第79話 同盟締結
投稿日の入力間違えていました。7/27に御覧いただいた方には、大変申し訳ありませんでした。8/3で入力してしまっていました。7/31に、ようやく間違いに気が付きましたので、同日の17時に投稿といたしました。以降、気を付けたいと思いますが、もしかしたら、また、やらかしてしまうかも。
名門軍閥の棟梁という威光を意に介する事も無いカイクハルドの横柄を、アウラングーゼ方でも意に介してはいないらしい。
「腹を割って、本音で話をしたかったのだ。ぞろぞろと大勢引き連れて来たら、聞ける話も聞けぬようになてしまうだろう?・・この者も」
案内をして来た男にチラリと目をやり、アウラングーゼは続けた。「ここまでの案内を任せただけの、つい最近知ったばかりの男だ。無論、わしの手下では無い。」
「良い度胸だな。」
正直なカイクハルドの見解だった。軍政中枢にいる者に対する、彼の思い込みを完全に崩壊させる行動だった。
「そちらも、たった一人仲間を引き連れただけで我が前に身を曝すとは、盗賊や傭兵との肩書を裏切る豪胆さだぞ。それとも、我が『ベネフット』ファミリーが舐められているのかな。」
「舐めてなんかねえさ。名門の大規模軍閥に1人で向かおうと百人で向かおうと、そっちがその気になりゃ、ひと捻りだ。こっちも、ぞろぞろと仲間を引き連れて来る意味はねえ。それに、コイツは」
カイクハルドも、シヴァースに一瞬の視線を向ける。「俺の仲間じゃねえ。皇帝側の意向を代弁する者として、俺の判断で伴って来たんだ。」
「ほう、この若者が、皇帝側の代弁者・・」
無感動に眺め回すようなアウラングーゼの眼だが、奥底に垣間見える洞察の鋭さは、鬼気迫るものがある。この一瞬で、どれ程の情報を引き出している事か。眼光だけで何もかもを見透してしまいそうな気配を、カイクハルドは感じ取っていた。
「俺は、シヴァース・レドパイネだ。宜しく、お見知り置きを。」
虚勢という事も無いだろうが、シヴァースは精一杯の威厳を取り繕って、低く重たい声色で自己紹介した。
「おおっ!おぬしが、かの『シックエブ』突撃の猛者、『レドパイネ』の切り込み隊長、シヴァース殿か。そのような今を時めく傑物と、このような場所で合えるとは、実に光栄に思うぞ。なるほど、あれだけの事を成すのも頷ける面構えをしておる。うむぅっ、実に・・実に立派である。」
「えっ?ええっ?」
意表を突いた大絶賛に、取り繕った威厳は脆くも崩壊した。威厳が崩れても、アウラングーゼのシヴァースへの評価に変化は無いよだ。
「今や国中に知れ渡っている、あの『シックエブ』への寡兵での殴り込みは、詳細な戦況情報をわしも入手して、繰り返し検証をしたのだ。いやあ、あれは、実に、驚きを禁じ得ぬものだ。僅かな可能性を、しかし、決定的な戦果を得られる可能性を、どこまでも信じ抜いて疑う事をせず、どれだけ命が危険に曝されても、僅かにも臆する気持ちが起きない、そんな者にしかできぬ業だ。あの戦い一つを見ただけで、わしには断定できるぞ。おぬしは、真の勇者だ。」
親父にも聞かされた事の無いであろう褒め言葉の連続に、シヴァースはただ口をポカンと開け、顔を真っ赤に染めるだけだった。
「勇者と愚者は、紙一重だけどな。あの戦いで、俺達『ファング』もどれだけ被害が出たか。ジャラールの座乗艦も撃破されちまって、大変だったんだからな。」
「しかし、『シックエブ』には一撃を入れた。その事が、大きな潮目の変化を招いた。今や『レドパイネ』の手下には10万の兵がひしめいている、と聞かされておるが、それもあの一撃があったからこそだ。『シックエブ』首脳の心理の隙を突き、軍政側の不和を見抜き、しくじれば絶体絶命という危険を承知であそこまで深く切り込んだのだ。大したものであるぞ。」
