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銀河戦國史 (アウター“ファング” 閃く)  作者: 歳越 宇宙 (ときごえ そら)
第5章  包囲
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第61話 「ファング」の転戦

 一歩も退くつもりのない男達は、イシュヴァラから数十光年も離れた宇宙の彼方にもいた。

「親父から、『ヒルエジ』星系に作った拠点への合流指示が来た。カジャ様のもとに先に連絡が来て、カジャ様の承認を添えて俺の所にも回って来たんだ。」

 シヴァース・レドパイネが、カイクハルドに告げた。彼等は「シェルデフカ」領域の隠し集落の1つに身を寄せて、ここしばらくは戦闘もせずに様子見を決め込んでいた。

 補給船団は時々「シックエブ」や「エッジャウス」から送られて来るが、これまでの被害に懲りて厳重な護衛が付けられ、「ファング」が相手にするには重すぎる状態だった。それに、「ギガファスト」での大戦果を聞かされたら、彼らの活動の成果など取るに足りないものにも思えて来る。

 「シェルデフカ」での戦いが始まってからこれまでに、幾つもの戦いを経て「ファング」が倒して来たよりも多くの敵を、プラタープは1回の戦闘で撃破していた。そんな戦闘が5回も繰り返された後ともなると、「ファング」の戦いは何だったのか、という気にもなる。

 彼らの戦いの目的は、敵の戦力を削るよりは糧秣不足に陥れる事で、敵に冷静さを失わせる事だた。そしてそれに成功したからこそ、冷静を欠いた敵はプラタープの策にまんまと嵌り、大損害を被る事になったのだから、やはり「ファング」などの戦いには価値があったのだが、それでも、どうにもやり切れない想いはカイクハルドにも残る。

 そして冷静を失わせるという目的は、もはや後方攪乱によって糧秣不足に陥れる必要すらなく、既に達成されている。

 大打撃を食らった敵は、ファル・ファリッジ等の軍政中枢に、敗戦の不甲斐なさを徹底的に叱責され罵倒され、絶対の攻略を厳命された。家族を人質に取られて勝利を誓わされた軍閥もあるという。冷静でなど、いられるわけがない。多くの兵を殺されたというだけでも、征伐隊は心を掻き乱されているのに、その上に軍政首脳のこの仕打ちにより、錯乱に近い精神状態になっている。

「軍事政権自身の手によって、征伐隊は冷静さを消失させられているからな。俺達が後方攪乱のゲリラ戦を展開して敵を糧秣不足に陥らせる必要など、完全に無くなっちまったわけだ。補給部隊も増援部隊も、素通りさせちまっても何も問題はねえ。」

「やっぱり主役は、プラタープの旦那だったんだな。」

 カビルもやりきれない顔で呟く。「盗賊兼傭兵の俺達なんぞが主役になれるわけねえのは分かってたけど、これだけ戦果に差を付けられちゃ、やってられねえな。まあ、権力者の箱入り娘も沢山楽しめたし、これで報酬をたんまりもらえれば言う事はねえんだがな。」

 どこまで本気で悔しがっているのか分からないカビルの言葉に、カイクハルドは苦笑で応じるしか無かった。

「シヴァースは親父さんと合流して、『シックエブ』攻略に乗り出すのか。プラタープの旦那の方は、俺達なんぞの手はもう必要なさそうだから、俺達も転戦するか。」

「おおっ!良いねそれ、かしら。軍事政権の一大拠点、宇宙要塞『シックエブ』への殴り込みに参戦するわけだな。『シェルデフカ』で後方攪乱やってるより、そっちの方が派手で面白そうじゃねえか。」

 呑気な口調のカビルを他所に、カイクハルドは心配気な目をヴァルダナに送った。航宙指揮室での打ち合わせに、呼ばれてもないのにカビルやヴァルダナが顔を見せているのも、もうありふれた光景になっている。

「良いか?ヴァルダナ。『シェルデフカ』を離れちまったら、もうナワープに会う機会もなくなっちまうぜ。もしかしたら、一生会う事もねえかもしれねえ。」

「俺にとって良いかどうかなど、関係ないだろ。『ファング』にとってそれが一番良いなら、俺が何を言おうが、そうするんだろ?」

 少し投げやりになるヴァルダナだ。

「まあ、そうなんだがな。遠距離移動をするのなら、根拠地でしっかり整備と補給をしてからの方が良い。もう一度『シェルデフカ』の根拠地に立ち寄るから、思い残す事のねえようにしておけよ。ヴァルダナ。」

