第86話 伏龍・抜撃・捨身
タキオントンネルを使って、「ファング」は第1惑星の恒星に面した側の近くに移動して来た。スリットしか警戒していない「エッジャウス」守備隊が、気付くはずは無い。惑星の裏側だから、軍政側からは死角となる為、偶然に誰かの目に留まる事すらあり得ない。
空母から出た「ファング」は、すぐさま衛星の陰に入ることで、青色超巨星のエネルギー粒子線から身を守った。身を守りつつ、ホットジュピターのガス流に乗るようにして、惑星内部へと姿を没して行った。
「ラストヤード」に借りた空母は、そのまま乗り捨てる。もちろん、「ファング」が出撃した後は、無人だ。いずれ灼熱のガス雲に飲み込まれて、燃え尽きるだろう。その一方で「ファング」は、激走する低温領域に付随して、恒星に面していない側を目指している。つまり「エッジャウス」のある側へと突進している。
戦闘艇などが潜り込んでいられる、と伝聞情報としては知られていたが、百数十年に一度の現象なのだから、実際に経験した者も詳しく知っている者も、居るはずはない。どれだけそこが安全なのかは分からない。住民にも半信半疑な者が多いような、不確かな情報でしかなかった。だがカイクハルドは、情報を知るなり即座に信じた。何の根拠も無い、勘だけの判断だった。
実際、完全に安全では無かった。低温領域の中にも、時折、超高温ガスの不規則な分流が吹き抜けて行ったりした。そのタイミングも場所も予測不能で、対応の術も無かった。それが、3隻の「ファング」戦闘艇を爆散させ、3人のパイロットの命を奪った。
遠目に見るとこのガス惑星は、深い青色と淡い青色の縞模様を装った、涼し気な、柔和とすら感じさせる外観だ。なのにガス雲内は、灼熱と暴風の地獄だ。命などという脆弱な存在を悪魔的に嫌い抜いているようであり、問答無用な殺意や敵意だけで満たされているかのようでもあった。
縞模様は、ガス流によって描き出されたもので、恒星に面した側から反対側へと続いている。西瓜という農作物を知る者には、それを思い出させるであろうデザインだが、「ファング」にはカイクハルドを含め、そんな農作物を知る奴はいない。それ以前に「ファング」の戦闘艇には、窓も視覚映像を提供する機器も無いから、惑星の姿は見えない。
とにかく、危険極まりない作戦だった。住民の伝承だけを当てにして、不確定要素が膨大にある地獄のような灼熱と暴風のガス雲の中に、身を没するのだから。ビルキースが心配顔をするのも当然だし、ラーニーには作戦の内容すら伝えなかった。話していてら、どんな顔をした事か。
危険は承知だし、ある程度の犠牲は想定内だった。とはいえ、実際に仲間の死を意味する赤い光に包まれてみると、カイクハルドにも不安は募る。胸も痛む。
(たどり着けるのか、「エッジャウス」にまで。何隻が生き残ってるんだ、守備隊を攻撃する時には。)
悪い予感が幾つも胸中に積層し、蜷局を巻き、内臓を重く感じさせる。不安だけでなく、灼熱という苦痛も、カイクハルドを始め全ての「ファング」パイロットを苦しめている。
低温領域といっても、ホットジュピターのガス雲の中としては比較的低温というだけで、戦闘艇の中にいる人間にとっては数時間生きているのがやっとの、限界ぎりぎりの高温だった。
汗が吹き出すが、流れ落ちはせずに表面張力で顔に貼り付く。重力は無い。彼等は自然落下状態だ。惑星ガス内だが、長楕円衛星軌道にも乗っている。軌道に乗るにあたっては、「ファング」戦闘艇の性能をフルに発揮した進路や姿勢の修正を必要としたが、それ以降は衛星軌道上を周回している状態であり、自由落下だった。だから、コックピットの中は体感的には無重力であり、「ファング」パイロットの汗は流れ落ちたりしない。
戦闘艇は絶え間なく、激しい揺れにも苛まれている。何回か、ディスプレイなどで顔面を強打した。並の人間なら、振動だけで脳震盪を起こしただろう。様々な困難を伴う作戦だった。
