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銀河戦國史 (アウター“ファング” 閃く)  作者: 歳越 宇宙 (ときごえ そら)
第5章  包囲
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第66話 散逸・壊滅・遁走

 カビルが通信機越しに喚いて来たが、恐れや緊迫より、楽しんでいるような抑揚を感じさせるものだ。

「こっちとの相対速度は小さいな。今殲滅した迎撃部隊から、後ろ向きに射出して加速したんだな。」

 敵部隊の進行方向とは反対へと射出され、速度は一旦ゼロを経由し、「ファング」と同じ方向に飛翔している状態になっている。同じ方向に飛んでいても、「ファング」の方が早いから両者は接触する。

 高速で飛来する襲撃部隊をじっくり始末するには、彼我の相対速度を殺す必要がある。「レドパイネ」や「ファング」をじっくり葬る為に、敵戦闘艇は後ろ向きに飛び出したわけだ。戦闘も、後方へと飛翔しながら実施することになる。戦域自体が「シックエブ」に急速接近して行く状態で、「寄せ手」と「守り手」の乱闘が開始される。

「さあ、お待ちかねの修羅場が到来しだぜ。単位ごとに、突っ込めぇっ!」

 敵は「レーゲンファイファー」と「レオパルト」の混成だった。格闘タイプと攻撃タイプだ。50隻程のそれらの群れが、5・6組ずつ(まだら)模様で布陣している。「ファング」のように、種類の違う戦闘艇の少数で単位を構成するというような繊細な芸は、軍政側には成し得ないらしい。50という大雑把な群れが、最小単位だ。

 「ファング」は、「レーゲンファイファー」に散開弾「リーリエ」を撃ち込んだ上で、「レオパルト」の群へと優先的に突撃した。こいつの散開弾攻撃が、最も厄介だった。

「フォーメーション攻撃で蹴散らせぇっ!」

 接近して行く「ファング」に、「レオパルト」は散開弾を撃ち込んで来ない。彼等は、まさか戦闘艇が突進して来るとは、思っていなかったのだろう。彼らを運んで来た第2派目の艦隊が、殲滅されたとはいえ戦闘艇くらいは始末しているはずだから、進出して来るのは当然、「レドパイネ」の戦闘艦部隊だと思い込んでいたに違いない。その為に虚を突かれて、対応が遅れている。

 その隙を「ファング」が見逃すはずは無い。一気に肉薄すると、遅すぎるタイミングで放たれたミサイルが迫って来る。「ファング」を通り過ぎ、後方で展開して金属片を撒き散らした。無意味この上もない攻撃だ。

 無意味な攻撃がこの世での最後の挙動となった敵兵達は、「レオパルト」と共に次々に虚空へと肉体の断片を散布した。「ファング」のフォーメーション攻撃のターゲットとなって、10秒と生き永らえる敵兵は稀だ。ターゲットにならない敵も、接近阻止モードの自動射撃の餌食とされ、レーザーに焼かれて果てて行く。接近したつもりが無くても、ターゲットの近くにたまたま位置取っていた敵は、「ヴァンダーファルケ」に近寄ったとみなされて、全自動で薙ぎ払われた。

 1分と経たずに4分の1程に撃ち減らされた「レオパルト」だったが、「レーゲンファイファー」が援護に駆け付けてくれたおかげで、何とか持ちこたえた。「レーゲンファイファー」も、「ファング」の散開弾攻撃の餌食となって半数以上が失われていた。

 格闘タイプの「レーゲンファイファー」も、「ファング」のフォーメーション攻撃には抗し切れない。「ヴァンダーファルケ」に挟み込まれた敵が、次々に血祭りに上げられて行く。

