第84話 栄華と惨劇
数日後にビルキースから寄せられた情報に接すると、改めてルカイヤを航宙指揮室に呼び出した。「シュヴァルツヴァール」の一室に軟禁中も、服装に関してはこれまで通りのものがとりあえず認められていたルカイヤは、その日も上等な布をヒラヒラとさせた感じでカイクハルドの前に連れて来られた。
「お前の夫、シャハン・ノースラインは、千人近い手勢共々、壮絶な集団自決を遂げたらしいぜ。『エッジャウス』への途上にある、連邦支部が保有する施設の1つに入り込んで、その中で全員一斉に、自分の脳天を銃で吹き飛ばしたって報告だ。」
「・・・!し・・信じるとでも、思っているのですか?そ・・そんな、話・・・」
乱れる息を必死で抑えながらの、喘ぐような反発の言葉だ。
「信じるに足るだけの、十分な情報を入手してんだよ。チョードリー・セーブリーって軍閥が、自領の近くの連邦支部でシャハン達を待ち受けていたそうだ。」
「ち・・チョードリー・セーブリー殿!それは、あなたが思っているのとは、まったく逆の情報なのではないですか?」
突如元気を取り戻し、彼女は声を弾ませた。「チョードリー・セーブリー殿と言えば、格別に軍政への忠誠の篤い、優秀な名門軍閥ですよ。あの方の所領の近くにまで夫が行ったとなれば、チョードリー殿が夫を見殺しにするはずはありません。必ずや、お救い下さっているはずです。そして、チョードリー殿の手にかかれば、『エッジャウス』にまで夫をお連れ頂くのも簡単なはず・・いえ、チョードリー殿がその軍勢を繰り出すだけでも、『シックエブ』に手を出した悪党どもを蹴散らす事ができるかもしれません。チョードリー殿のお名前が出て来ただけで、私は、とても希望を持つことができます。」
饒舌になったところを見ても、彼女のチョードリー・セーブリーへの期待と信頼は大きいようだ。
カイクハルドは、ポカン、と口を開けて彼女の話に呆れていた。
「あのな、あいつは軍政関係者の前では、いかにも軍政への忠誠が篤いかのように上手に振る舞っていたけど、一方で、あちこちの軍閥に軍政打倒の蜂起を煽っていたんだぜ。今軍政を攻め立てている連中も、多くはチョードリーに踊らされていやがるんだ。」
「そんな・・!・・いえ、あの方は・・税を滞納した事も無く・・・」
「それも、カラクリがあるんだなぁ。他の軍閥の徴税部隊を襲った盗賊なども、多くは背後でチョードリーが糸を引いていたんだ。それで得た物資を税として納めるってやり口で、領民を苦しめるのも軍政に睨まれるのも、見事に回避して見せた。大したもんだぜ、あいつのズル賢さは。究極の日和見主義者でもあるんだ。どっちに時代が転んでも、自分はそれなりの地位に付けるように、常に目を配っていやがる。」
「そ・・そんな・・、まさか、そんな・・・」
「狡猾で抜け目のない、不気味で恐ろしい奴って面もあるが、軍政棟梁として多くの家臣や領民の命や生活を預かってる立場としちゃ、そうなるのも無理からぬところかな。家臣や領民からの信頼の篤さも、俺のとこには伝わって来てる。表面上、忠義に篤く潔いようで、家臣や領民の面倒は見切れていねえって軍閥も沢山ある実情を考えると、なかなかの人物だぜ、あれは。」
目を大きく見開き、言葉の真意を確かめようとするルカイヤだったが、カイクハルドの表情や態度から読み取った真実を、なかなか受け入れる気にはなれないようだ。
「嘘です・・いえ、あなたは間違って・・それに、軍政打倒をそそのかした、などという情報が、どうやってあなたの・・・」
「色々あるんだよ、俺達にも、情報網は。チョードリーのプライバシーの奥底にまで喰い込むヤツもな。」