腕を大きく広げ、シヴァースににじり寄って称賛の言葉を投げかけ続けるアウラングーゼ。今にも、シヴァースに抱き付いてしまいそうな勢いだ。
「い・・いやあ、そ・・そこまで言われると・・何となく思い付いて、やっただけで・・」
「何となく思いついた策に、即座に命を賭けられる、それこそ真の武人だ。」
「え・・ええぇぇ、そうかな、い・・いやぁああ・・・」
「おぬしも、シヴァース殿の勇猛さには一目置いておるはずだぞ、カイクハルドとやら。確かに手厳しい被害が出たのであろうが、もし、あの戦果が無く、軍政と『レドパイネ』の兵力比率がそれ以前のままで固定しておったら、そちらの被害は、もっと巨大なものになっていた可能性も髙いはずだ。それを想えば、その犠牲も無駄では無い。」
シヴァースとカイクハルドの間で、忙しく視線を行ったり来たりさせながらアウラングーゼはまくしたてた。
「確かに、あれで兵力比が逆転してなかったら、俺達は皇帝の防衛に向かえなかったかもしれねえ。下手すりゃ、皇帝が軍政に再捕縛されていたかもな。」
遠くに視線を巡らせながら話すカイクハルドを見る、アウラングーゼの眼が大きく見開かれる。
「そうだ。皇帝陛下だ。皇帝陛下は、いかがなされておられるのだ?おぬし達『ファング』の活躍もあって『ニジン』星系より脱出あそばされ、『カームネー』とかいう無名の軍閥のもとに身を寄せておられるとは聞いたが、詳しい消息は伝わって来ておらぬのだ。」
「ああ、元気だぜ。『グレイガルディア』じゃあ最高級と言って良い円筒形宙空建造物に居を定めて、身分にふさわしい豪華で快適な暮らしを楽しんでやがるさ。ギヤスへの討伐隊を俺達が追い払って以来、特にその身を狙う輩も現れねえから、平穏を脅かされる気遣いもねえしな。」
「円筒形の・・?それを、ギヤス・カームネーとかいう、無名の軍閥が提供したのか?なぜ、そんなモノを持てるのだ?名門で名を馳せる我が『ベネフット』ファミリーですら、そんなものは手にできぬぞ。」
「まあ、詳しくは教えられねえが、皇帝級の財を成す術くらいは、その気になれば、いくらでもあるんだよ。」
「それは・・」
また、アウラングーゼの眼光に鋭さが込められた。「お前達『ファング』とかいう戦闘艇団の力とも、関係があるのだろうな。いや、詳しくは言えぬはずだから黙っていても構わんが、銀河連邦も関与した、『グレイガルディア』では希少な知識や技術や人脈を、お前達は壮大な規模で使いこなしているのだろうな。」
黙っていて良いというアウラングーゼだが、その目は、言葉以外のあらゆる情報を見逃すまい、という意欲の光を湛えている。カイクハルドは思わず直視を避け、話題の変更を試みる。
「その皇帝のもとに、勅令を受け取りに配下を向かわせたんだろ?だったら少し待ってりゃ、皇帝の消息は、もっと詳しく分かるじゃねえか。で、勅令さえもらえば、あんたは軍政が倒れて帝政が復活しても、ある程度の地位と安泰は確保できるようになる。」
アウラングーゼの眼の色が、また少し変化した。鋭さはそのままだが、より差し迫った深刻さを溢れさせている。
「そうだな。そろそろ、本題に入ろう。」
ついさっき褒め千切られてタジタジだったのが嘘のように、シヴァースも視線に力を入れ直した。
「望むところだ。」
カイクハルドも姿勢を正し、そして尋ねた。「単刀直入に聞くが、あんたはどっちに付くんだ?軍事政権か、皇帝親政か、仰ぐ旗をハッキリさせる時だぜ。」
