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銀河戦國史 (アウター“ファング” 閃く)  作者: 歳越 宇宙 (ときごえ そら)
第6章  攻略
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第89話 解脱・印可・決闘

 「シュヴァルツヴァール」から出撃し、「ラストヤード」旗艦艦隊に守られた安全な領域を脱したカイクハルドの単位(ユニット)に、早速数隻の戦闘艇が襲撃して来る。

「軍政部隊じゃねえな。戦争の噂を聞きつけて集まって来た、戦場泥棒の(たぐい)だぜ、ありゃ。」

 戦場での危険は、敵だけでは無かった。概ね勝敗が決して、残党刈りの状態に戦況が遷移して来ると、こういう手合いの跳梁は活発になる。

「俺達をはぐれ部隊だとでも思って、掠奪の餌食にする気だろうが、舐めた事を後悔させてやろうぜ。」

「へっ、後悔する暇なんか、与えるかよ、カビル。あっという間に消してやる。」

 カビルの問に答えるカッサパは、実戦経験は浅くてもなかなか度胸が据わっている。10隻以上いた戦場泥棒の戦闘艇が、数分の後には無数の破片と化して、虚空に呑まれて消えて行った。が、新たな敵が、いつの間にか至近に迫っていた。今度もまた10隻近くいる。

 混戦になると、こういう場面が増える。撃破された艦の残骸などが原因で、敵の接近に気付くのが遅れてしまうのだ。

「今度のは、軍政の新鋭戦闘艇だ。同じようには行かねえぞ、気をつけろ。」

 新たな敵戦闘艇の出現に警笛を鳴らしたカイクハルドだったが、彼等の鮮やかなフォーメーション攻撃が、3隻の新鋭戦闘艇をあっさりと血祭りに上げた。その中の1隻は、近接阻止モードのレーザーによる、パイロットも気付かぬ内の撃破だ。今回が実戦デビューのパイロットを抱えているとは思えぬほど、手慣れた戦いぶりと言えた。

 更に、4隻目の撃破の為に、3回目のフォーメーション攻撃を彼等は発動した。が、その直後、カッサパの「ヴァンダーファルケ」が被弾し、爆散した。

「あっ・・あーぁ、運のねえ奴だな。ランダム微細動を繰り出している『ヴァンダーファルケ』に、敵レーザーが命中するなんて・・。そんなアンラッキーは、滅多にねえはずなのにな。」

 のんびりしているような言い草と裏腹に、カビルの「ヴァイザーハイ」は素早い動きを見せる。「ヴァンダーファルケ」を1隻失ったからには、彼の戦闘艇が代わりを務めて敵を挟み込む軌道をとらないと、フォーメーション攻撃が成立しない。

 3隻での応急処置的なフォーメーション攻撃でも、次々と軍政の新鋭戦闘艇を撃破して行く。残り3隻、と彼等の意気が上がっているところに、「ヴァンダーファルケ」が1隻飛び込んで来る。

「そっちの単位に入れてくれ!俺のいた単位は散開弾にやられて、俺を残して全滅しちまったんだ。」

「お前・・確か、ガンガダールの単位の・・・あいつまで、逝っちまったのか・・・・・。やれやれ、一体全体、どのくらいの損害が、出ている事やら。」

 彼の情報に、気を重くさせられたカイクハルドだが、攻撃力は彼の参加で向上した。あっという間に、残り3隻も血祭りに上げる。

「お前、さっき“実質的最高権力者の箱入り孫娘”への行列に、並んでた奴だな?ラーオンとかいったか?」

 付近に敵がいなくなり、余裕の出たカビルが思い出したように尋ねる。

「お、おお!そう言えばお前も、俺の前に孫娘を喰っていたな、カビル。お前が長過ぎるんで、待ちくたびれちまったじゃねえか。」

「へへへ、そりゃ、長くもなるさ。最上級の獲物だからな。お前の後も、まだ行列は並んでたか?」

「ああ、とんでもねえ大行列だったぜ。『ファング』の野良犬共に加えて『ラストヤード』の野獣共も、後から後からあの宇宙船に乗り込んで来て、大変な騒ぎになってたなぁ。百年分の『グレイガルディア』中の恨みや怒りを、あの孫娘が一身に請け負ってる、って感じだったぜ。えっへっへっへっへ。」

