第67話 「シックエブ」再襲
ジャラールの軍勢は、テトラピークフォーメーションで「シックエブ」を包囲していたから、どちらに向けて離脱しても、いつかはジャラール部隊に拾われる。それは、最初から計算していた事だ。
テトラピークフォーメーションで、といっても、狭い点にのみ目を光らせているわけではなく、4つの頂点を中心に無人探査機をばら撒いて、隈なく索敵の眼は配られている。ジャラールが包囲に隙など作るはずはないと、カイクハルドは信頼を置いていた。
生き残った「ファンング」の面々も、それぞれ別の方向に突進して離脱を図っただろうが、よほど運が悪く無ければ、ジャラールの配下に拾われているはずだ。何人が生き残っているかは、知る術も無いが。
戦闘から10日が過ぎた、と意識を取り戻したカイクハルドは、ジャラールの配下に聞かされた。ジャラール直属の部隊では無く、寄せ集めの兵の駆る戦闘艦の中だ。ジャラールが死んだかもしれない今、いつ裏切るか、どこかに消え去るか、分からないような連中が寄せ集め兵のはずだが、数年に渡って彼が組織化したこの兵達は、未だジャラールに忠誠を誓っているようだ。
すぐさまカイクハルドは、戦闘艦をある座標に向かわせるように依頼した。万が一の場合に、「シュヴァルツヴァール」と待ち合わせをすると決めていた座標だ。
タキオントンネルで、指定された座標に到達した。予め決めておいた波長の電磁波を放射して、「シュヴァルツヴァール」を呼び出す。「シュヴァルツヴァール」の方からは、いかなる呼びかけもして来ない。敵に見つかる可能性を、極力低くするためだ。「シュヴァルツヴァール」は、「ファング」にとっては最後まで守り抜くべき存在だ。
「シュヴァルツヴァール」の喪失は、「ファング」の消滅を意味し、「ファング」の活動の終焉を意味するものだ。カイクハルドが死んでも「ファング」は続けられるが、「シュヴァルツヴァール」が無くなれば誰が生き残っていても、「ファング」は続けられない。「ファング」にとっては、パイロットの命より遥かに重いのが、「シュヴァルツヴァール」だった。
だから、「シュヴァルツヴァール」から不用意な電波の放射などできない。確実に味方からと分かる電波を受信するまで、「シュヴァルツヴァール」は指定された座標で、静かにじっと待ち続ける手筈だ。「ファング」パイロットが身に着ける端末が、確実に味方からだと報せる事の出来る識別信号を記憶している。
カイクハルドは、自身の端末に記憶させている彼の識別信号を、電波に乗せて送信した。彼の乗る戦闘艦が敵に見つかる心配は出て来るが、「シュヴァルツヴァール」を見つける為には止むを得ない。一応、「レドパイネ」が制宙権を握っている宙域でもあるので、深刻な危険を伴う行動でもなかった。
カイクハルドは、固唾を呑んで返信を待った。
(あれだけの混戦だ。あれだけ大量の敵に囲まれたんだ。最大限安全を期していたはずの「シュヴァルツヴァール」といえども、絶対に無事だとは言えねえな。)
そんな不安を抱えながら返信を待つ時間は、胃がキリキリする想いにカイクハルドを陥れる。無表情を取り繕った中に唯一色彩を放つ眼光が、そんな切実な感情を吐露している。
送信から1分経っても、返信は来ない。カイクハルドに諦めの想いが湧き上がる。
(終ったか・・・「ファング」は。撃破されたのか・・・「シュヴァルツヴァール」は・・・)
トゥグルクもラーニーも、他のパイロットが囲った女達も、皆、母艦と運命を共にして死んだ事になる。カイクハルドは、全てを失った事になる。彼自身が死ぬこと以上に、「シュヴァルツヴァール」の喪失は、彼には悪夢だ。
3分が過ぎ、体温を根こそぎ奪って行くようにして、全身から力が抜けて行くのをカイクハルドが実感している時、通信機から声が聞こえた。
