――というか今更だが、あいつ・・・もしかして今、理性飛んでるのか!?

 緑の男の攻撃は、再び左腕を繰り出している。もし、理性が飛んでいるなら、間違いなくあの禍々しいオーラの左腕のせいだ。これは一発、頭なり腹なり殴って気絶させるしかない。けれど、堂々と秘術を使うわけにもいかない。

 いや、右側への超反応に対抗するには、漆黒の領域による高速移動が必要だ。

 ならば、出来るだけ、使っている秘術が見えないように使うしかない。

 ――仕方ない、練習中のあれを使うか。

 オレは、緑の男の攻撃をかわしつつ、右手に力を込める。またもや、地面を叩きつけた緑の男は土煙を作ったので、後方に飛んで距離をとる。今なら行ける。

 ――”夢無”!”領域制御”!

 オレは右手を大地に付け、漆黒の領域を自分と緑の男の架け橋のように、細く生成する。緑の男は気付いていないのか、再び左腕で大地を殴った勢いでこちらに突撃してくる。

 ――漆黒の領域内は、高速移動が可能。

 視界に色がつくと同時に、こちらも緑の男に向かって突撃する。

 領域内で力を込めた拳は、紅のオーラに包まれる。

 相手の左腕が上がって、振り下ろそうとしたとき、既に、距離は詰めている。オレには相手がスローモーションで見えるような感覚になる。

 そのまま、腹に一発、漆黒の領域で加速した勢いのある紅の拳を繰り出す。その後、流れるようにゆらりと後ろに回り込み、首に思いっきり手刀を浴びせる。

「ぐ・・・がはぁっ。」

 うめき声と共に、緑の男は倒れた。それと同時に夢無の領域を解除する。いきなりの実践投入だったが、上手くできた。


 領域制御については、本当は別の目的があって、おじさんにも内緒で練習していたのだけれど、こんなところで役に立つとは思わなかった。

 ――それにしても、あの左腕は一体・・・。

「カズマっ!」

 ユキナが心配そうな表情でこちらに駆けてくる。リュックから取り出したのか、何やら縄を持ってきている。なるほど、こいつを縛るのだろう。あの左腕が発動されれば、縄など簡単に千切れとんでしまいそうだが、何もしないよりはマシだろう。

「大丈夫っ!?カズマっ!?」

「あぁ、問題ない。一発だけ食らったけれど。」

「右手っ?大丈夫っ?どうもなってない?」

「大丈夫だよ。心配しすぎだって。」

 普段はクールに決めているくせに、こういうときにオロオロしていたら、あんまり意味がないような気もするが、余計なことは言わないでおこう。

「本当に大丈夫?」

「あぁ。」

「なら、いいけれど・・・。」

 この、優しい感じ。少し前のユキナみたいだ。いつものクールな感じが素ではないと、改めて感じてしまう。そして、その原因はオレだということも痛感する。いや、別に普通なままでもオレは構わないのだけれど。

 緑の男の腕を縛り、ふうと一息ついてから考える。

「こいつの腕・・・、もしかして秘術か?」

「人間の技術かもしれないわよ?」

「これがか?」

「そう言われると・・・ちょっと困るけれど。」

「まぁいいや。本人に聞けば済むことだし。少しゆっくりしようぜ。」

「ゆっくりって・・・。急に緊張感無くなったわね。」

「一応、周囲に気を配っているから、安心しな。」

「そう。なら、少しゆっくりしようかしら。」



 ――緑の男を気絶させてから、待つこと15分。ようやく、気がついたようだ。

「う・・・ん?」

 オレとユキナはお互いの目を合わせてからうんと頷き、二人で目が覚めた男の方を見やる。

「気が付いたか?あんた、まだ理性吹っ飛んでるか?」

 緑の男は上半身を起こそうとして、自分が縛られていることを自覚する。それても無理矢理起きてから、少し困ったような笑顔をする。

「・・・いや、大丈夫だよ。ごめん、なんか迷惑をかけたみたいだ。」

 その一言を聞いて、オレもユキナも思わずため息を漏らす。左腕の様子も普通に戻ったし、どうやらちゃんと話を聞いてくれそうだ。

「オレもあんたを気絶させてしまったから、フィフティフィフティだよ。とりあえず話が出来る状態になっただけでも進展だ。」

「・・・そうね。ひとまず、お話できるのならその縄は解くけれど、いいのかしら?」

「・・・たぶん、大丈夫。てか、二人とも誰?」

 たぶんと言うのが引っ掛かるが、オレは片膝を付いた状態のまま、ひとまず緑の男の縄を手解く。緑の男がこちらに向き直ってから、自己紹介をする。

「オレはカズマだ。こっちの愛想が無さそうに見えるのがユキナ・・・っ!」

 ――いってっ!

