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銀河戦國史 (アウター“ファング” 閃く)  作者: 歳越 宇宙 (ときごえ そら)
第1章 決起
9/93

第7話 戦う少女、ラーニー・ハロフィルド

 説得の成功を、信じているわけでは無い目の色だ。やれる事は全てやる、という覚悟が彼女を動かしている。そう見て取ったカイクハルドが、少女の努力を無に帰す言葉を放つ。

「集まりかけた兵が、散り散りになって消えて行ったのは確認済みだ。肝心の皇帝が、拠点から逃げ出したんだ。当たり前だろう。カフウッドの旦那の軍も、『バーニークリフ』で全滅した。」

 この時点では、プラタープ・カフウッド生存の情報をカイクハルドは掴んではいなかったが、死んだはずはない、と確信していた。もちろんその事を、ここで、この少女に教えてやる義理は無かった。

「そう・・ですか。我々は、そして、皇帝陛下は、既に孤立しているのですね。」

「そうだ。皇帝は、軍政に捕らわれる以外に道が無く、お前達には、俺達の慰みものになる以外の道は無い。」

 突き付けられた、屈辱の未来。だが少女は、まだ戦う。

「無頼漢に身を穢されない術くらい、心得ています。」

「自殺するってか?・・やりそうだな。」

 少女は、左腕に装着している腕輪に右手を添えている。指先一つで、自らの命を絶つことができるらしい。体から発火して燃焼し尽くす事で、死体への凌辱すら許さない自害の術が、この時代にはある。

「陛下には、捕縛の難を御辛抱頂く事はあれど、弑逆(しいぎゃく)をお受けになる事はありませんでしょう。ならば私共は、貴族としての誇りの為に、ここでこの身を焼くだけです。」

 17歳の少女にこんな発言をさせるのだから、貴族の英才教育とやらも大したものだ、とカイクハルドは思う。恐怖は、その瞳には見い出せない。そこに映るのは、身の清純を守り通せる勝利の喜びか、プライドの満足か。

「よく分かっているじゃないか。その通り、軍政に皇帝は殺せない。さっきも言ったように、この『グレイガルディア』の3分の1は皇帝を敬愛している。その3分の1を、軍事政権は無視できない。無視できないどころか、ビビりまくってる。ま、皇帝の神通力は、軍事政権に自分が殺されない程度のパワーなら、未だに保ってるって事か。」

 確信を持っていた事でも、それをカイクハルドの口から聞いて、少女には安心感が広がったらしい。矢のように鋭かった瞳が、ほんの一瞬だが和らいだ。

「皇帝陛下のお命さえ守り通せるのなら、この際は良し、とせねばならぬでしょう。あなたからその言葉を聞けたので、私達は、心置きなく死ねます。」

 少女の後ろに(たたず)む十数人の女達は、彼女ほどの覚悟が固まっているとも見えないが、一様に左腕の腕輪に右手をあてがっている。全員の指がピクリと動けば、十数本の人間の松明が、盛大に燃え上がることだろう。その背後の女達に視線を向けて、カイクハルドは問いかけた。

「あれは、お前の手下どもか?」

「手下、などという、粗野な言葉で呼ばれては不本意です。皆、私の家に仕えて下さっている女官達です。この度は私と共に、皇帝陛下の御身の回りの世話と行幸(ぎょうこう)の案内を拝命しておりました。このようなことになって、残念です。」

 チラリと背後を振り返り、震える女達を見た少女。その瞬間には、強気だった目の輝きは消え失せ、憐憫(れんびん)慚愧(ざんき)のようなものを瞬かせた。

「あの女達も、誇りを守って死ぬことをお前に強要されるのか。」

「強要など、しておりません。辱しめを受けてでも命ながらえたい者は、そうして良いと言っております。ただ、辱しめも受けず、命も守り抜くという事は、もはやできぬ事態に至った、とは先ほど全員に語って聞かせました。」

 女官達は一様に恐怖に震えているが、じっと少女の方に向けられた視線に、迷いは感じられない。彼女の死を見届けるや否や、運命を共にしようとの決意に嘘は無い、と感じられた。

「なるほど、手回しが良い。なかなか良く、状況が読めていたんだな。それに全員、俺達みたいなクズに抱かれるくらいなら、死んだ方がマシってか。度胸も、なかなかのもんだ。」

