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銀河戦國史 (アウター“ファング” 閃く)  作者: 歳越 宇宙 (ときごえ そら)
第6章  攻略
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エピローグ

 陽光の満ちる青く広い空を、一機のセスナが滑るように飛んでいた。そのコックピットで数秒間のうたた寝から、エリス少年が目を覚ました。

「あれ・・何だ?」

 ここがどこで、自分が誰なのかが分からない、なんていうことはなかった。

 エリス少年が声を発した理由は、軽い既視感(デジャヴ)を覚えたからだ。空を滑る飛翔体の、狭いコックピットの中での、眠りからの目覚め。どこかで見たような、経験したような・・・。

 激しいドッグファイトを終えた後の戦闘艇の中で、永遠に続くかもしれない眠りを貪った遥か昔のパイロットの思念が、時空を超えて少年に伝搬した。そんなこと、あり得るはずもない・・はずだ。

「寝不足の夜が、続いたからなぁ。頭が、ぼーっとしちゃうよ。」

 既視感の件は直ぐにも脇に追いやり、少年は目を擦った。「やっぱり、何日も続けて、遅くまで歴史談議に夢中になっちゃったりすると、体には良くないよなぁ。」

 父の話した「グレイガルディア回天」の物語は、一週間以上にも渡る長いものだった。「もうそれくらいにしなさい」と母に注意してもらわなければ、朝まででも父は話し続け、エリスは聞き続けていたことだろう。

 そして寝不足のエリスは、この朝も「アセンディングステーション」に向かうセスナ機の中で、“居眠り操縦“をしでかしていたのだ。

 ほぼ全てが自動化されているこの時代のセスナ機の操縦は、居眠りしたとて何ら危険もないし、それを取り締まる法律なんてものも存在しない。少年の行為は、合法且つ無害なものだ。10歳の少年が1人で乗っていることにだって、危ぶむ大人はいない、何とも便利な時代なのだ。

 セスナ機が向かう先の「アセンディングステーション」は、この時代の「エウロパ」星系第3惑星において採用されている、宇宙へと昇る手段だ。

 重力がおおむねゼロに制御されている垂直軌道上を、電磁誘導方式で打ち出されたカプセルが駆け昇って行くのだ。カプセルの中でも重力は制御されており、加速時でも減速時でも、無重力の衛星軌道に突入した後も、ずっと安定した1Gのもとで過ごすことができる。重力制御技術が確立され、発展し、普及している時代の恩恵だ。何とも便利な時代だ

 毎朝エリス少年は、それを使って宇宙に向かう。惑星の衛星軌道上に、彼の通う学校があるから。

 居住用の施設以外は、この時代の「エウロパ」星系第3惑星においては、ほとんどが衛星軌道上にあるのだ。だから、軌道上に昇る手段は、この惑星での暮らしには、無くてはならない。

 全自動のセスナ機も、少年の通学には必需品だった。テラフォーミングの際の手違いで水浸しになった惑星の上だから、移動手段は船舶か航空機となってしまっている。

 30時間が自転周期の惑星で、無理矢理24時間周期の生活を送るために、洋上を疾走しているのが彼らの家なのだ。

 つまり、船でもある家で、セイリングハウスとも呼ばれるのだが、そういったものがこの惑星上を、何万戸と走っている。一軒家あり、集合住宅あり、学生寮や老人ホームや1人暮らしの大豪邸なんかもある。

 家である船の屋上からセスナ機で飛び立ち、エリス少年は「アセンディングステーション」を目指している。寝不足の身を押して、今日も真面目に登校するために。

 他のセイリングハウスからも、住民はセスナ機で「アセンディングステーション」を目指す。通勤の為だったり、お買い物に出る為だったりするが、一軒家からも集合住宅からも、「アセンディングステーション」を目指すセスナ機が飛び立っている。電動のそれらは、空気を汚すことなく人々を運んでくれる。たいていの人は、全自動のものを選んでいる。

 全自動だから、特にやることもないエリス少年は、どこまでも続く青い空と海の彼方に、視線を泳がせていた。昨日までの、長い長い父の歴史講釈が、再び少年の胸には沸き上がっていた。

「今の時代には、ほとんどの人は『宇宙要塞ギガファストの攻防』しか、知らないんだよな。」

 数千の兵力で、百万にも及ぼうかという敵を撃退したその戦いは、とても有名で、エリスの時代にも広く知られているのだ。

 だからこそ、バーチャルリアリティーの世界でその戦いを疑似体験できるコンテンツが販売されていて、エリス少年も1週間前に、自宅のリビングで堪能できたわけだ。映画やドラマなどで、題材にされるケースも多い。関連したイベントも、銀河のあちこちでしょっちゅう開催されている。

