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ふたりきりの空

2019/05/20現在、ストーリー修正中。

2019/05/26現在、加筆修正。

 オレが旅立ちを決意した、夕方のことだった。いつユキナに話すべきか。いつ、おじさんに話すべきか。そんなことを考えながら、広場のベンチにぼーっと腰かけていたのだが、色々と考え込んでいたら、いつの間にかカラスが鳴くような時間になっていた。夕焼けで、少し顔が火照っていた。


「・・・帰るか。」

 オレは、そう一人で呟いて、踵を返し、広場を後にしようと思ったときだった。


「カズマく――んっ」

 少し遠くから、いつもの調子で、美しい音色の様な声が聞こえてきた。

 聞き間違えるはずもない、ユキナだった。


 ユキナは買い物帰りなのか、少し大きなカゴを腕に下げていた。そして、少しだけ早歩きでトタトタとこちらに辿り着くと、疲れた感じではないけれど、ふぅ、とため息をついて、そしてオレの顔を見上げると、微笑みながら問いかけてきた。

「どうしたの、広場に1人でいるなんて。何かしてたの?」

「ちょっと考え事してた・・・。」

「・・・珍しい・・・。」

 ――珍しいか?

「そうか・・・。」

「あははっ、冗談だよっ、冗談っ!」


 よく分からん・・・。そんなことを思っていたせいで、オレは少し呆れたような顔をして、口をポカンと開けてしまった。そんなオレの顔が面白かったのか、ユキナはまたクスクスと口に手をやり笑っている。

 けれど、ふと笑い声が止まったのでユキナの顔を見ると、少しだけ真剣な瞳をしていた。

「ねえ・・・、少しいい?」

 何か困ったことでもあったのだろうか。

「いいけど、大丈夫なのか?買い物帰りなんだろう?」

 そんなオレの問いかけに、特に気になる素振りも見せず

「ん?いいから、いいから。よいしょっと。」

 と、ユキナはオレの横に腰を下ろして、オレとは反対側の位置に買い物カゴを置いた。

 ふぅ、と、ユキナはまた、ため息をついた。その横顔が、夕焼けで火照っていて、少し色っぽくさえ見えていた。

 けれど、何処か物憂げで、そして悲しそうに、オレには見えた。



「ごめんね、こんな時間に。」

「いいよ。どうせ、珍しく考え事してただけだし。。」

「あー。さっきのまだ根に持ってるっ。もうっ」

 ユキナはプリプリと怒りながら、肩をポカポカと叩いてきた。

「あぁ、悪かったよ。それで?」

「あ、うん。というか、カズマくん本当に大丈夫?もう、帰るところだったんでしょう?」

「・・・まぁ。オレは構わないけれど。」

 ――今、おじさんは外界に出ている。つまり、今日は"秘術"の訓練も無いし、それはいつ何時帰ろうとも一人であり、そこに何も変わりはないのだ。


「それで?どうかしたのか?」

 あくまで冷静にそう聞いて、ユキナの横顔を改めて見る。

 するとユキナは、反対に視線を遠くに移すと、ふぅとため息をついてから、ポツリと話し始めた。


「うん・・・。なんかね、最近・・・、疲れたっていうのかな?ほら、私、なんか色々言われてるから・・・。変に期待されてるっていうか。」

「期待・・・。」

「そう・・・、期待。特に親・・・おばさんからね。器量のある人間になりなさい、寛容な心を持ちなさい、女なら、立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花って。」

「そんなにか・・・。」

「うん・・・。そんなに、なんだよ。他にも色々あるよ?身だしなみは常に整えなさい、謙虚な姿勢を忘れないようにしなさい、気配り上手になりなさい、賢くなりなさい、って。」


 ――なるほど。それは確かに疲れる。そこまで言われているのは知らなかったのだけれど。

 ・・・というか、普通――、そこまで言うか?


