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銀河戦國史 (アウター“ファング” 閃く)  作者: 歳越 宇宙 (ときごえ そら)
第6章  攻略
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第80話 策応と叛意

 マリカの手が、優しいだけとは良い難い意味深な摂動を伴って、ビルキースの背中を這い上って行く。老いて節くれだった指を摩訶不思議に屈伸させて、怪し気にビルキースを圧迫していた。

「少し無理をし過ぎよ、ビルキース。こんな部分が、こんな風に凝るなんて。武骨な上に特異な趣味をお持ちである、軍閥の棟梁や幹部のお相手を務めるのなら、もう少しペースを落とさないと。半月で百人越えなんて、いくら何でも無茶よ。」

「そうは言ってもね、マリカ、今が正念場なのよ。アジタやカイクハルドが命懸けでやっている事が、実を結ぶかどうかの瀬戸際なのだもの。私だって少しは無理をしてでも、お役に立たないと。あっ、そこ・・マリカ、それそれ・・あぁ、良いわあ。」

 老婆の身にもただならぬ高揚感をもたらす、ビルキースの一糸(まと)わぬ背中から、鋭敏に凝りを見い出し絶妙に指圧して行くマリカ。刺激にたまりかねて漏れる吐息が、更にマリカを戸惑わせている事に、ビルキースは気付いているのだろうか。

「それで、『ベネフット』ファミリーの幹部の方々は、皆様、軍政からの離反には賛同されておられたのね。棟梁に背いたり軍政と秘密裏に連携したり、なんて事は、無さそうだったのね。」

「ええ・・あぁっ・・。少し骨が折れたけど、その点には確信を持つ事ができたわ。うぁっ・・はぁっ・・ナラシン・ハイト様を始め、『ベネフット』の御家来衆は皆様、忠誠厚く、御棟梁様のもとに団結されておられた・・はぅっ・・わ。」

「そうなのね。軍政に反旗を翻す、などという重大な決断の時に、幹部から1人の離反者も出さないなんて、アウラングーゼ様の人心掌握も並大抵ではないわね。それなら、『ベネフット』の自壊が軍政打倒の足を掬う事態は無さそうね。カイクハルドも、心配の種が一つ潰れたかしら。」

 ぺらぺらとしゃべりながらも、マリカの指先は着実にビルキースを籠絡(ろうらく)している。彼女好みの吐息が次々とビルキースから引き出され、窓を曇らせるほどに、シャトルのコックピットはムンムンだ。

「うん・・あっ、あぁっ、あっ・・そうね。アウラングーゼ様へのお目付け役として軍政が派遣している、フマユン・ハイマーク様も、『ベネフット』の帝政への寝返りは・・うはぁっ・・・全く警戒しておられないご様子だし・・ううん、マリカ、それ・・いい・・」

 ビルキースは思い起こした。面長な顔が、無駄に広い額によって更に強調されていた男、「ハイマーク」ファミリーの棟梁フマユンと過ごした寝室を。猪突猛進な性格から、広い額を楯と化して突撃して行く姿をイメージしつつ、彼女は彼のベッドの相手を務めたのだった。

「軍事政権は、『ベネフット』が怪しいと思ったからこそ、フマユン様にアウラングーゼ様の傍に付いて監視しておくようにご指示なさったのでしょう?それなのに、全く警戒していないなんて、可笑しいわねえ。」

「んぁあ・・、そうでもないわよ、マリカ・・あぁ・・マリカ、そこ・・軍事政権も、アウラングーゼ様が真面目に『シックエブ』防衛に参加するかどうかを疑ってはいても、軍政を裏切って帝政に付くなんていう事態までは、考えていない様子なのよ、うぁあ・・マリカ・・それ・・・。」

「ふぅん。サボタージュ防止の為の監視要員なのね、フマユン・ハイマーク様は。アウラングーゼ様が、ちゃんと積極的に『シックエブ』防衛の戦いに励んでおられる事さえ確認出来れば、あの方の御役目は果されるわけね。・・まだ続ける?ビルキース。」

