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銀河戦國史 (アウター“ファング” 閃く)  作者: 歳越 宇宙 (ときごえ そら)
第5章  包囲
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第73話 「ファング」着陣

 イシュヴァラが胸を熱くして眺めているものと、全く同じ表示を、カイクハルドの座乗する「シュヴァルツヴァール」も活用していた。「レベジン」領域の「ファング」根拠地を経由して、「シュヴァルツヴァール」も同じ配置図を入手していた。おかげで、亜光速に近い速度でオールトの雲の中を疾駆する事ができる。

 「ルサーリア」領域から幾つものタキオントンネルを乗り継ぎ、ついさっき最後のそれから飛び出した彼等は、ややきつめの重力が生じるような減速を実施しながら、イシュヴァラ達の潜む宙域を目指していた。数日間に渡って継続される減速を経て、ちょうど目的の場所で静止状態になるように計算されている。

「重力がキツいのに馬乗りになりやがるから、しんどくて仕方がなかったぜ。やっぱ強めの減速中のアレは、骨が折れるよな。」

 ベッドの上でぐったりしているミームを放り出して、寝室から這い出て来た直後のカイクハルドのひと言だった。

「でしたら、重力が強い時は、止めておけば宜しいのに。」

 呆れ果てた感想を残し、ラーニーは執務室へと歩を進めた。どうも、ペクダやミームとの行為を、ラーニーを前にすると殊更に言及したがる傾向が出て来た、とカイクハルドは自覚していた。彼女からの何らかの反応を期待している自分にも、その反応が得られなくてがっかりしている自分にも、カイクハルドは気がついていた。それが何で、なぜなのかは、さっぱり分からないが。

 もしかしたら、それはラーニーへの甘えではないのか、という可能性に想いが至ると、自身の言動に気恥ずかしさを感じる。ラーニーの気を引きたいが為だけに、ペクダやミームと励んでいるのかも知れないと思えて来ると、顔から火を吹きそうな気持ちだ。

「今度は、『レベジン』領域の根拠地にも、何かをレクチャーしてやるつもりなのか?」

 背中に向かって、カイクハルドが話し掛けた。気恥ずかしさを払拭するのが目的の、そんな発言、という事も彼は自覚している。

「ええ。そちらにも、立ち寄る可能性はあるのでしょう?可能な限りお役に立ちたい、と考えております。」

 彼女の言葉を耳にしながら、彼女が作った料理を、カイクハルドは口に放り込んだ。相変わらず、「シュヴァルツヴァール」で入手可能な、どの食材をどう使ったのか分からない料理が、彼の眼の前には登場し続けている。彼の口にしているのが“ピッザ”という名前の食べ物である事を彼は知らないが、絶品の美味さであるとは即座に実感できた。

 彼女が持っている知識をフルに活かせば、さぞかし「グレイガルディア」の民には多種多様な喜びや幸せを提供できるだろう。それらは、皇帝経由で帝政貴族にもたらされた知識や、それをもとに貴族達が発展させた技術だ。皇帝とその周囲を取り巻く貴族達が、どれだけ多くの恩恵をこの「グレイガルディア」に提供して来たかを、物語っている。

 皇帝親政が持つ、「グレイガルディア」に富と安寧をもたらし得るポテンシャルが、ラーニーの行動の節々から迸っている。ラーニーはそれを、「ファング」の根拠地支援という草の根的な活動を通じて現実化して行くつもりらしい。

「皇帝親政が実現すれば、こんな食い物を沢山の庶民が味わえるようになるんかな?」

 あまり彼らしくない発言は、カイクハルドが未だ気恥ずかしさと格闘している証拠でもある。

「皇帝親政で庶民に安寧をもたらせられるのなら、軍政に統治の実権を奪われる、なんて事態は起こらなかった。それは、あなたがよくおっしゃっている事ですわよね。皇帝陛下のもとには多くの、庶民にとって有益な情報があります。私達、帝政貴族も、それを授けられております。ですが、皇帝が統治の実権を握る、という条件だけで、それが庶民に(あまね)く行き渡るわけではない、と私も思うようになりました。」