 お決まりのフォーメーション攻撃に加え、「ファング」各単位のリーダー達の駆る「ナースホルン」が様々なガイドマニューバーを発動し、あの手この手の多様なフォーメーション攻撃が繰り出される。「ヴァンダーファルケ」の素早い動きで敵を一か所に誘き寄せて「ココスパルメ」でひとまとめに葬ったり、2隻の「ヴァイザーハイ」がすれ違う事で、攻撃タイプを優先に追っていた敵を待ち伏せの罠にかけたり、等々が繰り広げられる。

 「レーゲンファイファー」は手酷い惨劇の渦に呑まれたが、「レオパルト」が「ファング」から距離を取って体勢を立て直す時間を稼ぐことはできた。「レオパルト」の散開弾と「レーゲンファイファー」の肉弾戦の、連携攻撃が確立する。

 こうなると「ファング」にも厄介だ。「ナースホルン」の流体艇首に隠れなければ散開弾を凌げないから、フォーメーション攻撃中に狙われると防ぐ手立てがない。

 「ファング」も散開弾を放ち、「レオパルト」を牽制しておいて「レーゲンファイファー」を葬る。が、散開弾も無限には無い。何度も使える戦術では無い。

 「レーゲンファイファー」を狙うと見せかけ、急遽矛先を変えて「レオパルト」を急襲撃破したりもする。幾つかをそれで撃破したが、この戦術を使える条件も限られている。

「ナーナク211-53、ヴァルダナ319-142、ダッシュっ!」

 フォーメーション攻撃成功直後に散開弾で狙われ、カイクハルドの誘導で辛くも回避に成功した。ナーナクやヴァルダナを狙った「レオパルト」が別の単位に葬られるのを確認し、カイクハルドが一息ついた時に、忌々(いまいま)しい赤い光が彼の眼を染めた。

 着々と敵を撃破して行くが、2回3回と赤い光の洗礼は繰り返される。仲間の死を知らしめられながらの戦闘が続く。更に、

「第3派の迎撃部隊、接近!」

 カイクハルドが「ファング」全艇に警告を発したと同時に、

「あっちは任せてもらおう。」

と、ジャラールが通信を割り込ませてくる。撃破された迎撃部隊第2派の残骸を踏み越えて、彼等も当該戦域に進出して来た。

 ジャラール部隊の放った数多(あまた)のミサイルは、格闘を繰り広げる戦闘艇の間を縫うように通過し、第3派の敵へと殺到する。先手は、ジャラールが取ったようだ。

 第3派の敵部隊は、「ファング」の繰り広げる宙空格闘に目を奪われていたのかもしれない。散開弾への対応は遅れがちだ。金属片を散々に叩き込まれながら、第3派の部隊は戦闘艇の格闘宙域を突き抜けて行く。

 それでも、金属片に叩かれながらではあっても、多少の策敵や攻撃の能力を保った艦もあったらしい。通り過ぎざまにレーザー射撃を見舞って来た。

 それでなくても厳しい宙空格闘の最中だった「ファング」には、この攻撃は効いた。赤い光が数十秒に渡って、カイクハルドを血まみれさながらの景色に落し込んだ。「ファング」の被害は2ケタを超えた。

「第4派も来ているぞ!戦闘艇も出してる!新鋭の『アードラ』と『レーヴェ』だ。やべえ敵だぞ!」

 ディスプレイの表示を見て取ってそう叫んだ時には、カイクハルドの背筋に悪寒が走った。次々に敵が湧き出て来る上に、その間隔も短くなっている。

「無人攻撃機も居やがるぜ。」

 ナーナクの声にも切迫感が色濃い。「要塞にかなり近付いたって事だな。」

 無人攻撃機は、要塞周辺を守る専門の兵器だ。遠隔操作にも自動操縦にもできるが、これだけ混戦模様になった戦場では、遠隔操作は難しいだろう。恐らく自動操縦だから、ある程度動きは単純だし予測しやすいものだ。こちらもレーザーを自動射撃モードにしておくだけで、ほとんど対処し切れてしまう。普通なら、それほど大きな脅威となる兵器でも無い。だが、今の混戦状況では、完全に無視してしまえるものでもない。こいつの持っているレーザーやミサイルでも、命中させられれば、当然こちらの命は無い。

