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銀河戦國史 (アウター“ファング” 閃く)  作者: 歳越 宇宙 (ときごえ そら)
第5章  包囲
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第58話 アジアの憂慮

 カーキ色のローブを深々と被ったアジタの風貌は、その恵まれた体躯と相まって、威厳があり堂々としている雰囲気を醸し出しているのだが、それだけに、貧弱な重力下でのポーンポーンと弾むような動きは、様にならなかった。

 しかし、この直径数千kmの微惑星の中に造り込まれた集落の中にある限り、そんな動きにならざるを得ない。

 天井は高めに作ってあるが、それでも少し油断をすると、高く弾み過ぎて天井に頭を打ち付けそうになる。前方に角度を付けてジャンプすれば効率よくスピーディーに前進できそうなものだが、重力が小さいと床との摩擦も貧弱となり、踏ん張りが効かない。無理に前に大きな角度を付けて飛び出そうとすると、脚が床面を滑って転倒してしまう。

 だから踏みしめる一歩一歩も、前よりは上への勢いが強いものとなってしまい、無駄に高々とジャンプし続けるような不格好な歩行を余儀なくされる。小さな重力での歩行を経験した事の無い人は、水中に胸くらいまで浸かっている状態での歩行を連想すれば良いかもしれない。なかなか前に力を掛けられず、どうしても上に上にと体が動いてしまう感覚が分かるだろう。

 そんな貧弱な重力しか生まない天体の中に、アジタはいるのだが、それは今彼のいる「クコボ」星系では最も大きな惑星、いや微惑星だった。

 濃密なガス雲の中に無数の微惑星が漂い、ガス共々、中心天体の周りを公転している。微惑星が衝突を繰り返して寄り集まれば、大きな質量を獲得するだろう。そこに星系ガスが上手く捕えられて集積して行けば、巨大ガス惑星にまで成長する可能性もあるかもしれない。だが、近接する周囲の星系の重力に翻弄され、撹拌されて、微惑星も星間ガスも集積が進まず、原始惑星系円盤のまま成長が止まってしまっている。

 今アジタが視察している集落は、そんな「クコボ」星系の中にあった。

 宇宙空間にしては濃密な星系ガス雲の中を人工彗星に飛び回らせて、必要な資源を捕集しているのだが、ガス惑星に比べれば希薄なガス雲からの資源採取となるので、あまり効率は良くない。その分を埋め合わせるかのように、中心天体からは豊富に資源が採取出来た。

 中心天体も、未だ“星”になり切れない“原始星”であり、核融合の火は灯っていない。重水素を核融合させ得るほどの質量さえも、獲得できていない有様なのだ。

 中心にあるのが“星”ではないのだから“星系”と呼ぶのも妙なもので、“原始星”を中心に置く“原始星系円盤”と呼ぶのが正確なのだが、この時代の人々は便宜上ここも“星系”と呼び、中心天体を“星”と呼んでいる。

 その“星”と呼ばれる“原始星”には、さすがに高密度でガスが集積しており、核融合の灼熱に阻まれる事も無いので、資源採取には有利だ。物体としては、ガス惑星と何ら変わりがない。人工彗星は、この原始星からも資源を掠め取る軌道を巡っている。数十年に及ぶ旅の末に、住民に大量の資源を提供する事になる。“肥えた星系”に類する、と言って良いだろう。

 微惑星が生じさせている貧弱なものとはいえ、重力のある生活ができて、なおかつ資源の採取量も豊富なこの、「クコボ」“星系”と呼ばれる原始惑星系円盤での暮らしは、本来、比較的恵まれたものであるはずなのだが、住民は飢えていた。

 皆が痩せ細り、飢餓や栄養失調による発病で命を落とす者が、後を断たないという。

「領主様による税の取り立てが、過酷なのです。」

 アジタの問いに、油まみれの作業服に身を包んだ住民が答えた。老朽化した設備で食料などを生産している彼らの日々の労働も、資源の豊富さを帳消しにして余りある程に苦難に満ちているらしい。

「重すぎる課税は取り締まるように、軍事政権には注文を付けているはずなのですがな。」

 アジタは眉間に深い皺を寄せて、彼らの話に耳を傾ける。

「色々と理由を付けて、様々な名目の税を取り立てるのが、我が領主様なのです。その中でも、盗賊対策にまつわる税が大半を占めます。盗賊に襲われては我々も難儀しますから、軽はずみに反発したり、お上に不満を訴えたりもできないのですが、実はその盗賊も、領主様が陰で糸を引いているという噂がございます。」

