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銀河戦國史 (アウター“ファング” 閃く)  作者: 歳越 宇宙 (ときごえ そら)
第5章  包囲
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第72話 「オンボート」の防衛態勢

 イシュヴァラの眼の色に気付いたものか、ギヤースは前のめりになって問いかけて来た。

「カイクハルド?それは何者だ?」

 ジャールナガラに密貿易の手ほどきを受けたとは言え、「ファング」というものの存在に付いては、ギヤスは何も教えられていない。彼の所領である「レベジン」領域にも、百年近く前から「ファング」は根拠地を置いているのだが、それも彼は知らない。

 皇帝の兵士募集にタイミングを合わせ、「ファング」の根拠地からもパイロットは送られて来る予定になっている。人為的な身体強化を施された、カイクハルド達と同様なスペックを持ったパイロットだ。いつでも「ファング」の補充要請に対応できるよう、全ての根拠地に身体強化パイロットはストックされている。

 強化パイロットだけでなく、根拠地の人脈を使って「アウトサイダー」などに召集を掛ければ、「ファング」根拠地にもある程度の集兵は可能だ。無論、皇帝の名声やギヤスの財力もフル活用した上での話ではあるが。

 ジャールナガラやイシュヴァラが、皇帝の救出と身柄の保護を引き受ける決断を下せたのも、根拠地の動員力を計算に入れた上でのことだった。ギヤスに教えるわけには、行かない事だが。

「カイクハルドは、傭兵でございます。」

 イシュヴァラがさらりと答える。「プラタープ・カフウッド殿が手元に置いておられた腕利きの傭兵で、『バーニークリフ』等での戦いでも良い働きをした、と太鼓判を押しておられる。」

「おお、()の名将プラタープ・カフウッド殿が腕利きと太鼓判を押しておられるのであれば、間違いは無いな。」

 「バーニークリフ」や「ギガファスト」の戦いに関しては、ギヤスの耳にも豊富な情報が届けられていたので、彼もプラタープには一目置いている。軍政打倒を志す軍閥は皆、プラタープこそ先頭に立って戦っている、との認識は共有している。

「傭兵としての腕は確かですがな、今も申した通り、たった百人の戦闘艇団でしかありませんし、ここに来られるのは当分先です。まずはギヤス殿の手勢と、皇帝奪還部隊の襲来前に馳せ参じて来た兵の2つの戦力で、何とか持ち堪えなければなりません。」

「そうか。」

 イシュヴァラの言葉に、ギヤスは声を落した。「我が手勢では心もとないから、皇帝陛下の名声に期待するしかない。軍政部隊の襲来前に馳せ参じる兵が頼り、という情けない状態だな。陛下には、強気な言葉を申し上げては見せたが、なかなかに難儀な課題だ。」

 ギヤスは自信無さ気だったが、根拠地のパイロットや集兵力を計算に入れているイシュヴァラ達は、彼よりは幾分楽観的だ。ギヤスの前を辞し、別室に移って2人だけになると、イシュヴァラとジャールナガラは、その件について話し合った。

「新鋭の戦闘艇は、俺の船で幾つか運んで来た。それに乗せるパイロットは、『レベジン』領域の根拠地のおかげで、手当てが付いた。格闘タイプ『アードラ』が100隻と、攻撃タイプ『レーヴェ』、防御タイプ『ビュッフェル』をそれぞれ50隻ずつは稼働させられる。それ以外でも、兵を3千位は召集できるそうだ。輸送船などを運用していた人材らしいから、ギヤスがこっそり買い付けて隠し持っている戦闘艦に乗せて、20から30の戦闘艦部隊も編制できる。練度や連携の程はともかくとして、だが。」

「烏合の衆となるのは、止むを得んな、急拵(きゅうごしら)えの部隊だから。強化パイロット付きの新鋭戦闘艇が唯一の取り柄、といった部隊だな。」

 イシュヴァラは、何度か頷きながらの反応だ。

「後は、この部隊を率いる将だ。マッカリ・キロシード卿以外には、候補は居そうにもないな。」

 少し苦い顔をして、ジャールナガラが案を示した。

 皇帝の傍役として共に「ニジン」星系に蟄居していたマッカリ・キロシードは、もと近衛兵部隊の司令官を務めていた高級貴族だ。兵を率いた実績だけは申し分ないし、名声も十分だ。が、将としての実力は、未知数だった。