「じゃあお前は、草の根的な活動で少しずつ、庶民に知識や技術を広めていく活動が望みか。イシュヴァラの奴と、同類だな。」

「・・ええ。そのイシュヴァラという方、何度かあなたからお話は伺いましたが、今、私が考えているような活動を、ずっと以前からしていらっしゃったようでございますね。」

「ああ、そうだな。銀河連邦のエージェントとして、直接知り合った『グレイガルディア』の庶民に色んな技術や知識を提供して、生活水準の向上を図る活動だな。この広い『グレイガルディア』に何千万と住んでいる庶民に対して、そんな地道な活動に、どれ程の効果があるのか知れたもんじゃねえがな。アジタのように、権力に侍って善政に導く、ってのとはまるで違った考えだな。」

「どちらも、必要な事でしょう。権力者を善政に導く上からの改善と、草の根の活動による下からの改善。帝政貴族としては、上からの改善に参画すべきですが、それに失敗してファミリーを滅亡させ、こうして『ファング』に囲われる立場に身を落した私ですから、草の根の活動の方がふさわしいと思います。」

「イシュヴァラの奴は、飛び上がって喜ぶだろうな、そんな言い草を聞いたらよ。」

「今向かっている先に、その方はおられるのですね。是非、お会いしてみたいですわ。許されるなら、共に活動できたら、とも思います。」

「それは無理だ。お前は俺に囲われてるんだぜ。俺の慰みものになるのが、お前の唯一の存在意義なんだからな。」

「2年以上にも渡って、そんな機会は御座いませんけど。」

「・・そ、それは・・お、お前が、早く、熟成しねえのが悪いんだ。」

 カイクハルドの声が上ずって来たのは、また更に、新たな気まずさに苛まれたからのようだ。

「また、それですか!熟成というのが何なのか、どうすれば熟成するのか、未だにさっぱり分かりませんわ。」

 ラーニーの声も上ずって来る。この件を話し出すと、どうも2人は興奮気味になる。

「はぁ!? 何言ってんだ、お前は。どこからどう見ても、全然、熟成してねえだろう!」

「いいえ、全く分かりませんわ!ペクダやミームにも、他のパイロットに囲われている女性方にも伺いましたけど、どなたも私の事を、熟成していない、などとはおっしゃりませんわ。」

「何だよ、それ。なんで分かんねえんだろうな、どいつもこいつも。こんなにも一目瞭然に、熟成してねえのに。」

「ですから、もっと具体的におっしゃっていただけませんか?熟成と言うのが何なのか。どうすれば熟成できるのか。」

「そんなもん、ペクダやミームを見れば分かるだろう。ああいうのが熟成してるんだ。ああいいう風になれば良いんだ。」

「二の腕の締まり具合の話を、しているのですか!? 」

「ちがうわーっ!」

 興奮の極みに達したカイクハルドの絶叫は、ラーニーに突如の冷静さを呼び戻させた。

「そうですか。分からない事は、考えても仕方ありませんから、熟成云々は、当分の間は忘れる事に致しますわ。」

 淡々とそう言う表情からは、実はもう、ラーニーにはその件は、どうでも良くなっているようにも思える。カイクハルドに何をされようとも、何もされなかろうとも、彼女には喜びも苦しみも無いのかもしれない。

「まあ、今の状態でも、できる事は沢山ございますから、イシュヴァラ様と活動を共にできないのは残念ですけど、それ程深刻でもありませんわ。」

 ラーニーは今の状態に、どうやら満足してしまっているらしい。カイクハルドが黙ったままなのを見て取ると、さっさと執務室の端末に取りつき、またあちこちの根拠地とのやり取りにのめり込むのだった。

 長距離の移動は、「ファング」パイロット達には退屈な時間だった。トレーニングは欠かさない。無重力中で筋力を維持する為のフィジカルなそれも重要だし、シミュレーターを使った戦闘艇の操縦訓練も、怠る事はできない。パイロット複数名や、時には全員参加で、連携やフォーメーションの確認も実施している。

 それでも、退屈な時間は多くなる。特に、タキオントンネルに何百時間も入り浸っている状況では、やる事の無い時間が多い。自然に、ペクダやミームの稼働率も高くなる。いや、ペクダやミームがカイクハルドを稼動させる率が高くなる、と言うべきか。

