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銀河戦國史 (アウター“ファング” 閃く)  作者: 歳越 宇宙 (ときごえ そら)
第6章  攻略
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第88話 帝都にて三傑の鼎談

 数時間の休憩を終えた後、げっそりした顔で「ナースホルン」のコックピットに、カイクハルドは身を沈めていた。休憩前より疲れていそうだ。

「いったい、何なんだ、あいつらは。生きて帰って来て欲しいなら、余計な体力を使わせるんじゃねえよ。」

「どうしたんだ、カイクハルド?ずいぶん楽しい休憩を過ごしたみたいだな。」

 ヴァルダナに声を掛けられると、なぜかカイクハルドは後ろめたい気分になった。どんな悪事も悪びれずにやってのけてこそ、盗賊というものだろうに。

「うるせえよ。何も、楽しくなんかねえよ!」

「なんだ?かしら。いつになくムキになってんな。せっかくの休憩なんだから、楽しく過ごさねえとな。俺なんか、軍事政権の実質的最高権力者の箱入り孫娘を、目いっぱい堪能してやったぜ。かしらのご要望通り、『グレイガルディア』中の軍政を恨んでいる奴等が、ここまで酷い目に遭わされたのなら命ばかりは勘弁してやろう、って思えるくらいの辱しめを、喰らわせてやったぜ。」

「そうか。わざわざ、アジタの宇宙船にまで、出向いたんだってな。ご苦労な事だ。それで、軍政側の兵の反応は、どんな感じだったんだ?カビル。」

「ああ、そりゃもう。『ラストヤード』部隊から選ばれた兵達もアジタの宇宙船に乗り込んで来て、寄って集って散々に弄んで、惨憺たる有り様に仕立て上げてやったからなあ。あの憐れな様を見てまだ、その娘を殺せ、なんて言う奴は、『ラストヤード』部隊には一人もいなかったな。」

「そうか。『ラストヤード』は軍政の中でも、特別に不当な扱いを受け続けた軍閥だからな。そこの兵が、殺せって主張する気を無くすほどの目に遭わせたのなら、生かしておいてやれそうだな。」

「あんな事をしなけりゃ、生かしておいてやれねえもんなのか?」

 ヴァルダナには納得し難いものがあるようだ。「けど、長年『グレイガルディア』中の民衆を苦しめ続けて来て、多くの命の上に贅沢三昧して来たのだから、あんな目に遭うのも、自業自得なのかな。生きていられるだけで、御の字かな。」

「そういう事だ。だが、人の命をどうのこうの言う前に、今は自分達の命を気遣う番だぜ。もうだいぶ『ラストヤード』の側が優勢だが、出撃するからには命の取り合いだ。気合入れろよ。」

 仲間を激励しておいて、カイクハルドは内心で呟く。

(俺のどこが、死なねえ事への執念を無くしてる、って言うんだ?いつも通りの気分だぜ。生きて帰れるかどうかは知らんが、いつもと変わらねえ気持ちでの出撃だ。あいつら本当に、何を言っていやがったんだ?)

 想いは心中に(わだかま)るが、「ナースホルン」が「シュヴァルツヴァール」から射出されると同時に、それらは意識の奥底へと封印された。

「よし、敵戦闘艇を見つけ次第、フォーメーション攻撃を仕掛けるぞ。できそうか?カッサパ。」

 カイクハルドの単位(ユニット)メンバーだったバルバンが既に戦死し、新たに彼が単位に加わっていたが、フォーメーション攻撃を実戦でやった経験はまだない。補充要因として「シュヴァルツヴァール」にやって来た段階で、ある程度の訓練は実施していたが、実戦と訓練は別物だ。

「やってみなきゃ、分からねえよ。けど、やらなきゃ、できるようには、ならねえだろ?」

「そういう事だな。じゃあ、やってみよう。」

 「ラストヤード」の旗艦艦隊に守られた、安全な宙域から飛び出して行く彼らを、レーダー用ディスプレイの上で、アジタは長く見つめていた。

「やっぱり、アジタも心配に感じているのね、カイクハルドの様子に。」

「やあ、ビルキースじゃないか。」

 彼女が彼の船に移乗したのに気付いていなかったアジタは、一瞬虚を突かれたような顔になった。が、ビルキースを視界の中に見止めると、危惧も憂慮も全て拭い取ってもらったように、柔らかな笑顔を浮かべた。

