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銀河戦國史 (アウター“ファング” 閃く)  作者: 歳越 宇宙 (ときごえ そら)
第6章  攻略
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第82話 激闘・死闘・苦闘

 幾つものディスプレイに映し出された様々なデーターを、ジャラールは次々に睨み付けて行く。数字ばかりのもの、グラフや表で示されたもの、映像が示されているもの、それらを眺め渡し、理論を巡らし理屈を積み上げ、しかし最後の最後には、勘で決めたような気配。「えいっ!やぁーっ!」と口にこそ出さないが、そんな勢いが伝わる表情。

「よし、あれにしよう。あそこに向かうぞ。」

 4つの戦域の1つを選び、ジャラールは動き出した。15分で出発準備を整え、彼をのみ込んだ彼の座乗艦が、「ヒルエジ」の拠点から飛び出して行った。彼の部隊が後に続く。シヴァースの部隊もその後を追う。「シュヴァルツヴァール」は、前からシヴァースの部隊の一員だったかのような顔で、その最後尾に付けていた。

 ジャラールが選んだ戦域は、「シックエブ」までの距離だけを見れば、最も近いわけでは無かったが、敵の連携が最も寸断されている、と思われた。面状に展開した敵部隊に一か所、相当手薄になっている部分があった。その状況を敵が認識すらできていない様子も、通信の傍受などから明らかになっていた。

 戦域の後方でタキオントンネルから飛び出したジャラール部隊は、少し離れた位置から改めて状況を見た。やはり、一か所がぽっかりと手薄になっていた。連携が機能していない敵は、自軍の位置関係も把握できていないらしい。

「手薄なところに突っ込んで穴をあけるぞ。シヴァース、お前の部隊はそこから、一目散に『シックエブ』を目指せ。」

 事ここに至って、十分な情報を集めて確実を期する、なんて事はやってられない。ほとんど勘に基づく不確かな判断であっても、せっかく出来た隙を逃す手は無い。危険は承知の上でも即座に行動に移らなければ、次の瞬間にも隙は消滅してしまうかもしれない。

(罠の可能性もある。わざと手薄な場所を作ってこちらを引き込み、包囲攻撃して来る可能性もある。だが、敵にそんな余裕があるとは思えないし、包囲されたとて、それを貫けないジャラールやシヴァースとも思えない。)

 思いを巡らすカイクハルドは、既に「ナースホルン」のコックピットにその身を預けていた。いつでも飛び出せる態勢で待機する。

「おい、野郎共。こっからは何が起こるが、どんな戦いになるか、見当がつかねえ。何が起こっても良いように、覚悟だけは固めておけよ。」

 何度も同じことを繰り返しているが、カイクハルドは今回も、全滅をも覚悟する心境で戦いに臨んだ。万単位の兵力のぶつかり合う戦場だ。膨大な数のミサイルやプロトンレーザーが飛び交う修羅場だ。百隻の戦闘艇団など、ちょっとした事で簡単に消し飛ぶ。

 それに、ここ最近の彼には予感があった。何かが終わる予感。何かが終焉を迎える予感。それは、彼の人生かもしれない。「ファング」の存在かも知れない。彼と、彼にとってかけがえのない誰かとの関係かも知れない。何かの終わりが、終わりをもたらす何かが、彼のもとに訪れようとしている。そんな予感。この戦闘が、その何かかもしれない。それでも今、彼は、戦うしかない。

 自室を出る時に見た、ラーニーの眼が、ふと頭に浮かぶ。彼の身を案じる言葉を口頭に上らせたりはしなかったが、視線からひしひしと想いは伝わった。ラーニーだけでなく、「シュヴァルツヴァール」に囲われている女全員が、悲壮な覚悟を強いられる出撃だ。

 ジャラールは、簡単に敵防衛陣に穴を開けた。手薄だった部分にいた3・4個の小型戦闘艦に、ミサイルとプロトンレーザーを浴びせて光球へと姿を変えさせると、シヴァース部隊の前進を阻むものは、何も無い状態となった。

「全速前進だぁ!俺に続けぇっ!」

 シヴァース座乗艦は、やはり先頭に立って突き進む。旗艦の中型戦闘艦に続き、中型2と小型5が、更にその後から空母3が後を追って進軍する。3艦の空母の1つは「シュヴァルツヴァール」だった。すっかりシヴァース部隊所属艦に成り(おお)せている。

