はじまりの空
2019/05/23 ストーリー加筆修正。
2019/05/24 ストーリー加筆修正。
2019/05/25 ストーリー加筆修正。
2019/05/26 ストーリー加筆修正。
「――空に輝く"星"に願い事をすれば、必ず叶うと言われているらしい・・・。」
自分でも、よく分からないくらい唐突に。
静寂に包まれた暗闇のように何もない空を見上げながら、オレはそんな事を呟いた。
口に出した後、改めて考えてみると、少しロマンチックだったと感じてしまう。はたして今その台詞を聞いた異性は同じように思うのか、居ても立っても居られなくなり、後ろに続く異性――、少女に視線を移す。
少女は、化学光と呼ばれる人工的な光に照らされながら、呆れた表情を浮かべていた。
「突然、何を言い出したのかと聞いてみたけれど、それはどこ情報なのかしら。もしそうなら、お星さまが普通にあった昔は、お金持ちや世界征服している人が沢山いたことになってしまうわね。」
全くもって、見も蓋もない返事を聞いて軽くため息をついてしまうが、特に落胆したわけでもなく、傷付くこともなく、むしろ予想通りの回答だったので、声の主を見て軽く笑う。
「本当に、"夢が無い"ヤツだなぁ、ユキナは――。」
ユキナはその言葉を聞くと、少し不機嫌そうに眉をひそめてから、スタスタと目の前まで近寄ってくると、背伸びをして顔を近付けながら、胸元で人差し指をを立てている。
「現実的と言って欲しいわね。カズマっ」
普段は人工的な光に照らされているけれど、こうして改めて近くで見ると、透き通る様な翡翠色の瞳で、紅の艶を持った濡れたような黒い髪はキラキラ輝いている。女性として出るところはしっかり出ている綺麗なプロポーションであるため、これだけ近付かれると、その柔らかい感触にドギマギしてしまう。
少し照れてしまったオレの顔を見て、ユキナは自分の取った行動の恥ずかしさに気付いたのか、頬をほんのり赤らめてから、無言で2歩、3歩、と後ずさりする。
そんなユキナを見て、コホンとわざとらしく咳をしてから、オレは腰に手を当てながら笑う。
「まさかお前にそんなこと言われる日がくるとは思わなかったよ、<夢見>のユキナちゃん。」
「それはお互いさまね、<夢無>のカズマくん」
ユキナもオレも互いの"愛称"を付けて言い合う。良い暇つぶしなったと、ユキナを改めて見やると、怪訝な顔でこちらを睨んでいた。
「・・・というか、あなた。外で"そういうの"は言わない方がいいって、言っていなかったかしら?」
「そうなんだけど。今は大丈夫だろう・・・。周りは何にもないし、オレたち以外は誰もいないし。」
「・・・いいけど。気を付けてよ?あなた、すぐ気を抜くから。」
「分かっているよ。っていうか、お前も今言ったじゃん!?」
「先に言ったのはあなたよ。」
「むぅ・・・。」
――口喧嘩で勝てる気がしない・・・。
分かってはいたことだけれど、日常会話にもう少し可愛げがあっても良いのではないか。知的でクールと言えば聞こえはいいが、つまりは頭が固くて愛嬌が無いということになるのでは・・・。
「・・・ねぇ。」
色々頭の中で考えていたので、思わずビクッとしてしまう。ふとユキナに目をやるとじーっとこちらを睨んでいる。
「あなた、また失礼なこと考えているのではないかしら・・・。」
「そ、そんなことないぜ?」
――するどい・・・。
「じー。」
わざわざ声に出すユキナの疑いの眼差しが心に痛い。けれど、ここで白状するとまた大変なことになるので、逆にこちらもじーっと真剣な面持ちで睨み返す。
「・・・っ。」
すると、ユキナはいきなり顔を背けてうつむいてしまう。
「・・・ま、まぁ、いいけど・・・。」
「それは良かった。」