 アジタの笑顔を目にして、ビルキースの微笑みも一層鮮やかな彩りを呈した。十数年前、瀕死の重傷を負ったビルキースの体だけでなく、心をも救ったのがアジタの笑顔だ。彼の笑顔ほど、ビルキースに安心感を与えるものは無い。

「何か、様子がおかしかったのよね、カイクハルド。10年以上も会ってなかったあたしが言っても、説得力が無いんだけど。」

「それについては、私も同様だが、やはり、あいつの様子には違和感を覚えるな。既に勝負の決した戦いに首を突っ込み続けているのも、単位ごとに広く散開している戦術にも、訳は理解できるし筋も通っていると思うが、わしの知っているあいつなら、やらない気がする。」

 父に寄り添う娘の勢いで、ビルキースは肩に肩をぶつけながら、アジタの隣に腰を降ろした。

「ふーん。あたしには、そういう難しい理屈は分からないわ。けど、短かった彼とのやり取りの間だけで、いつもの彼とは違うなって思ったのよ。根拠も何も無い、直感的なものなんだけど。」

「ははは。男の根拠十分な理屈より、女の根拠の無い直感の方が、たいていは真実を射抜いているものさ。やり取り、というのも、言葉を用いてのそれだけでは、ないのだろうしな。」

「うふふっ」

 談笑に浸ろうと努めた2人だったが、直ぐに表情は沈んだものになった。

「・・・あいつ、もう、戻って来ないかも、しれないな。」

 アジタの言葉と同時に、ギュッ、とビルキースの手が、アジタの腕を強く掴んだ。

「・・そう・・思うんだ、アジタも。」

「戦術から、生き残る事への執念が感じられん。命の危機に飛び込みながら、多くの仲間を失いながら、それでも、これまでのあいつの戦いには、生きる事への執念のようなものがあった。だが、今のあいつは・・・」

「そっか。あたしも・・・何て言うか・・牙が見えなかった。十年前には、あったはずの、彼の眼の奥で(ひらめ)く牙が、少し前に、話した時も、抱かれている時にも、見つけられなかった。彼の心の中で、何かが消えたみたいに。」

 アジタの腕を掴む、ビルキースの手には力が増して行き、切迫感をすら纏っている。言葉も無く、何かの痛みに耐えるアジタとビルキース。

「だが、まあ」

 無理に気持ちを切り替えようとした、アジタの明るい声。「10年も会っていなかったんだ。勘違いの可能性だって高いだろう。わしも、お前もな。だから、今は、思い出話でも準備して、あいつの帰りを信じて待っていよう。」

「うん。」

 アジタの腕を解放したビルキースにも、穏やかな笑顔が戻っていた。

「思い出と言えば、やはりあの『銀河連邦グレイガルディア第1支部』だな。それを抱え込んでいる円筒形宙空建造物で過ごした日々だ。あの頃にはわしも、軍事政権を善政に導く事に自信を持っていて、『ファング』の活動には批判的だった。今となっては、カイクハルドの方が正しかったのかなと思える。」

「そんな事、彼は言わなかったでしょ?それぞれが、それぞれに、できる限りの事をやったのよ。アジタもあたしも、カイクハルドもイシュヴァラもジャールナガラも。あぁ、名前を口にしたら、色々と思い出してきちゃう。みんなで話し合ったね、これからの『グレイガルディア』について。あたしには、ほとんどがちんぷんかんぷんだったけど、皆の熱意だけはよく分かったわ。あの時のカイクハルドの熱に撃たれちゃったから、あたしは今、こんな事をやっているようなものよ。」

「うむ、懐かしいなあ。人工のものとはいえ、建造物内には穏やかな陽光が満ちていて、遠くに森の緑が揺れるのを眺められる草原があって、そこに座り込んだり寝そべったりして、日がな一日、ああでもないこうでもないと、風に頬を撫でられながら天下国家を論じ合った時もあった。」

