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銀河戦國史 (アウター“ファング” 閃く)  作者: 歳越 宇宙 (ときごえ そら)
第5章  包囲
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第70話 4局の激戦

 散開弾の応酬に続いて両陣営は、敵防御力の損耗の程度を見極めながら、徹甲弾などの弾種による攻撃を繰り出すタイミングを計る事になる。敵の防御力を落し切らない内に撃ち込んでも無駄になるが、散開弾ばかり撃っていても効果的な打撃は与えられない。距離をどれくらい詰めるかも、散開弾による防御力の削減効率や徹甲弾の命中確率を左右する事になる。

「距離を詰めさせるな。上手く間を取れ。」

 ジャラールの指示が飛ぶ。“守り手”側は、散開弾の応酬を少しでも長引かせようとしている。“寄せ手”は短期の決戦を目指したいと見え、グイグイ押して来る。

「敵の突出を見逃さず、遅滞なく分厚い攻撃を加えるのだ。」

 幾つものディスプレイに油断なく目を配りながら、ジャラールは指示を送り続ける。敵は、なるべく早く距離を詰めたい。だが、激しい散開弾の応酬の中で、巨大な軍の全部隊が、凹凸(おうとつ)の無い平板を維持して前進するのは難しく、どれかの部隊が突出してしまう。

 突出した部隊が確実に集中砲火を浴びる、という場面が繰り返されれば、敵は前進圧力を緩めざるを得ない。散開弾の応酬を長引かせたい“守り手”側は、突出部隊を確実に叩く事で、彼我の接近を押し留める戦術に出ている。

 飛び出した敵を素早く見つけてすかさず叩く、という作業は、時代が時代なら“もぐら叩き”と呼ばれるものだ。個人レベルなら、子供にでもできる単純な作業だ。

 が、宇宙における巨大戦力のぶつかり合いにおいては、言うは易く行うは難し、だ。突出する敵を見極めるのも、そこに攻撃を集中させるのも、情報収集の量と質と速さを極限まで追求しなければ、できる事ではない。ジャラールは額に汗して戦況を注視し、“宇宙のもぐら叩き”に全神経を傾ける。

「C方面、座標15-33-29の熱源パターンは、当該部分の突出の兆候と推測される。レーダーによる観測を集中し、周辺の艦群との相対距離を見計らいつつ、突出を確認し次第、集中攻撃を実施っ!」

「了解しました、御棟梁!」

「B方面、座標40-91-12への攻撃集中は、そろそろ止めても良い頃合いだ。熱源パターンの変化に注目せよ!」

「心得ております、御棟梁!」

 きびきびとした主従の呼応。阿吽(あうん)の呼吸。打てば響く両者の関係。機能的な組織の姿が、そこにはあった。

「広域索敵班、敵の予備戦力の動きは、決して見逃すなよ!」

「抜かりはありません、御棟梁!」

 ジャラールの目配りは、4つの部隊相手のもぐら叩きだけに留まってはいない。“寄せ手”は2万程の部隊を予備として後方に残してある、という情報もあった。4つの侵攻部隊の動向を見つつ、どこかでこれを投入して来る可能性がある。最も優位な方面に加勢させて、一気に“守り手”を突き破り「レドパイネ」の拠点を突く、というのが最も可能性の高い予備兵力の運用だろう。

 “寄せ手”は懸命に前進を試みるが、間合いを取って散開弾の応酬を長引かせる“守り手”側の目論見の方が上手く行っている。が、戦闘宙域自体は、拠点に向かってかなりの速度で移動している。必ずしも“守り手”が優位、とも言い切れない戦況だった。

「B方面に、特異な動きっ!」

「何だっ!」

 ジャラールが、オペレーターの方に身を乗り出す。

「突出させておいた『ヒルロウ』ファミリーの部隊に、執拗に突撃を仕掛ける敵部隊があります。」

「来たな。そいつも、『ヒルロウ』だ。」

 「ヒルロウ」ファミリーも、軍政側と「レドパイネ」側の両方に、一族を分けて参陣していた。が、「ライラクラフ」のように、ファミリーの存続を企図しての策では無かった。単純に、兄弟の仲が悪いのが原因だった。以前にも兄弟の仲の悪さに付け込まれ「ファング」に痛い目に合わされた軍閥がいたが、珍しい事ではなかった。むしろ、相続や税の取り分の割合などを巡って、内部での抗争が発生していない軍閥の方が少ない。程度の差はあるが、どの軍閥もその内部では、親子や兄妹や主従等の間で、何らかの矛盾や対立を抱えているものだ。

