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銀河戦國史 (アウター“ファング” 閃く)  作者: 歳越 宇宙 (ときごえ そら)
第5章  包囲
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第63話 シヴァースの侵攻

 ようやく気分も落ち着いた、といった調子で、ラーニーが口を開いた。声高な言い合いの前よりも、ずっと軽やかな話しぶりだ。

「まあ、私の事は、あなたのご自由になさって下さい。いつ何をされても、何もされなくても、私は不幸になど、なる気が致しません。クトゥヌッティを始めとした家宰達も、領民の皆様に許されただけでなく、『ファング』の根拠地でそれぞれに役割を頂いて、その責任を誠心誠意果たす事で、これまでの罪を償っていくつもりのようです。ですから私も、私の務めを果たすまでです。かしらとして『ファング』の命運を担っているあなたを、お慰めするのが役割と言われれば、私はそれを、苦とも恥とも思いませんわ。」

「ああ、そうかよ。覚えてやがれ、そんな減らず口、今に叩けなくしてやるからな。それに家宰達の負ってる役割の中には、ここ『ルサーリア』領域でローカルに活動している『ファング』のパイロット、ってのも含まれてるんだろ?家宰の中から3人くらいが、強化手術も受けてパイロットになった、って聞いたぜ。いつ死んでもおかしくねえ役割だぜ。『レドパイネ』に馳せ参じた連中にしろ、『シックエブ』防衛に参加している連中にしろ、この辺りの集落への徴発や掠奪をやらかしそうな奴は、うようよいる。それを徹底的に妨害してやるって、ここのローカルな『ファング』は息巻いているんだ。相当厳しい仕事になるはずだぜ。」

 この言葉で、赤く腫れあがりながらも活力に満ちていたラーニーの眼が、少しうつむき加減になった。

「そうですか。確かに、軍閥相手の盗賊行為ともなれば、大きな危険を伴いますね。それは心配ですが、家宰の者達も、領民を死なせたり傷つけたりしてしまった過去を持つからには、それくらいの厳しい役割を担わなければ、罪の意識が癒えないでしょう。」

 ラーニーの影の差した表情を見ると、カイクハルドも根拠地から帰って来って以降で、最も気落ちした顔になった。

「そうだよな。そして、その罪の意識に付け込んで、俺達は家宰連中もお前も利用するんだ。パイロットとして戦わせたり、慰みものとしてしゃぶり尽くしたりするんだ。」

「・・利用、ですか。でも、私達も『ファング』に救われているのですから、一方的な利用ではありませんわ。私も、こうして健康に暮らさせて頂いているからには、何か・・・」

 今までと違う色を纏ったラーニーの視線が、カイクハルドを捕えた。視線から逃げるように、カイクハルドは目の前にあったラザニアをフォークで口に運ぶ。ラザニアも、ラーニーの言う“何か”の一つだろうか。

「うん?コイツ・・味、変わったか?美味くなった、気が・・・」

 ラーニーの眼は、楽し気なものに復帰した。

「ええ。この根拠地で、色々と新しいものを仕入れる事ができたので。生物由来や生物経路の食材を作る為の、設備や生物種や遺伝子や遺伝情報などを、何百種類も提供して頂きましたのよ。家宰達や領民の方々が、私やあなたの為に、粉骨砕身で用意して下さったものです。」

「そう言えば、パイロット達もこのところじゃ、囲ってる女に色んな料理を食わせてもらってる、って言ってやがったな。『シュヴァルツヴァール』に囲われてる女達の料理の腕前が、全般的に上がって来ているみてえだ。」

「あらまあ、そういう評判を頂いているのですね。それは嬉しいですわ。皆で、色々と研究しましたのよ。『シュヴァルツヴァール』で製造できる食材で、どんな料理が作れるだろうかって、お互いに知恵を出し合って。私達だって、ただ囲われているだけではなく、『ファング』を支える為に、できる限りの事をやるつもりなのです。」