 退屈だが、平和でもあった。束の間の平和を、カイクハルドを始め、「ファング」パイロット達は満喫していたが、「シュヴァルツヴァール」が静止状態になるや否や、その平和は破れた。マッカリ部隊という臨戦状態の軍勢と、合流を果たしたのだから。

「よう、イシュヴァラ、ジャールナガラ、久しぶりだな。」

 臨時の指令室に入って行ったカイクハルドだが、ラーニーは伴っていない。当面、イシュヴァラとは会わせてやる予定も無い。草の根の支援活動について彼等が語り合うのは、軍政を打倒してからで十分だ、とカイクハルドは思っていた。

「いやあ、3人で顔を揃えるのなんぞ、10年以上も前の、『第一支部』以来じゃないか?」

「うむ、そうだな。個別には何度も顔を合わせておるが、3人で揃う機会は無かったな。」

 ジャールナガラとイシュヴァラが、相次いで言葉を返した。

「しかも、まさか軍政打倒の戦いに、共に参加する形での再会なんて、想像もしなかったな。イシュヴァラは、こんな権力者同士の抗争には、関わらねえもんだと思ってたし、ジャールナガラは外との密貿易専門だから、国内問題に首を突っ込むなんて驚きだぜ。」

「あの頃は、私もそのつもりだったがな。サンジャヤ・ハロフィルド殿の言葉に上手く乗せられた部分は、あるかもしれぬ。我等は皆、あの御仁の熱意に動かされた、と言って良いのかもしれんなあ。」

「けっ、俺はそんなん、関係ねえぜ。何で俺が、あんなキザ野郎に動かされなきゃいけねえんだ。」

 旧友との再会の喜びも、その名前が出ると共に消し飛んだらしく、カイクハルドは苦み走った顔だ。

「そうかな?素直になったらどうだ、カイクハルド。あの青年貴族に出会う前と出会った後のおぬしの、両方を知っているわしらから見ると、影響力の大きさは一目瞭然なんだぞ。」

「ああっ?そりゃ、お前らの目が節穴なだけだ。そんな事より」

 強引な話題の転換を、カイクハルドは企てた。「軍政部隊の動きはどうなんだよ。どれくらいウロウロと、行ったり来たりしていやがったんだ?」

「お?何でそれを知っている?どこからか、情報を得ていたか?」

 ジャールナガラを驚かせる発言をした事で、話題の転換は見事に成功した。

「軍政側部隊の動きに関しては、まだ、どこにも、情報を出していなかったはずだがな。」

 イシュヴァラも首をかしげる。

「情報なんぞ得なくても、だいたい見当は付いてるぜ。行きつ戻りつしてたんだろ?軍政部隊は、『スヒニジ』と『レベジン』の両宙域の間をよう。」

「そうなのだ。」

 驚きを露わに、ジャールナガラは大きく頷いた。「1回目は、敵の半分ほどの軍勢が『スヒニジ』から出撃して『レベジン』に向かったが、中間領域当りで引き返しおった。2回目は、敵勢の7割ほどが『レベジン』までの距離を3分の2くらいまで進んだが、わしらが『スヒニジ』方面にタキオン粒子を照射しただけで、直ぐに引き返しよった。3回目は、また半数ほどが3分の2を進んだが、わしらの『レベジン』方面へのタキオン粒子照射で、またしても引き返して行きおった。」

「軍政側は想像以上に、わしらに後ろを取られたり、奴らの拠点を狙われたりする事を、恐れているようだな。あっちは1万以上で、こっちは3千だけなのだから、そこまで恐れなくても良いように思うのだが。」

 イシュヴァラは大きく首を傾げ、疑問を露わにしている。ジャールナガラも大きく首を振ってイシュヴァラへの賛意を示す。

「それが、皇帝の神通力ってやつかな。皇帝の正規軍って名目が成立した時点で、敵はこっちの戦力を、相当過大に評価しちまうようになったんだ。歯向かうだけで天罰が下るとか、『グレイガルディア』中から敵意の目で見られるって事を、真剣に心配しているんだろうぜ。で、その皇帝の軍を相手に、どう対処して良いか分からねえから、判断も行動もちぐはぐになる。敵陣営内部での主張の対立や見解の相違も、尋常なものじゃないはずだ。」

