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銀河戦國史 (アウター“ファング” 閃く)  作者: 歳越 宇宙 (ときごえ そら)
第6章  攻略
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第85話 ホットジュピターの決戦

 「グレイガルディア」の上中東アッパーミドルイースト星団区域にある、「イストラ」領域の「シャフティ」星系に、軍事政権の最重要拠点である宇宙要塞「エッジャウス」はある。その「シャフティ」星系を包み込んでいるオールトの雲の中を、「シュヴァルツヴァール」は疾駆していた。「シックエブ」を陥落させて10日と少し後の、「ファング」の転戦だった。

 大規模な軍勢に、こんな小回りの効いた転戦はできない。「シックエブ」陥落後に部隊を再集結させ、出撃態勢を整えるだけでも何日もかかる。それに、「レドパイネ」は残党刈りに、「ベネフット」は「シックエブ」の掌握に、しばらく手を取られる。「エッジャウス」攻略戦に参加するのは不可能だった。カジャや貴族達の部隊に至っては、勝利の喜びに踊り狂ったり酒を飲み呆けたりで、手が付けられないあり様だ。

 身軽な「ファング」のみが、「シックエブ」を陥落させるや否や、返す刀で「エッジャウス」攻略へと乗り出した。

「なんか、鬼気迫るくらいに気合入ってやがるな、『軍政目の敵戦隊』の連中は。」

 小声で零したカビルの視線の先には、真っ赤な顔を汗まみれにしてトレーニングに励んでいる、隊長のカウダを始めとした第5戦隊の面々が居た。移動中の「シュヴァルツヴァール」の、男専用エリアに設えられたトレーニングルームで、カイクハルドはカビルと共にエクササイズに励んでいた。

「そりゃあ、軍事政権をぶちのめすのが最大の楽しみで、ずっと『ファング』の厳しい訓練や戦闘を耐えて来た連中だからな。これから軍政の本拠地に殴り込もうって時に、のんびりなんぞしてはいられねえだろうさ。」

 平板な声で応えたカイクハルドだったが、心中には不安と寂寞が(わだかま)っていた。あの気迫からすると、次の戦いでは、第5戦隊に相当の損害が生じるだろう。これまでも軍政軍閥の部隊が相手となると命知らずの戦いを見せ、多くの犠牲を出して来た。それが「軍政目の敵戦隊」だから、軍政最大拠点の宇宙要塞「エッジャウス」攻略には、間違いなく捨て身の意気込みで臨むだろう。

(また、何人が死ぬ事やら・・)

 小さな嘆息で気持ちを切り替えたつもりのカイクハルドは、トレーニング室から出てラウンジを目指した。「シャフティ」星系内のある場所で止まるべく「シュヴァルツヴァール」は減速行程だから、艦の前方を床にした形で重力が生じている。1Gで3日かけて減速し、目的地で静止する予定だ。

 ラウンジにも、多くのパイロットが屯していて、それぞれが囲っている女を好みの恰好に仕立て、自慢気に見せつけ合っている。「ファング」にはいつもの光景だった。帝都で仕入れた貴族娘や「シックエブ」でとっ捕まえたエリート軍閥の令嬢が多かったので、上質な衣を品よく着こなしている。いつもの光景は、いつに無く華やかで、艶やかにも見えた。

 華やかでも艶やかでも、カイクハルドには見知った顔が少ない景色でもあった。ここ最近の戦闘での死者の数は、十数年に及ぶ彼の「ファング」での日々の中でも、飛び抜けて多かった。「グレイガルディア」の回天などという巨大な動乱の中心に身を投じたのだから、当然と言えば当然だ。百人百隻程度の戦闘艇団にとっては、全滅せずに生き残っているだけでも奇跡的、と言って良いかもしれない。

 だが、生き残っている事の奇跡をいくら感じたところで、死んで行った者達への寂寞が治まるはずなど無い。生き残っている事を、心苦しくさえ感じる時もある。戦闘への参加を決め、戦闘での指揮をとったのはカイクハルドなのだから、その想いは尚更深い。

 少し前まではこのラウンジで何度も見かけた、あの顔やこの顔を思い浮かべ、カイクハルドは気の滅入るのを感じていた。ムタズ、ナーナク、スカンダ、ナジブ、ドゥンドゥー、トーペー等々の、数年来の歴戦のベテラン達に、彼は心の中ですら、かける言葉が見つからない。

