表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
銀河戦國史 (アウター“ファング” 閃く)  作者: 歳越 宇宙 (ときごえ そら)
第5章  包囲
70/93

第68話 帝都劫掠

 数日後、「シュヴァルツヴァール」は「ノヴゴラード」星系第6惑星に向けて飛翔していた。その後ろには、シヴァースの率いる部隊が付いて来ているが、戦闘部隊というより輸送部隊だ。小型戦闘艦2艦を失い、2艦だけとなったシヴァースの手勢が、5隻程の輸送船を護衛する形で航行している。

 「シックエブ」は“帝都”の護衛と監視を最大の任務としているのだから、両者の距離はそう離れているはずがない。「レドパイネ」側軍勢が作っている「シックエブ」包囲網の少し外側、といった位置にそれはある。

「本来、あの都市の防衛を担うはずの『シックエブ』の戦力は、『レドパイネ』軍勢に包囲されて動けねえんだから、掠奪なんぞやり放題なくらいに、“帝都”は無防備なんじゃねえのか?」

「防衛戦力が、ゼロって事はねえはずだ。」

 カビルの問いに、カイクハルドが答えた。「そこに集住しているのは、痩せても枯れても帝政貴族達だからな。多少の防衛戦力の常備は、軍政も認めているのさ。」

「その戦力とは、あまり激しく戦っちゃいけねえんだろ?面倒臭せえな。」

「そう言うな、カビル。いけ好かねえ帝政貴族共だが、皇帝親政を復活させるには必要な人材だ。そいつらを大勢殺しちまうほどの戦闘には、したくねえ。」

「だが、物資は奪うのだろう?帝政復活の戦いの為だって、大義名分が立っているのは分かるが・・」

 ヴァルダナが、声を低くして呟く。帝政貴族出身の彼としては、元同類からの掠奪は気が進まない。

「連中はその物資を奪われたところで、今日明日の食い物に困るわけじゃねえさ。散々贅沢三昧をした上に、更に財産を上積みする為に抱え込んでる物資だ。それも、本来は皇帝有事に備えるって名目のモノの、横領であり私物化だ。それを、帝政復活の為に戦っている俺達がもらい受けて、何が問題だって言うんだ。」

「そうだな。」

 同意を告げたのは、第1戦隊第2単位の新リーダー、カームだ。「連中だってあの物資を手に入れるのに、権力や暴力を振りかざして集落民を抑え込んで、無理矢理持ち出して来たんだ。俺も連中からの掠奪に、遠慮する必要は感じねえ。」

 全滅したスカンダの単位を補充する為に、つい先日「ルサーリア」領域にある「ファング」根拠地から送られて来た新入りパイロットであるカームは、どうやら帝政貴族出身らしい。“らしい”というのは、直接本人が出自を口にしたわけではなく、立ち居振る舞いからカイクハルドが勝手にそう思っている、という意味だ。ヴァルダナも、多分そうだ、と言っていた。「ファング」では本人が進んで語らない限り、あまり出自を尋ねないのが暗黙のルールだ。

「だから、掠奪、って言うなよな。預けたモノを、返してもらうだけなんだからよう。」

「だが、武力で脅した上で、返してもらうんだろ?」

 カイクハルドの言葉に、新入りカームは遠慮も無く食い付く。

「そりゃそうだぜ。素直に返さねえなら、武力で脅すのもやむを得ねえ。それをジャラールの旦那がやったら後々に禍根を残すから、俺達が代わりにやってやるんじゃねえか。」

「債権回収代行業務みてえなもんだな。世間体を気にする貸し手に代わって、強面(こわもて)の代理人が回収に向かうってヤツだ。」

「良いな、それ。『ファング』に肩書が増えるじゃねえか。“盗賊”兼“傭兵”兼“債権回収代行業者”か。」

「それでまた、権力者の箱入り娘の入手経路が増える、ってのがお前の狙いだろ!」

「入ったばかりなのに良く知ってるな、カーム、その事を。」

「10日前の面談で、かしらに教わったんだぜ。」

「おう、かしらぁ、面談で、何ていう下らねえ話をしてんだ。」

「それ以外に、話す事なんか、あるか?」

「ちげえねえ、アハハハ・・」

 「シュヴァルツヴァール」の航宙指揮室には、ざっくばらんな空気が満ちている。新入りが大勢来たとて、それは変わらない。いや、沢山の新入りが来たからこそ、カイクハルドはそんな雰囲気作りを心掛けていた。

