想い出
2019/05/26更新
「もう、あれから2週間経つのか。時が過ぎるのは早いのう」
唐突に、お爺さんのような言葉遣いで、たいしてそうは思っていないであろう独り言を呟くのは、龍族の里から飛び出し、世界に星を取り戻すことを夢見て、暗黒の世界へ旅に出たカズマだった。
カズマは、共に旅をしている3人に向き直ると、何かを待っている顔つきで様子を伺ってる。
1人は呆れた顔で完全に無視を決め込み、1人は少し困った顔で微笑を浮かべていた。
そして残りの1人は、他の二人と違う笑顔をカズマに向けていた。
その1人はニコニコしながら、カズマに近付くと、彼の頭を撫でながら、愛らしい声で話しかける。
「なにそれ?おじいちゃんみたい♪かわいい―――。よしよしっ」
少女の言葉を聞いて、カズマは少しだけ不機嫌な表情になり、撫でる手を軽く払ってからまた呟く。
「いや、別にかわいくはないだろ・・・。オレ男だし・・・」
そんな不機嫌な表情のカズマに全く構う様子もなく、そして自信満々の笑みを浮かべながら、少女は快活に答える。
「そんなことないよ?カズマはかわいいよっ!」
この少女は、3週間前、星見ヶ丘で倒した町長であるところのヒョウドウ、彼の実の子供である。
名前は・・・
「それじゃあ、ミキはおばあちゃんになりますっ。」
である。
「おじいさんや~、それは言わない約束でしょ~」
と、いつも通りゆっくりな口調で、いつもより少し低い声で、けれどいつも通り愛らしい声でカズマに言葉を返す。
そんなミキを見て、カズマは口の端を少し上げると、軽く微笑みながら答える。
「ミキさぁ・・・。そこは"でしょ~"ではなく、"じゃよ~"とかの方がおばあちゃんぽいと思うのだけれど。どうだろう?」
ミキは、何かに気付いた様に少し跳ねてから、けれど今度はこちらが少し不機嫌な表情を浮かべてから、カズマに答える。
「ミキおばあちゃんはこれでいいの―――!」
ぷんすかと怒っているミキを見ながら、カズマは笑ってから言う。
「なんだよそれ、逆ギレかよ。ははっ」
と、少しよく分からない談笑をしている二人の後ろで、頭が痛くなってきたのを感じている少女が1人。
「あの子たち、あんなことをしていて何が楽しいのかしら・・・。全く理解できないのだけれど。」
思っていたことを口に出して、更に痛くなった頭を誤魔化すように、こめかみを右手の人差し指で押さえながら言った。
彼女は、頭痛の原因カズマと、二人で龍族の里から飛び出した少女ユキナ。
二人の会話に全くはいらず、むしろ、カズマが変な話を振ってきた時点で完全に無視を決め込んでいたこともあり、ただ、見てはため息をつくばかりであった。
「まぁまぁ、おさえておさえて」
ため息をつくユキナに、少し言葉を探すように、けれどこの暗闇には似合わないくらいの爽やかな青年が、両手を広げながらゆっくりとなだめる。
彼はタクミ。ミキと同様、3週間前、星見ヶ丘で倒した町長であるところのヒョウドウ、彼の実の子供である。
そして、ミキの兄でもある。
ユキナは、そんなタクミを軽く睨むと、目線を外してから首を振り、今度はカズマとミキをキッと更に強く睨む。そして、またタクミに向き直ってから改めて口を開く。
「まぁまぁって・・・あなたねえ・・・。カズマと一緒になってあなたの妹もどんどん変なことになってきているのよ!?それでいいのかしら!!?・・・私は、とても・・・、良くないと思っているのだけれど・・・。はぁ・・・。」
色々思っていたこともあったのか、ユキナは色々な感情が混じった中で一気に話して、けれど話しているうちにどんどん力が無くなっていき、それでも言葉を紡ぐ。
そういうふうに、興奮したり落ち込んだり、結局少し肩を落としてしまったユキナを見て、相変わらず少し困った顔で微笑を浮かべるタクミは、いつもより少しだけ口の端を上げてから、やはりユキナをなだめるように話し出す。
