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銀河戦國史 (アウター“ファング” 閃く)  作者: 歳越 宇宙 (ときごえ そら)
第5章  包囲
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第59話 女スパイと宇宙商人

「ねえ、ビルキース」

 本人に聞こえるようにこの名を呼ぶのは、たいていの場合マリカだった。「大丈夫なの?相変わらず、ねちっこいお手前でいらしたのでしょう、あのお方は。」

 心配顔で、ビルキースの背を撫でている。老婆の身であるにも関わらずマリカは、彼女が今その手に触れている肢体を誰かの好きにされた事が、妬ましくってたまらないらしい。できる事なら、誰にも触れさせたくはない。少なくとも、自分と同等以上に彼女を愛している者以外には。

「別に、どうって事無いわよ、いつもの事だもの。」

 ケロリ、とした表情で言ってのけるビルキースだが、本心からのものなのか、卓越した演技力の賜物なのか、長年連れ添ったマリカにも判別は難しい。

 娼婦を装ったスパイとして、精力的な情報収集に励むビルキースだから、毎日のように彼女の肢体は男共に弄ばれる。1日に何人もの男が、何度も何度も繰り返し彼女を苛んだりもする。ビルキースの華奢な足腰や白く透き通る素肌に、穢れと疲労が止め処も無く蓄積して行っていると思うと、マリカはいたたまれない。

 特に、昨日の相手は評判が悪かった。ビルキースの仲間の、娼婦としてもスパイとしても百戦錬磨の女達が、時には泣き叫びながら、時には顔面蒼白になりながら、彼のベッドルームから帰って来る。詳しい内容など聞き出す気にもなれないが、恐ろしく醜悪で執拗な行為が展開されるらしい。

「あなただけよ、ビルキース。チョードリー・セーブリー様のところから帰って来て、そんなに平気な顔をしているのは。無理をしているのではないの?」

「いえ、ちっとも。楽しかったくらいよ、私には。」

「・・・そ、そうなの?」

 狭苦しいシャトルのコックピットで、無重力の空中をふわふわ漂うビルキースと、シートにベルトで固定されたマリカが向かい合っている。色鮮やかで柔らかな質感の衣を(まと)っているビルキースは、無機的な機械に囲まれている景観によって一層、マリカに痛々しく感じさせている。彼女の心配は尽きない。

「それに、たっぷりと情報を収集できたわ。ターンティヤー様の一族の方々が、次々に軍政打倒に賛同なさって、近々ターンティヤー様のもとに一斉に押しかけて、決断を迫る運びになりそうだっておっしゃっていらしたわ。いよいよ、『ラストヤード』ファミリーも爆発するのかも。」

「そうなったら、あなたはまた、あの方の戦闘艦に同乗させてもらうつもりなの?」

「ええ、そういう約束をして下さったわ。戦いに臨む時には、必ず傍に居させて下さるって。お声が掛かり次第『ラストヤード』の所領に出発できるように、準備を進めておかなくちゃ。」

「そうなると、また心配の種が増えるわね。ビームやミサイルなんていう、恐ろしいものが飛び交う場所を駆け回る、戦闘艦に乗るのでしょう。もし当たっちゃって艦が壊れたら、死んじゃうかもしれないじゃない。」