 今度はカイクハルドが、チラリと背後を振り返った。カビルを先頭に、何人かの「ファング」の男共が、ヤレヤレと言わんばかりに両手を広げる仕草を見せる。

「嫌われたもんだな。まあ、盗賊兼傭兵なんぞ、貴族の御令嬢やその女官から見れば、クズ以外の何ものでもないか。」

 少し哀愁を漂わせたその言葉に、幾許(いくばく)かの可能性を見い出したものか、少女は、

「私達を見逃して頂ければ、あなた方をクズだ、などとは誰も思いませぬよ。」

と告げた。が、媚びる気配も懇願する態度も無い。1つの条件を提示しただけ、といった顔だ。

「そうは行かねえな。こいつらには、命懸けの苦しい闘いを強い続けてるんでな。それなりの餌を与えてやらなきゃ、統率の取れた闘いをやって行けねえんだ。餌が止まると、暴動を起こすか逃げ出すか、はたまたサボタージュか・・」

「そうそう。女って餌を食らわせてもらえるから、俺達は『ファング』をやってるんだ。厳しいんだぜ。訓練も戦闘も命懸けだ。女って餌が無けりゃ、やってられねえ。」

 背後の仲間を振り返りながらのカイクハルドの言葉に、カビルが応じた。

「その餌は、今回はお預けですね。私達は、あなた方の餌にはなりません。この身を自ら焼き尽くしてでも、あなた方に穢させはしません。」

 左腕の腕輪に添える右手の指に、少し力が込められた。その顔には、勝者の笑みが輝いている。死の恐怖を克服し、清純を守り抜く戦いに勝利した事を宣言している。

「それに、あなた方は、皇帝陛下の威光というものも、いずれ思い知るでしょう。ご自身の命を守るだけなどでは、留まらないのですよ。皇帝一族が、この『グレイガルディア』に知らしめて来た慈愛と偉業の尊さは、玉体(ぎょくたい)に害をなした者を必ず地獄に陥れます。餌を貪れぬだけでなく、この所業の結果として、あなた方には無残な最期が待っているでしょう。兵が散ったとしても、たとえ3分の1だとあなたが唱えても、皇帝陛下に害をなす者を許さぬ良民が、この『グレイガルディア』には、間違いなくおられるのですから。」

「別に、皇帝陛下の神通力なんぞが発動されなくても、俺達はロクな死に方はしねえよ。盗賊兼傭兵として、襲って殺して奪って犯して、そんなことを繰り返してんだ。俺達を許さねえ奴は、『グレイガルディア』中にゴロゴロしてらあ。そんなもん、今更恐れるか。だからこそそうなる前に、1人でも多くの女を、好き放題に(もてあそ)ぼうって算段だ。なあ、カビル。」

「えへへへぇっ、そうだな、かしら。無残な死とやらが来る前に、美味しい餌を1人でも多く、貪りてえなあ。」

 再び背後を振り返ってのカイクハルドの発言に、無理矢理下品に取り繕ったようなカビルの言葉と笑いが応じた。好色な視線が、ねっとりと少女を舐め上げる。

「私達は、あなたがたの餌にはなりません!」

 カビルの視線を跳ね飛ばすように、少女は叫んだ。ニヤリ、と不敵に笑ったカイクハルド。

「どうだかな。これを見ても、そんなことを言っていられるかな。」

 彼も右手を、左腕の手首の辺りに持って行った。そこに、腕に巻くタイプの端末がある。

 端末を操作すると、彼の近くの壁からピッ、と電子音が聞こえた。と同時に、壁の一部がスライドして開き、ディスプレイが現れる。腕の端末を操作することで、壁に仕込まれていたディスプレイを作動させたのだ。船の制御コンピューターとの強制的な同調は、既に成されていた。

 ディスプレイに、画像が示される。数百の群衆に取り巻かれた数人の男が、腕に電子手錠をはめられ、拘束された状態で(ひざまず)かされている。

 少女の表情が一変する。

「こ、これは・・、クトゥヌッティ・・いったい、何が・・・なぜ、こんな事に・・」

 たった今まで、彼女を気高く飾っていた眼光も、微笑も、嘘であったかのように消え去っていた。狼狽に目は泳ぎ、驚愕に口は開かれ、前屈(まえかが)みになって背を丸めた姿勢からは、貴族然とした威厳も失われている。