「一方では盗賊団を自ら作って集落を襲わせ、その盗賊を追い払う為だからという名目で、集落に過酷過ぎる税を課しているのか。その盗賊が掠奪して行った分も、一部は領主の懐に入っているのであろうな。」

「ええ、その通りだと思われます。盗賊に掠奪させてその上前を撥ね、盗賊対策だと言って様々な税を課し、我等が領主様は、二重三重に我等から搾取して行かれます。何と強欲な領主様であります事か。」

「それも、ファル・ファリッジに潤沢な賄賂を支払う為なのだろうな。おかげでここの領主は、『カフウッド』征伐への参陣も免除されておるし、それへの糧秣の拠出も軽微なもので済まされておる。」

「おお、そうなので?領主様の上に、更なる黒幕がおられるのですな。ふぁる・・何とか、というお方が、我等を苦しめる元凶なので?」

 集落の住民には、軍政中枢の動静など良く分からないのも無理はなかった。

 資源を採取して来た人工彗星に追いつき、邂逅(かいこう)して資源を受け取る作業は、老朽化した生産設備のオペレートより更に危険かつ過酷なものだ。そうやって苦労して生み出した収穫を、ファル・ファリッジや領主に根こそぎのように搾取され続けている彼等には、ファル・ファリッジ達は、生活を脅かす許し難い存在だろう。

「しかし、領主と盗賊の結託を証明するのは、難しそうだ。連中も、そう簡単に尻尾は掴ませてくれないだろう。ううむ・・盗賊に脅かされるようになって、どれくらいになる?」

「はい、そうですな・・もう10年くらいになりますかな。頻繁に奴等が現れるようになってからは。」

「それを証拠立てられるデーターなどは、残っておるか?」

「ええ、少なくとも10年前から、頻繁に盗賊に襲われていた記録ならば、我が集落の宇宙艇やシャトル等にデーターが保存されております。」

「そうか。ならば、10年に渡って盗賊を退治できなかった、という事実を軍政に訴えて、別の軍閥に盗賊を退治してもらう事はできそうだな。」

「おお!それは素晴らしい。そうしてもらえれば、盗賊に襲われる事が無くなる上に、領主様も我等に重税を課す根拠が無くなります。盗賊さえどなたかに退治して頂ければ、我等の生活はぐんと楽になりそうですな。」

 アジタは早速、そのデーターを軍事政権の最大拠点、宇宙要塞「エッジャウス」に転送する。ラフィー・ノースラインがそれを受け取り、データーの信憑性を保証した上で評議会の審議にかければ、この宙域に領主以外の軍閥による盗賊退治の呼びかけが成されるはずだ。

 本来は所領内の盗賊退治は、軍政に封じられて領主を務めている軍閥の責任範囲だが、10年に渡って掠奪を許し被害を出し続けている事実が証明されれば、領主権限は、一時的かつ部分的にであっても強制停止させられるはずだ。

 ラフィーとアジタが手を組めば、こういった庶民の救済活動は可能だった。ファル・ファリッジとそれに媚びへつらう軍閥によって苦しめられている庶民に、平穏な暮らしを届けてやる事はできる。

 だが、アジタが直接出向き、ラフィーに口添えしてもらえる案件の数など、高が知れている。悪徳領主に類する軍閥など、この国では数百ファミリーに及び、辛苦に喘ぐ集落など万に至る数だろう。それらすべてを救済するには、今アジタがやっているような草の根の活動で追いつくはずもない。統治体制の抜本的改革が必要だ。いや、ファル・ファリッジに権力を掌握された現体制を想えば、統治組織そのものを解体して再構築を図る以外に、道は無いのかもしれない。

 視察に訪れていた集落の救済の目途が立った事を喜ぶ一方で、アジタは暗澹(あんたん)たる気持ちにもなる。軍政を善政に導こうと心血を注いできた10年余りの歳月は、何だったのか。軍政の中にあって、良識や善意を見せるラフィー・ノースラインのような逸材にも、軍政と道連れの破滅が訪れるのか。帝政が復活して、本当に今以上の治政は実現するのか。

 アジタには不安や疑問が尽きないが、それでも、今の軍事政権の悪政ぶりや、「ギガファスト」で「カフウッド」ファミリーなどが見せつける戦い、そしてそれに呼応した、「グレイガルディア」各地での反軍政蜂起の動き、それらを見ると、軍政打倒が成るのは時間の問題にも思える。