次はいつ、赤い光は放たれるのか。誰が、いつ死んでも、不思議では無い。仲間達の顔を順に思い浮かべ、どいつもこいつも死ぬんじゃないと心で叫ぶ。自分が選んだ命知らずの作戦に、命令でもって無理やり従わせた彼には、身勝手に過ぎるとも言い得る叫びだろう。それを承知で、叫ばずにはいられない。内心で叫び続けるだけでなく、声にも出した。
「堪えろよ、お前ら!もうすぐだ。もうすぐ反対側にたどり着く。クソ熱いガス雲ともおさらばできる。その後は、思う存分暴れるだけだ!あと少し踏ん張れ!」
堪えても踏ん張っても、避けられる死では無い。予告も無く突如訪れる高温の突風に吹かれれば、なす術とて無く死ぬのだ。彼の言葉は、筋が通っていない。そんな事は百も承知で、彼は叫び続けたし、パイロット達は皆、彼の声に励まされていた。
「ファング」の速度が最大となる場所では、灼熱ガスを追い越しながらの飛翔となった。軌道に乗っていれば、自然にその速度になるのだから、修正などできない。低温領域の後端から前端に向かって、スライドして行く形になる。灼熱ガスに追い越される場所もある。楕円軌道上では、速度は一定では無い。低温領域からはみ出さない、絶妙な楕円軌道を選んで「ファング」は飛翔している。
数時間の、大袈裟でない命の限界ぎりぎりの灼熱地獄に耐え抜き、「ファング」はガス雲から飛び出した。手術により人工的に強化された身体を持っている「ファング」パイロット以外には、絶対に生き残れなかっただろう。ともかく、97人97隻の戦闘艇が、灼熱のガス雲の中での潜伏を生き延びた。
長楕円衛星軌道に乗っているから、加減速せずとも惑星から離れて行く。 ガス雲の中では、多少のスラスター噴射で進路や姿勢の微修正を施していたから、終始完全なる自由落下だったわけではなかったが、ガス雲を飛び出し惑星から離れ始めると、ただ長楕円衛星軌道に身を任せるだけになる。摩擦による減速やガス圧による姿勢の乱れも、惑星から離れると無くなるのだから。
惑星から離れて行っているから、上昇している、と感覚的に思える動きだ。だが彼等は、自由落下していた。上に向かって落ちる、という現象も、宇宙時代には珍しくはない。
更に数時間後、長楕円軌道上の、惑星との最遠地点近くにまで「ファング」は運ばれた。ここからは、スラスター噴射で加速して、L2-ラグランジュ点にある「エッジャウス」を目指さなければいけない。
コンピューターによる自動制御で発動されたスラスター噴射が、「ファング」の戦闘艇を蹴っ飛ばした。オレンジの光を引きながら、97隻の戦闘艇は加速する。
(スラスターを噴射したからには、さすがに敵に気付かれたか?)
その可能性は低い、と事前には予測していた。後方に巨大な熱源であるホットジュピターを背負っているから、スラスター程度の熱源など見分けがつかないはずだ、と考えたのだ。が、敵が無人探査機などを飛ばして、色々な位置から色々な方向を観測しているとしたら、見つかる可能性もある。見つかるのが早ければ早いほど、奇襲攻撃の成功確率は下がる。
(気付くな・・・まだ気づくな・・・)
祈るカイクハルド。祈るしかできないカイクハルド。祈る事を止められないカイクハルド。猛烈な加速重力に耐えながら、ディスプレイに目を走らせ続ける。
圧倒的多数の敵中を駆け抜ける奇襲攻撃だから、速度を十分に上げてから突入しなければ成功や生還は望めない。敵に有効打を与えた上で、敵の反撃を受ける前に離脱してしまわなければならない。それだけの速度を得る為の加速は、手術により強化された身体を持つ「ファング」パイロットにも、絶命寸前の負荷を強いるものだ。
仲間達の意識レベルにも、気を配る。それを常時モニターしているディスプレイもある。0.5秒未満の失神なら、ちらほら見受けられる。皆が、かろうじて戦闘態勢を維持している状況だ。
「ファング」パイロット達は全員が、この戦いを軍政打倒に向けた最終決戦だ、と認識していた。これまでの全ての苦労や犠牲の成果が、この一戦で問われる、と受け止めている。「ファング」の全員が、特別な覚悟を持って臨んでいるのが、この“ホットジュピターの決戦”だった。どんな苦痛も、命の危険も、皆が受け入れていた。