 今回の行動は、新入りに対する訓練の成果確認、という意味も大きい。39人ものパイロットを失った直後だから、補充だけやっておけば済む、というものでは無い。激戦の疲れを残す身体に鞭打って、10日ほどみっちり訓練は実施したが、「シックエブ」相手の激闘の前に、手頃な相手との実戦を経験しておきたいところだ。

 「シックエブ」が包囲されている状況だから、「ノヴゴラード」星系第6惑星までの道のりも「レドパイネ」陣営に制宙権があった。無人探査機をばら撒いて安全を確認してあるので、直前までタキオントンネルでの接近が可能だった。

 帝都守備隊の索敵範囲も判明しているので、そのすぐ外側から「ファング」は発進した。「シュヴァルツヴァール」を襲撃対象の索敵範囲に入れる、というリスクは負わない。どれだけ余裕綽々の敵でも、不用意なリスクを抱えたりはしない。母艦は、絶対安全なところに置いておくものだ。

 「ファング」は電磁式カタパルトで出撃したが、今回は穏やかな加速だ。並の人間なら呻き声の一つも上げているかもしれないが、「ファング」パイロットの人工的に強化された肉体には、痛くも痒くもなかった。その前方に、3艦の小型戦闘艦が立ち塞がるように現れた。

「我等は帝都守備隊である。ここは皇帝陛下の作りたもうた聖なる都、『ノヴゴラード』星系第6惑星の衛星軌道上都市であるぞ。この場所への勝手な侵入やここでの狼藉は、皇帝陛下への不遜と心得よ。」

「我々は、その陛下の御親政復活の為、皇太子カジャ様より勅命を受けて戦っている者だ。そちらが皇帝陛下より預かっている糧秣を、陛下の為の戦いに運用すべく、引き取りに来た。直ちに糧秣を我等の前に差し出さぬ事こそ、陛下への不遜であると心得よ。」

 軌道上都市から来たと思われる戦闘艦からの宣告に返答したのは、シヴァース・レドパイネだった。カジャの勅命が本物である事も、電子媒体の勅書を示す事で立証できる。

「う・・カジャ様の勅命を・・、し、しかし、皇帝陛下直々の勅命でないのであれば・・」

「陛下が現在『ニジン』星系に蟄居あそばされている事は、そちらも十分に承知しているはず。陛下不在の折には、皇太子殿下がその代理となられる事くらい、わきまえておるはずだ。カジャ様の勅命に従えぬ、と言うのか。」

「うう・・確かに、陛下不在に置けるカジャ様の勅命となれば・・・いやいや、しかし、陛下直々の勅命でないのならば、もう少し慎重に成り行きを見極めてからでも、遅くはあるまい。しばらく、糧秣の拠出はお待ち願いたい。」

「何だと。カジャ様の勅命で戦っている我等に、糧秣を拠出できぬ、と言うのか。」

「い、いいや。拠出せぬとは・・。し・・しばらく、待って、頂きたい、だけだ。陛下直々の勅命ではないのなら、拙速は避けねばならぬ・・」

 通信機越しに、帝政貴族の尖兵と軍閥棟梁の御曹司のやり取りを聞いていたカイクハルドは、「ナースホルン」のコックピットで苦笑をかみ殺していた。

(あんな苦し紛れの言い訳を弄してまで、不当に私物化した糧秣を手放したくないのか。どこまで欲の皮が突っ張っていやがるんだ、帝政貴族っていうのは。)

