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銀河戦國史 (アウター“ファング” 閃く)  作者: 歳越 宇宙 (ときごえ そら)
第5章  包囲
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第64話 シヴァース決死

 遅すぎるタイミングではあっても、敵は散開弾を「ファング」に撃ち込んで来た。金属片が広がり切る前に横から回り込んで避ける事が、十分に可能な状態だ。

 だが、「ファング」は「ヴァルヌス」を放って、金属片群に穴を開けた。と同時に、回り込むどころか敵から遠ざかって行く、完全な離脱軌道に移った。せっかく「ヴァルヌス」で開けた穴を、彼等は通らなかった。

 だがその“穴”は、無駄にはならない。「ファング」の戦闘艇の代わりに、彼らの放ったミサイルが通った。「ヒビスクス」は、金属片群に開けられた穴を通過した直後に展開し、敵艦に金属片群を叩きつける。シヴァースの部隊からの金属片は首尾よく防御できた敵だが、この「ヒビスクス」による金属片は防ぎ得なかった。

 と言っても、被害は軽微だった。密度より展開範囲を重視した「ヒビスクス」は、そもそも隙間が大きい上に、少し早めに展開させてより広く展開させたので、金属片は隙間が広大でスカスカの状態だった。敵艦の表面構造物に命中したものは、僅かにとどまった。

 この散開弾は、敵にダメージを与える事を企図したものではなく、その後ろにあるものを隠す為のものだ。「ヒビスクス」の後ろには「ココスパルメ」が続いていた。

 それだけを撃ったのではレーザーで簡単に迎撃されていたであろう「ココスパルメ」は、「ヒビスクス」による遮蔽効果でまんまと敵艦にたどり着き、涼し気な青白い光球というオシャレアイテムを提供した。オシャレだが、灼熱地獄という副作用が伴う。

 約10艦の敵の全てが、1個か2個の青白い光球の装飾を施され、シヴァースの部隊を構っていられる状態の艦は一つも無い。凄まじい相対速度のシヴァース部隊は、あっという間に敵艦隊の索敵可能範囲から飛び出し、「シックエブ」目指して飛び去って行った。

 「ファング」も同じだった。シヴァースの部隊以上の速度に達している彼等も、あっという間に敵から離れて行く。「ファング」は、「シックエブ」の方向にすら向かっていない。出鱈目な方向に旋回し、敵からの離脱を図っている。「ココスパルメ」の損傷甚だしい敵艦隊は、虚空に放置の状態だ。相手にもされない感じ。

 その数時間後、敵の周囲にタキオントンネルが生成され、更にその数分後、2艦か3艦で編成された4つの分隊が、テトラピークフォーメーションを形成して出現する。ジャラールの手勢だった。

 出て来た敵の迎撃戦力は、放置するわけには行かない。シヴァース達のばら撒いた無人探査機を始末され、敵側のそれをばら撒かれてしまえば、ここまでの制宙権を切り取ったシヴァース達の努力が、水の泡になってしまうから。息子の努力を無駄にしない為に、ジャラールはこの敵を叩き潰しに出向いたわけだ。

 その事をレーダー用ディスプレイで確認していたカイクハルドは、彼らの進路前方に「シュヴァルツヴァール」がタキオントンネルで移動して来るのも見止めた。「ファング」がジャラールの戦いに参加するのは、不可能だった。敵艦隊との相対速度をゼロ近くに持って行くのに、約5時間の減速を必要とする。ジャラール部隊10艦と敵の11艦というやや不利な形成ではあるが、ジャラールだけで何とかしてもらうしかない。

 「ファング」はシヴァースを追った。シヴァース部隊が、迎撃部隊の横をすり抜けて「シックエブ」への接近を続けている事に、敵は気付いているはずだ。新たな迎撃が企てられるのは間違いない。

「シヴァースの部隊より報告、前方にタキオントンネル生成を確認したらしい。ハッタリだと高を括って直進する、って言ってやがる。」

「何だと!何を根拠に?」

 トゥグルクからの報告に、カイクハルドは叫び返す。激烈にしんどい減速で「シュヴァルツヴァール」との相対速度を相殺し、ようやく着艦行程に移りつつある「ナースホルン」のコックピットは騒がしくなる。