(目と鼻の先にまで『シックエブ』に近付いたんで、戦闘艇も新鋭のやつがどんどん出て来る。その上に、無人攻撃機も、尋常な数じゃねえな。こりゃまずい。全滅するんじゃねえか。)

 そう思ったカイクハルドの顔には、なぜか爽やかな笑顔が浮かんでいる。

「敵さん、ようやく真剣に、身の危険を感じ始めたみたいだな。死に物狂いで、次々に新手を繰り出してきやがる。」

「一遍に繰り出して縦深的な防御態勢を敷いてれば、もっと効果的だったんだがな。危機に気付くのが遅すぎたせいで、逐次投入の愚を犯してしまいやがったな、軍政の馬鹿共は。」

 窮地に追い込まれておきながら、カビルと軽口も叩き合う。盗賊に生まれたカイクハルドの、骨身に染みた(さが)というものか。

「散開弾が来たぜ。濃密で分厚いヤツを、広範囲にぶち込んで来やがった。まだ軍政側の戦闘艇が周囲に残ってるんだがな。」

 味方を巻き添えにする事も辞さない敵の攻撃に、背筋も凍る思いでいるのが分かる呟きを、カイクハルドは耳にする。第1戦隊第2単位(いちにユニット)のスカンダの声だ。

 迫る金属片に、格闘相手の敵戦闘艇は、慌てふためいたように離脱軌道に入る。無人攻撃機は、味方に襲われている事にも気付かず単調な動きを続け、金属片に衝突され破壊されて行く。

 敵の離脱や破壊をしっかり見届けた上で、「ファング」の各単位は「ナースホルン」を先頭に金属片群突破の態勢に移行する。着実に敵戦力が周囲からいなくなった事を見届けた後でも、態勢移行の遅れた単位は1つも無かった。全単位が、瞬時の配置転換を成し遂げている。

 単位ごとに、金属片群に突入する。それと同時に赤い光が、カイクハルドの眼前に輝き、長きに渡って輝き続ける。幾つかの単位が、突破に失敗したらしい。

 カイクハルドは、突破直後に緊急転進した。別角度からも、散開弾に襲いかかられていたのだ。連続散開弾攻撃を多方向から見舞われているのだ。手前の金属片群に遮蔽されて、見えない攻撃にもなっている。「ファング」の幾つかの単位も、これに血祭りにあげられてしまったのだろう。

 連続攻撃を直感的に察知したカイクハルドは、本能と勘の命ずるままに転進していた。正面から受けないと、金属片群の突破はできない。「ナースホルン」の流体艇首に全艇が隠れていてこそ、散開弾攻撃を防ぎ得る。

 「ヴァルヌス」の発射も、ほぼ勘だけを頼ったものだったが、何とか2つ目の金属片群も突破できた。直後、更なる転進を決行する。勘がそれを命じたから。

 転進直後の彼の単位の近くを、3つ目の金属片群が通過した。転進が少しでも遅れていたら、彼の単位は全艇が金属片の餌食になっていただろう。

 3連続の角度を変えた金属片群の壁を、間一髪で避けたカイクハルドの単位だったが、カビルが1.2秒、ヴァルダナが1.0秒、失神していた。それほど過酷な転進をしなければ、避け得ない攻撃だった。転進の旋回によって仲間を殺していた可能性すらあったが、それも覚悟した上での転進をしなければ、避けられなかった。

 彼等は極限まで、追い詰められつつある。

 更に、赤い光によって20人以上の仲間の死も、カイクハルドは受け止めさせられている。全滅の予感は、いよいよ現実味を増して来る。

「来たぞ、『アードラ』と『レーヴェ』だ!強いぞっ!」

 散開弾突破の直後を突いた、新鋭の敵戦闘艇の乱入だ。無人攻撃機も、多数が殺到して来ている。すかさずフォーメーション攻撃に移行して、「レーヴェ」2隻を撃破した。無人攻撃機も3機を始末していたが、多い上に新鋭で性能も高い敵に、自動射撃のレーザーが追い付かなくなって来る。