「な、なんだよ。俺の事ばっかりに、そんなに構わねえで良いだろ・・・でも・・・そうか、寄るのか、あの根拠地・・・」

「お前ほど、囲った女に入れ込んだパイロットは、今まで見た事がねえんでな。」

「い・・入れ込んでなんか、いるかよ。べ・・別に、俺は、その・・何だ・・・でも・・・そうか、寄るのか、あそこに・・・」

 ヴァルダナをからかったつもりだったが、笑う気分にもなれない。「シックエブ」への転戦も、「ファング」には壮絶なリスクを背負う決断になる。「レドパイネ」という弱小に類する軍閥と共闘して軍政の一大拠点である「シックエブ」に突撃するのは、危険を通り越して自殺行為と言っても過言では無いかもしれない。一生ナワープに会えないというのも、遠くへ行くからという意味以上に、死ぬ可能性が高いから、という意味が強い。笑い話にできるはずもない。

 盗賊団兼傭兵団の彼等が、そこまで危険を背負う必要があるのか。そこまで深入りして意味があるのか。カイクハルドには葛藤がある。傭兵としては、プラタープ・カフウッドに勝ってもらわないと報酬に有り付けない、という都合もあるから、「シックエブ」攻略に参加するのにも意味はある。が、百人百隻の戦闘艇団が引き受けるには、余りにも重すぎる課題だ。「レドパイネ」という弱小軍閥である共闘相手の存在など、気休め程度の意味しかないかもしれない。

 盗賊団という立場では、統治者など軍政でも帝政でも、どちらでも構わない。仲間の命を「シックエブ」攻略に注ぎ込む事を、カイクハルドに躊躇(ためら)わせる理由だ。もっと盗賊兼傭兵にふさわしい活動だけ、やっていれば良い気もする。

 だが、「ファング」は、気に食わない権力者に噛み付くのが存在意義だ。その一点でのみ、“ただの”盗賊や傭兵とは違っているはずだ。力なき庶民や「アウトサイダー」はターゲットにせず、強敵ではあっても気に食わない権力者に歯向かう為に、彼等は力を得たのだ。そして今、彼等が最も気に食わない権力者は、ファル・ファリッジに実権を掌握された軍事政権だ。

 どれだけ強敵でも、気に食わない権力者がいるならば、それに噛み付いて見せるのが「ファング」だ。やはり今回の軍政打倒は、成功に導かなければならない。「カフウッド」が大軍を引き付け、カジャも多くの反乱勢力を煽り立て、そしていよいよ皇帝を「ニジン」星系から脱出させる計画も発動された。軍政内では「ベネフット」に出征の準備をするようにとの命が下ったとの情報も、アジタを通じてカイクハルドには報告されている。

 気に入らない権力者である軍事政権に噛み付くのに、これほど絶好の機会は無い。「シックエブ」に肉薄した「レドパイネ」と共に「ファング」が突撃を仕掛ければ、かなり効果的に軍事政権を痛めつけられるだろう。

 帝政が復活するのか、しないのか。復活したとして善政を期待できるのか。それらの事は、もうカイクハルドにはどうでも良かった。それは盗賊兼傭兵が考える事では無い。彼等はただ、気に食わない奴に噛み付くだけだ。

「ここまで来たら、国の未来も己の命も関係なしに、一心不乱で軍事政権に噛み付いてやるか。『シックエブ』は軍事政権の喉元みたいなもんだ。ここを食い破れば、まあまず軍事政権は死ぬ。即死とは行かなくとも、致命傷にはなるはずだ。軍政を食い殺せるんだったら、全滅したって本望、それが『ファング』だよな。」

「ああ、そうとも、かしら。それに『シックエブ』には、この上もなく良質に育てられた権力者の箱入り娘も、沢山いるはずだ。俺はそいつらを骨の髄までしゃぶり尽くせるのなら、八つ裂きにされても本望だ。その為に『ファング』のパイロットをやっているんだ。俺は賛成だぜ、かしら。『シックエブ』に、殴り込んでやろうじゃねえか。」

 いつもの如くの語り草だが、カビルの眼差しに、ふざけた気分は見られない。

 ヴァルダナやスカンダなどの帝政貴族出身者は、帝政復活に尽力する事に異存はない。カビルとはずいぶん違った動機ではあっても、2人とも大きく頷いている。ドゥンドゥーが生きていれば同じ頷きを見せただろうが、彼は「ピラツェルクバ」で散ってしまった。