 だが「ヒルロウ」兄弟は、その程度が異常だった。次男にも関わらず跡継ぎに任じられ棟梁となった弟を、長男が憎悪し、顔を合わせれば必ず、全力を振り絞った殺し合いの乱闘をしかけるのだった。棟梁である弟の方には多少の落ち着きがあるが、兄には時も場所もわきまえる分別が全く無かった。軍政の執り行う公式な行事に参加していた時でさえもそんな有り様だった事例を、アジタはカイクハルドに教えていた。

「思った通り、この戦場でも乱闘をおっぱじめやがったな。『ヒルロウ』の馬鹿兄弟は。」

 嘲笑をかみ殺した、カイクハルドの呟きだ。「ヒルロウ」の棟梁が「レドパイネ」陣営に馳せ参じたと聞いた時に、必ず兄は軍政側に参陣しているはずだ、とカイクハルドは読んでいた。「ヒルロウ」の兄は、必ず棟梁である弟と反対側に付く。軍政に忠誠を誓っているわけでも、それを信頼し存続を願っているわけでもないが、弟の反対という理由だけで軍政側に馳せ参じる。そして、戦場で弟を叩き潰す機会を狙っている。この確執を利用してやろう、とカイクハルドは、底意地の悪い企みを練った。

「全く周囲が見えなくなるのだな、兄弟喧嘩を始めてしまうと。」

 ジャラールも呆れた顔だ。

「よし、手筈通り、『ヒルロウ』を走り回らせろ。」

「わかった。」

 カイクハルドに返事をしたジャラールは、オペレーターの一人に向き直る。「計画通りのコースで、『ヒルロウ』に駆け回るように指示せよ。」

 平面状に広がった軍勢の中を、「ヒルロウ」部隊に上下左右へと走り回らせる行動計画は、予め策定されていた。ある程度の分別を保っている弟は指示された通りに動いたので、どこをどう走るかを、「レドパイネ」側の全軍は熟知できていた。だから味方には、混乱は生じない。

 走り回る“守り手”側の「ヒルロウ」を追いかけて、“寄せ手”側の「ヒルロウ」も自軍の陣内を走り回った。平面状の陣形をとる軍政部隊の中での、上下左右の激走だ。

 兄弟喧嘩で頭に血の上った“寄せ手”側の、兄の「ヒルロウ」は、周囲への気配りも何もない爆走を見せる事になる。味方を蹴散らしたりするのも辞さなかった。“寄せ手”は混乱した。

 弟の激走は“守り手”に混乱を生じず、兄の爆走は“寄せ手”を混乱させた。広い宇宙に百km単位の距離を開けて散らばった艦群だから、衝突するなんて事までは起きないが、ミサイルやプロトンレーザーを乱れ撃ちしながらの「ヒルロウ」兄の爆走は、“寄せ手”の索敵や迎撃を著しく妨げる。“守り手”から飛来する散開弾を防ぎ難くなるのに加え、味方艦の位置も正確には分からなくなる。気付かぬうちに敵へと突出し過ぎていて、袋叩きになる艦も出て来る。速度を落とし過ぎて、取り残される艦もある。

「A方面、敵陣の『ライラクラフ』部隊が突出しているのを、検知しましたぁっ!」

「意図した突出、って感じじゃねえな。散開弾の応酬っていう混乱した状態の中で、いつの間にか前に出ていた、って感じだろうかな、カイクハルドよ。」

「ああ。偶然といえば偶然だが、長く戦っていれば、いずれこんな状態になるというのは、必然だぜ。」

 カイクハルドの返事の間にも、ジャラールはオペレーターに顔を向けていた。

「こちらに付いている『ライラクラフ』にも指示だ。突出して、手筈通り同族を迎え撃つように伝えろ。」

「さて、いよいよ空砲戦の始まりだな。」

 カイクハルドは、また含み笑い。

 「レドパイネ」側の「ライラクラフ」部隊が、特殊樹脂片を詰め込んだ散開弾を、軍政側「ライラクラフ」に撃ち込む。敵に損傷を与える事の無い攻撃だ。遠くから観察する者には金属片の雨を浴びているように見える「ライラクラフ」艦だが、実際は痛くも痒くもない樹脂片を浴びているだけだ。

