第5話 防戦・訃報・新手
金属片との衝突の為とみられる、鈍い音とともに、戦闘艇は激しく揺れた。
(直撃した。)
カイクハルドは、恐怖も驚愕も覚えず、冷静に計器類に眼を走らせる。外部装甲が損傷を受けた、とディスプレイは告げている。が、電気系統にいかなる障害も見られない。噴射剤の漏れなども無い。掠っただけだ。戦闘継続に、支障はない。
と考えている間にも、彼の指はレーザー射撃プログラムを入力し終えた。カイクハルドに「キルシュバーム」を見舞って来た「レオパルト」は、撃破を確信していた為か、「ナースホルン」のレーザー射程圏内を等速直線運動で飛翔している。
1回の照射で、苦も無く返り討ちに成功した。
射撃の結果を見ることも無く、カイクハルドはディスプレイに目を走らせ、ナーナクやカビルの状況を確認する。
ナーナクは、1隻の「レオパルト」に突進して行き、レーザーを浴びせかけている。彼の「ヴァンダーファルケ」を狙いすましている別の「レオパルト」は、間もなく味方に当てる事も辞さない散開弾攻撃を敢行しそうだが、ナーナクはそれを考慮した上で格闘を演じている、と彼の動きからカイクハルドは判断した。
一方でカビルも、散開弾攻撃の回避に成功した。彼の近くにいた「レオパルト」は、味方の放った「キルシュバーム」に直撃され、爆散していた。結局、味方の「レオパルト」だけを撃破し「ヴァイザーハイ」には避けられる、という最悪な攻撃になった。その上、「キルシュバーム」を撃った「レオパルト」もカビルの「ヴァイザーハイ」のレーザー攻撃を雨あられと浴びており、直撃も時間の問題だった。
「ヴァイザーハイ」の3門のレーザー銃が、全て5連射撃を繰り出している。「レオパルト」のランダム微細動など、長く持ち堪え得るものではない。
ナーナクの「ヴァンダーファルケ」を狙った「キルシュバーム」も発射されたが、ナーナクはすかさず回避。ナーナクと格闘を演じていた「レオパルト」のみが、凶器の壁の進路に、ポツン、と取り残されていた。
「ムタズ!24-131だ。」
ムタズの「ヴァンダーファルケ」は、戦闘艦から来た追尾型ミサイルに付け狙われていた。幾つか撃ち漏らした大型ミサイルが展開し、小型の追尾型ミサイルがばら撒かれていた。その1つがムタズを標的にしている。
指示に従って転進したムタズの「ヴァンダーファルケ」のすぐ後ろを、散開弾の金属片群が通り過ぎた。ミサイルへの対応に追われていたムタズを、1隻の「レオパルト」が「キルシュバーム」での攻撃のターゲットにしていたのだ。
カイクハルドの指示に従ってムタズが鋭く転進したので、その散開弾攻撃は空振りに終わった。それだけでなく、ムタズを追いかけていた追尾型ミサイルを、金属片群が破壊してしまった。
カイクハルドも、カビルも、ナーナクも、ムタズも、ここまでかろうじて撃破を免れてはいるが、戦況はいよいよ緊迫の度を増して来ている。
その時、カイクハルドの眼前にある全てのディスプレイの“縁”の部分が、一斉に赤い光を放った。不吉な色に、カイクハルドの顔を染めた、ディスプレイの“縁”の一斉点灯は、「ファング」の戦闘艇が撃破された事を報せるものだった。
とうとう、「ファング」に犠牲者が出たのだ。第2戦隊に人的損害が出た事を、ディスプレイは告げている。
「レオパルト」の何隻かは、中型戦闘艦の撃破を企図して反復攻撃を実施している第2戦隊に対して、遠距離からの散開弾攻撃を仕掛けていた。カイクハルドもそれには気付いていたが、手が回らずにいたのだ。