 憂慮の絶えないアジタだったが、ラフィーから返信が寄せられている事に気付く。宇宙船の航宙指揮室に戻っていた彼は、コンソール上に配されたディスプレーにその事を見出した。数光年離れた彼とは、双方向での会話は不可能だった。数十時間を経てようやく、信号をやり取りできる距離だった。

「どれ・・・おおっ、さすがラフィー殿。必ず領主の権限停止と他の軍閥による盗賊退治の呼びかけを評議会に認めさせるから、そちらは先行して、今すぐ、盗賊退治へ向けて行動を開始するように、とおっしゃって下さった。多少順番が前後しても構わないから、住民達の生活を守る作業を最優先に実施して欲しい、か。何という心配りだ。」

 と言っても、彼等にできるのは“呼びかけ”であって、特定の軍閥を指名して命じる権利は発生しない。呼びかけに誰も応じなければ、盗賊退治は実現しない。

(それなりの報酬を用意すれば、呼びかけに応じる軍閥もいるかもしれないが、報酬の原資はどこに求めれば良いのか?「カフウッド」征伐に多くの軍閥が出払っている今、呼びかけに応じられる軍閥などいるのか?さて、どうしたものか。)

 アジタが新たな難題を抱えた時、別の通信が寄せられた事をディスプレイが告げていた。

「なに?アウラングーゼ殿が、すぐ近くまで来ているのか?」

 宇宙船を動かすのに必要最小限のスタッフしか与えられていないアジタは、操船以外の全てを自身でこなさなくてはいけない。若干名の操艦要員達は、少し離れたところで各自の作業に没頭している。全員アジタ同様に、銀河連邦から派遣されているスタッフだ。アジタは忙し気にコンソールを叩き、幾つものディスプレイに視線を走らせた。

 双方向での会話ができる程近くに、アウラングーゼがいるらしいと分かったアジタは、コンソールをパチパチと叩いて通信設定を切り替えた。

「アジタ殿!アウラングーゼ・ベネフットであります。盗賊退治の呼びかけに応じて、ただ今馳せ参じましたぞ!」

 一瞬はとぼけているように思えるが、よく聞くと意外に力が籠っているとも感じられる声が、通信機から(ほとばし)る。

「いやいや、アウラングーゼ殿。いくら何でも早すぎますぞ。呼びかけてからわずか10分余りで馳せ参じるなど、あり得ないではありませんか。最初からこの宙域におられたとしか、考えられぬ。こんな辺境宙域で、一体何をしておられたので?」

「おや、見抜かれてしまいましたな。実は、アジタ殿が視察に出発なさった時に、ラフィー総帥から、軍を率いて近くで待機しておくように、と命令を頂いておりまして。総帥にはこうなる事は、予測の範疇だったようですな。」

 アジタは、ラフィーの洞察力とアウラングーゼの行動力に、内心で舌を巻いた。そして、こんな2人を擁する軍事政権の信用失墜と凋落傾向が、尚一層歯痒く感じられた。この2人が共に確かな実権を握っていて、力を合わせて統治に当たれば、素晴らしき善政も期待し得るはずだ。それなのに、軍政打倒が現実となれば、2人が敵味方に引き裂かれたり、どちらかが、若しくは両方が、破滅に至る事態にもなるだろう。

 アウラングーゼによる盗賊退治は、ほんの数日でカタが付いた。相変わらず、部下を信じ切って全てを任せた、見事な指揮だった。任せても丸投げにはせず、常に全ての状況を把握していた。もし仮に途中で部下の身に何かあっても、直ぐにその部下の仕事を引き継ぐ事ができただろう。それくらいに詳細かつリアルタイムで征伐の進捗状況を理解しつつ、部下が健在である限りは細かい口出しはせず、どっしりと構えている。

「お前だったら、もう少し早く賊の捕縛を完了させられると思っていたぞ、ナラシン・ハイトよ。」

 穏やかな中にも微かに棘のある声で、アウラングーゼは部下に話しかけた。通信機の向こうから、緊張した雰囲気が伝わって来る。

「申し訳ありません、棟梁様。微惑星内部にある賊のアジトの構造を、やや見誤っておりまして、追い出しに時間がかかりました。反省すべきと心得ております。」

「うむ。自身への厳しさを更に徹底すれば、お前にはもっと質の高い仕事ができるはずだ。次の機会を楽しみにしているぞ、ナラシン・ハイトよ。」

 アウラングーゼ座乗艦に乗り移り、彼の軍勢による盗賊退治を観戦していたアジタは、アウラングーゼの言動に感心しきりだった。のんびり督戦しているようで、ほんの僅かな部下の不手際も見逃さず、鋭い指摘を入れる。状況を正確に理解できていた証拠だ。