 徹甲弾も打ちこんだ。敵艦装甲を突き抜け得る、質量も強度もない似非(えせ)徹甲弾だ。爆発するが装甲の外側だし威力も小さくしてあるので、敵艦には何の支障も生じない。多少は装甲が凹んだりするが、機能には影響しない。派手な爆発光が観測者に甚大な損害を想像させるが、全てフェイクだ。

「敵も味方も、『ライラクラフ』への攻撃を控え始めていますっ!」

 オペレーターの報告に、ジャラールは眉をぴくりと動かした。

「本当か?本当に、そんな事になるのか?」

「同族同士が真正面から撃ち合っているのを眼前で見せられたら、割って入るのは気が引けるもんだぜ。それがどれだけ悲壮な覚悟を伴った戦いかは、同じく軍閥を率いている立場の者同士だったら、想像が付くってもんだ。」

 「ライラクラフ」は互いに何度も通信で名乗りを上げながら、識別信号も発しながら戦っているので、同族同士で撃ち合っている事態は、周囲の戦闘艦に次々に知れ渡って行く。同情と遠慮も拡散して行き、「ライラクラフ」を攻撃対象から外す戦闘艦が、敵にも味方にも続出する。同族同士での悲壮な正面衝突から、余所者(よそもの)達が手を引いて行く。

 「ライラクラフ」の部隊は、“寄せ手”のものも“守り手”のものも、上下左右にどんどん広がって行った。激しい戦いの結果として、意図せず広がって行っているように見せているが、計算ずくの行動だった。激しく撃ち合う振りをしつつも、「ライラクラフ」は、通信で打ち合わせをしながら動いているので、極めて合目的的な部隊運用になっている。

 周囲には本当に撃ち合っていると信じ込ませ、なおかつ敵味方の軍勢を遮断するように、「ライラクラフ」の部隊は縦横に広がって行く。いつしか、“寄せ手”も“守り手”も、最前面は「ライラクラフ」に覆い尽くされている形になり。「ライラクラフ」だけが撃ち合っている状態になる。

「A方面では、『ライラクラフ』だけがミサイルの応酬を展開していて、後の戦力は敵も味方も全て、蚊帳(かや)の外に置かれましたぁっ!」

 蚊も蚊帳も知らない宇宙時代のオペレーターが、そんな報告を入れる。オペレーターの声には、意外さに驚いている色が感じられる。こういう状態に持って行く事を、カイクハルドは事前に説明していた。ジャラールも彼の配下のオペレーター達も、分かってはいた。だが、こんな策が本当に上手く行く、とは思っていなかったらしい。その気持ちが、オペレーターの声に透けて見えている。

「それ見ろ、言った通りになっただろ?」

 得意気なカイクハルド。

「驚きだな。本当に、空砲戦にすり替えやがった。」

 眼を白黒させてディスプレイを覗き込んでいる、ジャラール。「同族での撃ち合いに対する遠慮、なんてものが、こんな風に戦場で利用できるなんて、考えた事も無かったぞ。」

「これでしばらく、時間が稼げる。A方面の戦力をいくらか引き抜いて、B方面に向かわせよう。」

「大丈夫なのか?カイクハルドよ。すぐにバレてしまうのではないか。そうなれば、A方面が敵に突破されるかもしれんぞ。」

「すぐにバレるとしても、バレる前に結着を付けてしまえば、問題はねえだろ?」

「そうなのだが、な。・・B方面の状況はどうなのだ?」

 途中からオペレーターに視線を映して、ジャラールは声を高くした。

「はいっ。こちらは、『ヒルロウ』の激走の結果、敵陣が大混乱に至っております。隊列も歪み切っていて、著しい偏りが生じています。」

「そうか・・よしっ!B方面の最も敵陣の薄い部分に、A方面から引き抜いた部隊を突入させよう。直ちに引き抜く部隊の選定と、タキオントンネルターミナルの設営を開始せよ。」

 命令が下ってからの作業の速さに、今度はカイクハルドが目を見張る番となった。1時間後には3千ほどの部隊が、A方面からB方面への超光速の移動を果たしていた。

 “内面”の優位を利用した戦術でもあった。包囲戦において、内側で守っているのが“内面”と、外側から攻めているのが“外面”と呼ばれたりもする(地球時代には“内線”と“外線”だったが宇宙時代には“面”となっている)のだが、 “外面”より “内面”の方が、各方面の間での部隊の融通が圧倒的に素早く簡単に行えるのだ。とはいえ、ジャラールの見せた速さはカイクハルドの想像の上を行っていた。