「へぇー。奪い取られて、無理やり連れて来られて、嫌々囲われてる立場なのに、物好きな事だな。」

「でも、『ファング』の活動がなければ、私達の生活も成り立たないし、皆の故郷の集落や根拠地も成り立って行かない。それは囲われている女達も、理解していますわ。」

「で、ひたすら料理研究に明け暮れてんのか?お前達は。」

「料理だけではありませんわ。衣料品だって、『シュヴァルツヴァール』で入手可能なもので工夫を凝らして、可能な限り多種多様なものを作っていますわ。それぞれに、自分を囲っているパイロットに楽しんで頂けるように。もちろん、パイロットだけでなく、自分達が楽しむ為のものも色々入手しましたわ。女専用エリアのラウンジに設えられたゲームやアトラクションも、とても充実しています。」

 女専用エリアは、殺風景な男専用エリアと打って変わって、趣向を凝らした装飾なども施され、華やかなものになっているらしい。カイクハルドは見たことも無いし、見たいとも思わないが。

 「ファング」に囲われている女達も、何かと忙しかった。囲っているパイロットの、ベッドルームでの相手をするだけではなかった。食品や衣料品の製造等は彼女達に任されているので、やる事は多い。生物由来の食材や資材を得る為には、生物の世話も欠かせない。栽培や飼育や養殖と言われる活動が、彼女達の手によって「シュヴァルツヴァール」の女専用エリアで行われている。

 化学経路や生物経路での生産活動も、機械のオペレーションがメインになるが、女達の手に担われている。女達の働きが無ければ、「シュヴァルツヴァール」の中での日常の生活は、全く成り立たない。パイロット達は女達を囲っている一方で、女達に養われている、と言っても良い状況でもあった。

 食材を製造し、料理を作り、資材から衣料品や生活用品までをも作り出す、という生産的活動をこなす一方で、ラウンジでパイロト達のうわさ話等をしてワイワイと(かしま)しく過ごし、ゲームやアトラクションを皆で楽しむ、といった娯楽活動にも、女達は実に活発だった。

 そこへ行くと男達は、次の戦いで死なない為の活動で手いっぱいだ。肉体のトレーニングやシミュレーターでの操縦技術の維持上達への訓練、戦術研究やフォーメーションの確認、敵となり得る各勢力の情勢分析、等に余念がない。数日に1回のペースで、命懸けの戦いに繰り出して行く生活を続ける彼等だから、余暇時間もほとんどは、そいういった活動に終始する。

 だから男専用エリアは、殺風景この上もない。ラウンジにも、娯楽の為の施設は何も無い。誰も、求めもしない。囲っている女を自慢し合う下品な集いが、時折行われるだけだ。自動調理機で好きなものをいつでも飲み食いできるが、飲んで騒ぐ以外には、これといったイベントは無い。

 囲っている2・3人の中からいつでも好きな女を抱ける事以外では、圧倒的に女達の方が愉悦に満ちた生活を送っているかもしれない。それが、盗賊兼傭兵の母艦の中での、日々の実態だった。

「そうか、まぁ、せいぜい、女達で楽しく暮らしてくれ。」

 女専用エリアの充実ぶりをあれこれとラーニーに説明された後で、カイクハルドは、ぼそりと呟いた。男達の暮らしぶりとは雲泥の差だが、特に羨ましいとも妬ましいとも思わない。かしらである彼には、女専用エリアに踏み込む権利はあるが、見に行ってみようとも、全く思わなかった。盗賊兼傭兵として、襲って殺して奪って犯す事が、彼の関心の全てだった。他のパイロット達もそうだろう。

「あなた達が全滅してしまったら、その暮らしも一瞬で消えてしまいます。」

 ラーニーの眼の色が、突如深刻なものになった。「次の戦いは、危険なものになるのですか?」

 どれだけ設備を充実させ、快適な暮らしを送ろうと、女達には、常にその恐怖が付きまとっていた。ラーニーも、ここでの暮らしが充実すればするほど、「ファング」の活動実態を知れば知る程、「ファング」の全滅やカイクハルドの戦死という事態への不安は、増大して行くようだ。出撃の度にその想いを、表情や仕草で露骨に示すようになっていた。