「大丈夫よ。何とかなるわ。こういう事だって、これが初めてじゃないのだし。」

「そうだけど・・・」

「それに、『ラストヤード』が戦闘宙域に繰り出す時には、カイクハルドもそこに駆け付けて来る気がするのよ。十何年かぶりに、彼に会えるのかも知れないわ。」

「そうなの?『ラストヤード』は『シックエブ』に向かうの?『エッジャウス』では無く。」

 「ラストヤード」の所領からは、「エッジャウス」の方が断然近い。そして、軍事政権の本拠地は「エッジャウス」だ。

「さあ。よく分からないけど、『ラストヤード』が謀叛を起こすとすれば、目指すのは『エッジャウス』ではないかしら?」

「だったら、戦闘宙域にカイクハルドが出て来るなんて事、あるわけ無いじゃない。彼は遥か遠く、『シックエブ』の方がずっと近い『シェルデフカ』領域で戦っているのよ。」

「今はね。でも、これから戦況がどう移り変わるか、分からないわよ。『ファング』だって、どこにどう転戦する事になるか、知れたものでは無いわ。そして、私には予感があるの、私が戦闘宙域に身を曝すときは、彼も『ファング』を率いて、同じ戦闘宙域を飛び回っているはずだって。」

「ビルキース、あなたって、カイクハルドの事好きだったの?彼が好きだから、彼の為に、こんな娼婦の上にスパイなんていう活動を、やっているの?」

「さあね。よく分からないわ。でも、彼の役に立ちたいし、彼の活動は支えたい。命に代えても。そして、できるなら、ひと目で良いから、会いたいわ。」

「それはもう、好きって事なんじゃ・・。それに、十数年前に、あなたと彼の間にどんないきさつがあったのかだって、誰がいくら聞いても教えてくれないし。」

 「ファング」のパイロット達もそうであるように、ビルキースの仲間達も、十数年前の「銀河連邦グレイガルディア第1支部」での彼と彼女の出会いに付いて、根掘り葉掘りの質問を繰り返していたが、彼も彼女も、まともな答えは返したためしがない。

「そう、それで」

 マリカは、答えの返らないと分かり切っている話題から離れた。「チョードリー・セーブリー様ご自身は、『ラストヤード』に従って軍政打倒の行動は起こされるつもりなのかしら?これだけ散々焚きつけたからには、あの方も『ラストヤード』の進軍にお付き合いせねばならぬはず。」

「それがね、『ラストヤード』に同調するつもりは、サラサラ無いそうよ。兵器の供給など、水面下での支援はするけど、表立っての反乱は起こさない、と言い切っておられたわ。」

「まあ!なんて厚かましい。それで、軍政が勝っても帝政が勝っても、自分はできるだけ有利な立場を維持しよう、なんて考えているのでしょうね、あのお方は。」

「そうね。たしかにずる賢くて卑怯よね。でも、カイクハルドも同じような事、言ってなかったっけ?戦争なんて、勝ち馬に乗るのが一番大事だって。負ける方に従うなんて阿呆のやる事だって、言ってた気がするわ。」

「それは、そうよ。あの人には傭兵の肩書きもあるのだから、勝ち馬に乗ろうとするのは当然だわ。でも、軍閥の棟梁ともなると、話は違うのではなくて。」

「どんな組織でも、それを長として率いる人は、卑怯でも何でも組織を存続させ、組織に属する人たちを守り抜くために全力を尽くさなくてはいけないのだわ。ただ、『グレイガルディア』っていう組織の長に立つ人には、『グレイガルディア』に住む全員の幸せに責任を持って欲しいとは、思うけど。」

「それも、カイクハルドの受け売りね。」

「うふふ」

 マリカのしたり顔に曖昧な笑声で応じて、ビルキースは続ける。「でも、チョードリー・セーブリー様に焚きつけられた人達も、多くはあの方に何も言われなくても、やはり軍政打倒を考えていたはずの人達なのよ。あの方の言葉が少し背中を押したり、あの方の提言で具体的な行動の起こし方を決める事ができたり、というのはあったのでしょうけど、」

「そうね。あの方が策動を活発化させる前から、サンジャヤ・ハロフィルド様は、軍政に反乱の意志のある貴族や軍閥を探し出しておいでだったものね。」

「そう。チョードリー・セーブリー様が活発に動き回れるのも、サンジャヤ・リストがあったおかげなのよね。」

「懐かしいわね、サンジャヤ・ハロフィルド様。誠実で物腰のやわらかな、それでいて鉄の意志をも合わせ持った、貴族の模範のような方だったわよね。」

 サンジャヤ・ハロフィルドに対しては、マリカは相当に良い印象を抱いているらしい。ベッドルームに侍ったビルキースに手出しをしなかった、というのもその評価の一因だろうが、それだけでも無いだろう。

