第65話 博打・猛進・激突
どれくらいの速度で迫るかにもよるが、ジャラールが飛び出そうとしている場所は、数時間で「シックエブ」に到達できる距離だ。当然、敵の無人探査機がうようよいて、タキオントンネルは生成の数時間前から前兆現象を観測される。
「そんなもん、自殺行為じゃねえか。タキオントンネルを出るや否や、無防備なところを袋叩きにされて全滅するに決まってる。」
「敵の迎撃態勢は薄っぺらなものになるはずだって、ジャラールは読んでやがるな。そして、その薄っぺらな迎撃態勢も、自分達が到着する頃には蹴散らされているって、期待してんだろうよ。」
吐き捨てたカビルに、カイクハルドが説明した。
「蹴散らされて・・って、誰が蹴散らすんだ?」
答えが分かった上での、カビルの問いにも、カイクハルドは親切に答える。
「俺達に、決まってるだろう。」
シヴァース部隊は方向転換したが、「シュヴァルツヴァール」は一切の転進も加減速もせず、惰性による飛翔だけをしている。隠密性を重視するなら、熱源を出すわけには行かず、転進も加減速もするわけには行かなかった。だから「シュヴァルツヴァール」は、依然として「シックエブ」への接近軌道上にいる。その彼等に迎撃が向けられないところを見ると、「シュヴァルツヴァール」は敵には見つかっていない。
ジャラールの部隊がタキオントンネルで斬り込んで来た場合、それへの敵迎撃戦力を「ファング」には要撃ができる。
「俺達で蹴散らせられる程度の戦力なのか?ジャラールへの迎撃戦力は。」
カウダも、心配顔で問いかけて来た。
「そう読んだからこそ、ジャラールは突撃を決意したんだろう。ここまでの敵の消極性から見ても、タキオントンネルの生成はハッタリだとみなされ、それ程厳重な迎撃戦力を敵は仕向けて来ない、と読んだんだ。シヴァースの部隊への対応もあるし、寄せ集め部隊がテトラピークフォーメーションで包囲してる状態でもある。あっちにもこっちにも戦力を張り付けなければならないこの状況では、敵は、明らかに無謀なタキオントンネルの生成など、ハッタリと決めつけるはずだ、ってのがジャラールの考えだろう。」
「本当に、そんな都合よく行くのか?もし厳重な迎撃を仕掛けて来られたら、イチコロで全滅じゃねえか。」
「だな。」
カビルの批判に、カイクハルドは頷いた。「そんな危険な賭けに、俺達が付き合う義理はねえ。『レドパイネ』親子が勝手に始めた危険な博打に、『ファング』は首を突っ込むつもりはねえ。」
「見捨てるのか?」
今度は、ヴァルダナの抗議調の言葉に、カイクハルドは応じる。
「ジャラール部隊の作ったタキオントンネルへの、敵の迎撃態勢を見た上で決める。俺達で蹴散らせるくらいの迎撃戦力しか出て来ねえようなら、ジャラールの読み勝ちだ。勝ち馬に乗って、俺達も暴れようじゃねえか。だが、ジャラールが賭けに負けるようなら、つまり、重厚な迎撃戦力を敵が繰り出して来るようなら、俺達は、タキオントンネルを拵えてスタコラサッサと逃げ帰るんだ。」
「勝てねえ奴には、用はねえってか。まあ、傭兵だからな、俺達は。当然だな。」
スカンダは同意を示した。
それから、じっと戦況を見つめる何時間かが過ぎた。「シュヴァルツヴァール」はレーダー等を発しないから、シヴァースの部隊から送られて来る情報だけが、戦況を知る手がかりだ。彼等がばら撒いた無人探査機を経由して、収束性の高いビームで情報は送られて来る。敵に「シュヴァルツヴァール」の存在を気付かせる事なく戦況を知るには、そんな回りくどいやり方をする必要があった。
「大量のミサイル、飛来だ。『シックエブ』から、何時間もかけて長躯して撃ち込まれて来たやつな。」
「ミサイル・・・だけ?」
トゥグルクの報に、カビルが顎を落した。「いくら大量でも、戦闘艦も戦闘艇も無しで、ミサイルだけで迎撃なんて・・・」