本当に良かった。失礼なことを考えるのもやめよう。ユキナは顔を真っ赤にして怒っているし、声も少し裏返っている。本当にこういうこというのはやめよう。そう心で誓ってから、ユキナを見ると、何やら深呼吸をしていた。すぅー、はーと言ったあと、いつも通りのクールな顔つきに戻ってから、こちらを見る。
「というか、まだ着かないのかしら?"例"の町・・・。」
「夜通し歩いているからな・・・。そろそろ着くころだと思うんだが・・・。」
ここは、町の外れにある10km程の砂丘であり、目的地へ行くための通過点である。ギリギリまで移動したいし、砂丘のど真ん中で寝るわけにもいかないので、町の近くまで移動している。
そんなことを考えながら、ふと、先程の会話を思い返す。
――そういえば、カズマくんって言われたな――・・・。
少し"懐かしい呼ばれ方"をしたことに気付き、思わず笑いが声に出てしまう。
「くくくっ。」
「・・・何よ、唐突に笑いだして。気味が悪いのだけれど。」
「いや、"カズマくん"って、久しぶりに呼んでもらったと思ってさ。」
「あっ・・・。」
いつもより高い声を漏らしたユキナは、頬を染めたと思ったら、途端に眉をひそめて、唐突にオレの肩をバシっと叩いてきた。
「いてっ。何すんだ、ユキナ・・・。」
「うるさいっ。あなたが変なこと言うからでしょ。」
「言ってないだろ・・・。」
「言ったわよっ・・・ばかっ。」
んべっとユキナは薄紅色の小さな舌を出して、可愛くオレを罵倒する。
――以前は、カズマくんと慕ってくれるもっと可愛い少女だったのだが・・・。
と、少し物思いにふけっていると、ユキナが不思議そうな面持ちでこちらを見ていた。
「そういえば、さっきの言葉、誰から聞いた言葉なの?」
「誰だったかな・・・。」
「・・・やっぱり、誰かから聞いた言葉なのね・・・。」
「そうだよ、悪かったな・・・。いや、ふと思い出したんだ。昔、誰に聞いたかは思い出せないけれど・・・。」
「星に願いごと・・・か。」
星・・・。今はもう見えないけれど・・・。夜空に、まるで無数に点々と光っている天体を指す。だいたいの天体は、太陽や地球、そして月を除いた恒星と惑星――・・・。
「オレたちが子供の頃は、夜空に宝石が散りばめられたように、綺麗で、明るく、当たり前の様に光っていて、オレはそれを見るのが大好きだった・・・。」
「そうね・・・。私も好きだった・・・。」
丁度その話しをしている矢先だった。ふと眼前に広がる未知の光を見つけた。
オレもユキナも互いに会話をやめた、いや、会話を忘れて息を止めてしまった。まるでプールで水に潜る瞬間のように、息を止めて、その未知の光を見つめていた。
しばらくして、ユキナが少し緊張した面持ちで、唇を小さく動かした。
「カズマ・・・、あれ・・・。」
それを聞き、オレも我に返ると、自身の眼前に広がる光景がまだ信じられない。信じられないけれど、"聞いた通り"だった。ユキナの声掛けに、思わず口の端が持ち上がる。
「あぁ――、どうやら情報通りのようだな――。」
情報通りの、オレたちが求めていた、希望と言える、光――。その第一歩、星。
この旅の原点であるところの、星の在る町――、"星見ヶ丘"という町に、オレたちは到着した。
実際に自分の目で確かめると、やはり不思議だった。星が見えるということは、つまり、普通に考えれば空が見えているということになる。それは、外殻も無いということになり、ひいては十数年前の災厄から逃れたことにもなる。
確認したいことは山ほどあるが…。まずは、全てをこの目で確かめる。
例えどんなに危険があったとしても、あの時の・・・、ユキナとの約束は忘れない――。
――あたしのこと、ちゃんと守ってよね?――
暗黒の空に、希望という光を求めて、夢見て、そして歩く。