遠方からの散開弾攻撃を浴びながら、多数の艦載レーザー銃による迎撃を掻い潜って、第2戦隊は中型戦闘艦への突撃を敢行していた。損害が出ても、無理からぬところだ。
敵戦闘艦は、レーザーで第2戦隊を迎撃しながら、第1戦隊へのミサイル攻撃を実施している。一方で第1戦隊の付近にいる「レオパルト」は、第1戦隊の戦闘艇との格闘を繰り広げつつ、その隙に第2戦隊への「キルシュバーム」での攻撃を敢行している。
敵も犠牲を覚悟の、必死の戦闘を展開している。こうなっては、「ファング」も無傷とは行かなくなって来る。もとより、犠牲は覚悟の奇襲攻撃だった。
歴とした軍事要塞を、たった百隻の戦闘艇で襲撃すること自体、極めて無謀というべき作戦だ。輸送船に紛れ込む事で虚を突く事には成功し、ここまでは優勢に戦って来たが、いつまでも優勢が続くはずはない。
ここからは、「ファング」も身を削りながらの戦いになる。が、「カフウッド」ファミリーの宇宙要塞「バーニークリフ」奪還を成功に導けば、莫大な報酬が約束されている。盗賊団兼傭兵団である「ファング」が、犠牲を覚悟でこの作戦に身を投じるのは、至極、自然なことだ。
「また来たぞ!戦闘艦からミサイルだ。展開前に撃破だ。」
ナーナクは肉薄していた「レオパルト」を放り出して、ミサイルへの対処に突進。カビルも、追い詰めていた「レオパルト」の撃破を確認するや否や、失神寸前に追い込まれるような転進で「ヴァイザーハイ」を敵ミサイルに向かわせた。
カイクハルドの「ナースホルン」もムタズの「ヴァンダーファルケ」も、それぞれ1発のミサイルの始末に乗り出す。が、ミサイルの処理の為に「レオパルト」を放り出すと、当然のようにそいつらが、散開弾攻撃を仕掛けて来る。
「ナーナク、91-82、ムタズ、53-23、ダッシュっ!」
指示に従った転進で、敵散開弾を回避。だけでは無く、彼らを狙った「キルシュバーム」が敵艦からのミサイルを破壊した。なおかつ指示した方角は、ナーナクの「ヴァンダーファルケ」を、ムタズを狙った「レオパルト」に、ムタズの「ヴァンダーファルケ」を、ナーナクを狙った「レオパルト」に、一気に肉薄させるものだった。
カビルとカイクハルドは、それぞれ1発のミサイルをレーザー照射で破壊した。が、直後、
「金属片群飛来っ!カビル、後ろに付けぇっ!」
「ヴァイザーハイ」が、死に物狂いの転進と加減速を経て、「ナースホルン」の背後に隠れる。流体艇首で2隻の防御を試みる。
今度は、勘に頼るまでもなかった。距離を見誤ったらしい散開弾の攻撃は、展開が早すぎた。カイクハルド達のもとに到着する頃には、散らばり過ぎて隙間だらけだ。流体艇首が無ければ直撃していただろうが、「ヴァイザーハイ」も「ナースホルン」も無傷で切り抜けた。
すり抜けるや否や、「ヴァイザーハイ」と「ナースホルン」の合計5門のレーザー銃が一斉に火を噴く。彼等を撃った「レオパルト」は、ランダム微細動による回避の試みも虚しく、たちまち直撃、爆散した。
と、また不吉な赤い光が、カイクハルドを抱くコックピットに満ちた。幾つものディスプレイの縁が、一斉に点灯したのだ。
「また、やられたか。」
同じシグナルを受け取ったはずの、カビルが零す。
「こっちの戦隊だ。第2単位が、『ヴァンダーファルケ』を1隻失った。」
一瞬、唇を噛んだカイクハルド。が、その眼は、ディスプレイを駆け回る動きを片時も止めはしない。目前の戦いに集中しなければ、もっと仲間を失うのだ。