 「軍政目の敵戦隊」である第5戦隊隊長のカウダはもちろん、第3戦隊隊長のパクダも第4戦隊隊長テヴェも、「シックエブ」への殴り込みに異存は無さそうだ。

「と、いうわけだ、シヴァース。俺達もお前の親父に合流するぜ。俺達は一旦根拠地に寄ってから、『ヒルエジ』星系に急行するが、お前はまずカジャのもとに行くのか?」

「そうだな。俺達も補給やメンテは必要だし。カジャ様にも挨拶をしてから行きたい。」

「じゃあ、『ヒルエジ』で会おうぜ。」

「ああ。親父と『ファング』と俺達で目いっぱい暴れて、『シックエブ』の連中の肝を縮みあがらせてやろうぜ。」


「良かったのか?ヴァルダナ。本当にもう、ナワープや生まれて来る子とは、一生会えねえかもしれねえんだぜ。『シェルデフカ』に残る、って選択肢もお前にはあったんだぜ。」

 「シュヴァルツヴァール」の男専用エリアのラウンジで、カイクハルドはヴァルダナに声を掛けていた。既に根拠地での補給などを済ませ、ジャラール・レドパイネの待つ「ヒルエジ」星系に向かっての、超光速での旅の途中だった。

「ああ。良いんだ。」

 短く答えたヴァルダナの顔には、明らかに平気ではない影が差している。「ナワープの奴、お腹もだいぶ膨らんで、歩くどころか、身動き一つするのも大変そうで、でも、眼の色だけはやたらとギラギラしてて、特に、子供の話をし出すと、すげえテンション上がって、しんどいのなら、黙ってじっとしてれば良いのに、しんどそうにしながらも、しゃべり続けるし、動き続けるし、何か、見ているだけで、こっちは、どうして良いか分からなくなるし・・・。」

 カイクハルドの問いへの、答えにもなっていないような支離滅裂な言葉を、ヴァルダナは並べて行く。重力がある為に、テーブルとして機能している平板の上に置かれたグラスを、ヴァルダナは言葉の隙間にグイッと煽った。ラウンジのフードサーバーは、アルコールも供給する。化学経路(ケミカルプロセス)で作られたものではあったが。

「気になっているんだろ?ナワープの事。生まれてくる子供ともども、何かしてやらなきゃいけねえような、もどかしい気持ちになってるんじゃねえのか?」

「あ・・ああ。でも、俺のやるべき事はここには無い、ってナワープが・・。生まれてくる子供が平穏に暮らせるような国に、『グレイガルディア』を導いて欲しい、とかなんとか、言ってやがった・・・かな」

「まあ、そうだな。子供を産んで育ててってところには、俺達の出る幕はねえわな。戦闘艇を飛ばしての襲ったり殺したりしか、俺達には芸がねえからな。子育ては、根拠地の連中に任せるしかねえ。」

 グイッ、グイッ、とビールを煽りながら語るヴァルダナに、カイクハルドはワインをチビチビやりながら付き合っている。カジャのもとに持参したような上等のものではなく、こちらも化学経路で作られた紛いものだ。

「俺達の襲ったり殺したりは、ナワープやその胎の子が平穏に暮らせる世の中に、繋がるのかな?」

「そいつは、何とも言えねえな。襲ったり殺したりしてその日食うもんを確保するのが、盗賊兼傭兵の健全な姿だぜ。国を平穏にする盗賊なんて、聞いた事ねえだろう。」

「だけど、『ファング』が、ただの盗賊のままじゃ、ナワープやその子供や姉上が平穏に暮らせる国に、『グレイガルディア』はいつまでたってもならないんじゃ・・」

「なんだよ。お前は皇帝親政に期待してる派じゃなかったか?軍政を打倒して帝政を復活させれば、この国は良くなるはずだ、って言ってなかったっけか?」

「・・ま、前までは、そう思えたんだけどな。何でだろうな、ナワープが身籠ってから、なんか、皇帝親政を無条件には信じられねえような、もっと、自分達自身で何かしなきゃいけねえような・・」