 そして、ナーナクの「ヴァンダーファルケ」が、爆散した。「アードラ」のレーザー攻撃に仕留められた。数々の修羅場を共に越えて来た貴重な戦力を、カイクハルドの単位も遂に喪失した。右ひざあたりの鉄板を殴り付ける一瞬だけが、ナーナクの死を悼む為に、カイクハルドに与えられた時間だった。

 ナーナクに聞いた彼の過去、惚れた女を故郷である根拠地に置いてきたが、別の男と姿をくらましてしまった、とか言っていた。拳が鉄板にめり込む刹那に、そんなことを思い出し、言葉に込められた複雑な気持にも想いを巡らせたが、戦況はカイクハルドに素早い意識の転換を強いる。

「カビル!行けっ!」

 格闘には向かない攻撃タイプだが、ヴァルダナの「ヴァンダーファルケ」と共に螺旋を描いて、「ヴァイザーハイ」が敵を挟み込む動きを見せる。苦肉のフォーメーション攻撃で急場を凌ぐ。いつもよりペースは落ちるが、それでも敵を着実に撃ち減らす。ナーナクの最後の踏ん張りのおかげか、無人攻撃機はやや数を減らしていたので、間に合わせのフォーメーションでも何とか持ちこたえられた。

第3戦隊第4単位(さんよんユニット)、合流だ。」

 通信機に怒鳴り付けるカイクハルド。近くに見つけた仲間と、即席の単位を組む。彼等は「ヴァンダーファルケ」と「ヴァイザーハイ」を1隻ずつ失っていた。

 戦力を失った単位は、できるだけ速やかに他の単位と合流して即席単位を作るのが、「ファング」の流儀だ。孤立を極限まで避けるのが、粘り強い戦いの礎だ。

 「ナースホルン」が一つ多い(いびつ)な編成だが、どんな面子でも合理的なフォーメーション攻撃をとれるように、普段から訓練している。即席単位でも、次々に敵を撃破した。が、

「プラズマ弾だ!気をつけろ。」

 叫ぶや否や急転進。かろうじて避けたが、熱と衝撃と電磁波を食らう。カイクハルドも、1.1秒意識を飛ばした。薄れゆく意識で状況が良く掴めなかったが、彼の単位の誰かがプラズマ弾の餌食になった事を、ディスプレイ上に見て取っていた。ヴァルダナかカビルが、死んだかも知れない。

 絶望感と共に意識を取り戻したカイクハルドだったが、そんな事に構ってられない程に、次から次に敵が殺到した。カイクハルドは孤立していた。周囲に味方は1隻も見当たらない。

 格闘に向かない「ナースホルン」は、とりあえず流体艇首での防御に徹する。だが、片面しか覆えない流体艇首では、四方八方から襲来する敵を(さば)き切れそうにない。失神寸前のランダム転進で回避を試みるが、いつ爆散させられても不思議じゃない。

 まとまった数の敵は、第4波が最後になったようだが、戦闘艦が1から3艦とか、戦闘艇が十数隻とかは、その後もパラパラと掛け集まってきているようだ。敵の数はどんどん増えている。もちろん、カイクハルドの「ナースホルン」を狙う奴も。

 それに対して彼の方は、流体艇首が無視し得ない程に損耗して来ている。既に百発以上の直撃を受け止め、十分な防御性能を発揮し得るかどうか、分からない有様だ。

(ああ・・こりゃもう、さすがに、死ぬな。)

「へへへ・・・」

 死への確信に、思わず笑いが込み上げた。

(この分じゃあ、「シュヴァルツヴァール」もとっくに離脱しただろうな、確認はできねえけど。シヴァースの奴も、あの数の敵に突っこんで行ったのなら、今頃は木っ端微塵かな。そっちも、状況は分からねえな。)