「でも、もっと重要な戦いが、人々の生活に影響し運命を左右した戦いが、沢山あったんだ。」

 さっきの既視感の影響があるのかどうか分からないが、エリスの心は、歴史に名を残さなかった、彼の時代にはあまり広く知られていない出来事や人々へと、引き寄せられていく。

「最新の歴史探索の成果として、ごく一部の歴史学者だけに認識されるようになった『ファング』と呼ばれる戦闘艇団のことも、父さんは話してくれたよな。」

 歴史好きの少年にも、全く初めて耳にする歴史の深層だ。さっきの既視感はとっくに忘れている少年だから、それとこれの関係などには、思考の及ぶはずはない。

「プラタープ・カフウッド以外にも、沢山の人が様々な戦いを経験し、そして犠牲になったんだ。なのに、今の時代じゃ、ほとんど誰にも知られていない。アウラングーゼ・ベネフットはそこそこ有名だけど、ジャラール・レドパイネを知るのは、よほどの歴史好きだけだしな。それ以外となると、本当の専門家しか知らなくなっちゃうんだよな。専門家さえも知らない人たちだって、まだまだ沢山、この時代にはいたのだろうなぁ。」

 空と海の彼方に向けられた視線には、切迫した熱意が籠って来た。決して見落としてはいけない何かを、そこに見つけ出そうとしているかのようだ。

 1週間前に疑似体験した戦いの中でも、青いシルエットで表示された人々が、崩壊する戦闘艦から無数に零れ落ちていた。目の前の景色の中に、その名残りなどあるわけもないのに、少年は探さずにいられない。

「プラタープ・カフウッドにしても、その後にも、数々の戦いを経たんだ。皇帝による親政を守るために。そして最後には、アウラングーゼ・ベネフットとの戦いに敗れ、宇宙に散って行った。」

 それまでの無敵の戦いぶりが嘘のような、あっけない敗戦とともに宇宙の塵となった彼の最期も、歴史好きの少年には良く知るところだ。「宇宙要塞ギガファストの攻防」の後にも、復活成った皇帝親政を脅かす者どもを、卓越した戦術で次々にねじ伏せて行ったプラタープ・カフウッドだったのに。

 最後の戦いにおいて彼は、アウラングーゼ・ベネフットの前にあっさり敗北した。アウラングーゼが強かっただけかもしれない。確かにアウラングーゼも戦巧者で、その後の「グレイガルディア」の歴史においても中心的な役割を演じるほど、治世や人心掌握にも非凡な才覚を発揮したのだが。

 しかし、それにしてもあっけなさすぎるプラタープの最後の敗北については、エリスの時代の歴史学者たちの間に、様々な議論や憶測が巻き起こっている。ある者は「わざと負けたのだ」と言い、別の者は「アウラングーゼが相手では本気を出せなかったのだ」と言う。病気説、精神異常説、不慮の事故説なども噴出していて、百花繚乱の様相だ。

「でも、あの時代に一旦、数年だけとはいえ皇帝親政が復活したことが、その後の『グレイガルディア』の統一や発展に繋がったのだと思えるな、僕には。あの後にも、この国は、幾つもの戦乱を経なければいけなかったけど。」

 国内での戦乱を治めるにも長くの時を経て、多くの犠牲を払った「グレイガルディア」だったが、国内が統一された後にも、全銀河規模の戦乱に巻き込まれた。それも、エリス少年にとっては常識である、歴史的知見だった。

「本当の平穏が訪れたのは、第3次銀河連邦が成立した後だった。5次に及ぶ『銀河大戦』の戦禍に見舞われたし、『銀河暗黒時代』にも『銀河帝国』による恐怖政治に苦しめられたりしたんだ。それらの末に、ようやく、プラタープ・カフウッドたちの必死の戦いが実を結んだようなものだな。彼らの死から、何千年も経っちゃってるよ。」

 長い歴史においては、あまりに儚い一個の人間の生涯を、広大な空にあって芥子粒のようなセスナ機の中で、エリス少年は想い続けた。小さくても、けしで無駄ではないそれを。わずかではあっても、着実に今日の平穏に結実しているそれを。

「やあ、見えて来たぞ!」

 お目当ての「アセンディングステーション」が目に止まると、エリス少年は思わず叫んだ。波間から忽然と飛び出した巨大な柱が、天を突きさすように上へと伸びている。

 といっても、柱が、宇宙にまで伸びているわけではない。柱の中に電磁誘導方式の軌道があり、カプセルを宇宙へと投擲するわけだ。

 カプセルが、宇宙への途の半ばで途切れた柱から投擲された後にも、重力がゼロに調整された見えざる軌道は続く。だからカプセルは、落下も減速もしない。乗り込んでいる人たちは、宇宙への快適な移動を続けられるわけだ。