奥底を覗き込むようなカイクハルドとシヴァースの眼を、交互に見つめ返すアウラングーゼの目も、一歩も譲らぬ厳しさがある。
「そちら次第だな。軍政打倒において、我等にどんな役割を与えるか。そして、新たな体制において、我等にどんなポジションを用意するか。」
「無条件に、とは行かぬという事だな。」
警戒心と慎重さを、シヴァースは表情に露わにして呟いた。
「まあ、大軍閥の棟梁だ、あんたも。だから、背負うものの重さを考えれば、無条件なんてあり得ねえだろう。」
探りながら、確かめながら、という様子で、カイクハルドも言葉を紡ぐ。
軍政に留まるという選択肢は、もう彼には無いだろう、とカイクハルドは思っていた。50万の大軍が「シックエブ」を包囲し、更に兵力を増している程のうねりが生じている。ラストヤードが「エッジャウス」に向かう可能性も色濃くなっている。その上、皇帝の下へ、勅令を頂くべく配下を差し向けているのだ。この状況で軍政に留まり続けるのは、ファミリーの存続を危うくするはずのものだ。
だが、背負った軍閥の命運の為、将来の為、名誉の為、少しでも有利な条件を引き出そう、とするのはアウラングーゼとしては当然の事だ。実際にはあり得ない、軍政に留まる、というカードを交渉材料としてちらつかせつつ、彼は、武器を持たぬ戦いに果敢に挑んで来ている。
「だけど、所領の安堵と領民の安泰だけなら、それほど多く注文を付ける必要はねえはずだぜ。」
「それだけ、というわけには行かぬ。」
レーザー光線と化したかの如く、アウラングーゼとカイクハルドが、互いを眼光で射抜く。
「そうか。『グレイガルディア』でも有数の収穫を誇る広大な所領と、それを活用し切れるだけの領民、それでも、まだ不満か。」
「それは、ほんの一部だ。我が『ベネフット』の背負うものの内ではな。」
「何を望むんだ?」
痺れを切らしたように、シヴァースは切り込んだ。「まさか、『グレイガルディア』の最高統治者の座をよこせ、と言うのではないだろうな。皇帝親政では無く、『ベネフット』を中核とした新たな軍事政権を樹立する、などと・・」
「そんなもの、望みはしない。そんなものを樹立したところで、3日もせずに倒れるわ。」
「・・謙虚だな。」
少し勢いを削がれたシヴァース。
「その謙虚さで、何を求めるんだ?」
カイクハルドの眼光は、変わらない。
「・・・攻略成った後・・・・・」
眼前の2人の顔色を慎重に伺いながら、軍閥棟梁がゆっくりと告げる。「皇帝側勢力による攻略が成った後、宇宙要塞『シックエブ』の全てを、我が『ベネフット』ファミリーの管理下に置かせて頂きたい。」
「な、何ぃっ!」
「ほう。」
シヴァースは憤ったが、カイクハルドは興味をそそられた顔だ。
「我等『レドパイネ』が、どれだけの犠牲を払い、どれだけ強い想いで『シックエブ』の攻略を進めて来たか、おぬしも知っているだろう!俺が決死の突撃を敢行して一撃を入れた事も、先程お褒め頂いたが、あんなものは、ほんの一部なのだぞ。我が父が本拠地の『スランツイ』領域から『ルサーリア』領域に進軍して来るのにも、壮絶な量の血を流し危機的な苦戦も重ねて来たのだぞ。その『シックエブ』を、後から来た『ベネフット』が一人占めだと・・」
「まあ落ち着け、シヴァース。『レドパイネ』が『シックエブ』を管理したところで、何も得るものはねえだろう?お前の親父も、『シックエブ』の管理権なんか、望んでいたか?」
キョトン、という眼になったシヴァース。
「か・・管理権・・?管理下・・って言ったな。管理下に置くって事は、管理権をもらうって事・・・管理権って・・・何だ?どういうことだ?『レドパイネ』ファミリーに、全く取り分が無くなるって事では、ないのか?」