 2人の目が、遠くを泳ぐ。それから色々な事が変化し、更に今から、もっと決定的な、取り返しのつかない変化が訪れようとしているかもしれない。二度と戻れないと認識すればするほど、思い出とは、鮮明に思い出されて来るものだった。

 あの日の草原の臭い、森の音、風の肌触りまで、生々しいほど鮮明に(よみがえ)って来る。ビルキースにもアジタにも、イシュヴァラとジャールナガラの声が聞こえていた。そして何より、若き日のカイクハルドの声が、爽やかな空気の中に轟くのが、はっきりと聞こえていた。


 円筒形宙空建造物の中にある、深緑の森を遠くに眺め、若々しい草原を足下に感じ、風に頬を撫でられながら、遠い日々を、彼等も思い出していた。

 思い出しているのは、イシュヴァラとジャールナガラだった。思い出されているのはアジタとビルキースと、そしてカイクハルドだった。

 彼等の声を運ぶ風は、人工建造物の中のものだから、人工の風だ。だが、ファンなどで強引に作った風では無く、建造物内の温度のムラなどによって引き起こされた、より自然に近い風だった。人工だが自然発生的な風、と言って良いかどうかは、分からないが。

 カイクハルドの声を運ぶのは、過去の「銀河連邦グレイガルディア第1支部」の風だったが、今、イシュヴァラとジャールナガラが感じているのは、「ノヴゴラード」星系第5惑星の衛星軌道上都市に吹く風だ。帝都の風が、彼らを撫でているのだ。

 百年余りに渡って軍事政権の支配下に置かれていた帝都は、今はアウラングーゼ・ベネフットの管理下にある。「シックエブ」に常駐する将兵達の家族を養うというのは、これまでもこれからも、変わりはしないだろう。

 近いうちには、皇帝ムーザッファールの還幸をも寿ぐ予定になっている。古来からそうであった、皇帝安住の場所という名誉ある地位を、数年ぶりに帝都は取り戻せる。「グレイガルディア」における政治と経済の中心の座も、百余年ぶりにここに帰って来るはずだ。

 アウラングーゼの迅速で行き届いた手配り気配りで、戦役を嫌って逃げていた住民達も、続々とここへの帰還を果たせそうだ。「シックエブ」からここに連れて来られていた、「ファング」の捕虜となった者達の多くも、秘密裏に「ベネフット」ファミリーに身柄を引き渡され、たいていは平穏な生活を取り戻せそうだ。

 帝都は、活況と繁栄を取り戻しつつある。皇帝に先んじてここに乗り込み、皇帝を迎え入れられる状態かどうかを確かめる任を負っていたイシュヴァラとジャールナガラも、確信を持って色良い報せを皇帝に上奏(じょうそう)できる、というものだ。

 しかし、今の2人は、そんな任務の件はすっかり頭になく、遠い日に見た同じ円筒形宙空建造物の中の風景を、しきりに思い出している。

「あの頃、侃々諤々(かんかんがくがく)の議論を戦わしたのも、こことほとんど変わらん環境であったな。」

と、遠い目を続けながら語るイシュヴァラに、ジャールナガラは冷やかすような笑顔を見せる。

「おぬしとアジタの、連邦エージェントとしての活動に関する見解を違えた論争は、今思い出しても目が回って来るぞ。上から変えるの草の根からが大事のと、朝から晩まで、口角泡を飛ばしておったもんだわい。」

「あはは、それを言われると、恥かしい限りだ。」

 坊主に丸めた頭を掻いて、イシュヴァラは笑った。「あの頃は若かった。どちらの言にも一理あり、どちらの主張も不十分だ、と今になっては思うのだがな。あれから、それぞれの立場で、それぞれの想いで、それぞれに活動を続け、時には協力し合いながら、今ようやく1つの結果にたどり着いた。軍事政権打倒と皇帝親政復活というこの結果が、果たして正しかったのかどうかは、これから問われる課題だがな。それでも、皆の力で一つの結果にたどり着けた事は、誇りにも喜びにも思うぞ。」