「やっぱり、薄っぺらい迎撃だけを仕掛けて来たな。ジャラールの読み勝ちだ。タキオントンネルはハッタリの可能性が高い、と軍政の連中は考えやがったんだ。もし本当に攻撃部隊が送られて来ても、あれだけのミサイルで損傷を与えておけば何とかなるだろう、なんていう甘い予測も、『シックエブ』の連中はしてやがるのかもしれねえな。」
カイクハルドの感想の直後、更なるトゥグルクの報告。
「シヴァースの部隊の進路前方にも、タキオントンネル生成だ。敵は、シヴァースには更なる迎撃戦力を差し向けるつもりなのかな?」
「切り込んで来たタキオントンネルについてはハッタリだと判断した敵だが、それが、シヴァースの部隊が何かを仕出かそうとするのをサポートする為の、陽動の可能性はある、と考えたのかもな。」
「だから、シヴァースの部隊に貼り付ける戦力を増やしたのか。」
カイクハルドの言葉に、頷くスカンダ。「だが、敵の生成したタキオントンネルの位置を見ると、積極的にシヴァース部隊を叩くつもりでも、ねえみたいだな。」
円卓の中央に浮かぶ三次元映像を注視しながら、彼等は戦況を論じている。
「シヴァースは、新たなタキオントンも回避する軌道に移ったな。だが、『シックエブ』から離れて行く軌道ではない。近付くでなく、遠ざかるでなく、迎撃部隊を躱しながら、微妙な距離を保っている。敵には不気味な動きだろうな。」
「シヴァースの動きこそ、陽動だ。敵の考えとは、真逆なんだ。実を虚と成し、虚を実と成した、ってやつだ。」
カウダの意見を受けて、カイクハルドが断じた。「あいつが微妙な位置にいるから、敵はそっちが“実”だと思い、戦力を向けざるを得なくさせられた。だが、そっちは“虚”だ。それで、ジャラールの生成したタキオントンネルにはミサイルだけの対応しかできなくなっちまっているんだ。敵は、そっちは“虚”だと思っているから。だが、そっちこそ、“実”なんだ。」
「そんなに、『シックエブ』の防衛戦力は少ないのか?」
眉に皺を寄せた、ヴァルダナの発言。
「軍政が召集できた戦力がどんなもんかは分からねえが、消極的で押し付け合いが横行している事は、間違いなさそうだな。それに、ジャラールが寄せ集め兵に包囲させている事も大きい。そちらに即応できる戦力は、常に残しておかなければいけない。たった4艦だけの部隊とハッタリかもしれねえタキオントンネルに対応できる戦力は、相当に限られて来ちまうんだろうぜ。」
その発言の半ばから、カイクハルドは腰を浮かし始めていた。航宙指揮室に集った面々はその仕草を見ただけで、直接の指示も無しに、一斉に動き始めた。
「出撃だな。あのミサイルを蹴散らして、ジャラールの突撃をサポートだな。」
言い終わると、カウダは返事も待たずに部屋の出口へ飛翔し始めた。全員が後に続く。
3分後には、「ファング」の全パイロットが各自の戦闘艇のコックピットに収まり、出撃準備は完了する。
「ミサイル掃除は余裕だろうが、その後は修羅場だぜ、多分。だが、あの危険な賭けに勝ったジャラールへの褒美だ。俺達も、命を賭けてやろうじゃねえか。ジャラールに、『シックエブ』への一撃を入れさせる。実害は無くても、軍政打倒への流れを決定付ける可能性のある一撃だ。命を張る価値はあるぜ。」
そして一呼吸置き、カイクハルドは声を高めて言い放つ。「出撃だぁっ!」
電磁式カタパルトが、今回も「ファング」パイロット達に、地獄さながらの加速重力の苦痛を見舞う。歯を食いしばって耐えるカイクハルド達だが、「シックエブ」に向かって加速してるわけでは無い。その正反対の方向に向かっての加速だった。