「ええ、お願い、マリカ。今度はこっちを・・・」

「まあまあ、そんな、あられもない恰好を・・。まっ、それに、こんな所がこんな風になってるなんて・・何をすれば、こんな・・?・・??・・!・・と、とにかく、こんなに体を酷使したのだから、当分の間はゆっくり休むんでしょうね、ビルキース?」

 なぜか顔を赤らめるマリカだが、ビルキースは、それどころではなさそうだ。

「はぁぁぁうぅっ、マリカ、そ・・それ・・それ、いいわ。そうは行かないわ。」

「ええっ、どうしてよ?」

「ひぃいいっ、マリカぁっ、凄いぃっ!どうしてもなのよ。」

「あ、御免なさい、思わず力が。・・でも、ビルキース、身体がこんなになっているっていうのに、まだ頑張るつもりなの?」

 心配な気持ちが、高揚も赤面も吹き飛ばしていた。真顔で問いかけるマリカ。

「もうひと押しが必要なのよ、ターンティヤー・ラストヤード様に。軍政を打倒するのなら、できるだけ速やかにやり遂げないと、被害の範囲が止め処もなく大きくなってしまうわ。アウラングーゼ様が『シックエブ』攻略に参加されるのなら、是非ともターンティヤー様に、『エッジャウス』攻略に乗り出してもらわなきゃ、いけないわ。」

「あなたがもう一押ししたら、ターンティヤー様は『エッジャウス』攻略に向かいそうなの?」

「私が押すわけじゃないわ。アウラングーゼ様の使者を皇帝陛下のもとに案内して下さった方が、『ラストヤード』宛の勅令も頂戴して、戻っておいでになったのよ。アウラングーゼ様と協力して、ターンティヤー様も軍事政権を打倒するために出陣せよ、と皇帝陛下から直々にお命じになられた事になるわ。その勅令をターンティヤー様にお渡しして、その上で、アウラングーゼ様が勅令を頂いて『シックエブ』攻略参加への決意を固めた事もお知らせして差し上げれば、あの方も、『エッジャウス』攻略の決意を固めるに違いないの。・・マリカ、手が止まってるわよ。」

「あら、御免なさい。・・でも、勅令をお渡しして、アウラングーゼ様の件をお知らせするだけなら、あなたが体を更に酷使する必要は、ないのではなくて。」

「そんなわけには、・・ああ、いい・・それ・・い・・い・・いいわぁ・・行かないわ。・・うぅふわぁあぁぁっ・・ま・・ま・・マリカ・・それ・・そん・・それ・・そんな、重大なご決断を成さった、あの方の御心中を想えば、何としても、私が、お慰めぇぁあうぉぃ・・・うぅうぅっ・・!」

「そうなのね。よく分かったわ、ビルキース、あなたの覚悟のほどは。ならば、あの方の荒々しい手管にも耐えられるように、今ここで、十分に揉み解しておかないとね。さあっ、行くわよ、ビルキース!」

「きゃああぁぁああああ・・・・っ!」


 ジャラール・レドパイネは、このところずっと「ヒルエジ」星系第6惑星の衛星軌道上にある拠点に引き籠り、どっしり構えて『シックエブ』攻略の総指揮をとっていた。

 依然としてテトラピークフォーメーションでの包囲を続けている“寄せ手”の部隊は、攻略戦を始めてから馳せ参じて来た軍閥と、ジャラールが数年前から寄せ集めて鍛えておいた兵の、両方で構成されている。俄かに馳せ参じたとはいえ、軍閥の軍勢はそれなりに戦力にはなるし、「アウトサイダー」等から寄せ集めた兵達も、ジャラールが数年がかりで鍛えた者達だから、十分な戦力と見て良かった。包囲しておくだけなら、彼等に任せたままにしておいて良い、とジャラールは判断していた。

 いずれ本格的な攻勢に出る時には、ジャラール直下の手勢も率いて行くが、今は「ヒルエジ」に温存してある。攻勢は「ベネフット」の準備が整ってからにする、とはジャラールとアウラングーゼの間で決定している。シヴァースも参加した秘密会談の後で、密使の往来や超光速通信でのやりとりが幾度か行われ、かなり詳細な作戦が取り決められていた。