カイクハルドは、ビルキースから寄せられた情報を、色々と胸中に思い起こした。彼のもとから帰って来た仲間の女達が、しばらく精神に異常を来してしまって困る、などといったビルキースの愚痴も、その中には含まれていた。思い出せば思い出すほど、掴みどころのない不気味な存在だと、彼はしみじみ思う。
「嘘です・・嘘・・・そんなこと・・」
情報の流入を拒むように、彼女はカイクハルドから目を逸らした。
「あんな狡猾な奴にかかっちゃ、思考の単純な軍政幹部の連中は、簡単に騙されちまうんだな。まあ、信じられねえなら、信じられる情報を見せてやろうじゃねえか。」
カイクハルドがコンソールを操ると、ディスプレイに数十の文字や数字の列が現れる。チョードリーが取得した、シャハン座乗艦の識別信号だ。彼からの連絡を確実に識別できるように、脱出直前に発行したものを、シャハンとルカイヤはお互いに認知していたはずだ。
震える手で焦る気持ちを露わにしながら、ルカイヤは、その文字列を腕に嵌めた自身の端末に取り込んだ。頭で記憶できるような長さの文字列では無いので、端末で照合する必要があった。
「あ・・ああ・・・」
識別信号は間違いなく、シャハン座乗艦のものだったらしい。その識別信号を取得しているからには、シャハンと接触した者からの情報である、と信じるしかない。
続いてディスプレイに、チョードリーの部下が撮影したというビデオ映像が映し出される。リング状建造物の中と思われる、細く長い通路を歩いて行きながら撮った、と思われる映像だった。歩いているからには、重力があると分かる。
一つの部屋に、扉を開けて撮影者が入る。広いホールのような場所で、数多の人影が無秩序に横たわっている光景が映る。カメラが寄ると、どの人間も頭から血を流し、うつろな目であらぬ方を見つめていた。生命の消失を物語る眼の色だ。
「頭を撃って、自殺した連中だな。」
幾人もの顔に近寄って映し出して行くカメラが、一番奥の、壁にもたれかかるようにして事切れている人物にも、近寄って行った。周囲の死体の群れが、その人物の方向に注目を集めていたような姿勢で横たわっている状況から、彼がこの一団の主導者的立場だ、と一目瞭然に認識できた。
「いぃやぁあああああぁっ!」
ディスプレイに大きく映し出された顔を見た瞬間の、ルカイヤの悲鳴が、全てに答えを出していた。
「間違いなく、あんたの旦那の死体だな。この映像を撮影した奴が、この施設に停泊していた戦闘艦からさっきの識別番号を取得したんだ。この映像があんたの旦那の死体を映しているのは、間違いないと言って良いだろう。」
「な・・なぜ?か・・必ず、『エッジャウス』の軍を率いて、帰って来ると、約束・・したのに・・・」
「寄せられた情報によるとだな」
取り乱すルカイヤとは対照的な、淡々とした説明。「あんたの旦那は、『エッジャウス』に向かう途上で盗賊に襲われ、しばらくは優勢に戦ったが、弾薬が尽きてどうしようもなくなり、近くの連邦支部に助けを求めた。だが、その連邦支部も蛻の殻で、頼れる者は誰もなく、包囲して来た盗賊から身を守る術が無くなっちまった。それで、盗賊ごときに殺されたり捕虜にされたりという辱しめを受けるくらいならと、あんたの旦那とその手勢は、集団自決を決意したって話だ。」
「・・ぁぁああぁああぁあ・・」
言葉も紡げず、泣き叫ぶ貴女。涙だけでなく、涎も鼻水も垂れ流しにした無残な姿だ。
「まるで近くで見ていたように、詳しい情報だと思うだろ?実際にチョードリーの奴も、近くにいのかも知れねえな。」
「な・・ならば、なぜ、チョードリー殿は、お・・夫を・・夫を、助けて下さらなかったのですか?と・・盗賊ごとき、あのお方にならば、簡単に・・・」