作戦発動直前には、敵の目はスリットに集中されていた。探査機から送られたデーターや、住民から提供された情報や、スパイ達の諜報活動に基づく報告等で、その状況はしっかりと確認できていた。それを見届けた上で、彼等は出撃して来た。確認から数十時間が過ぎてはいたが、今も、敵の目はスリットに釘付けのはずだ。彼等に呼応して、「ラストヤード」が攻勢を仕掛ける手はずとなっているから。
ビルキースを信じれば、ターンティヤーへの見立てが間違っていなければ、作戦に狂いは生じないはずだ。万が一にも狂いが生じていれば、「ファング」は確実に全滅するだろう。
無論カイクハルドは、疑うつもりも無い。間違いなく、今この瞬間には、既に10万以上にも膨らんでいる「ラストヤード」の大部隊が、スリットを目がけて大規模攻撃に打って出ているはずだ。敵の目は今まで以上に、これまでで最高というくらいに、軍政の歴史上に前例がないくらいに、スリットへと集中されているはずだ。そうでなければ、この奇襲に成功はあり得ない。
敵の目がスリットに釘付けなら、彼等の奇襲が気付かれる可能性は低い。低いが、ゼロでは無い。ゼロになど、できるはずは無い。気付かれれば作戦は失敗し、「ファング」は全滅だ。
(気付くな・・・気付くな・・・気付くな・・・)
祈るしかない男の懸命の祈りが通じたものか、近付いて来たL2-ラグランジュ点の、微小天体群に設置されている基地は、どれも反応を見せない。気付いているなら、もうミサイル攻撃くらいは仕掛けて来ているはずだ。
熱源探知用ディスプレイの上で、前方から近寄って来てはどんどん後方へと通り過ぎて行く敵の基地施設を、一つ一つ確認する。微小天体の中に造り込まれたそれらだが、軍事施設である以上は熱源を持っている。
どれ一つとっても、肉眼で見える距離では無い。ラグランジュ点には微小天体が密集している、と言っても、宇宙規模の“密集”は人の感覚ではスカスカだ。望遠カメラやレーダー等を使わないと認識できないほどに、個々の距離は離れている。
L2-ラグランジュ点にある天体群のほとんどを通り過ぎた頃、新たな、まったく別の熱源反応を、カイクハルドは見つけ出す。
「前方に敵艦隊だぁっ!ここまで気付かれずに接近できれば、しめたもんだっ!」
同じ不安と祈りの中にあったであろう、カビルの狂喜の叫びが聞こえた。
「ターンティヤーが仕掛けた攻勢への対処に向かう、増援部隊に違いねえぜ。あれの動きを止めるか、そこまで行かなくても、移動を遅らせる事だけでもできれば、『ラストヤード』部隊がスリットの突破を成し遂げ、『エッジャウス』に押し寄せて来るはずだ。」
軍政側は、スリットと呼ばれる細長い回廊に沿って、広く戦力を展開させる一方で、要塞近くにも多くを張り付けてある。スリット上のどこに敵が現れても、素早く確実に、大量の戦力を“寄せ手”の出現宙域に集中する為の、2段構えの防衛布陣だ。
スリットに沿って展開している部隊が、タキオントンネル離脱直後の無防備な“寄せ手”に素早く攻撃を仕掛け、先手を取る。と同時に、要塞周辺に待機している部隊をそこに急派して、スリット沿いに展開していた部隊と合流させる。
先手を取った上に、十分に分厚い増援部隊を急派できれば、確実に“寄せ手”を撃破もしくは撃退できるはずだ。“寄せ手”のタキオントンネルを検出するや否や、”守り手”もタキオントンネルの生成を始めるようにすれば、““守り手””はスリット上のどこを攻められても、遅滞なく戦力を集結できる算段だ。
今「ファング」の眼前に出現した敵艦隊は、増援に駆け付けるべく「ラストヤード」側戦力の出現箇所を目指して急進しているはずだ。
「50艦はいるぞっ!まともにやり合ったら、あっという間に磨り潰される。一気に駆け抜けるぜ。駆け抜け様に一撃を叩き込んで、仕留めるんだ。」
分かり切っている内容ではあるが、直前に言葉に出す事で、徹底を期する。
「散開弾、飛来!」
(遅いんだよ、バカ野郎がっ!)
