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銀河戦國史 (アウター“ファング” 閃く)  作者: 歳越 宇宙 (ときごえ そら)
第6章  攻略
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第77話 悲壮な決断

「おい、トゥグルク。一刻も早くシヴァースの奴と連絡を取って、何でここにいるのか聞き出しておいてくれ。あいつのせいで、また、ラーニーを抱き損なったじゃねえか。」

「・・・いや、だから、抱きゃあ良いじゃねえか。熟成がどうこうって阿呆な理屈は、誰のせいでもねえだろ。今回も全裸にして馬乗りになっていやがるんだろうけど、そこまでやっといて中断するのなんぞ、お前が異常すぎるだけなんだぞ。」

 トゥグルクの筋しか通っていない突っ込みを背中で無視して、カイクハルドはベッドの上を這っていた。せめて、服をあちこちに投げ散らかすのは、止めておけば良かった、と真剣に悔やむ。拾い集める時間が、虚しすぎる。

「お前の分は、自分で拾えよ。」

「言われるまでもありません。」

 悔し紛れか照れ隠しかで、そんな無体な言葉を吐き捨てて、カイクハルドは寝室を飛び出した。逃げ出した、と言った方が正確かも知れない。

 航宙指揮室にたどり着くと、シヴァースとのやりとりは終了していた。

「要塞包囲に関しては、シヴァースには出番がねえらしい。手柄を求める軍閥共が、我勝ちに最前線を希望し、ジャラールもそれを聞き入れてる状況だって話だ。それで、『ルサーリア』周辺を荒らし回ってる軍閥がいるって情報も届いていたから、このあたりの巡回警備を、ここしばらくずっとやってたらしい。父親から譲られた、元『アウトサイダー』の寄せ集め兵の部隊を手勢として率いてな。」

「そうか。」

 その説明で、カイクハルドもやや納得した顔になる。「沢山集まった軍閥の1つ1つに、それなりの花を持たせてやらなきゃ、いけねえのか、ジャラールの旦那は。その分、仕事の無くなったシヴァースが、こんな所にはみ出して来るわけだ。」

「後から集まった軍閥共なんか、適当に扱っておけば良いんじゃねえのか?」

と、トゥグルクは不満気な呟き。

「軍政打倒もここまでくると、戦後の手配にも頭を巡らせねえわけには行かねえ。『レドパイネ』ばかりに手柄が集中しちまったら、戦後の体制も(いびつ)で無理のかかったものになっちまう。戦後の安定を目論むなら、今の内から手柄の公平な分配に気を使う、ってのも重要な課題だ。」

「へええ、そんなもんなんだな。それをきっちりやるあたり、ジャラールの旦那も抜け目がねえな。しかし、あの軍閥が逃げ出した理由は、相変わらず府に堕ちねえな。」

「ああ、それか。ここに向かう途中で考えたんだが、あの軍閥にすれば、皇帝直轄軍に立ち向かって行って全滅する分には、それなりに恰好が付くから、餓死で全滅するよりは、そっちを選ぶつもりになれたんじゃねえかな。だが、シヴァースの部隊に全滅させられたんじゃ、命だけじゃ無く、面子まで丸潰れになっちまう。卑しい弱小軍閥の部隊でしかねえし、それも、棟梁じゃなくその小倅(こせがれ)となれば、ファミリーの名誉に傷が付く事甚だしい。」

「なるほど。命よりも名誉を重んじる軍閥にすれば、皇帝に全滅させられるのは餓死よりマシだが、シヴァースの部隊に全滅させられるよりは、餓死の方がマシだったわけか。しかし、全滅させられなけりゃ、良いんだろ。たった10艦のシヴァースの部隊だから、戦って勝つ事を考える方が、当然なんじゃねえのか。」

「ところがだ、シヴァースは『シックエブ』に一撃入れた立役者だぜ。あの事件は、既に『グレイガルディア』中に知れ渡ってる。『シックエブ』防衛の大軍団を相手に、要塞に一撃を入れる道を切り開いたシヴァースだ。10対16でも全滅させられそうだって懸念するのは、無理もねえ。」

