第75話 皇帝直轄軍の出陣
ジャールナガラを敢えて無視するように、カイクハルドは口を開いた。
「じゃあ、そいつらを、一刻も早く『ルサーリア』領域に連れて行って、『シックエブ』に圧力を掛けないとな。」
「おいおい、カイクハルドよ。」
イシュヴァラが慌てたように、掌をカイクハルドにかざす。「いくら何でも焦りすぎだぞ。新鋭の戦闘艇やグレードアップした装備を使いこなすには、それなりの訓練期間が必要だ。今のところ、曲りなりにでも戦闘に注ぎ込める戦力は、2万程度だ。」
ジャールナガラも後に続いて、説明を繰り出す。
「防衛戦の前からマッカリ卿が鍛えた連中に加え、防衛戦直後の2日程で編成した部隊は、10日近い訓練で、なんとかそこまで持って来れがたな。それに加えて、何とか艦を動かす事ができる程度の兵をも含めて、5万ほどだ。それ以外は艦を動かすのもままならん。まだまだ、使える軍とは言えぬぞ。」
「じゃあ、動かせる程度の5万を率いて、マッカリに、『ルサーリア』へと向かわせよう。後の兵も、艦を動かせるくらいになり次第、1万ずつくらいの部隊で『ルサーリア』に送り出してくれ。」
「なっ?なんと・・そんなんで、大丈夫なのか?」
ジャールナガラは、呆れと心配を混ぜ合わせたような顔を見せる。
「未熟な部隊の戦闘参加となる上に、戦力の逐次投入という愚も、犯す事になってしまうのじゃないか、それでは?」
イシュヴァラも、カイクハルドに説教口調で告げた。
「戦闘になぞ、参加させるかよ。少なくとも『シックエブ』攻略にはな。だから、未熟でも逐次でも、何でも良いんだよ。とにかく少しでも早く、一人でも多くの“皇帝”の旗を掲げた兵で取り囲む事が大事だ。『シックエブ』に精神的プレッシャーをかけたり、軍政側の中枢軍閥に、潮目の変化を実感させるのが目的なんだからな。」
「実戦で役立てる気は、始めからないのか。あくまで、帝政復活に人心が流れている事を示す、パフォーマンスなのだな。」
ジャールナガラが得心したように呟くと、今度はカイクハルドが頷いた。
「今、中枢軍閥から成る大規模な増援が、『エッジャウス』から送り込まれようとしていて、『シックエブ』を守ってる連中も、それを頼りに、かろうじて動揺を抑え込んでる状態だ。そして中枢軍閥に離反を促すには、『エッジャウス』から『シックエブ』への移動中こそが、最大のチャンスなんだ。中枢軍閥から離反が出れば、一気に『シックエブ』を突き崩せる可能性が出て来るし、『シックエブ』を守る軍閥の更なる動揺も、敵が自壊する確率を高めるものだ。」
「兵を仕上げるより、機を逃さない方が先決、というわけか。」
イシュヴァラが、カイクハルドの方に身を乗り出す。
「そうだ。今という機には、兵は、質より量だ。」
「分かった。」
イシュヴァラは、納得顔で立ち上がった。「ならば、ギヤス殿やマッカリ卿、そして皇帝陛下に、その旨を言上して来よう。まずは5万の兵を、マッカリ卿に率いて頂き、可及的速やかに『ルサーリア』領域にまで連れて行って頂こう。」
「応、じゃあ俺は、『シュヴァルツヴァール』で根拠地に立ち寄って、補給や補充を済ませて『ルサーリア』を目指すぜ。寄り道したところで、あの大軍勢よりは俺達が先に着くだろう。いよいよ、『シックエブ』を陥落に追い込む決戦が、迫って来たぜ。」
「レベジン」領域の「ファング」根拠地は、マッカリ部隊の前進拠点を置いたのと同じ「バルイキ」星系のオールトの雲の中にあった。同じ星系と言っても、その距離は1光年近く有り、正確な座標を知らぬ者には見つける手段は無い。人の集住に必要な元素が十分に採取されない事から、“痩せた”星系に分類されているが、それは「グレイガルディア」の技術水準においての事で、銀河連邦から最新の技術を導入できる「ファング」根拠地は、この星系でも必要な元素はかなりの量を確保できていた。