「へへっ。子供を産んだり育てたりってのには、何にも役に立てねえからな、俺達には。その分を、どっかで取り返してえ気分になるんだろうよ。襲ったり殺したりしかできねえ俺達に何が出来るのか、知れたもんじゃねえが、とにかく軍政をぶっ壊して皇帝親政を復活させて、それからの事は、それから考えるしかねえな。」

「ムーザッファール陛下のもとで、どのような治政が実現するか。その中で、俺達に何かできる事があるか。ナワープや姉上が平穏に暮らして行くために、何が・・・」

「まあ、その前に、お前自身が死なねえ事だ。次の戦いじゃ、それだけでも一苦労だぜ。死んじまって、もう何もできなくなっちまった連中の分も、俺達は背負ってるんだからな。」

 トーペー、ナジブ、ドゥンドゥーなど、今は亡きパイロット達を、カイクハルドは想い浮かべた。

「そうだな。トーペーに代わって、ナワープを守らなきゃいけなかったんだな、俺は。ドゥンドゥーが御執心だった家族まで、引き受けちまったし。まずは、生き残らなきゃ、何もできねえ。生き残るために必死で襲ったり殺したり、ってのが当面の俺のやるべき事、か。産んだり育てたりするナワープと、えらい違いだな。」

「そりゃそうだ。盗賊兼傭兵の俺達が、子を産み育てられる女達に敵うかよ。だが、俺達が襲ったり殺したりしなきゃ、ナワープ達が産んだり育てたりした命も危うくなるんだ。そう思って、次も必死で戦って生き抜こうぜ。」

 グラスを傾けて化学経路合成のワインで舌を湿らせながら、カイクハルドはヴァルダナの横顔を見詰めた。着実な成長を、そこに見て取る。パイロットとしてだけでなく、人として、男として、ヴァルダナは日々何かを身に付けて行っている。

 周囲のパイロット達のヴァルダナに接する態度にも、それは現れていた。彼の周りには、やたらと人が集まるようになって来ている。以前は、余暇時間には1人でシミュレーターを使った訓練などをしている事の多かったヴァルダナだが、最近では、比較的経験の浅いパイロットを主にしたグループで、戦術やフォーメーションの研究等に勤しんでいる時間が多いらしい。

 特に本人が、リーダーシップを発揮しようと意識しているわけでもないし、カイクハルドを始めとした隊長クラスが、そうなるように仕向けたりしているわけでもないのだが、自然とヴァルダナを中心にして、人が集まる傾向が生じているらしい。

 そんな人物というのは、いるものだ。本人も周りも特にそうと意識せずとも、自然にそいつの周りに人が集まって来る。そいつの周囲にいるだけで安心感があるとか、そいつを中心にして話をすると上手くまとまるとかいった現象を、多くの者が実感する。

 生まれ持った資質もあるかもしれないが、ヴァルダナの場合は、帝政貴族出身として幼い頃から、家宰や領民達を監督する者に仕立てるための英才教育を受けて来た、というのもあるのかもしれない。

 いずれにせよヴァルダナには、自然と周囲に人が集まって来る、という特質が身に付いているようだ。そしてそれは、カイクハルドが、彼を最初に見た瞬間に気付いた事だった。今になって、彼の見込みが現実を伴い始めた、というところだった。

 カイクハルドは、彼の成長と才能の開花を喜ぶ一方で、彼を死地に(いざな)っている自分への、遣り切れない想いにも心を満たされていた。命懸けの戦いが彼の成長の一因になっているであろう事を想うと、尚一層気持ちは複雑だ。複雑な想いでヴァルダナの横顔を眺めつつ、インチキなワインをチビチビとやり続けるカイクハルドだった。

 しばらくヴァルダナと呑みながら語ったカイクハルドは、自室に引き上げた彼と別れて、一人通路を歩いた。トレーニング室に向かう。パイロット達の体力の仕上がり具合は、常に気に掛けている。少々酔っていたって、そういった状況の確認はできる。ヴァルダナも、呑む前にはトレーニングに励んでいた事を、彼は確認済みだ。

 トレーニング室では、幾人かのパイロットが汗を流していた。頻繁に顔を出して、トレーニングをサボっているパイロットが居ないかを彼は確認していたし、彼が頻繁に確認している事を知っているから、パイロット達も、誰もサボろうとは思わなかった。