「シヴァースの身分の低さと、『シックエブ』での派手な戦果が、敵に逃亡の判断をさせたわけか。負けそうだし、負けたら恰好が付かねえ相手だから。」

「そう考えると、シヴァース以外には、奴等が逃亡を判断するような相手はいなかったのかもな。もう少しでかい軍閥だったり、『レドパイネ』でも棟梁のジャラールが率いた部隊だったら、全滅覚悟で挑んで行ったかも知れねえ。『ファング』を撃破して、ここの物資を強奪して補給を済ませた上で、全滅覚悟の戦いに打って出た可能性は髙い。シヴァース部隊と同戦力でも、他の奴が率いて居たら、やはりあの軍閥は戦う方を選んだだろう。シヴァースだけが、敵に逃亡を判断させ得る存在だったかもしれねえ。」

 そのシヴァースが、絶妙なタイミングで彼らのもとに現れた。ラーニーを抱こうとした正にその直前に、敵を逃亡させ「ファング」を救い得る唯一の存在が現れた。偶然や奇跡という言葉では、納得のしようも無い出来事だ、とカイクハルドは思った。

(本当に、あいつ、一体、何なんだ?)

 本人に尋ねても「知りません」しか帰って来ないような問いかけが、彼の頭にはいつまでも渦を巻いていた。

 が、しばしの物思いから脱すると、彼はトゥグルクに尋ねた。

「シヴァースの奴と、まだ話せるか。」

「ああ。呼び出そう。」

 少しして、

「シヴァースだ。何か用か?カイクハルド。」

と、若い声が帰って来た。

「おう、シヴァース。元気そうだな。ちょっと頼みがあるんだ。まあ、別に嫌ならいいんだがよ、さっき逃げて行った軍閥を追いかけて行って、集落から連れ去った領民を置いて行かねえと、全力でどこまでも追撃するって、脅しをかけてみてくれねえか。」

「追撃?あんな軍閥を追撃して、何か良い事あるのか?こっちより数は多いから、追撃するとなればリスクも手間も、少なくはねえんだが。」

「いや、本当に追撃しなくて良い。向かってくるようなら、尻尾丸めて退散してくれて構わねえ。ただ、ひと言だけ脅しをかけてくれれば。領民を取り返して集落に恩を売っときゃ、後々俺達の拠点として使いやすいだろ?」

「そうか。少しでも快適に利用できる拠点が、一つでも多いに越した事はねえな。よし、任せとけ。」

 そう言った3時間後、「ソコル」星系第4惑星軌道上の集落に停泊したシヴァース部隊の戦闘艦から、連れ去られていた集落の若者達が続々と降りて来た。全員とは行かず、半分くらいは既にどこかへ売り飛ばされてしまっていたり、戦闘や過酷な労役の為に命を落としていたりしたが、それでもあきらめていた若者の半分が帰って来た事は、集落の者達を喜ばせた。涙と抱擁の再会劇を、ラーニーも眼を潤ませて見つめていた。

 それによってカイクハルドは、ラーニーに対して何かの埋め合わせをした気分になったのだが、何の埋め合わせをしたのかは、良く分からなかった。

「マッカリ卿は、数日後には、ここに戻って来るらしいぜ。」

 連れ去られていた領民を帰還させたシヴァース部隊が去って行って少しした頃、トゥグルクがそんな報を入れる。

「どの(つら)下げて、戻って来るんだか。」

「恨み言の一つも、ぶちまけるか?」

 仏頂面でぼそりと零したカイクハルドを、トゥグルクが横目で見て言った。

「別に、俺達を置いてきぼりにした事への恨みはねえさ。盗賊団兼傭兵団なんだ。そんな扱いは、分相応ってもんだ。だが、一軍の司令官が、部隊を放り出して1人で逃げるってのは、最悪だな。しかも、2千を相手に2万の軍の長が逃げたんだ。見苦しいったらありゃしない。」