「ははは・・・。ね?疲れるでしょう?」

「あぁ・・・そうだな。」

「けれど、ちゃんと育ってほしいって、想ってくれているって、考えると、何だか期待を裏切れなくて・・・。」

「・・・そういうものなのか。」

「うん・・・、たぶんだけれど。」

「そうか。」

「まぁ、退屈だよね、こんな話ししても・・・。ごめんね?」

 ユキナは、また少しため息をつくと、先程よりは少しだけ安堵した表情で、けれど少し困ったような顔つきで、軽く微笑んだ。


 ――けれど、そう言った親の期待が、いつの間にか村の大人たち全員に伝染し、そしてその子供たちに伝染し、里に伝染したのだろう。ユキナは、ただ必死に親の期待に応えて、そうやって毎日、少しずつ心を削りながら・・・。


「・・・なぁ、ユキナ。」

「ん?なぁに、カズマくん。」

 ――心を毎日削ってまで、親の期待に応える必要があるのか?お前が本当にやりたいことは何だ?色々、思うことも、言いたいことも沢山あったけれど。


 一言だけ。

「ユキナはユキナなんだから、あんまり、抱え込みすぎるなよ?」

「うん・・・、ありがとうっ。」

 心にあった色々なものを吐き出して、少しは心が晴れたのか、ユキナの大きな瞳は、少しだけ濡れて光っているのか、いつもより一層、大きく見えた。

 その後、しばらくユキナはうつむいたままだった。

 オレは、どうすればいいのか分からず、何も言わず、ただ横に座って、空を見上げることしか出来なかった。


 それから、どれくらい空を見上げていただろう。いつの間にか辺りは、先程までの夕焼けから、薄闇に変わってきていた。

 ――そろそろ、ユキナを家に帰さないと・・・。家も隣だし、送って帰ろうと声を掛けようとしたときだった。

 ユキナが、この沈黙を破って空を見上げた。

「ふぅ―っ!すっきりしたっ!!」

 とても快活に、そして爽やかに。けれど、愛らしい声でそう言ってから、ピョンっと立ち上がる。

「なんか、少し暗くなっちゃったね。そろそろ、帰ろうかっ。」

 ――オレはともかく、ユキナはカゴに色々入っているけれど、本当に帰らなくて大丈夫だったのだろうか・・・。


「あ、あぁ。もういいのか?」

「うん、ありがとう。少し、元気出た。」

 ユキナはそう言って、軽くウインクをすると、少し照れくさそうに微笑む。

 元気が出たなら、ひとまずは良かった。


「いや――、ごめんね。おじさん、待ってるんじゃない?」

「大丈夫だよ。」

「どうして?」

「あれ、言ってなかったか。今おじさん、外界に出掛けているから。暫くは一人なんだ。だから何時に帰っても問題ないだろう?」


 一人で気楽に飯を食らい、一人で気楽に風呂に入り、眠くなったら寝る。本当に、特に何の問題もない、本日の予定である。そう思い、特にこれと言った感情も乗せずに話してユキナを見やる。

 けれど、何やら頭痛を堪えれるように、人差し指でこめかみを押さえていた。


「・・・それ、余計に早く帰って、夕飯の支度をしなくちゃ行けないのではないかしら・・・っ」

 こめかみを押さえていたゆびをそっと離してから、けれどユキナは呆れた表情でこちらを伺っていた。


「夕飯なんて、あるものを何でも食べるって。だから、特に困ることはないのだけれど・・・。」

「何でも食べるって、何かあるの?」

 ――あったかな。ないかも・・・いや、たしか・・・。


「う―ん、パンが一切れあったよ。」

「夕飯がパン一切れ!?」

「あ、あぁ。」

「はぁ・・・。」

 ユキナは、とても大きなため息をつきながら、またこめかみを押さえる。


「悪かったな・・・。けれど、普通そんなもんだよ。自分で作ったりしないし。」

「あなたねえ・・・。」

 そう言って、ユキナは眉をひそめた。

 ――何故、オレは自分の夕飯について、ユキナに言われているのだろうと、ふと考える。


 けれど、これはオレの夕飯であり、ユキナの夕飯ではない。だとすれば、何故、ユキナにこの夕飯について責められているのだろうか。甚だ疑問である。


 そんなことを考えていると、いつの間にかユキナは、オレの目の前までやってきていて、そして顔を近づける。

 眉をひそめたままのユキナの瞳は、この薄闇でも、綺麗に輝いている。けれど


 今度は何を責めてくるのだろう。

 いや、攻めてくるのか?