「こちら『シュヴァルツヴァール』、トゥグルクだ。生きてやがったか、カイクハルド。直ぐにそっちに向かうから、そこで待ってろ。」
カイクハルドからの通信を受信した「シュヴァルツヴァール」は、送信元の位置も把握できているので、収束性の高い電磁波を最小限の出力で発する事で、敵に見つかる可能性を極力抑えたメッセージの送信が可能になる。「シュヴァルツヴァール」の無事が、カイクハルドの乗っている戦闘艦にのみ伝えられた事になる。
「・・ああ、早くしてくれ。」
不愛想極まりないやり取りでも、互いの心底からの安堵は通じ合っていた。抜けつつあった全身の力は、相変わらず抜け続けたが、体温は戻って来てくれた。温かく心地の良い脱力というのもあるものなのだと、カイクハルドは実感した。
「ナースホルン」を駆って帰還を果たし、「シュヴァルツヴァール」の航宙指揮室に踏み込んだ時、カイクハルドは「うわぁっ!」と叫んでしまうに驚かされた。そんな叫びをあげた経験など、これまでの彼の人生のどこにも、記憶に無い程だ。
「よう、邪魔してるぜ。」
我が家にでもいるかのようなくつろぎっぷりで、ジャラール・レドパイネが声を掛けて来た。手にはワインが入ったグラスを持ち、足はコンソールの上に行儀悪く乗せられている。体は、寝転がっていると座っているの中間みたいな形だ。傍若無人の具現化と言ってもいいだろう。
「何でお前が、ここにいるんだ。って言うか、生きていやがったのか。あんな無様に千切れ飛んで行った戦闘艦に、乗っていやがったくせに。」
「シャトルで脱出したのさ、艦が撃破される直前にな。それで出鱈目な方向に、意識が飛ぶほどの加速をして、っていうか何回か意識を飛ばしながら加速して、同乗してた兵の何人かは加速重力が原因で死んじまったが、何とか戦域を離脱した。そして、何十時間も宇宙を漂流した後、偶然『シュヴァルツヴァール』がばら撒いていた無人探査機の一つに発見された。」
「ちょっと、迷ったんだがな」
トゥグルクが、弁明口調で割って入った。「最後の砦である『シュヴァルツヴァール』をこいつのシャトルに近づけたり、こいつを乗せたりするのに躊躇いはあったんだ。だが、『シックエブ』に一撃を入れた『レドパイネ』の棟梁が生きているかどうかは、軍政打倒の戦況を大きく左右するものだからな。背に腹は代えられねえ、と意を決したわけさ。」
「彼の判断で、命拾いしたよ。わしのシャトルは、電源が尽きておったのでな。あと少し救助が遅かったら、凍死しておったわ。わははははっ。」
「笑ってる場合かよ。軍をできるだけ前進させる、ってだけの作戦のはずが、おまえのバカ息子の暴走のせいで、あんな無謀な突撃をやらされる羽目になって、結果がこれだ。『ファング』も散り散りになっちまって、何人が生き残ってるのかも分からねえし、お前の座乗艦も撃破されちまうし、失った艦も半分やそこらじゃ、効かねえだろ?」
「ああ、そうだな。我が『レドパイネ』の損害も、現段階では皆目見当がつかん。しかし、お前には引き返しても良いと、言ってやったのではなかったか?それを自ら参戦すると決めたのだぞ、お前は。『ファング』の惨状について、わしが文句を言われる筋合いはないぞ、わはは・・・。が、とにかく、『レドパイネ』部隊はズタボロにされたな。シヴァースの奴の部隊の2艦か3艦が、タキオントンネルで離脱して行ったのは確認したが、我が息子が生きているかどうかも、分からん。ファミリーの存続も危うくなるくらいの大損害だぞ、わっはっはっはっは・・」
「・・だから、笑ってる場合じゃねえだろ。『レドパイネ』が事実上の壊滅状態になっちまったんじゃ、軍政打倒は終わっちまうかも知れねえんだぜ。」