 惑星上に何千基と設置されている「アセンディングステーション」のどれかに、セイリングハウスは2時間置きくらいで接近するから、タイミングを見計らってセスナ機で飛び立てば、数分のフライトでたどり着けるのだ。

 着地、という作業はない。「アセンディングステーション」から伸びて来たロボットアームが、柔らかに穏やかに、セスナ機をキャッチしてくれる。そして、自動的に翼を折りたたんだセスナ機ごと、宇宙に向かうカプセルに積み込んでくれる。

 そのままセスナ機に乗っていても、軌道上を周回している学校には行けるのだが、少年はセスナ機を降りた。カプセル内の貨物用スペースから、乗客用のスペースに移った。

「やあ、ターニャちゃん、おはよう。」

「おはよー、エリスくん。」

 幼馴染みと並んで座って学校を目指すのも、いつもの通りだ。同じく自動操縦のセスナ機を使い、彼女は彼女の母親に送られて、エリスよりも先に到着していたのだ。

 他にも幾人かの顔見知りと、挨拶を交わす。同じ時間に同じ「アセンディングステーション」を使う人とは、なんとなく顔馴染みになって来るものだ。全員が、それぞれのセスナ機から降りて、ここに集まっている。

「あら、エリスくん、おはよう。今日も元気に登校なのね。」

「よう、坊主。毎日勉強で、大変だな。」

 名前を覚えてくれている人も、覚えてくれていない人も、笑顔でエリスに挨拶を返してくれた。

 努めている会社に出勤するサラリーマン風の人も、作業服姿のガテン系の人も、学生さんと思しき人も、朝には多くが、エリス少年と同様に軌道上を目指すものなのだ。男の人も女の人も同じくらいいて、どれも朗らかな表情だ。だいたいが眠そうな顔をしてはいるが。

 数十人が詰め込まれたカプセルが、電磁誘導で軌道上を目指し始めた。カプセルは強加速しているが、エリスたちに負荷はかからない。シートベルなどの着用も求められない。数千年前の戦闘艇パイロットが耐え忍んだ厳しい加速重力を、この時代の人々は知る機会もない。あの時代とこの時代の間に発明された重力制御技術が、そんな差を生じていた。

 ある人は談笑しながら、ある人は居眠りしながら、エリスは幼馴染みの話を聞くふりをしつつ、実はうとうとしながら、強加速するカプセルの中で穏やかな時を過ごした。

 誰もが穏やかな顔で乗っているカプセルは、10分とかからず安全に、衛星軌道にたどり着くだろう。その宇宙のはるか先のどこでも、大規模な戦争は、この時代には起こっていない。恒久平和が実現され、ほとんどの人が安らかな暮らしを寿いでいる。

 エリスは嬉しく感じた。かつての戦士たちの決死の戦いが、数千年を経なければならなかったとはいえ、こんな穏やかな平和に結実していることを。

 感謝もした。こんな平和の創出に寄与した、全ての犠牲者たちに。

 重い責任も感じた。受け継いだ平和を、自分たちが守り抜かなければいけないことに。彼らの死を、無駄にしてはいけないし、少年が大好きな人々に、かつてのような苦しみを味わわせるわけにもいかない。

 恒久平和が実現したといっても、あらゆる悲劇が無くなった訳ではない。小規模な紛争や凶悪犯罪は、銀河のあちこちで毎日のように起こっている。巻き込まれるのは、全人類のコンマ数パーセントに満たないとはいえ。

 怒りや憎しみや、人が人を恨む気持ちも、銀河中に見出せるだろう。火種は残っているということだ。事故も病気も自然災害も、少年の時代に人々の安全を脅かし、人命を奪ったりもしている。国家規模の大きな戦争が、今のところ、第3次銀河連邦発足から2百年の間に関しては、起きていないというだけのこと。それが、恒久平和の内実だった。

 今の平和がどんな犠牲の上にあるかを知る少年は、守り抜きたい人々が沢山いる少年は、だから、戦わなければいけない。その現実を、少年は強く意識している。武器を持たないそれではあるが、平和を守りぬき、幸福な未来を切り開くために、この時代の少年も立ち向かわなければならない。

 連日の寝不足が原因で、うとうとしっぱなしのエリス少年なのだが、その気持ちはちゃんと胸の内にある。今から向かう場所にも、その術を身に付けるために行くのだ、ということも。