シヴァースが5時間かけて到達したのと同じ速度で、「シュヴァルツヴァール」は疾走している。その速度では、一定宙域に留まっての戦闘など不可能だ。減速が必要な局面なのだ。今カイクハルドが耐え忍んでいる加速重力は、「シックエブ」に向かう運動という視点で見れば、急ブレーキによるものとも言える。
数十分に及ぶブレーキでも、5時間かけての速度が相殺し尽くされるはずも無く、「シュヴァルツヴァール」からのビームによるブレーキが終わった後の「ファング」戦闘艇も、相変わらず「シックエブ」に向かっている。「シュヴァルツヴァール」に相当遅れての進行だ。
「シュヴァルツヴァール」は、戦闘艇の減速を終えると急旋回した。ラーニー達は悲鳴を上げているだろう。事前に通告して十分な備えはしているだろうが、訓練を受けていない女達には悲鳴を上げなければ耐えられない遠心力を伴って、「シュヴァルツヴァール」は進行方向を捻じ曲げた。
母艦である「シュヴァルツヴァール」を、危険宙域に置いておくわけには行かない。「ファング」が出撃した後は、安全宙域へと早急に退避させなければいけない。今は「シックエブ」に相当近い位置だから、少々軌道を捻じ曲げたくらいでは、安全とは言えない。
旋回を終えると「シュヴァルツヴァール」は、タキオントンネルのターミナルを射出し、展開させた。射出直後のそれは、戦闘艇の10倍くらいの大きさではあるが、「シュヴァルツヴァール」と見比べると豆粒のような物体だった。たが、細長い骨組みを広く展開させて行き、瞬く間に蜘蛛の巣のごとき網状構造の円盤形平面を形成し、「シュヴァルツヴァール」を包み込めるような大きさに至る。
蜘蛛の巣のあちこちから青紫の光が現れ、虚空を切り裂いて無限遠へと駆けて行く。漆黒の宇宙の中で青紫の光の柱は、少し油断すると見失いそうな存在だが、超光速の移動を可能たらしめる奇跡の光だ。使えるようになるのは、数時間先の話なのだが。
今の段階では、タキオン粒子は生成されていない。青紫の光の軌道上に無人探査機があれば、前兆現象が観測されるだろう。敵の無人探査機が無いと確認された方向を、慎重に選んで「シュヴァルツヴァール」はタキオントンネルを生成したので、このタキオントンネルでの超光速の移動が待ち伏せ攻撃を受ける事は無いはずだ。
数時間後にタキオントンネルが完成すれば、「シュヴァルツヴァール」は超光速での戦域離脱が可能となる。だが、敵が来なければ、それはしないつもりだ。「シュヴァルツヴァール」を狙って来る敵が検知され次第、いつでも離脱できるように、予防的に展開したタキオントンネルターミナルだった。
「シュヴァルツヴァール」の離脱準備を確認したことで、カイクハルドは安心して戦闘に専念できる。もうすでに、敵は「ファング」の存在には気付いているはずだ。
「ファング」の射出も加速も、「シュヴァルツヴァール」の転進も、派手に熱源を放出するものだから、敵に気付かれずに済むはずはない。だが、直ぐに敵は来ないはずだ。彼らを見つけてからタキオントンネルを準備し始めても、敵がそれを使えるのは数時間後だ。細かい時間は条件によって変動するが、2時間かそこらで使えるようになるものではない。
「とりあえずは、ミサイルをレーザーで掃滅するだけだから、子供にでもできる作業だ。だが、ジャラール部隊の出現を確認すればさすがに、敵は死に物狂いの迎撃に出るはずだ。『シックエブ』から通常航行でこっちに向かって来る部隊も、タキオントンネルで送り込まれて来る部隊も、続々と登場するだろう。厳しい戦いになるぜ。」
ミサイルは、ジャラール部隊の出現に備えて、タキオン粒子が検出されたラインに沿って飛び回っている。タキオントンネルから脱した直後の、防御態勢の整っていない艦船にとっては極めて脅威的な存在だ。だが、通常飛行で接近している「ファング」には、全く恐れるに足りない。レーダー連動のコンピューター管制射撃に任せておけば、パイロットは何もしなくても良い。