 この先の宙域に踏み込むのは、「シュヴァルツヴァール」にとってもかなりリスクが大きい。大概は安全な宙域に退避している「ファング」の母艦だが、この先に踏み込めば“安全な宙域”などは周囲のどこにも無いはずだ。こちらの観測態勢が全く構築されていない宙域だから、どこに敵が飛び出して来るか分からない。が、これからの戦いの激しさを考えると、「シュヴァルツヴァール」抜きには「ファング」は戦えないかもしれない。彼等の戦闘艇への弾薬類の補給は、「シュヴァルツヴァール」でしかできないのだから。

 シヴァース部隊の小型戦闘艦2艦が、3艦の空母を守るような位置に付いている。「シュヴァルツヴァール」にも武装が無いわけではないが、左右の艦側(かんそく)にミサイル発射口が3つずつで、保有弾数も散開弾と爆圧弾が十数発くらいずつ、といった貧弱なものだ。レーザー銃も数門で、本格的な戦闘に耐え得る装備では無い。いざとなれば、護衛の小型戦闘艦に頼るしかない。

 気迫と覚悟を込めた進軍だったが、2時間程は何事も無く、拍子抜けする程静かに進むしかなかった。「シックエブ」の戦力も全て出払っていて、テトラピークフォーメーションを構成する「レドパイネ」部隊と、それに加えて2万の大軍を擁する「ベネフット」にも対応している。シヴァース部隊の進出に気付いていないわけではないだろうが、こちらに向ける戦力を、なかなか捻出できないのだろう。

 だが、いつまでも、何事も無く進めるはずもなかった。

「前方に、タキオントンネルを観測したそうだ。」

 観測はシヴァース部隊がやり、転送された情報をトゥグルクが告げた。「・・1つじゃ無いらしい・・2つ・・いや3・・まだまだあるみたいだぞ・・っ!10個以上が観測されてるって解析結果だ。」

「あっちこっちの防衛部隊から、少しずつ捻り出して来たんだろう。全てのタキオントンネルから敵が出て来るかどうかも分からんが、1つのタキオントンネルから大量に出て来ることもあり得る。あらゆる事態を覚悟しておいた方が、良さそうだな。」

 ナースホルンのコックピットに沈み込みながら、カイクハルドが応じた。

「おっ、前方からは、ミサイルの大群が迫ってるって情報だ。『シックエブ』のミサイル基地からだな、多分。百発以上が、幾つかの群れに別れてこちらを包囲するように迫ってるらしいぜ。飛来するミサイルとタキオントンネルの全てに、シヴァース達だけで対処するのは厳しいみたいだ。」

「だろうな。よしっ、出よう!『ファング』も出撃だ。」

 一大決戦の前でも、返る声は「応」とか「ああ」だ。感情も何も籠ってはいない。メシの時に「ソース取ってくれ」とか言った場合に返ってくるのと同じ声だ。

 そして「ファング」は、虚空に滑り出した。電磁式カタパルトで強加速する場面ではないから、スポッ、と飛び出して、そのまま「シュヴァルツヴァール」と併進する形だ。

 十数本も現れたタキオントンネルの、全てに向けてシヴァースはミサイルを放ってあるが、1本に付き5・6発が精一杯だった。飛来しているミサイルへの対処も必要なため、それ以上はタキオントンネルには回せなかった。

 敵が出て来ないタキオントンネルもあるかも知れないし、出て来るとしても、トンネルの軌道上のどこから出るかは分からない。現実に飛来が確認されているミサイルへの対処が優先された。

「俺達『ファング』は、タキオントンネルからの敵に対して、出て来たのを確認してから行動するしかねえな。」

 タキオントンネルから出る前に接近包囲してしまうのが、迎撃する側の鉄則だが、十数本もあるそれらの全てに接近包囲する余裕はない。いつ敵艦が飛び出すかも分からないから、緊張感を保ったまま、ジリジリした気分で待つしかなかった。

「敵が撃って来たミサイルは、全て散開弾だったな。」

 トゥグルクの報告が入る。「シヴァースの爆圧弾での対処で、全て始末でき・・いや、第2派、第3派が、既に飛来してるぜ。どちらも、百発以上だ。うわっ、無人攻撃機もいやがるぜ。要塞の攻撃圏に踏み込めば、当然こうなるわな。第1派のミサイルには対処できたが、後のヤツには、どこまでやれるか分からんぞ・・って、敵艦も、タキオントンネルから出て来やがった!1・・2・・あっちにも1・・こっちにもか・・・5艦だ。・・いや、もう一個、6艦だっ!」