「攻略が成功した段階で、『シックエブ』の倉庫に糧秣や価値のある財産でも残っていたとすれば、それは『レドパイネ』やその傘下に馳せ参じた軍閥などで、山分けして良いんじゃねえか?なあ?」
言葉の最後で、カイクハルドがアウラングーゼを振り返ると、彼は小さく頷いた。
「倉庫に何か残っていれば、それらは全て、そちらの好きにしたら良かろう。」
「まあ、大したものは残ってねえと思うがな。多分現時点でも、ほとんどすっからかんになってるだろうな。」
カイクハルドの言葉の後も、シヴァースの目は、キョトン、のままだ。
「それで、アウラングーゼ殿は、何を手にしようとしているんだ。管理権って、何なのだ?」
「軍事政権の旗下にいた軍閥の半分に関しては、『シックエブ』にその情報が集積されている。各軍閥の所領がどこで、どんな範囲を知行してて、どれだけの収益があるかとか、どれくらいの兵や装備を持っているかとかの情報は、『シックエブ』に集中保管されているんだ。棟梁の所在場所も『シックエブ』じゃなきゃ分からねえし、連絡を付けるのにどうすれば良いかも、配下にどんな奴が居てどんな役割を任されているかも、しっかり把握できてるのは『シックエブ』だけだ。皇帝親政が復活したとして、体制の上では皇帝が最高統治者に返り咲いたとしても、『シックエブ』を通さなきゃ、それらの軍閥は掌握し切れねえって事さ。」
「つ、つまり、『ベネフット』が実質的な影の権力者になる、って事か。今の軍政で、ラフィー・ノースラインが飾り物の総帥にさせられ、ファル・ファリッジが実権を握っているように。」
警戒感も露わに、シヴァースは声を大きくした。
「そうでもねえさ。」
カイクハルドは、やんわりとした口調だ。「帝政貴族や皇帝シンパの軍閥も、『グレイガルディア』には多くある。まあ、4分の1くらいかな、『シックエブ』が管理下に置いてる軍閥っていうのは、この国全体から見れば。」
「4分の1なら、『グレイガルディア』の陰の支配者、って感じでもねえのか。でも、その4分の1に関しては、『ベネフット』が自由に動かせる、という事になるのか?」
「自由になど、動かせはせぬさ。」
シヴァースを落ち着かせる為か、アウラングーゼも声を低くした。「直接に各軍閥に指示を出したり、彼等と連絡を取ったりするのは『ベネフット』の手の者、という事になるが、最高権力者の意向を全く無視した号令を『シックエブ』から発したとして、各軍閥がそれに唯々諾々と従うはずもない。4分の1でさえ、『ベネフット』の意のままになるわけではない。」
「そ、そうか。ある一定の影響力は保持するが、決定的な実権を得るわけでもない・・ということか。それに、軍事政権で中枢にいた『ベネフット』なら『シックエブ』を管理化に置く事で影響力を発揮し得るが、『レドパイネ』のような、軍政で全く発言力の無かった弱小軍閥が『シックエブ』を抑えたとしても、影響力など持ち得ぬ。」
「そうだ。『レドパイネ』ファミリーにおかれては、帝政復活の折には、皇帝の御傍でもっと別の役割を受けられるべきだ。今、軍政の旗下にある軍閥の管理は、我が『ベネフット』ファミリーに任せて頂きたい。」
シヴァースに言葉をたたみ掛け、納得させようとアウラングーゼは図る。
「そうなると、今、軍政旗下にある軍閥には、皇帝の政府は全く口出しできなくなる・・のか?」
シヴァースは、目を回しているかのように頭を左右に振っている。