これは、満点の星空に願い事をするために旅立った、二人の小さな物語。
//*****
話しは十数年前に遡る。
オレたちが暮らす世界は、突如、空に大地が出現した。それに覆われた大地には光が届かなくなり、人々はそれを"外殻"と畏怖した。
それに抗うように未知の文明を使用した、日本政府が提供した代物がある。暗い世界を鈍く誤魔化す、未知の結晶「科学光」。原理は分からない(正確には政府から公開されていない)けれど、電気と同等かそれ以上の光が空に浮いているというのだから、驚きである。
何より、太陽の見えないこの暗黒の世界に、唯一無二の光を与えてくれるこの「人工太陽」は、外殻に覆われたこの大地で生きていかなければならない人間社会では、すぐに常識となっていった。
一方、外殻による混乱は想像を絶する恐慌状態であったため、世界中が鎖国状態となってしまった。各々の国が、ただ生き残るだけで精一杯となり、日本以外では別の何かを作り出しているかもしれないけれど、それを知る由はなかった。
そして。
外殻が出現してから暫く経った頃、九州の外れにあるオレの故郷"龍族の里"が、戦火に包まれた。
オレを育ててくれているおじさんが言うには、"それ"は自衛隊のような姿だったという。
無数の武器と兵器を持ったそれは、唐突に、無感情に、冷徹に、冷酷に、襲ってきたらしい。
子供の頃ではあったが、確かに覚えている記憶がある。赤く、大きく、熱く、そして残酷な炎が村を包んでいく光景。瞬く間に全て焼き尽くし、全てを無に帰し、全て消し去ってしまった。オレの両親も、そしてユキナの両親も、知り合いも、友達も、ほとんどが死んでしまった。
残ったものは、焼け崩れた里と、何とか隠れて難を逃れた人たち。そして、オレやユキナ、数人の子供だけだった。
・・・それ以来、この里の生き残った人々は、日本に住むことを止めた。
龍族の人間が持つ特殊な力"秘術"を使い、空間を捻じ曲げ、そこに新たな里を作った。そして日本のことを"外界"と呼称し、接触を断った。
ただひっそりと、時代の流れに逆らわず、抗わず、ただ生きていくだけの人生を選択したのだ。
それからは、本当に、ただ生きているだけだった。
恐怖が目に焼き付いている人間が、行えることは、過去を忘れただ生きることのみである。
そうやって何年も生きていると、今の世界に違和感を持たない、・・・いや、持とうとしない、偏見の塊な大人や、里で生きていくことだけを生き甲斐にする友達ばかりになってしまった。
何より、オレ自身も、別にそれが間違っていると思わなくなっていた。
ずっと、そういうものだと考え、ここで、ただ普通に暮らし、外界と接触することなく、里の誰かといつか結婚して、子を作り、そして死んでいく。そんな人生だと思っていたのだ。
まるで、里のほとんどの人間が、空間を捻じ曲げたときに、心の中の大切な何かも、一緒に捻じ曲げてしまったように。
歩みを止めて、前を見るのを止めて、生きていた。
まだ子供だったオレは、ただ生きているだけの里で、何かに向かって歩み出すことも止めていた。
それから数か月の後。
いつもと変わらない日々。オレは、引き取られたおじさんから頼まれた買い物をして、帰るところだった。特に何かあったわけではないけれど、昔遊んでいた広場が目に入ったので、本当に何の気なしに足を運んだ。
そこには、一人の少女がいた。一人で長い髪を揺らし、一人で泣いていた。理由は分からなかった。それを見て、オレは何の感情もなく、ただそれを見つめ、そして家路についた。
けれど、その日の夜。オレは眠れなった。
いつもは何も考えず、ただ夜になったら眠る。ただそれだけの行動だったのに。何故か眠れなかった。
――何故、あの少女は泣いていたのだろう?