「随分、追い込んでるじゃねえか、スカンダ。」

 一番負荷の高いトレーニングに取り組んでいた彼に、カイクハルドは声をかけた。

「ハァっ、ハァ・・なんだ、かしらか。いよいよ、『ルサーリア』領域での戦いになるんだろう?俺の生まれ故郷での戦いだし、帝都のある『ノヴゴラード』星系で、でかい顔してふんぞり返っている『シックエブ』を叩きのめす機会でもあるんだ。嫌でも気合が入るぜ。」

 下級貴族の下働きだったスカンダは、20歳くらいまでを「ルサーリア」領域で過ごしたらしい。その後、貴族同士の権力闘争に巻き込まれ「アウトサイダー」に身を(やつ)す事を強いられたから、彼は帝政貴族への不信や恨みは根強く持っている。だが、皇帝に対しての敬愛は、それとは別物らしい。皇帝の為の都である「ノヴゴラード」星系に蟠踞(ばんきょ)する軍政の拠点要塞「シックエブ」は、彼にはたまらなく気に食わない存在だった。

「故郷を穢し、皇帝を虐げる憎き存在、ってわけだな。お前にとっちゃ、『シックエブ』は。」

「ああ、絶対、潰してやる・・・」

 気迫満点の配下の姿は、カイクハルドには頼もしくもあったが、少し空恐ろしい気分にもさせる。余り気迫を込め過ぎると、戦闘では命を落とし易いものだ。いや、もしかするとスカンダは、「シックエブ」との対決に当たっては、命を捨てる覚悟で戦闘に臨むかもしれない。

 歴戦のベテランパイロットの捨て身の決意は、「ファング」のかしらとしては、背筋を寒くさせるものがあるのだった。


 数日間に及ぶタキオントンネルでの移動の果てに、「シュヴァルツヴァール」は「ヒルエジ」星系にたどり着いた。

 この星系の第6惑星をまわる衛星が30個余りあり、それの幾つかが改造され、基地施設とされている。「ファング」の到着直前に、要塞としての完成を見たそうだ。

 無視して差支えないような微弱な重力の衛星の内部に、「シュヴァルツヴァール」は入り込んで行く。先に到着していたシヴァースの部隊と、同じ衛星の施設に彼等の停泊先は割り当てられていた。

「何だよ、ジャールナガラの奴は『バラクレヤ』星系に行っちまったのか。久しぶりなんだから、俺に顔くらい見せてから出立しても、良さそうなもんなのにな。」

 「シュヴァルツヴァール」の航宙指揮室で、通信に応じたジャラールの配下から状況を説明された後の、カイクハルドの第一声だった。

「ジャールナガラって、『レドパイネ』の新鋭戦闘艇の買い付けに手を貸したって商人だろう?久しぶりって事は、昔馴染みなのか?」

 銀河連邦加盟国への歴訪から、彼の宇宙船にイシュヴァラと共に乗って「グレイガルディア」に帰って来た、などという話をカイクハルドは、「ファング」のパイロット達に語るつもりは無い。「ファング」と銀河連邦の繋がりも、知っているのはトゥグルクと一部のパイロットだけだった。

「それで、『バラクレヤ』星系ってのはどこで、そこには何があるんだ?」

 ヴァルダナの質問に答えずにいるカイクハルドに、今度はカビルが別の質問をした。

「皇帝ムーザッファールの身柄を引き受ける事になっている、『カームネー』って軍閥の所領である『レベジン』領域の中にある星系だ、『バラクレヤ』は。まあ多分、皇帝が兵を募った際に、集まった連中にそれなりの装備を付けてやる際に力添えを得ようって魂胆で、ジャールナガラの奴は呼び付けられたんだろうぜ。」

 「レドパイネ」の保有する新鋭戦闘艇への補給物資を含め、ジャールナガラの宇宙船には、銀河連邦加盟国で彼が買い付けた値打ちものの武器や装備が、沢山積み込まれている。寄せ集めの俄か兵ですらも、それなりに強力な軍団に仕立てられるほどの装備を、ジャールナガラはその船倉に隠し持っている。

「聞いた事もねえ軍閥だな、『カームネー』なんて。だけどあんな辺境じゃ、無名の軍閥くらいしか、頼れるやつもいないってわけか。」

 ヴァルダナは、真面目な顔で考えを巡らせる。

「まあ、名は通ってねえし軍閥としては弱小に類するファミリーだが、貿易で財力だけは蓄えている。皇帝の名声で集まった兵を食わせてやったり、格好がつくように武装させてやる事はできるはずだ。」