「そんなんで、軍政打倒は成せるんだか、だな。」

 トゥグルクは憂慮の顔を見せたが、

「そっちは、大丈夫だろう。」

と、カイクハルドは小さく微笑んだ。「あんな連中は、初めから戦力としてはカウントしてねえさ。『シックエブ』を遠巻きに包囲するだけで、直接の攻撃には参加しなくても良いんだ。だが、皇帝親政が復活した暁には、あいつが新政府の正規軍を率いるんだぜ。敵前逃亡の前科のある奴に、政府軍の兵士がちゃんと従うんだろうか、って心配になるな。」

 皇帝親政の下で「グレイガルディア」が安泰に治まらないようなら、更なる戦乱がこの国を苦しめるかもしれない。皇帝の為、と戦って散って行った数多の命も、報われない。その親政の(かなめ)となるべき近衛隊長候補のこの体たらくは、実にカイクハルドを不安にさせるものだ。

「だけど、そんなのは、盗賊兼傭兵の俺達が口を挟む問題じゃねえな。皇帝親政が気に入らなけりゃ、またぶっ壊すだけだ。あいつに告げるべき小言なんぞ、俺達にあるわけもねえ。けど、あいつの面を拝むのは、できれば御免こうむりてえな。あいつが戻ってくる前に、『シュヴァルツヴァール』を発進させられるか?」

 カイクハルドの問いに、少しコンソールをいじったトゥグルクが答えた。

「・・そうだな。ここの集落の支援もひと段落付いたようだ。若いのも大勢帰って来て、人手不足も解消してるしな。少しパイロット達を急かせれば、マッカリの帰還までには間に合いそうだな。で、どこに行くんだ?ジャラールの旦那のもとに、直行するか?いよいよ、『シックエブ』攻略のクライマックスだろう。」

「まあ、そうなんだが。その前に、楽しい報せが届くような気がするな。面白い話が、持ち上がって来ると思うんだ。」

「楽しい報せ?面白い話?何だ、それ?どっから来るんだ、そんな報せが?」

「俺達に楽しい報せを持って来るのは、たいていあいつじゃねえか。」

「・・・それって、ビルキースか?」


「・・・これが、ビルキースか。」

「ふふっ、御満足、頂けましたでしょうか?」

 ベッドを背にして立ち上がった、アウラングーゼ・ベネフットから声を掛けられ、全裸のビルキースが仰向けのままで微笑んだ。

「うむ。噂に違わぬ、素晴らしい味わいであった。こんなに満足した交わりは、わしには覚えが無いぞ。ボリューム感と繊細さが一身の内に、絶妙に融合している。最高の女だ。が、そう言うおぬしこそ、ずいぶんケロリとしておるものだな、ビルキースよ。」

「ふふっ、私も、大変に満足させて頂きましたわ。」

「わはははは。そうか。わしの伽役(とぎやく)を命ぜられた女は、たいてい廃人のようになるのだがな。どうもわしの趣味は、女達の精神に致命的な障害を与えるらしいのだ。」

「まあ、おほほ、御冗談を。あんなにも愉快な手管でしたのに。」

「あれを愉快とぬかすとは、おぬしも百戦錬磨だな。チョードリー・セーブリー殿が絶賛して推薦するのも、頷ける。あの御仁もお前は、相当に楽しませてやったそうではないか。」

 長い髪を引きずるように寝返りを打ったビルキースは、少し拗ねたような顔を作って見せた。振り返ったアウラングーゼを、上目遣いに見上げる。

「あの方こそ、女達を廃人にしてしまわれますわ。私の仲間も皆、真っ青な顔になってあの方のベッドルームから戻って来るのです。慰めて職場復帰させるのに、ずいぶん骨が折れたものでございますわ。」

「うむ、あの御仁は、男共にはきな臭い行動をそそのかしてばかりだし、女達は悪趣味な手管で責め苛んでばかりおられる。厄介なお方だ。だが、そのチョードリー殿の手管も、お前には愉快なだけのものだったのだな。」