「まぁいいんじゃないかな?二人とも元気な証拠だし。カズマは3週間前に倒れたとき3日も眠っていたんだし、妹のミキは父さん・・・ヒョウドウに拘束されながら生きていたけれど、ああやって、笑っていられること自体、兄の僕としては嬉しい限りだよ。」
そう、諭すようにユキナに声を掛けながらも、タクミ自身はどこか遠くを見ているような、定まらない視線をしている。
そんなタクミを見て、ユキナは落としていた肩を上げると、軽くため息をついて、本人も知らず知らずのうちに微笑みながら、ゆっくりと答える。
「そういうあなたも、出会った頃とは随分変わったわ。」
「そうかな?でも、最初会ったときは2人は兄弟と思っていたけれど、今はデ恋人さん同士みたいに仲が良いよね。」
その言葉を聞くと、ユキナはりんごのように耳まで真っ赤になる。そして真っ赤な顔のまま、少し涙ぐんだ瞳でタクミを睨むと、思いっきり顔を殴ってからオロオロした声で話す。
「なななな何言っているのかしら!?私たちは別にそういう関係ではないのだけれど・・・。というか、タクミ、あなた勝手に勘違いしないでほしいのだけれど!?私は・・・確かに、カズマのことが・・・ごにょごにょ・・・だけど、別にそれと今回の旅は関係ないんだからねっ!」
そんなことを早口で喋っているユキナであるが、その拳がぎゅむっと顔にめり込んだままのため、タクミは何も答えることは出来なかった。
おそらく全く気付いていないであろうユキナの拳を、タクミは自分自身で首を後ろに引っ張ってから、ポンっと顔にめり込んだ拳を引っこ抜いてから、こちらも拳の痛みで涙目になりながらも答えを返す。
「いたた・・・。分かっているよ。 少しからかっただけだというのにヒドい仕打ちだよ・・・。」
顔をさすりさすりしながら、タクミはユキナを見やる。
「全くは、こちらの台詞なのだけれど・・・。」
まだ少し顔が赤いユキナは、なんとか冷静さを取り戻しつつもタクミに答える。
そこに、気配を殺して近づいてきたカズマが、ユキナの後ろからひょいっと顔を出してから唐突に聞いてみた。
「何の話をしてんだ?ユキナ?」
「きゃあああああああああああああ!!!」
先程の冷静さは露と消え、またりんごのように耳まで真っ赤になったユキナは、聞いたことのないような大声で、けれど、どこか可愛らしい声で叫んだ。
「何だああああああああ!!」
その声につられて、カズマも思いっきり大きな声で叫ぶ。
そして、また真っ赤な顔のまま、少し涙ぐんだ瞳で今度はカズマを睨むと、思いっきり顔を殴ってからオロオロした声で話す。
「変なタイミングでいきなり入ってこないで!!」
そんなことをまた喋っているユキナであるが、やはりその拳がぎゅむっと顔にめり込んだままのため、カズマは何も答えることは出来なかった。
カズマもまた、首を後ろに引っ張ってから、ポンっと顔にめり込んだ拳を引っこ抜いてから、やはり先程と同じように、拳の痛みで涙目になりながらも答えを返す。
「・・・?なんかよく分からんけど、悪かったよ・・・。けれど何の話をしていたんだ?全然聞いてなかったんだけれど・・・。」
ユキナは、聞いていなかったことに安堵しつつも、なんとか冷静さを取り戻しつつ、けれど顔はまだ少し薄紅色のままカズマに答える。
「何でもないわ・・・。いえ、というか故郷の話をしていたのよ。私たちの故郷の話しを。」
まぁそういうことにしておくか、と言わんばかりの上から目線のため息を、ユキナに聞こえるように吐いたカズマは、その話しに乗っかることにした。
「そういえば、あいつら。元気にしてるかな・・・」
「・・・そうね、どうかしら・・・。」
そう里、まだ幼かったあの頃、皆でよく言っていたあの勝負を、カズマはふと思い出していた。
//*****
遡ること数年前。
それはカズマやユキナが、まだ本当の世界を知らない頃の話し。