「全く、でもねえな。軍閥の所領内の、集落管理者の中にも皇帝シンパってのは大勢いる。領主といったって、所領の中の何もかもを把握できてるわけじゃねえ。かつては皇帝の意向で支配を任された貴族の管理下に、数百年の長きに渡って置かれていた集落がほとんどなんだ。未だに強い影響力を、皇帝は軍勢軍閥の所領内にも及ぼし得るんだ。」
「そう聞くと、『シックエブ』の管理権を得るってのは、あまり大した意味がないように思えて来るな。」
カイクハルドの説明で、シヴァースは拍子抜けした顔になった。
「皇帝の下で、『グレイガルディア』が平穏に治まればな。だが、もし皇帝親政が余りにも酷過ぎる悪政に陥り、軍閥等に怨嗟の声が広がったとしたら、『ベネフット』が『シックエブ』から号令をかける事で、簡単に政権を転覆させられる可能性が出て来るだろうな。」
「・・・なるほど、それが目的か。もし皇帝親政が悪辣なものだったら、『ベネフット』の力で、いつでも政権交代をさせられるように。」
カイクハルドからアウラングーゼに、シヴァースの視線は移る。
「正直、皇帝ムーザッファール陛下のもとでの治政には、わしは一抹の不安を抱いておる。陛下御自身より、その取り巻きの高級貴族共が信用できぬ、という方が正確かも知れぬが。」
「そうだよな。」
大きく頷くカイクハルド。「そもそも、横暴な貴族共に政治が壟断されたことで、軍閥に不満が募り、帝政は軍政に統治の実権を奪われるハメになった。帝政が復活したら同じ事が起こるだろうって考えるのが、筋ってもんだ。」
「確か親父殿も、同じことを心配されておられた。だが、帝政に否を突き付ける権利を、『ベネフット』が独占するのか?」
「独占、という事にはなるまい。」
シヴァースの疑問に即応したアウラングーゼ。「帝政への不満が『グレイガルディア』に充満していない状況で、『ベネフット』だけで旗を振っても、帝政が倒れる事は無い。『シックエブ』の管理下にある軍閥を総動員できたとしても、この国の4分の1の勢力に過ぎぬから、帝政打倒を成し遂げるには不十分だ。」
「皇帝親政が『グレイガルディア』の大多数に不満を抱かせた場合にのみ、『ベネフット』に帝政打倒の号令をかける権能が生じる、という事か?・・そういう権能を『ベネフット』に握らせる、というのを受け入れて良いものなのかどうか、なかなか判断が難しいな。俺には、よく分からんぞ。」
「他に誰か、適任者の当てが、おありかな?シヴァース殿には。」
穏やかな声で、アウラングーゼは問いかけた。「それとも、帝政がどれだけ悪辣なものに陥ったとしても、それを覆す術が無くても良い、と思うか?誰かが、政権を交代させられる力を手にしておく必要がある、と思わぬのか?」
「ぬぬんんん・・」
腕を組んで考え込むシヴァース。「確かに、皇帝の統治が悪政に陥った場合への備えは・・・だが、それを『ベネフット』が・・・しかし、他の適任者など、俺には想像もつかぬし・・・ぬぬぬぬぬ・・・・ぬぬんんんんん・・・・・」
「帝政が悪辣だった場合の、反抗の狼煙を上げる役割は、俺にも『ベネフット』以外にはねえ、と思えるな。」
「そ・・そうか。」
カイクハルドの意見を聞き、シヴァースが表情を少し緩めた。「だが、ムーザッファール陛下の治政で不満が高まったとして、それでいきなり、帝政打倒の旗を振るのは止めて欲しい。カジャ様にも、チャンスを与えて差し上げて欲しい。」
カジャの下で長く戦って来たシヴァースには、それは当然の想いだろう。
「うむ、そうだな。それは当然の主張だ。カジャ様の治政を見てみる機会も無しに、いきなり帝政に否を突き付けるのは、間違いなく拙速だな。」