「ええ、とっても。」

「わはははっ、ビルキースよ、可愛い女だな、お前は。わははは」

 目を細めて、しばしビルキースの鑑賞を楽しんでいたアウラングーゼが、やおら視線を遠くに移すと同時に、憂慮を湛えたものに表情を変えるのを、彼女は目にした。

「大きな戦に、臨まれるのでございますか。」

 心配気に見詰めるビルキースの顔は、アウラングーゼに会って以来、初めて見せる本心の発露だった。

「娼婦の身で、何を知っているのだ、お前は?いや、何もかも、知っているのだろうな。この『グレイガルディア』で起きつつある異変の、何もかもを。」

「まさか。ここ最近この『チェルカシ』星系をお通りの軍閥関係の方々は、皆様、プラタープ・カフウッド様の征伐など、大きな戦に臨まれる方々ばかりでしたから、あなた様もまた、そうかと愚考したまででございます。」

 納得の頷きを見せて、ビルキースの顔の近くに腰を降ろしたアウラングーゼだが、ビルキースの言葉をまるで信じていない内心は、彼女は先刻承知していた。

「プラタープ殿への征伐の命ならば、ただ無視してここで時間を潰せば良かった。つい先ごろまで、お前が相手を務めていた男のようにな。」

「まあ、ターンティヤー様の動きまで、逐一ご存知でしたのね。」

「知っていたわけではないが、分かっていたぞ。あいつが征伐に加わらずに、ここで時間を潰す事も、お前があいつに近付く事も。」

「あら、恐ろしい方。全てお見通しですのね。あなたに敵と定められた方は、どうあがいても、滅ぼされてしまうのでしょうね。」

「何を買い被っておる。が、まあ、滅ぼせる相手しか敵と定めぬように、とは常々考えておるな。無鉄砲に力押しするだけが武門の習いでは無い。その点は、ターンティヤー殿とは、わしは違うぞ。」

「随分と、ターンティヤー様を意識しておいでで。」

「あいつは今、こっそり本拠地に戻って、軍事政権に弓引く算段でもしておるのかな?」

 ジロリ、とやや鋭さを増すアウラングーゼの目。ニコリ、と愛くるしい笑顔で受け流すビルキース。

「そのような難しい話を、私が存じ上げるはずもございませんわ。ですけど、そのように考えておいでなのに、アウラングーゼ様が『エッジャウス』から出撃していらっしゃったという事は、ターンティヤー様の行動を黙認されておられるのでございますか?」

 互いの胸の内を、探り合う視線が交錯する。が、一見鋭いその眼の奥は、2人とも笑っている。ビルキースは、アウラングーゼが軍事政権打倒へと寝返る可能性を秘めて出撃しているのだと、アジタに聞かされている。ラフィー・ノースラインもそれを認識している、とも伝えて来ていた。

 だが、アウラングーゼがまだ決心を固めていないというのも、ビルキースには手に取るように分かった。彼女の心の奥に、決心の材料になり得る何かを探そう、としている彼の心情も。

「わしは、滅ぼす事ができぬ者を相手に戦うつもりは無いが、この国の安寧に繋がらぬ戦いもしたくはない、と考えておる。今、誰を戦いの相手と定めるのが最もわしの意に沿うものなのか、実に難解な問題なのだ。」

 娼婦を相手に語る言葉としては、あまりにも不用意であり、行き過ぎたものだった。彼が「シックエブ」防衛への参加を命じられて進軍している事も、ビルキースは当然知っている。誰を敵として良いか分からない、というアウラングーゼの発言は、既に軍政への背信を意味している、とも気が付いていた。