「つまり、皇帝は『ニジン』星系から脱出した後、『バラクレヤ』星系で『カームネー』ファミリーのもとにかくまわれ、兵を募り、軍政打倒の旗を振るわけだ。カジャの所と同じく、戦闘じゃ使えねえ兵かもしれねえが、皇帝が兵を集めて旗を振る効果はでかいだろうな。軍政打倒への機運は、更に盛り上がるだろうぜ。」

 カビルは納得顔で頷いた。

「しかし、ジャールナガラや『カームネー』が装備を用意してやるのならば、俄かに馳せ参じた寄せ集めの兵だとしても、それなりに戦力になるのじゃないか?カジャの手勢とは、わけが違うだろう。」

 ジャールナガラの素性を知るトゥグルクの意見だ。「カームネー」ファミリーの棟梁、ギヤースがジャールナガラから手ほどきを受け、銀河連邦加盟国との密貿易に手を染めている事も知っている。

「皇帝の集めた兵に、連中がどれくらいの装備を提供するかは知らねえが、あまり戦力として当てにする気にはなれねえな。辺境で集まって来る兵なんか、ロクで無しばかりだろうからな。」

 言葉を交わしながらも、カイクハルドは下艦の準備をした。シヴァースとも合流した上で、別の衛星に移動する予定になっている。移動先の衛星が、この要塞の本陣となっていて、そこでジャラール・レドパイネと面会する約束をしていた。「シックエブ」攻略へ向けた、作戦会議も開く必要がある。

 「ファング」パイロット達にも順番で下艦の許可は出ているが、基本的には寄港中も、彼等は「シュヴァルツヴァール」で生活する計画になっている。「シックエブ」攻略では共闘関係にあるとは言え、盗賊兼傭兵がそれほど軍閥と慣れ合うわけには行かなかった。

 染み込ませた樹脂を硬化させて補強してはあるが、ほぼ岩石をくり抜いただけの施設内部の、岩肌が剥き出しの細長い孔の中に、「シュヴァルツヴァール」を係留している宇宙港はある。岩肌から伸びる鋼鉄のアームに掴まれて固定されており、移動用のチューブも岩肌から飛び出して「シュヴァルツヴァール」に接続して来た。

 チューブを通って移動した先も、与圧された区画ではあるが、やはり岩肌は剥き出しだった。急ごしらえがあからさまな要塞施設だ。

 重力があるにはあるが、天井から床にまで落下するのに数分を要する程度だから、体感的には無重力だ。岩肌の壁から伸びるポールを蹴っ飛ばしながら、飛ぶように移動して行く。迷路のような施設内は、施設から電波通信によって送られる案内を読み解きながらでないと、迷ってしまう。腕の端末に受信させ、表示もさせている。

 十数分も、岩をくり抜いた通路を右へ左へ上へ下へと方向転換を繰り返し、ようやくシヴァースが先に乗り込んでいるシャトルを係留している、ドッキングベイへとやって来た。体感無重力の環境下では上下も左右もカイクハルドの主観的判断でしかない。

「久しぶりに親父さんに会えることになって、さぞかし浮かれ気分なんだろうな、シヴァース。」

「まさか、子供じゃあるまいし。」

 そんな会話を交わす2人を乗せて、シャトルは衛星を飛び出した。わざわざ重力の弱い小衛星を選んで基地化しているのは、こうやって飛び出す時を考えてのものだ。重力が強いと、飛び立つのに要するエネルギーも凄まじく膨大になる。資源を効率よく採取する為に天体には寄るが、重力に抗するエネルギーは最小に留める。そんな工夫が、当然と考えられている時代だった。

 カイクハルドとシヴァースを乗せたシャトルは、本陣の置かれた衛星を一直線に目指した。衛星軌道上を移動したわけでは無い。それでは時間がかかりすぎる。時代や場所によっては衛星から衛星への移動とは、惑星重力と遠心力のバランスを上手く取りつつ、軌道遷移の為の複雑な加減速を繰り返し、衛星軌道を辿って成し遂げられるのだろうが、この時代のこの場所ではそうでは無かった。

 電磁式カタパルトの勢いでもって一直線の移動を成し遂げ、数分の後には移動は終了した。エメラルドグリーンの彩りを誇るガス惑星の外観を、じっくり眺める暇もなかった。衛星間をシャトルで駆け抜ける移動の方が、衛星の中を生身で飛び回った移動より短時間で済んだ。本陣のある衛星の中でもそれは同じで、ポールを蹴っ飛ばしながら上下左右へと転身を繰り返す移動を、十数分に渡ってやり続けなければならなかった。