「どうだい、かしら?見てくれよ、俺の囲ってる女を。さすがは帝都で仕入れた帝政貴族の娘だけあるぜ。超高級素材の上等な生地が、何とも絶妙に似合いやがるぜ。」

 カビルは有頂天にはしゃいでいるが、心底に重い荷を背負う程に彼がはしゃぎがちになる事を、カイクハルドは良く知っている。

「なんだよ、その恰好は。よく見なきゃ、服を着ているのにも気付かねえ有様じゃねえか。もう、何も着せなくて良いんじゃねえか、そんなんだったら?」

 彼も、務めて陽気に振る舞ってみせた。

「あっちゃあ、分かってねえなぁ、かしらは。こういうのが丁度良いんじゃねえか。そんなんだから、せっかくの高等貴族の御令嬢に、2年以上も手を付け損ねてるんだぜ。」

「何だとっ、バカ野郎!誰が手を付け損ねてるんだっ!熟成させてんだって、何遍言えば分かるんだ。」

「アハハハハ、まだ言ってやがるぜ、このかしらと来たらよ、アハハハ・・・」

 今や数少ない、馴染み深い顔のカビルが、馴染みの薄い連中にも笑いを感染させながら、戦いの前の一時を懸命に盛り上げていた。

 馬鹿騒ぎのラウンジを後に、自室へと歩を進めたカイクハルドは、ある部屋の前でヴァルダナと出くわす。2人の女を連れて、バルダナはその部屋から出て来た。

「お前、また新しい女を囲おうとしてやがるな。って事は、『シックエブ』で手に入れた女達は、もう孕ませちまったってわけか?どんだけ絶倫なんだよ。」

「・・な、なんだよ、い、良いだろ・・」

 その部屋は、囲われていた女がパイロットからお払い箱にされた場合に、一時的に置いておく為の部屋だった。パイロット1人につき3人まで女を囲って良いルールだったから、既に3人囲っているパイロットが新たな女を手に入れたら、玉突きでお払い箱になる女が出て来る。そんな女達は、この部屋に入れられる。ヴァルダナは、これまで囲っていた女が身籠ったので自室から出し、この部屋から新たな女を調達して来た、というわけだった。

「そんなんじゃ、ナワープが泣くんじゃねえのか?お前の子で腹を痛めながら、今頃『シェルデフカ』の根拠地でウンウン唸ってんだろ?」

「い・・いや・・だ・・だから、ナワープが、どんどん子供作れ、って。根拠地も、まだまだ人手が要るし、あいつは、自分の子も含めて、沢山の子供の面倒を見られる暮らしが、したいらしいから・・・」

「・・つまり、すっかり、ナワープ牧場の胤馬なんだな、お前。いったい、誰が誰を囲ってるんだか・・だな。」

 男が女を囲う、というのは女が男を囲う、というのと、実は同じではないのか、とは「シュヴァルツヴァール」での暮らしで、何度かカイクハルドが感じた経験のある概念だった。

「なんだよ。俺はナワープを囲ったわけじゃねえし、囲われても、ね・・ねえ・・はず、だぜ。俺はただ、あいつの求めるがままに、せっせと子供をだな・・・、あっ?」

 何かに、ようやくにして気付いたかのように、唖然とした顔になった。そんなヴァルダナを後に、カイクハルドは自室への歩みを再開した。

 自室では、ラーニーは相変わらず執務室に籠っていた。寝室のベッドの上には、ペクダの姿があった。彼の登場に満足気な笑みを浮かべるペクダ。ペクダの笑顔に踊らされるように、彼は元気いっぱいにベッドへとダイブ。ヴァルダナにとやかく言えない程、ペクダの求めるがままとなってシャカリキに頑張った。

 だが、ペクダの肌の温もりでカイクハルドは、心底に蟠った寂寞や心苦しさを、綺麗さっぱりとまでは行かないが、ある程度ならば洗い流せそうだ。餌に貪り付く家畜さながらにペクダを求め、ペクダの満足の為に、持てる全てを出し尽くした。やはり、誰が誰を囲っているのか、よく分からなかった。