「皇帝陛下は既に『ニジン』星系を脱出され、陛下の勅令で召集された、皇帝直轄と呼び得る軍勢も、『ルサーリア』領域に着陣を果たしておられます。」

 アウラングーゼの行き過ぎともとれる発言を受け、ビルキースも、とっておきの情報を提供する決意をした。彼の言葉は、うっかりなどでは無く、ビルキースから何かを引き出す為の、計算ずくの背信的発言だった。それが分かるから、ビルキースも思い切って、自身にリスクを招き得る言葉を放った。

「こ・・皇帝陛下が・・・」

 ビルキースに向けられていたアウラングーゼの目が、カッと見開かれた。、「本当なのか、それは。既に『ルサーリア』に着陣・・・だと。おぬし、そんな事まで、知り得るのか。」

 動揺を露わにした、喘ぐような声だ。

 皇帝の脱出も、「バラクレヤ」星系での戦いなども、未だに軍事政権中枢には届いていない情報だった。国の命運を左右する一大事であり、ただの娼婦が知っているなど、あり得ないはずの重要情報だ。

「マッカリ卿の率いる皇帝直轄軍、皇太子カジャ様の軍、プーラナ・ミドホル卿の軍、全て合わせて40万が、『シックエブ』を包囲しつつあります。」

 娼婦がそんな報告をするのは、十分驚愕に値するはずなのだが、アウラングーゼにはそれどころでは無かった。そんなものに驚いていられない程の絶大な衝撃が、彼を襲っていた。

「よ・・40万・・だと。『シックエブ』に一撃を入れた『レドパイネ』の数万の軍勢も、未だ健在のはずだ。だとすれば・・・」

「数万ではありませんわ、アウラングーゼ様。あれから更に兵が馳せ参じ、10万を越えております、『レドパイネ』様の軍勢は。」

 顎が落ちた。アウラングーゼはもう、あんぐりの体だ。

「あの、戦巧者(いくさこうしゃ)の『レドパイネ』に、10万の軍勢。皇帝陛下やカジャ様達の、40万の軍・・。陛下が立たれたとなれば、まだまだ軍勢は拡大するはずだ。下手をすれば、百万を超える。・・もう、どうやっても止まらぬところにまで、来てしまったと言うのか、軍政打倒への、時代のうねりは・・」

 娼婦のこのような発言が真に受けられるはずは、普通は無いものなのだが、アウラングーゼは疑う事を知らない様子だ。ビルキースがただ者ではないとは、薄々見当が付きつつあるのだろう。

「それを迎え撃つはずの軍事政権の兵力は、数十万が『ギガファスト』に釘付けで動けません。これから『シックエブ』を守り抜ける戦力を、捻出できますかどうか。」

 ビルキースの言葉は、報告から説得に変わっているかもしれない。

「・・・選択の余地は、無いという事か。己が軍閥の生き残りを図るならば、もはや、帝政に付く以外に道は無い、と・・。チョードリー・セーブリー殿は、軍政打倒の旗をお上げになるつもりか?」

「いいえ。あの方は、あちらこちらの軍閥棟梁を()き付けておきながら、ご自身はぎりぎりまで日和見(ひよりみ)を極め込むつもりのご様子。それでも、軍政最期の瞬間には、皇帝親政下でそれなりの地位を得られるだけの働きをする算段は、巡らしておられるみたいです。」

「うむ。『シックエブ』と『エッジャウス』の丁度中間、という地の利を見込める所領を、お持ちだからな、チョードリー殿は。それを、最大限活用なされるのだろう。」

 卑怯とか身勝手などとは、アウラングーゼは全く思わないらしい。軍閥の棟梁として、自分のファミリーやその家臣や領民を守る為に、あらゆる策を巡らせるのは当然だ、と思うのだろう。他の軍閥から見れば、狡猾で油断のならない男であるチョードリー・セーブリーも、棟梁としての責任感や配下への思いやりは並の棟梁の遥か上を行く、と評価しているようだ。

「・・・苦しい、ご決断を、迫られておいでなのですね。」

 アウラングーゼの横顔に語り掛けた時のビルキースは、底なしに深い慈愛をその眼に溢れさせていた。軍政打倒に参加するにあたって、彼が切り捨てなければならないものの壮絶さを、ビルキースはアジタに聞いて知っている。