また、戦闘艦からのミサイルが飛来していた。「レオパルト」を仕留めるや否や、ナーナクの「ヴァンダーファルケ」が命懸けの急旋回を見せて、ミサイルの撃破に向かう。
が、
「違う!そいつは散開弾だ!展開に間に合わない。集まれ!第2単位もだ!」
追尾型ミサイルを分離するタイプのミサイルと思って、撃破に向かったナーナクだったが、再び命懸けの急旋回で舞い戻って来る。ナーナクの0.6秒程の短い失神を、ディスプレイがカイクハルドに伝えた。仲間の意識レベルも、彼は常に把握している。
「ふうっ、やばかったぜ。」
ナーナクのそれは、照れ隠しだ。
「まあ、無理もねえ。」
励ましつつ、ディスプレイに目を走らせるカイクハルド。第1単位と1隻失って3隻となった第2単位が、密集陣形を作る。今度の壁は、「ヴァルヌス」無しでは抜けそうにない。
散開弾の展開の前に、カイクハルドは周囲の状況も探っていた。金属片群を突破した直後を狙える状態の「レオパルト」は、いなかった。ほとんどの「レオパルト」は、この金属片群を避けるのに必死の様子だ。何隻かは、回避できそうにない。味方を巻き添えの攻撃だ。
突破後に狙うべき「レオパルト」も見定めた。必死で金属片を避けた直後の敵なら、簡単に片付くだろう。無論、仲間が流体艇首に防御されている事も、しっかり確認できている。
「ヴァルヌス」の発射も「ナースホルン」の操縦もコンピューターに任せてあった為に、カイクハルドは、知らない内に金属片群を突き抜けていた。
「全員無事か?」
「応」とか「ああ」に続き、沈痛な声が漏れる。
「掠った。自動修復が終わるまでの5分間、旋回能力40%ダウンだ。」
カビルの報告だった。
「第1・2単位、共闘だ。」
告げるとともに、カイクハルドは1隻の「レオパルト」をマーキングした。3隻程が生き残っているが、どれも、直ぐに攻撃体勢に移れる様子では無い。
第2単位の1隻生き残っている「ヴァンダーファルケ」を引き連れ、ナーナクとムタズが突進する。3隻で螺旋を描く。2個単位が共闘するといっても、基本的なフォーメーションは同じだ。
「ナースホルン」2隻は、カビルの「ヴァイザーハイ」を挟むように位置取っている。自動修復が済むまでは、こうしてがっちり守る事にした。もう1隻の「ヴァイザーハイ」を含めた4隻で、「ヴァンダーファルケ」と同じ「レオパルト」に突進する。
7隻でのフォーメーション攻撃が、いよいよマーキングされた「レオパルト」を仕留めようとした瞬間、また赤い光に、カイクハルドは飲み込まれた。
「畜生っ!」
フォーメーション攻撃への意識を逸らすことなく、仲間の死を受け止める。が、今度の赤い光は、長かった。1隻撃破されるごとに3秒点灯するのだ。が、今回は6秒点灯した。2隻撃破されたという事だった。
マーキングされた「レオパルト」の爆散を確認し、次の標的を定めた直後、カイクハルドは味方の状況を確認した。第1戦隊の第4単位に1隻と、第2戦隊に1隻、損害が生じている。敵戦闘艦の味方を容赦なく巻き添えにする攻撃が、2人の「ファング」の命を奪ったらしい。
仲間の死は、「ファング」の動きを僅かにも鈍らせることは無く、マーキングした敵に、「ヴァンダーファルケ」3隻はアプローチして行った。もう1隻残っている「レオパルト」も、そろそろ攻撃体勢に入っていて良さそうだが、カイクハルドは、そいつはもう「キルシュバーム」を撃ち尽くした、と読んでいた。