 おしりが痛い、と後ろへ振り向く。そこにはすごい形相でこちらを見るユキナが、オレの尻を思いっきりつねっている。

「余計なことは言わなくていいから。」

「・・・はい、すいません・・・。」

「ごめんなさい、彼の言ったことは気にしないで?私は、ユキナよ。」

「う、うん・・・。僕はタクミだよ。」

 全くやるつもりがなかったこの謎のコントについていけてない緑の男――もとい、タクミは、ユキナを見て何やら目を輝かせている、ように見える。オレはわざとらしく咳をしてからタクミの視線に割って入る。

「ところでもう一度聞くが、あんたはここの家主か?」

「ごめん、君たちがここに来た頃、僕の意識は既に無かったみたい。だから、僕としては初めて聞かれたのだけれど、家主か?と聞かれたら、うん、そういうことになるかな。」

「あなたが家主だったのね・・・。」

 オレの質問に答えてくれたタクミを、ユキナは改めてまじまじと見る。その視線が恥ずかしいのか、タクミは困ったような顔で頬を赤らめている。

 さらに、ユキナを見るタクミの目がまるで恋をしているような、一目惚れしてしまったような目に見えてしまうので、オレはビシッと話を戻す。

「あんたがここの家主なら、オレのおじさん――シュウイチを知っているか?」

「それはもちろん知っているよ・・・あ!キミもしかしてシュウイチさんの息子さん!?」

「息子・・・。まぁ育ての親ではあるかな。おじさんはおじさんだけれど。」

「そうか、シュウイチさんが言っていた通り、本当に来たんだね。」

「本当に来た?おじさんが何か言っていたのか?」

「うん、言っていたよ。もうすぐ、バカ息子がお前のところにやってくるって。」

「誰がバカだってぇ!?」

 オレはタクミの胸ぐらを掴んで前後に振りまくるが、タクミは首がガクンガクンとなりながらも、口を開く。

「ぼ、僕じゃなくてシュウイチさんが言ってたんだよ~。」

「やめなさいカズマ!話が進まないでしょう!?」

「あ、そういえば、ユキナさんもシュウイチさんの娘さん?」

「いえ、私は違うわ。そうね、カズマの保護者みたいなものかしら。」

「よく言う・・・。」

「ん!?」

「いや、何でもない。」

 そのやり取りを見て、タクミはクスッと笑う。

「二人とも仲良いし、兄妹かと思ったよ。」

「タクミさんが思い描いたきょうだいの漢字が気になるところだけれど・・・。」

「お前も、話が進まなくなるから黙ってろ。」

「・・・わかったわよ。」

 オレは、コホンと小さく咳をして仕切り直す。

「けれどあんた、息子がここに来るなんて、この町の人間でもないおじさんの言うことをよく信じたな。」

「まあね。シュウイチさんは・・・、僕の命の恩人だから。」

「おじさまが、命の恩人?」

「うん。君たちは、これから星見ケ丘に行くんだろう?」

「む!?おじさんが言ってたのか・・・。」

  ――オレが相談したのは、おじさんが外界から戻ってきたとき・・・。

 つまり、順番がおかしい。いや、逆だと言うことに気付く。なるほど、オレが知るずっと前から既に知っていたということであろう。そして、オレがそこに行くと言い出すことも。

 タクミは、オレが呟くように発した言葉に、小さく頷く。

「・・・うん。・・・シュウイチさんは・・・、僕を、その星見ケ丘から、()()()()()()()()。」

「えっ?()()()()()()、ってどういうことかしら?」

 悔しくて、眉間にシワがよる。けれど流石おじさんと思うと、口元の端は自然と持ち上がる。


「・・・少なくとも、おじさんはオレが旅立つ決心をする前から、既に星見ケ丘の存在を知っていて、しかも行ってやがったってことだな。」

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