眠れずに、何度もその言葉が浮かんでくる。広場泣いていた少女の後ろ姿と一緒に。ずっと、考えても、考えても答えは出なかった。
次の日。
再び、広場へ足を運ぶと、やはり少女は泣いていた。
次の日も。その次の日も。少女は泣いていた。
夜、今日も考える。
――何故、あの少女は泣いていたのだろう?
その時だった。忘れていた・・・いや、記憶の彼方に置いてきた、父さんの言葉を、ふと思い出した。
――オンナノコガ、ナイテイタラ、タスケテアゲルンダヨ・・・。
「おんなのこは・・・たすける・・・?」
次の日の朝。
オレはおじさんに相談することにした。
「ねぇ――、おじさん。」
「どうした、カズマ?」
「公園で、女の子が泣いてるの。」
「お前!?女の子が泣いているって"気付いた"のか!?」
――"気付いた"?
「うん・・・。昔、父さんに聞いたこと思い出した。」
「"思い出した"・・・。それで?」
「女の子が泣いているなら、助けてあげなさいって。」
「・・・そうか。」
そう言って、おじさんは、オレの頭を撫でてくれた。気のせいかもしれなかったけれど、おじさんは泣いていたような気がした。それは一瞬の出来事で、気付けば、おじさんはいつものおじさんだった。
「僕、どうしたらいい?」
「そうだな、声をかけてみてはどうかな。」
「声を、掛ける・・・。」
「話して救われることもあるし、話して自分自身が気付くこともある。今、お前がこうやっておじさんに話しかけてくれることも、とても意味があることなんだよ。」
「・・・そうなの?」
「あぁ。もちろんさ。・・・無くなった感情が、再び芽生え始めているんだ・・・。」
「・・・どういうこと?」
「大丈夫、今分からなくても、時期に分かるよ。」
「・・・分かった。女の子のところに行ってくる。」
「あぁ、行っておいで。」
そう、背中を押されて家の扉を開けるとき、おじさんが遠くで「"あれ"の準備を急ごう・・・。」と、不思議なことをまた言っていたけれど、僕はとにかく、女の子のところへ向かった。
何度も言うが、里のほとんどの人間が、「考えるのを止めた」人生だった。
今思えば、その少女は違った。毎日、「恐怖と絶望に怯えていた」。
オレは、家を出てすぐに広場へ向かった。少女に会うために。いつもより速足で辿り着いた広場を見ると、少女は今日も一人で泣いていた。
何日も見てきたその後ろ姿に初めて近付くと、その背中に呟く。
「ねぇ、なんで泣いてるの?」
ビクッと、少女は驚くと、恐ろしそうに、ゆっくりとこちらに振り返る。
「あなた、だれ?」
鼻水をすすりながら、か細い声で、オレの質問は無視されたが、話しを続けた。
「カズマ・・・。キミは?」
「・・・・・・。ユキナ。」
――ユキナ。女の子の名前はユキナ・・・。
「ユキナは、どうして、そんなに怯えているの?」
「どうしてって・・・。また、あの炎に包まれるのが怖いからだよ・・・。」
「怖い・・・?」
「うん・・・。怖いよ・・・。」
「・・・僕は怖くないよ。」
――そんな、感情は、もう無くなってしまったから。
「・・・怖くないの?」
「・・・うん。」
――でも本当は、きっとキミと同じだった・・・。
「どうして怖くないの?」
「・・・どうしてだろう。」
――本当はちゃんと、考えなくちゃいけないことなんだ・・・。
本当は、怖かったけれど、考えるのをやめていたんだと、気付かされた。
「カズマくん。」
――おじさんが言っていた言葉の意味も、少し分かった気がした。
――僕は男の子だから・・・。女の子を助けないと・・・。
「カズマくん。」
――お父さんみたいに。みんなを守る強い男になるんだ・・・。
「・・・怖くないなら・・・、助けて――。カズマくん。」
――動き出さなきゃ、いけないんだ・・・!!