「その結果、行きつ戻りつの行動を繰り返したのか。このまま敵が諦めてくれる事も、期待して良いのかのう?」

「そんなわけあるか。」

 ジャールナガラの希望的観測を、カイクハルドはきっぱり却下した。「皇帝のもとには兵が集まり続けているんだろ。それは敵も気付いているはずだ。『カームネー』の拠点のすぐ近くには、無人探査機を送り込んでもすぐに撃破されるだろうが、遠くからの観測でも、兵が膨らんでる事は分かるだろうし、『カームネー』領内に諜報(ちょうほう)網くらい作ってねえはずもねえから、そこからでも分かるだろう。」

「つまり、皇帝のもとに集まる兵が膨らんで行くのを見れば、どこかで軍政側は、背に腹は代えられぬ思いで攻めかかって来る、という事か。」

「そうだな。表面的な兵の数だけが問題じゃねえのは、敵も分かっているだろうが、それでも兵数の逆転は、許したくねえはずだ。その前に仕掛けてくるだろう。今度こそ引き返したりしないで、着実に『レベジン』に攻め込んで来るはずだ。」

「今のペースで兵が集まって来るとすれば・・」

 イシュヴァラは、近くのコンソールを叩いてデーターをディスプレイに出す。「恐らく10日程で彼我の兵数が同等くらいになるぞ。」

「とすれば、後2・3日くらいだな。敵の本格攻勢は。」

「で、どう対処するんだ、カイクハルド。」

 ジャールナガラが身を乗り出す。

「進撃中を要撃するか、『オンボート』攻略戦が始まってから背後を襲うか、それともあちらの拠点を突く事で、敵の動きを制するか。」

 イシュヴァラが、可能性や選択肢を列挙する。

「そんなもん、向うの出方を見なけりゃ、決められるか。索敵の完璧を期しつつ、とりあえずは待機だな。俺達も訓練を兼ねて、周囲を飛び回ってみるぜ。」

 長距離移動でしばらく戦闘艇を飛ばしていなかった「ファング」には、シミュレーターでの訓練なら実施していたとはいえ、やはり実戦前に宇宙を飛び回っておいた方が無難だ。敵をことごとく欺いて来た密集隊形で、オールトの雲を駆け抜けた。

「おお、ヴァルダナ。ちゃんと飛べてるじゃねえか。」

「あ、当たり前だろ、カビル。飛べない訳が、どこにあるんだ?」

 驚きを込めた質問を返したが、カビルの発言の意図には薄々感づいていそうだ、とカイクハルドは思う。

「ナワープとは、ずいぶん遠くに離れちまったからな。これだけ遠くに離れた上に、相当厳しい戦いが待ってるかもしれねえ。二度と会えない予感がして、戦闘艇を真っ直ぐ飛ばせられねえ心境じゃねえかと思ってな。」

 からかっているようで、案外本気で心配しているかもしれない、カビルの声色だった。

「そんなわけ、ねえだろう。ナワープについては、もうすっかり、気持ちの整理はついてるさ。二度と会えなくたって、何とも思わねえよ。」

 話す内にも上ずって行く声が、本心を露わにしていた。

「最後に見た時のナワープは、どんな様子だったんだ?」

 さりげなく尋ねたのは、比較的新入りのバルバンだった。一度聞いた事のあるようなヴァルダナの言葉に、カイクハルドは黙って耳を傾けた。

「もう、だいぶお腹も膨らんでいたな。動くのも大変そうだった。苦しそうなのに、俺には笑顔をくれた。何であんなに大変そうなのに、いちいち笑顔なんか作るんだろう?馬鹿だよな、女なんて。あんな笑顔は、もっとふさわしい奴に、取っておけば良いのに。」