「そうだ。お前達『ハロフィルド』ファミリーの家宰(かさい)であり、集落管理者として領民の監視や所領の運営を任されていたクトゥヌッティって奴と、その配下の者共だ、電子手錠で拘束されてるのは。そうだろ?帝政貴族『ハロフィルド』ファミリーの御令嬢、ラーニーさんよ。」

 名前を知られていた事に驚く余裕など、この時のラーニーには無かった。同じ言葉を、あんぐりと開いたままの口から、垂れ流している。

「・・いったい、何が・・・なぜ、こんな事に・・」

「クトゥヌッティを取り囲んでる群衆が誰か、分かるな?」

「・・これは・・彼等は、私達の領民・・ですか・・?」

 群衆の顔には、狂おしいばかりの憤怒が浮かんでいる。拘束されているクトゥヌッティの顔は、悪事を暴かれた者に典型的な、羞恥や悔恨や絶望に満たされた表情だ。暴虐の限りを尽くした支配者が、領民の反乱に打ち倒された様だ、と画像をひと目見れば誰にでも判断できる。だが、ラーニーはうわ言のように呟き続ける。

「・・いったい、何が・・・なぜ、こんな事に・・」

「見ての通りだよ。」

 カイクハルドは告げる。「お前の家宰、クトゥヌッティとその従者がやってた悪辣を極めた支配に、領民達が怒り狂って連中をぶちのめし、拘束したんだよ。領主がちゃんと家宰を監督してねえから、連中が勝手な事やって領民を苦しめ、遂に、逆鱗(げきりん)に触れちまったって事だ。」

「まさか・・そんな・・、クトゥヌッティ達が・・そんな事・・。何をしたって言うのです・・彼らが・・?」

「この数年で、100人以上が餓死した。同じ数の若い男女が、家宰共にいわれのない過酷な労働を強いられ、(ほしいまま)に慰みものにされ、奴隷としてどこかに売り飛ばされて行ったりもした。そうやって子を、親を、兄弟を、恋人を、親友を失った奴等の顔だ。」

 カイクハルドの説明は、画像の中に見える群衆の憤怒の表情に、新たな鮮烈さをもたらした。そこに宿る恨みの鋭さは、画像を見ているだけの者の心をも血祭りにあげそうだ。

 群衆には若い男女だけでなく、腰の曲がった老人も、あどけない子供もさえもいる。枯れ果てた老顔も、無垢な童顔も、歯を食いしばり目尻を釣り上げ、恨みの対象を睨み据えている。

 睨まれるクトゥヌッティ達の悔恨の表情が、証拠も証言も必要としない程、彼等の悪行を立証している。支配者の悪行とそれへの民衆の憤怒が、1つの画像によって完全に語り尽くされていた。

「・・そんな・・クトゥヌッティが・・そんなこと・・なぜ・・なぜ・・」

 否定の余地もない明確な証拠を前に、それでも受け入れられないラーニー。

「これが、お前達貴族の、所領経営の結果だ。貴族の誇りってのは、一体どっから来るんだ?その腕輪の毒で、お前はいったい何を守るつもりなんだ?」

「わ・・私達が、これを引き起こしたのですか・・?私達、貴族の所領経営が、至らないから、・・家宰達への監督が行き届いていないから・・こんな・・こんな・・。」

「まあ、17歳の小娘に、その責任の全てを押し付けるのは酷ってもんだろうが、サンジャヤ・ハロフィルドが軍政討伐にうつつを抜かして、所領経営をおざなりにして来た事の、ツケではあるな。」

「そんな・・、兄は・・、サンジャヤ兄様は、民を救いたくて、民の事を想って、軍政打倒と帝政復活に、命を懸けて戦っていたのに・・。兄の目が届かないのを良い事に、クトゥヌッティ達は・・」

 膝から崩れ落ちたラーニー。先ほど、矢のような光を男共に射込んでいた瞳からは、大粒の涙が溢れて、床を目がけて放たれて行く。覚悟も、誇りも、自信も、全てが崩壊していた。