「ううむ。」

 イシュヴァラも、一抹の不安を感じている顔だ。が、「とりあえずは、あの御仁に託してみるしかないか。」

と、苦い顔で告げた。

「おほほほほ、予に率いるべき兵をくれる、と申すのか。いや良い。それは結構な話じゃ。ほほほほ・・」

 要請を伝えると、マッカリは子供のようにはしゃいだ。「陛下の近衛隊長として、軍政の連中には何とか思い知らせてやりたい、と兼ね兼ね願って来たのだ。必ずや我が指揮のもとに、軍政の連中を痛めつけて見せるぞ。おーほほほ・・」

 大小の団子をくっつけて作ったような丸っこい顔で、高級貴族は楽し気な様子だ。柔和な印象で好感は持てるのであるが、将としての気迫などはかけらも見られない。緊張感の無さからして、自身の置かれている状況への理解も疑わしかった。近衛隊長の肩書きも、信じられなくなる。

「あの、恐れながら、キロシード卿」

 憂慮の色を濃くしながら、イシュヴァラは告げる。「兵と言いましても、寄せ集めで俄か仕込みの者共に過ぎません。輸送船を動かした経験はあれど、戦闘経験も無い庶民達ですので、卿の思い描くような勇ましく華々しい戦いは、致しかねるかと・・」

「何を申す。予は、皇帝陛下よりその軍才を見い出された、名誉ある近衛隊長であるぞ。陛下の歳若き頃には、御傍に暗躍する悪党どもを・・」

 武勇伝が始まると、イシュヴァラは溜め息混じりに拝聴するしかなかった。高貴な身分の者とは、なぜか根拠のない自信に満ちている。自分が乗り出せば何でも上手く行く、というイメージから離れられない。2年前の皇帝蜂起の失敗も、己の力を過信した皇帝や側近達の勇み足が原因だったのに、そこから何も学んでいないようだ。

 が、自信が無く、将となる事を忌避されるよりは、余程マシだった。自信過剰でも無鉄砲でも、とにかく誰かに集めた兵の司令官という器に収まってもらわないと、戦いにすらならずに敗北してしまう。どんな無能な将でも、責任から逃げてばかりの者よりはマシなのだった。

「皇帝陛下の権威を最大限効果的に知らしめるべく、攻勢に打って出るタイミングは冷静に見極めるべきかと存じます。機が熟しましたら、こちらからご報告いたしますので、それまではじっくり様子を見る用兵で、なにとぞ・・」

 高級貴族を、へそを曲げさせずに制御すべく、イシュヴァラは苦心惨憺の言葉を紡いだ。

「おお、そうか。無論、ただ力押しするだけが戦では無い。おぬしたちの立案した戦略に則って闘う事に、予には異存ないぞ。」

 その言葉を取り付けた事で、どうにか少し安心した、という顔のイシュヴァラ。彼としては、名声と兵数での牽制に徹して、時間を稼ぐ策に出たいところだった。高級貴族で近衛隊長という名声を持つ将が数千の兵を率いて待ち構えている、という事実の印象効果で、軍政側の行動をできるだけ遅らせ、その隙に皇帝のもとに馳せ参じる兵が少しでも膨らむのを待つ。戦ってしまえば、寄せ集めの脆弱な部隊でしかないと暴かれてしまうので、そういうやり方がこの場合はもっとも効果的だ、とイシュヴァラもジャールナガラも考えたのだ。

 それは、カイクハルドがカジャやプーラナ・ミドホルの軍勢に期待したのと同じだ。皇帝や高級貴族の血筋というのは、名声だけで軍政に征伐への二の足を踏ませる効果がある。手にかけてしまっては寝覚めが悪いとか、民衆の反感を買うのが怖いとか、天罰が下されるとかいう怖れを抱かせ、できるなら避けて通りたい、と思わせる力がある。