「心配ない。『シックエブ』を突く軍閥が『レドパイネ』だけのはずは無いし、わしだって補充や補強の当てくらいはある。損害の程度は分からんが、必ず態勢は立て直して見せるさ。そして、再び『シックエブ』を脅かしてやる。」
「どこから、その自信が湧いて来るのやら・・」
「お、また、『ファング』の識別信号を乗せた電波を検知したぞ。」
呆れ顔のカイクハルドに、トゥグルクが伝えて来た。
1艦、また1艦と、ジャラール配下の戦闘艦がやって来て、その度に「ファング」パイロットが生還して来た。戦闘艇を伴った者、失った者、と両方いたが、いずれにせよパイロット達の生還をカイクハルドは、表情には出さないように努めつつ、心から喜んだ。
「よう、カビル。残念だが、腐れ縁は、未だに切れねえようだな。」
「これはこれは、ヴァルダナじゃねえか。案外、しぶといんだな、貴族の坊ちゃんの割に。」
言葉こそ不愛想この上ないが、その眼が、声色が、生きて再会できた喜びを余す事なく伝えていた。
右腕を失っていたヴァルダナは、肩から先が鉄骨剥き出しのロボットになった姿で帰還したのだったが、元々半分サイボーグの彼なのだから、大して気にしているはずもなかった。腕がもげるくらいは、怪我の内に入らないのが「ファング」だ。それより、乗っていた「ヴァンダーファルケ」を放棄せざるを得なくなったことが、彼には悔しいようだ。身一つでの帰還に、バツの悪そうな顔を見せていた。
3日ほどかけて、全貌が見えて来た。
「39人が戦死で、42隻を喪失、か。あの状況を考えれば、上出来だ。」
そうは言ったが、それは事実でもあるが、やはり手痛い打撃だ。無事だった戦闘艇に残されたデーターを集計することで、損害ははっきりと裏付けられた。
第1戦隊第2単位の全滅も、カイクハルドにはショッキングだった。経験豊富なスカンダが金属片群に押し潰され、彼の単位全員を道連れに散って行った様も、1隻の戦闘艇がレーダーで捕捉し、コンピューターに記憶させていたのだ。
「戻るか、『ヒルエジ』星系に。」
「ファング」の生存者を収容し切った事を見届け、ジャラールが告げた。寄せ集め兵1万によるテトラピークフォーメーションでの「シックエブ」包囲陣は、継続されている。こちらからの攻勢は当面の間は厳禁として、防衛に徹するようにジャラールは命じてあった。
「シックエブ」防衛戦力の損害も軽微では無いはずだから、軍政側からの大規模な反撃も、当分は無いと彼等は予測した。
「ヒルエジ」星系に踏み込んだ辺りで、シヴァース・レドパイネの座乗艦とも合流できた。2艦を失い、2艦だけとなった彼らだが、「レドパイネ」棟梁の息子の生存は、軍政打倒を目指す陣営としては格別な朗報だった。
「なかなか、悪運が強いじゃねえか、シヴァース。トチ狂った暴走をやらかした割には。」
「うるさい。運で生き残ったんじゃねえし、暴走なんぞも、してねえよ。」
カイクハルドの揶揄に、顔を真っ赤に言い返すシヴァース。「敵の弱腰や連携の稚拙さを、冷静に見切った上での計算ずくの突進だったんだ。」
「だったら、前もって言っておけよ。作戦が始まるまでは、部隊をできる限り前進させる為だけの行軍だって話に、なっていただろう。」
「俺も、初めはそう思っていたさ。思い切った前進を見せようとは思っていたが、まさか『シックエブ』に到達してしまうとまでは、作戦前には考えても見なかった。だが、敵の消極性が余りにも歴然だったし、足並みの乱れも惨憺たるものに見えたんだ。」
「で、現場での状況に踊らされて、事前には考えてもなかった突進を繰り出しちまったってんだろ。そういうのを、暴走って言うんじゃねえか。」
「ち・・違う!暴走じゃない。」
「脱出できたのも、運が良かっただけだろ?あんな大軍に4艦だけで突撃なんぞしやがって。」