 「シャフティ」星系の古来の住民が、オールトの雲にある微小天体から資源採取をする為に築いた施設を、ターンティヤーの部隊は前進基地として使っていた。数十km程度の中サイズの小惑星を刳り貫いて造った、粗末な施設だった。

 もちろん、ここに受け入れられる兵員等は、既に数百艦にまで膨れ上がっているターンティヤー部隊のほんの一部で、その他は別の施設を使うか、宙空に浮かんだままの戦闘艦で待機せざるを得ない。進軍の途上の一時的な滞在だからそれで問題はないが、兵達には心が休まらないものがあるだろう。

 「シュヴァルツヴァール」には、前進基地への寄港が許された。補給を済ませる為の一時的な基地利用が認められただけだが、ただの傭兵としては破格の待遇と言えた。

 小惑星に巨大な穴をあけて作ったドックに、巨体を横たえた「シュヴァルツヴァール」から、カイクハルドは基地内へと入って行った。岩肌が剥き出しのドックの壁面から移動用のチューブが伸ばされ、それと接続した「シュヴァルツヴァール」から、カイクハルドは無重力の宙を、泳ぐようにして施設へと乗り移った。

 基地施設の中も、岩肌は剥き出しだ。特殊樹脂を染み込ませて強化され、真空や宇宙線への備えはしてあるはずだが、貧しい民衆の施設だけあって、粗末で殺風景だ。

 殺風景に加え、無機的な軍事装備の数々が散見され、不愛想な兵が飛び交い、寒々しい雰囲気まで醸し出しているのが、基地内の景観だった。その中で、場違いに華やかな(いろどり)の薄衣がヒラヒラしているのを、カイクハルドは目敏く見つけた。

「よう、久しぶりだな。こうして直接に相(まみ)えるのは、10年以上ぶりかな。」

「そうね。少し老けたみたいだけど、あなたは変わらないわね。ギラギラした眼が特に、昔と同じだわ、カイクハルド。」

「お前も、(よわい)は重ねても、相変わらずべっぴんだぜ、ビルキース。」

「あら、齢なんて、重ねた覚えは無いわよ。」

「ははは、そうか、あはははは・・」

 彼の仲間達が見れば、驚くような穏やかな笑顔だった。「1人でこんな所に出向いて来て、ターンティヤーには何か言われねえのか。」

「そんなに束縛は、されてないわ。それにあの方は、あなたには一目置いているようよ。プラタープ様やジャラール様に雇われ、信頼されて重要な役目を任された事や、アウラングーゼ様との秘密交渉に軍政打倒陣営の代表として参加した事などを教えて差し上げたら、すっかり感心してしまわれたの。」

「お前の口車に乗せられたら、たいていの男は、良いように踊らされちまうさ。」

「そう。じゃあ早く、あなたも口車の乗せて、思うがままに踊らせたいわ、カイクハルド。」

「ははは、やめてくれ、はははは・・」

 仲間達には、付いて来るな、と厳しく言い渡し、彼等に見られたりしないように気を使ったのも納得という程、ビルキースに対するカイクハルドは別人のようだ。

 施設内の、円軌道を回って疑似重力を発生させているセクションに場所を換え、軽食を採りながらの歓談へと2人は移った。彼女も手作りのアップルパイを、カイクハルドに振る舞った。

「これは、生物由来食材だけで作ったのか?」

「いいえ。化学経路食材も生物経路食材も、使っているわよ。生物由来はリンゴと小麦粉だけだわ。」

「ふーん。『シュヴァルツヴァール』とは使える食材が違うからかな、ずいぶん味が違う。どっちも、抜群に美味いけどな。」

「へえ。それって、ラーニー・ハロフィルドさんが作ったアップルパイ?」

 ビルキースの視線に、やや鋭さが生まれた。嫉妬と見る者もいるかもしれないが、呑気で朗らかなままのカイクハルドの顔には、そう解釈した形跡は無い。

「うん?あ、ああ、そうだ。」

「ラーニーさんにも、ちゃんと美味しいって、伝えてあげた?」

 ラーニーを囲っていると、教えてもいないのにこう言われたのだが、カイクハルドに驚きはなかった。ビルキースが何を知っていたとしても、彼は驚かないだろう。いつ知ったのか、分からない。今ここで彼の顔を見て、気が付いたのかもしれない。ビルキースに何かを隠すことなど、彼はとっくに諦めている。