「根拠はねえらしい。勘だとよ。」

「何だ、それは。もう『シックエブ』は、目前に迫ってんだぞ。敵にとっちゃ、何が何でも迎撃しなきゃいけねえ状況になっているのに、何で、タキオントンネルがハッタリだ、なんて言えるんだ。そっから敵が出て来たら、今度こそあいつら全滅じゃねえか。」

 そう喚いては見たものの、急速に冷静な思考が、カイクハルドを捕える。今のシヴァース部隊の軌道変更で、彼らの進路は少し「シックエブ」から逸れている、今から時間を掛けて少しずつ進路を戻す事はできるだろうが、もう一度同じような進路変更をやれば、「シックエブ」への軌道に復帰するのは難しくなる。

 敵が迎撃部隊を派遣せず、タキオン粒子の照射だけによってシヴァース部隊の進路変更を期待する、というのも、あり得ないとは言えない。敵の消極性や、迎撃の役割を押し付け合っている事態を考慮すれば、可能性は無くは無い。

(だが、低い。この距離にまで近付いて迎撃部隊が出て来ない可能性なんて、かなり低い。その可能性に命を賭けるなんて、無茶だ。余りにも無謀な賭けだ。)

 シヴァースの悲壮な覚悟に思い至ったカイクハルドだが、その口元には笑みが浮かんでいる。

(あいつは、既に、命を捨ててやがるんだな。最初から、捨て身の覚悟だったんだ。だったらもう、やりたいようにやらせるしかねえ。)

 軍閥棟梁の息子が、戦闘に捨て身で臨むのに、何の不思議も無い。そもそも軍政打倒などという事業は、一か八かの勝負に何度も勝利して、ようやく成し遂げられるものだ。「ファング」だって、そんな戦いを幾つも越えて来ていた。

「全滅覚悟で直進してやがるって事は、多分あいつ、このまま『シックエブ』まで行く気だな。『シックエブ』に一撃入れるまで、引き返さねえ意気込みなんだろう。」

「そういう事か。」

 カイクハルドの見解に、トゥグルクも通信機越しの納得を示した。「軍政の一大拠点である宇宙要塞『シックエブ』に一撃を入れる事の宣伝効果は、絶大だろうからな。」

 小型艦がたった4艦の攻撃力では、「シックエブ」の制圧どころか有効なダメージを与える事も不可能だ。そんな事は、誰もが承知している。実際問題としては、4艦の小型戦闘艦が接近して来るということ自体は、「シックエブ」には何ら脅威では無い。

 だが、“印象”の問題がある。政治権力というのは、結局は“印象”が全てだ。軍政や「シックエブ」が強大だとの“印象”があるから、軍政には権威が備わり、「グレイガルディア」の統治者という座に着いていられる。

 たった4艦の小型戦闘艦を防ぎ得ず、重要拠点の「シックエブ」が一撃を入れられてしまえば、その事がもたらす印象効果は、軍政には無視し得ないものだ。シヴァースには、命と引き換えにしてでも勝ち取る意味がある。その成果をもぎ取る為に、二十歳そこそこの若者は、命を捨てる覚悟を固めている。

「引き続き、奴の後を追うぜ。出来るだけの支援はしてやろう。だが、俺達は、ここでは命は賭けねえ。やばいと思えば、見殺しにして逃げるぜ。軍政打倒に一番効果的な命の賭け方をするのが、シヴァースの俺達への要望に応える事になるからな。」

 タキオン粒子が貫く空間を目がけて、シヴァースの部隊は突進して行く。先ほどと同じく10艦程を送り込めるサイズのタキオントンネルだから、行く手に10艦の敵が現れ、あっという間に全滅させられる、という事態が十分に起こり得るのだが、シヴァースは止まらない。

 そのシヴァース部隊を、やきもきしながら追跡する「ファング」の後方で、ジャラールと敵艦隊との激闘が始まっているのを、カイクハルドは見詰めていた。ジャラール部隊からデーターが送信され、「シュヴァルツヴァール」のディスプレイに表示されている。

 テトラピークフォーメーションの1つの頂点(ピーク)を目指し、敵艦隊は急行した。この頂点に出現した分隊だけとの戦いにおいては、11艦対2艦だから、軍政側の圧倒的優位だ。敵は、後の3つの分隊が接近してくる前に、この2艦を叩いてしまいたい。