「ははは・・・」

(母艦とはぐれ、仲間は散り散りで、味方はやられちまった可能性が高い。どうしようもねえな、こりゃ。)

「あーぁ、ははは・・・」

 絶望的状況に笑うしかなくなっていたカイクハルドだったが、その時、周囲を飛び交っていた戦闘艇が、一斉に爆散した。レーザー照射を示す熱源反応が、膨大な数、辺りを埋め尽くしている。

「おいおい、こんな所で死んでくれるな、カイクハルドよ。」

 ジャラールの声だ。気が付くと、すぐ近くを彼の座乗艦が併進している。彼の艦のレーザー銃群が、カイクハルドを取り囲んでいた敵戦闘艇を一掃したらしい。

「俺が死ななくて良いように、もっとしっかり戦ってくれよ、ジャラールの旦那。」

 絶体絶命の直後でも、軽口は叩ける。

「わははっ、言ってくれおるわ。案の定修羅場になったが、おかげでもう、『シックエブ』は目と鼻の先だ。一直線に突っ込むぞ。」

 周囲は、敵味方の戦闘艦と戦闘艇が入り乱れての混戦になっている。どっちが優勢かも、どれくらいの味方が残っているのかも、皆目見当がつかない。だが、宇宙要塞「シックエブ」を構成する改造小惑星の最も近いやつが、数分以内にミサイルを到達させられる距離にまで迫っている。

 要塞砲台の備えも、敵にはある。それに対しては、事前情報で位置を掴んであるし、熱源で遠方から探知もできている。射程圏に入らないようにすれば害はないはずだ。が、この混戦の中、それを徹底するのは難しい。時折、要塞砲の直撃を被るジャラール部隊の戦闘艦が出て来る。敵艦隊の大戦力に加え、要塞自体の防御能力も発動され、ジャラール部隊は壊滅に近い惨状に至っている。

 それでもジャラール座乗艦は、要塞施設への突撃を仕掛ける。よく見るとその艦の前にも、もう1個のジャラール部隊の戦闘艦がいた。ジャラール座上の大型艦は、小型1艦に露払いを務めさせながら、突撃を敢行するつもりらしい。戦闘の場において、配下の艦を盾にし、彼等の命と引き換えに身の安全を図るのを躊躇する軍閥棟梁などいない。味方の命より、戦果の達成を優先するのが軍閥だ。

 小型戦闘艦は、次々に直撃を受ける。「シックエブ」を構成する施設への肉薄に、敵も半狂乱でミサイルやプロトンレーザーを撃ち放っている。四方八方から、ミサイルとビームが撃ち付けて来る。混戦状態では、どこに敵がいるのかもよく分からない。もう、敵の位置や数を把握する余裕も意欲も無い。ただ突撃あるのみ。ただ敵に迫るのみ。

 ズタボロになりつつ、尚も打撃を受け続ける小型戦闘艦に守られて、ジャラール座乗艦が「シックエブ」との距離を詰める。と思うや、小型艦が中央から真っ二つに引きちぎられ、分離した。引きちぎられた破片のそれぞれが、また幾つかの破片に分離した。四分五裂の崩壊だ。乗員に生存者は望めそうにない。

 幾百の配下の命を吸った宙域を突き抜けて、ジャラール艦は尚も突進する。今度は、ジャラール艦に攻撃が集中する。直撃相次ぐ。火柱が吹き上がる。傍で併進しているカイクハルドの「ナースホルン」も、爆圧で前後左右上下と、しっちゃかめっちゃかに揺さぶられる。シートベルトで体を固定していても、あっちのキーボードやこっちのディスプレイで顔面を強打する。連打を食らう。顔中血まみれで、コックピットも一面に血飛沫が飛んでいる。