「運では無い。常に、脱出ルートは確保してあったんだ。本当だぞ。」
「わっははは。もう、それくらいにしてやってくれ、カイクハルドよ。」
ジャラールの豪快な笑いで、お説経の時間は強制終了となった。シヴァースも「シュヴァルツヴァール」に乗り移って来ての会話だった。生き残ったとはいえ、シヴァースの座乗艦も損傷著しく、棟梁一族を乗せておける状態ではなかった。結果「シュヴァルツヴァール」が「レドパイネ」部隊の旗艦にさせられたかのような様相を呈する事態になる。
シヴァースも、左脚がロボットになっていたのだが、そのことに言及する者はいなかった。命があったのなら、体の部品くらいどうでもいいのだった。父親ですら、息子の脚より別の件に意識を向けてしまっていた。
「このままずっと、この空母を我が部隊の旗艦として使わせてもらいたいものだな。」
「うるせえ。ふざけるな。冗談じゃねえ。」
「わははは、そうかそうか、残念だ。まあ、そう怒るな、カイクハルドよ、わはははは・・」
陽気な帰路となったが、多くの仲間を失っての帰り道とは、陽気に振る舞わねばやっていられないものだった。
彼が自室に引き返した時、ラーニーは無言だった。生還に対しても壮絶な損害を出した戦いにも、何の感想も述べなかった。ただ、万感の想いが乗せられた彼女の視線に、カイクハルドは押し潰されそうな圧力を感じた。「シュヴァルツヴァール」が撃破されたかもという予感に、彼が絶望の脱力を味わったように、彼女の方も不安や焦燥を、嫌という程味わったらしかった。
ナーナクが囲っていた女が、錯乱状態になって医務室に運ばれた、などという情報も後になって彼に届いた。激戦が銃後にもたらす悲しみと苦しみは、銃を持って暴れ回った勇敢な男達の心胆をすら、寒からしめるものだった。
「軍政側に付いていた軍閥の多くが、続々と軍政打倒側への参陣を表明し始めておるぞ。」
「ヒルエジ」星系の拠点に戻って数日もした頃、ジャラールが誇らし気に伝えて来た。「シックエブ」に一撃を入れた彼の活躍の、確かな成果の表面化を示す情報を得て、喜びを溢れさせていた。
「軍政側から20個ほどの軍閥と1万以上の兵が、こちら側に鞍替えして来たのだ。彼我の戦力も拮抗するどころか、こちらが僅かに優位になっているかもしれん。」
プラズマ弾の青白い光球に食い付かれる「シックエブ」の様子や、開口部から火柱を吹き上げる、基地化された小惑星の惨状は、影像記録としてもジャラール部隊に抑えられ、「グレイガルディア」各宙域へと送られて行った。映像だけで見れば、ただの小惑星にしか見えなくても、添付された各種のデーターは、それが間違いなく「シックエブ」のものだと告げている。
熱源パターンや識別信号等のデーターも添付された映像記録は、「シックエブ」が一撃を入れられた動かぬ証拠としての存在意義を持つ。それを見た者に、軍事政権の弱体化や時代の終焉を、ひしひしと感じさせるに足る説得力を有していた。
これまでどっちに付くか決めあぐねていた軍閥の中にも、反乱側へと大きく舵を切るものが続出する。軍政に忠誠を誓っている軍閥の間にも、動揺が広がって行く。
明確に軍政打倒を宣言した軍閥や、そこまでいかずとも軍政の召集命令を無視する態度を露わにした軍閥が何十という単位で現れ、軍事政権の威勢の退潮ぶりが、歴然としたものになって来る。
「レドパイネ」陣営では兵力が膨れ上がって行き、「シックエブ」では兵力が萎んで行く。明確な戦力比は知る術も無いが、「レドパイネ」側が優位に立っている可能性も、十分に考えられる状況だった。
本拠地である「スランツィ」領域から補充の兵や装備を送らせたのに加え、「シックエブ」に一撃を入れた戦果を祝って戦闘艦などの装備を寄贈してくれた軍閥もあったので、壊滅に近かったジャラール部隊も早急な再編を成し遂げられた。