 その後に敵が、包囲を抜け出して離脱を図るのか、各個に撃破しての全滅を期するのかは分からないが、敵の消極性を考えれば、離脱の可能性が高そうだ。

 ジャラールの側は、敵に肉薄された頂点の分隊がゆっくり後退しながら戦い、味方が追いついて来るのを待つ、というのが定石だ。数的に不利な状況では余り激しく戦わず、状況の不利を早急に解消する事に、全力を挙げるべき局面だ。

 だが、ジャラール側の分隊は、敵に向かって突進して行った。たった2艦で、11艦を目がけて突撃を仕掛けた。非常識かつ無謀な突撃だった。親子揃って捨て身なのか?

 やがて両者の間で、散開弾の応酬が始まる。まずは遠距離からの散開弾で、敵の索敵や攻撃の能力をできるだけ削ぐ、という戦術を両者が繰り出す。爆圧弾での防御も、両者が繰り出す。2種のミサイルのバランスやその射撃精度が、戦いの趨勢を左右する。戦力差だけで、戦闘が決するわけでは無い。

 ジャラール側は、圧倒的に散開弾が多く、防御用の爆圧弾の発射は少ない。これでは、防御し切れそうにない。敵散開弾に、表面構造物をことごとく潰されてしまいそうだ。

 だが敵は、予想に反した突撃に意表を突かれた焦りと、先ほど「ファング」に食らわせられた損傷の影響が出たようで、散開弾攻撃には隙が多かった。ジャラール側が爆圧弾の使用を制限したのも、その事を予測した上での策だろう。

 敵は、爆圧弾による防御にも支障を来していた。爆圧弾炸裂の位置もタイミングも、少しずつずれている。少しでもずれれば、金属片は掃除できない。

 敵11艦が作った重厚濃密な金属片群は、ほとんどジャラール部隊を捕えられない。その一方で、ジャラール側の2艦が作ったちっぽけで薄っぺらい金属片群が、着実に敵艦隊の表面構造物を潰して行く。

 更に敵は、操艦に関しても焦りとダメージの影響が出ていた。おかしな方向に進んで行く艦が幾つかある為、ジャラール側の艦に有効な攻撃態勢がとれない。射出方向にジャラール分隊を捕えられないから、ミサイルがことごとく無駄な遠回りをしてジャラール艦を目指す形になる。防御や回避が、容易になってしまう。11対2の戦いなのに、敵側にばかり損傷が積み重なる。

 いや、焦りや損傷の影響以前に、両者の部隊には技量や練度や気迫に、決定的な差があったかもしれない。要するにジャラール部隊は、驚異的に強かった。そこに焦りや損傷の影響が重なったから、5倍以上の戦力差も簡単に帳消しになったのだった。

 両者の距離が、プロトンレーザーによる砲撃の射程圏内に縮まる直前には、ジャラール側は激しい操艦を繰り出した。上下左右に、ランダムに複雑に動き回る。

 「ファング」に食らわせられた損傷を残したままで、激しく動く標的を狙おうとした結果、敵部隊の各艦の動きは更に支離滅裂なものとなって来る。射程圏に入っても、まともにジャラール側の艦に向かって発射されたプロトンレーザーは、一つもなかった。

 酷い艦は、ジャラール側の艦から遥かに離れた方向であるだけでなく、味方の艦のすぐ近くを掠め飛ぶ角度で、プロトンレーザーをぶっ放していた。

 上下左右の動きを見せていたジャラール側の艦は、その勢いに乗る形で敵艦隊からの離脱経路を取り始める。2艦がそれぞれ違う方向に離れて行く。それを追う敵艦は1艦も無い。ジャラール部隊を撃破するより、既に、逃げ出す方に敵の気持ちは向かっているらしい。11艦もの戦力で、2艦だけの相手に全く損傷を与えられないまま、恐れおののき、慌てふためき、尻尾を丸めての逃走に及んだわけだ。

 腕前も度胸も、ジャラールの敵ではなかったようだ。

 そしてその行く先に、ジャラール部隊の置き土産が待ち構えていると気付くのは、完全に手遅れになった後だった。

 「レドパイネ」ファミリーがジャールナガラを通じて買い付けた新鋭戦闘艇「レーヴェ」10隻が、ジャラール側分隊から射出されていた。散開弾の応酬の最中に行われた戦闘艇の射出を、混乱に(おとしい)れられていた軍政側部隊は察知できていなかったようだ。