「全くだな。だが、あの頃の日々で一番思い出すのは、ビルキースの絶世の美貌とプロポーションだな。15歳の当時にしてあれだけ凄かったのだから、今はどうなっている事か。わしはあれ以来一度も見ておらんから、気になって仕方ないわい。おぬしは、何度が会っておったようだがな。わしに抜け駆けしよって。」

 冗談めかした笑顔で言っているが、ジャールナガラの目の奥には意外と、真剣な嫉妬が見え隠れしている。

「うむ。何度か会ったが、会う度に色香を増して行っておったな。あのお嬢は。」

 ジャールナガラの目の色に気付いているのかいないのか、イシュヴァラの答えはケロリとしたものだ。

「そうかぁ!やはり、色っぽくなっておるのか、ビルキースは。カイクハルドめ、あのお嬢とどんな楽しい時間を過ごしているのか、考えるだけでウズウズして来るぞ。」

 2人は、それぞれの表情でカイクハルドに想いを馳せた。が、少しするとその表情は、同じく沈んだものに変じていた。

「・・・帰って来るのだろうか、あいつは。」

「うーむ。」

 ジャールナガラの問に、歯切れの悪いイシュヴァラ。「殺しても死なぬような男だったが、これまでは。いつ死んでもおかしくない、と本人も言い続け、その言葉通りの戦いを繰り広げて来たが、死にそうな気配を感じた事は無かった。」

「うむ。だが、軍政打倒の成就が見え始めた頃からかな、わしが異変を感じ始めたのは。」

「・・・私は、かなり以前より感じておった。あいつの命は、初めから、軍事政権打倒を終着点にしているのでは、ないだろうか、と。」

「そうか・・・」

 男2人がまた、沈黙と共に、遠くの森の景観に心を遊ばせる。

「自ら命を断つような男では無い。」

 不意にジャールナガラを真っ直ぐに見て、イシュヴァラは告げた。「戦闘で不覚を取るとも思えん。あいつが、どうやったら死ぬのか、見当がつかん。だから、取りあえずは帰って来るものと、思っておこうではないか。」

「そうだな。」

「おおっ、ここにおられましたか、御両名。」

 背後から掛けられた声に、2人は同時に振り返った。木目の鮮やかな壁を天高く起立させた、威風堂々の建物から、1人の男が歩き出して来た。

 “天”と呼び得る上部空間があり、建物が必要になる程の風が自然発生的に生じるのが、この円筒形宙空建造物だ。どちらも、「グレイガルディア」のほとんどの民が見た事も無いものだ。さすがに、雨までは降らないが、散水による疑似降雨は演出される事がある。

「お待たせ致して、申し訳もありません、アウラングーゼ殿。もう間もなく参られると思います故、どうぞお部屋でおくつろぎになって、お待ちください。」

 軍閥棟梁としては、恐らく今では、「グレイガルディア」で最強の権勢を保持しているであろう男が、そうとは思えぬ邪気の無い童顔を笑わせ、イシュヴァラやジャールナガラと同じ庭に立った。

「いえいえ、私もここで待たせて頂きたい。こんな開放的な“空”や“風”など、私もほとんど経験の無いものですゆえ。」

「そうですか。軍事政権内でも中枢に座を置いていた名門軍閥『ベネフット』の棟梁殿ともなれば、『エッジャウス』にあるもので何度もご経験か、と拝察致しましたが。」

「これは、お買い被りを。」

 大袈裟に手を振って、アウラングーゼがイシュヴァラに応じた。「私など、軍政においては嫌われ者の上に日陰者で、ラフィー閣下に目を掛けて頂けねば、とっくに消されていたはずの男です。」

「アウラングーゼ殿のような名門出身で才覚溢れる方を、そのように邪険に扱った事が、軍政の命運を尽きさせたのでしょうな。」

 ジャールナガラは素直な意見を言ったのだが、アウラングーゼはこれにも、バツの悪そうな顔を向けた。

「いやはや・・その・・あまり大人物に、祭り上げないで頂きたい。軍政配下に居た軍閥を掌握する立場になってしまった手前、帝政貴族からは、警戒されやすい嫌いがあるので・・・」