 やっとの事で、ジャラールの待つ中央指令室とやらにたどり着く。

「よう、久しぶりだな、カイクハルド。シヴァースから、お前達の戦果は聞かされておる。相変わらず、規格外の暴れっぷりを見せておるようだな。」

「ああ、久しいな。サンジャヤの馬鹿を、あんたの本拠地『スランツイ』領域に連れて行って以来か。あの時は軍政に反抗するつもりはねえなんて、とぼけていやがったが、やっぱりあれは、真っ赤な嘘だったってわけだ。まあ、サンジャヤの馬鹿でもリストにあんたの名を乗せていたくらいだから、嘘だって事は分かる者には分かり切った事だったが。」

 カイクハルドの後ろを飛翔するシヴァースにもチラリと目をやったジャラールだったが、照れ隠しなのか、愛息とは挨拶どころか言葉も交わさなかった。

「人聞きが悪いな、カイクハルド、わはは・・・。嘘なんぞ、ついておらんぞ。」

 微妙に気まずい我が子との対話は、ジャラールは後回しにするようだ。「あの時点では、未だ反乱の意志など固めていなかった。ただ、状況によっては軍政に反旗を翻す可能性のある者、という意味合いでサンジャヤ殿は、私の名をリストに載せていたのだろうな。そしてそれは、正確であった上にごく当然の判断だったと言えるだろう。」

「そりゃそうだ。裏ではあんたは、軍政配下の軍閥の徴税部隊などへの襲撃を繰り返していたのだろう?恐らく、俺達『ファング』とも盗賊行為で共闘した事が、あったはずだからな。あの頃の盗賊としての戦いは、俺は全部、はっきりと覚えているんだぜ。」

 話しながら、カイクハルドの目は遠い過去に泳ぎ出したらしい。彼が「ファング」パイロットになったばかりの頃の戦いもあった。今は亡き戦友と臨んだものもあった。盗賊という忌まわしき活動であっても、彼にとってそれは、青春と呼ぶべき日々でもあった。

今回の投稿は、ここまでです。次回の投稿は、 '19/3/30 です。

樹脂を染み込ませ硬化させることで補強した岩を、くり抜いて作った施設、というものを搭乗させました。どっかの集落の場面でもそんな感じの施設が登場していて、「ワンパターンだな」と思われたかもしれませんが、貧乏な集落とか急ごしらえの要塞とかの施設には、そんなやり方がふさわしいのじゃないかと思うので、ここでもこうしました。本作品は、想像の産物である以上にシミュレーションの産物のつもりで描いているので、闇雲に新しいアイディアをつぎ込んだりはしません。論理的整合性を優先する場合の方が多いのだ!と言っておきます、虚勢込みで。重力もかなり小さい設定で、そんな天体が岩と呼びうるほどの密度や硬さになり得るのか、との指摘もありそうですが、一旦はもっと大きな天体が形成され、それが破壊されて出来たと考えれば、密度や硬さが十分だが重力は微小な天体というのも、あり得るはずなのです。探査機「はやぶさ」が訪れた小惑星「イトカワ」も、もっと大きな天体が壊れた破片が集まって形成されたものだと、色々な観測の結果から推定されているみたいだし。こうやって、論理的なシミュレーションから書き起こした環境描写によって、誰も見たこともないはずの未来の宇宙での物語にリアリティーを持たせる、という作者の試みが実を結んでいるかどうかは、読者様の判断に委ねるしかありません。せめて、最後まで読み切ってから判断して頂けることを、切に願っております。というわけで、

次回 第62話 ラーニーの落涙 です。

久しぶりに再会したカイクハルドとジャラール・レドパイネは、昔話を始める気配ですが、一番重要な議題は「シックエブ」への攻撃についてです。そのための話し合いや、準備の活動が描かれるべきタイミングで、上記のテーマです。何故そうなるのか、想像が出来ますでしょうか?三回目くらいの推敲まではまったく考えてもいなかったエピソードを、ふと思いついて挿入した感じなのですが、書きあがった今となっては、なくてはならないシーンに思えています。登場人物の人柄、人間関係、そして物語の世界観が広がったのではと自負しているのです。是非、ご一読を!

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