 その後も通信を封鎖し、一切の電磁波を出さずに待ち構えていた「レーヴェ」に、軍政側は気付く機会が無かった。「レーヴェ」からミサイルが発射された時には、既に迎撃が不可能な距離に迫っていた。

 敵艦隊は、プラズマ弾の青白い光球にオシャレに飾り付けされるという地獄を、またしても味わうハメになった。ミサイル戦を盛大に繰り広げている真っ最中だったので、艦体表面付近にある、外部装甲直下のランチャーに、ミサイルが装填されている状態での被弾だった。

 軍政側の各艦から、ド派手な火柱が次々と吹き上がる。艦内部でミサイルが誘爆した事によるこの火柱は、内部の地獄絵図を明かすものだ。幾百の命が果てただろう。戦闘どころではない混乱に陥っていても、不思議ではない。

 強烈な火柱は、艦の姿勢も大きく狂わせる。進行方向に対して真横を向いてしまっている艦も、いくつかいる。真正面に艦首を向けているものは、1つも無い。戦域を早く離脱したいのが敵の意向と思われるが、この状態では速度は上がらない。

 散開弾の応酬が始まって以来、敵には離脱軌道への最大限の加速の機会は無かった。それどころか艦隊速度は落ちる一方だった。ほとんどの艦が姿勢を制御できていない状態では、速度は落すしかない。

 一方で、ジャラール側の戦闘に参加していなかった艦は、最大加速で軍政部隊を猛追し続けていた。だから、「レーヴェ」の攻撃から数分も経つと、かなり近い距離にまで接近している。数分では、軍政側の混乱は治まるはずも無い。艦の姿勢も滅茶苦茶のままで、ジャラール側からの散開弾攻撃を、上下左右前後から立体的に叩き込まれる事態となった。

 爆圧弾を1発も放てない程、敵にはなす術が無かった。サンドバック状態で、金属片群を浴び続ける。表面構造物が次々に破壊される。盲目状態から、回復するチャンスは無さそうだ。

 「レーヴェ」10隻は、第2派のプラズマ弾攻撃を食らわせた。2艦が、反物質動力炉の暴走によるものか、巨大な光球と化して完全に消滅した。火柱の勢いで逆方向を向き、そのまま最大加速を実施して反対方向に突進して行った艦もあった。クルクル回転し続けている艦もある。もはや、壊滅状態と言って良かった。

 そこへ、ジャラール側の全艦が肉薄し、プロトンレーザーの射程圏に敵を捕らえた。一旦離脱軌道を取っていた、最初に軍政側と接触した2艦も、大きく円を描いて回り込んで、再び敵への接近を図っていた。

 テトラピークフォーメーションで立体的に包囲した上での、プロトンレーザーによる一斉射撃が行われようとしていた。壊滅状態と評し得る程に混乱している敵は恐らく、1回の一斉射撃で全滅するだろう。全艦が巨大な光球と化して消滅するかもしれない。千にも及ぶ人命も、残らず虚空に吸い取られてしまうだろう。

 そんな悪魔のような一斉射撃の一瞬手前で、敵から降伏宣言が出された。

 ここまでのジャラールの戦いを、ジャラール側からの戦況報告でリアルタイムで観察している間に、シヴァースの部隊の前方に形成されていたタキオントンネルは消滅していた。

「何も、出て来なかったな。」

「本当に、ただのハッタリだったな。」

 トゥグルクとカイクハルドは、相次いで呆気にとられた呟きを漏らす。

「俺達も、後を追うぜ。」

 ジャラールが、通信機越しにがなり立てる。「4つの先行部隊が切り取った制宙権の、それぞれに一番敵に近い宙域に、寄せ集めの兵どもを分散して前進させた。今降伏させた敵の処理も、寄せ集め共に任せる。盛大に掠奪や捕虜虐待をやりやがるだろうが、知ったこっちゃねえや。」