「軍政を打倒して『グレイガルディア』に善政を実現する、っていう目標に情熱を燃やしている様も凛々しかったけど、妹君を心配されている憂慮の横顔も、どこか引き込まれるところがあったわ。」

「まあ、マリカったら、年甲斐も無く若い殿方に御執心だったのね。」

「何よ、ビルキース、良いでしょ。歳はとっても、素敵な殿方には惹かれるものよ。でも、サンジャヤ様は軍政に捕らわれて、処刑されてしまわれたわ。『ハロフィルド』ファミリーも滅亡したと聞くし、心配の種だった妹君も、悲惨な境遇に陥っておられるのかしらね。」

 カイクハルドは、ラーニーを囲っている事はビルキース達に報告していない。

「いえ、多分、大丈夫太と思うわ。」

 ビルキースは、何も知らされてはいないが、予感があった。「きっとカイクハルドが、それほど悲惨な状況にならないように、妹君を上手く取り扱っているわ。」

 何も知らないはずの事を自信満々に言い切るビルキースに、マリカは少し驚く。

「どうして?カイクハルドは、サンジャヤ様の事は大嫌いだって、ずっと言い続けているじゃない。傭兵としてお金を貰って雇われたから、仕方なく移動の支援はするけども、それ以外に関しては、あんな奴の事情なぞ知らない、なんて言葉を、通信で何度も寄越していたわ。」

「ええ。言葉ではね。まあ実際、サンジャヤ様という人物に対しては、嫌いだっていうのは本心かもしれないわ。でも、殿方の殿方への評価というのは、人物に対するものだけでは無いわ。サンジャヤ様が後顧の憂いなく活動に専念できるようにしてあげようって想いを、サンジャヤ様はカイクハルドの胸中に息づかせる事には、成功したと思うわ。」

 ビルキースの言葉に、マリカの顔が不思議な角度に傾いて行く。彼女達は十数年来、カイクハルドには会っていないし、サンジャヤとも1度しか顔を合わせていない。それなのにビルキースが、ここまで自信満々に彼らの心情を断言できる事が、マリカには不思議なようだ。だがその一方で、ビルキースの言葉を否定する気にも、疑う気にも彼女はなれないらしい。

「あの方の妹君、ラーニー・ハロフィルド姫も、今頃はどこかで幸せに過ごしているはずよ、きっと。」

 カイクハルドが囲っているとまでは予測し切れていないビルキースの言葉に、マリカも小さく頷いて賛同の意を示した。

「ところで」

 話題を転じる気配のマリカに、ビルキースの視線が向けられた。「サンジャヤ様をここに連れて来た時に、近い内にカイクハルドにも会わせるつもりだとおっしゃっていたイシュヴァラ様は、今頃どこで、どうしておいでなのかしら?あの方は、元々は大きな政治の流れには関わらず、草の根の民衆支援に徹するおつもりだったのでしょう?けれど、カイクハルドとサンジャヤ様を会わせるなんて行動を起こしたからには、軍政打倒への加担に方針を変えたのだとは、思っていて良いのよね。」

「そうね、草の根の支援を続けている彼だからこそ、軍政のもたらす民衆の苦難や軍政への人々の怨嗟も、骨身に染みて知っている。軍政打倒に気持ちが傾くのも、自然な事だわ。きっと今頃、『ニジン』星系におられるのじゃないかしら。」