「正直に申しますと」

 少し表情を改め、真っ直ぐにアウラングーゼを見たイシュヴァラ。「軍政配下だった軍閥を掌握なされたあなたが、皇帝親政に協力的に振る舞って頂けるのかどうかを見分して来るように、皇帝陛下からも申し付けられております。ですが、我々は、当面は警戒の必要は 無い、と上奏させて頂くつもりでおります。」

「当面は、ですか・・参りましたな。将来的には警戒が必要、とお考えで?」

「それは、皇帝陛下次第、なのでしょうなぁ。」

 ジャールナガラが、一段声を大きくして答えた。「陛下が公正で行き届いた治政を成されれば、アウラングーゼ殿は、(いたずら)に覇を狙ったりはされぬでしょう。」

 2人の顔をしばし見比べる内に、アウラングーゼは何かに思い至ったようだ。

「その御意見は、どこかの盗賊だか傭兵だかの、頭目をやっておる者の言を真に受けたものですかな?」

「ええ。我々が、最も信頼を寄せる『アウトサイダー』の意見です。」

 口角を上げる事でアウラングーゼが示したのは、納得の笑顔だった。

「御両名の信頼を勝ち取るとは、『アウトサイダー』にも、卓越した見識を持つ者がいるのですな。軍事政権打倒にも、並々ならぬ貢献を成した事でしょう。」

「ええ。最も凶暴で、最も賢明で、最も親愛なる、我が友人です。」

 イシュヴァラは胸を張って言い切った。

 笑顔で何度か頷いたアウラングーゼが、一転表情を改めて、はきはきと語り始めた。

「今おっしゃった内容で、皇帝陛下に御上奏頂ければ、私の方も本望です。陛下が善政を敷かれるのであれば、命を賭して忠義を尽くします。が、悪政と見れば、その限りとは申せませぬ。特に、横暴な高等貴族の意見に流されぬようには、お心得置き願いたい。」

 壮絶な覚悟無しには発し得ぬ言葉だ。イシュヴァラもジャールナガラも、「ベネフット」ファミリー棟梁の中に本物を見た。

「あっはっはっは、賑やかにやっておられる。わしなど、もう少し遅れて来た方が良かったようですな。」

「ご老人。」

 振り向きながら言ったイシュヴァラは、呆れるような、(とが)めるような声を発した。彼等の立つ芝の庭を囲む土塀が、途切れたところにある粗末な木戸に、一同の視線は集まる。

「アウラングーゼ殿をお待たせして、わしらがどれだけやきもきしておったか。」

と、ジャールナガラも、抗議口調で後に続いた。

「あっはっはっは、そうかそうか、やはりお待たせして、気を揉ませてしまいましたか。これは失礼、申し訳なかった。あっはっは。」

 朗らかな笑顔でやんわりと、2人の抗議を受け流しながら歩み寄って来たプラタープ・カフウッドだったが、途端に表情を険しくしてまくしたてた。

「誰が老人じゃっ、こりゃぁっ!こう見えても、わしは未だ、40代も半ばじゃわいっ!阿呆っ!」

「えええええええっ!? 」

 飛び出させんばかりに目を向いて、ジャールナガラは驚いた。「このちんちくりんのヨボヨボのヒョロヒョロが、40代半ば・・・」

「だっ、だだだっ、誰が、ちんちくりんでヨボヨボでヒョロヒョロだ!やいっ、こらっ、貴様っ・・・」

「あはははっ、まあまあ。」

 歩み出たアウラングーゼが、朗らかな笑顔でプラタープに相対した。「御高名とご活躍は、兼ね兼ね伺っております。『バーニークリフ』と『ギガファスト』の防衛戦におかれましては、本当にお見事でございました。未来永劫、歴史に名を残す事は間違いのない、素晴らしい知略でございました。たった千の手勢で、数十万、いや百万にも及ぼうかという大軍勢を敵に迎え、守り切るどころか圧倒的勝利の連続。あのような戦は、永代、成し得る者は無いでしょう。」