マーキングされた「レオパルト」が撃破されたタイミングで、最後に残っていた「レオパルト」が、「ヴァンダーファルケ」に向けてミサイルを放った。
「プラズマ弾だ。多分、『アナナス』だな。」
ほとんど勘に基づく指示だったが、彼は自信を持っていたし、仲間もそれを疑わなかった。
プラズマ弾なら、引き付けた上で落ち着いて撃破すればいい。戦闘艇にとっては、散開弾程の脅威は無い攻撃だった。
第2単位の生き残りの「ヴァンダーファルケ」がそれに対処している間に、ナーナクとムタズの「ヴァンダーファルケ」は「レオパルト」を追い詰める。もはや観念したか、ランダム微細動という抵抗さえも見せない「レオパルト」を、「ヴァンダーファルケ」は情け容赦なくレーザー攻撃の餌食とした。
「レオパルト」は片付いた、と思った瞬間、またしてもカイクハルドの顔が赤く染め上げられる。
「第2戦隊だ。やっぱり中型は、一筋縄じゃ行かねえか。俺達も行くぞ。そろそろ、カビルのも修復が終わるだろう。」
2隻撃ち減らされた第1戦隊は、密集隊形をとって敵中型戦闘艦を目指す。
「こっちも、だいたい片付いたぜ。」
そう告げて来たのは、第3戦隊の隊長、トーペーの声だ。
「もう、要塞設置の砲台は、1門も残ってねえぜ、かしら。」
「カフウッドの旦那がいつ乗り込んで来ても、迎え撃つ術が、この要塞の第8セクションにはねえって事だ。」
第4戦隊の隊長テヴェと第5戦隊の隊長カウダも、意気揚々と告げて来る。
「そうか。ようし、聞いたか第1戦隊の野郎ども。トーペー達に獲物を取られねえ内に、早いとこあの“でかぶつ”、仕留めようぜ。」
今回の「応」とか「ああ」は、やや威勢が良かった。
「そりゃねえぞ、かしら。俺達にも、でかぶつの相手させろよ。」
「こっちはさっきから、動かねえ標的の撃破って、地道な仕事ばっかりしてたんだぞ。」
「ちょっとはやりがいのある仕事を、俺達の為の残して置こうって、思わねえかな。」
トーペーとテヴェとカウダの、相次ぐ抗議を振り切るかのように、密集隊形の第1戦隊はぐんぐんと加速して行く。
中型戦闘艦からは、これといった反撃を仕掛けては来ない。「レオパルト」による遠距離からの妨害が無くなると、第2戦隊も水を得た魚と化して反復攻撃に邁進しているようだ。至る所で外部装甲は凹み、ひび割れ、ささくれ立っている。その様子を視認できる訳ではないが、レーダーの反射反応や熱源反応などから、カイクハルド達は想像できた。
第1戦隊が残りわずかな「ココスパルメ」や「ヴァルヌス」を発射し終えた頃、ようやくのようにパラパラと中型戦闘艦からレーザーの雨が降って来たが、流体艇首の傘は苦も無くそれを受け止めた。
第1・2戦隊の攻撃は、敵中型戦闘艦を漂流状態に至らしめつつあった。既に小型戦闘艦2艦が、そういう状態になっている。自力では加速も減速も方向転換も出来ないので、誰かが助けに来るまでは、出鱈目な方角に向けて虚空を漂うしかない。未だ半数近くの乗員は生存しているだろうが、誰も助けに来なければ、食料が尽き次第乗員は餓死するしかない。いや、その前に、空気の供給が止まって窒息するかもしれないし、熱源が失われれば凍死もある。自らレーザー銃で頭を撃ち抜く者も、出てくるかもしれない。
宇宙で漂流し救助の手が差し伸べられなければ、餓死か窒息死か凍死か自死か、そんな選択肢しか残されない。