「え?に・・にじん・・って何?どこの事?」

「あら、覚えていないの?マリカ。皇帝ムーザッファール陛下が、蟄居あそばされている星系よ。」

「あ、そう言えば。え?でも、その星系に、イシュヴァラ様が・・っていう事は、もしかして・・」

「そうよ、マリカ。皇帝陛下ともあろうお方が、あんな名前を知る人も少ないような辺境の星系に蟄居あそばされるとご自身で宣言なされた、というのは、他に理由など考えられないわ。」

 「ファング」が皇帝を捕えたという情報も、その時にラーニーがカイクハルドに囲われたという事情と同様に、ビルキース達は報告を受けてはいない。だがビルキースには、こちらに付いても予感があった。皇帝が「ニジン」星系への蟄居を自身で宣言したと知った瞬間に、それはカイクハルドの差し金なのだろうと、ピンと来たのだ。

 そして今、軍政打倒の時流が激しさを増している。いつでも、皇帝という切り札を解き放てるように、しておかなければならないはずだ。その為に、カイクハルドにとって最も信頼性の高い備え方は、イシュヴァラに「ニジン」星系に居てもらう事のはずだ。

「そう。そうなると、かつてのあなたのお仲間は、皆が軍事政権打倒に、かなり積極的に、それも重要な役割を担って、関与している事になるわね。」

「本当にね。皇帝親政を復活させる事が『グレイガルディア』での善政に繋がるかどうかには、皆が疑問を持っていたはずだけど、結局今この時点では、あの時『銀河連邦グレイガルディア第1支部』に集っていた仲間達は、皆が軍政打倒と帝政復活の為に戦っている形になっている。」

 アジタは、軍政継続への未練を色濃く残してはいるようだが、軍政の情報を流す事でカイクハルドを支援している。ファル・ファリッジ達を善政に導くことも、ラフィー・ノースラインに実権を握らせる事も、今では諦めているだろう。実質的には、軍政打倒と帝政復活に加担していると言っても間違いでは無い。

 カイクハルドは軍政相手に戦っているし、ビルキースはその彼のスパイとして活動してる。「ニジン」星系で皇帝解放のタイミングを待っているとすれば、イシュヴァラも軍政打倒の一翼を担っていると考えるのが自然だ。

「それにジャールナガラは、『レドパイネ』と緊密に連係して、彼らの兵器調達に協力したりもしているわ。」

「その『レドパイネ』が『シックエブ』を突く動きに出るとすれば、ジャールナガラも軍政打倒の急先鋒の一角ね。あなたの仲間の5人が、それぞれの場所で、この国の回天に大きく貢献する事になるのね。なんだか私、ものすごく偉大な人と知り合いのような気がして来たわ、ビルキースさま。」

「あら、やだわ、何言ってるの、マリカ。私はただの、穢れた娼婦よ。体を売って日銭を稼いでいるだけだわ。」

「いいえ、ビルキース。男達だけでなくあなたも、『グレイガルディア』回天への勇壮な戦いに立ち向かっている一人なのだわ。そして私は、そんなあなたの母であり姉であり親友であり共同事業者でもあるのよ。」

 誇らしげに胸を反り返らせたマリカの顔を、ビルキースの両手が挟み込んだ。

「うふふふっ。私にマリカが絶対に必要な事だけは、文句ひとつなく認めるわ。」

「あははっ」

 宇宙の深淵に飲み込まれそうな、エンジョイボートと渾名される小さなシャトルの中で、2人の女の屈託のない笑顔が咲いていた。


 急ピッチで建設の進む宇宙要塞を見て、ジャールナガラは舌を丸めていた。

「こんな短期間に、ここまでの要塞を建設するという事は、かなり前からそれなりの準備を進めておったのですな。こんな、敵の、目と鼻の先のような宙域に。」

「まあな。」

 驚きの言葉に返事をしたのは、ジャラール・レドパイネだった。「我が手の者に、商人に扮してのこの地での策動を、数年前に指示しておいた。一見しただけでは、商人が物資を集積する為だけに作った施設に思えるが、実は、直ぐにでも軍事要塞への改造が可能な建造物だったわけだ。これを、数年前からこの地に構えておいたのだ。無論、『レドパイネ』ファミリーとの繋がりが明るみに出んように、細心の注意を払いながらな。」