 出てきた内の1艦のレーダーや熱源の反応を見て、カイクハルドは愕然とした。亀裂や窪みが随所に見られる、傷だらけの艦だった。激戦の最中に無理矢理引っこ抜かれ、強引にこっちに廻して寄越した戦力であるのが、一目瞭然だった。

 シヴァースが予め差し向けてあったミサイルが、トンネルの周囲をグルグル回る軌道から離れ、敵艦に突進した。

 どこから現れるか分かっていなかった為、ミサイルはかなり遠い位置から敵に突っ込む形だ。普通なら、簡単に迎撃できるはずの攻撃だった。だが、敵艦は、一向にミサイルへの対処を見せない。

(索敵が、全然機能してねえんだな。レーダーが叩かれていて、使い物にならねえんだ。)

 そんな状況で転戦を命じられた敵に、カイクハルドは同情を禁じ得なかったが、それどころでは無かった。索敵不能の奴以外にも、敵艦は居る。どれも傷を負っているようだが、複数の敵艦による包囲攻撃だ。それに加え、大量のミサイルや無人攻撃機にも迫られている。こちらも危機的状況だった。

「索敵不能のあいつは、放っておこう。第2戦隊は『シュヴァルツヴァール』の傍に留まって護衛に当たれ、第1と第3から5戦隊は、戦隊ごとに敵艦に突っ込むぞ。なるべく損傷が少なそうな敵から、順に叩いて回ろう。撃破はせんで良いぞ。仕上げはシヴァースに任せて、ある程度損傷を負わせられれば、それで十分だ。」

 話しながらも、カイクハルドの指がキーボードを跳ね回る。どの戦隊がどの艦を狙うかの指示が、全艇に共有される。

「よし、行くぜっ!」

 第2戦隊以外の、「ファング」戦闘艇がスラスターに拍車をかけた。オレンジの光を後方に迸らせ、「シュヴァルツヴァール」を中心にした放射線を描くように、虚空を疾駆した。

 索敵不能だった艦は、ミサイル着弾の3秒程前になって、ようやくレーザー照射による迎撃行動を起こした。が、レーザーはまるで見当違いの方向に放たれた。やはりレーダーが狂っているらしい。ミサイルは敵艦のどてっ腹に突き刺さった。

 数秒後、命中箇所の反対側から火柱が付きあがる。徹甲弾だったミサイルは、敵艦を貫通したらしい。更に1秒後、ミサイルが突入した穴からも火柱が上がる。その2つの火柱の衝撃は、敵艦を前後の2つに、パカッ、と割った。

(あんな簡単に引き裂かれちまうなんて、内部も相当、損傷が激しかったんだな。)

 標的への突進を維持しつつ、カイクハルドはそちらにも気を配っていた。真っ二つになった敵の姿そのものを見る機能は、ナースホルンには無いが、レーダーや熱源の反応でそれを彼は察知していた。

 熱源探知は、割れた敵艦からこぼれる様々な微小の反応物も捕えていた。その内の幾つかが人である事は、カイクハルドには直ぐに分かる。どこかの集落で帰りを待つ家族がいる、領民かもしれない。志願したのか無理やり徴発されたのかは分からないが、領主である軍閥が勝手に首を突っ込んだ戦争に兵として駆り出され、今こうして虚空に放り出され、その命は、この世からも放り出されようとしている。真空中で、もがき苦しむ彼の様を家族が見れば、発狂するかもしれない。

 カイクハルドの想いは巡った。が、万感の想いは刹那に過ぎなかった。突撃対象の敵艦から、散開弾攻撃が差し向けられた。

「距離も方向も、間違えまくってやがるな。」

 呆れた声はカビルのものだった。「あいつもレーダーがイカれてるみたいだぜ。」

 避ける必要も無く、散開弾は彼等の横を通り過ぎて行った。その数秒後には、敵艦は「ココスパルメ」の青白い光球で、涼し気に飾り付けられた。内部では、数千度の灼熱が数十の人身を焼き焦がしているだろう。

「損傷は十分だ、後は、シヴァース達のミサイルで・・・って、その必要もねえのか。」

 そう言ってカイクハルドが見詰めるレーダー用ディスプレイには、敵艦が“く”の字に折れ曲がって行く様が示されていた。噴き上げた火柱に、蹴りを入れられたかのような惨状だ。