「・・おいっ!ヴァルダナ。軌道がずれて行ってるぜ。」

「えっ!何!? 」

「嘘だよ、ヴァルダナ。ハハハっ!」

「ああ、くそぉっ!カビル、てめえ。」

「動揺したお前の負けだろ。密集飛行中は、ちゃんと集中しろ。」

「ははは、からかい過ぎだぜ、カビル。」

 「ファング」の超密集隊形は、寸分の狂いも生じる事無く虚空を切り裂いていた。

「・・・ナワープが子を産むまでに、戦争は終わるかな?カイクハルド。」

 しばらくの沈黙の後、ぼそりとヴァルダナが呟いた。

 整理なんて、付いてねえじゃねえか、と皆が思っただろうが、突っ込みを入れる者はいなかった。

 既にナワープのいる「シェルデフカ」領域は膠着状態に至っており、戦争が続こうが終わろうが、余りナワープ自身に影響は無さそうだ。だが、ヴァルダナは特に根拠も無く、できるなら子が生まれる前に戦争が終わって欲しい、という願望を持っているようだ。

「さあな。だが、それまでに終わってねえようなら、軍政打倒は失敗だろうな。」

「長引けば、不利って事か?」

 ヴァルダナが急くように問い返した。

「皇帝が脱出して、軍政打倒への大きな“うねり”ができているが、“うねり”ってのは期を逸すれば、逆方向に振れたりするもんだ。“うねり”が高まっているうちに結着を付けられなければ、逆向きの“うねり”が発生して、こっちが飲み込まれちまうかもしれねえ。最悪なのは、どっちのうねりでも決着がつかずに、いつまでもだらだらと戦争が長引く場合だ。被害ばかりが、途方も無く拡大するだろうぜ。」

 戦乱が続けば、「ファング」もいつまでも「グレイガルディア」各宙域を転戦しなくてはいけないだろう。その前に、全滅という終焉を迎えるかもしれない。いつそうなっても、不思議ではない。

 戦乱が早期に終結し、「グレイガルディア」が帝政の下で平穏に治まれば、「ファング」も派手に暴れ回る余地は無くなるかもしれない。ヴァルダナがナワープの出産に立ち会ったり、子育てに参画したりしようと思うならば、それが唯一の可能性だ、とカイクハルドは思った。ヴァルダナがそんな事まで考えているのかどうかは、彼にも全く分からないが。


「敵が攻めあぐねている間に、皇帝のもとに集まる兵が敵勢を上回れば、案外簡単にこの戦いに勝ち抜けるかもしれないな。」

 パトロールがてらの飛行訓練を終えたカイクハルドは、指令室の片隅でうとうとしながら、友人2人の会話を耳にしていた。

「それは、少し甘いのではないか?イシュヴァラよ。カイクハルドも言っていたように、こちらの兵の増強を見て、敵は、兵力が逆転する前には攻勢に出て来るだろう。だが、それが遅くなればなるほど、兵力的にはこちらが有利にはなるな。」

「と言っても、敵も、攻めれば背後を襲われたり、本拠地を狙われたりで、出るに出られないのだろう?そのまま、まごまごしている間に、兵力が逆転しないものかな。」

 本来戦争とは無関係の、民生支援担当の連邦エージェントであるイシュヴァラだから、戦わずに終わって欲しいとの想いは、人一倍強いらしい。が、

「お、敵が動き出した兆候だ。20か30艦くらいの規模を送りこめるサイズのタキオントンネルが、幾つかの無人探査機で観測されたらしいぞ。」

 その報告を皮切りに、続々と情報がもたらされる。それまでは居眠りの合間に聞き耳を立てているだけだったカイクハルドも、ジャールナガラを押しのけ、俄然身を乗り出してディスプレイ上で状況に注視した。

「進出した敵部隊は、4つに別れた進軍を継続しているみたいだな。実際に幾つの艦がいるのかは確かめられなかったが、1つの部隊に5から7艦というところかな。更に、その後を追うように数十の戦闘艦が出撃した事も確認された。あっちの拠点は、空っぽに近い状態になったはずだぞ。」