 仲間を全滅させられたばかりの男が、品の無い笑い声を高らかに響かせる。仲間を失ったからこそ、こんな話で笑っていないと、やっていられないのかもしれない。

 カビルがそこまで気を使って声をかけたとも思えないが、笑い声から何かを感じた気配はあった。次の敵を見つけるまで、カビル達は、“孫娘”をどう料理したかの話で、異様な盛り上がりを見せ続けた。

「随分、敵は減って来たな。味方の方が圧倒的に多くなっちまって、なかなか獲物に行き当たらねえぜ。そろそろ、『エッジャウス』攻略戦も終結、ってところ・・・おっと、居たぜ、敵だ。・・・中型戦闘艦と、その護衛の戦闘艇か。・・・中型戦闘艦は『ラストヤード』部隊に任せよう。護衛の戦闘艇を誘い出して、戦闘艦から離れたところで始末しょう。」

 カイクハルドの「ナースホルン」を先頭に、4隻の「ファング」戦闘艇が突進して行く。敵戦闘艦から引き離す手間は省けた。「ラストヤード」の戦闘艦5艦程が、敵艦を包囲して攻撃し始めたからだ。

 どこからか「ファング」第4戦隊第3単位(よんさんユニット)も姿を見せ、2単位で敵戦闘艇を蹴散らして行く。

「こっちが圧倒的に有利だけど、こいつら、気合いだけは満点だな。」

 敵を評したカビル。

「ここまで生き残って来て、幹部が集団自決した事を知っても戦い抜いてる連中だ。腕も度胸も1級品の奴等だぜ。こんな敗戦処理で無駄死にさせるのが、もったいないくらいだ。」

 そう言いつつも、容赦なく殺戮して行く。逃げるなり降参するなりすれば別だが、向かって来る以上は()るしかない。

「気をつけろっ!敵艦からの、バカでかい散開弾だ!」

「何をやっていやがるんだ、『ラストヤード』部隊は。5艦もの多勢で取り囲んだんなら、こっちへの攻撃なんかさせるなよな。」

 毒づきながら、彼等は一斉に回避した。

「別方向からも来てるぞ!ありゃ、流れ弾だな。多分、プラズマ弾だ。」

 圧倒的に優勢だが、混戦とは危険だらけだ。思わぬ方向から流れ弾が飛んで来る。意識的に彼らを狙った攻撃より、こういった流れ弾の方が回避し難い場合も多い。読みも予測も、通用しないから。

 何とか回避したが、高磁場の影響で、カイクハルドの「ナースホルン」は1秒弱の沈黙と盲目を強いられた。

「ヴァルダナ、125-311、ダッシュっ!」

 レーダーシステムが機能回復するや否や、ヴァルダナの「ヴァンダーファルケ」を発見したカイクハルドは叫んだ。襲い来ていた散開弾攻撃を回避させると共に、彼の方に向かって来させる角度を指示した。

 間一髪だったが、ヴァルダナは難を避けられた。

(カビルは・・・)

 見つからない。

 もう1隻の「ヴァンダーファルケ」は、残骸が発見された。爆散しても一部の機器が活動を続けていて、識別信号を発している。破壊された事とラーオンが死んだ事の、2つの訃報を単調な信号が語っていた

(さっきのプラズマ弾を回避した直後を、狙われたか、ラーオン・・・。カビルも、か・・・?見つからねえって事は・・・・・・)

 彼の死を予感しつつ、彼を探す。

 予感したとて、諦められるはずは無い。

 冷静な顔の中で、必死の目が上下左右に駆け回る。

(出て来い、カビル。)

 あっちのディスプレイにも、こっちのディスプレイにも目を走らせる。見つけたい。見つからない。探しているのに、見つからない。

 そして、見つからない。まだ、見つからない。どこにも見当たらない。見つけた。

「カビル!58-246、ダッシュっ!」

 指示通りの転進を、カイクハルドはディスプレイで認識した。カビルの「ヴァイザーハイ」が散開弾を回避した後、カイクハルドの「ナースホルン」に向けて軌道を変更した事も確認できた。

「ふうっ、危なかった。助かったぜ・・・。今、そっちに合流するぜ、かし・・・あ、やべ・・・あっ!あぁ!? ・・あーぁ、死んだわ、俺。」

 直後、カイクハルドもそれを、レーダーで視認した。彼の指示で1方向からの散開弾を回避したカビルだったが、別方向からも金属片群の壁が迫っていた。1つ目の金属片群の陰になっていて、カイクハルドには検知できなかったものだ。