 皇帝親政が実現すれば、統治の実務を担う事になるであろう貴族達の腐敗ぶりに、彼は暗澹たる気持ちになる。軍政打倒は、こんな奴等の為の戦いにもなっている、と思うとやり切れない。横暴を極める軍事政権か、腐敗貴族が実務を担う皇帝親政か、そんな選択肢しか与えられていない「グレイガルディア」を、悲しく感じた。

「まあ、良いだろう。少しくらいは待ってやろう。なぜカジャ様の勅命の場合は待たねばならぬのか、そのあたりの理屈はさっぱり納得できぬが、少しくらい待ってやるのは(やぶさ)かではない。だが、盗賊などからの防衛は、自分達でやるのだぞ。自力で盗賊を追い払えないような者に、糧秣を預かる資格は無いのだからな。」

「え?なに?盗賊・・・・」

「今、おまえたちの前に現れた飛翔物体は、恐らく盗賊のものだ。我等はカジャ様の勅命に従った戦いで手いっぱいである故、その盗賊共を追い払う余力は無い。盗賊への対処は、お前達に任せる。では、陛下の為の、大切な糧秣の防衛を、頼んだぞ。」

「え?・・ええっ!? 」

 シヴァースが通信を閉じると同時に、「ファング」は弾丸のごとき急加速に転じた。レーダーで捕捉していてさえ、敵が一瞬は位置を見失う程の、凄まじい加速だ。何故パイロットが重力で圧死しないのか、敵には理解できない加速だ。

 それでもなんとか、帝都守備隊は散開弾攻撃を実施して来た。「ファング」の進路上に金属片群の壁が立ちはだかる。が、展開範囲が狭い。簡単に迂回回避できそうだ。いつもながら敵は、「ファング」の密集陣形を一塊の飛翔体と勘違いする。

「しっかりと、散開弾突破をやり遂げろよ。」

 鈍重な一個の飛翔体を想定した散開弾攻撃だから、「ファング」には避けて通るのに難の無い攻撃だ。しかし、「ファング」は直進した。全艇が直進したわけでは無い。カイクハルドの単位を含め、幾つかの単位は横へ避けて回り込む動きを見せた。

 カームの率いる第1戦隊第2単位(いちにユニット)を始めとした、新入りの多い単位を抽出してある。「ファング」の3分の1程が、直進しての金属片群突破に挑んだわけだ。実戦を兼ねた訓練、というやつだ。

 初めての実戦での散開弾突破を、彼等は1艇も損なう事なくやり遂げた。かすり傷一つ負った艇は無い。金属片群を突き抜けて来た「ファング」に、敵はいつもながら無策だ。予想外の事態だから、対応が間に合わない。突破部隊による散開弾攻撃を許してしまう。

 「ヒビスクス」が、帝都守備隊の3個の戦闘艦の前に展開する。爆圧弾による防御が間に合う距離ではない。新入り達の攻撃精度の確かさにも、カイクハルドはにんまりと満足の笑み。

 金属片の雨に曝されている帝都守備隊を目がけ、迂回回避していた残りの「ファング」が襲い掛かる。上下左右に分かれて回り込み、包囲した上での一斉攻撃を仕掛けた。カイクハルドの単位は、敵の後ろに出るくらいの大きな弧を描いた旋回だ。

 攻撃は全て、散開弾だった。あらゆる角度から濃密に降り注ぐ金属片群は、敵艦の表面構造物を余すことなく叩き潰して行く。人的被害は出ないし、航行の継続も可能だろうが、索敵や攻撃には深刻な支障を来しているはずだ。

 それでも帝都守備隊は、何発かのミサイル攻撃は実施できた。実は「ファング」が、わざとそれくらいの余力が残るように攻撃していた。

「行けっ!ヴァルダナ、バルバン。」

 カイクハルドの号令を受けて、ヴァルダナは新入りパイロットのバルバンを伴って、敵ミサイルの迎撃に向かう。射出直後に旋回し始めたミサイルを、転進が終了する前に叩くのがミサイル迎撃の鉄則だ。射撃はオートで十分だが、敵のレーザー攻撃回避の為の、ランダムな微細動を繰り出しながらミサイルに迫る必要がある。かなりの操縦技量が求められる役割だ。