 だが、尋ねられた質問に対しては、いたずらが見つかった子供のような、しょげた声で答えた。

「・・言ってねえ。」

「ダメねえ、カイクハルド。」

「・・ダメじゃ無かったら、盗賊兼傭兵なんか、やってねえだろ。」

 口をとがらせるカイクハルド。子供の頃にも見せる機会の無かった、子供じみた態度。子を持った経験の無いビルキースの、子を叱るような眼を見つめ返す。

 10年以上もの、それぞれの戦いの日々や、これから迎える壮絶な決戦など、語るべき話題は沢山あるはずの2人だが、今はこの、他愛のないやり取りが心地良かった。

「2年も傍に置いて囲っているのに、未だに何もしてないお(めかけ)さんなのだったわね。どうするつもりなの?熟成、とか言って、何を待っているの?」

 こう質問されてカイクハルドは、直前にこっそりトゥグルクから聞き出したのだなと思案しつつ、口ごもって返答した。

「何を・・じゃ無くて・・熟成を待ってるんだよ。良いだろ?俺の勝手じゃねえか。それより」

 急に声を高めたのは、話題を換えたい為だけでもないらしい。「お前は、これからどうするんだ?いつまでスパイをやっているんだ?」

「あなたが命を賭け続けている間は、私も体を張り続けるつもりよ。・・あなたの戦いは、終わらないの?」

 アップルパイを口に運ぶのに忙しい右手を他所に、退屈そうなカイクハルドの左手。その左手の、野太く節くれだった親指に、ビルキースの細い小指が絡み付いた。

()けば終わるさ。大勢の仲間を見送って来たんだ。そろそろ、順番が来る頃だ。」

「私も、連れて行ってくれる?」

「・・・阿呆か。」

 彼女の指先での抱擁を、彼の親指は振りほどいた。「俺の『ナースホルン』は、一人乗りなんだぜ。俺は『ナースホルン』で行くんだから、一人で逝くんだ。逝った後の俺は、命は懸けねえぜ。懸ける命が、もう、ねえんだからな。お前には体を張る理由が、無くなるはずだよな。」

「・・そうね。その後については、あたしも考えないとね。」

 カイクハルドと出会うまでは、娼婦であるというのが、彼女の全てだった。彼と出会って以降は、スパイ活動が彼女の全てになった。彼の指を猛追し、再び指をまとわりつかせた彼女は、3つ目の“全て”を求めているかもしれない。カイクハルドの親指は観念したように、ビルキースにされるがままになって、もみくちゃにされていた。

「ターンティヤーは、『エッジャウス』の攻略方法を見つけたのか?」

 左手が気になる長い沈黙の末に、カイクハルドは、後回しだった本題に入った。小さく首を振るビルキース。

「工夫とか、しないもの、あのお方は。“スリット”での突撃を繰り返すばかりだわ。」

「そうだろうな、あの男じゃあ。この特殊な星系においちゃ、普通の攻めでは()とせねえ、なんて現実は考えねえだろうな。中心にある青色超巨星の強烈すぎるエネルギー粒子線の為に、惑星の陰になっているスリット状の回廊の中でしか、長時間の通常航行はできねえんだ。敵はそこだけに防御を集中できるんだから、力攻めだけじゃ犠牲が増えるばかりで、いつまで経っても抜けねえのによ。」

 L2-ラグランジュ点に宇宙要塞「エッジャウス」を抱える「シャフティ」星系第1惑星は、灼熱の巨大ガス惑星だった。いわゆる、“ホットジュピター”だ。中心星に近接しているのを一つの要因として、凄まじい高温が維持されている。

 人類が初めて見つけた巨大ガス惑星が“ジュピター”と呼ばれた事から、“ジュピター”は巨大ガス惑星の代名詞にもなる。それが灼熱の高温を保持していれば、“ホットジュピター”の呼称を与えられる。

 「シャフティ」星系の“ホットジュピター”は、中心星に接近しすぎたおかげでそれの強い重力に押え込まれ、自転を止められてしまった。だから、常に中心星に対して、同じ面を向けている。その面は、加熱され続ける事になる。

 加熱され続けている面では、ガスが急速に膨張するから、逆側の面に向かって猛烈な突風が常時吹き出し続ける、という現象が起きている。超高温で超高圧の、破壊的なガス流だ。