何も知らず、純粋で、純真で、そして龍族の里が平和だった頃。
里の誰もが思っていた、平和で、平穏で、そして空は、いつもの通りの空だった。
「なぁ、誰がユキナをお嫁さんにするか、勝負しようぜ!!」
今思えば、他愛もない、だとすれば何の意味もない、勝負の基準としてはあまりにも不躾な、子供の戯れ言だった。
龍族の里の小さな広場で、いつもそんな話をしていた四人の男の子がいた。
そう、いつもこの勝負を言い出すのは、決まってイチヨウという少年だった。そして。
「よっしゃ―――!やってやるぜ!!」
と、イチヨウが言い出すこの勝負に、いつも乗っかってくるはニスケという少年であり、そして。
「おうともよっ!!」
と、ニスケのあとにいつも言葉を続けるのはミツアキという少年だった。
まずはこの三人が、いつもはしゃぎ回り、けれどそこに、勝負をしないという選択肢はやはりなかった。
誰が勝つのか、誰が負けるのか、誰も選ばないのではないか?もしかしたら全員を選ぶのではないか?
少年たちは、まるで繋がっていない会話を繰り広げるのだ。
そして、暫くの後、皆がある少年を思って口に出すと、途端に空気が変わるのだった。
「けれど、結局は、やっぱり、あいつかな?」
ふと、いつもの調子と違う気持ちの落ちた声で、ミツアキがぼやいた。
「あ―――。あいつは、すごいヤツだからな。」
そして、すぐにニスケがその意見に激しく同意した。
「ちぇっ・・・。あいつかぁ・・・。」
最後に、イチヨウが軽く舌打ちをするように、口を開くのだった。
しきりに”あいつ”と口を揃えたと思えば、そこで唐突に、イチヨウたちの会話は止まってしまった。
唐突に会話をやめてしまった3人は、お互いに顔を見やると、少し表情を曇らせてから、揃えてため息をするのだった。
そんな3人を見ていたが、ふと視線を外し、どこか遠くを見るように、口を開けた少年がいた。
「アキト・・・か・・・。」
そう呟いた少年は、当時、まだ幼かったカズマだった。カズマは、皆が”あいつ”と口を揃える少年の名前を、何か考え込むような口調で、けれどはっきりと口に出した。
そんなカズマを見て、少し怒っている様な、拗ねている様な、けれど少し恐れている様な、そんな表情で、3人の少年は反論した。
「なんだよ、カズマ。名前を出すなって・・・。名前を聞くと更に勝てる気がしなくなるじゃんか。」
「そうだそうだ。名前を出すなよ。」
「ちぇっ・・・。そうだぜ。」
そう反論されたカズマは、イチヨウたちを全員見やってから、少しだけ呆れた顔してから答えた。
「お前ら・・・、そんなことでいいのか?勝負するんじゃなかったのか?ユキナをお嫁さんにするために。」
その言葉を聞き、ニスケとミツアキは、二人揃って、勝負と言い出したイチヨウの方を向いた。
少しオドオドし始めていたイチヨウは、さっきまでの威勢はどこ吹く風か、弱弱しく口を開いた。
「そ、そうだけど・・・。ア、アキトは本当にスゴイヤツだから、あいつが入るとさあ・・・、おれたちなんて勝ち目があるわけないよ・・・。」
そんな、尻すぼみな答えを聞いて、ニスケも、ミツアキも、そして言った本人であるところのイチヨウも、がっくりと肩を落とした。
それを聞いて、カズマは悲しい気持ちと、そして憤りを感じ、勢いよく立ち上がった。
「勝負する前から諦めんなよ!」
カズマは子供たちに言いつつも、それ以上に、自分自身に言い聞かせるように、とても強い口調で言い放った。
「わかったから、そんなに怒鳴るなよ・・・。」
イチヨウがそう言うと、それとなく3人は解散し、それぞれ帰路に着いていった。
カズマは、そんな3人を眺めながら、強く言い過ぎたことにも後悔して、そして自分自身の、ユキナへの想いを改めて自覚して、広場に1人座り込んでから、顔を赤くしていた。