 既に回避は、完全に不可能な位置関係だ。ほんのわずかな発見の遅れが、カビルには致命的な結果を招いた。

「・・・お前も、逝くのか、カビル。ま、よくやってくれたぜ、お前は、ここまで、ありがとよ。」

「へへへ、こっちこそ、『ファング』に入れてくれたおかげで、最高の人生だったぜ。権力者の箱入り娘も、大量に食い漁ったしな。千人は下らねえはずだ。“実質的最高権力者の箱入り孫娘”まで味わえたんだ、こんなイイ人生、滅多にあるもんじゃねえぜ。」

「そうか。満足できる人生だったんなら、言う事ねえな。あばよ、カビル。」

「ああ、あばよ、かしら。本当に、ありが・・・」

 カビルの命と体の消滅が、赤い光と共に彼の胸に突き刺さった。右膝あたりの鉄板に八つ当たりして、すぐさま気持ちを立て直す。

 ヴァルダナの「ヴァンダーファルケ」と「ナースホルン」の2隻で挟み込むだけのフォーメーション攻撃で、2隻の敵戦闘艇を葬ると、もう周囲に敵はいなかった。先ほど攻撃して来た敵中型戦闘艦も、既に小断片に引き裂かれている。

 それ以外にも、敵は見当たらない。

 しばらく飛び回り様子を見て行くが、戦闘を示す兆候は、どこにも全く見受けられない。

「すっかり終結しちまったか、この戦いも。」

「遂に軍事政権打倒が、完了したのだな。」

 ヴァルダナのカイクハルドに応える声には、嬉しさよりも虚しさの方が、深く濃く織り込まれている気がする。多すぎる犠牲の果てに成し遂げた結末に、どれほどの意味があるのだろう、という重い想いが心底に堆積して行く。

「・・戻るか、『シュヴァルツヴァール』に。なあ、ヴァルダナ。」

「応。」

 「応」とか「ああ」しか返らないのには慣れていたが、「応」が一つしか返らないのは寂し過ぎた。1つでも多くの返事を求めてカイクハルドは、集合命令を仲間達に発し続けながら「シュヴァルツヴァール」を目指した。パラパラと彼のもとに寄って来る「ファング」戦闘艇をディスプレイに見止め、わずかずつでも寂しさが薄れて行く。

「ちぇっ、42隻か。これだけしか、生き残らなかったのか。だがまあ、良く生き残ってくれたぜ、お前ら。でかい戦いはこれで、当分の間はねえだろう。報酬をたっぷりもらえば、盗賊や傭兵も、相当長期に休業できそうだしな。ここまで生き残ったお前らは、しばらくは安泰な日々が過ごせるんじゃねえかな。3人なんて制限も外して、女も大量に囲って、目いっぱい楽しく過ごそうじゃねえか。鉄砲弾がごっそり減った分を、補わなきゃならねえし。」

 自分自身にも向けられたその言葉で、深い感慨にカイクハルドが浸っている時、思いもよらない通信が届く。

「我との一騎打ちを、望む猛者はおらぬか!」

(何だと?・・何だよ、それ?今の時代に、一騎打ちだと?馬鹿げた事を、言っていやがるぜ。しかも、もうすっかり、戦闘は終結しているんだぞ。今更一騎打ちなぞやって、どんな意味が?)

 呆気にとられ、無視して「シュヴァルツヴァール」を目指そうとしたカイクハルドだったが、更なる通信に気持ちを奪われる。

「我が名はラフィー・ノースライン。軍事政権最後の総帥だ。お前達の敵の、最高位に位置する者であるぞ。我を討ち取った者には、最高の名誉と報酬が供されるはずだ。どうだ、我と一騎打ちで戦い、誰にも負けぬ名誉と報酬を手にしようと望む猛者は、おらぬのか!」

 カイクハルドの中で、何かが壊れた。

(軍事政権の、名目上とはいえ最高権力者。最後の総帥、ラフィー・ノースライン。百余年の歴史を、自分の代で終わらせちまった。統治の実権を奪われたまま、悪名や無数の恨みだけを押し付けられちまった。今はただ、死に場所を求めるしかなくなっちまったのだろう、憐れな傑物。それが、一騎打ちの相手を探して、呼びかけている。)