「さあな、シヴァース達が、行けるところまで踏み込んでみるって作戦を実行するのを、後ろで眺めているだけの行動になるはずだから、あいつらはともかく、俺達に関しちゃ、それ程危険な作戦にはならねえとは思っているんだがな。でも、戦争なんぞ始まってしまえば、どう転ぶかは分からねえ。特に今回は、幾つもの軍閥が集まって大合戦を繰り広げる、万単位の戦力のぶつかり合いだ。ちょっとヘマをやれば、『ファング』なんぞ簡単に消し飛ぶだろうな。」

 ラーニーの唇にキュッと力が籠められるのを、カイクハルドは見た。必死で覚悟を固めようとしている、心の動きの現れだろうか。生活を共にする男達に、いつ死が訪れるか分からない。その恐怖に曝され、覚悟を固めていなければならない、それこそが、盗賊兼傭兵に囲われている女達にとっての、最大の不幸なのかも知れない。


 数日後、「シュヴァルツヴァール」は「ヒルエジ」星系と「ノヴゴラード」星系の間に横たわる虚空を疾走していた。前方を行くシヴァースの部隊が敵の無人探査機を蹴散らして行ってくれたおかげで、かなり「シックエブ」に近いところにまで、タキオントンネル航法で踏み込む事ができた。

 「シックエブ」の5億kmもの彼方から通常航行に移ったシヴァース部隊は、5時間余りに渡る強烈な加速を、歯を食いしばって耐え抜き、その後には、50時間以上にも及ぶ単調で退屈な等速直線運動に身を(ゆだ)ねなければならなかった。そうまでしてようやくシヴァース達がたどり着いた位置に「ファング」は、(まばた)きする間もない短時間の超光速移動で踏み込んで来た。行く手に、(こぶし)程度の大きさの敵無人探査機があるか無いかだけで、それ程の違いが生じる。

 シヴァースの部隊は敵に探知されているはずだから、いつ何時迎撃を受けてもおかしく無い。こちらの探査機をばら撒いていない宙域だから、近くにタキオントンネルが生成されて初めて、彼等は敵の襲来を知る事ができる。タキオントンネルの探知から敵の出現まで、最短で数分だ。タキオン粒子の前兆現象を捕えられれば、数時間前に察知できるのだが、探査機を大量にばら撒いていない宙域では、それはできない。

 送られて来た迎撃部隊が大規模で、且つテトラピークフォーメーションで包囲する態勢だったら、小型艦がたった4艦の部隊で突撃しているシヴァースには、生還の可能性が無くなる場合もあるだろう。敵がどこまで彼等を引き付けるつもりか、どこまでの接近を許容するかの読みを(たが)えると、致命的だ。

「まさか、こんなところまで一切の迎撃を受けずに接近できるなんてな。『シックエブ』が迎撃の為に召集できた戦力は、予想以上に少ねえって事かな?」

「あれだけ『ギガファスト』に注ぎ込んでるからな、余裕があるはずはねえが、反乱の拡大や厭戦気分の蔓延にも、軍政は悩まされている可能性がある。ここまで踏み込めたのは、敵の態勢の脆弱さを示す証拠と見て良いだろう。」

 カビルの呟きに応えたのは、第1戦隊第2単位(ユニット)のリーダー、スカンダだった。下級貴族の下働きという身分だったとはいえ、貴族出身なので事情通である彼は、一方では、戦闘経験も豊富なパイロットだ。冷静で的確な状況把握をしている、とカイクハルドは彼の言葉を内心で評した。

「他の3つの先行部隊も、未だ反撃を受けてねえんだろ?」

「ああ。それぞれ違う方向からだが、同じ距離を同じ速度で飛んで、敵に迫って行ってる。それに対して敵は、順番に各個撃破を図ろう、ともして来ねえ。こんな小規模の先行部隊を阻止する戦力ですら、軍政は『シックエブ』から遠ざけるのが嫌だってんだから、連中の用意できた迎撃戦力は、少ねえんだろうな。」