「大切なお方を、破滅に追いやらねばならぬのだ。わしの今の地位があるのも、暮らしがあるのも、名誉があるのも、全てはその方のおかげ。どれだけ感謝しても感謝し切れぬ恩義が、そのお方にあるのが、わしなのだ。」

 ラフィー・ノースラインに取り立てられ、財政的な支援も受け、軍閥を切り盛りする手ほどきも受け、有能な家臣を世話してもらい、不作の折には税が免除されるように働きかけてくれたりもした。ラフィーがいなければ、今の地位も暮らしも無いどころか、生きてすら、いられなかったかもしれない。

 とかく軍政上層部に反抗的な態度を見せる場面も多かったのが、若き日のアウラングーゼだった。前の総帥アクバル・ノースラインにも睨まれ、警戒される存在だった。それでも軍政中枢に居残って来られたのは、ラフィー・ノースラインの親身なサポートによるものだった。

 更には、アウラングーゼの妻は、ラフィーの妹だった。彼等は義兄弟でもある。身も、心も、血すらも、密接に繋がっている彼等だった。

 軍事政権打倒に動くという決意は、現在軍事政権の総帥であるラフィー・ノースラインの、喉元に刃を突き付ける行為だった。軍政が(つい)える時には、ラフィーも無事では済まないのだから。

 それでも、アウラングーゼはいざとなれば、軍政を裏切る覚悟を固めていた。彼も棟梁として、ファミリーを、家臣達を、領民達を養い、守り抜かなければならない立場だ。その為に必要とあれば、心を鬼にする決意からも、魂を悪魔に売る決断からも、一歩も退くつもりは無い。そう決めていた。

 が、いざラフィーに弓引く行動を起こす瞬間を目前にすると、動揺を覚えないわけには行かないだろう。

 それら全ての事情をアジタに聞かされ、熟知しているビルキースは、彼の苦悩の横顔を見るだけでも心が痛んだ。更には、彼の妻子が、アクバル・ノースラインのもとで人質として監視下に置かれている、という情報も、彼女には伝わっていた。軍政中枢から離反者が出る事態への警戒は、アクバルやファル・ファリッジも抜け目なく意識下に置いているらしい。

 しかし、その点に関しては、心配はいらなかった。アジタが既に、救出の手筈を整えている。アウラングーゼの裏切りが発覚するや否や、彼の妻子は安全なところに移動させられるはずだ。軍政総帥であるラフィーの協力も得られるアジタだから、万が一にも失敗することは無いだろう。

「お心の整理を付けるのは、簡単ではございませんのね。かねてより固めていた決意を、実行に移すのだとしても、いざ動く、という時には・・」

「・・うむ。私も、自分が、これほど弱い男だとは、思わなかった。こんなにも、踏ん切りの付けられぬ、優柔不断な男だとは。今ほど、自分を、情けなく感じた事は」

「いいえ、そのような事は」

 ビルキースのしなやかな指が、アウラングーゼの腕を捕えた。「私などには、何もできぬ状況だとは分かっておりますが、何かできる事があるなら、何でもして差し上げたい・・」

 ビルキースの露わな胸に倒れ込むアウラングーゼの所作は、子の母に甘えるそれに等しいものだったかもしれない。

「勇気を・・くれ、ビルキースよ」

「御存分に、思うままに、お使いください」

 彼はもう一度、彼女に挑んだ。激しく心と体を揺さぶる情熱が、大きな決断には必要だった。心の踏ん切りをつける為に、縛り付ける何かを断ち切るために、アウラングーゼはビルキースへの欲情を刃に変えるつもりのようだ。痛みをこらえて苦渋の決断を下す男を、ビルキースの吐息と髪が優しく包んだ。彼女の柔らかで温かな何かが、彼の一番痛い部分に最上級の心地良い愛撫を与えた。