 風呂の時間か、歯磨きか、いやはや、寝る時間かもしれない。


 そう思った矢先だった。

 先程のしかめっ面から、すっかり変わって、今度は笑みを浮かべながら囁く。


「今日の夕飯、わたしが今から作ってあげる。カズマくんちに行くわっ。」

「・・・。何――!?」

 まさかの、ユキナ本人がうちに攻めてくるという、責めだった。

 ――というか、待て待て!いいのか?それは確かに昔はよくうちに来ていたけれど、最近はめっきり来なくなって久しい。というか、それだけ厳格な親が、許すはずはないと思うのだけれど。


「いや、それいいのか?絶対、おじさんとおばさんに怒られるやつだと思うのだけれど。」

「ん?大丈夫っ。うちも、今日おばさんいないからっ。」

「え・・・。」

「遅くまで話しに付き合ってもらったしね。それじゃ、あとでそっちに行くから!」

 そう言って、ユキナはイスからカゴを取って踵を返すと、早々に家路についた。


 ――あれ。これから夕飯を作るって、つまり、だとすればオレはユキナと夜に二人きりで、しかも今日はおじさんもおばさんもいない――。


 何だろう・・・。何時にもなく・・・、そわそわしてくるこの感情を、今は抑えることが出来ない。

 けれど、いや、ユキナのことだ、あくまで幼馴染として、だと思う。あいつに限って他意はないはずだ。けれど、それはともかく。


「旅立ちの前に、この気持ちはヤバい気がするな・・・。」

 誰も聞いていないであろう、独り言を呟き、オレも家路についた。



 ユキナの後を追うように、足早に帰宅してすぐ、いの一番にやるべきことがあった。もちろん、部屋の片付けである。


 足の踏み場もない部屋など、男の一人暮らしでは、よく聞く話であるが、共に暮らしているおじさんが暫くいないだけであり、この状況の言い訳としては、何の価値もない台詞である。


 更に幼馴染みが、ひいては女の子が来るのであれば、綺麗にしておきたいと思うのが男心であろう。


 などと考えていても仕方がない。全く使っていない台所はそのままでいいとしても、せめてリビングくらいは何とかしないといけない。


「ユキナが来るまで、そんなに時間はない。急ごう。」


 本当に一人で独り言を呟き、片付けを始めたが、時間は矢のように過ぎていった。

 それでも、何とか部屋の片づけを済ませた。

 ――ひとまず、見回す限りは片付いた。

 と肩を撫でおろしたときだった。


 ・・・こんこんっ


 ドアを叩く音と共にユキナが玄関の扉を開けると、ひょいっと可愛い顔を覗かせた。

「カズマくん、入っていい?」

「あぁ、どうぞどうぞ。」


 入っていい?の一言に普通に返事をしたけれど、はたして玄関の扉を開けて顔まで覗かせては、もはや最初のノックの意味は何だったのか、と解いてみたくなる。


「お邪魔しますっ。ごめんね、少し遅くなっちゃった・・・。」

「いや、大丈夫。丁度片付け終わったところだったし。」


「・・・散らかってたの?」

 ――しまった、つい口が滑った・・・。

 ユキナは、玄関で靴を脱ぐと、丁寧に揃えてからこちらに向きなおる。ゆっくりと部屋を見渡すと、少し微笑みつつも、オレの顔を見て軽くため息をつく。


「もぉー。おじさんが今居ないからって、散らかしちゃ駄目だよ?」

「そ、そうだな・・・。今度から気を付けるよ・・・。」

「それ、絶対気を付けないやつ・・・。」

 ユキナはジト目で、呆れた様にこちらを見る。思わず、オレは顔をそらして、ついでに話題もそらす。

「ま・・・まぁ、いいじゃないか。ひとまず座っててくれ。急いで一通りの調理器具を用意するから。」

「あ―、いいよいいよ。私もやるから。」

 そう言って、ユキナは横に並んでフライパンやら鍋やらを手際よく取り出す。

 ――あれ、今直しているところを教えたっけ・・・。


 あまりにも自然な行動に、驚くことすら忘れてしまい、少し考えてしまう。このとき思ったことが顔に出ていたのか、ユキナは口元に手をやり微笑む。

「ふふっ。どうして分かったの?って感じの顔をしてるよっ。」

「あ、あぁ。」

 ――エスパ―かこいつ・・・。


 微笑んでいる姿が少し前かがみになっているせいか、ユキナはいつもより上目遣いでこちらを見ている。

「だって、昔から変わってないよ。調理器具を置いている場所。」

「そうだっけか・・・。」

「うん。カズマくんは、お料理しないから、きっと覚えてないんだよ。」

「まぁ。それは確かに・・・。否定はできないけれど。」


 よく考えれば、同じ人間が、同じ部屋で、同じように毎日使っているものであれば、普通そんなに置き場所を変えたりはしないであろう。だから、オレだってよく思い出せば、確かに調理器具の場所は古い記憶の場所と一致する・・・はずである。