 ラフィーの人とのなりは、アジタに何度も聞かされている。統治の実権を彼が握ったのなら、悪政も民心の離反も、必ず食い止めたであろう才覚と見識を持った男だ、と言っていた。

 ファル・ファリッジに握られた実権を、取り戻せなかったばかりに、彼の手足であるはずの軍政軍閥が民衆を苦しめる様を、傍観するしかなかった、とも。

(盗賊として生まれ、ただ襲って殺して奪って犯してだけを、ひたすら続けて来た俺以外に、この一騎打ちの相手にふさわしい奴がいるのか。ラフィー・ノースラインの自己満足の為だけの、意味も価値も無い無駄な一騎打ちの相手は、一番生きる価値のねえ奴こそが、ふさわしいだろう。)

 一騎打ちを望むラフィーの気持ちは、カイクハルドには痛い程分かった。権力を奪われた絶望的な状態で、軍事政権を立て直そうと懸命に働き続けた彼には、思うがまま好き勝手に振る舞えた経験など、生涯の中で一度も無かっただろう。最期くらいは、目いっぱい自分勝手な戦いを繰り広げてみたい。そんな想いは、手に取るように理解できる。

 それに、巨大な罪の意識からも、逃れる事はできないはずだ。多くの恨みを買っている、軍事政権の名目上の最高権力者であるからには。自決などでは、その罪は贖えない、とも思っているだろう。

 反軍政の将兵達の眼前で、見苦しくあがいて無惨に血祭りに上げられてこそ、その罪は贖い得る。ラフィー・ノースラインはきっと、そんな風に感じているだろう。

 ラフィーにとっては、最期を迎えるにあたって、絶対に必要な一騎打ちだ。だが、回天成った、新時代の「グレイガルディア」に生きるべき人間には、こんな一騎打ちで命を無駄に散らさせるわけには行かない。

「この一騎打ちの相手をするのは、俺以外にはねえ!」

「はぁ!? な・・何言ってるんだ、か・・カイクハルド。」

 通信機は、ヴァルダナの低く重い言葉を忠実に伝える。「正気か?もう、噴射剤もギリギリなんだぜ。『シュヴァルツヴァール』に、なんとか帰り付ける分くらいしか、残っていないんだ。こんな一騎打ち、放っておけ・・・」

「うるせえ!ヴァルダナ。俺は、盗賊兼傭兵だ。好き勝手に生きて、好き勝手に死ぬんだ。まるきり無駄と分かっている一騎打ちに命を賭けるのだって、俺は、俺の一存で、勝手にやるんだ。」

(ラーニー達の言う通りだったな。ラフィーの声を聞くまでは、全く気付かなかったが、今となっては、はっきり分かる。)

 さっき組み伏せた彼女の、潤んだ瞳を思い出した。(あいつが言った通り、俺には、この戦いから生きて帰る意欲は、初めから無かったんだ。ここが俺の死に場所だと、心のどこかで、最初から決めていたんだ。)

「か・・カイク・・・」

 戸惑った呟きのヴァルダナの声を届ける通信機に、彼は遮るように叫び返した。

「軍事政権の最高権力者との、一騎打ちに散る人生だぜ。上出来ってもんだ。その為だけに俺の命も、人生もあったのだって言われたって、俺には不満はねえ。」

「そ・・・そん・・・・・、わ・・分かったよ。」

 溜め息と共に、小さな笑みを浮かべたヴァルダナ。「勝手にしろ。それが、あんたの選んだ道なら・・・」

 レーダー用ディスプレイ上で、彼等から離れて行くカイクハルドの「ナースホルン」を、ヴァルダナは視認していた。

「お前が、指揮をとれ、ヴァルダナ。」

 離れて行きながら、カイクハルドからの最後の指示が届く。

「な・・何で、俺なんだ?俺より経験のある奴も、生き残っているだろう?隊長や単位(ユニット)リーダー経験者だって。何も、俺なんかに・・・」

「良いんだよ。もう後は、『シュヴァルツヴァール』に戻るだけなんだからよ。戦闘を指揮するような事には、もうなるはずもねえだろ。その後どうするかは、残った奴等で、話し合うなり殴り合うなり殺し合うなりして、勝手に決めれば良い。けど、お前もこのところ、すっかりリーダー格になりつつあるんだろ、若い奴らの間では。自然発生的にそうなったリーダーってのは、なかなかに貴重な存在なんだぜ。その辺も頭において、これからの事を決めろ。」