 今の敵は、レーザー攻撃の機能が叩き潰されてしまっているので必要ないのだが、訓練だからランダム微細動は繰り出している。訓練の為にわざと撃たせたミサイルが、彼等の働きで瞬く間に片付けられた。

 ヴァルダナよりやや動きが直線的だったが、第1戦隊第1単位(いちいちユニット)の新入りであるバルバンも、無難に任務を遂行して見せた。

「降伏する。命だけは、助けてくれ。」

 “帝都守備隊”からの訴えだ。大仰な名称に似つかわしくない、怯え切った声が通信機を穢した。

「これから軌道上建造物に対して、徹底して無慈悲な、破壊と掠奪を断行する。命が惜しい奴は、直ちに逃げ出せ。3時間だけ待ってやる。」

 「グレイガルディア」のかつての首都であり、現在でも経済規模や人口では最大である軌道上都市にとっては、破壊や掠奪は有り得べかざる屈辱だ。なのに、そこに住まう帝政貴族達は、たった百隻の盗賊団に、総員退避をして我が家を明け渡さなければならなくなった。

 円筒の形状をした5つの軌道上建造物から成るのが、「ノヴゴラード」星系第6惑星の軌道上都市だ。政治上の首都機能は「シャフティ」星系に移ったが、“帝都”の呼称で今でも通じる軌道上建造物群だ。古来より、皇帝とその傍に侍る帝政貴族の、生活の舞台とされて来た。

 「ノヴゴラード」星系から遠く離れた宙域に所領を持つ貴族も、領民の監督は管理者に任命した家宰(かさい)や現地の有力者等に丸投げして、自分達はこの軌道上都市から離れない、という場合が多い。「グレイガルディア」の中でも群を抜いて居心地の良い、暮らしの快適なこの円筒形建造物の中で温温(ぬくぬく)と過ごしながら、命を削って領民が生産した食料や資材を溜め込んでいる。今日の糊口(のりくち)もままならぬ貧民から吸い上げた財で、未来永劫にでもゆとりのありそうな蓄財を実現している。

 そこは遥か昔より、憧れと羨望の的となって来た。憧れは、皇帝や貴族の権威となり、「グレイガルディア」の庶民達への統率力となった時代もある。だが一方で、羨望の声と結託した軍閥によって、統治の実権を奪われる結果も招いた。良くも悪くも、「グレイガルディア」では最も注目を集める場所だ。

 そんな歴史と伝統のある“帝都”が、「ファング」に噛み付かれようとしていた。慌てふためいて安住の地を後にする貴族達の宇宙船を見詰めながら、カイクハルドも複雑な想いで溜め息を付いた。

 無人探査機を監視用に配置して、彼等は「シュヴァルツヴァール」に引き返していた。母艦の姿を曝す事なく、貴族たちの撤収を見届けている。

「憐れなもんだな。栄華を誇った貴族達が、たった百人の盗賊団の襲撃に怯えて、伝統ある帝都から逃げ出すんだものな。」

(こぼ)したヴァルダナは、帝政貴族出身者として感慨一入(ひとしお)のようだ。

「だが、帝都の住民は、逃げ出すのには慣れてるはずだぜ。歴史上、何度もこういう掠奪に見舞われて来たのが、この軌道上都市でもあるからな。」

 そんな知識を披瀝する第1戦隊第1単位(いちいちユニット)の新入りバルバンも、やはり帝政貴族出身なのか、とカイクハルドは思った。が、

「そうなのか?良く知ってるな、バルバン。」

 意外そうに聞き返すカビルに、得気に応じたバルバンの言葉は、カイクハルドの予測を打ち消すものだった。

「ああ、『ルサーリア』領域のローカルチームである『ファング-2』で、俺は長く戦って来たからな。帝政出身者の多い『ルサーリア』での活動では、そういった知識は仕入れ易いんだ。生産性の低い『ノヴゴラード』では、外からの物資搬入が少し滞っただけで飢餓が発生してしまうってのも、貴族連中が逃げ出すのに慣れている理由の一つらしいぜ。俺自身は、『ファング』生え抜きだから、人伝(ひとづて)の知識しか持ち合わせてねえんだがよ。」