 しかし、不手際の指摘はしても、部下の能力や人格を否定するような言葉は発せず、むしろ彼のポテンシャルを認め、期待を掛けているとの思いを口頭に上らせた。僅かなミスも見抜かれるが、しっかり仕事をすれば評価してもらえる。部下はそう確信し、最善を尽くすようになるだろう。

「立派なものですな。このアジタ、アウラングーゼ殿の統率と指揮の妙に、感服致しましたぞ。」

「いえいえ、何の。買いかぶり下さるな、アジタ殿。私など、軍事政権の悪政を全く食い止められぬ、不甲斐無い限りの男でございます。」

 社交上の謙遜と見えて、内心の深刻な自己嫌悪を感じさせる言葉だった。

「あなたが『カフウッド』の征伐に乗り出しておれば、今頃にはとっくに、『ギガファスト』は陥落しているのでしょうな。」

 アウラングーゼの表情にやや気まずさを感じたアジタは、話題を転じた。

「・・実は、私にも『カフウッド』征伐の命令が下りそうなのです。」

「なんと!そうなのですか?」

「正式な下令は未だなのですが、とりあえず出征に向けての準備だけは、とアクバル・ノースライン殿から伝令がありまして。」

「また、いつものように断る、というわけにもいかぬのですか?」

「征伐隊は『ギガファスト』攻略戦において、たった1度の戦闘で万単位の損害を被るような惨敗を喫したそうです。その戦況を聞かされれば、ラフィー総帥もその決定を追認せぬわけには行かぬでしょう。」

「そうですか。総帥よりの直接の命令という話になれば、さすがのアウラングーゼ殿も断るわけには行きませぬな。」

「ええ。ラフィー総帥の顔に、泥は濡れませぬ。」

 苦渋と決意を滲ませた言葉の後、アウラングーゼも話しの矛先を変えた。「しかし、プラタープ・カフウッドという男も、弱小軍閥の棟梁にしておくのは惜しいような、恐るべき戦術家ですな。潮汐力発電砲台群などというものを、あのように巧みに使って征伐隊を潰走に至らしめるとは。」

「確かに、見事な戦術です。が、アウラングーゼ殿、もしかして、お聞き及びなのは、その戦いのみなのですか?」

「・・とおっしゃいますと、まだ他に、何かあるのですか?情報は全てファル・ファリッジとその周囲に握られており、私のもとにはほとんど届いて来ぬのです。アジタ殿は、何かお聞き及びなので?」

「ええ。潮汐力発電砲台群による大打撃の後、同程度の打撃を受ける惨敗を、少なくとも5回にわたって征伐隊は演じております。」

「な・・何ですって!」

 2・3歩後ずさる程の衝撃を、アウラングーゼは露わにした。「万単位の損害を、5回にわたって被った、と言われるのですか?なぜ?どうやって?潮汐力発電砲台群など、一度見れば、同じ轍を踏む事など・・・」

「それが・・それだけでは無かったのです。『ギガファスト』に張り巡らされた、恐るべき罠とは。」

 アジタは、カイクハルド経由で伝えられた、アウラングーゼの知らない「ギガファスト」の戦況を語って聞かせた。

 発電施設と見せかけた衛星を征伐隊に包囲させ、それを爆破すると共に中からミサイルを飛び出させるという罠。電波バーストとヤルコフスキー効果による氷塊群の移動とを駆使して征伐隊の目を潰し、ミサイルの餌食とする罠。それらが実行された事を伝えた。

 更に、3度の惨敗を受けてファル・ファリッジが、征伐隊の司令官達を罵倒し、所領に残した家族を人質にした上で、絶対攻略を彼等に厳命した事。その為に司令官達が冷静さを失い、破れかぶれの無謀な突撃に及んでしまった事も、アジタはアウラングーゼに教えた。

 遂には、何度もの敗戦で攻略戦が長期に及び、補給された糧秣も底を付いて、またしても兵が飢餓に陥り、空腹に耐えかね、それから逃れようとした無謀な突撃までもが決行され、征伐隊が3度目の潮汐力発電砲台群による一斉射撃の餌食になった事にまで話が及ぶと、アウラングーゼはがっくりとうなだれてしまった。