大袈裟なくらいに大きく頷きながら、アウラングーゼは応じた。「それはこのアウラングーゼ・ベネフット、命を懸けて約束しよう。ムーザッファール陛下治政でどれだけ不満が高まっても、わしが責任を持って各軍閥を説得し、カジャ様への譲位を迫る以外の反発行動は、決して起こさせぬ。だがもし、カジャ様の治政でも不満が高まるようなら、その時は、反乱の旗を振るかもしれぬがな。」
「カジャ様なら、大丈夫だ。俺が傍に付いていて差し上げられる。横暴な貴族共がカジャ様を言いくるめようとしたって、この俺が必ず阻止して見せるぞ。」
「ふふっ、ずいぶん自信があるのだな。なぜ自分なら、貴族の横暴を食い止められる、と思われるのだ?シヴァース殿。」
視線をやわらげ、アウラングーゼは問いかけた。
「そ、それ・・は・・・それは・・・、それは、俺が、何も知らないからだ。何も知らない、という自覚があるから、貴族が何を言っても、その真相を、自分自身で確かめるまでは、決して信用しない。自分の脚で各地を巡り、自分の目で見て回り、自分の耳と口で人々と議論をして、その上で得た知見をカジャ様にお伝えする。俺がそれをきちんとやれば、カジャ様の治政が悪政に陥る事など、無いはずだ。」
「あははははははは・・・」
シヴァースの言葉に、思わず破顔し笑い崩れたアウラングーゼ。自分の発言が失笑を招いたのかと、シヴァースは赤面しつつも身構えたが、直ぐに真顔に復してアウラングーゼは言った。
「ならば、改めてシヴァース殿の前に誓約致そう。カジャ様の治政が悪政に陥らぬ限りは、どんなことがあっても帝政に反旗を翻したりはしない。帝政に従わぬ軍閥は、わが身を投げ出してでもこの私が抑えて見せる。ムーザッファール陛下の治政だけで帝政を評価する事も、絶対にせぬし、誰にもそれをさせぬ。」
「約束・・か・・、でもそれは、口約束にしかならぬな。し・・信じて、良いのか?」
後半は、カイクハルドに視線を転じてのシヴァースの言葉だった。
「そんなもん、理屈じゃねえだろう。お前の目でアウラングーゼを良く見て、自分で判断しやがれ。」
「お・・・応っ。」
真っ直ぐに、シヴァースがアウラングーゼを見詰める。
真っ直ぐに、アウラングーゼがシヴァースの視線を受け止める。
視線以上に真っ直ぐな何かが、若い2人を繋いで行くのが、カイクハルドには見えた気がした。
「初対面だが、そんなところで嘘をつく男じゃねえ、と俺は見たぜ。軍閥共を抑えるってのも、『ベネフット』以外にやれる奴はいねえ、と思うしな。」
背中を押すように、カイクハルドはぼそりと言った。
「信じるしか、無いということか・・・むむむ。」
一旦カイクハルドに視線を移したシヴァースは、引き続きアウラングーゼの顔をじっと見た。アウラングーゼも、視線を微動だにさせる事無く、落ち着き払ってシヴァースを見つめ返している。
カイクハルドは、2人の横顔を代わる代わる見ていた。これからの「グレイガルディア」に、何やら少し、明るい光が差して来たように感じた。
皇帝もカジャも、完全には信用し切れていないカイクハルドだったし、高級貴族共に関しては、間違いなく帝政復活が成り次第、私利私欲を追求する為に皇帝を囲い込む動きを見せる、と確信していた。
だが、この2人が政権の中枢近くで目を光らせているなら、もしかしたら、皇帝親政の下で、「グレイガルディア」に安寧が訪れるのかも知れない。
(いや、ひょっとしたら、この2人が皇帝親政の、その次の時代を、次の統治の体制を、切り開いて行くのかもしれねえ。)
大した根拠も無い、予感めいたものを、カイクハルドは夢想していた。
「・・・分かった。」