「そう言えば、俺もサンジャヤ兄様から、そんな話を聞かされた事があるな。貴族達は、何度もこの帝都から逃げ出したが、事が治まるとすぐに戻って来た、って事も教えて頂いた。この円筒形宙空建造物の居心地の良さを考えると、それも無理からぬ事なのかな。」

 記憶を手繰るようにそう呟くヴァルダナも、ここに訪れた経験はあるが、住んだ事は無いらしい。「ハロフィルド」ファミリーは、自領に生活拠点を置き、領民の近くで暮らしている数少ない貴族の一つだった。

「家宰達の横暴を許し、領民に反乱を起こされちまった『ハロフィルド』ファミリーも、あの連中を見てると、余程マシだったって事が分かるな。」

とのカビルの言葉を皮肉と捕えたものかどうか、ヴァルダナは神妙な調子で応えた。

「ああ、特に、兄様が所領経営に専念されておられる間は、領民にも信頼と敬愛を寄せられていた。兄様が軍政打倒への活動に忙しくするようになられ、クトゥヌッティ達家宰の暴走を招いてしまった。住居は所領内に構えていた『ハロフィルド』ファミリーだが、領民を幸福にできない領主など、どれも同じだ。どこに住んでいるかなど、関係ない。」

「そうか。領民に寄り添う姿勢はあった『ハロフィルド』ファミリーですら、少しの油断で、反乱を起こされるほどの不満を領民に持たれるのだから、所領経営ってのも難しいもんなんだな。」

 カウダの言葉だった。軍政出身として、「ハロフィルド」より遥かに横暴な軍閥系の領主を沢山見て来ている彼には、そんな感想が浮かぶものらしい。

「サンジャヤの馬鹿が軍政打倒に没頭するから、そんな事になるんだ。親の代までの善政を、あいつの身勝手が台無しにしたんだ。」

「だが、サンジャヤ兄様の作ったリストが、軍事政権をここまで追いつめているんだ。」

 兄を非難するカイクハルドに対し、ヴァルダナは弁護を試みる。「兄上は悪くない。俺達が兄上に代わって、しっかりと家宰の監督や所領経営を全うしなきゃ、いけなかったんだ。」

「俺も、サンジャヤ・ハロフィルドにそこまでの責めを負わせるのは、どうかと思うな。かしらはサンジャヤの話になると、えらく厳しくなるんだな。」

 にやつきながら、カウダが首をかしげた。

「ああ。あいつだけは、ダントツで虫が好かねえんだよ。」

「そうか?」

 猜疑の声を上げたのは、彼とサンジャヤの関係を良く知るトゥグルクだ。「その逆じゃねえか?故人にそこまできつく当たる様子からすると、むしろ、余程気に入ってたんじゃねえのか?だからこそ、奴の死が無念でならねえんじゃ、ねえのか?」

「そうなのか?」

 ヴァルダナも、前のめりになってカイクハルドを見詰める。「姉上を、2年も囲っていて手を出してないのも、それと何か関係があるのか?」

「阿呆ぬかせ。」

 言い捨てると同時に、逃げるようにカイクハルドは席を外した。彼の背中に、航宙指揮室を埋めた仲間達のにやけ面が、追い打ちをかけていた。

 宣告した3時間が過ぎると、シヴァースの部隊が軌道上の円筒形建造物へと侵入を開始した。戦闘艦は2艦しかないから、3つの建造物には戦闘艇を何隻かと輸送船を差し向ける。ほとんど無人と化しているはずだから抵抗を受ける可能性は低いだろうが、一応は武装して乗り込む必要があった。だが、予測通り抵抗は無く、淡々と糧秣の接収は進捗(しんちょく)した。