 しばらく唖然として、躊躇(ためら)いの情に包まれていたヴァルダナだが、突如自信と決意が、心のどこかから湧き上がって来た。

「分かった。やるよ。今から俺が、『ファング』のかしらだ。」

「よし、任せた。じゃあなヴァルダナ、あばよ。」

 遠ざかる「ナースホルン」のレーダー反応と、それに急接近する戦闘艇の反応を、ヴァルダナはディスプレイに見て取る。ラフィーの駆る戦闘艇だとは直ぐに判断できたが、識別の結果をみて驚かされた。

「なんだって!奴の戦闘艇も、『ヴァンダーファルケ』じゃないか!」

「おい、ヴァルダナ。トゥグルクだ。」

 突如、別の通信が割り込んで来る。「アジタが、通信を中継して、敵の戦闘艇パイロットと話しをさせてくれ、と言って来ている。敵のパイロットを呼び出せそうか?」

「あ・・ああ。」

 良く状況を理解出来ないまま、ヴァルダナは言われた通りにした。呼び出しをかけた敵パイロットは、直ぐに通信に応じた。コンソールを叩いて、アジタの宇宙船との通信の中継も素早く設定する。

「ラフィー殿、一騎打ちなどの為に『ヴァンダーファルケ』を授けたわけではありませんぞ。あなたがその気になった時に、生きてこの宙域から脱出できるように、と私は配慮したのに・・」

「アジタ殿、申し訳ない。あなたのお気持ちを、踏みにじってしまった。だがどうか、私の最後の我儘を許して欲しい。どうしても、最期は一騎打ちで迎えたいのです。」

 アジタの声に咎める色は無く、ラフィーの声にも謝罪の念は籠っていない。両者共、笑ってあっけらかんと話し合っているのが、ヴァルダナにも分かった。

「あなたには是非、生き残って欲しいと切に願っておったが、戦いに散る事をお選びなさったか。事ここに至っては、もう何も申しますまい。それが、滅び行く軍閥の棟梁としては、最も気分の晴れる散り方なのでしょう。」

「はい、アジタ殿。総帥という地位を受けながら権力より退けられた私には、あなたと過ごした時間は救いでした。幾重にも、お詫びとお礼を申し上げたい。が、戦いの時が目前に迫っています故、これにて、さらばです。」

「何だよ、別にもう少しくらい、待っててやるぜ。気の済むまで、別れの挨拶をしていろよ。」

 割って入るカイクハルド。苦笑を浮かべ、通信機越しにヴァルダナは聞き耳を立てていた。

「何を?さては、おぬし、私との戦いに臆しおったな。腰抜けめ!やはり『アウトサイダー』などというのは、その程度の俗物の集まりだったのか。」

「何だと、言いやがったな、てめえ。目にもの見せてやるぜ。」

「よおしっ、そう来なくては。では、始めるかぁ。やぁやぁ、我こそは、伝統と栄光に溢れる大名門軍閥『ノースライン』ファミリーの棟梁にして、百余年に渡って『グレイガルディア』に君臨した軍事政権の誉れ高き第16代総帥、ラフィー・ノースラインその人であぁる。いざ尋常に、勝負!勝負ぅっ!」

「うるせえな。こっちは伝統も栄光も、なぁんにもねえ、誰が親かも、どこで生まれたのかも分からねえ、盗賊としてのみで育て上げられて来た、ただの『アウトサイダー』、カイクハルドだ。尋常かどうかなんぞ知ったこっちゃねえが、とにかく勝負はしてやるぜ。」

「上等、上等、相手にとって、不足なぁぁぁし!」

「ほ・・本当かよ?」

 ラフィーは、張り裂けんばかりの甲高い声で叫んだ。それは、彼がそれまでの人生の中で一度も出した事の無い声だ。が、カイクハルドは無論、そんな事は知る由も無い。こういう声の男だ、と思っているだろう。

 カイクハルドの「ナースホルン」が、ファングパイロット以外なら即死であるはずの加速で、ラフィーの「ヴァンダーファルケ」に直進した。すかさず旋回回避を試みたラフィーの動きは、「ファング」パイロットの目には素早いとは言えないものだったが、並の人間としては一流と呼んで良い動きだ。