 今度はトゥグルクが、カイクハルドの質問に答えた。

「だが、もうあと30時間くらいで『シックエブ』に着いちまう距離だぜ。いくら何でも、これ以上は近付けたくねえはずだろ?連中も。」

 ドゥンドゥーの後を継いだ第2戦隊隊長、カッチャーは首をかしげている。初めて隊長に就任してから間もない彼だが、第2戦隊の一つの単位のリーダーとして十分な実績を示して来たパイロットなので、カイクハルドは全幅の信頼を置いている。

「そうだな。これより近い距離に後続部隊が押し寄せ、居座られる事になったら、『シックエブ』は常時、最上級の警戒態勢を維持しなきゃならなくなる。そんなのは、何としても避けてえはずだ。」

 カイクハルドは「シュヴァルツヴァール」の航宙指揮室で、円卓を囲むパイロット達の真ん中に浮かんでいる3次元映像を睨みながら、呟くように声を漏らした。中央に「シックエブ」を含んだ小惑星群が映し出されている。

 「ノヴゴラード」星系の最外殻である、第5惑星の軌道上にあるL-5ラグランジュ点に、それらの小惑星は捕えられている。自然現象による天体の捕縛だ。最大長が百km以上に及ぶサイズのものでも、千を超える小惑星がそこにはあり、百個くらいが基地化されている。それら全てを含めた総称が、宇宙要塞「シックエブ」だ。

「おっ」

 ディスプレーを眺めていたトゥグルクの声に、航宙指揮室に陣取った全員が、ピクリと反応した。

「来たか?」

「来たな」

 カイクハルドとの短い応酬に続き、トゥグルクは報告する。「タキオントンネルが、シヴァースの部隊の後方に検出された。戦闘艦10艦くらいを一斉に運べるサイズのタキオントンネルだ。」

「大規模な迎撃部隊が、来るのか?」

 少し心配顔で問うたのは、ヴァルダナだった。

「さあな。あっ、シヴァースの部隊から連絡。あいつらの前方にも、3つのタキオントンネルを検出、だそうだ。全て、同じサイズのタキオントンネルであり、尚且つ、そこから出た直後を突いた攻撃は不可能な距離を、シヴァースの部隊とは開けてあるらしいぜ。そんでもって、テトラピークフォーメーションを構築できる位置関係でタキオントンネルは出現している。」

「1つの頂点に10艦程度を配したテトラピークフォーメーションで、包囲される可能性があるって事だな。」

 トゥグルクの報告に、カイクハルドの表情にも切迫感が現れる。

「そうなっちまったら、俺達が背後から援護したところで、シヴァースの部隊に生還の望みは無くなるな。」

 カビルが唸るように呟く。

「ここまで全く迎撃の気配を見せず、いきなり40艦の大部隊を送り込む、か。あり得ねえ策ではねえな。だが、思い切った策ではある。こちらにまだまだ残存戦力があるのを知りつつ、たった4艦の先行部隊に対して40艦を繰り出す、なんてな。」

「おおっ。他の3つの先行部隊からも連絡だ。先行部隊の全てが、数十艦規模の迎撃部隊にテトラピークフォーメーションで包囲される可能性のあるサイズと位置関係で、タキオントンネルを検知したらしい。」

「ハッタリ、だな。」

 報告を終えたトゥグルクに続いて、即座に反応したのはスカンダだ。「2百艦近くを繰り出す計算になるが、そんなわけはない。多すぎる。」

「ほとんどのタキオントンネルは、ハッタリだろうな。実際に送り込む部隊より大きなサイズのタキオントンネルを作って見せて、こちらをビビらせようって策さ。だが、全部がハッタリとは限らない。本当に10艦くらいを送って来るタキオントンネルも、無いとは言えねえぜ。」