内心で、敵に毒を吐く。勝利を宣する叫びだ。今更あがいても、「ファング」を止められるほどの散開弾攻撃は成し得ない。勝利の予感に意気は上がるが、声に出る言葉は冷静だ。
「戦隊ごとに、散開、突破した後、攻撃だっ。」
槍先が5つ、引っ掻くように虚空を走る。スラスターの噴出するオレンジの光が、虚空に細長い傷を刻む。凶悪な金属片群の絶壁も、たちまちにして突き破られた。第1から第5までの全ての戦隊が、1隻も損じる事無く突破を成功させる。この突破に、例の如く敵は茫然自失、金縛りにでもあったかのような沈黙。
「カビル、頼んだぞ。」
各戦隊が標的とすべき艦の候補は、大雑把にはカイクハルドが指示した。第1戦隊の担当する敵も、5艦程が候補として指定されている。発射できるミサイルは5発だ。第1戦隊に5隻配されている「ヴァイザーハイ」がミサイル攻撃を担当するから。
カイクハルドは第1戦隊に割り当てた約5艦から、更に1個の大型戦闘艦を選び出し、その1艦に5発を集中するべくターゲット指定した。他の戦隊も、割り当てられた艦群の中から具体的な攻撃対象艦を隊長が指定したはずだ。1艦に付き1発を撃ち込むのか、どれかの艦には2発以上撃ち込むのか、等の判断は各隊長に任される。隊長の責任で、最も効果の高いと思われる攻撃を選択する。今回は全ての戦隊が、1個の大型戦闘艦に全弾を集中する決定を下していた。
第1戦隊においては、大型戦闘艦1艦を選び出した後はカビルの仕事だ。さっきのカイクハルドの、カビルに向けた叫びの理由だ。
「任せとけ、かしら。さあ、どう料理して・・・・」
集中力の高まりを感じさせる、カビルの声。第1戦隊に5隻ある「ヴァイザーハイ」のどれが、敵艦のどの部分を狙い、どんなタイミングでミサイルを発射するのか、をカビルが決める。敵の位置、角度、運動状態、熱源パターン、こちらの各「ヴァイザーハイ」の位置関係、運動状態、各パイロットの力量、等々、様々な要素を勘案する必要がある。全てを考慮した上で、最も効果的と思われる攻撃プランを瞬時に策定しなければならない。職人技クラスの難題だ。
カイクハルドの全幅の信頼を負った、カビルの統制のもと、第1戦隊はミサイルを発射した。他の戦隊も、ほぼ同時に攻撃を実施していた。
全ての攻撃が、ただ敵に命中しただけでなく、この上も無いと思えるほどの効果的な成果を上げた。弾薬の誘爆を引き起こすようにとか、噴射材の漏洩に至らしめるようにとかいった、戦術的な意味の濃いダメージを与えるべく、計算し尽くした一撃だったのだ。
「やったぜ!どんなもんだぁっ!」
「良いぜ、カビル。相変わらず、大したもんだ。」
大型戦闘艦が5艦、「ヴァサーメローネ」に装甲を抉られ、艦内部の深い位置に凶暴な熱風を吹き込まれ、のたうつように姿勢と進路を捻じ曲げた。たった5発の攻撃で大型戦闘艦の姿勢や進路をここまで狂わせられるのは、「ファング」にしかできない業だと言って良いだろう。カビルを始め、各戦隊のミサイル射撃指揮者の凄腕が見せつけられた。
被弾した大型戦闘艦はどれも、幾つかある軍閥部隊の旗艦と思しきものだった。それが機能消失し、部隊の指揮どころか自艦の制御さえおぼつかない状態となったのだから、敵戦力の損耗は、5艦分では済まない。50艦のほぼ全てが、十分な能力を発揮し得なくなった、と見て良い。
攻撃を終えるところまでは無傷で済んだ「ファング」だったが、一撃入れて通り過ぎ、走り去って行こうとするところで、損害が出た。赤い光が、カイクハルドの胸の内側に針を突き立てる。