 レーザー銃が、幾つもの幾何学模様を、光の線で虚空に描く。「ヴァンダーファルケ」の5門と「ナースホルン」の2門が、時に同時に、時に交互に、続けざまに、レーダーとコンピューターとパイロットの勘が選び出したポイントへの照射を繰り返す。

 的の小さい「ヴァンダーファルケ」を、「ナースホルン」の2門のレーザーは、なかなか捕えられない。的の大きい「ナースホルン」だが、流体艇首が、5門もある「ヴァンダーファルケ」のレーザーを、ことごとく遮る。

 ラフィーは、可能な限り流体艇首の狭い範囲にレーザーを集中するよう、懸命に努める。ヴァルダナはレーダーデイスプレイ上で、「ナースホルン」の周囲にレーダー波を乱反射する空間が生じているのに気付く。

(流体艇首から蒸散させられた流体金属が、「ナースホルン」の周囲に滞留してレーダー波を攪乱しているのか。一か所にレーザーを集中した事による現象だ。)

 ヴァルダナがそんな判断をしている間に、「ヴァンダーファルケ」が「ナースホルン」の背後をとった。レーダー波を攪乱され、カイクハルドが「ヴァンダーファルケ」を見失ったのだろう。

「もらったぁっ!」

「おっとどっこい。」

 背後から照射されたレーザーを、素早く「ナースホルン」を反転させたカイクハルドが、流体艇首で受け止めた。見失ったが、読んでいた、という動きだ。

 その直後の「ヴァンダーファルケ」の素早い離脱も、防がれるのを予期していたに違いないものだ。

「やるな。さすがは最強の盗賊団兼傭兵団『ファング』のかしらだ。最期の一騎打ちの相手がお前で、実に光栄に思うぞ。」

「やかましいっ!もうかしらじゃねえ。引退したんだよ。そっちこそ、強化手術も受けてねえ身体で、生意気な動きを見せてくれてんじゃねえか。」

「下らぬ世辞なら、聞く耳持たぬ。格闘に不向きな『ナースホルン』を相手に、格闘向きの『ヴァンダーファルケ』でこうも仕留められぬとは、忌々しい奴め。私も、まだまだだであるという事だな。だが、一騎打ちはここからだぁっ!ぐあっあああっ!」

(すごい動きだ!「ファング」パイロットの、一歩手前くらいの技能だぞ。失神寸前か、1秒未満くらいの失神に至ってるかもしれない旋回だ。自分の体の限界を見極めた、絶妙かつ鬼気迫る軌道だ。)

 レーダー用ディスプレイで観戦しているヴァルダナが、心中で唸った。

 的の大きい「ナースホルン」に、レーザーが容赦なく突き立てられる。巧みに流体艇首で受け止めてはいるが、あまり命中が多いと、防ぎ切れなくなる。蒸散した流体艇首によるレーダー攪乱も、いよいよ深刻な影響をカイクハルドに及ぼしているだろう。

(噴射剤も、カイクハルドの方は残り僅かだ。余計な動きで浪費するわけにいかないし、と言って、いくら動きをセーブしても、仕留めるのが遅いと先に動けなくなる。どっちが勝つか、全く予測が付かない戦いだな。)

 だが、ヴァルダナが彼等の一騎打ちを観戦できたのも、ここまでだった。ヴァルダナの「ヴァンダーファルケ」のレーダー探知圏から、一騎打ちの宙域は出て行ってしまった。

「全員、真っ直ぐ『シュヴァルツヴァール』を目指すんだぞ。」

「応、かしら。」

「ああ、分かってるぜ、かしら。」

 (いら)えを返すパイロット達は、「ファング」の新しいかしらにも、変わらず従う意志をも伝えている。

 1時間と少しの飛翔で、彼等は「シュヴァルツヴァール」に帰り着いた。真っ直ぐに航宙指揮室へと、ヴァルダナは駆け込んだ。トゥグルクはいつもと変わらない様子で、派手なアロハシャツを着て、脚の上の裸同然の少女とイチャついている。

「カイクハルドは、モニターできているか?」

「いや、とっくにロストした。派手に動き回って、戦っていやがったからな。少しの無人探査機しか飛ばしてねえ状況では、トレースし切れるもんじゃねえ。」

 やや寂し気な色が眼の奥には見えるが、彼もすっかり踏ん切りを付けているらしい。少し黙っていた後に、ヴァルダナに向かって再び口を開いた。

「そろそろ、『ラストヤード』の旗艦を追いかけて、この宙域を離脱した方が良いだろ?なあ、かしら。」

「彼等は一旦、オールトの雲にある臨時拠点に戻るのか。追いかけて、報酬を受け取らないとな。彼等の傭兵として戦って、『エッジャウス』陥落を勝ち取ったんだから、報酬はたっぷり弾んでもらわないと。」