といっても、決して裕福な暮らしでは無い。ここで取れるものだけで生活するとしたら、かろうじて餓死しない程度の最底辺の暮らしを余儀なくされる。
だが、現状ではこの根拠地には、物資が溢れていた。「レベジン」領域の集落に技術提供した代償として得たものや、ここを拠点にしているローカルな「ファング」の、盗賊や傭兵の活動で得た成果が、根拠地を潤していた。
「この根拠地を拠点に活動しているのは、『ファング-1、4、6』と呼ばれるチームなのですね。」
小惑星2つを人工構造物で繋いで回転させている、「ファング」根拠地にはよくあるタイプの宙空施設に、彼等は向かっていた。減速行程に入っている「シュヴァルツヴァール」の中で、ラーニーがカイクハルドに問いかけている。彼の自室のリビングに置かれたテーブルで向かい合いって、カイクハルドはラーニー作のラザニアをぱくついている。
「ああ。たいていの根拠地では、ローカルなチームが2つか3つ、活動している。ここは3つのチームだな。」
カイクハルドの率いるチームは「ファング-0」だ。ローカルでは無く、「グレイガルディア」全域を活動の舞台にしている。「0」以外の数字が付されたチームは、全てローカルだ。同じ「ファング-1」と命名されたチームが複数存在する事になるが、異なる領域でそれぞれローカルに活動しているから混乱は生じない。場合によっては、“「レベジン領域」の「ファング-1」”とか“「カウスナ」領域の「ファング-1」”などと呼び分けるケースもある。
「数字が飛んでいるのは、全滅したチームがあった、という事ですね。」
「ああ。全滅しちまったら、そのチームに付されていた番号は、欠番になるからな。『レベジン』にかつて存在した『ファング-2、3、5』は、全滅しちまったって事だな。」
さらりとカイクハルドは応じたが、ラーニーは伏し目がちだ。
「そんなに多くのチームが全滅する程、ここは厳しい環境の領域なのですか?」
チームが全滅する、という事態は、ラーニーには深刻に受け止められているらしい。
「別に、環境の厳しさと全滅するチームの数が、比例するわけじゃねえさ。全滅チームは多いがパイロットの損耗率は低い領域もあるし、全滅はしねえが、損耗率の高いチームもあるんだぜ。俺の『ファング-0』なんざ、チーム自体は全滅せずになんとか生き延びてはいるが、この1年くらいで百人以上死なせちまってるんだ。チーム1つ分が1年で死んじまったら、全滅したに等しい損害だ。逆にここレベジンは、全滅したチームはあるが、それは何十年も前の話で、最近の損耗率は年間10%以下だぜ。それほど高いわけじゃねえ。ま、全滅するかどうかは、時の運ってやつだ。」
「そうですか。」
納得の言葉を口にしたが、表情はそうでもなさそうなラーニーに、カイクハルドは苦笑を禁じ得ない。
「パイロットの死は悲惨な事に思えるかもしれねえが、悪徳領主に抵抗の術も無いままこき使われ、ぼろ雑巾のようにさせられて殺されて行く庶民よりマシさ。力いっぱい暴れた上で死んでいくパイロット達なんぞ、俺に言わせりゃ、ずいぶん恵まれてるんだぜ。」
「・・ええ、そうですね。」
そんな言い方をすれば、ラーニーはまた、自分の領民に苦難を与えた過去を想い返す事になる。管理者に任じた家宰のクトゥヌッティに、所領経営を丸投げにしていた為に、彼の横暴を止められなかった。命を落したり、どこかに売り飛ばされたりした領民が、百にも及ぶ人数に上った。
別に、ラーニーをへこませるつもりなどないカイクハルドだったが、口を開けば直ぐにそんな事になる。「ファング」の活動に批判的な顔をされると、尚更だった。
言葉に出して「ファング」を批判する事は、もう全く無くなったラーニーだったが、表情には批判的な色が常にある。頭では一定の理解を示しつつ、感情的には受け入れ切れない、という心情がカイクハルドにも分かる。