 胸を張って大声で喚く様は豪胆だが、やってのけた仕事には繊細な心配りの跡が見受けられる。

 ジャラール・レドパイネの率いる、軍政打倒の旗を掲げた軍勢は、既に宇宙要塞「シックエブ」のある「ノヴゴラード」星系に隣接する、「ヒルエジ」星系にまでたどり着いていた。

 ここまでは、苦難の旅だった。軍政配下の軍閥の所領を幾つも突破しての遠征だから、進軍は激闘の連続だった。

 「レドパイネ」の本拠地である「スランツィ」領域にある「カッチナ」星系で、ジャラールが反軍政の旗を掲げた直後、軍事政権から2万近い征伐隊が送られて来た。「カフウッド」が引き受けた何十万という大軍と比べれば少なかったので、籠城を決め込むだけならば対処に大きな苦難は無かっただろう。だが、「シックエブ」への進軍を成し遂げる為には、千と少ししか直接の手勢を持たない「レドパイネ」が、この2万を撃退する必要があった。

 プラタープが「シェルデフカ」領域で10万の大軍を撃退した戦果に、勇気を与えられた面もあるようだが、ジャラール・レドパイネはそれをやり遂げた。

 直接の手勢は千余りだが、ジャラールは所領周辺の「アウトサイダー」や似非支部等から、広く兵を募っていた。いわゆる寄せ集めの兵なのだが、俄かに馳せ参じた連中では無かった。ジャラールは、挙兵から遡ること数年も前から、これらの兵を寄せ集めていたのだ。

 軍事政権に気付かれる事無く兵を“寄せ集め”、数年に渡って維持し、ここ一番に戦力として活用できる程に訓練を施しておくというのは、神業と言って良い活動だった。「アウトサイダー」や似非支部などというのは、自分勝手で教養も乏しく知恵の浅い、愚かなならず者の集団だ。それを、国の隅々にまで配られている軍事政権の目を盗んで集め、訓練を実施するというのは、普通に考えれば不可能と言って良い。

 棟梁であるジャラール自身が、「アウトサイダー」を装って軍閥の統制の及ばない宙域を放浪する、という無鉄砲極まりない行動を起こして、「アウトサイダー」の中に人脈や信頼関係を醸成して来た。軍政打倒に向けた、命懸けの用意周到な準備だった。

 飴と鞭を巧みに使い分けた「アウトサイダー」の取り込み作業が繰り広げられたが、飴や鞭を用意するのにも原資は必要だ。弱小軍閥でしかない「レドパイネ」がそれを用立てるには、領民への締め付けとファミリーの徹底的な倹約が欠かせない。力づくでそれをやろうとすれば、反乱や内部分裂が続発する事態に至る。

 ジャラールは、決して力に訴えた搾取をする事無く、有望な未来像を提示した上での粘り強い説得で、領民から自主的積極的な協力を取り付けた。ファミリー内部にも、自ら率先して倹約に努める姿勢を見せつけ、出費を切り詰めさせた。

 そんな苦心の末に捻出した原資で得た飴と鞭は、「アウトサイダー」の取り込みに見事に成功し、数年に渡って軍政に気付かれる事なく訓練し、高度な組織性と連携を構築し、維持して来た。そこには「ファング」の力添えもあったのだが。