 微塵の邪気も無い真っ直ぐな眼で褒め千切られると、プラタープも怒りなど吹き飛び、ただただ照れるしか無かった。

「いやいやいや、そんな、わしは、別に・・・」

「いえ。要塞の防衛だけではありません。軍事政権の戦力の大半を一身に引き付ける事で、政権の防衛力を弱め、『グレイガルディア』全域に対して反乱の蜂起を促し、見事に皇帝親政への道筋を作って見せられた。神がかり的な慧眼、とでも評するしか私には術がありません。軍事政権打倒の最大の功労者は、間違いなくあなた、プラタープ・カフウッド殿でございます。重ね重ね、お見事でした。このアウラングーゼ・ベネフット、心より感服し、尊敬し奉ります。」

「あははは・・、そ・・そこまで、言われると・・」

 頭を掻くしわくちゃで髭もじゃの小男。40半ばだと自称するが、老体と表現したくなる風貌で、しきりに照れる。背後には、筋骨隆々で長身の弟も控えていたが、体格に関わらず気配を消すのが上手い。アウラングーゼも、気付いていないことはないのだろうが、敢えてクンワール・カフウッドには声を掛けようとしなかった。

「親父、早くしないと、世紀の大会談に間に合わないぞ。軍政打倒ビッグスリーの揃い踏みに顔を出し損なうなんて、もったいないぜ。」

 土塀の後ろ、プラタープが現れた木戸の近くあたりから、若い声がそう叫んだ。

「そう急くな。世紀の会談とやらが、そんな直ぐに終わらぬわい。」

 最初の声より、大分と齢を重ねた声が喋り終えると同時に、シヴァース・レドパイネの姿が木戸に飛び出した。

「おっ・・ああ、なんだ、皆様、庭に出ておられる。もしかして、俺達があんまり遅いから、気を揉んで出て来られたのか・・・」

「なに、どれどれ、おお、これはこれは、皆様お揃いで。わっはっは・・・」

 若い息子の肩越しに顔を突き出したジャラール・レドパイネが、ガバと開いた口から奥歯まで覗かせて、必要以上の大声を張り上げた。

「いやいや、わしもたった今着いたばかりでな。たまたま庭で賑やかに歓談しておられた、アウラングーゼ殿御一行と出くわしたのだ。」

「ジャラール・レドパイネ殿。」

 砕けた調子のプラタープと打って変わった、真面目な声のアウラングーゼ。「貴殿の闘い振りも、実に勇猛で爽快なものでございました。あの、泣く子も黙る威容を誇った宇宙要塞『シックエブ』に、あれほど果敢な突撃を仕掛けられる軍閥など、他にはありますまい。」

「名門軍閥『ベネフット』ファミリー御棟梁、アウラングーゼ殿でございますな。あなた程のお方に、そうやって持ち上げられますと、何やら背筋が寒くなりますな。わははは。」

「そうであろう。わしもたった今、散々に持ち上げられて、目を回しておったのだ。」

 話に加わって来たプラタープに目を移し、ジャラールは一層破顔する。

「あなたに関しては、持ち上げられて当然だ。気が遠くなる程、高く高く持ち上げられてしまわれるが宜しい。『バーニークリフ』と『ギガファスト』での戦いは、掛け値なしの偉業ですぞ。途方もないご苦労も、おありで御座いましたでしょう。それをやり切り、軍政打倒まで戦い抜かれました。本当に、お疲れ様でございました。」

 世辞でも社交辞令でもない、心からの労いの言葉であるのが分かるだけに、プラタープはなおさら顔を赤くして照れるのだった。

「わしのような弱小軍閥の働きなど、『ベネフット』ファミリーの凄まじい動員力の前には、芥子粒のようなもんじゃ。」

「確かに、私の『シックエブ』突撃も、今から思えば『ベネフット』登場へのお膳立てをしたに過ぎませぬ。結局、『シックエブ』を陥落させたのは、『ベネフット』の圧倒的大戦力でございました。『エッジャウス』攻略も、名目上とは言え、アウラングーゼ殿の御子息を最高司令官に頂いた軍勢によって、成し遂げられそうですし、軍事政権打倒と皇帝親政の復活は、(ひとえ)にアウラングーゼ・ベネフット殿の手柄ですな。」