「ターンティヤー殿は、どう動くのだ?」

 2回目の交わりを経たアウラングーゼが、腕を枕に使わせているビルキースに、先程もぶつけたような質問を繰り出した。先程ははぐらかしたビルキースだったが、今は、事実を余すところ無く語るつもりになっていた。

「軍政打倒の可否を、ファミリーの方々や、日頃密接に関わっている方々に御下問なさっておいでです。多くの賛同を得られると確認できたならば、軍政打倒の旗をお上げになるでしょう。」

「あの男にしては、慎重だな。もっと猪突猛進に動くか、とも思ったが、さすがに軍政を裏切るとなると拙速は避けるか。軍政から派遣された徴税官に領内を荒らされ、領民を連れ去られ、頭にきて無鉄砲に暴発するか、とも思ったが。」

「あの方は、直線的で、短絡的でもありますが、奥底には慎重で警戒心の強い部分もお持ちですわ。戦での勝ち負けや自身の生死には蛮勇を発揮なさりますが、ファミリーの結束や融和を乱さぬ事については、繊細に気をお配りになられます。」

「よく見ておるな、ビルキース。素晴らしい観察眼だ。確かに、あの男には、そういったところがある。ファミリーが軍政打倒で結束しないようなら、動かぬか。で、ファミリーが結束する可能性は、どのくらいだと思う?」

 すっかり胸襟を開き切った話し方を、アウラングーゼはするようになっていた。スパイとしてのビルキースの完全勝利、とも言えるだろうが、互いに信頼を勝ち取った、と捕える方が良心的だろう。

「それこそ、あなた様の行動次第だと思いますわ、アウラングーゼ様。あなたが軍政打倒に動いたとなれば、『ラストヤード』ファミリーも、軍政打倒で団結するでしょう。『シックエブ』攻略も、あなたの参戦が最終的な決め手になるはずです。」

「わしの決断や行動が、何もかもを決する、というのか。『シックエブ』の陥落も、ラストヤードの挙兵も、軍事政権の崩壊も、ラフィー・ノースライン閣下の破滅も、このわしの行動が、決め手に・・・」

 信頼感に和らいだ声の調子も、この瞬間には再び重いものになった。国の行く末という重圧を、初めて現実のものとして彼は実感しつつあるようだ。

今回の投稿は、ここまでです。 次回の投稿は '19/7/20 です。

アウラングーゼを始め、軍事政権側の人物や内情を、どんなタイミングでどんなボリュームで描いていくかは、実に悩ましい問題でした。今でも、こんな感じでよかったのかどうか、確信を持てていません。当初は、最低限の事情だけをササッと伝え、「ファング」の戦いにたっぷりと重心を乗せていくつもりだったのですが、思いのほかアウラングーゼという人物に行数をつぎ込んでしまったかもしれません。一方で、もっと詳細に描くべきだったのかもという思いも湧いています。なんせ彼のモデルとなった人物は、日本の歴史上では主役の座にいた偉人なわけですから。アウラングーゼが脇役であるのとは、正反対なのです。この物語が下敷きにしている古典が何かに気付いている方は、アウラングーゼが誰をモデルにしているかもご承知でしょう。その人物が、いつ何を考え、どんな決断をしたのかについては、色々な人が色々な意見を持っているでしょう。歴史の真実については、作者はさっぱりですが、アウラングーゼの決断を軽く取り扱うことはできませんでした。彼にまつわるくだりを、長く感じた読者様、物足りなく感じた読者様が、おられるかもしれませんが、作者もいまだに悩んでいるのです。彼の決断の重さだけでも、表現できていればいいなと思います。というわけで、

次回 第78話 極秘会談 です。

ビルキースの説得(?)もあり、アウラングーゼの決断も下されそうです。そして、上記のサブタイトル。誰と誰が?大雑把なところは、たいていの読者様がお分かりかもしれませんが、具体的かつ詳細な内容については、若干違っている方もおられるかも知れません。予測しつつ、想像を膨らませつつ、次回をお待ち頂ければ嬉しく思います。

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