「だから、その盗賊にシャハン・ノースラインを襲わせたのは、チョードリー・セーブリー自身だったって事だろ。あいつが裏で糸を引いている盗賊団が、あんたの旦那を自決に追い詰めたんだ。チョードリーも近くで見ていたか、盗賊から報告を受けただけなのかは知らねえが、報告が異様に詳しいのは、そういうわけだ。自分の手は汚さずに、軍政側の誰からも恨みを買わずに、それでいて新たな皇帝の政府にはちゃかり恩を売るための、狡猾極まる策略ってやつさ。」
「ひ・・酷い・・そんな、あんまりだわ・・・夫を、見殺しだなんて・・・あんなに、夫や軍政に忠誠を・・・あの男は・・・畜生っ、畜生っ、大切な、愛する夫を・・畜生っ!」
「悔しいだろ。恨めしいだろ。チョードリーが憎くて憎くて仕方ねえだろ。殺しても八つ裂きにしても、飽き足らないと思うだろ。で、だ。お前が今、チョードリーに対して抱いているのと同じ気持ちを、お前に対して抱いている奴等が、この国に数え切れねえほどいるって現実を、思い出せ。」
自身の抱いた狂おしい程の憤怒は、自身に向けられた憎悪の根深さと激しさを、克明に認識させた。歯どころか全身の骨が、ガチガチ、と音を立てるほどに猛烈な震えが、彼女を襲った。数日前に聞いた、シヴァースの兵達の彼女への恨みの声が、生々しい肌触りを伴う圧力となって、彼女を包んでいる事だろう。記憶の中の彼等の視線が、刃となって彼女の心に出血を強いている。
「お前達『ノースライン』一族を、一人残らず八つ裂きにして皆殺しにしてやりてえって連中の言葉が、大袈裟なものでもこけ脅しでもねえってのが、よぉく分かったか?子供も親兄弟も含め、全員を素手で引き裂く事さえ連中は、あっという間にやってのけるだろうな。それほど凄まじいものなのさ、お前達がこの国に撒き散らして来た怨念の力は。」
震えがエスカレートする。涙と涎と鼻水が、ボタボタと床を打つ。声にもならない悲鳴が、体の芯から絞り出されて来る。カイクハルドは、殊更に陽気な声色で、話を続ける。
「さぁて、俺達は、あんた達の身柄を、どう扱ったら良いかなぁ?」
名門軍閥棟梁の妻として、長年培って来たプライドや気品が、この瞬間、跡形も無く粉砕された。一旦腰を抜かして床に伏せたルカイヤは、這うようにしてカイクハルドの足に縋り付き、喚いた。
「助けて・・お願い・・、何でもします。どんな命令にも従います。ですから、あの人達のもとに放り出すような、無体な仕打ちは。せめて、我が子だけでも安全な場所に・・どうか・・どうか・・・」
「へえ、どんな事でも、ねえ。どうする?カビル。」
彼の背後で舌なめずりしているカビルを、カイクハルドは振り返った。
「どうって、そりゃあ、多少歳はいってても、飛び切り高級な権力者の箱入り娘だしなあ、コイツは。豪勢な生活の中でぬくぬくと仕立て上げられて来た、柔らけえ肌を持ってるんだろ?」
「そ・・それで良ければ、そんな事で良ければ・・どんな辱しめも、どんな卑猥な事も、全て受け入れます。ですから・・・」
「何でも、だな。どんなことでも、だよな。」
念を押すように詰め寄るカイクハルド。
「はい・・何でも。」
「俺もそうだが、俺の配下のパイロット達の中にも、『シックエブ』の要塞総司令官って立場で長らく権力を恣にしてた奴の嫁を、存分に味わって見てえ輩は沢山いるんだ。それに、シヴァースの部下の中からも、同じ欲求を持った奴を何十人か選び出し、ここに連れて来てある。更に、お前の憐れで情けねえ姿を拝みてえ奴は、天文学的な数が『グレイガルディア』中にいるから、そいつらに対しても恥ずかしい姿を盛大に公開して、徹底的に晒し者になってもらおうかな。国中に映像をばら撒いて、お前が無残に弄ばれる醜態を、見せびらかしてやるぜ。それらを全て受け入れるなら、まあ、命ばかりは考えてやっても良いかな。ちなみに、暴力は禁止してあるから、お前も息子も、他の家族も、怪我をさせられる心配はしなくて良いぜ。」