「ビビらせて追い返す策か、大戦力で叩き潰す算段か。4つの先行部隊に対して、それらを組み合わせて実施して来るのかも・・」

 カイクハルドとカッチャーの意見を受け止めつつ、一同は固唾を呑んで続報を待った。

「先行部隊の一隊が、急速回頭による離脱軌道への遷移を決意したそうだ。その代り、軍政側の作ったタキオントンネルの少し手前くらいの位置に後続部隊を送り込み、先行部隊への援護とすると共に、その位置を前衛にした戦力の集結も図る、という策に出るつもりみたいだ、ジャラールは。」

「急速回頭する部隊は、ビビって逃げ出したって見方もできるが、その判断も間違いじゃねえ。現時点でも相当敵の近くまでを、こちらの制宙権に取り込めたんだ。無理して進軍を続ける必要はねえ。」

「そうだな。」

 カイクハルドの見解に、スカンダも頷いた。「だが、シヴァースのを含めて、後の3部隊は進撃を続けるみたいだ。圧倒的戦力に包囲されるリスクを背負ってるっていうのに、大した度胸だぜ。」

 タキオントンネルの検出から数分が過ぎ、もういつ敵が出現しても不思議では無い時間になると、彼等も言葉を失った。緊迫を孕んだ沈黙の中で、戦況を見守る。

「来ないな。」

 誰かがそう呟いたのは、タキオントンネルの検出から数十分が過ぎた頃だった。

 そのまま1時間が過ぎ、タキオントンネルの消失が検知された。

「来ねえのかよ!」

 吐き捨てたのはカビルだった。

「ハッタリかも、とは思ったが、1艦も繰り出して来ない、とまでは予測できなかったな。本当に、タキオン粒子照射によるハッタリだけで追い返す策だったのか。」

 スカンダも、思わず呆れた顔になる。

「策っていうより、ただの願望だな、こうなると。タキオン粒子の照射だけで引き返してくれたら良いな、なんて都合の良い願望に基づく行動だ。こんな事をするくらいだから、『シックエブ』の迎撃態勢は、相当に情け無い状態なのかもしれねえ。」

というカイクハルドの意見に、

「戦力が少ないというより」

と、軍政通の第5戦隊隊長、カウダが口を挟んで来た。「軍閥同士で、迎撃の役割を押し付け合ってるのかもな。少数で突撃して来る奴ってのは、迎撃する方も、無傷でとは行き難い。覚悟を固めた戦力ってのは、少数でも勇猛な戦いをするからな。その割に、倒した軍閥には大した評価は与えられねえ。所詮、少数の敵を倒したに過ぎねえから。」

「怪我をする可能性は高いが、評価が上がる可能性は少ない。そんな役割は、誰もやりたがらねえから、軍閥同士で先行部隊を迎撃する役割を、押し付け合ったのか。その結果、誰も繰り出す事はせず、タキオン粒子を照射するだけで追い返せねえかどうか試してみよう、なんて消極策に決まったのか。あり得る話だな。」

 納得顔で、カイクハルドは頷いた。

「それで、4つの先行部隊の内3つには、更なる接近を許す結果になってるんだから、間抜けな話だな。」

 また吐き捨てたカビルに、皆も同意見のようだ。

 そこから2時間程過ぎた頃に、トゥグルクが再び報告の声を上げた。

「また、タキオントンネルの生成を検知したらしい。先行部隊の進行経路と交差する形で、1本だけが生成されたのを、3つの先行部隊の全てが確認している。」

「何だよ?包囲はしねえのか。進路上に1個の部隊を送り込んで来るって事は、進行を食い止めるだけで取り逃がしても構わねえっていう、最低限の防衛措置だぜ。」

「つくづく、消極的な奴等だな。いくら迎撃の兵の集まりが少ないって言っても、『レドパイネ』の集めた兵よりは遥かに多いはずだろ?こんな小規模な先行部隊を、追い返すのが精一杯だなんて。」

 カイクハルドに続いてヴァルダナが敵を評した。

 ジャラール・レドパイネの直接の手勢は800を割り込んでいて、シヴァースの兵を含めても千に及ばない。寄せ集めの兵を1万近く、「レドパイネ」が有していると言っても、「シックエブ」が用意できた兵が5万を下回る事など有り得ない。それにも関わらず、この距離にまで近付いてのこの対応は、彼等には予想外の消極策だった。