飛行もコンピューター制御だから、パイロットは寝ていてもミサイルの掃滅は完了する。実際、何人かのパイロットが睡眠状態になっている事を、カイクハルドはディスプレイに示された意識レベルのデーターで確認していた。着々とミサイルを撃破していくのと並行して、そんな事にも目を配るのが彼の任務だ。
肉眼で外を見られれば、タキオントンネルの作った青紫のラインが見えるだろうし、そこから艦船が飛び出して来る様子も視認できたのだろうが、「ファング」の戦闘艇に窓は無い。レーダーで様子を伺っているカイクハルドにとっては、ジャラール部隊の出現は忽然としたものだった。
さっきまで何の反射物も確認できなかった宙域に、突如10個の戦闘艦が存在していた。タキオントンネルから脱して来た艦船は、任意の速度で飛翔していられる。もともと超光速で飛んでいたのだから、そこからどのくらい減速するかで速度は任意に設定できる。
だが、光速を越えたままタキオントンネルを脱すると、物体は全て何らかの粒子の波動エネルギーに姿を変えて消滅してしまうらしい。光速以下には減速しなければいけない。亜光速に属する速度でも、宇宙塵との衝突などが問題となり、現実的には実施不可能なケースが多い。
今のケースでは、ジャラールは「シックエブ」を攻撃する目的でやって来たわけだから、それが可能な速度には減速しなければいけないし、迎撃部隊との戦闘を考えれば、更に許容される速度は遅くなる。
結果、ジャラール部隊は「ファング」より少し早い速度でタキオントンネルを離脱して来た。そこでスラスターの逆噴射でブレーキをかけ、「ファング」と速度を合わせた。
「よう、カイクハルド。迎撃戦力の掃除、ご苦労だった。おかげで無傷で、タキオントンネルを出られたぜ。」
「よう、じゃねえだろ。問答無用で俺達をこき使いやがって。こんな無茶な突撃なんぞ、やるつもりじゃなかったはずだぜ。」
「わはは、わしも同感だ。我が愛しのバカ息子の蛮勇に、引きずられた格好だな。だが、せっかくここまで来たのだ。『シックエブ』に一撃を入れるまで、わしはもう引き下がるつもりは無い。お前達はもう十分役割をはたしてくれたから、ここで後退してくれても構わんがな。」
「なんで、ここまで来て後退しなきゃいけねえんだ。こうなったからには一撃入れてえってのは、こっちだって同じだ。」
「ほほう、そうか。だが、知らんぞ。ここからの戦いは、尋常じゃないくらいの厳しさになるぞ。軍政の召集した軍閥がいくら消極的と言っても、ここまで『シックエブ』に迫られたからには、迎撃に本腰を入れざるを得んのだからな。」
「なんだよ。『レドパイネ』ともあろう軍閥が、まるで勝ち目のねえ無謀な突撃をやるって事なのか。」
「なんの。無謀などではないし、十分に勝算はあると考えておるわ。」
「だったら、俺達が参戦したって問題ねえだろ。無謀ではねえ、十分に勝算のある戦いだっていうあんたの太鼓判を真に受けて、俺達も参戦するぜ。」
「わはは、勝手にしろ。」
ジャラールの部隊10艦と「ファング」戦闘艇100隻が、一団となって「シックエブ」に直行している。軍政側は、今からタキオントンネルを生成し始めても、彼らの「シックエブ」到着前までに迎撃部隊を差し向ける事はできない距離だ。だが、タキオントンネルは生成された。間に合わぬことを承知で、幾つかの部隊が駆けつけて来ようとしている。
「前方にも敵影だ。シックエブから直接、通常航行で出撃して来やがった奴等だな。20艦程いる。」
ジャラールからの報告だった。
「それでも20だけか。『シックエブ』は相当に、戦力の召集に苦労してるんだな。」