「ちょっと目を離せば、人なんて簡単に腐敗するのさ。それをサンジャヤ・ハロフィルドは見抜けなかった。貴族だ何だと偉そうに名乗っても、その思考は浅はかなもんだ。『グレイガルディア』の民を救うとか言って、てめえの所領の民すら救えてねえんだからな。民を親身に想う、慈愛溢れる青年貴族の活動の、これが結末だ。それで、てめえは勝手に軍政に捕まって、処刑されちまったって言うんだから、世話ねえぜ。」

「え!? しょ・・処刑・・。兄は・・あ・・あ・・兄は、サンジャヤ兄様は、亡くなって・・しまわれたの・・ですか?」

「へっ・・、やっぱり知らなかったか。お前が知らないんじゃ、皇帝も知らねえんだろうな。軍事政権打倒へ向けた活動の、先頭に立っていたサンジャヤ・ハロフィルドは、死んだ。もう、軍政打倒は終わりだ。そんなことも知らねえで、こんな『マントゥロポ』星系の外縁をウロウロしてやがるんだから、間抜けな皇帝だな。」

「うっ・・・・」

 とうとうラーニーは、床に突っ伏してしまった。家宰の不祥事と領民の反乱だけでも、17歳の少女の心は引き裂かれていたのに、最愛の兄の死がそれに上乗せされたのだから、正気ではいられない。

 が、1分と経たず、ラーニーは思考を立て直し始める。溢れ出す激情を、理性で封じ込めたらしい。突っ伏したままでも、力のこもった言葉を紡いだ。

「家宰は、クトゥヌッティ達は、どうなったのです?既に、殺されて・・でも、そんなはずは。彼らが死ねば、領民達も、生活が成り立たないはずです。」

「そのはずだよな。領民達も、あの家宰どもが持っている技術や知識がなければ、生活は成り立たない。それに、あんた達領主の人脈や商業ルートなども無ければ、自分達では生産できない必需品の獲得手段が皆無になっちまう。」

「そうです。資源採取から食料や資材の製造、それらの販売に至るまで、我等領主や家宰達の力無しにはどうしようもないはずです。家宰への反乱は、彼等にとっては、自殺行為・・」

「ところが、そこに『ファング』が手を貸してやったんだ。あんた達領主や家宰達が、領民に授けていたものは全て『ファング』にも提供できる。資源採取の技術、生産に関する知識、消耗品の入手、販売ルートの確保、全てだ。」

「そんな・・まさか・・」

 否定の眼差しでカイクハルドを見上げたラーニー。床に伏せた姿勢はそのままで、顔だけで彼を振り仰ぎ、その眼の奥を覗き込む。理屈より、カイクハルドの目の色で、真意を見極めようとしている。そしてラーニーは、真実にたどり着いた。

「・・いったい、何者なのです?『ファング』とは。ただの盗賊や傭兵に、そんなことが、できるはずはありません。」

「さあな、ただの盗賊や傭兵とは、ほんの少しばかり違うのかな。とにかく、あんたの所の領民は、俺達の根拠地を何度も視察してじっくり確かめた上で、家宰達に反抗し、俺達『ファング』に寄って生きる道を選んだんだ。」

「根拠地・・?視察・・?いったい、どういう規模なのです?本当に・・いったい、何者なのです?『ファング』とは・・・」

「教えねえ。取りあえず領民達には、あんた達領主も、家宰も、もはや必要はねえんだが、俺達が要求して家宰達は生かしてはおいてある。生殺与奪は、俺達『ファング』の手の内だ。」

「・・人質、ですか・・。家宰達を人質に、私達を思うがままにしようと・・」

 ゆっくり立ち上がりながら、ラーニーはカイクハルドを睨み据える。激しい怒りが、その瞳の奥に(たぎ)っている。が、その一方で、新たな、且つ壮絶な覚悟が、その胸に固まりつつある。表情や身のこなしの全てが、それを物語っている。

「お前にとっては、大切な連中なんだろ?あんな家宰達でも。」

「もちろんです。皆さん、幼い頃より、大変良くして下さいました。欲に目がくらみ、領民達には酷い仕打ちをしたのかもしれませんが、私達『ハロフィルド』ファミリーには、先祖代々、忠実に尽くして下さっている家柄の方々です。掛け替えのない、大切な人々です。」