「そういう事だ。勝利した軍の将として、ターンティヤーもこれから忙しくなるだろうから、早いとこ報酬をせがみに行かないと、取りっぱぐれる可能性もあるぜ、かしら。」

 やたらと“かしら”にアクセントを置いて、トゥグルクは意見した。

「もう、一騎打ちが始まってから、2時間以上か。戻っては来ないな。結着は付いているはずだし、噴射剤も、とっくに無くなっている頃だ。塵を捕集する電力も、足りないはずだし。」

「うむ。戻る可能性は、まず皆無だな。」

「・・・よしっ、『ラストヤード』の旗艦を追いかけて、『シュヴァルツヴァール』を発進させてくれ、トゥグルク。」

「応よ、かしら。」

 足にググッと迫り来る旋回の遠心力は、これまでに感じた事の無い重圧をヴァルダナに押し付けた。かつての主への未練を断ち切って、「シュヴァルツヴァール」は力の限りの前進を試みている。

 急に疲れを感じたヴァルダナは、トゥグルクの隣の席に体重を預けた。かつて、カイクハルドの専用だった席だ。

 脱力して、ボーっとしているようで、その視線は幾つかのディスプレイへの注意を逸らしてはいない。接近したり通信を求めて来る戦闘艇があれば、反応を示すはずのディスプレイだ。何の兆候も告げないそれらを、長々と見つめ続けた末に、ヴァルダナは言った。

「カイクハルドの部屋に、入れるようにしてくれるか。」

「かしら専用の部屋だからな。これからは、お前が使っても良いんだぜ。」

「じゃあ、使う。」

 立ち上がったヴァルダナは、躊躇(ためら)いがちな3歩の後、踏ん切りをつけた大きな歩幅で、航宙指揮室を後にした。

 ついさっき自室になった部屋のドアが眼の前に近付いた。あと一歩踏み込めば、自動で開くはずだ。踏ん切りをつけたはずだったが、改めて躊躇に見舞われる。

 大きく深呼吸して、ヴァルダナは踏み出して行った。

 ドアが開く。ラーニーと目が合う。

「・・っ!ヴァ・・ヴァルダナ・・」

「姉上、お・・お久しぶりで・・・」

「・・やはり、『シュヴァルツヴァール』に乗っていたのね。『ファング』の、パイロットなのでしょ?戦闘艇で、戦っていたのでしょ?」

「ご・・ご存知、だったのですか?その事を、姉上は。」

「ふふっ、知らないわ。」

 軽やかな微笑みは、カイクハルドが一度も見た事の無いものだろう。「知らないけど、そんな気はしていたわね。カイクハルドの態度や口ぶりからも、あなたがパイロットとしてここにいるのだろうって、思えた事が何度もあったわ。」

 隠していた事を、咎めたり非難したりする様子は、ラーニーには見えなかった。柔らかい物腰で、部屋に入って来るように最愛の弟を促した。

 部屋に踏み込むと、テーブルの上のラザニアが目に付く。カイクハルドに食べさせようと、ラーニーが用意したものなのは明白だ。

「あなたがこうして、この部屋に来たという事は、それを食べるのは、あなた以外には居ないのでしょうね。」

「はい。カイクハルドは、ラフィー・ノースラインとの戦闘艇での一騎打ちに飛び出して行き、そのまま、戻って来ませんでした。噴射剤の残量などから考えても、もう、戻って来る事は、あり得ないでしょう。」

「死んだのを確認したわけじゃないけど、生きている事を、期待するような状態じゃないのね。」

 姉の声を聞きながら、ヴァルダナはカイクハルドが座るはずだった席に着き、カイクハルドが食べるはずだったラザニアを口に運んだ。もぐもぐと口を動かす彼の頬には、流れ伝う滴があった。