先の戦果が無ければ、捻り出せなかったはずの戦力だった。「レドパイネ」治下の領民にしても、戦果によっていっそう意識を向上させ、人員や資材を拠出してくれたし、近隣軍閥もジャラールに味方するより選択の余地がなくなったから、それへの対応に当たっていた戦力を「シックエブ」に振り向けられるようにもなった。
一撃を入れた戦果が、こうして彼に新たな力を与えたのだった。
シヴァースの部隊も接収する形で、彼の部隊は8艦の陣容を取り戻す。再進撃の機運が熟すのに、さほどの時間はかからなかった。
「今度は意表を突いた進撃では無く、4方向から一斉に、じわじわと押し込んで行ってやろうと思っておる。こちらに寝返って来た軍閥共がどれだけやるか、敵側に残った軍閥がどれ程のものか、慎重に見極めつつ包囲を狭める作戦で行くつもりだ。」
「ヒルエジ」星系第6惑星の、衛星の中に造り込まれた要塞指令部は、ほぼ無重力だ。宇宙を加速しながら飛び回る戦闘艦の中の方が、落ち着いて作戦会議ができるのじゃないか、などと頭の片隅で考えながら、カイクハルドは説明に聞き入っていた。
直方体に刳り貫かれた室内の、6方の壁面の全てを機器の設置先として使えるのが、無重力の部屋の利点だが、作戦会議となると1つのディスプレイの前に大勢が集まる事になる。6つも使える壁面があるのに、1つに貼り付くように集まって話し合う様は、いかにも空間を無駄にしている印象だ。ガラーンと空いた背後の空間を意識しながら、カイクハルドは会話に集中しようと努めた。
「それで良いんじゃねえか。余り味方を信用し過ぎず、敵を甘く見過ぎず、様子を見ながらゆっくり事を運ぶべきだな。」
「うむ。敵に付いた軍閥も味方に付いた軍閥も、いつ何時態度を翻すか分からん連中だからな。事態は依然、流動的だ。」
敵から寝返った戦力と新たに馳せ参じた勢力で、「レドパイネ」陣営は3万以上の戦力増強を果たしている。もと居た戦力と会わせて、5万近い大所帯だ。だが、軍政側は全盛期には、30万以上の軍勢でも簡単に集めて見せたのだから、安心はできない。「カフウッド」対策に取られている戦力や今回の権威失墜を受けて、どれ程集兵能力が減退しているか、それは、戦ってみなければ分からない。
「カウスナ」領域から馳せ参じた軍閥等もいた。「ギガファスト」では依然、膠着状態が続いている。軍政側は早期攻略の厳命を出し続けているし、プラタープも時折打って出て敵を誘うのだが、繰り返された大打撃で、攻略部隊には厭戦気分が蔓延している。小規模な小競り合いは起こっても、大規模な戦闘には至らない。
そんな「カウスナ」から流れて来た戦力が、「レドパイネ」陣営に寝返って来たり「シックエブ」の招集に応じたりしている。正確な数は誰にも分からないが、少なくない事は確かだ。戦闘が終わった後でなら戦力差を算出する事はできるかもしれないが、始まる前に戦力差を確認するのは不可能だ。始まってからの戦いぶりが味方を獲得する、という事も考えられるし、戦闘中の戦域外での出来事も、戦力差を大きく左右し得る。複雑に絡み合う様々な要素が、戦いの趨勢を見え辛くしている。
ともかくジャラールは、新たに参陣して来た兵力を手早く配置し、全軍にゆっくりとだが着実な前進を指示した。大軍を抱えたら、できるだけ素早く行動を開始した方が良い。じっとしていると気が変わり、陣を離れる軍閥が出て来るかも知れない。1つが離脱すれば、つられて2つ3つと追随する軍閥が出て来るかも知れない。せっかく集まった兵力は、さっさと進軍させて有効活用すべきだ、というのがジャラールの考えだ。