「じゃあ、ささっと作るから。カズマくんは、お皿でも用意してて。」

「はいはい。」


 言われるがままに、オレは皿を用意するために食器棚へ足を運ぶ。久しぶりに開く食器棚の扉のガラスをよく見ると、ガラスの奥に映ったユキナの後ろ姿を見える。甲斐甲斐しく準備をしているユキナの後ろ姿は、ガラス越しでもその可憐さがにじみ出ていた。


「あ、そうだ。」

「ひゃい・・・!」

 ガラス越しのユキナに見とれていたオレは、ふいに声を掛けられて、すっとんきょうな声を上げてしまう。


「ん?どうかした?」

「いや、何でもないです・・・。で、どうした?」

「少し遅いし、簡単なものでもいい?」

「作ってもらえるんだ。何だって喜んで食べるさ。」

 その瞬間、ユキナは不満そうに、ふてくされた顔をすると、両手を腰に当てて、こちらを軽く睨む。

「・・・それ、なんかちょっとバカにされてる気がする。」

「何・・・だと・・・?」


 ――普通に、思っていたことを伝えただけなのだが・・・。

 何故不満そうな顔をしているのか、理解出来ずに首をかしげていると、ユキナは少しだけ眉をひそめる。

「言っておくけど、それ、誉め言葉でもなんでもないからね・・・っ。」

「え、そうなの?」

「いいよもう!っていうか見てなさいよ!簡単でも美味しいんだからっ!覚悟してよねっ!?」

「いや、だからバカにしてないって・・・。」

 台所に向かうユキナに、オレの声は既に届いていなかった。

 ――やれやれ。昔から、すぐムキになるな。出会った頃は泣いてばかりだったのに・・・。


 本当に、出会った頃は泣いてばかりだった。恐怖と、絶望の毎日に怯える毎日だったから。それが今では、ちょっとした一言にムキになり、怒って、ともすれば笑ったりと、様々な表情を浮かべている。


 ――けれど、自分のことのように、嬉しい・・・。これからは――、もっと・・・。


 食器を出し終えて台所に置いてから、敷いている座布団にゆっくりと座ってそんなことを考えていたら、何だか意識が遠のいてきた。


 遠のく意識の中で、鼻歌を唄うユキナの姿が、子供の頃に見たお袋と被って見えた。



 どれくらい経ったのだろう。そんなに時間は経っていないと思う。はっと起き上がると、いつの間に羽織っていた上着が、肩からズレる。

 ――寝てたのか・・・。

 霞がかかった視界が気持ち悪く、瞼を擦ってから、改めて辺りを見回す。すると、テーブルの向かい側に、ユキナが頬杖をついて、微笑を浮かべながらこちらを見ていることに気付いた。


「あ、起きた?くすっ、おはよう?」

「お・・・おはよう・・・。すまない・・・、寝てしまった・・・。どれくらい寝てた?」

「そんなに寝てないよ。30分くらいかな。」

「そうか・・・。」

「ご飯出来てるよ。食べる?」

「・・・そうだな。頂くよ。」

「じゃあ、持ってくるね。」

 よいしょっと言いながらテーブルに手をついてから立ち上がり、台所から料理を持ってくる。どうやら、オレが起きる前に何もかも用意していたらしい。


 テーブルに置かれた料理は、「簡単に作る」と言っていた通り、白ごはんと並べられたおかずは、シンプルにハンバーグ一つだった。けれど、少し大きめのお皿に置かれたハンバーグを囲うようにカラフルな野菜が並んでおり、シンプルながらも、食卓に彩を与えていた。まだ出来上がってからさほど時間も経っていないせいか、近くにあると、より一層食欲をそそる良い匂いが鼻を刺激する。