 その神通力が今のこの状況で、どこまで効くものか分からないが、イシュヴァラ達にはそれに頼る以外には無かった。

 「ファング」根拠地の反応は素早かったので、皇帝を迎えてから10日もすると、“マッカリ部隊”は形だけは完成した。未だ敵の進軍は報じられていないので、多少の訓練なら実施する余地もありそうだ。

 3日ほど訓練が行われ、基本的な部隊運用はまずまず、といった結果だった。ある程度武装の有る輸送船の経験者が多かったのが幸いした、と自信を深めていたころに、「ファング」根拠地経由の敵情が伝えられて来た。

「い・・1万以上・・・だと!そんなに集まっているのか、軍政のもとには。『ギガファスト』攻略や『シックエブ』防衛にあれだけの兵力を注ぎ込んでおいて、こんな辺境で、こんな短期間に、1万だ、などと・・軍事政権の動員力は、底無しなのか?」

 喘ぐようなジャラールの言葉に、彼よりは落ち着いた面持ちながら深刻さを隠さず、イシュヴァラが頷いた。ジャールナガラの保有する商船の中での会談だった。

 円筒形宙空建造物の中心軸あたりに停泊している宇宙船内は、無重力だ。ふわふわ漂う体が落ち着かない。居心地だけで言えば、ギヤスの城館の方が断然上なのだが、ここの方が、周囲を気にせず話ができる。「カームネー」や皇帝に属する者達に聞かれてはまずい事が色々とある彼等には、ジャールナガラの商船の航宙指揮室で、コンソールやディスプレイに囲まれている方が話し易かった。

「うむ。『スヒニジ』領域の住民が入手した情報を、根拠地経由で送って来たのだから、間違いないだろう。」

 隠し集落に籠っているとはいえ、彼等は無人探査機などを大量に同宙域にばらまいている。それこそ何百年も前から、先祖代々受け継いだ宙域監視網というものが出来上がっている。敵情を見誤るなど、有り得なかった。

「こちらの倍を遥かに上回る、もしかしたら3倍近くの敵が、ここに押し寄せて来るかも知れぬのか。ギヤスの奴も、商人としては才覚の有るところを見せたが、用兵家としては余り期待できる男では無い。マッカリ卿も、将の座にあった時間は長くても、盗賊の討伐などの小規模な戦いがほとんどで、大規模な戦闘における実戦経験は無いに等しい。両者共、ジャラール・レドパイネやプラタープ・カフウッドのような、劣勢をも覆してしまい得る戦巧者(いくさこうしゃ)とは思えぬからなぁ。」

 カームネーと数年来の付き合いのあるジャールナガラは、彼をそう分析していた。

「装備だけは、質量ともに充実しているのだろう?」

「うむ。まあ、そう・・だな。」

 イシュヴァラの問いに、歯切れの悪いジャールナガラの(いら)え。「最新式のレーダー網やミサイルランチャーを設置した小惑星等が、この円筒形建造物の周囲には千近くもある。戦闘艦や戦闘艇の補給基地にできる小惑星も百を超える。少々であれば、数に勝る敵であっても寄せ付けぬであろう。が、3倍近くとなると、自信が無いぞ。」

「軍政は、皇帝を捕えるのが目的だ。とすれば、逃げられぬように立体的な包囲が欠かせない。必ずテトラピークフォーメーションで来るぞ。戦力を四分割せねばならぬ、という事だ。」

「そこを上手くついて、こちらは1方面に戦力を集中しての各個撃破に持ち込む・・・のか・・・、そう上手く事が運べば良いが、そういった戦況への誘導にこそ、戦巧者といえる用兵家の力が必要となるのだぞ、イシュヴァラよ。四方面の部隊の足並みを上手く乱れさせて、近いものから順に叩く、とかなぁ。」

「ううむ。そこの誘導や戦況分析を誤ると、逆にこちらが戦力を分散させられ、各個撃破の餌食になるな。『シックエブ』では、”守り手”側が各個撃破を食らわせられて、寡兵に一撃を入れられてしまう醜態を曝したのだ。」