 ジャラール艦と反対側に流体艇首を展開し、ただ身を守る事だけに専念しながらの併進だが、それでも無事では済みそうにない。「ナースホルン」が無事でも、その中でカイクハルドは失血死するかもしれない。

 だが彼は、血に染まるディスプレイに、ジャラール艦のミサイル発射を確認した。30発程のミサイルが、それぞれに違うコースを取って、「シックエブ」を成す小惑星の一つを目指す。直進するもの、弧を描くもの、螺旋軌道で迫るもの。これだけ切迫と混乱を極めた局面で、30発ものミサイルの全てに違う軌道を取らせる芸の細かさは、ジャラールの将としての非凡さを見せつけている。

 ミサイルにレーザーの雨が降り注ぐ。小惑星から放たれるもの。周囲の戦闘艦や戦闘艇から放たれるもの。右から左に、上から下に、前から後ろに、3次元の複雑で濃密な格子模様を虚空に描いて、幾百のレーザーの条光が錯綜する。軍政側も必死だ。

 このミサイルが命中しても、実害など生じるはずもない。巨大な小惑星を刳り貫いて、奥深くに敵施設は埋められている。表面の岩石を少々粉砕し、吹き飛ばしたとて、如何なる機能的障害も生じはしない。

 だが、軍事政権の一大拠点である宇宙要塞「シックエブ」が一撃を入れられる事の意味は、とてつもなく大きい。百余年にわたって「グレイガルディア」の半分の宙域に睨みを効かせて来た、絶大な存在感を誇る要塞だからこその、大きな意味だ。敵も、それは分かっている。絶対に阻止すべきミサイルだ、と認識しているはずだ。

 その気迫を、ひしひしと伝えて来るレーザーの網だ。1つ、また1つ、ジャラール渾身のミサイルが撃破されて行く。撃ち減らされるペースを見るに、小惑星にまで到達するものは1発もありそうにない。半分の距離すらも飛翔しない内に、20発が爆散させられている。

 ジャラールが撃ったのは、プラズマ弾だろう。見た目に最も華やかな攻撃にすべき局面だから、プラズマ弾の青白い光球こそふさわしい。損傷を与える事など、微塵も考えてはいない。見た目の派手さだけが、この場合重要だ。戦争とは、ショービジネスの一つだったりもする。外観を見栄え良く飾る事が最も重要、というケースが出現する。

 だが、レーザーに焼かれて爆散するプラズマ弾は、見るも貧相な真っ白の爆発光のみを放って虚空に消え去る。高度に制御された爆発の下でこそ、青白い巨大な光球は出現し、灼熱と高磁場を発生させ得る。無秩序な破壊の下では、ただの爆発でしかない。

 様々に趣向を凝らして別々の軌道を取らせ、何とか小惑星に届かせようと図ったミサイル群だったが、いつしか残りはたったの3発だ。まだまだ、小惑星とは3分の1くらい、距離を残している。

 やはり、無謀な突撃だったか。軍政の大戦力の前に、いきなりここまで突っ込んで来たのは、拙速だったのか。ジャラール艦は既に、ハリネズミの如くに多数の火柱を吹き上げており、第2派のミサイル攻撃など望み得ない。このミサイルが小惑星に命中しなければ、「シックエブ」に一撃を入れるという目的は、達成不可能となるだろう。

 頼り無気に3発のミサイルが、ふらふらと虚空を泳いでいる。ヘロヘロと漂っている、と表現しても良い。もう噴射剤も尽きたのか、加速も転進もなしに等速直線運動となり果てている。自動照準のレーザー照射で、易々と撃破できる代物だ。気力も迫力も感じさせない飛翔体だ。

 だが、敵レーザーがなぜか、ぱたり、と止んだ。いや、止んだ、というわけでもないらしい。少し離れた位置に、濃密なレーザーの立体的格子模様が輝いている。ミサイルからずれた位置に、激しいレーザーの雨が降り注いでいる。