「おぉ!ハンバーグ!」

「カズマくん、ハンバーグが好きって聞いてたから。」

「なっ・・・!いったい誰がそんなことをっ!?」

「え、おじさんが言ってたよ。」

「何っ・・・。」

「『あいつはハンバーグが好きだから、昔はケンカしたら、夕飯はいつも仲直りのためにハンバーグだった』って。」


「おじさん・・・。」


 ――何故ユキナに・・・。オレの恥ずかしい過去を・・・。


「いいじゃない?アキトくんのおかげで、こうやって私も作ってあげることが出来たんだし。」

「まぁ・・・、そうだな。」

 確かに、今はおじさんに感謝すべきかもしれない。こうして、ユキナの手料理を、しかも大好物のハンバーグを食べることが出来るのだから。


「いただきます。」

「はい、召し上がれっ。」

 オレは、ナイフとフォークを手に取り、目の前のハンバーグに目をやる。気が付くと、ユキナはナイフもフォークも手に取らず、じーっとこちらを見ていた。


 ――これは、オレが食べて感想を言うまでこっちを見るのか・・・。


 可愛い顔でこちらを見ているものだから、少し照れてしまい、目を背けるように改めてハンバーグを見やってから、ハンバーグを抑える。するとどうだろう、フォークに押し出されて肉汁がじんわりとあふれ出す。はたしておじさんがいつも作ってくれたハンバーグにこんな演出は無かった気がする。いつもと違うハンバーグを、ナイフで切って、それをゆっくりと口に運ぶ。すると、まぁ何ということでしょう。口の中全体に牛肉の旨みが広がって、少し大きめに切られている玉ねぎの甘さも混じり、自然と顔がほころぶ。