「わ・・分かりました。そ・・それで・・かま・・いませ・・・」
「へっへへ・・・」
カイクハルドの後ろで、パイロット達の下品な笑みが列を成す。
「いっひひひ・・・」
パイロット達の更に後ろで、選ばれて連れて来られたシヴァースの部下達が、目をギラギラさせて様子を窺っている。
「あ・・わ・・・あわわ・・・」
「怖いか?止めておくか?」
「・・い・・・いえ、わ・・我が子が・・あの子の・・命さえ、助かるなら・・、もう・・・どうなっても、か・・・構いません。」
「決着だな。ようし、じゃあ、さっそく、それぇっっ・・・!」
池に飛びこむ蛙よろしく、ぴょーんと、カイクハルドが勇躍した。
「ひぃぃぃやぁぁあああああああ・・・・・・」
カビルも目を見張る光景が展開し、パイロット達も騒然となり、シヴァースの兵達は口をあんぐりさせた。
ヴァルダナは、首をかしげていた。
「なにも、あんなに大勢で寄って集って、あんなにも破廉恥に辱める必要なんて、無いではありませんか。それも『グレイガルディア』中に、あれほどの情け無用な醜態で晒し者にするなんて。悪趣味ですわ。品位が無さ過ぎます。」
抗議調でカイクハルドに詰め寄るラーニーは、心なしか顔が赤い。「シュヴァルツヴァール」のカイクハルドの自室で、リビングテーブルを挟んで向かい合っている。抗議されている割に、カイクハルドは、彼女の作ったアップルパイにあり付く幸運には恵まれていた。
「当たり前だろ。盗賊や傭兵に、品位なんかあるわけあるか。悪趣味こそ我等が本領だ。だいたい本人が、何をされても良いって言ったんだぜ。あれくらいの目に会わせるなんてのは、ごく当然の仕打ちだ。」
「晒し者にしたがる神経が、分からないのです。激闘や勝利の報酬というのなら、理解はできませんが、百歩譲って承知するとしても、自分達だけで、1人ずつで、密やかにお楽しみになれば・・。」
顔が更に明確に赤らんだが、ラーニーは震える声で続けた。「どうして、大勢で寄って集って、しかもそれを映像に記録して、尚も膨大な衆目に曝そうとするなんて・・」
もぐもぐと口を動かしてラーニーを見詰め、ゴクリ、とアップルパイを嚥下して、カイクハルドは応えた。
「長年、横暴の限りを尽くして来た一族の女だぜ。何万人もの民衆の命を吸った服で着飾って、何百万人の苦しみが詰まった食い物で腹を満たして来た奴だ。あのくらいやらなきゃ、命懸けで戦って来て、多くの仲間の死も乗り越えて来た兵達の、治まりが付かねえだろ。」
ラーニーは、赤い顔のまま黙り込んだ。考えが激しく入り組み、混乱を呈している、といった様子だ。
「私だって、同じように領民の辛苦の上に、贅沢な暮らしをしていた時期がありました。でも、あれほど酷い目には・・」
「何だ?お前も、ああいう感じの責めを、して欲しいの・・」
「違いますぅっ!」
悲鳴に近い声で叫んだ。「どうしてこんなに差が付くのかが、分からないだけですっ。」
カイクハルドが、アップルパイを咀嚼して嚥下するのを待つ沈黙が訪れる。非難口調で、何かの為に顔を赤らめてもいるラーニーだが、彼の口元を見る目には、満足の色も見える。
「・・お前は、誰に恨まれてんだよ。恨んでる奴がいなけりゃ、曝す相手もいねえだろ。お前の惨めな姿を見たがる奴が、いねえんだから。」
「・・私の領民の皆様は、寛大にも、私に許しを与えて下さいました。でも、やって来た所業は、ルカイヤ様も私も、大きく変わるものではありません。何か、自分が不当に厚遇されているようで、心苦しいです。」
「心配するな。熟成期間が終わったら、お前も散々、慰みものになるんだからよ。」