「俺達も乗り込んで良いか?もし、若い女が残っていたら、連れて来て囲っても良いだろ?」

 眼を爛々と踊らせて、カビルが喚き立てた。貴族達はほぼ逃げ去っただろうが、3時間で完全に(もぬけ)の殻とは行かない。探せば若い女も、何人かは見つかるに違いない。

「おいおい、抜け目がねえな。貴族の中でも、相当に高級な部類に属する連中が暮らしていた都市だからな。見つかった若い女は漏れなく、“権力者の箱入り娘”の最高級品と思って、間違いねえだろうな。」

 覚えたてのフレーズを使いたくてたまらないカームが、カビルに突っかかって行く。

「ああ」

 にんまりとして、カイクハルドは大きく頷いた。「都市に置き去りにされた高級貴族の御令嬢達は、好き放題に囲って存分にしゃぶり尽くせば良いが、戦闘の成績順に選ぶ、ってのはいつも通りだぜ。カビル、お前はだいぶ、後の方だろ。」

「・・そうか。畜生。今回は、新入りどもが主役だったからな。俺の分は、残っていそうにねえなあ。ちぇぇっ、こんなにもの上玉をゲットできるチャンスだってのによお、新入りが主役だなんてなぁ。ついてねえなあ。やり切れねえなあ。」

「俺は結構、順位が上だから、上玉を選べそうだぜ。だけど俺は質より量のタイプだから、俺が選んだ最高級の貴族令嬢1人と、お前が今囲ってる3人を、交換って事でどうだ?カビル。」

「おおっ!それ良いな。俺は古い3人より新しい1人の方が断然良いからな。お前がゲットする1人は、俺が選んで良いんだよな、カームよ。」

「もちろんだ。あんたのとこのを3人もらえるなら、選ぶ権利諸共(もろとも)くれてやるさ、カビル。」

「良いね、良いね。お前とは気が合いそうだぜ、カームよ。やったぜ!上等な権力者の箱入り娘を、しゃぶり尽くせるぜえ、あっははは。」

「俺もラッキーだ。しょっぱなから、3人もの女を囲えるんだからな。気の合う仲間が出来て、最高だあ、カビルよ。あっははは。」

 内容はどうあれ、仲間同士で気が合うのは結構な話だ、とカイクハルドは苦笑まじりに思った。

 カイクハルドには特に用事は無かったが、彼も円筒形宙空建造物の1つに入り込んだ。彼にとっては、10年以上ぶりでのそれだった。

 前回のは、「銀河連邦グレイガルディア第1支部」を内包するものだった。アジタやジャールナガラやイシュヴァラに出会った場所だ。ビルキースとの思い出も詰まっている。

 リング状のものより高度な建造技術が必要とされるのが、円筒形宙空建造物であり、「グレイガルディア」には僅かしか無い。人の暮らす宙空建造物としては、衛星や小惑星などの比較的小さめの天体を刳り貫いて造ったものがほとんどで、そこでは遠心力による疑似重力も、居住域全体には提供されていない。限られた施設の中だけだ。

 遠心力による疑似重力が全居住域に施されている建造物としては、リング状がほとんどだが、それも「グレイガルディア」では希少だ。集落民の中の最も裕福な者を始め、地方の貴族や軍閥幹部など、比較的恵まれた身分の者達だけが享受している。

 今カイクハルドが目にしている円筒形宙空構造物は、「グレイガルディア」では羨望の的になっているものだ。広々とした上空を、カイクハルドは振り仰いだ。

 “上”と言っても、それはカイクハルドを含めた、円筒形構造物の外周壁内面に遠心力で押し付けられている者達の主観であり、客観的に見れば回転中心軸に近い辺りだ。直径10kmを越える円筒の外周壁内面から眺めた中心軸付近の空間は、“(そら)”と呼び得る解放感がある。

 リング状のものでは高くても百数十m、低いものでは数mしかない。その状況を考えただけでも、ここは非常に恵まれた環境だった。居住面積も、円筒形のものはリング状よりも広く作れるので、住民の生活環境はゆとりのある快適なものになるのだ。