その時、少女の――ユキナの心の悲鳴が聞こえたような気がした。そして、心を縛り付けていた鎖が、ガラスのように砕け散る音が聞こえた。
止まっていた時が、動き出した。
――ただ生きているだけでは、駄目なんだ。何も変わらないじゃないか。
「分かったよ・・・。ユキナ。」
――始めるんだ。今、ここから。
「・・・え?」
「"オレ"が助けてやる。」
「・・・本当?」
「あぁ。」
「ありがとう・・・、カズマくん・・・。」
そこからは毎日、ユキナに会い行った。一人でいるより、二人でいる方が、ずっと気持ちが楽になるから。毎日会って、毎日遊べば、毎日が楽しければ、次第に恐怖も薄れるのではないか。今考えれば子供の浅知恵だったかもしれないけれどそれでも、ユキナは少しずつ、ちゃんと笑ってくれるようになった。考えるのを止めていた友達たちも、オレやユキナと遊び、その心が動き出した――。
――数年後、里の広場は子供の遊び場として、すっかり賑やかになっていた。生きているだけだった里全体の空気も、少しずつ活気が出始めていた。
そんなある日、オレはおじさんに、家の地下へ来るように言われて足を運んだ。
――そもそも、この家に地下なんてあったんだ・・・。
存在すら知らなかった地下に降りてみると、そこは暗がりの中、旧式の電球が一つぶら下がっていて、その下に腕を組んで待っていたおじさんと、その後ろには重たそうな鉄の扉があった。
「おじさん・・・、ここは?」
「・・・それを話す前に、お前に一つ尋ねたいことがある。」
いつものおじさんと違う、とても緊張感のある声で、こちらを睨みつけた。あの鉄の扉の先に何かあるのは明白だったが、それよりもいつも違うおじさんの態度の方が気になって仕方なかった。
「・・・うん。何、おじさん・・・?」
「お前は、これからどうしたい?」
「・・・どうしたいって?」
漠然とした質問に、頭が混乱した。これからの人生について?将来について?おじさんは何が聞きたいのか分からなかった。
「お前は以前、死んでいた心をユキナちゃんに救われた。そして他の子供たちも今は皆、心を取り戻して、元気に遊んでいる。」
「そうだけど・・・。それと、今この質問と、どう関係があるの?」
おじさんは、少しだけ肩を落とすと、ため息とつく。
「・・・里の者の中に・・・。心を取り戻すことが気に食わない連中もいるのだ。」
「・・・え?どうして・・・?」
心底驚いた。今、この里の状況は、好転しているはずと信じて疑わなかったから。そんなはずはないと、おじさんに目で訴える。けれど、おじさんはもう一度ため息をついてから、いつもの顔つきで続ける。
「心のない・・・"無"のまま、残りの余生を過ごしたいと考えるヤツらもおる・・・ということだ。」
――心を取り戻すことが気に食わない?
"考えるのを止めた"人生のまま、死ぬまで生きていることの何に意味がある!?女の子が一人で泣いていても、声すら掛けない、ただ死んでいないだけのような状態に、何の意味があると言うのだ!?