 時には、ジャラールが頭目(かしら)となった大規模盗賊団が結成された事もあり、軍政の徴税や輸送の部隊に、何度も大きな打撃と損害を与えた。

 「レドパイネ」ファミリー自体が、“軍閥系アウトサイダー”と呼ばれる存在だったことも、そういった活動を可能としていた。帝政にも軍政にも属さない者が「アウトサイダー」と呼ばれているのだが、「レドパイネ」は、一応は軍政に現在の所領を与えられてはいるから皇帝勢力とは言えないものの、軍事政権中枢とは深く関わろうとせず、税もよほど催促されない限り払わないなど、政権に非協力的な態度を貫いていた。「カフウッド」ファミリーもそのような状態であり、名目上は軍政配下にありながらも政権中枢とは距離を置いている一族が“軍閥系アウトサイダー”と呼ばれ、正真正銘の「アウトサイダー」達とも親和性の強いのが特徴だった。

 「シックエブ」の派した2万の征伐隊に対し、迎撃に打って出たジャラールの部隊は千余りだったが、寄せ集めの兵が1万以上も四方から湧き出て来て、征伐隊の背後や側面を襲った。

 寄せ集め兵など敵では無い、と高を括っていた軍政の征伐隊は、その軍勢の思いの外の粘り強さと勇猛さに、浮足立った。

 性能の悪い宇宙艇に貧相なレーザー銃だけ積んでいるようなのが寄せ集め兵のはずなのに、征伐隊を取り囲んだ軍勢には、力強い加減速や転進を見せる宇宙艇がたくさんあり、それらが撃ち込んで来るのは、威力抜群のミサイルだった。全て、ジャラールが与えてやったものだ。苦労して捻出した飴が、ここに来て抜群の成果を発揮した。

 そして何よりも、ジャラールの手勢である千余りの部隊が、規格外の突破力を見せた。ジャールナガラが買い付けた新鋭戦闘艇「ビュッフェル」と「レーヴェ」を巧みに運用した戦術も相まって、「レドパイネ」部隊の統率と勇猛さが征伐隊を圧倒した。

 軍政の征伐隊を撃退するとすぐに、長年抗争を続けて来た、隣接する軍閥である「フォルマット」を降伏させるのにも成功する。これも、何年も前に懐柔に成功していた「フォルマット」ファミリーの一人息子が、このタイミングでファミリーを裏切って「レドパイネ」に付いた事による。その為に「フォルマット」ファミリー自体も降伏のやむなきに至った。

 味方に付けた「フォルマット」の新棟梁を、留守を託せる男と判断した「レドパイネ」には、後顧の憂いなく進撃を開始できる環境が整った。後方の防御も「フォルマット」に任せてしまえるので、全戦力を前方に振り向ける事ができる。「レドパイネ」部隊は、持ち前の突破力を十全に発揮する事ができた。

 とはいえ、幾つもの軍政配下の軍閥領を突破しなければ「シックエブ」にはたどり着けないのだが、それは簡単な事業では無い。相手のホームでの戦いに勝つのは生半可な戦力差では難しい。「レドパイネ」部隊は、何度も全滅の危機に陥る苦戦を経験した。商人として部隊に帯同していただけのジャールナガラでさえも、何度か身の危険を感じる場面があった。

 遠くから遠征して来て「レドパイネ」の進軍を阻もうとする勢力もあった。予想もしない軍閥が、予想もしない方角から予想もしないタイミングで、奇襲攻撃を仕掛けて来た事もあった。大打撃を被ると共に、一時的な後退に追い込まれたりもした。

 しかし、「バーニークリフ」や「ギガファスト」での絶大な戦果の報が、タイミング良く伝えられて来たのが効果を発揮した事もあり、「レドパイネ」はそれらの危機を乗り越えた。

 軍政に「カウスナ」領域への出征を強制された軍閥は、「レドパイネ」撃退に向けた戦力を削らざるを得ず、それが突破を許す結果になった。軍政危うしと思い、見切りをつけたものか、軍閥の中には「レドパイネ」の領内通過を黙認するものもあった。「ギガファスト」からの報が来るまでは、頑強な迎撃を仕掛けて来た軍閥が、報に触れるや否や兵を退いて帰って行った事もあり、それにはジャラールも、拍子抜けさせられたようだった。