「ですから、その、熟成期間がよく分かりません。いつまで続くのですか?その熟成期間とやらは?」
「そんなもん、熟成が完了するまでに決まってるだろ!一目瞭然だろう、お前が熟成してねえのは!」
「いいえ、分かりません!何がどう、熟成していないって言うのですか?ルカイヤ様と私と、一体、何が、どう・・・」
「全然違うだろ。お前とあいつじゃあ。あっちは、滅茶苦茶、熟成しまくっていただろう!」
「具体的におっしゃってください、何がどう、違っているのかを。」
「見ればわかる事だろう。言う必要なんて、全くないだろう。見間違えようもない決定的な差が、お前とルカイヤにはあるだろう!」
「流し目の切れ味の事を、言っているのですか!? 」
「ちがうわーっ!」
しばし沈黙。赤面した2人が、別々の方向に視線を泳がせていた。
「・・・それで、あの奥様とお子様は、今後どういう処遇を受けるのですか?」
ようやく冷静を取り戻した、ラーニーの低い問いかけに、カイクハルドも低く応じた。
「ある連邦支部に、連れて行く事になった。」
「連邦支部、というのは“似非”のものでは無く、銀河連邦の本部とちゃんと繋がりを持っているものですか?」
「ああ。多分、あの親子は、『グレイガルディア』を出て、別の国に行く運びになるだろうな。あいつらを恨んでる奴が、誰もいねえ所に。」
「そんな処遇が、可能なのですか?」
「まあな。もう、あの親子を殺せって強硬に主張する奴も、少なくなったからな。あれだけ壮絶に破廉恥な姿が、『グレイガルディア』中に曝された事実を目の当たりにすりゃ、軍政に虐げられて来た民衆も、殺さずには済まさねえほどの激しい怒りは、どうにか治まったみたいだ。恨み募る一族との想いは消えねえまでも、大概の奴等は溜飲を下げたさ。」
「・・それが、目的だったのですか?あの一家を処刑しなくても、大きな反発が起きない状況を作る為に、その、あんな・・・はれん・・・・えいぞ・・・」
「はあ?目的なわけあるか。好き放題にやってみたら、結果的にそうなったってだけだ。」
「結果的に、ですか。大嫌いだとおっしゃっているサンジャヤ・ハロフィルドの妹の命を助けたのも、領民に恨まれる運命から救ったのも、結果的にそうなったのですよね。」
「助けた、だと?救った覚えもねえし。」
「あの時、皇帝の御座船が『ファング』に捕えられなかったら、間違いなく私達は別の盗賊に襲われて殺されていました。『ファング』が我が『ハロフィルド』の領民の反乱と自立を支援していなければ、私は『ノースライン』一族と同じく、領民に激しく恨まれる立場になっていた可能性が高いでしょう。あなた方『ファング』が好き勝手に振る舞った結果、私も領民も助けられ、救われました。」
「・・何だよ、それ。」
「領主に苦しめられていた人々や、盗賊に連れ去られた人々、似非支部に監禁されていた人々も、今では多くが、『ファング』根拠地で比較的にも良好な暮らしをしています。それも、『ファング』が好き勝手に振る舞って来た結果ですわね。パイロットの方々がお囲いになって、存分にお楽しみになったのでしょうけど、“結果的に”その方々も、大きな危険や飢えに苛まれる悲劇もなく、我が子を産み育てる幸せを手にしておられます。」
「な・・何が言いてえんだ、お前は・・」
「本当にあなたは、盗賊団件傭兵団の『ファング』で好き勝手に暴れ回った結果として、多くの人々をたまたま幸せにしてしまうのが、お上手ですわね。やっている事は残虐で快楽追及的なのに、何故か図ったように、多くの人が安息の場所に至っています・・・私も。」
「・・だから、結果的に、だぜ。」
「ええ、結果的に、ですね。」