「まさか、そのような事は、ははは・・・」

「あっはっはっは・・」

「わはははは」

 3人の豪傑が、互いを称える笑いと、称えられた事に照れる笑いを、広い頭上空間に重ねた。

「プラタープ殿が大軍を引き付け、ジャラール殿がその隙を突いて『シックエブ』を脅かし、最後はアウラングーゼ殿の動員力でケリを付けた。終わってみれば、このお三方がおられたからこその、『グレイガルディア』の回天でしたな。」

 眩し気に3人を見詰める、イシュヴァラが嘆息した。

「だが、肝心の立役者が一人、ここにはおりませぬな。『グレイガルディア』回天の最後の仕上げの為に、未だ戦場を駆けずり回っておりまするわ。表の世界では全くの無名だが、裏の世界では名を轟かせておる『アウトサイダー』も、この度の大事業の功労者に、加えぬわけには行きませぬ。」

 寂し気に告げたジャールナガラの顔から、三傑も彼と同じ危惧と寂寞を感じたようだ。

「殺しても死なぬような男だが、もし死に場を決めたのだとしたら、その意志は誰にも変えさせられぬであろうな。」

「今の戦場を、死に場に選ぶ、と?」

 プラタープの言葉に、アウラングーゼが問いを返した。

「そんな事は、わしらに予測できるものではございますまい。」

 ジャラールも意見を差し挟んだ。「彼のような『アウトサイダー』の考える事など、わしらの想像の及ぶところではありませぬ。」

「カイクハルドか」

 ずっと黙っていたシヴァースも、ここでは黙っていられない。「得体(えたい)の知れない男だぜ、あいつは。百の戦闘艦を相手にしても、俺はビビらねえ自信があるが、『ファング』の百隻の戦闘艇が相手なら、恐ろしくて直ぐに降参するぜ。『グレイガルディア』の回天は、あいつが居なきゃ、絶対に成し遂げられなかった。」

「その通りだ」

 存在感を消していたクンワールも、思わず口を出した。「カイクハルドの率いる『ファング』の、神出鬼没で奇想天外で獅子奮迅の戦いが無ければ、『グレイガルディア』の回天など、達成どころか始まる事すらなかったでしょう。」

 若武者2人の意見に、三傑も深く頷く。一同は、未だ最後の戦いに命を賭けている彼とその仲間を想った。頭上の爽やかな風が、万感の沈黙を洗う時が長く続いた。

「多くの血が流れた。」

 しみじみとした声で、沈黙を破ったのはプラタープだった。「この、あまりにも多過ぎる死に見合う世が、皇帝親政のもとで訪れると良いのじゃが。」

「皇帝親政が続く事が、『グレイガルディア』の安寧に繋がる、とお考えですか?プラタープ殿は。」

 真っ直ぐな眼で、アウラングーゼは問いかけた。

「わしは、そう信じております。統治者自身の人柄や能力以前に、この国の民の心は、信頼は、皇帝一族に寄り集まっております。少々の悪政があったとしても、皇帝一族内での代替わりや、取り巻きの貴族達の綱紀粛正で修正を図る事に徹し、皇帝一族による親政を揺るがせるべきではない。わしには、そう思えるのです。」

「・・・そうですか。」

と、数秒に渡ってプラタープを覗き込んだ末に、アウラングーゼが重い声を出した。

「アウラングーゼ殿は、当面は軍政配下だった軍閥への管轄権を独占するおつもりのようだが、皇帝親政の状態によっては、それの堅持にはこだわらぬとのお考えは、お持ちなのか?」