 ジャラールが数年かけて組織化し訓練を施した連中ではあるが、「アウトサイダー」として盗賊行為などに勤しんでいた連中だから、降伏して来た敵に礼節をもって接する、なんてあり得ない。投降者達は散々な目に合わされるだろうが、今は決死の突撃を見せるシヴァースのフォローが先決だ。

 陣立てに関する詳しい情報も、ジャラールの部隊から「シュヴァルツヴァール」に転送されて来る。およそ2千ずつに分けた兵が4方向から、大規模なテトラピークフォーメーションを構築する位置関係で「シックエブ」を囲む配陣だ。「シックエブ」からの距離はまちまちだ。先行部隊が踏み込めたところまでが、こちらの制宙権になっているから。

 敵の無人探査機を先行部隊が蹴散らし、こちらの無人探査機をばら撒いた事で、先行部隊の進出エリアまでがジャラール側制宙権に取り込まれている。シヴァースの部隊が一番深い位置にまで踏み込んでいるので、ジャラールが降参した敵部隊を預けた兵達が、最も「シックエブ」に近い陣を構築する事になる。

「これで『シックエブ』の奴等は、シヴァースの部隊に全軍を向ける事はできねえわけだ。」

 ジャラールの通信機越しの声は続いた。「寄せ集めとは言え、武装した兵に囲まれた状態じゃ、そちらを警戒し対応可能でもある部隊を、常に置いておかなきゃいけねえ。総勢1万近い軍勢への対応を可能としなきゃいけねえんだから、4艦だけのシヴァースに向ける余力なんかねえだろう。」

 寄せ集め兵の前進と配陣は、当初の予定通りの行動ではあったが、シヴァースへの支援にもなる。これを可能な限り素早くやってのけた事は、決死の息子へのジャラールの援護だ。その上で、ジャラールの部隊までが「シックエブ」を目指すとなれば、軍政側は、どの戦力にどう対応して良いか、判断が難しくなるはずだ。

 それを良い事に、シヴァースはどんどん深入りして行く。一旦軌道がそれた分も、既に修正を済ませ、何もしなくても「シックエブ」にたどり着ける状態で虚空を疾走している。

 完全な直線では無く、恒星「ノヴゴラード」やその最外殻である第5惑星などの引力により、緩やかな弧を描いた軌道を伝って、シヴァースは「シックエブ」を目指している。「シュヴァルツヴァール」も、ある程度距離を置いて彼の後を追っている。

 ジャラールは、今から加速し始めてシヴァースを追いかけるわけだから、通常航行ならシヴァース部隊と同じ速度になるのにも5時間を要する。到着がずいぶん遅れる事になる。ジャラールの追走が有効な支援になるのかどうか分からないが、ともかく、決死の息子を放っておくわけには行かないみたいだ。

 その後も何度か、シヴァース部隊の前方にはタキオントンネルが形成されたが、敵の迎撃部隊は出て来なかった。

「ハッタリのタキオン粒子照射ばかり、やってやがるな、敵さんは。本気で『シックエブ』を守る気があるのかな?」

「もう、一撃入れられるくらいは、良しとするつもりなのかな?」

 カビルの呆れ声に、ヴァルダナが真面目に応じた。「シヴァース部隊には攻撃されても、実害は被りそうにないから、多少の権威失墜は承知で、迎撃しない事にしたのかも。」

「シヴァースの部隊の迎撃に出て行くのが、そんなに怖いのか?軍政の連中は。」

 経験豊富なスカンダも、この状況は予想外のようだ。「たった4艦の寡兵だぜ。」

「寡兵なだけに、シヴァースの覚悟の強さが過大評価されてるのかもな。」

「壮絶な覚悟が無ければ、4艦だけでここまでは踏み込めないだろう、なんてのは誰でも考えるわけか。」

 カウダの意見に、ヴァルダナが納得の表情を見せた。

「それに、寡兵にしてやられたりしたら、軍閥としての威信に傷が付く。既にジャラールに降伏させられた部隊が出ている現状を見れば、迎撃に出れば怪我をするかも知れない、というイメージが軍政側の首脳部の頭に刷り込まれてもいるだろう。」

「それで、もう迎撃は諦めて、一撃くらいは入れられても良いや、って事になったのか?」

 カウダの説明に、カビルは納得しがたい様子だ。「そこまで臆病者の集まりなのか?軍事政権ていうのは。こんなんじゃ、軍政打倒は、想いの外あっさり達成できちまうかもな。」