「そんなの間違ってる!!」
おじさんが、"そう"であるわけないことを分かっていたが、叫ばずにはいられなかった。
――いや、そうか・・・。
ユキナが一人で泣いていたとき、オレが声を掛けるまで泣いていたのは、そういう理由もあったのか。
「この里は変だ・・・。」
そう声を漏らしたオレの顔を見て、おじさんは先程までとは違い、少し哀しそうな瞳になる。
「・・・では、改めて聞く。これからどうする?もしかしたら、今の状況を快く思わない人々が、再び"無"を強要するかもしれない。里の存在がバレて、またここに戦火が訪れるかもしれない。そんなとき、お前はどうする?」
おじさんが伝えたかったことが、少し分かった気がした。オレは、おそらく"無"から脱した異端者だということ。そして、それを否定せずに育ててくれたおじさんもまた異端者であること。
もしかしたら、今後いつか、外界の人間ではなく、この里の人間が、"無"ではない人間に"無"を強要するかもしれないこと。それはつまり、またユキナが毎日泣くようになること・・・。
――オレは、決心した。
「おじさん・・・。もし、"無"を強要されたら・・・。ユキナはまた毎日泣くようになる・・・。そしてそれを、救ってあげられない。誰も救ってくれない。それは嫌だ・・・。オレは・・・闘う。もう、何があっても、ユキナを泣かせない。」
――オレは、ユキナを悲しませたくないから。約束したから――。
「オレはユキナを、守ってみせるっ!」
おじさんは、黙ってそれを聞いていた。そして、オレにゆっくりと近付いてきて、そしていつものように頭を撫でた。その表情は、いつものおじさんで、とても穏やかな顔だった。
「よく言った、カズマ。」
オレは少し照れてしまい、撫でている手を振りほどく。
「もう、子ども扱いしないでって・・・。」
「分かった、分かった。」
そういいながら、おじさんは、入ってからずっと存在感のあった鉄の扉に顔を向ける。
「誰かを守るなら・・・。お前に、あれを渡す。」
「・・・あれ?」
「あぁ、あの扉の向こうにある。お前の・・・親父さんの形見だ。」
――親父の・・・形見・・・!?
その言葉に驚いて、思わずおじさんを凝視する。
「・・・ついてきなさい。」
そう言って鉄の扉へ歩き出すおじさんの後に続いた。目の前に来ると、余計に威圧感を感じるその扉は、何かの文字が刻まれていた。
――龍・・・夢・・・無・・・?
「開けるぞ。」
その言葉と共に、おじさんは、重そうな扉を金属の擦れ合う音を立てながら開ける。ガコンっと、開け切った扉の中は真っ暗だった。
「何も見えないね・・・。」
と呟いて、部屋の中に入った瞬間、何処からともなく閃光が走ると、部屋全体が明るくなった。その眩しさに一瞬目を瞑ってしまうが、すぐに慣れて、改めてその部屋を伺う。
広い部屋だった。レンガのような固い壁、そこに並べられていたのは、無数の武器だった。
扉の前で立っていたおじさんも、部屋に入ってくると、その無数にある武器を眺めながら、独り言のように呟く。
「ここにある武器は、お前の親父さんや、その親父さん、そのまた親父さんが、ずっと集めて、貯めこんだ武器だ。」
「・・・親父・・・たち・・・。」
「そうだ。ワシが、今日からお前に、この武器の扱い方と呼び出し方を教える。」
――呼び出し・・・方?
「おじさんは、親父の知り合いだったの?」
そう聞くと、おじさんは笑顔でこっちを見た。
「・・・おじさんは、お前の親父さんの弟だ。」
それから更に数年が経ったある日。ユキナは、とても可憐に成長していた。
あの頃のように、恐怖に怯えることもなくなり、友達と一緒に喜んで、怒って、笑っていた。
いつの間にか、誰もが一度は恋をしてしまうであろうと言われるほど、里一番の美貌の持ち主になっていた。
里という小さな輪の中で、一番の人気者であるところのユキナは、本人の預かり知らぬところではあったが、けれどそれは当然と言えば当然のように、同年代の男子から「誰が結婚するか」みたいなやりとりを繰り広げられていた。
一番有力と言われている友達がいたが、特にここで語ることはない。今は里にはいないからだ。
それに、オレにとっては恋敵という部類に入るのである。
ここまで語ると、おそらくバレているかと思うけれど、敢えて言っておこう。
・・・いや、・・・序盤から告白するのも、どうかと思うのだけれど。