「ねえ、エリスくん、聞いてる?」

「うん・・むにゃむにゃ・・聞いてるよ、ターニャちゃん、むちゃむにゃ・・」

「本当に?じゃあ、今、あたし、何の話をしてた?」

「うん・・・?それは・・あれだよ、あれ・・えっと、あれ?何だっけ・・そうそう、熟成された愛・・・むにゃむにゃ・・・・」

「はぁ!? なにそれ?何言ってるの、エリスくん?」



 懐かしい気配を嗅ぎつけたのだろうか、御霊となった遠い昔の名将が、宇宙を目指すカプセルの背後を漂っていた。

 うたたねの少年の穏やかな顔が、彼には眩しいようだ。数千年前に繰り広げられた彼の必死の戦いが、わずかにでもそれに貢献しているのかもしれないと思うと、嬉しくてたまらないのだろう。何十万の敵を、どれだけわずかな手勢で蹴散らしたとしても、これほどの嬉しさは覚えなかったに違いない。

 その少年から懐かしい気配が感じられるのには、名将は驚きを禁じ得ない。少年の歴史への好奇心が引き起こした奇跡か、懐かしい誰かの苛烈な執念がひねり出した魔法か。

 その両方かも知れぬのう、と名将の御霊は呟きたがっている。肉体を持たないので、実行にはうつせないが。

 どんな魔法を使っても不思議ではない猛禽類の眼差しを思い出すにつけ、どんな奇跡でも起こしそうな、うたたねの少年の好奇心を知るにつけ、肉体を持たない彼の、呟き未満の想いは募る。

―あの少年は、彼の戦いに、勝てると思うか?―

 懐かしい誰かに、そんな風に問いかけられた気がした名将は、答える。

―わしらの戦いぶりを、頭に刻んでくれた少年じゃぞ、ぜったいに勝つに、決まっておるわい。―

 呟いた後に、あっはっは、と高笑いもあげたい名将だったが、肉体無しではどうにもならない。

 どうにもならないから、彼は、ただ見送った。少年がうたた寝で乗っているカプセルを。様相はずいぶん違っても、自分たちと同じ目的の戦いへと出撃して行く、幼き戦士を。嬉しい気分で、頼もしい気持ちで、切なる祈りをこめて・・・・・・・・・・・・・・・・・・全てに“たぶん”を付けなくては、語れないことだけれども。


 今回の投稿は、ここまでです。そしてこの物語も、ここで完結です。

 いやー、長かった!疲れました。そして、読了くださった読者様方、お疲れさまでした!欠陥だらけで、突っ込みどころ満載で、まだまだ至らぬところの多い作品だとは思いますが、それでも、他にはない何かがある作品には、なったのではなかろうか・・いや、自惚れか・・。これから、まだまだ精進する必要を実感しつつ、それなりの満足感も、作者にはあります。

 で、お疲れ様の読者様に、こんなことを告げるのも申し訳ないのですが、次週から次回作の連載を始めます。間髪を入れずに連載を続けるという目標を、作者は勝手に掲げているので。

 次の作品は、ミリタリー要素や戦闘シーンというものが、ほとんど御座いません。スカッと爽快に楽しめるエンターテイメント作品というより、じっくりと世界観を味わって頂くことを目標にした、〝地味な”作品と言えるかもしれません。そしてそんな作品を書くには、より高度な技量が必要であり、作者にはそれが絶望的に足りないことも、しみじみと実感させられました。

 言い訳じみた発言の連発となってしまいました。それだけ不安要素が多いと感じている作品なのです。それでも書いたからには、投稿したくなるのが作者というものの性です。誰かに読んでほしいと、作者は思ってしまうのです。よく言えば「冒険的」で「挑戦的」な、悪く言えば「無理を承知」の「ダメでもともと」みたいな気持ちで送り出します。でも、「ファング」の中での世界観重視のシーンをお楽しみ頂けた読者様には、受け入れて頂ける可能性も、無くはないと思っています。いや、祈っています。

 というわけで、本作を読了くださった方々には、なにとぞ、次回作にも目を通して頂きたく、伏してお願い申し上げる次第です。

 と、こんなことを言っておいて、ちょっとふざけたことも申し上げます。「ファング」を投稿して来たようなペースは、作者にはかなり負担が重すぎるものでした。前作の「ウォータリングキグナス」からペースダウンしたのですが、それでもしんどかった。で、恐縮ですが、さらにペースダウンします。1回の投稿での内容量が、半分くらいになってしまう予定です。これくらいが、作者には限界なのです。

 それでも、毎週投稿は続けます。土曜日の17時に、必ず投稿します(1回、投稿日の設定を間違えたことがありましたが、投稿しなかったわけじゃないです)。1人でも多くの方に、引き続きお付き合い頂けることを、切に願っております。

 そんなわけで、改めまして、「アウター『ファング』閃く」を読了下さった読者様方、本当にありがとう御座いました。

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