「・・・うまい。」

「本当?嬉しいっ。」


 オレの言葉を聞いて安心したのか、ユキナも自分の料理に手を付け始めた。



 美味しさのあまり、あっという間に食べ終えたオレは、ずずっとお茶を飲み干してから、一息つく。

「ふぅ・・・。うまかった!ごちそうさま。」

「食べるの早いわね・・・。もうちょっと、ゆっくり食べた方がいいよ?」

「うまかったから、ついな。」

 まるでお袋のような指摘をするユキナに、冗談でウィンクをすると、彼女は柄にもなく頬を染めてから、口ごもる。


「え・・・。う・・・、うん。」

 ――冗談、だったのだが。

 少し照れ臭そうに俯いたユキナを見て、こちらもなんだか照れくさくなって俯いてしまう。

 それから、暫く経ってユキナもご飯を食べ終わり、両手を身体の前で合わせる。

「うん、ごちそうさまっ。」

「助かったよ。パン一切れの予定だったし。」

「そこは、ちゃんと考えておいた方がいいと思うけれど・・・。毎日そんなんじゃ栄養失調とかになるかもだし。」


「そうだな・・・。」

「・・・あ、そういえば・・・。」

 ユキナは、ふと表情を曇らせる。その表情が心配になり、少し真剣な面持ちでユキナを見つめる。


「どうした、ユキナ?・・・いきなり心配そうな顔をして・・・。」

「うん、ほらカズマくん、まだ外界のこと探っているんだよね?」

 どうやら今のオレの日々の行動と、ユキナにその報告をしていることについて、思うことがあるようだ。


 ――確かに、丁度良い機会かもしれない。

 今日は旅立ちの決意をしたことを報告しなければならないのだから。

「あぁ。探っているよ。」

「この里のこと、嫌いなの?」


「いや、嫌いではないよ。生まれ育った町だし。けれど・・・。」

「けれど?」

「・・・これは、ここだけの話しにしておいてくれ・・・。」

「え・・・、う、うん。」

「里の大人たちは、生きているだけって感じの・・・いや、むしろ生きているだけのオレたちを望んでいる声もある。」

「・・・それ、どういうこと?」

 ユキナは少し怪訝な顔をして耳を傾けていた。

「それは・・・。」

 オレは、昔おじさんに聞いたこの里のもう一つの顔についてユキナに話した。

 心のない・・・"無"のまま、残りの余生を過ごしたいと考えるヤツらの存在を・・・。

 そして、いつか闘うときのために、おじさんから"秘術"を習っていることを・・・。


 それを聞いたユキナは、戦慄していた。

「・・・そんなことが・・・。この里で・・・。」

 ――別に、里の皆が悪いなんてことは思っていない、本当に悪いのは里を襲ったやつらだ。そして、それを忘れられない人間が、目の前にいる。


 子供の頃、オレはユキナを守るって約束したから。オレはまだ、その約束を果たしていないから。オレは、この里にいるだけでは駄目なんだ。だから・・・。


「あぁ。このまま、この里にいたって世界は何も変わらない。だから、オレは里の外を旅してみたいって、思ってる。」

「里を出て旅を・・・。」

 ユキナの表情がまた少し陰りを見せたように見えたが、オレは話を続ける。


「あぁ。それに、今も空にある外殻。オレは・・・いつか、あれを何とかしたいって、思っているんだ。」

「空の・・・外殻を・・・何とかって!?」


 それを聞いて、ユキナは勢いよく立ち上がると、目を大きく開いて声を張り上げた。

「あなた、あれを何とかしようと思っているの!?あんな何十年も前から、この国の人がずっと放置しているようなものなのよ!?」

 ――そう、何十年もそのままになっている。けれど、それならば尚更、この里の人間がなんとかしなくてはいけないはずだ。だから。

「だからだよ。このままずっと、人工の光に頼って生きていくなんて、嫌じゃないか?」

「それは・・・。そうかもしれないけれど・・・。でも、私は反対だわ、一人で何とかなるレベルではないと思うし・・・。」

「確かに一人では限界があるかもな。」

「そうだよね。なら・・・。」


「けれど、取っ掛かりさえ見つけてしまえば、きっと出来ることは見つかるはずだ。それから、あとは仲間を作る。この里でもいいし、外界でもいい。」

「仲間・・・。」

「あぁ。そうすれば――。」

 ――いつか、ユキナを本当の意味で守ることが出来ると、オレは信じているから。今はまだ無理でも、いつか必ず、この世界を変えてやる。

 思わず力を入れて話していたが、ふとユキナに目をやると、先程まで怒っていた表情から一変し、今度は少し憂いを帯びた瞳をしている。

「ねぇ、カズマくん。」

「・・・どうした?ユキナ。」

「その旅に・・・。―――。」

 最後の方がよく聞き取れなった。

「すまない、最後の方をもう一回言ってくれ?」

「え・・・。あ、いいよ、いいよ。大した事言ってないから。」

「そうなのか?気になるけれど・・・。」

 少し動揺したのか、ユキナはオロオロとしながら言葉を紡ぐ。

「あ、えーっと、カズマくん、目がキラキラと輝いていて、まるで星空みたいだなって・・・。」

「・・・え?」

「あ、あれ!?あ・・・!ううんっ!なんでもない!」

 いきなり詩人のようなこと言ったユキナは、顔を赤らめながら、何度も首を横に振った。そして、誤魔化すように、おもむろに食器を手に取ろうとする。


「さ、片づけましょ。・・・あっ!」

 慌てて、食器を取ろうとしたからか、ユキナはバランスを崩して転びそうになる。


 オレは急いで駆け寄り、左手でユキナの左手を引っ張って身体を引き寄せる。右手で腰を支えながら、ユキナの顔を見つめると、少し恥ずかしそうにこちらを見ていた。

「ご・・・、ごめんなさい。ありがとう・・・。」

「全く、()()()()()ドジだなぁ、ユキナは。しししっ」


 その瞬間、ユキナの顔が目の前で火が付いたように真っ赤になった。けれど、どこか嬉しそうに瞳を輝かせて小さく唇を動かす。


「相変わらず・・・か。」


 その顔が、見たことないくらい可憐で、思わずこちらまで顔が熱くなるのを感じる。このまま、顔を近づけ、その唇に触れたくなる衝動に駆られるが、オレを信じて部屋に来たであろうユキナを裏切るわけにはいかない。オレは急いでユキナを立たせようとユキナの腰から手を放そうとする。


「あっ・・・。」

 と、ユキナが変に艶のある声を上げたと思ったら、オレが手を放そうとして更にバランスを崩したのか、右手に体重がかかる。


「危ないっ!」

 思わず叫んで、ユキナの身体を思わず力強く引き寄せしまったため、勢いそのままに抱きしめてしまう。

「・・・。」

 ユキナは沈黙したまま腕の中にいた。心臓が張り裂けるのではないだろうか。その様な錯覚を覚えるほど、この心臓の音がユキナに届いてしまうのではないかと思うほど、この鼓動を、この音を止めることが出来なかった。


 ――というか、これだけくっついていれば絶対バレてるな・・・。

 そう思った瞬間に、腕の中いるユキナが声を漏らす。

「・・・ドキドキしてるの?カズマくん・・・。」

 その、いつもより、艶のある声に更にドキっとするが、無駄であろう去勢をはった。

「・・・してない――。」


 その瞬間、ユキナはそっと手でオレの身体を押しながら、ゆっくりと離れる。手を伸ばせばまた抱きしめらる距離のまま、ユキナが上目遣いにこちらを見つめると、頬を赤らめたまま、少し意地悪な笑顔で返事をした。


「・・・ウソつきっ。」


 もう薄闇は、夜に変わっていた。

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