「いや、そこまで甘くは無いだろう。」

 カイクハルドは窘める。「軍政は、シヴァースの部隊はどこかで引き返すはずだ、と思っている可能性の方が高いぜ。『シックエブ』にまで来るはずなんかねえって、高を括っていると考えておいた方が良いだろう。」

「だから、タキオン粒子照射でのハッタリ以外は、何もして来ないのか。」

 素直なヴァルダナは、誰の意見にも直ぐに納得顔になる。

「そうなると、シヴァースが『シックエブ』に一撃を入れるつもりだ、と思い直した後には、相当頑強な迎撃を加えて来る可能性もある。どこかで急激に、態度を変える時が来る事になる。」

「その予測の方が正しいとすれば、敵が本気で迎撃に出たところで、シヴァースの奴はおしまいになりそうだな。たった4艦だ。本気で来られれば、簡単に叩き潰される。」

 カイクハルドに続いたスカンダの声は、淡々としたものだ。

「それを覚悟した上でシヴァースは、一撃を入れられる僅かな可能性に賭けてやがるんだろう。」

 カイクハルドも、同じような調子の呟きを漏らした。

 数時間に渡って、ハッタリのタキオン粒子の観測が繰り返された。

「また、シヴァースの部隊の前方にタキオントンネル生成だ。」

「もう12回目だぜ。飽きねねえ奴等だな、軍政の連中も。」

 トゥグルクの報告に、カビルの呆れ声。

「いや、今回のは・・・出て来るな。もう、あと5時間で『シックエブ』に着いちまう距離だ。一撃入れられての権威失墜を恐れるなら、もうこれ以上は近付けるわけには、いかねえはずだ。来るとしたら、この辺だぜ。それに今回のはこれまでのより、でかいし、遠い。」

「でかくて、遠いって、どいういう事だ?」

 ヴァルダナが、カイクハルドに向かって首をかしげた。

「大き目の戦力を最大限に広く展開させて、シヴァース部隊を待ち構える策だ。」

「広く展開する時間を稼ぐために、遠目の距離に出て来るのか。広範囲に展開する事で、横をすり抜けての通過も、絶対に阻止するつもりなんだな。」

 彼らの予想通り、タキオントンネルからは20艦程の部隊が出て来て、すぐさま広く展開する動きを見せる。

「あれだけ敵が広がったらシヴァースは、敵にぶつかって行くか、引き返すか、しかねえか?方向転換して横をすり抜けようとしたんじゃ、『シックエブ』への接近軌道からは完全に逸れちまう・・・のか?」

 デイスプレイ上で敵の広がりを観察しながら、カウダは首を捻る。

「敵は、そのつもりなのだろうがな」

 カイクハルドもじっとディスプレイを見詰め、考える顔だ。「シヴァースの奴が敵の思惑通りに動くかどうか・・」

 ディスプレイに描かれた状況は、シヴァースの部隊が検出したデーターを収束性の高いビーム通信で「シュヴァルツヴァール」に寄越したものだ。「シュヴァルツヴァール」は隠密性を維持すべく、レーダー照射はしていない。敵に見つかるつもりは無い。見つかっていない、と断定もできないのだが。

「シヴァース部隊、転進!猛烈に軌道を捻じ曲げ、敵を回避する動き。」

「はぁ?転進・・って、どこに向かうんだ?」

 トゥグルクの驚きを含んだ報告に、カビルも疑問の声を上げた。

「やっぱり。」

 カイクハルドは納得の顔。

「どういう事だ?」

 カビルはカイクハルドを振り返った。「あの迎撃部隊を避けるように転進したんじゃ、もう『シックエブ』への接近軌道には相当時間を掛けた回り道をしなきゃ、復帰できねえぞ。かといって、逃げるにしても中途半端な方向への転進だ。何がしたいんだ、シヴァースの奴は・・」

「逃げ帰るわけでもねえが、『シックエブ』に突っ込む軌道からも完全に逸れる、となれば、敵の方も対応に迷うだろうな。放っては置けねえはずだから、一気に詰め寄って撃破を目指すか、『シックエブ』とシヴァース部隊の間って位置を維持しながら様子を見守るか、ってのが敵の選択肢だろう。」