50艦もあれば、通過直後の「ファング」に反撃を仕掛ける事のできたものも多かった。「ファング」から見て、比較的手前にいた連中を襲ったのだが、その向こうに長々と艦列が続いていたから、それらを通り過ぎるのには時間がかかる。
彼等の進路前方にミサイルを回り込ませ、散開弾攻撃を仕掛けて来る敵もあった。後ろから来た攻撃は、プラズマ弾だった。追いかける形とならざるを得なかった攻撃は、相対速度が低いので散開弾攻撃では威力が小くなってしまう。だから代わりに、プラズマ弾や爆圧弾を選択するのが常識だ。
近くを通り過ぎる艦からは、レーザーのシャワーも浴びせかけられる。四方八方から様々な攻撃が襲い来る。槍衾、灼熱、強磁場、爆圧、破壊光線、と百花繚乱の攻撃だ。各戦闘艇が、各パイロットが、様々な苦難を味わわされながら、懸命に対処する。失神寸前のランダムな転進で、「ヴァルヌス」の進路開削で、流体艇首の盾で、レーザーでの迎撃で、必死の回避や防御を立て続けに繰り出す。強化された身体と訓練で得た技能と歴戦で磨いた経験や勘の、全てが動員された防戦だ。
各戦隊が死力を振り絞り、各隊長が知略の限りを巡らし、各パイロットも悲鳴と怒声を連発して、大半の攻撃を躱したり防いだりしたのではあるが、犠牲を出さずにはいられなかった。
「8隻か。50艦を相手に殴り込みを仕掛けて、このくらいの被害なら、上出来ってところだな。」
味方を励ますカイクハルドの言葉だが、その表情は沈痛そのものだ。右ひざの辺りの鉄板の形も、その歪さを尚一層激しくしていた。
「ファング」が敵艦隊を通り過ぎると、そこに突撃を仕掛けて来る「ラストヤード」部隊が検出される。彼等をここの近くに運ぶタキオントンネルは、ずいぶん前から軍政側も検出していて、迎撃準備を整え手ぐすね引いて待ち構えていたはずだ。だが、今の「ファング」の奇襲が、それも台無しにしたと見えて、肝心のタイミングで敵の陣形は、惨憺たる乱れようだった。
「ファング」を追いかけようとして配置から離れてしまった艦が多い上に、「ファング」を狙った攻撃が彼ら自身の索敵を妨げたので、タキオントンネルから飛び出して来た「ラストヤード」部隊の、位置も陣形も掴み切れない。更に、旗艦が葬られたために指揮系統が機能せず、立て直しも進まない。
50艦の中には、どこかへ救援に向かう予定だった部隊も、ここ飛び込んで来る“寄せ手”を迎え撃つ予定だった部隊もあっただろう。どの艦がどの任を帯びていたかはカイクハルドには知る術も無いが、どちらも失敗に終わる事は確信できた。
「ここに殴り込んだ『ラストヤード』部隊は10艦程か。青色超巨星の日差しに焼かれながら突っ込んで来てるから、『ラストヤード』は全力で戦える体制にはなってねえ。同数くらいの“守り手”戦力で迎撃しても、普通なら楽勝のはずだが、あの様じゃ逆の結果になるな。」
が、その結果を見る前に、彼等は戦闘宙域から遠く離れてしまったので、観戦は叶わなかった。十分に加速した上での殴り込みなので、簡単には引き返せない。無理に引き返しても、噴射剤が尽きた状態で戦域に再突入する事になる。気になるところではあるが、一旦の離脱はやむを得なかった。
1時間程も飛びつつけると、前方に別の敵部隊が検出された。“スリット”に広く展開して警戒態勢を敷いていた部隊の1つだろう。この位置には襲撃を加えられる兆候が無いと見て、別の宙域の応援に回るつもりだったようだ。タキオントンネルがすでに生成されていて、今にもそれに突入する構えだ。ターミナルの後ろ側で、列を成して戦闘艦が待機していた。
(どうする?)