「良いのか?本当に。こんな形で『シックエブ』が陥落したんじゃ、『レドパイネ』ファミリーには、大した手柄も恩賞も与えられなくなっちまうぜ。」

 「ヒルエジ」に「シュヴァルツヴァール」を預け、ジャラールのもとに身を寄せているカイクハルドが、ニヤ付いた顔で彼に問いかけた。

 普段指揮をとっている指令室には、重力を生じさせてもいない質素な施設が「ヒルエジ」の拠点だが、今彼らのいる場所には、重力があった。衛星の一つの中に、直径数kmの円軌道を敷いて走り回らせてあるセクションがあり、食事やその他様々な目的に利用されている。軽食をとりながらの会談にも、こういった場所が利用される。

「別にわしらは、手柄も恩賞も、それほど当てにはしておらん。まあ、軍政打倒の為に背負った借金を返す算段はせねばならぬし、ずいぶんと無理をさせた領民達を慰撫してやれるだけの原資も獲得したいところではある。だが、安心して所領経営に専念できる環境さえ整えられるのならば、それらも、どうにか工面できるだろう。『レドパイネ』ファミリーは皇帝親政において、要職だの高位だのを得ようとは思わぬ。」

 領内集落への指導や管理が行き届いたものであった為、「レドパイネ」ファミリーの所領での生産性は、かなり高かった。資源採取や食料資材の生産が、効率よく着実に行われていた。軍政などから怪しい人物を、集落の管理者として押し付けられたりでもしなければ、政府から褒賞などもらわなくても、それなりに豊かな暮らしはできた。

 更に「レドパイネ」ファミリーは、交易などでも利益を上げている。「カームネー」ファミリーのように密貿易で荒稼ぎしているわけではないが、「グレイガルディア」内での交易や、政府の許可を得た合法的な外国貿易なども古くから営んで来た家系であり、そちらでも潤っている。

 本来が、政府からの自立性が高く、独立独歩の気風が彼の所領には満ちていた。政府に要職など、もらう必要はない。地位も名声も、与えられなくて結構。「グレイガルディア」の国体を維持する為の、応分の負担も(やぶさ)かではない。ただ、余計な手出し口出しをして所領経営の足を引っ張るのは勘弁してほしいし、不当に際限なく利益を吸い上げられるのも、当然受け入れられない。

 軍事政権はこれまで、それら「レドパイネ」には受け入れがたい暴政を、次々に実行して来た。特に、ファル・ファリッジが実権を握ってからは、目に余るものがあった。独立独歩でもやって行ける軍閥に、そんな横暴な仕打ちをしていたら、噛み付かれるのは当然だった。「エッジャウス」からは遠く隔たった、辺境の弱小軍閥と侮ったのは間違いだった。

「軍事政権が倒れて、余計な手出しをされずに所領経営がやれる環境になれば、恩賞も要職も『レドパイネ』には無用、ってわけか。そしてもし、帝政が余計な手出しをして来るようなら、今度はそっちもぶっ倒す動きに出れば良い。『ベネフット』が『シックエブ』の管理権を掌握すれば、アウラングーゼをつついて、それを成す事も可能になりそうだしな。」

「領民と我がファミリーが腹いっぱい飯を食い、安全で充実した労働に勤しむ事ができれば、それ以上の贅沢をわしは、望みはしない。領主が質素な生活をしておれば、領民も我儘など言わぬものだから、政府にそれなりの税を支払っても、反乱なども招く恐れのない所領経営をわしは、やって行く自信がある。政府に、多くを求めたりなどせぬさ。」

 重力がある、という環境だけが唯一の贅沢と言える、殺風景この上のないセクション内でそんな話をしていると、ジャラール・レドパイネという男の純朴さがしみじみと感じられた。贅沢を良しとせず、質実剛健を旨とする「レドパイネ」ファミリーの気骨が垣間見える。息子のシヴァースも、その血筋を色濃く受け継いでいる、とカイクハルドは見立てていた。

 コンクリートが剥き出しの壁面を眺めながら、カイクハルドは話し続けた。特殊樹脂を染み込ませて補強され、真空や荷電粒子といった宇宙特有の環境にも耐え得る性質を持たされてはいるが、人の眼には味気のない、寒々とした景観だ。