それ程、様々な想いが交差する程に、当時のユキナは、異性からも、同性からも、村の全員から、好かれている女の子だった。
そして当時、そんなユキナの相手に相応しい、ユキナ自身がきっと「お嫁さんになるなら、この人がいい。」と、言うであろうと、思われていた人物。
そう、序盤でカズマ割愛した、一番有力と言われている少年が、アキトだった。
幼い頃から、とても爽やかで、この里では珍しい、淡く金色に光る綺麗な髪で、吸い込まれるような深紅の瞳は、まるで宝石を見ているような輝きだった。
頭もよく、そのくせ傲りもなく、異性からも同性からも、彼を好きと言う者は多かった。言ってしまえば男版のユキナと言って問題ないくらいの男の子だった。
イチヨウたちが口を揃えて、"あいつ"というのは、ひがみ以外の何物でもなかった。
誰からも好かれ、けれどユキナを好きな同性からはやっかみを受け、だとしても里の大人たちには文句の一つも言わなかった。
けれど、そんなアキトが、同性で、唯一心を許している人物がいた。
「よう、カズマ。また、ユキナのお嫁さん争奪戦"ごっこ"をやっていたのか?」
いつもは傲りもなく、爽やかな少年で通っているアキトは、普段からは想像が出来ない、まるで正反対の態度と、何処かその勝負をあざけるような、意地悪な笑みでカズマに話しかけてきた。
「うるせぇよ。あいつらはどうか知らんが、オレは"ごっこ"じゃねえからな。というか、いい加減、里の皆のイメ―――ジを"今この瞬間"のあんたで塗り替えた方が、友達増えると思うのだけれど?」
カズマは、意地悪なアキトに軽く悪態をついてから、自分の腰かけていた椅子の隣を右手でポンポンと何回か叩いて、「まぁ、とりあえず座れよ。」と一言添えながら、隣に座る様に促した。
「じゃ、お邪魔するよ。」
と、アキトも一言添えてから、カズマの横に腰かけた。
そして、ふと先程のごっこの話を蒸し返した。
「それで、どうだったんだ?今日の"ごっこ"の内容は?」
けれど、今度は真面目な顔で、笑うことなくカズマの目を見ながら、アキトはそう言った。
カズマも、今度は真面目な顔で、けれど呆れた様な表情でため息をついてから、それにゆっくりと答えた。
「どうもこうも無いさ。あいつらは相変わらず、お前への不満大爆発って感じだったよ。アキト。」
アキトは少しだけ苦笑して、けれど何処か納得したような、そんな面持ちで呟いた。
「相変わらず・・・だな。」
―――そう呟いたアキトは、寂しいのか。それとも諦めているのか。けれど、きっとそれさえも、受け入れているのかもしれない。
そんなことを考えていると、アキトはふとオレを見ながら笑ってから口を開いた。
「俺が、本当に友達と思っているのは、お前だけになっちまたな、カズマ。」
何処か儚げに、けれど満足げに、アキトはオレを見つめていた。
ふいに言われたオレは、少しだけ驚きながら、けれど笑って見せて冗談混じりに答えた。
「そんなことを言われてもオレは、お前には惚れないぞ。」
それを聞いて、アキトは少し真剣な顔をして、こちらを向いた。
「バカ野郎、ここで茶化すなよ・・・。」
―――あぁ。アキトは本当に信頼してくれている。素直に嬉しい。
「あぁ、すまん・・・。分かってるよ。おれだって同じさ。何でだろうな。」
オレも、少し真面目な顔をして、アキトに答えた。
そして、今度はアキトが、少しだけ笑って答えた。
「ははっ。いつの間にか、そういう風になって、それが当たり前になっているからな。何でだろうって考えていても、答えは出てこないだろうけれど。」
―――オレが考えたとしても・・・、答えはきっと出てこないけれど。
その返事に、おれは独り言のように呟いた。
「そうだな――――――・・・。」
―――きっと、そういうことなんだと、思った。
だからオレは、思ったことを、口に出した。
「「オレ(俺)たちが仲いいことに、いちいち理由は必要ないだろう。」」
あ・・・!!