迷うカイクハルド。(戦闘を避ける事はできる。大きく迂回して敵との接触を逃れるのは簡単だ。)
さっき攻撃を食らわせた敵から、情報は伝わっているだろう。彼等の散開弾攻撃への突破能力も熟知した敵が、準備を万端に整えて待ち構えている、と考えて良い。「ヴァサーメローネ」は撃ち尽くした。数も減らされて攻撃力も落ちている。噴射剤の残りも多くは無い。
戦果は、とりあえず十分上げたと考えて良いだろう。これ以上の攻撃はしなくても、「ラストヤード」がスリットを突破できる可能性は髙い。
が、何が起こるか分からないのが戦争だ。叩ける時にできるだけ沢山の敵を叩いておかないと、後悔するハメに陥る例も多い。僅かな優勢などで、満足しているわけには行かない。
「やろうぜ、かしら!」
カウダの力の籠った声が、通信機に轟く。「この戦いは、絶対に勝たなきゃならねえんだ。ここで軍政を叩き潰さなきゃ、成仏できねえ幽霊が沢山いるんだ。この世で苦しむ奴も、沢山出て来ちまうんだ。少々の危険なんか、関係ねえよ。」
カウダの率いる第5戦隊は、隊長の彼を含め、全てのパイロットが軍事政権に恨みや怒りを抱いている。「軍政目の敵戦隊」の異名を与えられるほど、軍政相手の戦いでの彼等は勇猛だった。この戦いへの意欲と覚悟の高い「ファング」にあっても、彼等のそれは際立っている。
カウダの出身軍閥は、軍政の権力を後ろ盾にした隣接軍閥によって滅亡に追い込まれた。遥か古い時代より「ノースライン」ファミリーに忠誠を尽くして来て、軍事政権誕生にも多大な貢献をしたのが、カウダの出身軍閥であった。それにも関わらず、賄賂に目が眩んだアクバル・ノースラインは悪質な陰謀を仕掛けて来た。
あらぬ罪を無理矢理に着せられ、罰としての武装解除を命じられた。無防備となったカウダの出身軍閥は、隣の軍閥の侵略に一方的に撃滅され、蹂躙された。軍閥のファミリーはおろか、その近親や臣下の一族全てが、虐殺や虜囚の惨禍に見舞われた。
カウダを生んだ一族は、その軍閥の古参の幹部として運命を共にし、幼かったカウダは、その時に流浪の身となった。盗賊の襲来や飢えに、日々命を脅かされる暮らしの中で、カウダは恨みを燃やし続けた。一族と主家を破滅に追いやった、アクバル・ノースラインを首魁とする軍政に。軍政に尻尾を振る、全ての軍閥に。目の前の生活が苦しければ苦しい程、恐怖や絶望を味わえば味わうほど、彼の軍政への恨みは膨らみ続けた。
「ファング」にたどり着いた時には、彼は軍政への復讐のみに心を染められた、修羅のごとき人格になっていた。カイクハルドと戦いを共にする内に、いくらか性格は丸みを帯び、穏やかさを得るに至っていたが、その心中には変わらず修羅の一面があった。この戦いで彼の修羅の一面が表出するのは、当然のことだった。
第5戦隊の全てのパイロットが、カウダと同等の恨みや怒りを秘めている。彼等へのカイクハルドの理解が、攻撃敢行を決意させた。
「よしっ!やるか。槍先で突撃だ。」
敵は小型戦闘艦5艦を「ファング」に向け、迎撃の構えを見せる。その背後では、続々とタキオントンネルのターミナルに入り込んで行こうとする、戦闘艦の列がある。5艦での防御を信頼し切っているのか、列をなす艦は無警戒の様子だ。
ターミナル施設は、暫時型用のものだ。恒久型用のターミナルは円筒形が多いが、暫時型はもっと簡素な構造物である場合が多い。細長い骨組みが幾つもの同心円を作っている、円盤状の構造物だ。
その円板状構造物から、濃い紫の光が、宇宙を深淵にまで貫き通すかのように照射されている。紫の光と反対側から、円盤状構造物の一番内側の、骨組みでできた“輪っか”に入り込もうとして、敵艦は並んでいる。
「ファング」に対応した5艦は、多方向からの重厚な散開弾攻撃を見舞って来た。やはり、彼等の突破力を知った上で、散開弾によるクロスファイア・アタックという対策を立てて来ている。が、「ファング」の渾身の連続転進には付いては来られない。自分で作った金属片群の壁にも遮られ、「ファング」を見失ってしまう。これだけの攻撃を仕掛ければ仕留められるはず、と撃破を確信して油断していた形跡も見られた。