長らくアウラングーゼの眼の奥を覗き込んでいた、シヴァースが言った。「信用するぜ。『シックエブ』の管理は、『ベネフット』に一任するとしよう。その為には、自然にそうなるような形で陥落させる為に、『シックエブ』攻略の作戦を練らねばならぬわけだな。」
「そうか。信じて頂けるか。『シックエブ』突撃の猛者に信用されるとは、こんなに鼻が高い事は無い。わははは、嬉しいぞ。」
お世辞でも大袈裟でも無く、本当に嬉しそうに、アウラングーゼは笑って言った。
「いやいや、猛者・・など・・」
シヴァースも、頭を掻きながら笑みを浮かべる。
初対面の2人だが、何か深いところで気脈の通じた気配が感じられる。眩し気に目を細めて、カイクハルドは彼らを見詰めた。
「だが、プラタープ・カフウッド殿は、この条件に賛同して頂けるだろうか?」
やや表情を改めた、アウラングーゼの発言だ。「彼の御仁にも納得して頂かねば、事は上手くは運ぶまい。『シックエブ』陥落に功が無かったとしても、軍政打倒への彼の貢献は万人の知るところだ。その彼が、『ベネフット』による『シックエブ』管理に異を唱えるような事があれば、わしにも手に余る事態になるやもしれぬ。」
「ああ、それなら大丈夫だ。」
心配そうな彼の言葉に、きっぱりとカイクハルドは応じた。「あの旦那は、軍政打倒後の体制には、口を挟むつもりはねえらしいからな。『シックエブ』の管理権なんぞ、知った事じゃねえだろう。ただ、もしムーザッファールもカジャも悪政に陥ったとして、『グレイガルディア』中の不満を背景に『ベネフット』が帝政打倒に動いた場合には、あの旦那は、どこまでも徹底して帝政の側に立ち続けると思うぜ。」
「一時悪政に陥ろうと、どれだけ帝政への不満が『グレイガルディア』に満ちようと、この国を治められるのは皇帝一族以外にあり得ない、とお考えなのか。確かに、それも一理はある。この国に深く根付く、皇帝一族への敬慕の念を想えば、そうなのかもしれぬ。」
「だが、帝政打倒の芽を事前に摘んでおく、なんて事はしねえな、あの旦那は。ただ、皇帝と運命を共にする覚悟を決めているだけだ。『グレイガルディア』の全てが帝政を見限る日が来たなら、皇帝と共に自分も滅んで行こうって考えてんだ。」
「なんと、潔の良い。それもまた、軍閥としての美学だな。御立派だ。感服致す。場合によっては我等『ベネフット』とも、敵として見える時も来るのかも知れぬが、そうなったとしても、プラタープ殿への敬服の念は変わらぬだろう。なぜか私は、敬服する方に不幸をもたらす運命に、あるような気がしてきたぞ。」
遠くを見たアウラングーゼの目は、底知れぬ哀愁に満ちていた。
「ラフィー・ノースラインの事か?」
低く、カイクハルドは尋ねた。
「うむ。・・あのお方も、あくまで軍政と運命を共にされるだろう。軍政が倒れる時は、あのお方も共に滅びるのだろう。心より敬服し、これまでの並々ならぬ心遣いに感謝もしているのだが、わしはあのお方を、破滅に導かなければならぬ運命なのだ。プラタープ殿までこの手で破滅させる事態には、ならない事を祈るばかりだ。」
しばらく3人は、沈黙の中に身を置いた。未来に、明るい予感と悲劇の予感を、同時に感じていた。激動の「グレイガルディア」において、誰と誰が敵対する運命なのか、誰が誰を滅ぼす苦役を担うのか、予測は付かない。その激動の果てに、「グレイガルディア」に安寧は訪れるのか、各軍閥や民衆は平穏の時代を迎えられるのか、それも分からない。
そして、「アウトサイダー」が救われる時代は、来るのだろうか。カイクハルドは、それも考えないわけには行かない。