「うふっ、どうしたの、ヴァルダナ?美味しくない?」

 2年の隔絶など感じさせぬ、姉の弟への、慈愛に満ちた声が響く。

「・・・俺、あいつを殺して、姉上を連れて逃げ出してやるって、ここに来た時、あいつにに・・」

「私も初めは、そんなような事を思っていたわ。彼が誰かに殺されでもしなければ、私は自由の身になれない、と思っていたから。でも、それは短い期間だった。いつしか、『ファング』の活動の延長線上に、自分の未来を想い描くようになっていたわ。」

 勢いよく、ヴァルダナがラーニーを振り返った。驚いたような顔がそこにある。

「あ・・姉上も?お・・俺も、あいつが戻って来ないからには、ここから姉上を連れ出さない理由が無くなった、と思って、それをやらなきゃ、って思って・・・」

「でも、それを辛く感じ始めたから、泣けて来たのね。」

 涙を拭おうともせず、真っ直ぐにラーニーを、ヴァルダナは見詰めた。

「俺、もう、『ファング』を離れる事はできません。『ファング』パイロットとして、根拠地で暮らす人々や、『グレイガルディア』の為にできる事を、やっていきたい。本来なら、『ハロフィルド』ファミリーの再興を目指すのが俺の責務だし、サンジャヤ兄様の名誉回復にも努めなければならないのが、俺の立場です。ですが・・皇帝親政が実現した今、ムーザッファール陛下への拝謁の機会を得れば、それは叶うはずですが・・・ですが、俺は・・・」

「それよりも・・『ハロフィルド』を再興するよりも、兄様の名誉を回復するよりも、『ファング』の根拠地を盛り立てて行く方が、多くの人を幸せにできるでしょう。もと『ハロフィルド』の領民だった方々もそうですし、私達も。」

「姉上・・・」

「さあ、ヴァルダナ。カイクハルドを継いで、『ファング』のかしらに収まったのだから、これからが大変よ。まずはしっかり食べて、英気を養いなさい。」

「え?・・なぜ、俺が、かしらを継いだって・・・」

「うふふふっ、そんな事、言われなくても、分かるに決まっているじゃない。さあ、早く食べなさい、ヴァルダナ。」

「は・・はい、姉上。」

 取りつかれたような勢いで、ヴァルダナはラザニアを掻き込み始めた。数年ぶりに口にする姉のラザニアと、その間に彼の骨肉となった様々な出来事を、しみじみと味わいながら。

 今回の投稿は、ここまでです。 次回の投稿は、 '19/10/12  です。

 ここでの一騎打ちを描きたいがためだけに、ラフィー・ノースラインというキャラクターを登場させたとも言い得るかもしれません。主人公の最期の姿をどうまとめるかという課題においても、一騎打ちが手ごろかな、という考えがありました。その相手を用意しておく必要から、早めの段階かららラフィーに登場してもらったわけです。で、登場させたからには、ラフィーの軍政内部での奮闘ぶりも描かなくてはと思いつつ、あまり詳細には踏み込めなかった件についても、以前に後書きでお話したかと思います。いろんな想いが後から後から付け加わってきたわけですが、元をたどれば、この一騎打ちに行き着くわけです。物語の締めくくり方としての一騎打ちというのもありますが、物語の世界観構築の上で、是非、一騎打ちを描きたかったというのが、一番大きな動機です。背後に横たわる「グレイガルディア」という国の長い歴史を、うっすらとでも読者様に意識して頂けていれば、上出来というものなのですが、いかがでしょうか?この物語自体が、とても長いものになりましたが、その背後に、もっととんでもなく長い歴史が存在することを感じてもらう、というのを基本テーマに描いてきた「ファング」でしたが、どうだったでしょうか。作者は力の限りを尽くしたつもりなので、後は、読者様の評価を待つしかありません。というわけで、

次回  第90話(本編最終話) 無限へ、永久へ、深淵へ  です。

 いかにも締めくくりといった内容が、タイトルからモロバレですが、まとめは必要だと思うので読んで頂きたいです。本説話もまとめ感の強い内容だったかと思いますし、本編最終話の後にも‟エピローグ”というまとめがあり、一体、何回まとめれば気が済むんだ、と言われてしまいそうです。ですが、「ファング」の戦い、「グレイガルディア」の運命、そして全銀河全人類を含むシリーズ全体の世界と、この物語は重層構造を成しているので、まとめもそれぞれの次元ごとに必要となるのです。などという作者のくどい言い訳をご甘受頂き、是非、全てのまとめに目を通して頂きたいのです。なにとぞ、よろしくお願いいたします。

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