「それが、人質に取られちまってるんだ。勝手に自殺してその身を焼いちまったりしたら、家宰連中はどうなるか分からんぜ。それにな、家宰だけじゃねえんだ。ヴァルダナとかってお坊ちゃんも、俺達の手の中にいる。」

「・・っ!? な、何ですって!ヴァルダナっ!」

 今までとは、全く声色の違う叫びをラーニーは上げた。「どうして弟が・・?なぜ、ヴァルダナが!? やめて、それだけはやめて!弟は・・弟は、何も・・、ヴァルダナだけは・・」

 悲鳴だった。金切り声だった。眼の色も変わっている。(すが)るような、()びるような、プライドも風格も、何もかも忘れ去ったような姿がある。

「ったく、うるせえなあ。弱点中の弱点だったようだな。遠くの連邦支部で研修中だから絶対に安全だ、とでも思っていたのか?」

「どうしてヴァルダナが!? どうやって、ヴァルダナを・・・」

 噛み付く勢いで、カイクハルドに詰め寄る。

「どうやっても、何もあるか。『ハロフィルド』ファミリーの中で、あの坊ちゃんだけが、領民の心配をしていたんだ。しょっちゅう研修先の支部を抜け出して、領民の集落の様子を見に行っていたんだ。家宰達に上手く丸め込まれて、あんた達には何も告げ口はしてなかったようだがな。で、集落をうろついている時に、ヴァルダナも住民に拘束された。」

「そんな・・。お願い・・お願いします・・ヴァルダナは・・ヴァルダナだけは・・」

「可愛い弟の危機ってのは、こんなにも御令嬢を狂わせるもんか・・見てられねえぜ。」

 カイクハルドに詰め寄った姿勢のまま、ラーニーは顔を伏せた。肩を震わせながら、何とか自身を落ち着かせようと試みているのが分かる。一時の激情が過ぎると、直ぐにでも冷静な思考を取り戻すのが、ラーニーの特質のようだ。

「あの子も、人質ということですか?」

「まあ、そうだな。大事な家宰達と、可愛い弟の生殺与奪が、俺達の手中にある。そして、その俺達が、皇帝を軍政に引き渡した後、お前達を慰みものとして囲う事を所望している。」

 10秒程も(うつむ)いて肩を上下させたラーニーは、不意に顔を上げた。もうそこには、激情も狼狽も、影も形も無かった。金属で出来たような無表情の中から、静かな淡々とした言葉が響く。

「分かりました、好きなようにしなさい。それが、家宰や弟を救う唯一の道なら、あなた方の、思うがままの恥辱に(まみ)れましょう。」

決着(ディール)、だな。おい、野郎共。ここ最近の戦績順に、好きな女を連れて行け。このラーニーは、俺がもらうがな。」

 仲間達を振り返って、カイクハルドは叫んだ。

「うぉおおお!」

「おっしゃああ!」

「やったぜぇ!」

 粗野な雄叫びが周囲を圧する。

「えっへっへぇ、たまんねえなあ。『グレイガルディア』の最高権力者たる皇帝陛下の、側に仕えていた女か。どんな味がするんだろうな。さぞかし、甘いんだろうな。かしらは、高級貴族『ハロフィルド』ファミリーの御令嬢をゲットかあ。いいなあ。羨ましいぜえ。けど、戦績順でもかしらが1位だから、文句言えねえや。えっへへへ。」

 カビルは、涎を垂らさんばかりだ。

「本当にお前は、権力者の箱入り娘、ってのに目がねえな。」

「当たり前が、俺がどれだけ・・」

「権力者に女を盗られて来たんだろ、何べんも聞いたぜ・・ん?だが、待てよカビル。女達は全員で14人だ。お前の最近の戦績は、15位だぜ。残念だったな、お前の分は、いねえわ。」

「な・・なにぃっ!そんなバカな!なんかの間違いだろ・・そんな・・そんな事。」

 慌てて腕に嵌めた端末を操作し、データーを確認する。「うわぁっ!本当だ、15位・・ええ!? 本当に、14人しかいねえんか?1・・2・・3・・・・げぇっ!本当に15位か?間違ってねえか?結構頑張ったぜ、俺。結構いるぜ、女官達。14人か?15位か?14か?15か?最高権力者の側女だぞ・・こんな機会、滅多にねえのに・・そんな・・・14か?・・15か?・・・14・・15・・14・・15・・、なんとか、なんねえのか・・・?」