 報告を終えたジャールナガラの言葉に被せるように、イシュヴァラが提案する。

「また、敵拠点に向けて、タキオン粒子を照射してみたらどうだ。前みたいに、引き返すかもしれんぞ。」

「それは、ねえだろうな。」

 否定の言葉は、カイクハルドだった。「今度は向こうも、腹をくくっているさ。ま、無駄になる事を覚悟で、モノは試しでやってみるのは一向に構わんが。軍政側は、最悪、『スヒニジ』領域の拠点くらいは放棄したって良い、くらいに思っているんじゃねえかな。皇帝の身柄は、直接『シックエブ』にでも送る事にして。リスクが高くなる手だが、これ以上皇帝の兵力が膨らむよりは、マシだと考えるだろうぜ。」

 カイクハルドの読み通り、敵の拠点に向けてタキオン粒子を照射しても、討伐部隊の進軍は、止まりはしなかった。

「先行部隊の詳細情報が入って来たぞ。やはり、7艦ずつの部隊が4つ、テトラピークフォーメーションを構成する形で『オンボート』を目指している。」

「この前の、『レドパイネ』の『シックエブ』攻めと同じ構図だな。少し遠目から少数の部隊に先行進出させ、できるだけ深くまで切り込ませる策だ。」

 ジャールナガラの報告にカイクハルドがすかさず応じた。

「そして、先行部隊が切り込めた位置に後続部隊を送り込み、4方向からじわりじわりと締め上げて行く、と言うところか?」

 イシュヴァラの問いかけにも、カイクハルドの反応は素早い。

「いや、戦力はそれほど、小分けにはしねえだろうな。短期に勝負を付けてえだろうから、4つの部隊の一番深くまで切り込めたヤツの所に、ほぼ全てに近い戦力を集中投入するだろう。」

「では、その他の3つの方向からの部隊は、皇帝の脱出を許さないように見張っている、という役に徹するしかないな。攻略戦に加わてしまったら監視が手薄になって、皇帝が逃げようとした際に見落す可能性が高い。7艦だけの部隊だから、脱出を防ぐにも、やや心もとない気がするぞ。」

「もう、逃がしても良い、と思ってるかもな。」

 ジャールナガラに、苦笑まじりで答えたカイクハルド。「皇帝が逃げれば、集まった兵も雲散霧消だ。軍政打倒のうねりも、盛り上がりに欠けるものになるだろう。今の時点では、それだけでも良し、と考えていてもおかしくはねえな。」

「ほほほほ、いよいよ、敵の襲来であるのか?遂に予の出番が、回って来たのであるのな。」

 浮いたテンションで割り込んで来たのは、今になってようやく指令室に通信で連絡を入れて来た、マッカリ・キロシードだった。

「今まで、何をやっていたのだ?」

 眉に皺を寄せたジャールナガラが、通信機に届かないようこっそりとイシュヴァラに問いかけるのをカイクハルドは横目に見た。

「シミュレーターを使って、艦隊運用の演習を繰り返していたらしい。まだ新造の部隊だから、実戦の直前まで、可能な限りの演習をしておきたい、とか申されておった。」

 そんな説明を聞くと、少し見直したものか、ジャールナガラは声の調子を改めた。

「じゃあ、ずっと自身の座乗艦に籠っていたのか?こちらの方が広くて、居心地は良いだろうに。案外、真面目なのだな。司令官が臨席した状態で、それだけみっちり演習したのなら、そこそこの闘い振りは期待できるのかもな。」

「あの、4つに分かれて拠点を目指しておる部隊を、叩けばよいのか、予の部隊は?」

 彼らの会話を他所に、場違いに甲高く響く声で問いかけるマッカリに、カイクハルドは沈み込むような低い声で答えた。

「いや、あれはギヤスの部隊に任せておけば良い。適当な距離に近寄って来たところで、迎撃部隊を差し向けるだろうさ。」

 後続の本隊が送り込まれるのは、迎撃部隊との戦況を見極めてからか、との予測でカイクハルドはゆったり構えていたが、間もなく予想外の観測データーが示された。

「タキオン粒子の前兆現象が、相当広範囲に検出されているな。4つある内の、1つの先行部隊の進行方向前方だ。まだ、迎撃態勢も判明してねえのに。」

「前、だと?なぜ前なのだ?それに、かなりの規模だぞ。」

 カイクハルドに続いて、ジャールナガラも告げる。「観測結果から計算するとだな、敵の全戦闘艦をも投入可能なサイズのタキオントンネルを、敵は生成しようとしているな。」

「先行部隊の前、と言っても、タキオントンネルから本隊が出現する頃には、先行部隊が追い付いている位置だ。こちらは、タキオントンネルを出た直後の敵を狙うのは、難しそうだな。こちらの迎撃態勢を見てからでは無く、態勢が構築される前に、先行部隊と本隊が合流して一気に攻め込むつもりか?」