 移動させられた部隊は最近になって馳せ参じたばかりの軍閥が多く、事情もよく分からぬままA方面からB方面に廻されただけなのだが、闘い振りは勇猛だった。

 それもそのはずで、混乱の極みにある軍勢の最も手薄な部分への突撃だから、敵は直ぐに崩れる。味方が一方的に、敵を撃破して行く展開だ。味方は調子付く。いくら俄かに馳せ参じた兵でも、調子付かせれば勇猛になるものだ。敵中にグイグイと分け入る。

 B方面の敵勢は、この新たに廻され突入して来た部隊に、背後を取られる事を恐れたらしい。混乱して状況が詳しく分からないだけに、背後を取られる事への恐怖は絶大なのだろう。堪らず敵は、前部にある逆噴射用スタスターを、全戦闘艦が作動させるに至る。

 “寄せ手“の軍勢は、前進するベクトルを徐々に喪失して行き、遂に静止状態になり、それでも飽き足らずに前方へのスラスター噴射を続けたので、後退局面に入ってしまった。

 敵が後退し始めても、A方面からの部隊は、変わらず押しまくったので、後退速度はどんどん上がって行く。背後を取られまいとして、B方面の敵軍勢の戦闘艦全てが、先を争うよううに後ろへ後ろへと移動する。

 前方からも激しい攻撃が加えられる。もともとB方面を担当していた「レドパイネ」側の部隊も、敵の混乱や後退を受けて、ここぞと攻勢を強めて来る。それに対処しながら、A方面から来た部隊に背後を取られないように、とすれば、どうしても後ろへ向かいたい気持ちが強まり、逆噴射用スラスターに拍車が掛けられる。敵の軍閥同士で、他よりも少しでも後ろに位置取ろう、と企てる競争が生じる。各艦の前部スラスターは、いよいよ激しく酷使された。

 艦列が乱れる。敵の攻撃を防ぎ、敵に攻撃を繰り出すのに合理的な艦の配置が、どんどん崩れて行く。敵を攻撃する圧力は弱まり、敵の攻撃に抗する力は弱まる。散開弾の応酬に、徐々に徹甲弾の撃ち合いも混じって来ている状況で、この圧力の差は敵の被害を拡大させる。

 被害が大きくなると、冷静さも失われて行き、後ろへ向かおうとする動きはより熱狂的なものとなる。前面への敵への攻撃を中断して、大きく後方へと距離をとろう、という動きを見せる軍閥すら出て来る。

 遂に、艦首を後ろに向けて、メインスラスターの噴射で後方に突進する戦闘艦が出て来た。 それを目の当たりにした別の艦も、それに倣う。我も我もと、回れ右をして艦をダッシュさせる。そんな反応が連鎖して行く。後ろへダッシュする動きが、広がって行く。次々に、回れ右をする艦が現れる。敵への攻撃どころか、敵からの攻撃への防御も放り出して、一目散に後方を目指す動きが連鎖して行く。もう隊列も攻撃態勢も、考える者はいないようだ。ただひたすらに、敵からの離脱だけを考えるようになった。艦首を後方に向けている艦が、圧倒的に多くなった。

 A方面からの部隊が到着して1時間後、“守り手”の部隊に追い立てられるようにして、“寄せ手”の潰走(かいそう)が始まった。隊列も戦意も完全に潰された状態での無秩序な敗走、それが潰走だ。こうなったら、もう止まらない。

「あんな風になったからには、B方面の軍勢を、他に廻しても大丈夫だろう?ジャラールの旦那よ。」

「・・うむ。そうだな。A方面から廻して来た部隊だけに任せて、後は引き抜いても良さそうだ。」

 追いかけて来る者が全くいなくなれば、潰走中の軍勢もどこかで冷静を取り戻し、態勢を立て直して再進撃して来るかも知れない。だが、僅かであっても追撃する部隊がある限りは、潰走に至った部隊は立て直しなど効かない。1万近くが残っているB方面の敵軍勢だが、たった3千のA方面からの部隊だけに、追撃を任せて良い、とジャラールは判断した。