 組んだ腕に沈み込みそうなイシュヴァラに、ジャールナガラは空元気でも声を高めて景気付ける。

「まあ、悩んでおっても仕方ないから、どうやったら敵の足並みを乱す事ができるか、色々考えてみようではないか。直接の部隊の指揮はギヤスやマッカリ卿がやるのだろうが、わしらの方でそれを検討しておいても、無駄にはなるまい。」

「ううむ。私達こそ、戦争は素人だからな。どれ程有効な策が出るものやら分からんが、情報だけは豊富だ。敵側司令官の人柄に関する情報も、ちらほら入っておる。何か良い手が、見つかるかもしれんな。」

 自信は無さそうだが、ジャールナガラの陽気を装った声に応えるように、イシュヴァラも態度だけは前向きに振る舞った。

 膨大な情報を一つ一つ紐解いての議論は、長々と続く。ギヤス・カームネーやマッカリ・キロシードが相変わらず戦闘訓練で手いっぱいなので、戦略戦術に関しては、ど素人の彼等しか考えを巡らせていない状態となっている。彼等としても、嫌でも気合を入れざるを得ない。数日にわたって、ひたすら議論を繰り広げる時間が続いた。

「いやー、どれも、上手く行きそうにも思えるが、もう一つ確信が持てぬな。」

 少し額の広くなった頭を掻きむしりながら、ジャールナガラは嘆息気味だ。

「やはり素人だからな。考えた事が実戦でどれほど通用するものなのかを、判断する基準が無いな。」

 イシュヴァラも俯き加減だ。議論は、暗礁に乗り上げた感があった。航宙指揮室でコンソールやディスプレイに囲まれ、彼等は重い沈黙に埋もれた。と、その時、コンソールが通信の伝来を告げる電子音を轟かせた。

「お?おおっ!カイクハルドからの通信だ。今、『ヒルエジ』からこちらに向かっておるそうだ。」

 通信を送るだけでも数日かかる距離が、「バラクレヤ」と「ヒルエジ」の両星系間にはある。転戦して来るのには十日以上が必要だ。敵の襲来には間に合いそうにないと知って、イシュヴァラは肩を落とした。

「おお、あいつめ、何やら策を提案して来ておるぞ。」

 寄せ集めとギヤスの手勢の、合わせて4千程の軍勢で1万を超える討伐部隊を迎え撃たねばならない苦境は、すでにジャールナガラがカイクハルドに伝えていた。それに対する、カイクハルドの献策だ。

「ほう、何と言っている?」

 イシュヴァラも身を乗り出す。

「どれどれ・・うむ・・あいつめが言うには、敵の拠点と、『カームネー』の拠点である宇宙要塞『オンボート』から同じ位の距離にある、然るべき施設に、3千のマッカリ部隊を進出させるべし、だそうだ。」

「進出・・・だと?こちらから、打って出ろ、という事か?こちらの方が、数的に劣勢だというのにか?兵が少ないのだから、一か所に固めて防衛に専念するのが、当然ではないのか?」

 イシュヴァラは首を捻ったが、ジャールナガラは更にカイクハルドのメッセージを読み進める。

「進出部隊は動かさず、ただ討伐隊を牽制するだけに留めろ、とある。正確な部隊の駐留位置は知られぬようにしつつ、一方では大まかな居場所と勢力を敵に見せつければ良い、とな。」

「・・そ、そうか。敵を迎え撃つのではなく、攻めて来られぬように釘付けにしろ、という事か。」

「そ、そんな事になるのか?部隊を、そこに繰り出すだけで。」

「う・・うむ。居場所が正確に分からぬがそれなりの勢力を誇っている部隊が、敵と味方の両方の拠点から同じくらいの位置に居る、となると敵にすれば、不用意に攻め込めば拠点攻略中を背後から突かれるかもしれぬし、留守になっている自軍の拠点を襲われるかもしれん。」

「なるほど!」

 ジャールナガラも膝を叩いた。「拠点を襲われてしまえば、せっかく皇帝を捕まえても、連れて帰る場所が無くなるな。攻略戦を繰り広げている時に、背後を撃たれるのも怖い。敵は、2つの脅威を同時に抱える事になるから、こちらの拠点への進攻に二の足を踏むのは必定だな。」