「タキオントンネルのサイズは?」

「10艦ほどを、送れるくらいだな。」

 カウダの問いにトゥグルクが答えると、スカンダがすかさず呟いた。

「ハッタリじゃねえな、それなら。多分10艦くらが来るぜ。」

「先行部隊、離脱の動きだ。急速回頭して、タキオントンネルの軌道からも『シックエブ』への接近コースからも、大きく逸れて行っている。」

「全部か?」

「いや、シヴァースの部隊は・・進路を少し変えて、進軍を継続だ。」

「なに?」

 カイクハルドとトゥグルクのやり取りに、カビルが割って入った。「進路変更って事は、迎撃部隊の横をすり抜けて、『シックエブ』への接近を継続するつもりか?」

「と、通れるのか?」

 ヴァルダナが呈した疑問に、スカンダが答えた。

「彼我の相対速度は絶大だ。1回の攻撃を凌げれば、すり抜ける事は可能だな。」

「凌げるのか?10艦の攻撃を。」

 ヴァルダナの疑問は止まらない。

「俺達に、宿題を残すつもりだな、あれは。」

 応えたのはカイクハルドだった。「あの迂回の大きさからすれば、俺達が今から全力で加速すれば、迎撃部隊がシヴァースの部隊を射程に捕える直前に、俺達は迎撃部隊に攻撃を仕掛けられる。そういう進路変更を、あいつは意図的にやりやがったんだ。」

「なんだよそれ。あんな若造に顎で使われてるみたいで、気に食わねえな。」

 カビルは、吐き捨ててばかりだ。

「やるのか?10艦はかなり厳しいぜ。不意打ちが成功する距離じゃねえし。」

 スカンダの問いかける顔に、心配の色は無かった。かなり厳しい戦いを命じられたとしても、一歩もたじろいだりしない男だ。

「トゥグルク。援軍を寄越せって、ジャラールに言っとけ。バカ息子の策に乗ってやるんだから、援軍くらい親として当然だ、ってな。行くぞっ!野郎共。シヴァースへの一撃さえ妨害できれば良い。後はジャラールに任せる。そんな作戦で行くぜ。」

「おおっ!」

「おっしゃあっ!」

 シヴァースがどういうつもりだろうと、カイクハルドの命令での出撃ならば、「ファング」は気合満点となるのだった。

 数分の内に、全艇が出撃準備を完了した。それとほぼ同時に、敵艦隊の出現も検知される。

「大型1、中型3、小型5、空母2」

 トゥグルクの報告を聞き終わるや否や、

「出撃だぁっ!」

とのカイクハルドの号令一下、電磁式カタパルトが悪魔のごとき凄まじい重力をパイロット達に味わわせつつ、「ファング」の戦闘艇を加速した。既にシヴァースの部隊とほぼ同じ速度で飛翔していた「シュヴァルツヴァール」から加速しての出撃だから、「ファング」はシヴァースをぐんぐん追い上げる。

 電磁式カタパルトのレールから外れると、今度はビームセーリング方式での加速重力がパイロット達を責め苛んだ。限界ぎりぎりの苦痛に耐えないと、シヴァース部隊を掩護できない。そういうタイミングになるように、シヴァースはわざと軌道変更を設定している。

(くそっ、あいつめ、こんなしんどい宿題を無理強いしやがって・・)

 かろうじて失神を免れている極限状態で、カイクハルドは内心での悪態を零す。だが、それだけに、シヴァースの覚悟と真剣さを感じずにはいられない。

(あいつ、どこまで進撃するつもりだ。もしかして・・・・・)

 シヴァースが敵の探査機を始末しながら進軍していたので、「ファング」は直ぐには敵に発見されなかった。勿論(もちろん)、無線等は封鎖し、隠密性を重視した飛翔で彼等は敵を目指している。

 敵は、タキオントンネルを出た直後を狙われ無いように、シヴァースから十分に離れた位置に出現していた。その敵を大きく迂回しようとしたシヴァースの部隊との接触に敵は、かなりの時間を要した。その隙に「ファング」は、猛烈な加速で敵へと迫る。