「そんな・・。それでは、征伐隊の兵達は、ファル・ファリッジに殺されたようなものではありませんか。そこまで巧妙な罠の張り巡らされた要塞など、無理に攻略しようとするのは自殺行為です。素直にプラタープ・カフウッドの実力を認め、長期の包囲と封じ込めのみに戦略を切り替えるべきだったのだ。」

「全くです。軍事政権の面子(めんつ)などにこだわり、あんな難攻不落の要塞の絶対攻略を厳命するなど、その為に、所領に残した家族まで人質に取るなど、愚かと卑劣を極めた策、としか言えませんな。」

「そこまで戦況が悪化しているとなれば、わが『ベネフット』ファミリーにも出陣の命令が下るのは当然ですな。」

 やや気持ちを回復させた様子のアウラングーゼは、鋭い視線を前方の空間に放っている。いよいよ、何かを決断しなければいけない気配を、彼は強く悟ったようだ。

「度重なる大敗で権威は失墜し尽くし、大軍を『カフウッド』に貼り付けたことで余剰戦力も底を付きつつある。今の軍事政権は、ガタガタの状態だ。こんな状況で、軍政中枢でも最大規模の軍閥である『ベネフット』ファミリーを解き放つ事が危険なものだ、とファル・ファリッジの奴は感じないのですかな。」

 アウラングーゼの決意の察知を、(ほの)めかすようなアジタの言葉だ。

「いや、奴は私を解き放つ危険を、十分に認識しております。その証拠に、出征に当たっては我が妻子を、人質として『エッジャウス』に置いておくように、との密命も伝えてきました。」

「妻子を・・ですと!あなたの妻と言えば、ラフィー殿の妹君では無いですか。ファル・ファリッジの主であるアクバル・ノースラインにとっても、血を別けた同族という立場ですぞ。そんな方々を人質に取ってまで、あなたの動きを縛るつもりか、ファル・ファリッジの奴は。」

「そうです。そして、そこまでしなければ解き放つのが不安な私を、『カフウッド』征伐に向かわせると決めたわけですから、ファル・ファリッジの感じている焦りも尋常なものではない、という事です。もう本当に、軍事政権は、ギリギリのところまで追い詰められている、と言っても良いでしょうな。」

「軍事政権の滅亡も間近だとすれば、アウラングーゼ殿も『ベネフット』の棟梁として、ファミリーを存続させる為の重大な決断を迫られますな。軍政と共倒れさせるわけには、いきますまい。」

 話がここにまで至ると、アジタとしても直接的な質問を投げかけざるを得なかった。

「はは、その言葉は、色々な者達から聞かされます。」

「やはり、そうですか。あなたに軍政への謀叛を持ちかける者など、星の数ほどいるでしょうな。」

 2人は同じような苦笑を浮かべる。

「中でも、最も活発なのは、チョードリー・セーブリー殿です。」

「はて?あの御仁は、ファル・ファリッジを含めた権力中枢に、最も媚びを売っていたのではございませんでしたか?たっぷりの賄賂をばら撒き、相当有利な所領経営を実現しておる、とも私は認識しておりますが。」

 斜め上を見上げ、記憶を探る表情のアジタだ。

「その通りです。そして、賄賂によって勝ち取った有利な所領経営から、潤沢な資金を用意しており、それを使って軍政打倒を目指す軍閥を、陰ながら支援しております。私も彼のおかげで、軍政に知られる事のない兵力や戦備の増強が、速やかに実施できる態勢が整っておるのです。」

「それはそれは、何とも狡猾な御仁ですな、チョードリー・セーブリーというのは。一方では軍事政権に尻尾を振り、もう一方では軍政打倒に向けて裏で糸を引いているのですか。軍政が続こうとも倒れようとも、どちらにしても有利な立場を維持できる為の布石を、あちこちにせっせと打ち続けておるのですな。」

「そんなところでしょうな。卑怯でずる賢いやり口、とも見えますが、軍閥棟梁として多くの家臣や領民の命運を預かっている立場としては、誰にどう蔑まれ罵られようとも、ファミリーを存続させる事が最優先、という想いにもなるのでしょう。」