彼女が彼を見る目は、探るようなものでありながら、楽し気な要素も含んでいるようだ。
ビルキースも、探るような中に楽しさも含んだ目で、その男を見詰めていた。
「それで、『シックエブ』に蓄積された情報などは、『ベネフット』ファミリーの掌中に帰したのか?その、軍政配下だった軍閥を統御する為の情報、というのは。」
ターンティヤー・ラストヤードの表情は複雑だ。
彼は既に蜂起し、「エッジャウス」陥落を目指して進軍していた。「ベネフット」が軍政から離反して「シックエブ」を攻める。ビルキースが彼に伝えた、そんな報が、「ラストヤード」ファミリー蜂起の決定打となった。「ベネフット」が皇帝側に回れば、軍政は倒れ皇帝親政の時代が来るだろう、とは誰にも容易に判断が付く。この時点で彼に、選択の余地は無くなった。
「エッジャウス」には、「ベネフット」に関する報は届いていなかったし、届く前に行動を起こした方が良いと、ターンティヤーは判断した。「ベネフット」に「ラストヤード」が同調する可能性くらい、「エッジャウス」も予測するはずだ。警戒されたり迎撃態勢を整えたりされる前に、少しでも軍を進めておくべきだった。
「ラストヤード」一族全員の意向を確認し尽くす前の蜂起は、ターンティヤーにも不安を伴うものだった。「ラストヤード」にも飛び領が幾つかあり、離れた宙域に暮らしている一族の者達の意向を確認するのは、かなりの時間がかかる。
直ぐに集められる僅かな身内のみで、ターンティヤーは蜂起を宣言するしかなかった。進撃を開始した直後には、戦闘艦が9艦という、弱小軍閥並の情けない状態だった。早い内に兵が集まって来る可能性に期待した、見切り発車的な挙兵という形になってしまった。
その部隊は進軍を始めて間もなく、「エッジャウス」の迎撃部隊に行く手を阻まれた。「シックエブ」に目を奪われ、「ラストヤード」への警戒も迎撃態勢もできてはいなかった、とはいえ、9艦程度の軍を阻めるくらいの迎撃部隊は、「エッジャウス」には簡単に召集できた。
早くも壁に突き当たった感のあったターンティヤーだったが、続々と駆け付けて来る一族の軍団に救われた。一族の者達は皆、軍政への蜂起に賛同していて、既に軍を彼のもとに送っていたらしい。丁度、ターンティヤーの部隊と「エッジャウス」の迎撃部隊が激突するタイミングで、相次いで合流して来た。
「エッジャウス」側には、大いに誤算だった。寡兵だと思っていた眼前の敵が、見る見る膨らんで行く様に驚愕したようで、それはその後の対応に如実に表れた。
これ以上ターンティヤー部隊が膨らむ前に、と拙速な突撃を繰り出しては撥ね返されたり、逃げようとしては足並みが揃わなかったり、部隊の一部が勝手に休戦を申し込み他の部隊から反感を買ったりと、支離滅裂でちぐはぐな対応の連続だった。ターンティヤーの傍に侍っている、戦争に関しては素人のビルキースにも、敵の狼狽ぶりは容易に察せられた。
軍政側は、何度かターンティヤー部隊に敗退したが、その度に少し退いたところで態勢を立て直したのは、さすがだとビルキースも感心していた。「エッジャウス」からの増援も次々に届いた。近いだけに連絡をつけやすいし、何よりファル・ファリッジ等の権力者達の味わう危機感が大きいのだろう。増援要請は直ぐに受け入れられるし、対応も素早かった。
軍政側はどんどん兵力を増強したが、ターンティヤー側は、それを上回る勢いで膨らんで行った。一族以外からも、日頃から軍政に不満を抱いていた周辺軍閥の多くが、「ベネフット」の動きにも励まされ、ターンティヤーが催した軍政打倒の軍勢に参陣して来た。