 ジタバタするカビルを他所(よそ)に、思い思いに女を物色し、連れて行く戦績上位の「ファング」パイロット達。ニタニタ、ニヤニヤ、と好色丸出しの、卑しい笑顔。視線は既に、彼女達への凌辱行為に耽溺(たんでき)している。

「お、コイツ良いなあ、俺はコイツだ。見てみろよ、ここの部分のこの曲線・・」

「そうか?わしはこっちのがイイぞ。この辺の色合いが・・。こっちのを、もらって行こう。」

 下品な視線に曝されてうなだれる女達だが、特に抵抗も無く従い、連れられて行く。

「皆、御免なさい。私達のせいで、こんな事に・・・」

 無表情な(おもて)から淡々と紡がれる言葉に、切実な謝意が(ほとばし)っていた。

「そんな、ラーニーお嬢様。お嬢様には、何の責任も・・」

「そうです、お嬢様。私たちはどこまでも、お嬢様と共に・・」

などと、涙ながらに応じる女官もいた。

「本当にこれだけか?まだ残ってねえか?」

 諦めきれずにキョロキョロするカビルの様は、悲嘆にくれる女達の中にあって、相当に間抜けなものがある。

「カビル、他に残ってるのが居るかもしれねえから、船の中を見て回って来い。隠れてる女がいる可能性も、あるからな。いたら、そいつは、お前のもんだ。15位だからな。」

「よっしゃ!まかせとけ、かしら。必ず見つけて来るぜ!」

 カビルは駆け出して行く。ヘルメットを片手に、宇宙服を着たままの蟹股(がにまた)で走る様は、余り恰好の良いものでは無かった。

「それじゃ、俺は、『グレイガルディア』星団帝国の(あるじ)であらさせれる、ムーザッファール皇帝陛下のご尊顔でも、拝謁して来るか。」

 エアロック付近は金属剥き出しで殺風景だったが、さすがは皇帝の御座船だけあって、そこから一歩中へ踏み入ると豪華なものだった。木材などという、この時代のこの宙域には、ほとんどの者が見たこともない超高級希少素材で張られた床、金銀の装飾品で煌びやかと言うよりケバケバしいと言った方が適当と思える壁面。そんな通路の先にある部屋に、皇帝は御座(おわ)しますらしい。

 荘厳な通路を不作法な宇宙服姿で、のしのしと歩いて行く。帝政側貴族から見れば、もう既に、不敬罪で銃殺に処されても当然の振る舞いだった。


 1時間も経たぬうちに、宇宙要塞「シックエブ」から派遣された討伐部隊が、皇帝を収容すべく御座船に乗り込んで来た。

「“君側の奸”は俺達『ファング』がぶっ殺して、宇宙に捨てて来た。」

 そんなことを言ってカイクハルドは、皇帝の御座船を討伐部隊に引き渡した。

 皇帝に有る事無い事を吹き込んで、軍事政権に敵対するという間違いを犯さしめた悪者が居た、という事にしておいた方が、軍事政権にとっては都合が良い。皇帝はあくまで傍に居た悪者に踊らされただけで罪は無く、悪者は死んでいるから真意のほども確かめられない、という事にしておきたい。そうなれば彼等は、皇帝の罪を問うて国民の怒りを買う心配が無くなって、大助かりとなるだろう。

 カイクハルドの報告を、討伐部隊は喜んで鵜呑みにした。信じてもいない言葉でも、快く鵜呑みにする、という事があるのだった。

「皇帝は、未だに多くの敬愛を集めてるからな、この『グレイガルディア』の、3分の1とは言え。その皇帝を罪人に仕立てるのは、軍事政権としても怖いんだろうよ。皇帝をたぶらかした何者かに責任を押し付けた方が、無難に事が運ぶ。それが誰か分からんが、とっくに殺された、ってのは軍事政権には有り難い事実だからな。真意を確認する事もなく、鵜呑みにするのさ。」

 カイクハルドはカビルに語って聞かせた。1時間余りをかけて御座船を隈なく探したが、誰一人見つけられなかったカビルは、それどころではない様子だったが。

「じゃあ、俺達も『シュヴァルツヴァール』に戻るとするか。報酬はたっぷりと受け取ったからな。軍事政権から請け負った、“皇帝陛下救出”って名目の、拉致作戦は終了だ。」