分かるのではあるが、そんな体度を前にすると、彼女の心をチクリと突き刺す発言を、思わず口にしてしまう。そして言った後でカイクハルドは、何ともやるせない気持ちになるのだった。
「とにかく私は、ここの根拠地に暮らす人達の幸せの為に、私の知識をできる限り役立てる努力をしようと思います。住民の方々、特に、各種の生産活動に従事されている方々との交流の機会は、是非、頂きたいと思っております。」
「あんまり、のんびりはできねえんだがな。2・3時間くらいなら、そんな時間も作れるかな?設備を隅々まで見て回る余裕は、ねえぜ。」
「ええ、分かっています。できる範囲で、結構です。」
(面倒くせえなぁ。)
との想いを、カイクハルドは拭えない。ヴァルダナとも鉢合わせしないように気を使わなければいけないのが、特に彼をうんざりさせた。彼が「ファング」パイロットとして「シュヴァルツヴァール」に乗り組んでいる事は、ずっとラーニーには秘密にしてある。
そのヴァルダナも、根拠地では母艦を降りて、精力的に動き回るつもりだ、と言っていた。ナワープから言われた、と釈明して女を囲うようになった彼だが、ナワープと離れてから更にそれに拍車がかかり、次々に触手を伸ばしている有り様だ。戦闘の成績も常に上位の彼だから、捕虜にした女からも数多くを囲っていて、それが猛烈な勢いで身籠って行くから、彼の部屋の女の出入りは実に激しい。
それに加えて、根拠地でもがっつり女を調達して行くというのだから、その絶倫ぶりには目を見張るものがある。宇宙レベルの種馬だ。カイクハルドは、呆れ返るばかりだ。
根拠地で活発に動き回るヴァルダナと鉢合わせさせないように、ラーニーにも活動させてやらなければいけない。2人の動線が重ならないように、気を配らなければいけない。
(全く、面倒くせえ姉弟だぜ。)
だが実際は、ヴァルダナは女を物色する時間は手短に切り上げ、戦術やフォーメーションの研究活動に、多くの時間を費やしたらしい。彼を中心にして若手パイロット達が集まる傾向は、かなり強くなってきている。「バーニークリフ」奪還戦以降に「ファング」に加わったパイロットのほとんどが、ヴァルダナをリーダー格と認識している、と言っても過言ではないだろう。生まれ持った、人を統べる気質というものが、いよいよ開花して行っているようだ。
ヴァルダナとラーニーを会わせない、という課題は難無くこなせたカイクハルドだが、その一方で、補給や補充にも気を配らなければいけない。彼らの戦闘艇で使用可能な弾薬などは、「ファング」の根拠地でしか補給できないから、ここで確実に積み込んでおかなければいけない。かしらとしては、目を離すわけには行かない作業だ。
目の回るように忙しい根拠地寄港を済ませ、「シュヴァルツヴァール」は「ルサーリア」領域への帰還の途に就いた。5万を擁するマッカリ部隊は、まだ出発がいつになるかも分からない状態らしいが、タキオントンネルの設営は着々と進められていた。
先遣隊が暫時型のタキオントンネルで「ルサーリア」に向かいながら、恒久型タキオントンネル用のターミナルを設営して行く。本隊の通路を確保しながらの進軍というわけだ。
一か所からタキオン粒子を照射する暫時型では、1回の超光速移動で1光年くらいしか進めないが、2つのターミナルで挟む形の恒久型タキオントンネルならば、もっと、遥かに長い距離を移動できる。タキオン粒子の照射開始からタキオントンネルが形成されるまでの時間も、暫時型なら考慮しなければいけないが、恒久型は一度出来上がってしまえば、いつでもすぐにでも使える。移動時間も遥かに短時間に抑えられるわけだ。
「シュヴァルツヴァール」も、「レベジン」領域を目指している時は暫時型を乗り継ぐ形で移動して来たから時間がかかったが、帰り道はマッカリ部隊用の恒久型タキオントンネルを拝借して、効率の良い移動ができた。