「余計な手出しさえしなけりゃ、おとなしかったはずの『レドパイネ』を、我儘勝手な孫娘の要求を叶えたいとかいうファル・ファリッジの阿呆な施政のおかげで爆発させてしまい、滅亡にまで追い込まれようとしているんだな、軍事政権は。国全体に号令できる武力や権力を手に入れるより、身内の我儘に歯止めをかける統制力こそが、自分とその周囲にいる者の幸せには重要だっていう現実に、ああいう輩は一生気付かねえんだろうな。」

「武力や権力で栄華を手にする、という成功体験を一度でもすると、盲目になってしまうものなのだな、人とは。そんな栄華が一時(ひととき)の夢に過ぎないという当たり前の現実が、見えなくなってしまう。過ぎた贅沢を排除し質実剛健に徹する事が、繁栄を長く維持する秘訣だと、わしは信じるぞ。少なくとも、権力の中心に身を置く者は、それを常に意識せねばならぬはずだ。」

 少し会話の途切れたすきに、両雄は化学経路と生物経路だけで作られた、“サンドイッチ”とされている食べ物を口に放り込んだ。時代が時代なら、貧相を通り越して人間の食べ物ではないと認識されそうな代物だが、彼等にはまずまずの軽食だった。

 小麦という作物を登場させずに作りだした食材が“パン”と呼ぶにふさわしいのか、宇宙で採取した元素から化学的に合成されただけのペーストを挟んでいるが、それを“具”と称して良いのか、などという問題は、彼等は考えもしない。

「それで、『シックエブ』への一番乗りも『ファング』にやらせてくれて、あんたの手勢は乗り込む機会もねえって計画を、本当に実行するのか?俺達みてえな盗賊団が掠奪したくなる物資が残ってるかどうか知らんが、そのやり方で『レドパイネ』が棒に振る利益は、膨大なものになるだろうぜ。」

「ははっ、利益は戦争で手に入れんでも、所領経営や交易で得れば良い。それより、『レドパイネ』が一番乗りなどをしてしまえば、失うものや背負うリスクの方が、ずっと大きいのだ。それは、『ベネフット』も同じだ。アウラングーゼ殿もそれを良くわきまえておられるから、『ファング』に一番乗りを任せる事に、快く同意して下さった。」

 屈託のないジャラールの笑みには、取り損なう事になる利益への未練は微塵も感じられない。

「つまり、軍事政権の残党や財産は全て、盗賊である『ファング』が処分した方が、『レドパイネ』も『ベネフット』も余計な恨みや妬みを買わずに済む、って話だな。軍政の再興を図る連中の勢威を少しでも和らげたり、その勢力に真っ先に標的にされたりしねえ為には、軍政の残党にも財産にも、自分達は手を付けたりはしてねえ、ってアピールしておいた方が、都合が良い。盗賊団である『ファング』に責任を押し付けてしまうのが、最も穏便に始末が付くって悪企みを、アウラングーゼとしやがったんだな。」

「そういう事だ。だから、『シックエブ』に残っていた財産は全てお前達が接収し、置き去りにされた女達も、もしいるようならば、お前達で好き放題に慰みものにして構わん。そして遠慮なく、全ての責任をひっ被ってくれ。」

「へっ、責任が大嫌いだから盗賊や傭兵をやってんのによ。だが、俺達が責任をひっ被るのが、一番事が穏やかに済むって言うなら、それでも良いか。『シックエブ』に置き去りにされた女なら、カビルやその他のパイロットも大喜びだろうぜ。」

 顔の片側だけで口角を上げたカイクハルドの笑みを、ジャラールは愉快そうに見つめていた。

「ふははっ。そうか、では、『シックエブ』への一番乗りは『ファング』に任せる段取りで、決まりで良いな。」

 勢いに差はあるが、両雄がまたサンドイッチらしきものを口に放り込む。

「で、アウラングーゼはいつ立場を明らかにして、『シックエブ』に矛先を向けるんだ?『ルサーリア』領域に入るや否や、ってわけでも無さそうだな。」

「うむ。軍政の目をごまかす為に、彼等は『エッジャウス』から率いて来る兵力は控えめにして、残りの兵力を『コチェリニコボ』領域の『バテツキー』星系に集結させているそうだ。」