「B方面からの軍勢の、D方面への再布陣、完了しましたぁっ!」

 オペレーターのその叫びは、ジャラールの指示から2時間程後の事だ。1万の軍を動かしたにしては、短すぎると言って良い。ジャラールのオペレター達の練度が知れる。

 D方面は、敵のおよそ倍の戦力での迎撃となる。見る見る「レドパイネ」側が優勢になっていく。そう簡単に潰走にまでは追い込めないが、敵の前進を食い止め、後退局面にも至らしめる。

「A方面は、未だに『ライラクラフ』の空砲戦なのか。バレもせずに、同族同士の嘘の戦闘が繰り広げられているのか?」

「はいっ、御棟梁!」

 オペレーターの、元気の良い返事。「手筈通り、『レドパイネ』側の『ライラクラフ』部隊が徐々に後退し、『ヒルエジ』第6惑星の第28衛星へと誘導しています。」

 押されている「ライラクラフ」も押している「ライラクラフ」も、合意した上での第28衛星への移動だから、順調に行くに決まっている。後方で戦況を眺めている“寄せ手”の軍勢も、「ライラクラフ」に釣られる形で第28衛星にやって来た。惑星からかなり離れた位置をゆっくり周回するこの衛星は天然の天体であり、「レドパイネ」の基地施設が作り込まれたどの衛星からも、かなり距離が離れている。

 「レドパイネ」側の「ライラクラフ」が、衛星の陰に入った。後方の軍政側部隊には、その姿は完全に捕えられなくなったはずだ。前方に軍政側「ライラクラフ」の部隊が広く展開し、空砲戦とは言えミサイルやプロトンレーザーを撃ち合っているから、熱源も電磁波も乱れに乱れている。その向こうにいる「レドパイネ」側の「ライラクラフ」など、ほとんど検出できない。

 それに加えて、衛星の陰に入ってしまったら、その動向は全く把握できない。比較的小型とは言え。第28衛星は直径千数百kmに及ぶ天体だから、戦闘艦などと比べれば絶大な巨体だ。10艦やそこらは完全に覆い隠せる。

 軍政側「ライラクラフ」と第28衛星に隠されて、「レドパイネ」側の「ライラクラフ」は、一目散に戦域から離脱した。「ヒルエジ」第6惑星にも環があり、ガス惑星でもあるから、それらを上手く利用すれば、見つからずに完全離脱を達成するのは、全く難の無いものだった。

 軍政側「ライラクラフ」の部隊は、第28衛星を球状に包囲して、ミサイルとプロトンレーザーの一斉射撃を繰り出した。今度のは空砲ではなく、普通に打撃力を有したビームとミサイルだ。衛星表面の岩が、次々に砕け飛んで行く。

 第28衛星には、「レドパイネ」側のいかなる軍事施設も存在しない。何も無い、ただの岩石衛星だ。敵だって、そこに何かがある、という情報は得ていないはずだ。熱源やレーダーでも、何ものをも検出していないはずだ。

 だが、「ライラクラフ」が全力の包囲攻撃を繰り出す様を見て、他の軍政側部隊もそれに参加し始めた。何も無いとの情報は経ているが、何かを見つけた、と「ライラクラフ」が言って来たわけではないが、これだけ派手な攻撃を繰り出しているのだから、きっと軍事施設があるのだろう。だから、参加しない手は無いと、どの軍閥も判断したらしい。具体的にどういう目的や意図があって、ただの岩石惑星にしか見えないものを攻撃しているのか、などを考える者はいなかった。

 同族同士の撃ち合い、という局面はもう終わった、と判断されているだろう。実際、何も無い衛星からは反撃などして来るはずもないから、撃ち合いという現象は起きない。軍政側「ライラクラフ」が一方的に撃っている。参加するのに遠慮する理由は無くなっているし、今まで黙って見ているしかなかった分、他の軍閥達も派手な攻撃をやりたくてうずうずしていただろう。

 軍政側の1万の軍勢が、何も無い、ただの岩塊に過ぎない第28衛星を、袋叩きの滅多打ちにしていた。やっている方は気分が良いだろう。一切の反撃を受けず、爽快かつ豪快な破壊を繰り広げるのだから。次々に砕かれ吹き飛ぶ岩塊は、兵士達の気分をスカッとさせる効果が抜群だろう。