暫時型タキオントンネルはたいていの場所に設置可能だが、継続的にタキオンを照射し続ける恒久型は、それなりのエネルギー供給施設を必要とする。特にマッカリ部隊のような大軍を移送するならば、サイズの大きなタキオントンネルが必要となり、消費電力は膨大となる。設置場所には、核融合用の重水素が採取できること、などの条件が付け加えられる。
それに、長い距離を移動するとなると、軌道上に大きな天体や人工施設が無いか等も考慮する必要が出て来る。巨大天体にタキオン粒子を照射してしまったら、反物質と通常物質の対消滅のエネルギーがタキオントンネルを逆流して来て、ターミナルは木っ端微塵に吹っ飛んでしまう。超光速のバックファイアーだ。それもターミナルの設置場所を制限する要因だ。常に一直線に目的地に向かえるわけではない。数十光年の移動は、大変な労力を要するものだった。
先遣隊は、「ルサーリア」領域に入るところまでは何ら抵抗を受ける事なく進軍できたが、「ルサーリア」に入るや否や、軍政側に付いている軍閥の部隊に足止めを食らった。積極的に攻撃を仕掛けて来る構えでもないが、それ以上の進軍は許さない、といった態度で先遣隊の前に立ちはだかり続けた。
核融合用の重水素が獲得できる場所に、ターミナルを設置した上で先に進みたい先遣隊は、「ルサーリア」領域の端に位置する「ソコル」星系の第4惑星近傍をその対象に選んでいた。だが、第4惑星を周回する軌道上の集落を占拠し、そこを拠点としていた軍政側軍閥の部隊が、そうはさせじ、と睨みを利かせていた。
巨大なガスの塊であり、重水素もたっぷりと含んだ第4惑星から、採取用人工衛星で掠め取った重水素をターミナルに送るシステムも設置しなくてはいけないので、軍政軍閥の存在は実に厄介だ。先遣隊だけでは手に負えないので、増援が来るのを待ち、それと協力してこの軍閥部隊を排除するつもりで、少し手前の宙域に彼等は留まっていた。
そういった状況を報告されていたカイクハルドは、当該宙域に「シュヴァルツヴァール」がたどり着くとさっそく、先遣部隊の隊長に連絡を入れた。
「暫時型で先に進んで、早いところ『レドパイネ』と合流した方が良い。恒久型のターミナル設置は、後回しにするべきだ。」
との忠告を伝える。
「レドパイネ」に合流して来た軍政打倒の勢力は、既に10万を越えているはずだ。「シックエブ」を包囲しておくだけなら、それらの寄せ集めだけでも事足りるだろうから、こちらに戦力を回す余裕はあるはずだ。マッカリの率いる5万の部隊より、千かそこらでも「レドパイネ」部隊の方が、頼りになる。
戦わせてしまったら、にわか仕込みが露わになってしまう懸念も、「マッカリ」部隊にはある。せっかく皇帝側に向いている時流が、反転してしまいかねない。戦わせないようにすべき“戦力”が、「マッカリ」部隊だ。
第4惑星軌道上の敵を追い払うのも、そちらの方が速やかに片付くはずなので、カイクハルドは「レドパイネ」に任せる案を主張した。
「そうだな。たかが一軍閥の部隊を追い払うのに、皇帝陛下直轄の軍勢のお手を煩わすなど、面目ない事だ。『レドパイネ』当りに任せるのが、妥当であろう。」
カイクハルドとは全く違う理由からではあったが、「レドパイネ」に協力を仰ぐ件には素直に同意してくれたので、彼に告げるべき言葉は、それ以上には無かった。
「シュヴァルツヴァール」は、第4惑星から数千万km離れた、「ソコル」星系のエッジワース・カイパーベルトにある小惑星の1つに身を隠すようにして、軍政軍閥の部隊を監視していた。そこに敵が無人探査機をばら撒いているわけでもないので、「シュヴァルツヴァール」が見つかる気遣いは無い。敵に気付かれず敵を観察できる状況を、彼等は確保できた。