「その領域は確か、この『ルサーリア』領域に、『エッジャウス』とは反対側に近い方向から隣接する領域だな。そいう言えば、そんなところにも所領を持っていたな、『ベネフット』ファミリーは。」

 いわゆる飛び領というもので、一つの軍閥が遠く隔たった場所に点々と所領を持っている状態が、軍政下では顕著になっていた。賄賂などでコロコロ態度の変わる軍政の、行き当たりばったりでその場しのぎの領域政策が、こういった状況の原因だった。

「他にもあちこちに所領を持っている『ベネフット』ファミリーの、『グレイガルディア』全体における集兵力は絶大なものだ。飛び領を持たされた状態は非効率で難儀な事も多かっただろうが、軍政に見つからぬよう密かに兵を養うのには好都合だ。その点は、軍政は自分で自分の首を絞めたようなものだったな。」

「じゃあ、一旦は真っ直ぐそっちに向かって、残りの兵を合流させてからか、態度を公に表明するのは?」

 言葉の後にカイクハルドがズズッと啜ったのも、化学経路のみで作り出した“コーヒー”もどきの液体だ。

「いや、『コチェリニコボ』領域に行く前に、お目付け役を振り切る必要があるそうだ。でないと、兵が揃う前に裏切りが発覚し、致命的な要撃を受ける可能性が出てしまう、とアウラングーゼ殿の使者が話しておった。その為に、一旦『ルサーリア』領域に入り、我等がいる『ヒルエジ』星系の拠点に進撃する構えを見せるそうだ。」

「お目付け役ねえ。」

 ジャラールも“コーヒー”を啜るのを見詰めながら、カイクハルドは話す。「たしか、フマユン・ハイマークとかいう中堅の軍閥だな。30艦程の部隊を率いて、アウラングーゼがしっかり『シックエブ』攻略に精を出すように、監視しているとかいう。猪突猛進タイプの将で、好戦的かつ短絡的な思考傾向だって情報もあったな。」

 カイクハルドを見つめ返しながら、ジャラールが応じる。両者の視線に、探るような力が籠った。

「ほほう。『ファング』の情報網か?それが正確なものだとしたら、大した収集能力だ。そして、それが正確なら、わしとアウラングーゼ殿の策は図に嵌るだろうな。」

「策?つまり、フマユン・ハイマークを振り切る為の策として、アウラングーゼはここを攻めるわけだな。」

 それ以上深く、カイクハルドは問わなかった。具体的内容を聞かなくても、ジャラールとアウラングーゼが仕組んだ策ならば、万に一つも仕損じる可能性などない、と確信していた。特に、相手が猪突猛進タイプの将ならば尚更だ。

 その情報も、当然カイクハルドは疑っていない。ビルキースが体を酷使してフマユン・ハイマークの頭脳や精神を丸裸にした成果は、彼の最も信頼を置くものだった。


 「シックエブ」のある「ノヴゴラード」星系を素通りして、アウラングーゼの部隊は「ヒルエジ」星系に直行した。テトラピークフォーメーションで「シックエブ」を包囲している部隊とは、たっぷりの距離を保ちつつ、まっしぐらに「レドパイネ」の拠点を突く動きだ。

 アウラングーゼ部隊の後を、フマユン部隊もピタリと付いて来ている。真後ろから「ベネフット」の進撃を督戦する構えだ。この宙域は「レドパイネ」が無人探査機を何百万個と散布してあるから、両部隊の動きは詳細に把握されている。

 ジャラールは、手下の千の部隊をアウラングーゼ部隊と拠点の間に展開し、迎え撃つ構えに出る。名門の大規模軍閥であるアウラングーゼの50艦を超える部隊が、10艦程度のジャラールの部隊に肉薄して行く。約30艦を率いて後ろから見詰めるフマユン・ハイマークにすれば、アウラングーゼの勝利を疑う要素など、見当たらない状況だ。さぞかしのんびりと督戦を楽しんでいるだろう、とカイクハルドは想像した。