 軍政側の軍勢は皆、“何となく”で第28衛星を攻撃している状態だと思われる。誰も、何の為にとか、誰の指示でとか、考えていないだろう。皆がやっているから、何となく自分達もやっている。やってみたら、次々に岩塊を吹き飛ばして気分が良く、楽しいから、止められない。最初にやり始めた「ライラクラフ」を除いて、その他は皆、大した考えもなく、何も無い第28衛星を袋叩きにする、という無駄な作業に熱中した。1万に及ぶA方面の大軍勢は、こうして完全に無効化された。

 一方「守り手」側でA方面にいた軍勢の内の約5千は、一旦後方へと下げられていた。「ライラクラフ」以外の、B方面に廻されなかった軍勢だ。空砲戦がバレて「ライラクラフ」が窮地に陥った場合の救援用や、他の方面での不測の事態に対応する意味合いで、一旦後方で遊ばせてあった。要するに、予備戦力とされたわけだ。

 だが、A方面の敵が完全に無効化され、B方面は潰走に至った戦況を見れば、もう後は一気にケリを付けるだけだ、とジャラールは判断した。予備戦力のD方面への投入を下令した。「ライラクラフ」も、少し遅れたがD方面への転戦を果たす。

 D方面も、こうなれば俄然、「レドパイネ」側の優勢が決定的になる。それまでもB方面からの分と合わせて、2倍以上の戦力でじわじわ押している戦況だったが、それに拍車がかかった。2時間ほどの激戦の末に、軍政側は潰走に転じた。

「敵の予備兵の動きはどうか?」

「A方面に送られ、第28衛星への全く意味の無い攻撃に、参加しそうですっ!」

 ジャラールの問いへの、オペレーターの反応は素早い。

「わっははは、優勢が伝えられたA方面に追加戦力を投入して、一気に勝負を決するつもりだったのだろう、敵の司令部は。だが、まるきり無駄な、衛星への包囲攻撃に参加させられて、自ら無効化の道を進む結末だ。」

「味方軍勢が、あんなにもの盛大な包囲攻撃をしているから、問答無用で意味のある攻撃だ、と思い込んじまったんだろぜ。指示も情報も無しに、ただ目の前の状況だけに流されて、全員が意味の無い行動に駆り立てられる。大軍勢にはありがちな落とし穴だ。」

「それを意図的に演出するのだから、お前という奴は恐ろしい男だな。何年も前に入手した『ライラクラフ』の情報から、こんな作戦を捻り出すなぞ、尋常では無いぞ。」

 味方の優勢に頬を緩めつつも、カイクハルドを見詰めるジャラールの眼には鋭さがあった。

「それより、もう、D方面からも兵を引き抜いて良いんじゃねえか?」

 ジャラールの視線から逃げるようなカイクハルドの発言だったが、ジャラールの目をディスプレイに釘付けにさせる事には成功した。

「むむぅ、確かに」

 しばらくディスプレイを睨みつけた末の、ジャラールの呻くような声。「敵艦の大半が艦首を後ろに向けているな、そう時をおかずに潰走に至るだろう。おい、D方面から戦力を引き抜き、C方面に向かわせる準備を始めて置け!」

 15分後、D方面の全ての敵戦闘艦が、艦首を後ろに向けて激走している状態が確認された。敵の潰走が決定的になったと見るや否や、2万近い軍勢がC方面への大移動を開始した。D方面も、3千程の部隊が追撃に当てられ、敵に立て直しの機を与えない。

 C方面も、2時間の戦闘を経て敵を潰走に追い詰めた。敵の3倍もの戦力での迎撃だから、当然の結果だった。こちらに目立った被害も無く、撃退は完了した。

 A方面も、他の3方面が全て潰走した戦況が伝わると、慌てふためいて撤収に出た。もたもたしていると、5万の「レドパイネ」軍勢が全力で彼らを襲撃に来る局面だから、そうなるのも当たり前だ。

 第28衛星への攻撃に没頭している中で、最初に他の3方面の戦況を報告したのは「ライラクラフ」部隊だった。彼等だけは、それが意味の無い攻撃だと知っていたから、冷静を保っていた。必死で攻撃を繰り出している風を装って、他の部隊が追い返されるのを待っていた。そうなるだろう、という事も、「レドパイネ」側の「ライラクラフ」部隊に聞かされていた。