すると、先遣部隊が「レドパイネ」の拠点のある「ヒルエジ」星系に向かって行った数日後、例の軍閥部隊も、どこかへ姿を消してしまった。無人探査機を送り込んで入念に確認したが、付近に隠れ潜んでいる様子も無い。完全にどこかへ移動してしまったらしい。
「どういうことだ?なぜ急に、移動しやがったんだ?」
真っ先に情報に触れたトゥグルクが、報告の後に疑問を付け加えた。
「マッカリの部隊にしろ、『レドパイネ』の手勢にしろ、近々、奴等には手に負えねえ敵が来るかもしれねえと予期して、尻尾を丸めて逃げたんじゃねえか。」
「そう・・かもしれないけど、そもそも、奴等は何の為に、こんな宙域にいたんだ?『シックエブ』防衛の加勢に来たはずの連中だろ?」
カビルの答えを受け、ヴァルダナが別の疑問を持ち上げた。
「多分、加勢の為に『シックエブ』に駆け付けようとしたが、『レドパイネ』の軍勢がテトラピークフォーメーションで取り囲んでいるんで、近づけなかったんじゃねえかな。で、少し離れたこの『ソコル』星系の集落を占拠し、居座りながら様子を見ていた、ってとこだろう。」
「そういう事か。」
ヴァルダナは、カイクハルドの見解に頷いた。「それなら、カビルの言った理由で移動するのも、筋が通るな。」
「ああ。それでも筋は通るが、もっとえげつない理由かも知れねえぞ。」
「えげつない?どんな?」
尋ねたのは、第1戦隊第3単位のリーダー、バントだ。「シェルデフカ」領域で戦死したナジブの後を継いで、これまで戦ってきたパイロットだ。
「例えば、集落に備蓄されてた食料を食い潰しちまったとか、住民の娘を慰みものにし尽して飽きちまったとか、住民の虐待や虐殺をやりすぎて命懸けの反乱を起こされちまったとか。」
集落の様子を見に行った彼等は、カイクハルドの予測が概ね適中している様を目撃した。
「ひでえもんだ。食料を根こそぎにされてる上に、若者も1人残らず連れて行かれてる。男共は無理矢理兵役に就かされ、女共は慰みものにされた上に、娼婦としてどこかに売り飛ばされて行くんだろうな。自領以外の集落民なぞ、人とも思わねえ連中だったんだな。一応ここは皇帝直轄領だっていうのに、そんなのもお構いなしの乱行だぜ。」
第1戦隊第2単位のリーダー、カームの報告に続いて、ヴァルダナも憤りを露わに、口を開いた。
「資源採取や生産の為の設備も、破壊されていた。そんな事をして、連中にどんな利益があるのか分からんが、集落の生活に必須な設備を、ことごとく破壊してやがった。年老いた者と年端も行かぬ者だけが、餓死を待つしかない状況で取り残されている。その連中が集団自決を宣言するに及んで、ようやくあの軍閥部隊は出て行ってくれたそうだ。」
ヴァルダナ達が集落に入って行こうとした時も、盗賊の襲来だと思われて、侵入するなら集団自決すると警告されたらしい。説得の末に、例のごとく、「ファング」の活動拠点に使わせてもらうのを交換条件に、集落への支援が実施される運びとなった。「ルサーリア」領域の根拠地から、時をおかずに食料や各種設備等が送られて来るだろう。施設を修繕したりメンテナンスしたりする技師もやって来るし、若者が居なくなった分を補う為に、幾人かの若者が新たな集落構成員となるべく移住して来るはずだ。
「根拠地からの人員の流出も、大変な規模になって来ているな。戦乱が激化して長引くようになると、根拠地での人員の需要も増える一方だ。ヴァルダナが沢山胤を仕込んでおいてくれて、助かったぜ。」
「俺一人の話じゃないだろ!お前だって、他のパイロットだって・・・」
カビルに冷やかされ、ヴァルダナは真っ赤になって言い返した。
「ファング」による、集落への支援が本格化した頃、先遣隊はジャラールのもとから戻って来た。