 新鋭戦闘艇も、危機の克服に寄与していたのだが、それへの補給やメンテ等は、ジャールナガラの協力が必要だった。彼が「レドパイネ」に貼り付いている理由だ。

 とにかくも激闘の連続の果てに、ジャラール率いる「レドパイネ」部隊は、軍政の一大拠点である宇宙要塞「シックエブ」とは同じ「ルサーリア」領域に含まれており、それとは隣の星系にあたる「ヒルエジ」にたどり着き、拠点を完成させる直前にまで漕ぎ付けている。

 星団区域を(また)いでの移動でもあった。「レドパイネ」の本拠は上南東アッパーサウスイースト星団区域にあり、「シックエブ」は中西(ミドルウェスト)星団区域にある。「グレイガルディア」は9つの星団区域に区切られていて、南北、東西、上下、の3つの要素を用いて命名されている。銀河中心方向を北、銀河外縁方向を南とし、銀河の回転方向を西、回転に逆らう方向を東としている。上下に関しては、北を正面に、西を左手に見る状態で規定されている。

「周辺の『アウトサイダー』を取り込み、隣接軍閥の息子を懐柔し、『シックエブ』の鼻先にも直ぐに拠点を築ける手配をしておく。それを何年も前からやっていたとは、何とも、恐ろしい程の先見性ですな、ジャラール殿。」

「何を、驚いたふりなどしておるのだ。わしが着々と準備を進めておる事は、おぬしは十分に知り尽くしておっただろう。だからこそ、新鋭の戦闘艇の買い付けを仲介し、私の蜂起を後押ししたのだろう。」

「何をおっしゃいますやら。私は商人ですから、料金さえ頂ければ、買い付けの手配をするのは当然です。軍政打倒の後押しなど、滅相もございません。それに、『シックエブ』の鼻先に拠点開設の準備をしていたとは、私はまったく聞き及んでおりませんでしたし、想像もしておりませんでした。正直、感服しております。」

 小柄で恰幅の良い腹を抱えるジャールナガラは、ジャラールに蹴っ飛ばされれば、どこまでも転がって行きそうなくらいに丸い印象だ。それに対するジャラールは、実際にはそれほどの巨躯でも無いのだが、豪快な話しぶりが実際以上に彼を大きく見せている。蹴飛ばされずとも、気迫だけでもジャラールは転がって行くかもしれない。

 が、実際には、転がって行くという物理現象は起こり得ない。彼等は、無重力の空間に浮かんでいる状態だったから。

 兵が駐留するには問題ない状態にまで仕上がっているこの拠点は、あと少しの武装の据え付けが完了すれば、軍事拠点としても仕上がる。

 “痩せた”星系であり、必須元素を揃えるのに難のある「ヒルエジ」星系だから、長期の籠城や居住には適さない。集落や住民も存在しない。外から持ち込んだ物資の備蓄が無くなれば、多くの兵は飢え死にするしか無くなる。

「半年か、せいぜいもって1年というところだな、ここに持ち込んだ備蓄では。」

「半年で、『シックエブ』を陥す所存ですか?」

「半年で陥ちぬようなら、逃げ帰るさ。本拠地の『カッチナ』星系まで、ではないぞ、少し退いて、態勢を立て直すだけだ。その際の反抗拠点として使える施設も、進軍途中にちゃんと作っておいたからな。どの道、われら『レドパイネ』の攻撃だけでは、陥落はさせられぬだろうからな。」

「なるほど、最終的には、軍政中枢の大規模軍閥がこちらに寝返らねば、『シックエブ』は陥とせぬ、とお考えなのですな。やはりジャラール様は、豪快でありながら冷静沈着でもあります。さすがですな。」

 褒め言葉には何も反応を示さないジャラールに、ジャールナガラは語り続けた。「ですが、軍政中枢の軍閥の手によって軍政が倒れる事になれば、皇帝親政は復活せず、軍政打倒に功のあった軍閥による、新たな軍事政権が起るやも知れませんぞ。」