「これまでの敵の消極性を考えれば、様子を見る方が、可能性は高いかな。」

 カイクハルドの説明を受け、カウダも彼なりの予測を口にした。「迎撃部隊が降参に追い込まれた実績もあるし、不用意に突撃を仕掛けるのは、敵には怖いだろうぜ。」

 カウダの読んだ通り、敵はシヴァースの部隊に合わせるように横にスライドして行き、シヴァース部隊と「シックエブ」の中間に立ちはだかり続ける。

 シヴァース部隊より敵の方が、相当に移動距離は少なくて済む。「シックエブ」を目指す方向への速度は、5時間もかけて加速したおかげでシヴァース部隊の方が遥かに早いが、「シックエブ」から見て横方向の動きは今加速し始めたばかりだから、それ程でもない。敵にとっては、シヴァース部隊と「シックエブ」の間の位置を維持するのは、難しい事では無い。

 敵迎撃部隊とシヴァース部隊の距離はどんどん縮まって行くが、敵はシヴァース部隊が「シックエブ」への接近軌道から逸れて行く限りは、余り近付き過ぎないようにするつもりらしい。彼らの間には、ミサイル戦すら行われない。

「どんどん『シックエブ』からは逸れて行きながら、それでもタキオントンネルで逃げ帰る様子も見せないシヴァースの動きは、敵には意図の読めぬものだろうな。どこかでまた方向転換して、『シックエブ』を目指すかもしれねえから、間に割って入る位置から退くわけには行かねえが、危険を冒して積極的な攻撃に打って出る気にもなれねえはずだ。」

「しかし、何なんだ?シヴァースの意図は。」

「そりゃ、多分・・」

 ヴァルダナとカイクハルドの質疑応答の途中で、トゥグルクが報告を入れた。

「ジャラールから連絡だ。タキオントンネルで、一気に『シックエブ』のすぐ近くまで切り込むって宣言して来やがった。3千万km以内くらいにまで、突っ込むらしい。」

「やはり・・そうか。」

 細められたカイクハルドの眼は、読みが的中した事を喜んだ為のものではない。厳しい判断に備えての、せわしない計算に没頭している眼の色だ。

今回の投稿は、ここまでです。 次回の投稿は、 '19/4/20 です。

シヴァースの行動に関して、本文中でカイクハルドなどがいろいろな解説をしていますが、それでも「わけ分らん」という感想をお持ちの方が多いかもしれません。実際この場面では、誰一人として明確なプランをもって行動しているわけではありません。「一撃を入れるチャンスはないか?」と思いつつも、シヴァースも敵の出方を見ながらその場の判断で行動している、と考えるのが自然です。その判断も、理屈や理論に基づくものではなく、勘と勢いに任せた「えい、やあ!」といった感じのものでしょう。捨て身の覚悟でわずかなチャンスに賭けているわけですから。それに対する「シックエブ」側も、「どうせ、どっかで引き返すだろう」と高をくくっていた敵が、予測に反して肉薄してきて慌てふためいているわけだから、計画的な行動などできるはずがありません。双方が、互いの腹の内を探り合いながら、駆け引きを繰り広げている、という状況です。なので「わけ分らん」感じになるのは無理もなく、「分からなくていいのだ」くらいに思っておいて頂きたいです。そして、「わけ分からん」シヴァースと「シックエブ」の動きを見て、ジャラールも、今この場で思いついた作戦を決行しつつある模様です。突発的で流動的な戦況を前に、カイクハルドがどんな判断をし、「ファング」がどんな戦いを見せるか、読者様にも予測して頂きたいです。ラーニーには、危険な作戦にはならないようなことを事前に言っていましたし、ここでは命を賭けないと仲間たちにも告げていたカイクハルドですが、「レドパイネ」親子の行き当たりばったりの行動を前に、それまでの発言を貫けるのかどうか、お考え頂きたいです。というわけで、

次回 第65話 博打・猛進・激突 です。

熟語三つのパターンなので、「ファング」もいよいよ本格参戦となります。直前の問いかけに、早くも半分答えが出てしまった感がありますが、「ファング」の暴れ方の内容については、まだいくつかの可能性があると思うので、想像を巡らせて欲しいです。


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