 いつも豪快なジャラールにしては、遠慮がちな口ぶりだ。

「もちろんです。」

 きっぱりと、力強くアウラングーゼは言い放った。「ムーザッファール陛下とその取り巻きの貴族達が、公正で寛容な治政を成して頂けるなら、いつまでも我が手に、過ぎたる権限を握り続けるつもりなど、毛頭ございません。」

「・・・が、そうでなければ・・・」

 プラタープは、探るように小さく呟いた。疑問形なのかどうかは、分からないイントネーションだった。

「ムーザッファール陛下の治政だけで、全てを判断する事も致しませぬ。その後をお継ぎになられるはずの、カジャ様のご意向や振る舞い、その更に後を担うべき皇帝一族の方々の人となり等も、時間を掛けて拝見させて頂き、熟慮させて頂かねばなりませぬでしょう。軽はずみにも、独りよがりにも、判断が傾く事は許されぬ、と心得ております。」

 どうにかプラタープの納得を勝ち取ろう、という様子でアウラングーゼは言葉を連ねた。だが、核心的な部分での意見の相違は、拭い難いものがあった。

「もしかしたら」

 朗らかな笑顔で、プラタープは真っ直ぐにアウラングーゼを見た。「いずれどこかの戦場で、敵として相見(あいまみ)える日も、あるかもしれませぬな。」

 寂し気な顔は、刹那だった。アウラングーゼも、真っ直ぐにプラタープを見た。

「その節は、どうかお手柔らかに。」

「こちらこそ、名門の大軍閥と弱小軍閥です。本気を出されては、一捻りにされてしまいますわい。」

(本気を出したら誰も勝てぬのは、プラタープ殿の方では無いのか?)

 イシュヴァラは内心で呟きながら、両雄を交互に、眩しそうに眺めた。(だが、アウラングーゼ殿を相手に、プラタープ殿が本気を出す事も、あるとは思えぬ。たとえ自身が死に至ろうとも、本気の刃は、もはや抜かぬ、きっと、この御仁は。)

 イシュヴァラが内心で呟いている時、ジャールナガラも心中の呟きを漏らしていた。

(彼が付いた方が勝つ。プラタープ殿とアウラングーゼ殿が敵対した時、彼がどちらに付くのか。それは『グレイガルディア』の運命を左右する選択になるだろう。)

 ジャールナガラの想いに気付いたかのかどうか、ジャラール・レドパイネは、ニタリ、と笑ってその視線を受け止め、続いて、視線を息子に転じた。

(そ、そうか。その選択をするのは、コイツかも知れぬのか。)

 ジャラールとジャールナガラの視線を浴びて、「レドパイネ」ファミリー棟梁の次期継承者であるシヴァースが、きょとん、と驚いた顔を浮かべる。

 壮絶な戦いを勝ち抜き、その前途にもまだまだ厳しい戦いが待ち受けているかも知れない男達が、今は穏やかな風に吹かれながら、束の間かもしれぬ平和を寿いでいた。

 今回の投稿は、ここまでです。 次回の投稿は '19/10/5  です。

 この段階でこんなことを予告するのはどうかとも思うのですが、本編終了後に‟エピローグ”というのがあることを読者様方にはご承知おき願いたく存じます。この物語が‟プロローグ”から始まり、そこでは数千年後の時代が描かれ、「エリス少年」が登場していたことを、読者様はご記憶でしょうか?彼とその父親が「宇宙要塞ギガファストの攻防」について話し合わなければ、この物語は誕生しなかったわけです。そんなわけで、最後には‟エピローグ”で、もう一度エリス少年の時代が描かれますので、是非そちらも読んで頂きたいです。この部分は、実は、つい最近になって着手しました。この後書きを執筆している段階では、完成していません。今まさに作成中なわけです。長い物語だからと、後回しにしてのんびり構えていたのですが、ちょっと尻に火が付いていて、焦っています。というわけで、

次回   第89話 解脱・印可・決闘 です。

 熟語3つのパターンなので、戦闘シーンが登場します。もうすっかり勝負の決したと思われる、この場面での戦闘シーンですが、是非ご注目頂きたいです。「グレイガルディア」の運命とは関係が無くなったからこその真剣勝負、みたいなのが、あるかも・・・。

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