 御座船から発進した彼等は、母艦である「シュヴァルツヴァール」を目指して戦闘艇を駆った。皇帝を連れて虚空へと消えていく御座船のレーダー反応を、カイクハルドはディスプレイ上で、長く見つめ続けていた。


 2年前には彼等の雇い主だった軍事政権に、今は敵として立ち向かってい行き、「ファング」は全滅の瀬戸際に追い込まれている。

(これで、このまま死んじまったら、どうしようもなく間抜けだな、俺達は。傭兵として軍政に付いたり帝政に付いたり、と雇い主をとっかえひっかえするんなら、意地でも生き抜かなきゃ、恰好付かねえのにな。)

 あの時には、皇帝の側女を獲得できなかったカビルは、その後に手に入れた権力者の箱入り娘を抱いた記憶に、今は浸っているのだろうか。ヒタヒタと迫り来る死の恐怖の中で、本当にそんな事を、思い出せているのだろうか。

 散々“慰みもの”にして来た女の肌の温もりは、死を目前にしたこんな時、本当に“慰め”になるのだろうか。

 敵の銃口に向かって行くのに、恐怖を感じる「ファング」パイロットはいないが、自分の頭を銃で撃ち抜くのに恐怖を感じないパイロットもいない、とカイクハルドは思っている。そんな恐怖を少しでも和らげる為に、パイロット達にはできるだけ好きな女を抱かせてやりたいと思って来たが、果たしてその事に意味などあったのか。いざこういう事態に陥ってみると、自信が無くなって来る。

 カイクハルドは、ディスプレイで時間を確認した。漂流を始めて、既に45分が経過している。あと15分で救助の報が入らなければ、助かる可能性はほぼ完全に無くなる。自死の恐怖が、現実のものとなる。

 カイクハルド自身は、全く恐怖は感じていない。プラタープ・カフウッドが駆け付ける事を、僅かにも疑ってはいなかった。

 勿論(もちろん)、彼の情を当てにしているわけではない。軍閥の棟梁が「アウトサイダー」に、それも盗賊団兼傭兵団として、襲って殺して奪って犯してを繰り返している連中に、かける情けなど持ち合わせているはずなど無い。彼等に、誰かの情けを当てにする資格など、無い。

 カイクハルドは、戦略家としての彼の判断を信じている。今ここに駆け付けるという判断を、彼がしないはずがない、と確信している。戦略的に見て、それはあり得ないから。

 軍事政権打倒を、プラタープ・カフウッドが真剣に目指すのならば、宇宙要塞「バーニークリフ」の奪還は必須だ。そして、「ファング」によって守備部隊が蹴散らされ、幾つもあるセクションンの1つだけとは言え要塞砲台が壊滅させられた今こそが、要塞奪還の千載一遇のチャンスだ。見逃すはずがない。

 この闘いによって、「ファング」の実力も、彼は思い知ったはずだ。戦闘における強さだけでは無く、情報収集能力にも一目置くだろう。敵の輸送船にまんまと紛れ込み、奇襲攻撃に成功した事実は、それを証明するものだ。プラタープ・カフウッドが、「ファング」を救わずにいられるはずも無い。必ず駆け付け、救出してくれるはずだ。

 それまでは、最後に抱いた女を思い出していよう、と考え、ウダイプリーを想像してみたカイクハルドだったが、やはりいつしか、ラーニーを思い出していた。未だ抱いていない彼女に付いて思い出すのは、なぜか、横顔だけだ。それも、つい最近見たものではなく、2年前に見た17歳のラーニーの、過酷なものを背負った直後の横顔だった。

 ピッ、という電子音が、カイクハルドの目を開かせた。ラーニーの横顔は、たちどころに消え去った。

「へっ、ようやく来やがったぜ。『カフウッド』部隊の、お出ましだ。」

 軽い口調で言ってはみたものの、安心感が膨らむ。と同時に、今まで自分が置かれていた状況に、そこはかとない恐怖が沸き上がる。助かったと思った途端に、今まで心中深くに閉じ込めていた感情が、滔々(とうとう)と溢れ出して来た。懸命に(なだ)めて来られた心臓が、激しい連打を胸板に浴びせていた。