「だが、減速はできんぞ。このまま突っ込むしかない。今観測しているタキオン粒子からすると、最大100くらいの戦闘艦がこの宙域にやって来る。減速などしたら、こいつらに囲まれちまうことになる。そうなりゃ、さすがに命は無い、全滅必至だ。」
そんな言葉の間にも、ジャラール部隊は広く散開し、1艦1艦もランダムに上下左右の不規則運動を見せる。各艦独自の判断で、迎撃に出て来た敵艦隊を突破しろ、という艦隊運用だ。ミサイル戦も開始される。
まずは散開弾の応酬から始まるのだろうが、ジャラール部隊は戦闘艇も射出していた。戦闘艇に、敵ミサイルを始末させる戦術に出るらしい。敵もそれに応じて戦闘艇を射出し、戦闘艇同士の乱闘が両艦隊の中間で展開される。
幾つもの閃光が次々に漆黒を彩ったが、ほとんどは軍政側の放ったミサイルが撃破された際の閃光のようだ。「レドパイネ」が配備した新鋭の格闘タイプ「アードラ」が、旧式の軍政側格闘タイプ「レーゲンファイファー」を圧倒している。
数に勝る「レーゲンファイファー」だが、「アードラ」に追いつけない。スラスター出力の差では無かった。そこにも差はあるが、どちらもパイロットが耐えられない重力を生じさせての加速も旋回もできない。この時代、スラスターの出力が機動性の差を生む事はない。
だが、新鋭の戦闘艇はパイロットの座席の位置や角度を、状況やパイロットの身体特性に応じて絶妙に調整する機能がある。パイロットの血流を調整する為の血管圧迫等も巧妙にやってのける機能も備えている。そうやってパイロットが、より激しい加速重力に耐えられる環境を作りだすことで、新鋭戦闘艇は、敵より遥かに強力な加減速や、小回りの効いた旋回を可能としていた。
だから、スラスター性能に関係なく、「アードラ」は「レーゲンファイファー」より速い。「レドパイネ」のパイロットは「ファング」パイロットのように特殊手術により身体を強化するような、サイボーグ化とも呼び得る荒業までは施されていないが、「レーゲンファイファー」を圧倒する速度での宙空格闘を実現していた。
追い付けない「レーゲンファイファー」を置き去りに、「アードラ」は敵戦闘艦が放つミサイルを掃滅した。防御の必要が無くなったジャラール部隊は、全ての発射口から散開弾を繰り出せる。防御用の爆圧弾も発射しなければいけない敵より、断然有利になる。
ジャラールは、攻撃タイプの戦闘艇「レーヴェ」も発艦させていた。敵のミサイル撃破だけでは飽き足らず、敵艦隊への散開弾攻撃にも参加する。軍政側の損害は拡大する一方だ。この状態では、ランダムに動き回るジャラール部隊各艦の動きを、軍政側は捕え切れない。
軍政側の「レーゲンファイファー」の幾つかは、「レーヴェ」の撃破に挑んで来たが、「レーゲンファイファー」の接近を察知した「レーヴェ」は、味方戦闘艦のレーザー射程に上手く敵を誘い、連携した攻撃で返り討ちにして行った。格闘に不向きな「レーヴェ」だけで「レーゲンファイファー」に対応するような愚は、決して犯さなかった。
(ジャラールの奴、かなり使いこなしているな、新鋭の戦闘艇を。)
コックピットに埋まりながら、含み笑いをカイクハルドは浮かべていた。
スピードに乗っているジャラール部隊は、敵迎撃部隊を一気に突き抜けた。艦と艦の間をすり抜けての、敵艦隊の突破だ。通り過ぎてしまえば、敵迎撃部隊はもう、ジャラールに追い付けない。何時間もかけて加速しないと、ジャラール部隊の速度に届かないのだから。
ジャラール側戦闘艇群も、当然戦闘艦と同時に敵部隊を通り抜けている。戦闘艦すら捕えられない敵艦が、遥かにサイズの小さい戦闘艇を捕えられるはずがなかった。「ファング」も、ジャラール部隊の戦闘艦の背後に隠れるようにして、苦も無く敵部隊を通り過ぎる。