 両軍はどんどんと近付き、散開弾の応酬が開始されても良いはずの距離となった。が、カイクハルドは、戦闘は起こらない、と分かっていた。ジャラールからは、詳しい説明はなかったが、彼の態度から、何となく予測が付いていた。

 フマユンの部隊には、全く予想外の事態だろう。自らはレーダー波も通信電波も出さず、アウラングーゼ部隊からの情報の受信に徹しているようだが、戦闘開始の様子も、敵味方がミサイルを発射した形跡も伝わって来ない状況に、首をかしげているはずだった。

 ジャラールとアウラングーゼの、両軍の距離は更に縮まり、プロトンレーザーの有効射程にも入ったかもしれない。散開弾どころか、一撃必殺の徹甲弾やプロトンレーザーをガンガン撃ち合っていなければ、不自然な距離だ。

 アウラングーゼ部隊からの情報に頼っているフマユン部隊には、詳細かつリアルタイムの状況は分からないだろうが、事態の異様さには気が付いているだろう。と言っても、アウラングーゼの裏切りを決定づける根拠も、持ち得てはいるはずはない。ただ黙って、事態を静観しているしかないだろう。

 ジャラールやアウラングーゼの部隊に向かっては、レーダー波も通信波も出さないフマユン部隊だったが、後方に向けては常時レーダー波を放っている。「シックエブ」を包囲している部隊が矛先を変え、「ヒルエジ」攻略部隊の背後を突いて来る可能性があったから。

 ジャラール部隊とアウラングーゼ部隊の距離が、プロトンレーザーの有効射程より遥かに短いものにまで縮まっても尚、フマユン部隊のレーダー波は後方にばかり向けられていた。アウラングーゼ裏切りの可能性を、この時点でも全く考えていない実情を想像させるものだ。

 敵同士であるはずの両軍が、もうじきすれ違ってしまうというほど接近した時、ようやくジャラールの部隊からミサイルが発射された。しかしそれらは、アウラングーゼの部隊を大きく迂回し、その後ろのフマユン部隊に殺到して行った。

 後方ばかりを警戒し、前方の様子はアウラングーゼ部隊からの情報に頼っていたフマユン部隊は、対応がかなり遅れた。ミサイルに気付くのも遅かったし、気付いてからも、当然アウラングーゼ部隊が迎撃するものと思い込んでいたのだろう。

 遥か彼方から、しかもかなりの遠回りをしてやってきたミサイルだから、普通ならば迎撃は容易なはずだったが、フマユン部隊は金属片のスコールを浴びた。

 それでも大半は、爆圧弾で弾き飛ばす事ができていた。フマユン部隊の戦闘艦に叩き付けられたのは、金属片全体の2割くらいだった。損傷は大きくない。修復にも時間はかからない。深刻な被害は、ほとんど生じていなかった。

 だが、金属片群による遮蔽効果と、その後の金属片を浴びた影響による一時的で部分的な索敵能力の欠損が、幾つかの重大事項の見落しに繋がった。

 一つは、アウラングーゼ部隊がジャラール部隊と、一戦も交えずにすれ違ってしまった事だ。ジャラールの部隊を素通りしてその後方に出たアウラングーゼ部隊は、そこにあったタキオントンネルターミナルを使ってどこかへの移動を開始している。設置したのは、当然「レドパイネ」陣営だ。

 ジャラール部隊に一発のミサイルも撃ち込むことなく、ジャラール部隊からも攻撃されず、更にジャラールの後方でジャラールが設置したタキオントンネルターミナルを使って、移動して行っている。その状況を目の当たりにして、ようやくフマユン部隊も、アウラングーゼの裏切りに気が付いたらしい。アウラングーゼに向けた通信電波で、ユマユン・ハイマークからは様々な言葉が投げかけられた。問いかけの言葉に始まり、説得の言葉もあれやこれやで、そしてしまいには罵詈雑言を大連発、と百花繚乱だった。