「その場合敵は、進出したマッカリ部隊を見つけ出し、先にそちらを叩く策に出なければいけない状況になるな。その分、時間が稼げる、という事か。皇帝の居場所はあちらにも分かっているが、マッカリ部隊の方は分からないから。」

 皇帝は、集兵を呼びかける檄を飛ばしているからには、所在も言いふらしている状態だ。居場所が分からねば兵は、集まりたくても集まれない事態になってしまうから、居場所を秘密にはできない。一方でマッカリ部隊が進出した場合は、その所在は秘匿しても問題は無い。

「いや。」

「え?」

 意表を突くジャールナガラの否定の声に、イシュヴァラは大きく口を開けた。

「カイクハルドの奴は、討伐隊がマッカリ部隊を狙う事はない、と断言しておる。」

「な、なにゆえ?」

 イシュヴァラの口は、更に大きく広げられた。

「マッカリ・キロシードは」

 ジャールナガラも不思議そうな面持ちで先を続ける。「皇帝の近衛隊長だ。だから彼の率いる部隊は、皇帝の正規軍という名目が成り立っている。軍政には、手は出しにくいはずだ。皇帝を不法に連れ去ったギヤス・カームネーのもとから、皇帝をお救い奉った、という建前が成り立つのを軍政側は切望しているに違いない、などとぬかしておるぞ、あやつめ。」

「うむむ。そんな事、思いも寄らなかったが、確かに近衛隊長の率いる皇帝正規軍を敵に回すなど、今、求心力を失いつつあり、これ以上の民衆の反発を招きたくない軍政にとっては、避けて通りたい事だな。それが宇宙要塞『オンボート』に居れば、あくまで戦った相手は『カームネー』の部隊だ、と言い張る事もできなくはないが、マッカリ部隊が単独で進出したらそうは行かん。どうやっても、皇帝の正規軍に弓を引いた事になってしまう。」

「その、攻めたくはないし居場所もよく分からん部隊を先に攻める事はあり得んし、さりとてそれを背後に抱えては、『オンボート』にも進攻し辛い、という事だな。もし仮に進軍して来たとしても、マッカリ部隊が背後を撃つか、向うの拠点を攻める事で、防衛戦を有利に導ける可能もあるな。」

「我等が何日も議論して来た策より、こちらの方が良いようだな。さっそく、ギヤスやマッカリ卿に提案してみよう。すんなり受け入れてもらえるかどうかは、分からないがな。」

 高級貴族の説得、という難題にやや気を重くしたような、イシュヴァラの言い草だった。


「ほほおっ!打って出て良いのか。それは願っても無い。」

 高級貴族は小躍りせんばかりに喜んだ。イシュヴァラ達の献策に従うか否かという以前に、彼は打って出たくて仕方が無かったらしい。それが、勇猛さの故よりは怖いもの知らずの故だ、と思われるのが不安の種だが、とにかく提案通りに事が進みそうなことに、イシュヴァラもジャールナガラも喜んだ。

「では、『オンボート』には、私の千余りの手勢だけが残るのか。」

 ギヤスは不安気な顔だ。戦争巧者でない事を、誰よりも本人が自覚しているらしい。

「心配するでない。ここを軍政の部隊が攻めるや否や、予の部隊が背後から襲い掛かり、たちどころに蹴散らして見せようぞ。」

 心配顔と自信に満ちた顔を、苦笑まじりに交互に眺めたイシュヴァラだったが、その後、皇帝にもこの策を説明した上で、ジャールナガラと共にマッカリ部隊に便乗して拠点を出発した。

 「バラクレイヤ」星系の隣の、「バルイキ」星系に彼等は向かった。この星系のオールトの雲の中の、「バラクレイヤ」から見て最も遠い位置が、両陣営の拠点から同じくらいの距離であり、なおかつ「カームネー」ファミリーの所領内でもある。