(まあ、いずれにせよ、「ファング」はどっかで、無惨な最期を迎えるんだろうがな。盗賊団兼傭兵団だからな、しゃあねえよな。散々、襲って殺して奪って犯して、なんてことを繰り返して来たんだから、当然だ。だが、それが、「アウトサイダー」が救われる未来に繋がらねえなら、死んでいった奴等は本当に犬死だ。俺が、犬死させた事になっちまう。地獄に落ちたくらいじゃ、許されねえだろうな。)
「とにかく、話は決まったな。」
沈黙を破って、カイクハルドが声を高く告げた。
「うむ。改めて宣言させてもらおう。我が『ベネフット』ファミリーは、皇帝陛下の御旗を頂き、軍事政権打倒へと参陣いたす。」
胸を反り返らせた言葉を受けとめ、シヴァースも張り合うかのように胸を反らせた。
「確かに、承った。」
そう告げると、途端に姿勢を崩して、先を続けた。「それで、これから、『ベネフット』に管理権が握られる形で、『シックエブ』を陥落させる策を練るんだな。親父には、その内容で報告しておくぜ。今『シックエブ』を包囲している兵力に、大規模軍閥である『ベネフット』の軍勢が加われば、十分にそれは可能なはずだ。具体的な段取りは、戻ってから親父と詰めるが、難しい事は何も無いだろう。互いに、いつでも連絡を取り合えるようにだけは、しておきたい。」
「無論だ。『ヒルエジ』星系の『レドパイネ』の拠点に、定期的に密使を送ろう。タキオン粒子による超光速の通信回線も、いつでも開ける態勢を整える。まずは『シックエブ』陥落と軍事政権打倒に、共に死力を尽くそうではないか。」
アウラングーゼが手を出した。シヴァースがその手を握った。2人だけに固い握手をさせて置けば良いか、と黙って眺めていたカイクハルドだったが、2人に誘うような目で見つめられると、柄じゃない、と言いた気な顔を浮かべつつ、2人の手の上に自分の手を置いた。
文字にもしないし言葉にも出さないが、軍事政権打倒へ向けての、「ベネフット」と「レドパイネ」と「ファング」による、軍事同盟が成立したのだった。
今回の投稿は、ここまでです。 次回の投稿は、 '19/8/3 です。
国の行く末を左右する重要な会談、なんてものに立ち会った経験は作者にはないので(ほとんどの人にもないでしょうけど)、ここの描写にも苦労しましたし、こんな感じでよかったのかにも、確信は持てていません。秘密会談とはいえたった3人(アウラングーゼを案内して来たヤツは除く)での話し合いというのも不自然な気がして、もう何人かは加えてもよかったようにも思いましたが、あまり膨らみすぎて長くなるのも嫌だったし、数ページ程度に収まるサイズにもしたかったので、不自然覚悟で3人にしました。こういう時のために、アウラングーゼの配下のナラシン・ハイトなんてキャラクターも過去に登場させてはいたのですが(誰も覚えてないかもしれませんが)、使えませんでした。クンワール・カフウッドやヴァルダナあたりも参加させてもよかったように思いますが、人数の多い会話は書くのも滅茶苦茶しんどいので、バッサリ切り捨てました。戦後の体制への不安や、それへの備えなども含めた会談だった、というのが伝わっていれば、嬉しく思うのですが、どうでしょうか?というわけで、
次回 第80話 策応と叛意 です。
軍事同盟が成立したので、上記のタイトルも当然なのですが、いよいよ「ベネフィット」が参戦し、「レドパイネ」と共闘しての軍政打倒を目指すことになります。ここからの展開は予測しやすい、とお考えに読者様には、予想外の展開になっているかもしれませんから、是非お見逃しなきようにお願い申し上げます。ただ勝つだけが目的ではない「ファング」等の戦いを、見届けて下さい。