 もう一つ見落していたのは、シヴァース部隊の接近だ。正面のジャラール部隊とも、後方で「シックエブ」を包囲している部隊とも異なる方向から、彼等の部隊は接近して来たので、彼等を運んだタキオントンネルをフマユン部隊は観測し損なっていた。さらに、散開弾攻撃により索敵が十分に実施できない間に、タキオントンネルから脱したシヴァース部隊はフマユン部隊に肉薄を果たしていた。

 アウラングーゼの裏切りがはっきりした時点で、フマユンはその事態を軍政に連絡しなければならなかったが、シヴァース部隊の突如の接近に色を失ったものか、それらしき電波の発信は観測されない。ジャラールの散開弾に適切に対処していれば、アウラングーゼの裏切りにもシヴァースの接近にももっと早く気付けて、軍政への通報も応戦態勢の構築も可能だったはずだが、督戦するだけだ、と油断し切っていたツケは髙く付きそうだ。

 シヴァースの座乗艦は、中型戦闘艦だった。以前は小型戦闘艦を改造した、戦闘艇の大量輸送に特化した艦に座乗していた。戦闘艦同士での戦いには、不向きな艦と言えた。だが、今は中型戦闘艦だ。プロトンレーザー砲の装備もあり、艦対艦の撃ち合いに対応できる。

 彼の艦は、先頭を切ってフマユン部隊に切り込んでいた。相変わらず、怖れを知らぬ勇猛果敢な武者振りだ。普通なら散開弾の応酬などが行われているはずの距離に迫っても、沈黙したままただ突っ込んだ。

 フマユン部隊の方が、先に攻撃した。接近に気付くのが遅れた彼等は、相当に焦って迎撃を開始したらしい。先ほどの散開弾の影響で、索敵が十分回復していない状態に加えての慌てふためいた攻撃なので、ミサイルはやたら遠回りの軌道を描くし、プロトンレーザーも明後日の方向に飛んで行くし、と情けない限りの拙攻となった。

 それでも、直撃を受ける可能性が無くは無いのに、無防備な突撃を敢行するシヴァースの度胸は半端なものではない。ランダムな蛇行を実施し、命中率を大幅に下げているとはいえ、危険な事この上もない状況だ。遠回りのミサイルをレーザーで苦もなく始末しながら、プロトンレーザーもミサイルも発射せずに前進する。

 決して無理をするような場面ではないはずなのだが、シヴァース部隊は意を決したように危険を覚悟の突入を仕掛けている。そして、フマユン部隊に十分ににじり寄ったところで、狙いすましたプロトンレーザーの一撃を加えた。

今回の投稿は、ここまでです。 次回の投稿は、 '19/8/10 です。

マリカという登場人物に関しては、事前の構想段階では全く念頭になく、本文の執筆をしている最中に思いつきました。もともとは、ビルキースの仲間の女たち数人を登場させ、相談しあったり励ましあったり、なんて場面を描いたりするつもりだったのですが、書きながら突如ひらめいたマリカというキャラクターに、ビルキースの相手をすべて押し付けてしまいました。ビルキースも何百人の組織を束ねる存在なのだという部分の表現が不足気味になったかもしれませんが、ビルキースをより人間的に見せる効果が、マリカの登場にはあったように感じています。マリカがビルキースをマッサージするシーンも、この場面を描く段階で前触れもなく思いついた感じだったのですが、今となってはかなり気に入っています。ビルキースに人間味が出ただけでなく、彼女と連なるカイクハルドやアウラングーゼやターンティヤーにも、人間的な魅力をプラスする効果があったのじゃないか、なんて自画自賛しています。ただの自意識過剰or勘違いかもしれませんが。ちなみに、作中では敢えてマリカの容姿は描写しませんでしたが、作者のイメージの中では"ぽっちゃり型"です。というわけで、

次回 第81話 勝機の到来 です。

シヴァースの一撃の結果、アウラングーゼの動き、それらに続いて上記のサブタイトル。次回に向けて、思いを巡らせて頂くべきことは、盛り沢山です。それに、勝つだけではないカイクハルド達の目的を考えれば、さらに想像の対象は広がっていくはずなのです。長い長い物語の、いよいよクライマックス到来といった状況です。是非、ご一読を!

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