 かなり“痩せた星系”であり、人の住む集落は無かったが、資源採取の為に時々領民がやって来て利用する施設はあった。3千の兵を駐留させるには絶望的に手狭ではあったが、一時的な潜伏ならば、どうにか兵達の忍耐の限界範囲内だった。

「なんと、重力を生じさせる施設も無いのか。食事をするのにも難儀するではないか。庶民とは、このようなところに暮らしておるものなのか?」

 世間知らず丸出しの発言で、マッカリはイシュヴァラを嘆息させた。

「まあ、庶民が資源採取の為に、十数日を過ごす為だけの施設でございますから、マッカリ卿に置かれましては不便で窮屈にもなりましょう。しかし、兵達のほとんどは戦闘艦に缶詰め状態であるのをお考えあそばし、しばしの御辛抱をお願い致します。」

「ふむ。そうであるの。しかし、このような“痩せた星系”で採取できる資源など、有るものなのか?」

「ええ。ここで揃わぬ必須元素が多いため、定住には不向きですが、逆に、ここでしかとれぬ希少元素も多く、陛下の居室を彩っている装飾品の中にも、この星系でとれた元素で出来たものが少なからずあるのでございます。」

「そうか。こういった星系にはるばる出向く、という苦労をして採取した資源が、陛下や我等の生活を支えておるのだのう。知らずに居て良い事では、無かったやもしれぬな。」

 考えに沈む表情でそう言う様は、素直さや思いやりの片鱗を感じさせる。横暴が目に付く帝政貴族の中にあって、マッカリ卿はずいぶんマシな存在なのだ、とイシュヴァラも少し見直す思いだった。

「しかし、このような貧弱な施設を使っていて、索敵等に問題は無いのか?」

「え・・ええ。大丈夫でございます。」

 軍事的に的を射た質問が飛び出した事に、イシュヴァラはやや驚いた。「オールトの雲の中の施設というのは、周囲の微小天体の位置をしっかり把握する為に、元から多数の無人探査機などを周囲に放っているものでございます。それに我等が少し手を加える事で、軍事的にも支障のない索敵網を、直ぐにも構築できます。」

 高速で飛ぶ人工彗星に追いつき、それが採取して来た資源を回収する、といった活動などをしなければいけない為、住民はオールトの雲の中を相当な速度で飛び回らなければいけない。微小天体の正確な配置を把握し続けておかないと、衝突事故が頻発してしまうので、住民には死活問題だ。他星系への搬出を速やかに実施するためにも、それは欠かせない。

 その民生用の監視網を活用する事で、マッカリ部隊は軍事的にも抜け目のない索敵態勢を構築した。資源採取の為だけに使う貧弱な施設であるが故に、敵には位置を知られておらず、なおかつこちらは敵の動向をしっかりつかめる、そんな態勢の構築が実現された。

 小規模ではあるが糧秣の備蓄もあり、食料や資材の生産設備もある。しばらくの間3千の部隊を駐留させるだけならば、何とか使用に耐え得るものだった。

 「カームネー」ファミリーの、住民との意思疎通の綿密さも、こういった場合には役に立っている。出来の悪い領主は、こんなささやかな民生施設の所在など、把握できていない場合が多い。場所が分かるだけでなく、領民から快く使用許可をもらったり、内部の設備や構造に関する情報提供などで積極的な協力を得たり、というのも必須になる。有事にこそ、日頃の領民との信頼関係が活きて来るのだった。

「ギヤス・カームネーのように、領民への慰撫に抜かりのない者を味方に付けられたことが、我等を大きく有利に導いておるのだのう。」

 またも的を射た発言が飛び出し、イシュヴァラも再び驚いた。

「さすがの御明察、恐れ入ります、マッカリ卿。」

 素直に褒めたイシュヴァラ。「やはり、軍政に反旗を翻し、帝政復活に協力する軍閥の方が、全体的に領民への慰撫が行き届いておるように思えます。偶然かもしれませんが、領民と親身に接している軍閥ほど、軍政より帝政の方が信頼されており、統治を受け入れてもらい易い、という情勢を実感しているのかもしれません。ジャラール・レドパイネ然り、プラタープ・カフウッド然り。」