 この「ヒルエジ」攻防においてカイクハルドも、何回か指令室を抜け出し「ファング」を率いて戦場で暴れていた。こんな派手な闘いを、指をくわえたままで眺めさせていては、パイロット達の不平が噴出してしまう。敵を圧倒している戦況の中で、一方的な破壊と殺戮に腕を振るわせた上で、“権力者の箱入り娘”の盛大な狩り取りも味わわせた。戦術的には余り意義のある活動ではなかったが、厳しい訓練の成果を発揮できたし、美味しい獲物もたっぷりと囲い籠めて、新入りを始めとしたパイロット達の満足も一入だった。

「敵の軍勢が全て、『シックエブ』にまで引き返して行ったのを確認できた。完全に我等の勝利だ。完璧に、撃退に成功したな。」

 鼻息の荒いジャラールの満足の言葉に、息子も追従した。

「そうだな、親父。『ライラクラフ』や『ヒルロウ』の一族内の都合や確執を利用しただけで、ここまで戦況を有利に運べたってなんて、今でも信じられねえぞ。」

 父から視線を転じて来たシヴァースに、カイクハルドは応じた。

「今回の大敗北に終わった『ヒルエジ』攻略戦において、『ライラクラフ』ファミリーだけが軍政から褒賞を与えられたそうだぜ。ビルキース経由で、軍政に潜り込んでいる女からの情報が来たんだ。」

「ええ?なんでだ?『ライラクラフ』が同族との空砲戦や、何も無い第28衛星への包囲攻撃をやった事が、軍政側の敗因じゃねえのか?」

 シヴァースは、驚きの表情で首を捻った。

「そのカラクリには、敵は気付いちゃいねえさ。敵にすれば、敗けっぱなしの軍政側の中で『ライラクラフ』だけが、同族とは言え、『レドパイネ』側に付いていた部隊を追い散らしたり、要塞施設への・・って言っても実は何も無い衛星だが、それへの集中攻撃を成し遂げたんだ。」

「計画通りに引き上げた同族を見送ったり、反撃はあり得ないと分かっている衛星を攻撃しただけの『ライラクラフ』だが、裏のカラクリを知らぬ者から見れば、大敗北の中で唯一の戦果を上げた軍閥、という事になるな。軍政側としても、何も戦果が無かった、となっては面子が立たぬから、無理にでも戦果をでっち上げる必要がある。仮にカラクリに気付いていたとしても、『ライラクラフ』の戦果を認めないわけには、行かないはずだ。だが、まあ、気付いてはおらぬはずだから、諸手を上げて積極的に、『ライラクラフ』に褒賞を授けたのだろう。」

「・・カラクリを知る者にとっちゃ、どうしようもねえ程の間抜けに思えるな、軍政というのが。百年以上に渡って、『グレイガルディア』を統治して来たのに・・」

 シヴァースの感嘆は止まない。

今回の投稿は、ここまでです。次回の投稿は、 '19/6/1 です。

この説話における宇宙での戦闘の模様が読者様にどのような印象を与えているか、作者としては気になるところです。時代ものの小説や映画のような歩兵や騎馬軍団の対決のような雰囲気でしょうか、艦がぶつかりあうところから海洋戦闘のイメージでしょうか、宇宙的で未来的な印象でしょうか。実際作者は、それらをごちゃまぜにした感じで描こうとしています。古典を下敷きにした物語だから、その古典に出てくる歩兵や騎馬で成る軍団の対決が構想の出発点ですし、でも実際に描くのは艦隊と艦隊のぶつかり合いですし、話の舞台は未来の宇宙です。本陣に構える将が采配を振るう"軍記もの"的な要素と、各戦闘艦の動きを指示する"海洋戦闘"的な要素と、オペレーターが電子機器や通信で状況把握や意思伝達をする"未来宇宙"的な要素を同居させることで、従来には無かったSFを目指したつもりの作者なのですが、僅かにでもその意図や意気込みが伝わっていたら良いなぁ、と願っております。色々な時代の要素を取り混ぜた"超時空"的な雰囲気も、感じて頂けていたら、うれしいです。なんせ作者のペンネームは「歳越宇宙(ときごえそら)」なので。というわけで、

次回 第71話 辺境の要塞「オンボート」 です。

ここへきての、初めての固有名詞登場です。「シックエブ」を脅かすという段階から、さらに一歩を踏み込む展開になります。カイクハルドたちは勝ちまくっている印象があるかもしれませんが、「シックエブ」は軍事政権にとって、最大であっても出先機関の1つでしかないわけで、軍政打倒の戦いはまだまだ先が長いと御認識頂き、次の展開をあれこれと想像して頂きたいと思います。

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