「応よ、かしら。連中からの、噴射剤タンクの飛来を確認した。あれをもらえば『ヴァイザーハイ』も腹いっぱいの、元気いっぱいだぜ。」

 カビルも陽気に応じて来たが、似たような気分かもしれない。その声は、最後に抱いた女を思い出していた男のものとは、とても思えなかった。

 噴射剤タンクをキャッチする為の、僅かな軌道修正の為の噴射剤くらいは、残してあった。周囲から捕集した塵で作り出した分の噴射剤もある。マッハを十数倍した現在の速度を相殺するには、全く足りない量ではあるが。

 シートに改めて体を固定し、戦闘艇に火を入れ直したカイクハルドとカビルは、ビームセイリング方式で加速して彼等に追いついて来た推進剤タンクの鼻先へと、戦闘艇を導いた。

 タンクをキャッチし、噴射剤を取り込んだカビルの「ヴァイザーハイ」とカイクハルドの「ナースホルン」は、スラスターから力強くオレンジの光を噴き出し、それまでの運動量を相殺する。

 更に噴射を続けると、静止状態を経て彼等の戦闘艇は、「バーニークリフ」第8セクションへと戻る軌道を取り始めた。

 カビルと会話をする為の、最小限のもの以外の通信は封鎖していたので、仲間達の状況は、今は分からない。通信回線を開き、「ファング」の仲間に報告を促す信号を送る。

 カイクハルドは、胸が締め付けられる。「ファング」は、彼らを残して全滅しているかもしれない。そうでは無くても、いったい何人が死んだか、分からない。何人死んでいても、不思議ではない戦況だった。

 祈るような気持だった。1人でも多く、生きていろ。目に浮かぶあの顔もこの顔も、何とか生き残っていやがれ。心の声は、叫びに近い。

 どれだけ手酷く「ファング」がやられたのか。その報告を待つ時間程、カイクハルドにとって恐ろしく辛いものは無かった。自分が死ぬ恐怖など、それに比べれば取るに足りない。むしろ死んでしまえば、色んな荷物から解放される。そんな風にさえ、思えて来る。

 が、自分はまた、生き残ってしまったのだ。生き残ってしまった身で、仲間の死を知る。仲間達を差し置いて、仲間達を死なせておいて、自分はまた生き残った事を胸に刻む。そんな時間が、今だった。

 罪悪感に苛まれる。寂寞の想いに押し包まれる。仲間達を死なせた。仲間達が去って行く。その惨状が今から、(つまび)らかにされようとしている。

今回の投稿は、ここまでです。次回の投稿は、 '18/3/17 です。

次回の投稿まで、2週間のインターバルを頂く事とし、それ以降は毎週投稿に切り替える予定にしております。前作「ウォタリングキグナス」より短目の作品にしよう、と思って書き始めたはずが、気づけば1,5倍くらいの長編になりそうな有様です。創作の未熟さと反省するべきか、アイディアが溢れて来たと喜ぶべきか。ただ、自分なりには、面白い作品に仕上がったのではないか、と自負しており、是非最後まで読んで頂きたいです。

ラーニーのように、物語の中核になる女性をどう描くか、というのはすごく難しく、めちゃくちゃ悩むし、未だにこれで良かったのか、との想いも拭い切れないです。自分がイメージした人物像がこの物語にふさわしいものだったのか、イメージした人物像をきちんと文章に描き切れているのか、不安で仕方がないです。物語が進んで行くにしたがって、キャラが変わって行くのもそれで良いのかどうか。この出会いのシーンからは2年が経過している場面がこれから出て来るわけだし、カイクハルドとの関係性も変わって行くし、ある程度の"キャラ変"は許容範囲のはずですが、果たしてその範囲に収める事ができたのかどうか。読者の皆様にも、それらの様相を気にして読み進めて頂けると、とても嬉しく思います。というわけで、

次回 第8話 名将、プラタープ・カフウッド です。

プロローグで描かれた「宇宙要塞ギガファストの攻防戦」を演出した名将が、遂に次回、登場します。が、その前に「バーニークリフ奪還戦」がどういう結末を迎えているか。色々と気に掛けてもらいたい部分の多い説話となっております。是非、ご一読を!


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