 ここへ来て、敵の索敵システムに何らかの異常が生じたらしい。先に四分五裂したジャラール側小型戦闘艦が、カイクハルドの気付かぬうちに散開弾攻撃を実施していて、それが与えた損傷が今になって効果を発揮したのかもしれない。周囲で戦っている味方の何らかの攻撃が、敵の索敵システムを狂わせたのかもしれない。

 プラズマ弾の青白い光も、周囲に幾つも瞬いている。遠くで、近くで、敵味方のプラズマ弾が幾つも炸裂している。「ココスパルメ」の光は、カイクハルドには見分けがつく。幾種ものプラズマ弾の炸裂の中から、熱源パターンや大きさなどから識別できる。色も違うが、それはカイクハルドには見えない。レーダーや熱源等での検知しか、彼にはできない。

 ともかくも、「ココスパルメ」を見誤る事は無い。それは「ファング」の放ったものでしかない。「ファング」が生き残り、戦い続けている事を確認できる光球だ。

 そして、それら数多のプラズマ弾の影響も、敵の索敵に影響を与え得る。距離が遠くても数が多ければ、影響力は無視できないものとなるのだ。索敵が正常でなければ、レーザー射撃も正確さを欠く。何がどう影響したか正確には分からないが、いずれにせよジャラールの放ったミサイルを襲う敵レーザーは、ことごとく狙いを外し、標的から相当にずれた何も無い空間を、シャカリキになって塗りつぶしている。

 ヘロヘロヘロ、と表現したくなるおぼつかない飛翔で、3発のミサイルがそれぞれの角度から小惑星に迫る。いつでも撃破できそうな外観を曝しながら、いつまでも撃破されずに飛び続け、飛び続け、飛び続け、そして、遂に、たどり着いた。

 青白い光球が3つ、小惑星を飾り立てた。巨大な小惑星全体を視野に収めれば、光球は、飴玉かと思うくらいの存在感だが、直径数キロに及ぶものだ。軍政の権威を傷つけ、信頼を損ない、時代の終焉を印象付けるのに十分な光景だ。とうとう宇宙要塞「シックエブ」が、一撃を食らわせられたのだ。

 と同時に、ジャラールの座乗艦も四分五裂に至る。あらゆる方向に無数の火花を閃かせた巨大な破片が、無残に広がって行く。巨大な破片から微小な破片が次々に零れ落ち、その中には、人間である事が認識できる影もある。ジャラールも含まれているかもしれないが、確認の術は無い。

 ジャラール艦崩壊の直前に、これ以上ここに居ては命が無い、とカイクハルドは最大加速に移っていた。彼の体に耐え得る限界の加速で、その場を離れた。一直線に、一撃を入れられた小惑星を目指す。攻撃の為では無く、敵レーザーがミサイルからずれていた状態を見て、その方向が最も敵レーザーの命中確率が低い、と計算しての事だった。

 攻撃の意図は無かったし、「ナースホルン」の装備でいくら攻撃しても、何の損傷も与えられないのは分かり切っていたが、カイクハルドはふと思いついて、小惑星に「ヴァルヌス」の最後の一発を撃ち込んだ。

 軍閥である「レドパイネ」だけでなく、盗賊兼傭兵という、彼らが卑しいと見なす身分の者にすら一撃を入れられた事実も、軍政の権威を失墜させる効果は(はなは)だしいはずだ。

 今ここで唐突に頭に浮かんだそんなアイディアと共に、カイクハルドは「ヴァルヌス」の発射を実施した。突き進んで行く「ヴァルヌス」が着弾する直前、小惑星の表面の一部が、パカッ、と開いた。戦闘艇か何かを、射出しようとでもしたのかもしれない。その開口部に、奇跡的に「ヴァルヌス」が飛び込んだ。

 1秒後、巨大な火柱が開口部から吹き上がる。「ヴァルヌス」だけでは絶対にあり得ない、ド派手な破壊の光景が展開する。軍政側から見れば、眼を覆わんばかりの醜態、と言い得る光景だ。プラズマ弾以上の、華々しい演出を伴った戦果だった。