大軍ともなると、糧秣の確保も大変だ。布陣が長引けば、それだけ多くの糧秣を確保しなければならなくなる。「バーニークリフ」や「ギガファスト」の攻略部隊が苦戦したのも、糧秣確保に失敗したからだ。軍が大きくなればなるほど、糧秣には気を配らなければならない。
ジャラールは、「ヒルエジ」の拠点に相当以前から糧秣を備蓄してあった。商人が保有する民間施設と見せかけて、何年も前から商品との名目での食料や資材を買い溜めしてあった。だから、「バーニークリフ」や「ギガファスト」の攻略に向かった連中のように、直ぐに糧秣不足に陥るドジは踏まなかった。
とはいえ、やはり5万近い軍勢を長期に養うとなれば、厳しくなる。基本的に糧秣確保は各軍閥の自己責任であり自己負担であるが、糧秣が底を付いた軍閥に全く支援を施せないようなら、離反を招くだけだ。参陣して来た軍閥の糧秣の状況を詳しく調べて、場合によってはいくらかを支給する、という対応をジャラールは実施した。
その甲斐あって5万のジャラール陣営は、糧秣に悩まされる事無く進軍できたが、戦いが長期に及べば「ヒルエジ」の備蓄も底を付く。従ってジャラールには、糧秣に余裕のある間に進軍を開始する必要があった。
「早めに進軍させたからって、糧秣の問題はおろそかに出来ねえぜ。」
進軍を急いだジャラールの意図を見抜いた、カイクハルドの忠告だった。
「分かっておる。自前の糧秣の尽きた軍閥が出て来れば、確実に素早く支援してやらねばならぬ。早めの進軍と『ヒルエジ』の備蓄で、当面の離反は避け得ても、長期戦の可能性を考えれば糧秣の確保は必須だな。」
「ああ。今『ヒルエジ』に備蓄してある分だけで賄おうってのは、甘すぎるだろうな。」
「各軍閥が本拠地から安全確実に糧秣を運び込めるように、戦力を割いて、十分な護衛を伴った輸送部隊を編制しようと思っている。幾つかの軍閥で、共同で利用できる輸送部隊を、何組か編成して運用するつもりだ。わしの本拠地である『スランツィ』領域も、アディティヤ・フォルマットがしっかり確保してくれておるから、そこからもある程度の輸送は見込める。我が領民には苦労をかける事になるが、軍政打倒への理解と協力は取り付けてあるから、何とか捻出してくれるだろう。」
膨大な規模となる糧秣の徴発を、ジャラールは武力や権力で強引に実施したりせず、真摯な説得によって同意を勝ち取ったらしい。並の軍政棟梁にできる芸当では無い。
「各軍閥の糧秣輸送に関しては、ある程度楽観的に考えて良いと思うぜ。軍政側に付いた軍閥の輸送部隊より、途中で盗賊に襲われる可能性は低いからな。軍政側の輸送部隊は頻繁に盗賊に襲われるだろうし、こちら側の輸送部隊を襲って妨害工作を実施するつもりの軍政側戦力が、行動開始前に盗賊の餌食になって壊滅する事態も続発するはずだ。」
「つまり『ファング』には、『グレイガルディア』中の盗賊の動きを統制する力がある、という事か。」
猜疑や警戒を含んだジャラールの眼差しが、カイクハルドを射る。「アウトサイダー」に入り込んで兵を募ったり鍛えたりする活動に勤しんだジャラールだからこそ、「ファング」の規模や実力を底知れないものに感じているだろう。良く知らない者は、ただの盗賊団兼傭兵団だと過小評価できるが、「アウトサイダー」に深い情報網を持つ者は、「ファング」に付いて知れば知る程、その存在の不気味な強大さに舌を巻く。
「統制、なんて大袈裟なもんじゃねえよ。だが、『グレイガルディア』各地に散らばる『ファング』の息のかかった連中に、軍政打倒に加わった軍閥の輸送部隊を襲わないように、その分軍政軍閥の部隊を襲うように、と伝える事はできる。皆がそれに従うわけでもないが、味方より敵の方が盗賊に襲われがちとなる環境は、作れると思うぜ。」