軍政側は、兵を増強しても増強しても、その度に、それを上回る軍勢に攻め立てられる戦いの連続だった。時には、一時的に軍政側の兵力が優勢になり、ターンティヤーを苦戦に陥らせる場面もあったが、迎撃側を助けに来たはずの増援部隊が直前でターンティヤー側に寝返って進撃側に加わる、という事件も起こったりして、結局は敗退を続ける事態になった。
進撃を続け、いよいよ「エッジャウス」にかなり迫って来た、という時点で「シックエブ」陥落の報がもたらされ、「ベネフット」ファミリーの管理化に置かれたというのも伝えられた。
「要塞への一番乗りを果たした、『レドパイネ』が雇っているという傭兵部隊が、残っていた者達を捕虜にして、散々に辱められた姿で曝し者にした上で連れ去って行った、と聞いたぞ。それなのに、情報管理に必要なスタッフだけは『ベネフット』の旗下に置いて行ってくれた、との情報もあった。そんな気の利いた傭兵など、いるものなのか?」
荒くれ者の集まりであるはずの傭兵が、情報管理スタッフにだけは危害を加えなかった、という事実を訝しく感じたらしいターンティヤーだったが、あまりこだわる様子はなかった。
「ジャラール様の躾が、良かったのでございましょう。」
とのビルキースの一言で、それへの興味は失せた。
「それより、アウラングーゼ殿が『シックエブ』の管理権を得たとなると、軍政打倒後には皇帝親政にはならず、『ベネフット』を中核にした新たな軍事政権が誕生するのか?俺は陛下から勅令を受けたからこそ、軍政打倒に踏み切ったのだ。陛下の御代が来ないのなら、俺の行動は、正当なものとなり得るのか・・?」
こういう事には、ターンティヤーは生真面目な性格のようだ。
「いえ、アウラングーゼ様は、皇帝陛下に臣下として仕えるおつもりの様です。ですが、長らく統治の実権から離れていた皇帝や側近の貴族様方が、いきなり多くの軍閥を管理するのは無理のある事。ですから、当面は『ベネフット』ファミリーが、軍政配下にあった軍閥に関しては管理監督の役目を請け負う、というお考えのようですわ。」
「そ、そうか。国の統治の実務など、俺にはよく分からんが、そういうものなのか。」
「ええ。それで、『エッジャウス』においても、攻略後は『ベネフット』ファミリーが管理権を持つのが、その後の皇帝親政がスムーズに立ち上がる流れに繋がるだろう、という認識で、アウラングーゼ様始め軍政打倒勢力の方々の考えは、一致しておられるようです。」
納得しかけたり当惑したりを目まぐるしく繰り返している、といった顔を、ターンティヤーは見せた。
「それは、なにか、『ベネフット』の力が大きくなりすぎるような・・皇帝親政と言いながら、実質は、『ベネフット』による新たな軍事政権に、なってしまうような・・」
「うふふ。大丈夫でございますわ。アウラングーゼ様ご自身が、新たな軍政よりも皇帝親政を望んでいらっしゃるのですもの。皇帝親政は必ず実現し、陛下の勅令で軍を起こされたターンティヤー様の行動も、適切なものであったと新たな政府に認知されるはずです。ですから、『ベネフット』ファミリーが管理権を掌握しやすい形で『エッジャウス』を陥落させる事が、皇帝陛下がターンティヤー様に期待される事、とお考え頂いて間違いないのです。」
「うむ・・むむ・・それは、どうすれば良いのだ?『エッジャウス』を実際に切り盛りしている現場スタッフを、俺の手で保護しておけばいいのか?」
「それも必要ですが、『エッジャウス』陥落が『ベネフット』の旗の下で成された、という印象をスタッフの方々に与えた方が、体制移行がスムーズに成される、と考えられます。」
「・・旗・・とな?で、何をどうすれば、そうなるのだ。」
「要塞攻略軍の総司令官を、『ベネフット』ファミリーの方に努めて頂けばよいかと。もちろん、名目上だけの総司令官で、実際に指揮をとられるのはターンティヤー様であらせられますわ。」