 他の3つの戦隊も、それぞれ敵艦への攻撃を成功させていた。2艦はその後にシヴァース部隊のミサイル攻撃を受け、1艦は「ファング」の攻撃だけで、あっさりと大破に至らしめられた。

「何だよ、まともに戦える奴は、1艦も送られて来てねえのか?」

と、減らず口のカビルだが、

「ミサイルと無人攻撃機だ!あっちこっちから飛んで来てるぜ。」

とのカイクハルドの叫びを聞き、

「おっと、これはまずい。」

と、声のトーンを落とした。

 「シックエブ」からの第2派・第3派のミサイルと無人攻撃機には、完全な始末をシヴァースは付けられなかったようだ。幾つかの方向から、金属片群の壁が「ファング」に迫っている。自動操縦の無人攻撃機も、プログラムされた通りの殺戮の機会を伺っている。

 異なる方向からの金属片群が交差する点に身を置いていたら、いくら「ファング」でも防御の術が無い。カイクハルドは、戦況を睨みつつ一つの方向に、第1戦隊を突進させた。迫りくる全ての金属片群の軌道から外れる方向だった。

 「ファンング」パイロット以外には絶対に耐えられない加速によって、どうにか散開弾からは免れた。自動照射のレーザーが、無人攻撃機も片端から薙ぎ払って行く。その第1戦隊の真正面から、別のミサイルが飛来している。敵戦闘艦が、第1戦隊の動きを読んでミサイルを先回りさせたらしい。

 その敵の読みを、カイクハルドも読んでいた。ランスヘッドのフォーメーションと「ヴァルヌス」で、易々と突破を成し遂げるや否や、ミサイルを撃った敵艦に矛先を向ける。

 「ファング」の散開弾突破を予測できる敵は、滅多にいない。今回も、突破して来た彼等に、敵は無抵抗だった。突破して来た事に気付いた時には、「ココスパル」の青白い光球に艦体が食いつかれていただろう。

 他の戦隊もそれぞれに戦果を上げており、既に6艦の敵の全てを葬っていた。「ファング」だけの手柄でも無いが、シヴァース部隊のミサイルとの連携は絶妙だった。かなりの戦果を上げた、と気勢を上げた彼等だったが、敵は減ってはいなかった。いや、むしろ増えていた。攻撃している間にも新たな敵艦が、タキオントンネルから、次々に飛び出して来ていたらしい。10艦以上が、彼らを包囲する位置関係で接近して来ていた。

 戦闘艇も吐き出されていた。戦闘艦に搭載されていたものもあれば、空母で運ばれて来たものもあるようだ。その数は、軽く300を越えている。しかも新鋭の格闘タイプ「アードラ」と攻撃タイプ「レーヴェ」がいる。この組み合わせに痛打を受けた「バーニークリフ」を思い出し、カイクハルドはゾクッとした。

「行けっ!ヴァルダナ、バルバン。」

 第1・2単位は、戦闘艇群へフォーメーション攻撃で斬り込む事にした。「レーヴェ」は数が少なく、シヴァース部隊からのミサイルに追い回されていたので、余り脅威にはならなかった。「バーニークリフ」の時とは、かなり状況が違う。

 第3・4単位には、「シックエブ」からのミサイルや無人攻撃機への対処に向かわせた。ミサイルは展開前に叩くか、金属片が広がる前に「ヴァルヌス」で蹴散らす事で、味方の被害を減らす。その作業をこなす間にも、自動照射のレーザーで、無人攻撃機を掃滅して行く。「ファング」の速さは、無人攻撃機のプログラムにとっては規格外だから、全力で動き回れば、まず攻撃を命中させられる心配はない。とは言っても、放っておいて良い存在でも無い。レーザーやミサイルを装備している以上、油断すれば仕留められる危険もある。

 様々な方向から来るミサイルと無人攻撃機に、絶妙の順番や位置で対処しないと、味方を守り抜けない。簡単では無い役割だ。

 第5単位には、一番近くにいる敵小型戦闘艦に突撃を掛けさせた。タキオントンネルから飛び出したところをシヴァース部隊のミサイルにやられたものか、既にかなりの損傷を負っているから、1単位だけで十分と判断した。