カイクハルドは、シヴァースの動きにも目を配っていた。ジャラールの突撃に呼吸を合わせて、彼も「シックエブ」へ向かう進路変更を行う。当然、行く先には敵の部隊が待ち構えるが、少しでも多くの敵を自分の方に引き付けて、父の突撃を援護する覚悟だろう。親子そろって決死の突撃だ。しくじれば「レドパイネ」ファミリーは消滅する。
シヴァースの様子を見た後は、自分達の進路の確認だ。カイクハルドの目が、忙しく動く。
迎撃部隊を抜けた向うには、既に次の迎撃部隊が迫っていた。手前の部隊に遮られて探知できていなかったが、新手は目前まで迫っていた。今の敵艦隊突破において、さすがに無傷とは行っていなかったジャラール部隊は、新手への対応が遅れそうだ。
「こいつは俺達でやるぜ。突撃だっ!」
カイクハルドが吠えた。隠れていた戦闘艦の背後から飛び出し、一気に加速する。電磁式カタパルトやビームセイリングが使える状況じゃないから、自分自身でスラスターを吹かしての加速だ。スラスターは全開ではない。全開にすれば、サイボーグ状態の「ファング」パイロットでも死ぬ。パイロット全員が耐えられる範囲での、最大加速が実施されている。
サイボーグ状態であっても、パイロットの身体能力には当然、個人差がある。一番弱い奴にでも耐えられる加速度に抑えないと、死人が出る事になる。その点ではこの「ファング」の動きは、“護送船団方式”でもある。が、「グレイガルディア」では、他を圧倒する速さの護送船団だ。
ちなみに、「ファング」の中で最も身体能力の弱いパイロトは、カイクハルドだった。手術による身体強化において、わざとそういう状態にしてある。かしらより身体能力が弱いパイロットが居たとしたら、密集陣形の際に、うっかり彼が自分の身体能力に限界の加速をするや否や、「ファング」の誰かが死んでしまう事になる。カイクハルドが一番弱ければ、彼に耐えられているからには「ファング」の全員が耐えられていると断定できる。そうやって「ファング」の加速は、巧みに制御されている。
制御されたものであったとしても「ファング」のそれは、軍政側だけでなく「レドパイネ」陣営ですら驚かせるような超超強加速だ。ぐんぐんとジャラール部隊を引き離し、新手の迎撃部隊に迫って行く。新手の部隊は30艦弱だが、その内の1艦が「ファング」を狙ったとみられる散開弾攻撃を仕掛けて来た。1艦で対処すれば十分、と判断しているところが、「ファング」の実力を分かっていない証拠だ。
戦闘艇団とすら、思っていないだう。散開弾の展開のタイミングや範囲から、カイクハルドはそれを看破できた。いつもながら「ファング」の密集隊形は、1個の飛翔体だと敵に錯覚させる。大きさも戦闘艇ではあり得ず、シャトルなどの鈍重な乗り物だと思わせる。敵散開弾の様子が、それを物語っている。
一個の鈍重な乗り物だと思っている敵は、対応に当たっている戦闘艦以外は「ファング」を注視していないだろう。対応に当たっている艦ですら、ミサイル射出を終えてしまえば「ファング」への関心は失せているはずだ。その後ろにいるジャラール部隊の方に、すっかり気持ちを奪われているに違いない。
そう読んだカイクハルドの指が、キーボード上で躍動した。「ファング」全艇に戦術が示される。パイロット全員が、ディスプレイ上に作戦を視認しただろう。
一塊だった「ファング」が、突如5つの破片となって飛び散る。花火さながらの急速展開だ。5つの破片は、更に5つずつの破片を生じて飛び散った。2段階花火だ。25粒の流星となって、シャワーのように虚空を飾る。各粒が、4隻一組の単位だ。一塊となっての疾走から、コンマ5秒もかからずに単位ごとの突撃に移っている。
「うぉおぅっ、何じゃそりゃあ!」
通信機から、ジャラールの間抜けな声が聞えた。「ファング」の動きへのあまりにもの衝撃で、思わずこんな叫びを送信してしまったらしい。そんなジャラールは放っておいて、「ファング」は突撃を敢行する。