今、漂流している小型戦闘艦2艦と、漂流しかかっている中型戦闘艦1艦に、救助の手が伸びるか否かは、カイクハルドには分からないし、知った事ではないが、中型戦闘艦を漂流状態に至らしめなければ、彼等の身が危険に曝され続ける。
傷だらけの艦体に、凶器のミサイルが尚も突き刺さる。美しく眩い光が、破壊と殺戮を演じる。熱に焼かれた乗員もいただろうし、内部で起きた何かしらの破壊が、力学的な殺傷を伴ったりもしているだろう。
大きくひび割れた隙間から、肉薄して行った「ヴァンダーファルケ」がレーザー銃を照射したりもする。1つ1つの攻撃の効果は小さくとも、じわじわと確実に中型戦闘艦の機能を失わせしめ、漂流状態を確かなものとする。
中型戦闘艦を崩壊にまで至らしめる装備は、今の「ファング」には無いが、沈黙させ漂流させて無効化する為に、執拗なまでに袋叩きにする。
と、
「新手が現れたぞ。ポイント71-76-92だ。タキオントンネルで来やがったんだ。」
第3戦隊隊長のトーペーが、報告を入れて来た。
タキオントンネル航行での接近は、トンネルの軌道上に探査機でも配置しておかないと察知できない。観測体勢が構築できていない者には、忽然と登場することになる。
嫌な予感を、カイクハルドは感じた。
「トーペー、テヴェ、カウダ、こっちはいい。新手を頼む。なるべく、戦闘態勢に入る前に叩け!」
目まぐるしく、ディスプレイを駆け回る視線。情報を求めるカイクハルド。が、まだ、どんな敵が現れたのかも、分からない。
(「ティンボイル」ファミリーの戦力か?その可能性も無くは無いが、このタイミングで駆け付けられる戦力を、まだ持っているなんて・・)
状況に想いを巡らせるカイクハルドは、最悪の可能性に思い当たる。
(「シックエブ」からの援軍じゃ、ないだろうな・・)
軍事政権が保有する、「グレイガルディア」の中西星団区域における最重要軍事拠点が、宇宙要塞「シックエブ」だ。そこの軍備は質・量ともに、一軍閥である「ティンボイル」ファミリーを遥かに上回る。
(カフウッドの旦那の再起を連中が知ったのは、数日前のはず。こんなに早く、ここへ「シックエブ」が軍を回して来るなんて・・)
嫌な考えの否定を試みるカイクハルドだったが、
(2年前の反乱で、かなりの煮え湯を連中は飲まされたから、警戒だけは、していたのか?2年前の要塞陥落で「カフウッド」ファミリーの軍勢は全滅し、旦那も死んだと思わせたはずだが、それを疑っている勘の鋭い奴が、軍政側にいたのかも・・)
胃が、キリキリと痛む気がして来た。今現れたのが「シックエブ」の部隊だとしたら、相当にやばい。だが、「ティンボイル」ファミリーが軍備を整える為に、糧秣の徴発などで軍勢を八方に送り出している事は、確認済みだ。ここに、こんな戦力を繰り出して来られるとは思えない。
手薄だと踏んだからこそ、決断できた奇襲だった。手薄でもない宇宙要塞に百隻の戦闘艇で殴り込むなど、無謀どころか絶望だ。
あれこれ考えを巡らせている間に、敵の内訳が判明した。
「小型戦闘艦2、空母3。戦闘艦の方は、『ティンボイル』ファミリーの保有で間違いないぜ。」
(やはり「ティンボイル」か!小型戦闘艦の2つくらい、俺達が把握してないやつを、要塞のどこかに隠し持っていても、不思議はないか・・・)
一瞬の安堵の後、また、不吉な感情が湧き上がる。
(空母・・だと。「ティンボイル」が、空母なんぞ・・。巨艦巨砲主義の軍政軍閥が、それも要塞防衛の為に・・・?・・!)