口に出した言葉が、アキトとシンクロしていた。
「ハハッ、かぶってるぞ、カズマ。」
と、先にアキトから言われてしまった。それはお互い様だろう。
「お前こそ。」
オレたちは、きっと今までで一番笑ったのではないか、と思うほどに、二人で笑った。オレは腹を抱えながら、アキトは前髪をくしゃりと握りながら。
二人で笑った――――――。
―――親友。
そんな言葉が、自然と浮かび上がった。きっと、これから先、どんなことがあろうとも、オレはアキトを親友と思っていることだろう。
アキトがそう思っているのかは分からない。けれど、きっと同じ気持ちなんだろうと思った。
オレたちは、ひとしきり笑ってから、二人で深呼吸をして、そしてふと、最初の会話に戻した。
「そうそう、"ごっこ"は、勝負が付かないまま解散したよ。」
オレのそんな回答に、アキトは苦笑してから、さらりと応えた。
「あいつらは、"好き"って気持ちまでも、"ごっこ"なのかもしれないな・・・。」
アキトの、何処か遠くを見ているような応えに、オレもふと考えていたことを話した。
「どうなんだろうな・・・。人を好きになるって良いことだと思うが、あいつらのお前に対する感情は、"ごっこ"とは関係ない気がするけれど。・・・好きになるって、もっと単純でもいいと思うんだ。」
それを聞いてアキトは、少しだけ口の端を上げて微笑を浮かべた。
「ハハっ・・・、なんだか、その意見は、あんまり子供っぽくないな。俺たちはまだ子供なんだし、もっと気楽でいいんじゃないか?」
―――そんなことを言うアキトも、子供っぽい意見ではないだろうと、オレは心の中で感じつつ、けれど、自分で言っておいて言うのもどうかと思うが、その通りだと思った。
「まぁ・・・、確かにそうだな。オレたちもまだ子供だ。だから、誰が誰をどう想うかなんてのは、まだ早いような気もする。」
間髪入れずにアキトがツッコんだ。
「お?ということは、お前もついにユキナを諦めたのかっ?」
カズマも間髪入れずにツッコんだ。
「そんなわけあるか!今のはあいつらの話しだよ!オレはオレっ!」
そう言って、アキトをビシっと指差すと、挑発するように笑ってから言った。
「別にこういうのは勝ち負けじゃないって分かっているけれど。お前には負けねえからな。アキトっ。」
アキトも挑発するように笑ってから、カズマに言葉を返した。
「あぁ、こういうのは、勝ち負けじゃないな。想いの強さだ。けれど、想いなら俺だって負けないさ。カズマ。」
オレたちは、互いに拳をカツンと当て、改めて笑い合った。
そして、何かを思い出したように、アキトは拳を納めてから、その手を腰に当てると、少しため息をつくように、話した。
「じゃあ、おれは父さんに頼まれていた用事があるから、もういくよ。」
そう言って、アキトは軽く手を振って踵を返すと、広場を離れていった。その後ろ姿を見送りながら、オレも軽く手を振って、その背中に答えた。
「あぁ、じゃあな。」
―――想いなら、俺も負けない・・・か。
アキトは、ユキナの何処を好きになったのだろう。いつ、好きになったのだろう。考えても、分からないけれど。いや、きっと分かっている。
オレたちは皆、小さい頃からずっと一緒だった。オレも、アキトも、ユキナも、イチヨウたちも、皆、家は近所だった。全員が幼馴染みであり、友達だ。
・・・けれど、ユキナは女の子だった。
そういえば、ユキナとあまり遊ばなくなったのは、いつからだっただろう。