「それが、『ファング』が作り上げた『アウトサイダー』の緩やかな連携、という奴か。」
「そう・・かな?完全に、制御できるわけじゃねえ。指示を聞かずに、こちら側の部隊に盗賊行為を仕掛ける奴がゼロにはならない。ただ、数を減らすとか確率を下げるとかというのが、可能なだけだ。それだけでも、輸送に割くべき戦力は少なくできるだろ?」
カイクハルドの浮かべる笑みには、ジャラールの警戒を逸らそうとする意図が含まれていた。警戒されて当然、という自覚はあるが、今は彼と共闘しなくてはいけない。
「そうだな。おかげで、『シックエブ』攻略に振り向ける戦力を多くできるわけだ。」
「それに、各地の『ファング』の根拠地からも、多少の糧秣の拠出は可能だ。『ヒルエジ』に運び込むように、頼んでみるぜ。」
「何だと。そうなるといよいよ、『ファング』の実力というのが不気味に思えるな。」
「まあ、その点は、あまり深く考えてくれるな。」
カイクハルドとしても、「ファング」の実態を余り悟られずに軍政打倒を支援する為の、バランスを取るという事にずいぶん苦労している。全く実力を明かさずに支援はし切れないが、軍政打倒を成功させる為には、彼らが支援してやる必要がある。
「そうだな。取りあえず今は、軍政打倒や帝政復活に協力してくれるようだからな。だが、得体の知れない存在がそれほどの実力を持っているとなると、いつまでも放置はできない、という事になるぞ。」
「得体なんぞ、端から知れてるだろ。『アウトサイダー』が寄り集まって作った、盗賊団兼傭兵団だ。ちょっとばかり規模がでかくて、あちこちに根拠地を持ってるってだけだ。」
「ちょっとばかり、というのは、『グレイガルディア』中に根拠地があり、大規模軍閥並の動員力がある、って事ではないのか?」
「はは・・まさか。」
笑ってごまかすしか無かった。「だが、それ以外の糧秣確保の手段も、考えておいた方が良いと思うぜ。」
強引な話題の転換にジャラールは気付いた顔をしていだが、ここでは追及の手は止め、カイクハルドに乗ってやる事にしたようだ。
「やはり、そう思うか。遠くから輸送して来る糧秣だけでは、不安が大きい、という理屈だな?」
「ああ。長距離輸送には、不確定要素が多い。近くでの、できればこの『ルサーリア』領域での糧秣入手の手段も、確保しておいた方が良い。」
「付近の集落から徴発か掠奪をしろ、という事か?皇太子であるカジャ様からの軍政打倒の勅令は頂いているから、徴発の大義名分は立つが、付近の集落から糧秣を持ち出すのは、無理矢理で力づく、という形になるのが避けられん。皇太子ではなく、皇帝の勅命でなければ徴発の大義名分は立たない、という理屈を振り回されて、掠奪の汚名を着せられる可能性もある。いずれにしても民衆の不満を招き、帝政が復活した後に禍根を残すかもしれないぞ。」
「集落には、手は出さねえさ。帝政貴族が溜め込んでいやがる糧秣を、頂くのさ。『シックエブ』が戦いに備えて蓄えてある糧秣も、『ルサーリア』領域のあちこちに分散して保管されている。そいつを狙うのも良い。」
「そうか。ここは皇帝のお膝元の『ルサーリア』領域なのだったな。陛下が『ニジン』星系に蟄居しておられるから、そんな意識は無かったが、帝政貴族がいつでも皇帝の為に戦えるように、糧秣を蓄えてあるはずの領域なのだったな。」
「ああ。実質は帝政貴族の私物にされちまってる糧秣だが、名目上は皇帝有事の際に持ち出す為のものだ。皇太子の勅令を手にした上で皇帝親政を復活させる為に戦っている俺達が、それをもらったって、文句を言われる筋合いはねえ。」
「ルサーリア」領域にある「ノヴゴラード」星系第6惑星の周回軌道上は、かつて皇帝が親政を実施していた時代には「グレイガルディア」最大の都市であり、政治経済の中心だった。この国の人々は、今でもそれを「帝都」と呼ぶ。