 最初に実施された攻撃は、シヴァースの部隊からの敵への散開弾攻撃だった。敵がタキオントンネルから出る前に、彼等はミサイルの射出を完了していたから、敵の先手を打つことができた。この点、タキオントンネルで戦域に乗り付けた者は、不利な状況に陥る。シヴァースが何十時間もかけて通常航行でここに乗り込んで来たのも、そういった事情からだ。

 敵も十分に距離を開けて出現していたから、散開弾への対処は問題無かった。爆圧弾で吹き飛ばし、艦体に損傷を与えうる金属片を消滅させた。艦体に衝突した金属片はあったが、向きが変わったり速度が落ちたりした金属片には、艦体表面の構造物を破壊する威力が無かった。カツン、カツン、との金属的な衝突音を艦内に響かせるくらいはしたかもしれないが、機能的損傷は与えていないはずだった。

 シヴァースの部隊からの攻撃は防御できた敵艦隊だが、そちらに意識を向けていた事で、「ファング」の接近には気付かなかったようだ。防御に続き、シヴァース達への攻撃に移ろうとしていたのであろう敵の「ファング」への攻撃は、余りにもタイミングが遅かった。

 獰猛な猛禽類の目に、睨み据えられている事にも敵は気づいていないだろう。が、軍政側部隊はカイクハルドの術中に、まんまと嵌りつつあった。

今回の投稿は、ここまでです。次回の投稿は、 '19/4/13 です。

細かいところまで気にして下さっている読者の中には、「あれ?」と思われた方もおられるかもしれません。シヴァースのをはじめとした四つの先行部隊は、途中まで超光速で移動し、そこから「シックエブ」を目指したわけだから、「5時間余りに渡る強烈な加速」なんかしなくても、超光速の勢いを利用すればよかったのではないか?と。しかし、超光速と通常航行の移動方向が違っていれば、勢いをそのまま利用することはできません。一旦静止状態でタキオントンネルから出てきた後、改めてゼロから加速し直す必要ができてしまうのです。テトラピークフォーメーションで四方向から「シックエブ」に向かうわけですから、同じ「ヒルエジ」からでてきた部隊のほとんどは、大きく方向転換しなければならないわけです。それと、シヴァース部隊の進路と交差する形で迎撃戦力が出てきた場面にも、「おや?」と思われた方がおられるかもしれません。「シックエブ」から出てきた戦力と「シックエブ」に向かう部隊の動線は、ほぼ一直線だから、交差なんかしないのでは?と。ですが、シックエブの防衛戦力が、すべて「シックエブ」に駐屯しているわけではなく、近くをパトロールがてらうろうろしている戦力がほとんどなのです。「5万を下回る事などあり得ない」戦力を全部「シックエブ」に押し込んだら、中がぎゅうぎゅう詰めになってしまいます。交代で「シックエブ」に補給などに立ち寄ることはあっても、防衛部隊は、ほとんどが「シックエブ」の外で待機しているわけです。その戦力がシヴァース部隊の前に立ちはだかろうとしているわけですから、両者の進路は交差するわけです。こんな説明を後書きでしていること自体、本文の欠陥をさらしているような気もしますが、そんな細かいことを気にしている人は少数だろうということで、割愛させて頂いていると御認識下さい。たぶん、そこまで気にしていない方が"ふつう"だとおもいますので。でも、気にして下さっている読者がおられましたら、作者としては無上の喜びです。というわけで、

次回 第64話 シヴァース決死 です。

シヴァースの名が付くタイトルが、連続します。ここまでは脇役であり、ちょっと「ファング」のお荷物っぽく描かれてもきた彼ですが、ここへきて主役級の存在感を見せます。彼が、日本の古典に出てくる誰をモチーフにしているかとか、この突撃がどのシーンを下敷きにしているかに、お気づきの方もおられるかもしれません。古典のほうでも一つのクライマックスとして描かれているシーンが、今から展開するわけです。是非、目撃して下さい。

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