「ジャラール殿は、いつでもこちらに援軍を差し向けられる、と申して下さっている。ここからジャラール殿の下への恒久型タキオントンネルも、間もなく完成するから、援軍が駆けつけるのにかかる時間も短くなる。もう何も心配はいらない。安心していて良いぞ。」
「そうかい。まあ、あの軍閥もどっかに行っちまって大した脅威もねえから、増援はもう要らねえって、ジャラールの旦那に伝えておいてくれ。」
「シュヴァルツヴァール」からタキオン粒子による通信で、直接ジャラールに伝える事もできるが、先遣隊はいずれにせよジャラールとマッカリの間を何度も往復する事になるのだから、メッセージの伝達も任せるとした。
「マッカリ様の部隊も、近い内にここに到着される。この『ソコル』星系第4惑星の周回軌道上を、前進基地の一つにしようか、ともお考えのようだ。」
「そうだな。5万の兵力全部をここに置くのは厳しいだろうが、2万かそこらなら、何とかなるかな。糧秣は、自分達で運んで来るように言ってくれよ。集落から徴発しようなんて、間違っても考えねえように、釘を刺しておいてくれ。すっからかんにさせられてたところを、ようやく俺達の支援で、今日明日の食い物は確保できるようになったばかりなんだ。」
本当は今日明日の分程度の支援ではないが、先遣隊の兵に根拠地の存在は教えたくないので、そんな言い方で煙に巻いておく。特に、疑念を持たれた風もなかった。
「分かった。確かに伝えよう。だが、その点は心配いらぬと思うぞ。ギヤス殿の拠点にある潤沢な備蓄からの絶え間ない補給の態勢も、しっかり確立しておるからな。」
補給態勢も考えず進撃して、住民からの強引な徴発で反感を買う、などという蛮行をやっていたら、攻略できる要塞もできなくなってしまう。軍政が「バーニークリフ」や「ギガファスト」で曝した醜態と、同じ轍を踏むわけにはいかない。ジャールナガラやギヤス・カームネーの周到な準備が、効果を発揮する局面だ。
「ジャラールの旦那は、まだ当分は本格攻勢には出ないつもりなんだろ?」
カイクハルドは続けて問うた。
「そう、申されておられた。皇帝軍が当領域に着陣されてから、少し様子を見たいそうだ。」
「そうだな。皇帝直轄軍の到来で気が変わる軍閥も、少なくはねえはずだ。『エッジャウス』からの中枢軍閥の動向も含め、彼我の兵力がどうなるかを、ある程度見極めてから作戦を立てても、遅くはねえ。」
通信を終えると、先遣隊は2手に分かれた。再びジャラールのもとに向かう艦と、マッカリのもとに戻る艦があった。
数日後にはマッカリ部隊から、工作担当の一隊が送られて来て、「ソコル」星系第4惑星の住民に使われていない衛星等を加工しての、部隊の駐留基地の設営などが始められた。住民に一切迷惑を掛けない形で駐留できるよう、十分な配慮が成されるようだ。
それを見て住民も安心し、「ファング」根拠地からの支援もテンポよく展開したので、集落には平穏が戻って来た。ただ、連れ去られた若者は戻っては来ない。平穏になればなる程、それへの心痛が住民を苦しめるようだった。領民にとっては、手塩に掛けて育てた子や孫を奪われたわけだし、保護者を根こそぎ奪われて途方に暮れる幼子もいるのだから。
「痛ましい限りです。」
住民との対談の機会を得た後、ラーニーはカイクハルドと向かい合っていた。「将来に期待を掛けていた子や孫を連れ去られた、ご老人達の落胆ぶりは、見るに堪えないものがありました。泣き叫ぶばかりの子供たちなど、目を向けるのも苦しかったです。何とか、取り返してさし上げられないものでしょうか?」
「俺達が、か?冗談じゃねえぜ。俺達に、そこまでやってやる義理はねえだろ。あの軍閥が『シックエブ』防衛に参加して、ジャラールの旦那にコテンパンにやられてしまえば、連れ去られた連中にも軍閥から逃げ出して、戻って来るチャンスが生まれるかもしれねえがな。もし、参戦もしねえで、連れ去った連中共々本領に引き揚げちまったら、もうどうしようもねえな。あの軍閥の奴隷としてこき使われるわけだし、一生離れ離れにも、なっちまうな。」