 L2-ラグランジュ点は、中心星と第1惑星の2つの重力に、遠心力が釣り合っている点であり、常に第1惑星から見て中心星とは反対側に位置している。つまり、いつでも、中心星の放つ陽光が惑星に遮られている、“日陰”と言って良い部分にある。

 ホットジュピターである第1惑星内の、突風に伴うプラズマイオンの激流は、強烈な磁場を惑星周囲に発生させている。その為に惑星の陰の部分では、青色超巨星の放つエネルギー粒子も、多くが惑星磁場に遮られて希薄になっている。宇宙要塞「エッジャウス」が、青色超巨星の近くに居を構えていられる所以であり、人にとってはエネルギー粒子線に対する傘の役目を、第1惑星が果たしている、という状態だ。

 L2-ラグランジュ点、という常に惑星の傘の陰に入っている場所にあるおかげで、「エッジャウス」は、中心星の近くに位置を占めていても、中心星の強力なエネルギー粒子に焼かれずに済んでいる、という事だ。

 惑星は公転しているので、傘の“陰”になってエネルギー粒子の希薄な領域は、渦を巻くように星系外縁に筋状に広がって行く。その渦を描いている“陰の筋道”が、惑星への接近を可能とする回廊となっていて、“スリット”と呼ばれている。

 タキオントンネルで航行する分には、スリットの外でも問題は無い。エネルギー粒子をタキオン粒子が無効化しているから、トンネル内を飛ぶ艦船等は被害を受けない。通常航行でもエネルギー粒子線は、短時間の内に乗組員の体や艦の設備に支障を与えるわけでは無い。中心星からの距離が第1惑星と同じくらいの場所でも、1時間くらいは大丈夫だし、恒星「シャフティ」から離れれば離れるほど、エネルギー粒子線の密度は下がるから、もっと長時間でも耐えられる。もちろんそれは、戦闘艦等の重装甲の中での話だ。

 「エッジャウス」を攻撃しようとする者は、1時間以内に“スリット”に入り込める場所以外では、タキオントンネルからは出られない。“スリット”に1時間以内にたどり着ける場所以外には、攻撃側は姿を曝す事ができない、という条件になっている。

 「エッジャウス」防衛陣は、スリットになっている領域とその周辺だけを警戒しておけば、それ以外の方向から攻撃を受ける心配はしなくて良い、と判断できる状況だ。その範囲外でタキオントンネルから飛び出す敵がもしいたとしても、迎撃などする必要はない。青色超巨星である中心の恒星「シャフティ」の放つエネルギー粒子線に焼かれ、一時間以上経てば勝手に死んでくれるのだから。

 だから軍政の強力な防衛戦力は、スリットだけに集中されている。そうなると、防御は鉄壁だ。宇宙要塞「エッジャウス」が、難攻不落を誇る理由だ。

「軍政側が防御を固めているスリットの中を、強引に押し通ろうとする単純な作戦ばかりを繰り返しているわ、ターンティヤー様と来たら。犠牲ばかりが、とんでもない勢いで膨らんで行ってるの。」

 ビルキースの目尻を洗う哀惜が、男心に居ても立ってもいられぬ何かを催させたが、カイクハルドは淡々と応じる。

「まあ、軍事政権の最重要軍事拠点であり、最後の砦でもあるわけだから、簡単に陥とせるわけはねえがな。『グレイガルディア』でも最も攻め難く守り易い場所に、最も強力な軍勢を構えていやがるわけだから。」

「あの難攻不落の要塞があるから、軍政はどれだけ劣勢に陥っても、最後の望みを失わずにいられるのね。自分達が滅ぼされるはずなどないと思って、未だに幹部とその一族は、豪勢で放埓(ほうらつ)な暮らしを続けているみたいよ。」

 じっと彼を見るビルキースの視線を、懸命に反らしながらカイクハルドは話す。

「そんな生活をしていやがるなら、兵糧攻めでも陥とせねえ事は無いはずだが、時間をかけたくはねえな。鉄壁の防御を突き破って、短期で勝負を決めねえと、攻める側の負担は重くなる一方だ。」

「そうなのよね。糧秣の確保もあるし、兵達の帰りを待っている故郷の集落の事を考えても、戦争は早く終わらせなくちゃいけないのよね。なのにターンティヤー様は、「スリット」への力攻めばかりやって、時間を浪費しておられるわ。何か工夫をしようという気配も見えないのよ。」