数回の、「ヴァルヌス」による進路開削も伴った金属片群突破の末に、「ファング」は敵艦への肉薄を成し遂げる。もう、散開弾による防御には近すぎる距離だった。敵レーダー波の照射範囲からも、敵は「ファング」を見失っているようだ。すぐ近くに姿を見せた事には気付いても、正確な位置と運動状態は把握できていないはずだ。
ここまで来れば、この5艦への勝利は確定したようなものだ。5分割したまま戦隊ごとに攻撃を仕掛け、「ココスパルメ」で黙らせれば良い。
その後ろでタキオントンネルに並んでいる連中には、深い損傷を負わせるのは無理だろう、とカイクハルドは計算している。10艦強の戦闘艦がいるのだから、「ファング」だけでは荷が重すぎるというものだし、手前の5艦で「ココスパルメ」もほぼ撃ち尽くすはずだから。
だが、散開弾を数発でも撃ち込んでおけば、敵の移動を遅らせる戦果はあげられそうだ。金属辺による表面構造物のみの軽傷とはいえ、そのままでタキオントンネルでの移動を果たし“寄せ手”戦力の前面に飛び出すのは、無謀に過ぎると言えた。索敵も攻撃も完璧にはできないのだから。
今、無警戒の敵艦が、散開弾攻撃に無傷でいられるはずは無く、傷を受けたからには、修繕なしには応援には向かえない。確実に行動を遅らせられる。そうすれば、「ラストヤード」部隊に対しては、有効な支援になるはずだ。
カイクハルドの指が躍っていた。キーボードを叩き、各戦隊のターゲットを指定する。が、
「悪い、かしら。ここからは、自由にやらせてくれないか?」
「・・・!・・・はぁ?あのなぁ、カウダ、盗賊団だぜ、俺達は。好き勝手にしたくなったんなら、黙って好き勝手すれば、良いじゃねえか。」
「ああ。ありがとよ。・・・『ファング』に入れてくれて、ありがとな、かしら。今まで、楽しかったぜ。」
第1から4戦隊は、前面に進出している小型戦闘艦への攻撃を繰り出す。幾つもの青白い光球が敵に食らい付き、小型戦闘艦4艦には沈黙を強制した。第1戦隊も、カビルの卓越した統率のもとでのミサイル攻撃によって、小型戦闘艦1艦を火達磨にさせた。
だが、第5戦隊は、小型戦闘艦を素通りした。十分に戦力を残す戦闘艦を背後に抱えて、タキオントンネのターミナルへと直進した。
ミサイルを撃ち込む第5戦隊。ミサイルはターミナルを、まっしぐらに目指している。彼等の背後から、小型戦闘艦から発射されたミサイルが、猛追して行く。ようやく第5戦隊の位置と運動状態を掴んだ敵が、素通りして行った彼らを背後から襲う動きに出たのだ。
第5戦隊の「ヴァンダーファルケ」が、半回転してミサイルの撃破に乗り出す。後ろから追いかけて来るのが散開弾のはずは無い。相対速度が高くならないので、金属片に破壊力が生じないから。
後ろから来るミサイルは、プラズマ弾か爆圧弾に決まっており、至近距離に迫るまで炸裂する心配はない。炸裂する前に、レーザーで迎撃するのは簡単だ。
その間にも第5戦隊の「ヴァイザーハイ」と「ナースホルン」は「ココスパルメ」や「ヴァルヌス」を次々に発射する。1発ずつランチャーに装填する必要があるので、数秒間隔で1発ずつのミサイルしか発射できない。攻撃を実施している間は、戦闘艇の進路を大きく変えるわけには行かない。多少の軌道修正能力ならば有しているミサイルだが、正面に撃ち出すランチャーしか「ファング」戦闘艇は装備していないから、大きく転進してしまうとタキオントンネルを狙えない。
「あいつら、あのタキオントンネルのターミナルと、心中するつもりなんだな。」
寂しさを漂わせた苦笑いを浮かべるカイクハルドが、その様を示すレーダー用ディスプレイに囁きかけた。
タキオントンネルのターミナルに、可燃物など積まれていない。防御も重厚だ。二重三重の装甲で覆われており、ちょっとやそっとの攻撃では機能的損傷を生じない。部隊輸送の要となる装置だから、手厚く防御するのは当たり前だった。
これに損傷を与えて機能停止させるには、何発ものミサイルを一か所に集中して撃ち込む必要がある。「ファング」の戦闘艇がそれをしようとすれば。艇首をターミナル方向に長時間保持し続け、連続でミサイルを発射しなければならない。