「なるほど。イシュヴァラよ、おぬしこそ、なかなかの慧眼ではないか。そうなのだ。やはりこの国は、皇帝陛下が治めてこそ安寧を得られるのだ。」

 膝を叩いて喜ぶマッカリ卿だが、その帝政の没落を招いたのは横暴貴族達の強欲な振る舞いであり、彼もその一員である事を想うと、イシュヴァラは複雑だった。皇帝親政が復活した後の、彼らのような高級貴族の振る舞いに、この戦いで散って行った幾千万の人命が報われるか否かが掛かっている。が、そんな緊張感は、目の前ではしゃぐ貴族からは感じられなかった。

 本来は採取して来た資源などを集積しておくための倉庫が、今は部隊の総司令部として使えるように改装され、マッカリやイシュヴァラの居場所となっている。無重力だから天井も床も無く、6方向の壁面全てがコンソールやディスプレイなどの据え付け先となっているので、ディスプレイの光彩や機器の電子音などが、立体交差的にイシュヴァラに押し寄せている。

 首を巡らせればどの方向にもある、ディスプレイに表示されている情報の多くは、帝政復活を望む領民達が命を削る思いで獲得し提供してくれたものだ。彼らの努力に報いる為にも、何としても「グレイガルディア」に善政をもたらしたい、と切に願うイシュヴァラだが、軍政打倒だけでそれが達成されるわけでもないらしい。

 一つのディスプレに現れている詳細な微小天体の配置図に、イシュヴァラの視線は固定された。貧しい領民が、血の滲むような苦労の末に入手して散布した、無人探査機が捕えた情報だ。長年の観測に基づく情報だから、1つ1つの天体の軌道や運動状態も、正確にトレースされている。実にありがたい情報だ。

 この情報の彼らへの提供は、軍事政権への反抗を意味する。場合によっては、それを理由に処刑すらもされかねない。住民にとっては、命懸けの行為だ。それでも彼等は、この情報を彼等に提供してくれた。帝政復活を願って。「グレイガルディア」の善政と平穏を祈って。

(なんとしてでも、期待に応えねば。)

 切実な思いで、イシュヴァラはディスプレイを見詰めた。黒の地に白い光点で微小天体が示されただけの、不愛想極まりない外観ではあっても、イシュヴァラには、熱い想いを込み上げさせる表示だった。

今回の投稿は、ここまでです。 次回の投稿は、 '19/6/15 です。

何度目かもわからないですが、お詫びと訂正をさせて下さい。「スヒニチ」領域という名称と「スヒニジ」領域という名称が、同じ場所に対して混在してしまっています。皇帝が捕らえられていた「ニジン」星系を含む領域で、ギヤス・カームネーの所領「レベジン」領域の隣でもあります。元々は「スヒニチ」としていたものが、いつの間にか最後の「チ」が「ジ」になってしまっていました。読者様の中には混乱してしまった方もおられるかもしれず、申し訳ない限りです。本来は「スヒニチ」ですが、「スヒニジ」の方が多くなってしまったらしい事情に鑑みて、今後は「スヒニジ」で統一していきたいと思います。ご承知おき下さい。同じような間違いが他にもあるかもしれませんが、これだけ長い物語で間違いを無くすというのは、作者には不可能なようです。ご寛容を願うしかない次第です。サブタイトルで「アジタ」が「アジア」になってしまっているのもあるし、慙愧の念に堪えません。一度投稿したものは修正しないのが基本方針ですので、間違いは間違いのまま残して恥を晒し続け、後書きでの修正コメントで対応させて頂きます。よろしくお願いいたします。というわけで、

次回 第73話 「ファング」着陣 です。

寄せ集めでにわか仕込みの弱兵4千程度が守る宇宙要塞「オンボート」に、一万を超える軍政部隊が襲い掛かろうという場面に、百人百隻の「ファング」は何をしに行くのでしょうか?どう戦うつもりでしょうか?皇帝の正規軍に敵対するのは気が引ける、という軍政側の精神状態だけが頼みの綱の状態です。時間稼ぎはできそうですが、襲撃を退けることはできるでしょうか?次回以降をご注目下さい。

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