1個の単位が、それぞれ1個の戦闘艦を目指していた。最初に「ファング」の対応に当たった艦には、どの単位も向かっていない。「ファング」に全く意識を払っていなかった艦に、各単位が急接近していた。
「ファング」に対して何らかの反応を示せた敵艦は、1つも無かった。戦闘艇とすら思っていなかった軍政部隊は、戦闘艇4隻一組の急襲戦力に、対応どころか思考すら追いついていないだろう。何が起こったかも理解させない内に、「ファング」はミサイル射出を終了していた。
「ファング」の対応に当たっていた艦も、撃破するという役目を果たせないどころか、味方艦に向かって警告の1つさえも発信できなかった。ただ黙って真っ直ぐに飛翔しているだけだ。敵の驚愕の深さを物語っている。「ファング」の作り出した宇宙の2段階花火は、敵をして完全な幻惑状態に陥れた、と言って良い。
花火に続いて宇宙を彩ったのは、「ココスパルメ」の青白い光球だ。20個程の敵艦が、1つか2つずつの飾り玉によるオシャレなおめかしを強制された。索敵も迎撃も不可能な状態へと陥れる、強力な熱と磁場が敵を責め苛む。
攻撃されなかった敵艦も数艦あったが、全く無害とは行かなかった。「ココスパルメ」は数十kmの範囲に強磁場を生む、とは言っても敵部隊の艦と艦の距離は百km位ある。普通なら強磁場の影響下には捕えられないはずだ。だが、25個の「ココスパルメ」が同時に炸裂した結果、敵部隊の展開範囲全域が磁場の乱舞に見舞われた。敵の全ての艦が、電子機器に何らかの不調を来した。
だから敵は、ジャラール部隊から飛来した散開弾を捕えきれなかった。「ココスパルメ」を射出した直後の「ファング」を追い抜いて行ったものだ。追い抜くや否や金属片を撒き散らし、敵艦に雨あられと降り注ぐ。
艦と艦の間をすり抜けて行く「ファング」を、敵はなす術も無く見送る。いや、通り過ぎている事に気付いている、とも思えない。散開弾で滅多打ちの状態だったから。
通り過ぎ様、カイクハルドは徹甲弾の餌食となった敵艦を、レーダーや熱源の探知で捕えた。索敵能力を喪失した敵に、ジャラール部隊が食らわせたものだ。「ファング」とジャラール部隊の連携攻撃で、第2派目の迎撃部隊があっさりと殲滅させられた。第1派目がそれほど深刻な損害を受けなかったのに比べれば、第2派目は不運と言うしかないが、運の悪い奴は死ぬのが戦場だった。
「敵戦闘艇、レーダーに捕捉!百・・いや3百・・いや、うわっ!ご・・5百・・くらい、い・・居るぜ!」
騒がしいカビルの声が、通信機越しにカイクハルドの耳を悩ませた。たとえ「ファング」でも、運が尽きてしまったとすれば、戦場では、死ぬ。
今回の投稿は、ここまでです。次回の投稿は、 '19/4/27 です。
「実を虚となし、虚を実となす」なんていう古臭い(?)言葉を登場させてみました。こういう昔からあるような歴史を感じる言葉を、はるか未来の宇宙の彼方を描いた物語の中で登場させるというのも、作者がずっと前からやってみたかったことです。単純に言葉の響きを楽しんでもらうだけでなく、そのことで構築される世界観を味わって欲しいという気持ちなのですが、いかがでしたでしょうか?はるか未来において、はるか昔と同じ理屈や概念が通用する様を描くことで、連綿と続く長い時間のスケール感みたいなものが出てこないかなあ、という作者の願望であり思い込みでした。というわけで、
次回 第66話 散逸・壊滅・遁走 です。
ここから「ファング」は、さらに厳しく激しい戦いに晒されて行きますが、目の前の出来事を追いかけるだけでなく、その背景にある世界観なども味わって頂きたいですし、そういう書き方ができていればいいなと思っています。それは、読者様の判断を待つしかないことです。是非、ご一読を。