ユキナがしっかりものと言われているようになったのは、いつからだっただろう。
―――いつも遊んでいたときは、もっと――――――・・・。
色々と考え込んでいたら、いつの間にかカラスが鳴くような時間になっていた。夕焼けで、少し顔が火照っていた。
「・・・帰るか。」
オレは、そう一人で呟いて、踵を返し、広場を後にしようと思ったときだった。
「カズマく―――んっ」
少し遠くから、いつもの調子でユキナが綺麗な声色で。
ユキナは買い物帰りなのか、今日も少し大きなカゴを腕に下げていた。そして、いつも通り、トタトタとこちらに辿り着くと、ふぅ、とため息をついて、オレの顔を見上げると、微笑みながら問いかけてきた。
「どうしたの、広場に1人でいるなんて。何かしてたの?」
―――先程まで、お前の・・・ユキナの話を、アキトとしていたんだ。・・・なんて言えるわけもない。
「あぁ。アキトとこれからの里の未来について、話してたんだ。ついさっきまでな。まぁ、けれど、おじさんから頼まれたことがあるって、本当についさっき別れたところだよ。」
―――間違ってはいない。"ついさっき"というのは少し嘘だし、里の未来については考えたこともないけれど。・・・あれ?ほとんど合ってないのだけれど・・・。大丈夫だろうか・・・。
そんなオレの思いとは裏腹に、話しの全てを信じたのか、ユキナは「ふ―――ん」とオレの顔を覗き込み、また微笑んだ。
「ふふっ。相変わらず、仲が良いんだね、二人とも。―――っ。」
余計なことを考えていたからか、最後の言葉を聞き逃してしまった。
「・・・ん?悪い、最後の方が聞き取れなかった。なんて言ったんだ?」
オレが聞き返すと、ユキナは突然踵を返し、そして、そっぽを向けたまま、少し困ったように答えた。
「う・・・ううんっ?な、なんでもないよっ?よいことだね―――って。ねっ?」
―――ねっ?と言われても分からないのだけれど。まぁ、ユキナは村のみんなからは真面目だ真面目だと言われているけれど、結構、挙動不審なときがあると思うのは、おれだけなのだろうか。
というか、今もそうだし・・・。
まぁ、今に始まったことではないので、構わないのだけれど。
「今日はとりあえず、声かけただけ!じゃあね!」
「お、おう。またな。」
そういうと、ユキナはそそくさと帰ってしまった。
「何だったんだろう・・・。」
――というか、何しにきたんだ?
よく分からないまま、オレは家路についた。
//*****
そして時は戻る。
――今思えば、旅立ちの少し前に、横に座ったときのことを話したかったのだろう。結構明るいけど、なんだかんだで女の子だったと思ったからな・・・。
「・・・カズマ?」
「・・・ん?」
突然ユキナに声を掛けられて内心驚いたが、何とか平静を保つ。
「・・・いえ、なんでもないわ。なんか、少し寒気を感じたものだから・・・。」
――こいつ、エスパーか・・・。
それにしても、失礼なことは考えていないはずなのに、寒気とはまたひどい話である。これ以上、寒気を感じてもらうのも嫌なので、ミキに目的地を再確認するため、彼女の方を向いた。
「なぁ、ミキ・・・。本当に、こっちで合っているんだよな?」
「だいじょーぶいっ!合ってるよーっ。」
「・・・そうか。」
オレとユキナが昔を思い出した理由・・・。ユキナが指し示す場所は、どう考えても故郷"龍族の里"の方角であった。