「空母だ!空母を先に叩け!戦闘艇を出させるな!」
カイクハルドは咄嗟に喚いた。「遅れると、『アードラ』が出てくるぞ!軍政側の新鋭の格闘タイプだ。」
「まさか・・って事は、あれは『シックエブ』の・・なんで・・?」
「恐らく、プラタープの旦那の再起を予測して、あれをここに潜ませてやがったんだ、『シックエブ』が。」
トーペーの疑問に応じながらも、カイクハルドは状況の把握に精を出す。
「3個戦隊で固まって、一番手前の小型戦闘艦に突っ込め。で、直前で3分割して、第3戦隊が空母に向かえ。」
2艦の小型戦闘艦を牽制しつつ、迅速に空母に対処する為に最善と思える戦術を、カイクハルドは授けた。武装に乏しく防御の薄い空母の破壊は、一個戦隊だけで十分だと判断した。更に、
「第1戦隊、新手に向かうぞ!俺に続け。第2戦隊も、あの中型の沈黙を確認し次第、新手の始末に駆け付けろ。」
密集隊形を取り、猛烈な加速に入る「ファング」第1戦隊。噴射剤の残量を気にするカイクハルド。周囲に散らばる塵などを常時捕集し、それを噴射剤に利用する能力も他を圧倒して高い「ファング」の戦闘艇だったが、これだけ激しい戦闘にあっては、収支は大幅に赤字だ。出て行く方が、圧倒的に多かった。
(この噴射剤の残量で、軍政の新鋭戦闘艇と戦闘艦2艦・・やれるのか・・)
強烈な加速重力の中、ブラックアウト寸前の頭でディスプレイを見るカイクハルドは、敵小型戦闘艦への攻撃に成功している第4・5戦隊の姿を確認する。レーダーや熱源の反応で、敵艦の損傷が認識される。
が、空母への攻撃は間に合わなかったようだ。150隻を軽く上回る数の戦闘艇が、空母の周囲を埋め尽くすように、群れ飛んでいる。
「かしら、やべえな。『レーヴェ』までいやがるぜ。」
「なんだとっ!新鋭の攻撃タイプか。トーペー、そいつを真っ先に始末だ!」
「もう、ランスヘッドでの突入をかけてる。けど、散開弾は広がっちまっててな、その向こうで『アードラ』がお待ちかねだ。こいつは、しんどいぜ。」
「俺達も直ぐに行く!踏ん張ってろ、トーペー。」
が、ディスプレイがミサイルの飛来を告げる。
「こっちにも、金属片を浴びせて来やがったか。」
落ち着きは失わないカビルの言葉だが、やはり緊迫の色は濃い。
「あいつは『カンパニュラ』だな。」
展開し始めた敵散開弾を見て、カイクハルドは瞬時に識別する。展開範囲を重視したタイプの新鋭散開弾だ。隙間は大きいはずだ。突破は難しくないが、その向こうで待ち伏せされれば厄介だ。
「待ち伏せは居ねえな、カビル。」
複数の目で状況を確認し、完璧を期する。
「ああ、かしら。『アードラ』が、いるにはいるが、待ち伏せの体勢じゃねえ。」
「・・あいつら、第4・5戦隊に対応するつもりのようだな。」
攻撃に成功し、損傷を負わせているといえ、未だ戦闘能力を保っている戦闘艦を相手にしているところに、新鋭の格闘タイプに襲い掛かられては手に負えないかもしれない。
「第1戦隊、第2から5単位、散開弾突破と同時に転進、第4・5戦隊に向かった『アードラ』を叩け!第1単位は第3戦隊の応援に駆け付ける!」
どれだけ緊迫しても、返ってくるのは「応」とか「ああ」だ。緊迫しても、恐怖は覚えない。死を覚悟していない者など、「ファング」にはいなかった。
金属片群の壁が迫った。最も希薄な部分をすかさず見つける。「ヴァルヌス」を使わずとも、十分に突破可能だと見た。
突っ込む。途端に、凶悪な赤がカイクハルドを照らす。仲間の死を告げる光だ。
「馬鹿なっ!間違いなく、突破できたはずだ。」
ディスプレイを駆ける視線。損害は、第3戦隊だ。第1戦隊では無かった。