 イシュヴァラの見解を聞くと、ジャールナガラはやや慌てた口ぶりになった。

「それは、きつそうだぞ。戦巧者でも無く、迎撃態勢も構築できてない、数的にも劣勢なギヤスの奴には、その攻撃を凌ぐのは荷が重いぞ。」

「おほほほ。遂に、この私が乗り出さねばならぬ局面に至ったようだな。とうとう我が力量と訓練の成果が、発揮できるわ。敵のタキオン粒子の前兆現象を観測した直後から、こちらもタキオントンネルの生成を開始しておる。完成し次第、直ぐに出撃するぞ。構わぬな?」

 タキオントンネルは、生成を開始してから移動できる状態になるまでに、数時間かかる。その間、その軌道上では前兆現象が観測される。討伐側のタキオン粒子照射の前兆現象を観測した直後にこちらが生成を始めれば、移動開始も現地到着も、相手に少し遅れる事を意味する。遅れが大きくなると、先に到着している敵に待ち伏せされる。

「マッカリ卿の部隊を送り込むとすれば、相手の部隊の現地での出現を待ってはいられない。本当に来るのかどうか、来るとしてどのくらいの戦力なのか、見極めてから動くのは無理なのだな。もしこれが陽動だったら、大変なことになるぞ。」

「だったら、じゃなくて、間違いなく陽動だな。あっちは、できればマッカリ部隊とは戦いたくねえんだ。皇帝に弓引く事態は、最小限にしてえだろうからな。小規模な部隊やタキオン粒子照射でマッカリ部隊を誘き寄せ、釘付けにし、その間に別の場所に本隊を送り込み、一気にケリを付ける。そういう策だと見たぜ、俺は。」

 猛禽類さながらの鋭い眼光は、言葉以上に彼の確信を物語っている。敵の動きへの読みだけでなく、その先の展開にも、彼には確信があるかもしれない。

今回の投稿は、ここまでです。 次回の投稿は、 '19/6/22 です。

ヴァルダナとナワープに関する展開は、本文執筆前にはあまりはっきりとは決めておらず、書き進めながら考えるというスタンスで臨んでいました。とはえい、元々のイメージでは、もう少しヴァルダナがナワープに関係してわがままを言ったり取り乱したり、と問題行動を起こさせるつもりだったのですが、展開が確定している他のプロットの邪魔にならないようにとか、それらとのバランスが崩れないようになどを考えていたら、あまり問題行動を起こさせることができませんでした。それに、どうも登場人物への感情移入が進むと、問題児として描くより素直で真面目な奴に"キャラ変"させてしまう傾向が自分の中にあるなぁとも感じ、そのあたりが今後の執筆の課題だなと思いました。似たようなコメントを以前の後書きでも書いたかもしれませんが、上記のような課題の改善を期して、次回作以降を書いていこうと思っているので、ご不満にお感じの読者様もどうかお見捨てなく、次回作の投稿が始まった時には一目でも覗いてやって欲しいと切に願います。「ファング」の投稿が終わり次第、間髪を入れず・・・多分・・・少なくとも2・3週間以内には・・・いや・・・できるだけ「ファング」終了の翌週には、次回作の投稿と連載を始めたい、と意気込んでいます。まだまだ、先のことですが。というわけで、

次回 第74話 瞬殺・圧殺・鏖殺 です。

熟語3つのパターンなので、「ファング」が牙を剝きます。それも、"殺"という字が3つも並んでいる、恐ろし気な感じ(漢字)です。どんな戦いになるのか、千、万の戦いに、百人百隻の「ファング」が何をするのか、イメージを膨らませて欲しいところです。


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