「わしらは、帝政でも新軍政でも、どちらでも構わぬのだ。この『グレイガルディア』を安寧に導くと思えば全力で支えるし、悪政に陥ると見れば反抗に動く。」

「今の軍政が倒れた後の事は、倒れてから考える、というところですな。やはり豪快なお方だ。軍政打倒の第一の功が誰になるかなども、どうにでもなれば良い、とお考えだと?」

「うむ。打倒の功はどうでも構わぬが、それでも私が『シックエブ』を突く動きをせねば、打倒そのものは成らぬだろう。軍政の心胆を寒からしめる程の力の籠った攻撃を、私が『シックエブ』に加えて見せる事が、必須だ。」

「難しい、とお考えか。」

 豪快な語り口調とは裏腹の神経質な視線に、ジャールナガラは思わず問いかけた。

「進軍過程の激闘で、兵力は800を割り込んでしまった。今の戦力だけでは、ちと厳しいだろうな。」

 口にした悲観的な見通しを裏切る、自信に満ちた眼光をジャラールが放つ。打つべき対策は既に胸中にある、とジャールナガラは見た。

今回の投稿は、ここまでです。次回の投稿は、 '19/3/16 です。

9つの星団区域とか、それらの呼称とかいう、ややこしい要素をまたしてもぶち込んでしまいました。「グレイガルディア」各地で起こっている出来事の、距離感とか位置関係というものを、大雑把にでもイメージして頂きたいがためのものでもあり、もう一つ、三次元の広がりを持った国であるという認識を持って頂きたいためでもあります。地上の国では"東西"と"南北"ですべての位置を指定できますが、三次元の広がりを持つ国では、それにプラスして"上下"が必要になります。銀河中心に近い側から外縁側い向かって"北・中・南"、銀河回転の上流から下流にかけて"東・中・西"、北を前に東を右に見た場合の"上・中・下"の区分けがあります。全部の要素を使い切れば、27個の区分けが出来てしまうわけですが、「グレイガルディア」には9個の星団区域しかありません。今の日本に、"東北地方"はあっても"西北地方"は無いのと同じで、"北・中・南"と"東・中・西"と"上・中・下"の組み合わせの中で、使われないものもあるわけです。"中部地方"が南北においては全域をカバーしているように、"中西星団区域"は"上・中・下"では全域をカバーしているから南北方向においての"中"と"西"しか名称に出て来ないという事情などもあります。ああ、ややこしい・・。でも、そんなややこしい理屈をご理解頂かなくても、とにかく三次元に広がりを持つ国であることをイメージして頂ければ、作者としては幸いです。そして、星系という1未満~3光年くらいのスケール、領域という10光年前後のスケール、星団区域という数十光年のスケールの、三種類の空間サイズで物語における距離や位置関係が表現されている、とご認識下さい。1光年は、光の約千倍のタキオントンネル航法でも十時間近くかかります。ボイジャーは、20年以上飛び続けて0.002光年くらい(作者の計算が合っていれば)進んだだけ。1光年ってこんなに遠い!このスケール感と三次元の広がり、それらを、是非、意識して頂きたい。わざわざそんなことを後書きで言わなくても、本文を読むだけでそれを意識させられるような文章を書けていれば問題はないのですが、自信なし。それを目指して頑張っているつもりですが、暗中模索でわけが分からなくなっています。それで、後書きでこんな説明をしてしまいました。というわけで、

次回 第60話 イシュヴァラと皇帝ムーザッファール です。

ずっと前から何度も名前が出ていて、存在の大きさや意味の深さが示されていた2人が、満を持した感じで登場してきます。新章が始まって数話で、広い範囲の動きが示され、その仕上げみたいな話になります。物語の一大転換点を匂わせているつもりです。読者様の期待も高まっているはず、と作者としては信じたいところなのです。是非、ご注目を!

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