突破に失敗したわけではない、と確認できたが、仲間が死んでいる事に変わりはない。しかも、死の赤い輝きは、なかなか消えない。10秒経っても、消えない。15秒が過ぎた。まだ消えない。1人の死に対して、3秒間、赤く点灯するのだ。
「ファング」の命が、次々に散っている。散開弾を突破した直後に「アードラ」に待ち伏せされた第3戦隊が、痛打を食らっているらしい。
第4・5戦隊が敵小型戦闘艦の散開弾攻撃に曝されている様子も、ディスプレイは伝えている。「アードラ」は、襲撃体勢を整えて彼等に迫る。第1戦隊の第2から5単位だけで、対応し切れる数では無い。第4・5戦隊にも、第3戦隊と同じ運命が待っているようだ。
(これは・・半分は、やられたな。)
心の深い部分で、呟きを漏らしたカイクハルド。(それとも、やっぱりここで、全滅するのか、「ファング」は・・)
冷たい嘲笑が、心底に満ちる。
(いつかは、こんな日が来るよな、盗賊団兼傭兵団なんてものには。散々、襲って殺して奪って犯して、って悪行を、積み上げて来たんだ。しょうがねえか。どうって事、ねえよな。)
だが、闘う。死力を尽くす。おとなしく諦めるつもりなど、無い。
散開弾を突破し、第3戦隊の戦闘宙域を目前に見る。1隻の「ヴァンダーファルケ」に、「アードラ」が2・3隻で群がっている様を見る。「アードラ」の動きに、戦慄を走らせるカイクハルド。
「散開弾、来るぞ!」
「アードラ」はすかさず退避行動に出た。予め示し合わせた攻撃と見える。「ヴァンダーファルケ」の回避は、間に合いそうにもない。
カイクハルドは「ヴァルヌス」を放った。展開直後の金属片群の真ん中で炸裂した。その為、金属片群にはかなり大き目の穴が開いた。流体艇首など無くても、「ファング」のパイロットならば容易に潜り抜けられるサイズの穴だった。
が、また赤い光。目の前の「ヴァンダーファルケ」は救えたが、第3戦隊の窮地は変わらない。ひっきりなしに、赤い光は点灯する。消えている時間より、点灯している時間の方が長く感じる。
カイクハルドの率いる単位は、密集隊形のまま「レーヴェ」を目指した。「アードラ」と格闘中の第3戦隊を、遠距離から散開弾で狙う「レーヴェ」は、何としても排除しなくてはならない。
「3隻の空母は、全速力で退避しているようだな。」
「アードラ」や「レーヴェ」を運んできたやつの事だ。空母の動きとしては当然だ。それが「ティンボイル」ファミリーのものか「シックエブ」のものかは分からないが、中から出て来た戦闘艇が「シックエブ」のものである事は、間違いない。
「そっちは、計算せんでも良いようだぜ。」
カイクハルドにカビルが応じる。
空母にも武装は、無くはないが、相当に貧相なものだ。戦闘艇を運ぶのが最重要任務なので、空母に重厚な武装を施す余地はない。
迫る第1単位に、慌てたような「レーヴェ」の散開弾攻撃。広がり切らない金属片群をひらりと躱す。マーキングした1隻の「レーヴェ」に、お決まりのフォーメーション攻撃。大多数の「レーヴェ」の群れに切り込む「ヴァンダーファルケ」だが、マーキングをする相手を上手く選べば、敵に効果的な攻撃位置に付かせない事はできる。
多数の「レーヴェ」の、全ての位置や動きを見極めたカイクハルドの絶妙なマーキングにより、切り込む「ヴァンダーファルケ」を群れる「レーヴェ」は上手く攻撃範囲に捕えられない。
狙われた「レーヴェ」は長くは持ち堪えられない。軍事政権の新鋭とはいえ、「ヴァンダーファルケ」の敵では無い。レーダーの精度と、レーザー銃の数と射程距離、コンピューターの処理速度、全てが上回っている。そして何より、パイロットの腕前と身体能力の差が絶大だ。