「司令官を・・?名目上だけ・・?しかし、我が軍内に『ベネフット』の者など・・・」
「もうじきここに、アウラングーゼ様の奥様がお子様を連れてやって来られます。まだ赤ん坊ですが、名目上だけ総司令官にする分には、問題ありませんわ。」
「な・・なんと、赤ん坊を総司令官に仕立てろ・・と?しかし、それで、『ベネフット』の軍が『エッジャウス』を陥落させた、という建前が出来上がる・・のか?それによって、体制移行がスムーズに成される、というのなら、そうするのが良い・・の・・か・・?何か、『ラストヤード』が『ベネフット』に手柄を横取りされるような気もして、やや不満に感じるぞ。」
「そんな事はございません。『エッジャウス』攻略に一番労を尽くされたのがターンティヤー様である事は、皇帝陛下に置かれては重々認識されておられます。陛下からのお褒めの言葉も報酬も、あなた様はたっぷりとお受けになられるはずです。」
ビルキースのその言葉で、即座に口元を笑わせるあたりに、ターンティヤーの単純さが示されていた。百戦錬磨の彼女が手玉に取るのに、苦も無い男だ。
「そうか。陛下のお褒めを・・。ほ・・報酬など求める気はないが、俺と、我が臣下や領民達の血に塗れた努力が、陛下のお褒めという栄誉で報われるのなら、この上もなく喜ばしい話だ。よし、分かったぞ、ビルキース。我がもとにアウラングーゼ殿の妻子が現れれば、あの方のお子様を総司令官に立てて、宇宙要塞『エッジャウス』に切り込んでみせるぞ。」
「はい、ターンティヤー様、お勇ましゅうございます。ほれぼれ致しますわぁん。」
「わははは、そうかそうか、ビルキース、お前は相変わらず、可愛い奴だ。さあっ!いざっ!」
アジタやカイクハルドに期待された役目を果たし終え、ビルキースは肩の荷が下りた気分を味わった。ターンティヤーの力責めに、その身を豪快に煽られながら。
今回の投稿は、ここまでです。 次回の投稿は、 '19/9/7 です。
ターンティヤー・ラストヤードの「エッジャウス」攻めについては、ややこしい感じになってしまったかもしれません。下敷きにしている古典の展開を、割と忠実になぞったものなのですが、かなり駆け足な感じでササッと説明したので、頭がこんがらがった読者様も、おられたでしょうか?一国の回天ともなると、あっちこっちで色んな動きが同時多発的に起こり、どの勢力にとっても予想外の出来事の連続となり、誰が優勢なのかどちらが勝っているのかなども、分からない事態になって行く。そんなところを感じ取って頂けていれば、良いのではないかと思います。慎重に様子を見ていたはずのターンティヤーが、時流に流されてなし崩し的に、準備不足のまま「エッジャウス」攻めに乗り出す感じなどが、表現できていることを祈ります。 ビルキースの色香がそれを後押ししたのだという事も。というわけで、
次回 第85話 ホットジュピターの決戦 です。
軍事政権の最大拠点が標的になっている以上、”決戦”というワードが出るのは自然ですが、その前の単語、読者様はご存知でしょうか?結構新しい(と作者は思っている)、天文学上の知見です。ご存じない読者様におかれましては、可能であれば、ググるとかウィキペディアで調べるとかして頂けると、有難いです。本文中でも、一生懸命説明しましたが、調べて頂いた方が楽しめる・・かも。これを織り込んだSF作品は、なかなか無いのでは・・もしかしたら、本作が初めて・・・なんて思うのは自意識過剰か・・・。とにかく、最新の天文学的知見をしっかり織り込みたいという作者の意気込みを具現化した戦いが、迫っているわけです。是非、ご一読頂きたいと思っています。