その第5戦隊に、艦列を作って順番を待っていた敵からも、ミサイルが撃ち込まれて来た。無警戒だったそれらも、第5戦隊が長らく直進し続けている間に、攻撃態勢に入ることができたようだ。
散開弾による、クロスファイア・アタックだった。上から下から右から左から、金属片群の壁が第5戦隊に襲い掛かる。対処するには、絶対に転進が必要だ。
突破は1つの壁が精一杯だ。「ヴァルヌス」と流体艇首を併用しなければ無理だろう。その他の壁は躱すしかない。転進無しでは、絶対に乗り切れるはずが無い。
だが、第5戦隊は、タキオントンネルターミナルに真っ直ぐ艇首を向けたまま、僅かにも進路を変えない。前方に据えられたままの「ヴァイザーハイ」と「ナースホルン」の艇首からは、ターミナルを狙ったミサイルが次々に撃ち出されている。
「ココスパルメ」と「ヴァルヌス」が幾つも折り重なって、ターミナル施設の一つの区画に花を咲かせている。徹底した一点集中攻撃が、敵から超光速の移動手段を奪い取ろうとしている。「ラストヤード」に“スリット”の突破をもたらし、宇宙要塞「エッジャウス」に陥落をもたらし、軍事政権に滅亡をもたらす集中攻撃だ。まさに、軍政を目の敵にした捨て身の攻撃だ。
後方からの攻撃には「ヴァンダーファルケ」が対応しているが、上下左右からの散開弾攻撃に第5戦隊は、全く無防備だ。対処しようとする気配も無い。凶暴な絶壁の襲来に、知らん顔を極め込んだまま、ひたすらターミナル施設のみを滅多打ちにし続けている。
そして、
「・・・カウダっ!」
今回の投稿は、ここまでです。 次回の投稿は、 '19/9/21 です。
「ファング」がまとまって攻撃を実施する際の、かしらであるカイクハルドと、各戦隊の隊長と、カビルなどの射撃指揮者の役割分担について、何回か言及してきました。標的に対して〝漏れなく、重複なく”効果的に攻撃できるように、各戦隊の担当範囲をカイクハルドが明確に示します。各隊長は、割り当てられた敵にどんなダメージを与えれば、戦い全体への貢献が高いかを考えた上で、詳細なターゲットを指定します。今回の戦いでは、割り当てられた敵艦全体に、散開弾などで〝広く浅く”ダメージを与えて戦力を〝削ぐ”やり方もあり得ましたが、旗艦と見られる敵に集中攻撃を加えて”沈黙”させることで、戦力を〝無効化する”やり方を、各隊長は選んだわけです。その方が、ターンティヤー部隊が「エッジャウス」を陥落させるという戦い全体の目標に対して、効果が高いと判断したからです。カビルたち射撃指揮者は、旗艦を〝沈黙”させるという隊長の選んだ目的の達成に、最も効果的な〝ミサイルの撃ち込み方”を考えるのが役目です。同じ艦にミサイルを打ち込むにしても、狙う位置や打ち込みの角度や相対距離などで、戦果は異なってきます。熱源から敵艦の状態を推測したり、レーザー銃の配置などから迎撃の有無や濃度を予測したり、パイロットの技量から命中率を考慮したりなど、高度なことをしています。限られた数のミサイルで、最も確率良く目的を果たせるように考えているわけです。隊長が〝戦略的判断”を、射撃指揮者が〝戦術的判断”を担当しているとも言えるでしょう。この際に、カイクハルドは隊長や射撃指揮者に口出しはしませんし、隊長もかしらや射撃指揮者に注文は付けません。こういう役割分担の明確化や指揮命令系統の厳格化が、「ファング」の強さの一因になっているというのを表現したかったのですが、どんな感じで読者様には伝わっているでしょうか?作業者が判断すべきことに、良く知りもしない管理者があれこれ口出しをして余計な混乱を生じている会社とかが、少なからずあるのじゃないかという作者の勝手な思い込みを、こっそりぶつけてみているわけですが・・。役割分担の曖昧さが、非効率やミス連発の原因になっているというのも、あるのでは・・。というわけで、
次回 第87話 ファル・ファリッジ最期 です。
このタイトルが出たからには、物語も大詰めを迎えているのが見え見えですが、それでもまだ1回や2回で片付くわけではありません。戦いも、まだ全て終わったわけではないのです。実は、作者が最も描きたかった戦いの一つが、最後に残っているのです。「何だそれは?」と思いながら、最後まで読んで頂くよう心よりお願い申し上げます。