「そんなあいつの単純で直線的な思考パターンを、早い内からお前が突き止めておいてくれて、助かったぜ。おかげでこうやって、俺達『ファング』が最速で転戦して来る、って判断ができた。お前に、ターンティヤーのもとに侍っておいてもらって、大正解だったぜ。」

「うふっ、それはどうも。それで、『ファング』なら攻略できそうなの?攻略の工夫は、出来上がっているの?やっぱり、例のアジタの情報を利用するの?あれに関しては、アジタ自身、確証を持っているわけじゃないのよ。もしあの情報が間違っていたら、『ファング』は戦う前に全滅しちゃうのよ。」

 細められた眼に、気付かぬふりを装ったまま、視線を逸らし続けるカイクハルド。

「失敗すりゃ全滅、なんて局面は、『ファング』には珍しくもねえんだよ。いつもの事だ。短期にあの鉄壁を崩して『エッジャウス』を攻略するには、多分、あのアジタの情報を使う以外に手立てはねえ。俺達の動きに呼応できるように、ターンティヤーにも話を付けておいてくれよ、ビルキース。」

「ええ、あなたのおっしゃる事は、全てその通りにするわよ。でも、あなた自身でターンティヤー様に伝えてあげても、良いと思うけど。あの方なら、喜んでお会いになると思うし。」

「いや、その必要はねえさ。俺達の動きに呼応してくれるように、っていうのと、鉄壁の突破に成功した暁には十分に報酬を弾んでくれるように、っていうのだけ伝えてくれれば。」

「そう。後、タキオントンネルのターミナルも、いくつか提供してもらえるようにお願いしておくわね。乗り捨てて行って構わない空母も、1艦必要ね。識別信号も取り決めておいて、『ファング』が『ラストヤード』部隊から補給を受けやすいようにもしておくわ。」

 事務的な、業務連絡のような言葉と裏腹に、ビルキースの視線は様々な想いをカイクハルドに流し込んで来る。必死に無視しようと努めていたカイクハルドの胸中にも、何か(ほむら)のようなものが出現した。やはり彼は、彼女に踊らされる運命のようだ。

「ああ。そうしてもらえると、とっても助かる。何から何まで、分かってくれているんだな。相変わらず、気が利く女だぜお前は、ビルキース。」

 笑顔で謝辞を述べるカイクハルドの、心中に宿る焔を、彼女は見透かしている。それを刺激してみせるかのように、ビルキースは次の言葉を添えた。

「ええ。・・他に、何か私にできる事、ある?」

 言いながら、傾けられる顔、光沢を放つ唇、揺れる髪、突き刺す視線、そして頬にはサッと鮮やかなピンクがさした。

 辛抱など、できるはずもない衝動が催される。焔は、彼の中でホワイトアウトした。

 もじもじして、悩んで、迷って、意を決して、

「・・・抱きてえ。」

「はいはい。」

 ずるい女神は、笑顔で答えた。


 血飛沫のような光が、カイクハルドを赤く染めた。戦闘も始まる前から、既に3人もの『ファンング』パイロットが命を散らせていた。

(やはり、危険すぎる作戦だったか。無謀に過ぎたか。)

 カイクハルドは、心中で呟いたが、それでも97隻が生き残っている。ホットジュピターの、猛烈な灼熱の突風の中で、これだけの戦闘艇が生き残っているのだから奇跡だった。そしてそれは、百数十年に一度の奇跡であり、一握りの住民のみが知る怪現象であり、軍政の者は誰も知らないだろう大自然の不思議な恩恵だった。数百年に渡る、この惑星の軌道上における人々の開拓の努力が、獲得した知識だった。

 そのおかげで、「ファング」は、ホットジュピターのガス雲の中に身を潜める、という出鱈目を成し遂げている。“スリット”にのみ意識を奪われている宇宙要塞「エッジャウス」の、背後を伺う位置で狙いを定める。

 「シャフティ」星系第1惑星の持つ衛星の、最大のものは、長楕円軌道を描いて公転している。惑星に最接近するのは数十年に一回で、青色超巨星である恒星「シャフティ」と惑星に挟まれた空間を飛びながら最接近するのは、百数十年に一回だ。その際、驚きの現象が起こる事実を、長くこの星系に暮らす住民だけが、伝承により受け継いでいた。