1隻、また1隻、「レーヴェ」は爆散して行く。赤い光は、点灯のペースを落とした。「レーヴェ」が第3戦隊への攻撃に専念できなくなり、散開弾攻撃の圧力が減った第3戦隊が、「アードラ」に対し優勢になり始めたらしい。
カイクハルドの率いる単位の、フォーメーション攻撃は続いていた。が、
「ナーナク、235-125、ムタズ35-142、ダッシュ、カビルも俺に続け!」
「レーヴェ」の群れの、僅かな動きの特徴から危険を察知した、カイクハルドが叫ぶ。
近くにいた「レーヴェ」の背後から、ミサイルが1発飛び出して来た。散開弾では無い。カイクハルドが叫ぶ前の、彼の単位の軌道の延長線上で、ミサイルは炸裂した。プラズマ弾だった。
爆心から直径数kmは灼熱エリアとなり、それに捕えられれば、「ファング」の戦闘艇も無事では済まない。更に直径十数kmの高磁場のエリアに捕えられても、電子機器に異常を来してしまう。
カイクハルドの咄嗟の判断で、彼の単位は灼熱エリアを避ける事は出来た。が、高磁場のエリアを完全には避け切れなかった。電気系統が、その活動を停止した。
コックピットが暗転する。突如、漆黒の闇と静寂に襲われる。
何も見えない、聞こえない。分からない。
不安が募る。焦りが、込み上げる。嫌な予感ばかりが、脳内を駆け巡る。
窓もない「ナースホルン」の中で、暗黒と沈黙に包まれて過ごす時間は、地獄だ。今、仲間が追い詰められているかもしれない。次の瞬間、自分は「ナースホルン」ごと爆散するかもしれない。
不安と絶望に、心を鷲掴みにされるひと時。
死と、正面から向き合う数刻。
敵よ、来るな。味方よ、死ぬな。
念じる事しか、できない。
暗黒と沈黙の中、カイクハルドに可能な行為は、ただひたすらに祈る事、だけだった。
今回の投稿は、ここまでです。次回の投稿は、'17/2/17 です。
毎回同じ事を書いていますが、まだ本編の執筆が完了致しません。ようやくゴールが、遥か彼方に、おぼろげに、うっすらと見えて来た感じでしょうか。なぜこんなに時間がかかるのか、おっかしいなあ、と首をかしげながらの執筆です。が、逆に言えば、物語世界が想像以上の膨らみを持ち、壮大なものになった、という事でもある・・はず。ここまで読んで頂けた読者の方には、是非、この膨らみまくった世界を味わって頂きたい。2週に1回でじれったく、イライラする部分もあるかもしれませんが、何とぞお見捨てにならずに、読み続けて頂きたいです。
本編では、カイクハルドが何度も赤い光に照らされ、仲間の死を突き付けられています。この赤い光は、物語の全編を通じて、何度もカイクハルドに厳しく悲しい現実を突き付け続けます。我ながら、この"赤い光"の演出は上手いこと考えたのではないか、と自負しています。傷つきながらも戦い続ける「ファング」、盗賊団兼傭兵団という悲惨な身の上、というものを感じながら、戦闘シーンを見届けて頂ける仕掛けになったんじゃないかな、と思っています。ストーリーが進むにつれて、多くの要素が複雑に錯綜して行くようになりますが、もうしばらくは宇宙要塞「バーニークリフ」をプラタープ・カフウッドが奪還するのを支援する、という活動が続くだけです。単純に、戦闘シーンを楽しんで頂けたら、と思います。というわけで、
次回 第6話 脱力・漂流・追憶 です。
プラズマ弾に動作不能にされてしまったカイクハルドの戦闘艇「ナースホルン」、噴射剤の残りもあとわずか、そんな状況での、次回のタイトルが上記です。さあ、どうなるのか、想像を膨らませて下さい。そして、物語の壮大な広がり、というものも次回あたりから、徐々に明かされて行く、かも。楽しみにして頂きたいのですが、その前に、早く執筆を完了せねば・・。作者、無茶苦茶、焦ってます。