「ここからは、混戦になるぞ。各戦隊、極力離れ過ぎねえように気をつけろ。連携を密にしねえと、混戦は切り抜けられねえぞ。」

 パイロット達には分かり切っている事ではあるが、この時点での注意喚起は重要だ、とカイクハルドは考えていた。分かっているから必ずできる、とは限らない。いくら一流のパイロット揃いといっても、皆、人間だ。激戦の只中ともなれば、うっかり連携がおろそかになる可能性はある。こういう気配りが、失う仲間を最小限に抑える。

 抑える事はできても、無くす事はできなかった。赤い光が時折、カイクハルドを照らした。各戦隊が、大多数の戦闘艇や無人攻撃機や「シックエブ」からのミサイルや戦闘艦という、大規模な敵による複雑な連携攻撃に曝されている。無傷でなど、いられるはずの無い闘いだった。

 シヴァース部隊も戦闘艇を出していた。こちらも「アードラ」と「レーヴェ」を含んでいる。ジャラールがジャールナガラから買い入れた新鋭戦闘艇が、父から子へと提供されていた。両陣営からの「アードラ」と「レーヴェ」が、血で血を洗う乱戦を繰り広げる。

 敵の戦闘艦は、幾つもがシヴァースの陣営の内部へと切り込んでいた。敵と味方が激しく入り乱れ、3次元の(まだら)模様を虚空に描いている。いつの間にかプロトンレーザーの応酬も始められており、(まばゆ)く図太い条光が、上から下へ、右から左へ、前から後ろへと、3次元のあらゆる角度で駆け抜けて行く。どっちからどんな敵の攻撃が来るか分からない状況の上に、敵味方の識別も難しくなっている。

 この混戦の只中にあって、「ファング」の連携は凄まじく効果を発揮した。戦隊同士の位置関係も計算され尽くされており、どの戦隊がどの敵を狙うべきなのかは、いちいち通信で確認しなくても各隊長が、即座に、完全に一致した判断を下していた。

 同じ敵に2つ以上の戦隊が対処する無駄も生じないし、至近距離にいる敵にどの戦隊も対処していない、なんてヘマも全く犯さない。暗黙の了承で、最も合理的な振り分けが実現している。シミュレーターでの連携確認や模擬戦闘を、日常的にやっている成果だ。

 その「ファング」のおかげもあって、数では敵の方が上回って来ていても、「シックエブ」に向かうシヴァース部隊の勢いは、僅かにも削がれる事が無かった。「ファング」に阻まれて思うように動けない敵は、シヴァース部隊の艦に近付くのも容易では無かった。

 「ファング」の各戦隊においては、隊長が明確に、各単位の標的や行動を指示した。曖昧な指示は無かった。的確かつ明瞭に指示を出せない者を、カイクハルドは隊長には指名しない。複数の敵が複数の方角から攻撃して来る乱雑極まりない戦場にあって、各隊長は周囲を完璧に把握し、合理的に、計画的に、対処の仕方を策定し、間違えようのない明瞭さで指示を出した。

 各単位は、隊長から指示を受けた時点で、やるべき作業はほぼ確定する。新たな判断は、ほとんど生じない。戦闘艇に対処する場合の幾つかのフォーメーション攻撃も、ほぼパターンが決まっている。相手の数や位置関係によって、どのフォーメーションを実施するか、どういう順番に敵をマーキングするかは、一定のセオリーに則って機械的に判断される事で、各単位(ユニット)リーダーに判断が迫られる、という事はあまりない。

 飛来するミサイルに対処するにしても、戦闘艦に突撃を仕掛けるにしても、パターン化された動きを忠実に再現して見せるだけだった。厳しい訓練の中で何度も反復練習したから、全パイロットが強く意識せずともこれらの動きを具現化できる。

 そして各単位は、一旦散り散りになってそれぞれの目標を達成した後、すかさず隊長のもとに集合した。勝手に、指示されてもいない敵を追いかける事は、基本的にはやらない。状況によっては臨機応変の対応もあり得るが、指示をこなせばすぐ隊長の近くに戻る、という基本原則も徹底されていた。混戦においてこの方式は、かなり重大な意味を持った。

 シヴァースの下へ送られて来た敵艦は、既にシヴァース部隊の3から4倍にもなったみたいだが、「ファング」の活躍がそれを感じさせなかった。逐次投入の愚を敵が犯してくれたのも幸いしているが、「レドパイネ」と「ベネフット」の連合軍に対処しながらこちらに対応する戦力を捻り出しているから、それも無理のない事だった。小出しにされて来る敵を着実に撃破して行った結果、今シヴァース部隊と戦っているのは、20艦余りになっている。