軍事政権に統治の実権を奪われ、政治の中心は宇宙要塞「エッジャウス」を擁する「イストラ」領域の「シャフティ」星系に移ってしまったが、経済や人口の面では、未だにこちらの方が規模は大きい。「グレイガルディア」中から富が集まり、蓄えられている。
ちなみに、「ノヴゴラード」は“痩せた星系”に類しており、資源採取の効率は良くなく生産性は低い。星団帝国の中心に位置していて、国中の産物を集積し易い条件から帝都が置かれ、大量に物資が蓄えられてはいるが、ほとんどが他の領域から運び込んだものだ。外からの供給が止まり、備蓄が消費され尽くせば、たちまち飢餓に陥るのが、帝都を有する「ノヴゴラード」星系だった。
「つまり、『ノヴゴラード』星系第6惑星の衛星軌道上都市にたっぷりと蓄えられている物資を、強奪に行くという事だな。」
「だから、強奪じゃねえって。皇帝が預けていたモノを、皇帝の代理として取りに行くだけだ。引き渡しを拒む権利は、本来は、帝政貴族にはねえんだ。」
「そう言う理屈も成り立たぬではないが、帝政貴族のもとから無理矢理に物資を持ち出すのも、それはそれで禍根を残すぞ。素直に渡してくれれば良いが、抵抗されれば武力行使や殺戮という事態になる。帝政を復活させた際には統治の担い手になるはずの貴族に、わしらが暴力を振るったり殺害したりするわけには、行かんだろう。」
「皇帝の意を受けて帝政復活の為に戦う軍閥は、帝政貴族に手出しはできねえだろうが、俺達『ファング』は盗賊団兼傭兵団だ。俺達が襲う分には、あんた達の責任にはならねえ。で、俺達の襲撃で逃げ出した貴族に代わって、皇太子の勅令を持っているあんた達が皇帝に所有権のある備蓄の管理と運用を引き継ぐ、って宣言すれば良いんだ。大義名分も立つし、禍根も残らねえだろ?」
「なるほど。都合よく傭兵と盗賊を使い分けるわけだな。だが、激しい戦闘や貴族を多く殺害するような事態は、やはり看過できぬぞ。そうならない範囲で、事を運んでくれよ。」
「大丈夫だ。まあ、任せて置け。」
今回の投稿は、ここまでです。次回の投稿は '19/5/11 です。
ヴァルダナの腕やシヴァースの脚をロボットにしてみました。何回目かの推敲の後に、突如の思い付きでねじ込んだ要素です。未来の宇宙という世界観や、切迫した戦いだったという印象を表現できていればいいなと思っています。サイボーグとロボットの明確な定義などは、作者の中ではっきりしているわけではありませんが、ヴァルダナの腕やシヴァースの脚は、見た目からして鉄骨むき出しの"機械感"満点の代物をイメージしています。「ウィーン、ガシャン」とかいう駆動音も聞こえてきそうです。そんな姿にさせられるほどの戦いであり、そんな状態を誰も特別視しない世界なのです。そしてそんな戦況で壊滅状態だった「レドパイネ」陣営が、短期の内に復活を遂げました。ヘロヘロしていた3発のミサイルが、命中していなかったらそうはいかなかったでしょう。復活できないどころか、離脱のタイミングをつかめなかった「レドパイネ」部隊も「ファング」も、あのまま全滅していたかもしれません。"ヘロヘロ弾"の結末が天国と地獄を分けるという、戦場における運命の荒波みたいなものも、感じ取って頂けると嬉しく思います。というわけで、
次回 第68話 帝都劫掠 です。
タイトルに聞き覚えのある方はおられるでしょうか?劫掠は「ゴウリャク」と読みます。この物語が下敷きにしている古典とは、時代も場所も全く異なるところで使われるケースの多い言葉を、次回のタイトルとしてみました。時空を超越したような印象を演出できているのではないか、と自画自賛しているのですが、どうでしょうか?