「おい、聞こえるか?『ファング』全艇、もうここには用はねえ、全力離脱だ。方向は任せる。どっちに向かってでも良いから、全力で逃げろ。1人でも多く、死ぬ気で生き残りやがれ!」

 喚きながら小惑星を飛び越し、カイクハルドの「ナースホルン」も加速を継続した。失神しそうな負荷に耐え続け、ぐんぐん戦域から離れて行く。ブラックアウト寸前の意識では、自分がどっちに向かっているのかも確認できないが、そんな事はどうでもよかった。戦域から離れる事が全てだった。

 噴射剤が尽きた。等速直線運動で、依然「ナースホルン」は戦域を離れて行く。だが、自律的な方向転換はできない。もう、自発的にどこかを目指す事はできない。漂流状態だ。助けが来なければ、死ぬしかない。餓死か、凍死か、自死か、それは、分からないが。

 長くて長く、そして長い時間、「ナースホルン」は虚空を駆けた。代わり映えのしない景色の中、駆けているのを実感する手がかりも無いまま、でもマッハを数十倍した高速で、駆け続けた。パワーをダウンさせたコックピットは、ほぼ真っ暗だ。1つだけ微かに明りの灯っているディスプレが、助けが来た場合にその旨を表示するだろう。それまでは、やる事も無い。ただ暗闇の中を孤独に飛翔するだけだ。

 時々意識を失う。眠ったのか、失血や疲労で失神したのか、分からないが。覚醒している時でも、ボーっとしているだけだ。意識があるのかどうかの、自覚も無い状態だ。

 何時間かが、虚しく過ぎた。何十時間かを、ボーっとしたり意識を喪失したりして送った。百時間が経っても、何も状態は変わらなかった。積み込んであった僅かな飲料水をちびちびと啜りながら、襲い来る空腹にはなす術もないまま、ただ耐える。ただ過ごす。

 150時間が過ぎて、更に少し経った頃、救援の到来を告げる表示が、ディスプレイに示された。ジャラール配下の部隊が、彼を見つけて駆け付けて来たらしい。それを確認するや、カイクハルドは長期に渡って意識を失った。

 後は寝ていても、救助に来た奴が何とかするだろう。そんな想いに満たされる。安心するや、覚醒している事すら面倒臭くなった。投げやりで人任せな意識のもと、カイクハルドは快眠を貪った。多くの戦友を失った現実から、逃げたかっただけかもしれない。

今回の投稿は、ここまでです。次回の投稿は、 2019/5/4 です。

それほど無理をするつもりはなかったはずの作戦が、あれあれと思っているうちに、気が付けばとんでもなく危機的な戦況になっていた、という印象を持っていただけたでしょうか?戦闘は、いざ始まってしまえば何が起こるか分からない、というのを具現化したような場面を表現したかったのですが、どうだったでしょうか?シヴァースやジャラールやカイクハルドの判断を、無鉄砲とみるか勇敢とみるか、読者様の間で意見が分かれてくれると、作者としてはしめたものなのですが。「カフウッド」兄弟や、それと共にあった時の「ファング」の堅実な感じとの、戦いぶりの格差というものも、表現できていればいいのですが。あと、ナーナクの過去について読み返してみたい気分になって頂ける読者様がおられたら、なお一層作者には喜ばしいです。ちなみに、第36話にそのシーンがあります。というわけで、

次回 第67話 「シックエブ」再襲 です。

「シックエブ」への一撃を入れる事には成功しましたが、「レドパイネ」も「ファング」もズタボロになってしまいました。彼らの詳しい戦闘後の状態や、そこからどうやって、次回のタイトルに示されたような状況になって行くのか、読者様には思いを巡らせて頂きたいです。今回の"殴り込み"で得たもの、失ったもの、残ったものを、じっくり整理して頂けると幸いです。

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