 そんな贅沢な暮らしを、ほんの一握りの貴族が世襲的に独占しているのが、「グレイガルディア」の現実だった。それも、最下層の庶民が、苦心惨憺の末に造り出した財を一方的に搾取する事で成り立っている。それを当たり前の既得権と捕え、民衆の困窮を歯牙にもかけず、恵まれた暮らしの上に胡坐(あぐら)をかいている貴族達を、カイクハルドは憎々しく思う。

 彼等が軍政打倒を成し遂げ、皇帝親政が復活した暁には、そんな憎たらしい貴族連中が統治の実務を担当する事になる。いったい、何に命を賭けているのか。この戦いで散って行ったパイロット達は、本当に報われるのか。それを想うと、カイクハルドは暗澹たる気持ちになる。

 見渡す円筒形建造物の内部の光景の、広々と快適な雰囲気を感じれば感じる程、彼の気は滅入って来た。

 視界には森や川も映っており、流れる水の音や木々のざわめきが、耳だけでなく心にまで沁み込んで来る。人類発祥の惑星「地球」を知らぬ彼にも、それを模倣した眼前の光景は美しく、温かく、そして懐かしくさえ思われる。多くの人が“自然”を感じる人工の景色だった。

 彼の、どこの誰とも知れぬ父も、その父も、そのまた父も、何十世代にも渡って、カイクハルドの祖先は、地球など見たことも無い。それでも、地球を模した風景に懐かしさを感じる心情は、確固として受け継がれている。遺伝子にまで刻み込まれた何かが、あるのだろうか。カイクハルドはしばし、人工の“自然”に圧倒されていた。

 多くの「グレイガルディア」の庶民には“自然”など、存在すら知らないものだが、それを一度でも感じてみれば、それが人という生き物の心身にどれ程貴重なものかが分かる。それに触れる機会を持てないだけでも、人は知らず知らずに大きなストレスに曝され、心身を摩り減らしているのだ、とカイクハルドは実感した。

 貧しい生活や過酷な労働に加えて、そういった意味でも劣悪な環境に押し込まれたまま、大勢の庶民が一握りの貴族を支えている。生活を支えてくれている庶民の暮らしを顧みる事も無く、貴族どもは、自分達の贅沢のみを追求している。そんな事は許せるはずもないのに、今の「グレイガルディア」では皇帝親政の復活を望む以外、軍事政権の悪政や圧政から救われる道は無い。

(なんていう国に生まれたんだ、俺は。なんていうものの為に戦っているんだ、俺達は。)

 カイクハルドは、内心で呟かずにはいられなかった。

今回の投稿は、ここまでです。 次回の投稿は '19/5/18 です。

"リング状の宙空建造物より円筒形のそれの方が高い技術力を要する"というのも、作者が想像で勝手にでっち上げた設定です。宇宙時代における貧富の格差というものを演出する上で、"食"の面では、ケミカルプロセスフードという貧乏人向けの食材とバイオオリジンフードという金持ち向けのそれを登場させています。そして"住"の面では、"小惑星の内部を刳り貫いて作った施設"や"遠心力による疑似重力を生じない宙空建造物"が貧乏人向けで、"円筒形の宙空建造物"が金持ち向け、"リング状"はその中間、という形で貧富や身分の格差を演出しているわけです。自分では、結構、従来にない新しい表現であり、かつ未来の宇宙を描くのならば必須のものなのでは、と考えているところです。"歴史"と"宇宙"と"科学技術"を作者なりに研究しシミュレートしてみた結論なのですが、読者様にはどんな印象を持たれているでしょうか?新鮮なリアリティーみたいなのを感じて頂けていれば無上の喜びなのですが・・。というわけで、

次回 第69話  「ヒルエジ」攻防戦 です。

ジャラールの軍勢が「シックエブ」を包囲している現状から、戦況が一転してしまったかのような上記のタイトルです。攻守が入れ替わってしまっています。糧秣確保をなし遂げた「ファング」の動きと、「シックエブ」再襲撃に向かう「レドパイネ」陣営の動き、そこから上記のタイトルに至る展開を、読者の皆様には想像して頂きたいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