 敵味方が混然一体となった、乱戦を繰り広げる一団は、「シックエブ」への距離を着実に縮めていた。「シックエブ」に設えられた監視用のテレビカメラには、爆発の光球やレーザーなどの光線が無数に明滅する華やかな空間が、徐々に膨らんで行く不気味な光景が捕えられてるだろう。

 それは、シヴァース部隊にとっては、勝利の時の到来を示している、とも考え得るが、「シックエブ」からのミサイルの圧力も当然強くなって来る。要塞砲台からのプロトンレーザーにも狙われる。

 「ノヴゴラード」星系の最外殻惑星の公転軌道上にある、L5-ラグランジュ点が捕集している小惑星群に築かれているのが「シックエブ」で、中心付近には要塞指令部を含め多くの人が常駐する施設があるが、外縁には無人のものや、少数の兵によって稼動するミサイル基地や砲台が置かれた小惑星もある。

 シヴァース達は、要塞の最も外縁にあるミサイル基地などには、既に指呼の間にまで迫っていた。至近距離から放たれるようになって来たから、発射から命中までの時間が短い。ミサイルへの対処は、一段と難しくなる。砲台の射程圏に入らないようにするのも、簡単ではなくなる。

「シヴァース部隊の小型戦闘艦、1艦が撃破された。5発目に食らった徹甲弾が、致命傷になったらしい。」

 トゥグルクは、そう報じて来る。

「そっちはどうなんだ?『シュヴァルツヴァール』は、やばくないのか?」

 そう質問しながらも、「シュヴァルツヴァール」を狙う敵艦がいないのは、カイクハルドはずっと観測できている。要塞からの攻撃には、シヴァース部隊の戦闘艦が楯になっているので、敵艦に狙われさえしなければ、それほど危険が無いのは分かっていた。

 とはいえ、それは離れた位置からの艦側や推測に基づく判断だから、改めての確認は必要だった。

「ああ。戦闘艇に関しちゃ、時々俺達を狙う奴がいて、第2戦隊が始末してくれているが、戦闘艦に関しては1艦も、俺達を狙わねえな。シヴァース部隊の空母も同じだ。」

「案外、律儀だな。」

 幾つものディスプレイに目を走らせて戦況の把握に努めつつ、カイクハルドはそう評した。

 この時代、「戦場で空母は極力狙わない」という暗黙のルールがあった。無論、必ず守られるというものではないが、多くの軍閥は、それを意識していた。特に戦闘艇を射出してしまった後の空母を狙うのは、あまりに卑怯で非道な行為とされて忌避されていたし、それをやるのは恥とも考えられていた。

 武装に乏しい空母は、戦闘艇を出してしまえば、それ以上戦況に影響を与え得る存在では無い、というのがその理由だった。戦闘が終わった後の戦闘艇の帰る場所を奪う、というのも蔑視される行為だった。戦闘の勝ち負けや戦争目的の達成の可否に関わる場合のみ、破壊や殺戮は許されるのだ、という矜持を持つ将兵は、「空母は狙わない」という暗黙のルールを守る傾向にあった。

「そんなのを守る律儀な奴なんて、もうとっくに、いなくなったと思っていたがな。」

 そう呟いたカビルも、百年ほど前の戦役においては、そういったルールがかなり厳格に守られていた、という話を人伝に聞いた事があるだけだった。昔と今を、直接に比較できる立場ではなかった。

(昔と今の差はよく分からんが、今こうして、目の前にそんな奴がいるのは驚きだ。)

 カイクハルドは思った。横暴を極め、こんな大規模な反乱を起こされるに至った軍事政権にあって、「戦場では空母は狙わない」という暗黙のルールを守って闘う軍閥が、こんなにもいるのだ。

(こんな絶望的な状態に至ってもなお、軍事政権を守る為に戦ってる軍閥は、軍政内でも格別に忠誠心の篤かった連中なのだろう。そんな連中は、忠誠心だけでなく、戦場でのマナーや領民への気配りなんて事にも、きっと生真面目で思慮深いのだろうな。)