 横暴で評判の悪い軍事政権に、そんな秘密の現象を語って聞かせる物好きな住民はいなかった。常に軍政への盾となって、住民の保護と支援に従事して来たアジタだけが、その奇跡を住民から教えられていた。

 驚きの現象とは、ホットジュピター上の衛星の陰になっている部分では、ガス温度が急激に降下して、しばらくであれば戦闘艇で潜り込んでいられる環境になる、というものだ。「日食」という現象が人類発祥の惑星でも起こったが、それと同様に表現すれば、「シャフティ食」となる。

 ガス雲の中が戦闘艇にも隠れ潜める環境になるのは、最大の衛星が強力な磁場を持っていて、青色超巨星からのエネルギー粒子線を遮ってくれる、というのが理由の一つだ。だが、それだけでは、これほどの温度低下は説明が付かないらしい。ホットジュピター内部での未知の現象も関わっている、と考えられている。その現象は、衛星による潮汐力によって引き起こされる為、最接近とタイミングを合わせて発生する、というのが最有力の説らしい。

 全ての詳細な機序は解明されてはいないが、とにかく、百数十年に一回、ホットジュピター内部に戦闘艇が隠れ潜む事ができる場所が現れる。

 ほんの一部の住民以外誰も知らない、軍政側の誰一人思いもよらない、宇宙要塞「エッジャウス」への背後からの襲撃コースが出現したのだ。

 現地住民しか知らない情報を、“守り手”側の「カフウッド」だけが教えられていた「ギガファスト」の戦いとは、正反対の状態だ。

 日頃から住民に、慈愛に満ちた善政で接している「カフウッド」と、欲に塗れた悪政で苛んでいる「ノースライン」では、住民の態度が違うのは当然だった。戦闘においては非力な現地住民ではあるが、彼らを味方につけられるかどうかが、同じ宇宙要塞である「ギガファスト」と「エッジャウス」の防衛に、決定的な差を生じようとしている。

 スリットだけを警戒すれば良い、と思い込み、そこにばかり戦力を集中している軍政の意表を突き、背後から攻撃を仕掛ける、という起死回生の奇襲を「ファング」は狙っていた。

 温度の低いポイントは、静止しているわけではない。恒星に面している側から反対側へと流れるガスの激流に乗って、その低温領域も移動する。移動というか、激走だ。凄まじい勢いで惑星上を駆け抜ける。「ファング」の駆る最新鋭の戦闘艇でなければ、付いていけない激走だった。

 今回の投稿は、ここまでです。 次回の投稿は、 '19/9/14  です。

 ”ホットジュピターの決戦”にまつわる現象があり得るかどうかは、作者は一切責任を持てません。検証すら、実行する能力がありません。ご了承願います。磁場が恒星風を遮る、というのは事実で、地球の磁力が太陽風を遮ってくれているから、我々は地球の上で生きていられるのですが、スリット状で渦巻き状の”影の回廊”が星系の外に向かって伸びて行くものなのかどうかは、分かりません。SF執筆者の特権として、作者がでっち上げました。衛星が磁場を持っている可能性はあるみたいで、内部に流動性のある天体は磁場を発するとか何とか、どれかの書籍に書いてあったと思います(多分です)。でも衛星の磁場に遮られてホットジュピターに温度の低い領域が現れる、なんてのも、完全に創作です。くれぐれも真に受けないで下さい。最新の天文学的知見と完全なる創作が、ハチャメチャに入り乱れているわけですが、こんな物語こそ作者の目指したものでした。こんな小説が読みたいと思っていたのに、見当たらなかったから、自分で書いてみたわけです。同じ思いをされていた方が、おられるのかどうか、おられたとしても、きっととてつもなく少数派なのでしょうが、もしおられると作者としては嬉しいです。というわけで、

次回  第86話 伏龍・抜撃・捨身  です。

 〝ホットジュピターの決戦”とはいっても、戦闘そのものがガス雲の中で展開するわけはなく、〝ホットジュピター”周辺の宇宙で戦いに臨む予定です。「ファング」やそのパイロット達や「グレイガルディア」、そしてカイクハルドの運命が、この一戦で大きく揺れ動くはずです。是非、ご注目頂きたいです。

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