そう・・・、オレはユキナのことが好きなのだ。
オレはユキナのことが好きなんだ!(大事なことなので2回言いました)
最初は好きだという感情とは別の何かだと思っていたこともあった。
オレはユキナと約束したから。守ってやるって。
そして、オレの心を動かしてくれたのもユキナだったから。
けれど、色々な奴がユキナを好きだと言ったとき、それが嫌だと感じる自分に気付いてしまった。
ユキナじゃないと駄目なんだ・・・と。
それから程なくして。
大人たちが、住むことを止めた日本との交流を、実は完全に絶っていなかったことを知った。
基本、この村は基本自給自足である。これまでは、日本との交流は無いものと考えていたので、何の違和感もなかった。
けれど、考えてみればおかしな話だった。空間を捻じ曲げてできたはずの里は、日本にいたときと同様に外殻が空に出現したままであったし、今の日本について、大人たちは驚くほど詳しかった。
つまりは、里の住人であることは隠して、普通に交流していたのだ。
実際に交流をしている人から、オレが聞いた日本との交流は、主に作物の売買だった。
ここに戻ってくるところを見つかってしまうのではないかという一抹の不安もあるようだった。
反対にオレ自身は、日本を避ける必要は無いと考えていたところだったので、交流のことを知って以降は、積極的に外界のことを知ろうと、話を聞いた。
里の人が出かけて帰ってきたら、間髪入れず、外でどんなことが起きているのか、どんな人物がいたのか、何か面白い噂が無かったかなどを必ず聞くようにした。
そして、この事実を知ったオレは、それとなくユキナに話した。
「そうだったの・・・。まさか、交流を続けていたなんて・・・。」
「あぁ・・・。オレも驚いた・・・。大丈夫か?ユキナ。」
「・・・大丈夫。別に、この里を恨んだりはしないから。けれど、あの全てを焼き尽くす程の傲慢さ、慈悲の欠片も持っていない、私たちの里を壊した彼らに、いったい何の交流をしているの?」
――襲ってきた人間への恐怖と嫌悪。ユキナは、完全には忘れていなかった。けれど・・・。
「少しずつ、慣れていくしかない。オレは、これからもお前に話をする。」
「聞きたくはないけど・・・。カズマくんのことだから、言っても無駄ね。」
「そういうこと。」
そして、情報が入れば、ユキナに日本のことを色々話した。
別に、日本に嫌悪しか抱かないユキナに、日本を好きになって貰いたいわけではない。
ただ、日本は、里を無くしたあいつらしかいないわけではないことを知ってほしかった。
ある日、そこで一つ、とても興味深い情報を知ることが出来た。
「どうやら、星が見える町があるらしい・・・。まぁ、我々にとっては特に何の意味も意義も見出さない、取るに足らない情報であるがな。」
そんなことを言った里の人間に、心底震えを覚えたのを今でも忘れることが出来ない。
本当に、この里の外を"外界"と名付けた通りの人間の1人なのだと。
その人間はどうでもいいのだが、貰った情報はとても興味深いことに変わりはない。
それを確かめるために、本物を見つけるために、交流している人から、情報を貰い続けた。
・・・そして、ある日、1つの町が浮かび上がってきた。
"星見ヶ丘"
そう名付けられていた・・・。丘の上にある小さくはないが大きくもない、ありふれた町。
けれど、星が名前についているなんて、如何にもって感じであったし、何とそこにはオレたちの探している、"星"の存在があると噂されていた。
正確な情報は無かった。星が在るとは外殻が無くなっているのか、外殻の下に化学光以外の星のような光があるのか、オレの知らない未知の可能性であるのか。
――どんな結果であるにせよ、光を取り戻すことが出来るかもしれない。可能性があるならば、オレはそこに行ってみたい。その、星見ヶ丘という場所に。
・・・今、オレたちを照らしてくれる唯一の光は科学光である。どれだけ人間の住む町を照らせたとしても、偽物の光。偽物の光が映し出すものは、つまり偽物である。だとすれば本物の光が映し出すものは真実であるのか。
その真実を知るためにも、この闇に飲まれる世界に、希望の光があることを証明するためにも、オレは旅立つ必要がある。
そうであるならば、オレはユキナと共に行きたい。いや、行かなくてはならない。
――オレはユキナを、守って見せるっ!
そう、決めたから・・・。