 そう考えると、カイクハルドは、戦う事に息苦しさを感じたりもした。

(軍政の中で横暴を尽くし、私腹を肥やし私欲に塗れていた連中なんてのは、もうとっくに、軍政を見捨てて帝政側に寝返っているだろう。自己保身のためだけに、節操なく行動する連中だろうから。)

 戦いへの気配りは、決して怠りはしなかったが、カイクハルドの想いは募った。

(俺達が本当に潰したかった奴等は、今は味方になっていて、軍政を倒す事を躊躇(ためら)わせたり、軍政に善政をもたらす可能性を感じさせたりした、手にかけたくはなかった優良な軍閥だけが、敵として残り続けてるんだ。)

 その頂点にいるのは、ラフィー・ノースラインだ。軍事政権の総帥として、「ファング」の敵の中心に居座ってはいるが、カイクハルドが、最も統治者としてふさわしい、と思っている人物の1人でもあった。

(何に対する戦いなんだ、これは。何の為に「ファング」パイロットは散って行ってるんだ、この戦いで。俺は何を目指して、仲間に命懸けの人殺しをやらせ続けているんだ。)

 殺し合いを演じている最中の相手にカイクハルドは、急に親近感を覚え始めた。そして、彼らを殺す作業を仲間にけしかけている自分を、不愉快なものに感じ出した。

(もう何十という戦闘艦を葬られ、こちらの手強さも理解しているはずの敵軍閥なのに、空母を狙うという卑怯な行為もやらずに、正々堂々と俺達の前に立ちはだかって来やがる。その勇気は見事だ。天晴だ。何で、こんな連中の命を奪い続けている、なんて事を・・・)

 それでも、今更、後には退けない。死力を尽くして戦わなければ、更に多くの仲間を失う。

「シヴァース部隊の艦、更に1艦が大破、崩壊っ!」

 緊張をはらんだトゥグルクの声だった。


 今回の投稿は、ここまでです。 次回の投稿は、'19/8/24  です。

 「ファング」の戦い方に関連して、リーダーの資質とかリーダーがやるべき事なんてのに言及した部分が、何か所かありました。役割分担を明瞭にしていないとか、指示を明確に、絶対に間違いが起こらない形で伝達できない人は、リーダーとしては不十分だと作者は思っています。例えばオフィスなどで、切れかけている蛍光灯を交換するなんていう”些細な”仕事について、いつ、誰がやるのかを、ちゃんと決めておかないリーダーは不十分だと思います。「気が付いた人がやりましょう」とか「近くにいる人が手の空いた時に」とか言ってるようでは、話になりません。そういう職場では、誰かが既に新しい蛍光灯に交換する作業をしている時に、別の誰かも新しい蛍光灯を持って来てしまう、なんて無駄が発生したり、切れかけている蛍光灯がいつまでも放置され、チカチカした目に悪い、ミスの起き易い、疲れの溜まり易い、作業のやりづらい環境が長期に放置されたりもします。職場では皆が、多くの仕事を抱えて忙しくしているのだから、はっきり誰がやるかを指定しなければ誰もやらない事態は起きて当然だし、作業の動線や作業内容をじっくり見て行けば、誰がやるべきなのかは客観的に判断できるはずです。そして、その判断には、仕事の割り振りなどをやっている職場のリーダー以上の適任者は、いないはずなのです。蛍光灯を換えるくらいの”些細な”作業について、一番合理的な誰かに明確に担当を決めておく、というのをリーダーがちゃんとできている組織とそうでない組織では、作業の効率や正確性や安全性が格段に違うでしょう。そして、蛍光灯を取り換える程度の”些細な”仕事は、職場にはたいてい、百個単位であるものでは無いかと思います。それらの仕事に”一つの漏れもなく”担当者を明確に割り振っておく、というのができてはじめて、組織のリーダーとしては一人前ではないでしょうか。なんていう個人的な思い(というか、愚痴)をたっぷりと詰め込んだ上で、「ファング」の戦い方を描いてみたわけです。「ファング」の規格外の強さの理由を、組織の長に関する自分の考え方にこじつけてみた感じです。共感頂ける読者様がおられると、嬉しいのですが。というわけで、

次回  第83話 撃滅・沈黙・攻略  です。

 サブタイトルからして、決着が付きそうな感じですが、何度も言っているように、ただ勝てば良いというものではありません。どんな相手とどんな風に戦い、どんな形で決着が付くのか。そんなことを気にかけながら、次回をお待ち頂けると嬉しく思います。

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