「・・そうですか。その軍閥が、勇敢に、戦いに参戦してくれることを、祈るしかありませんか。」
「だな。もしかしたら、『シックエブ』からの召集命令を大義名分に、このあたりの集落への掠奪だけを目的にやって来た連中かもしれねえから、その場合は、防衛戦に参加などするわけねえんだけどな。」
「そ・・そんな・・・」
憤りの表情を浮かべたラーニーだが、直後に、溜め息に転じた。「そうですね。掠奪だけを目的に戦場付近をうろつく軍閥など、珍しくも無いですね。戦争は、非道な行為への言い訳を、簡単に与えてしまう。戦争に参加するつもりなど、最初から微塵も無い人達の可能性も、高いのですね。」
「そうと決まったわけじゃねえがな。あの連中が『シックエブ』防衛に参戦する可能性はある。だが、参戦すれば、連れ去られた連中は、戦闘に巻き込まれて死んじまうかもしれねえ。本領に連れ去られちまえば、故郷に帰れる可能性は無くなるが、戦争で殺される心配も無くなる。参戦して、戦死の可能性もあるが故郷に帰れる可能性も出て来るのと、どっちが幸運なのだかは、俺にはよく分からんぜ。」
ラーニーは肩を落とす。連れ去られた者達の運命を思うと、暗澹たる気分を拭えないのだろう。本領に連れ去られて、戦争で命を落とす可能性が無くなっても、過酷な労働で酷使された上での絶命もあり得る。想いを巡らせば巡らせるほど、ラーニーは表情を暗くして行くようだった。
が、不意に顔を上げる。
「手の届かなくなってしまった人達はともかく、手の届く範囲の人達には、できる限りの事をして差し上げたいです。ここの集落を少しでも豊かにする為に、できる事はまだあるはずです。」
「そうかい。勝手にしな。」
他人事のように言い放ったカイクハルドだったが、ラーニーが「シュヴァルツヴァール」の外を出歩く為には、彼が同伴する必要がある。「ソコル」星系第4惑星の軌道上に、幾つもある集落の施設を踏破しようとするラーニーに、カイクハルドも引きずり回されるハメになったのだった。
今回の投稿は、ここまでです。次回の投稿は、 '19/7/6 です。
"タキオントンネル航法"に関しては、恐らく矛盾点は数え切れないくらいあって、その気になって探せば突っ込みどころ満載でしょう。できるだけ荒唐無稽を排除して科学的にリアリティーを追求するのが「ハードSF」というものだと作者は認識していますが、超光速移動に関しては、大幅な逸脱を免れません。「タキオン粒子を照射された通常物質は反物質化する」とか「通常物質と反物質の対消滅で生じたエネルギーがタキオントンネルを逆流する」とかの性質を、超光速移動する戦闘艦などが衝突事故を起こさない理由や、"タキオントンネル"敷設経路の限定条件としてでっちあげているわけですが、その性質を使えば、タキオンの兵器としての利用や超光速移動の妨害工作などが、色々できてしまいそうです。作中でもあーだこーだと屁理屈をこねて、それらができない理由をひねり出そうとしていますが、じっくり検証すれば、筋が通っていないかもしれません。ここらあたりについては、是非、読者様にはおおらかな気持ちで読み進めて頂きたいです。超光速移動を可能とし、それに色々な条件設定を付けていかないと、物語が成立しないので・・・。というわけで、
次回 第76話 名門貴族の敵前逃亡 です。
少しの妨害は受けましたが、皇帝直轄部隊の進軍と「シックエブ」包囲の強化は、順調に進行中という現状です。ここから「シックエブ」攻略がどう展開するか、と思いを巡らせるのが、読者様としての基本姿勢です。が、何かありそう、でしょうか?基本を守るかどうかは、読者様しだいということで・・・。