「同じく棟梁として、ファミリーの命運を預かるアウラングーゼ殿には、チョードリー・セーブリーの狡猾極まる行動にも、理解が及ぶという事ですか。」

「ええ。まあ、()の御仁自身も贅沢好きで、豪勢な暮らしを捨てられぬところが玉に瑕ではありますが、ファミリーを守り抜く決意だけは見上げたものがあります。領民に過酷な税を課す事無く、賄賂や軍政打倒支援の為の潤沢な資金を確保して見せる手並みも見事だ。私や他の軍閥棟梁にしつこく軍政への蜂起をそそのかしておきながら、決して自分は軍政に歯向かう素振りを見せない。表向きは、最も軍政に従順な軍閥を装っている。あれくらいの狡猾さこそが、大勢の運命を預かる者には必要なのかもしれません。善意や誠実さなどでは、この乱世に守るべきものを守り切る事は、できないのかもしれません。」

「では、あなたも・・?」

 チョードリー・セーブリーは、説得の効果以上に彼自身の狡猾な身の処し方で、アウラングーゼに謀叛の決意を固めさせるのかも知れない、とアジタは思った。恩義あるラフィー・ノースラインを犠牲にしてでも「ベネフット」の存続を図る、という苦渋の決断への勇気を、アウラングーゼはチョードリー・セーブリーの生き様から得ようとしているのか。

「しかし、妻子が人質に取られる、というのは厄介ですな。まさか、妻子まで見殺しにする決断を・・・?」

 アウラングーゼには、苦し気な表情が浮かんでいる。彼の愛妻家ぶりは、軍事政権内でも定評がある。勿論、子も溺愛している。それをすら見殺しにする事を求められるとしたら、軍閥棟梁というのは何という過酷な立場だろうか。

「どんな過酷な決断でも、ファミリーの存続の為には成さねばならぬ。それだけの決断を棟梁が成せた軍閥のみが、この戦乱の時代を生き延びる、という事かもしれません。チョードリー・セーブリーが謀叛をけしかけている軍閥の中でも、そんな決断をできそうな棟梁は限られている。決断できぬ棟梁に率いられたファミリーには、明日は無いのか・・」

「例えば、ターンティヤー・ラストヤード殿、ですか?」

「おや、アジタ殿もお聞き及びでしたか、彼の者の事を。私もチョードリー・セーブリー殿から最近聞かされました。彼は今、軍政に対して爆発寸前だそうですな。しかし、ラフィー総帥への恩義などもあり、最期の決断を下せないでいるそうだ。彼は一族の和を尊ぶ者だから、一族の者達からの突き上げがあれば謀叛に踏み切るだろうという事で、チョードリー・セーブリー殿は一族の者への説得を、強化する所存のようだが。」

 アジタは、ビルキースからターンティヤー・ラストヤードの現状は聞かされていた。棟梁である彼の不在である隙に、彼の所領からは領民や糧秣が軍政に徴発され、勝手に持ち出されたり連れ出されたりしたらしい。その事で怒り心頭に発しているターンティヤーだが、軍政打倒への最後の決断は未だ下していない、との報告を受けていた。何度も一族の者と協議を重ねて方針を検討しているが、国中に散らばる一族全員が顔を揃えるのも難しく、今になっても結論に至らないらしい。

「まあ、しかし、未だ『カフウッド』征伐への正式な命令が、私のもとに届いたわけではありません。」

「そうですな。それを待ってからでも、決断は遅くは無いでしょうな。いや、命令が下って『エッジャウス』を進発しても、『カウスナ』領域に到着するまでは、結論を先延ばしする余地はございます。」

「なるほど、そうですな。『カフウッド』征伐に参戦する瞬間まで、軍政を支えるのか、倒す側に回るのか、結論を先延ばしにできる。いや、逆に、結論を急がず、直前まで情勢を見極めるようにしよう、というお考えですか?」

「ええ。『ギガファスト』での戦況や『ラストヤード』等の軍閥の動き以上に、動きを注視すべきお方がおられますからな。」

「ムーザッファール皇帝陛下、ですな。『アウトサイダー』の手引きで『ニジン』星系から脱出する可能性のある、という。それに、軍政の拠点である『シックエブ』や『エッジャウス』を直接に脅かす勢力が出て来るかどうかも、見極める必要がある。」

 アジタはカイクハルドやビルキースの報告で、それらの動きもある程度抑えている。「レドパイネ」が「シックエブ」に突撃し、ムーザッファールが開放されて軍政打倒への檄を飛ばす。それらの動きは着実に、実現への道を進んでいる。この2つの動きが実現した時こそ、アウラングーゼにもターンティヤーにも、決断の時が来るだろう。

 その決断は、アジタの敬愛するラフィー・ノースラインを破滅に導くかもしれない。アジタの古い友人であるカイクハルドとその仲間達の努力を、無に帰すものになる可能性もある。場合によっては、「グレイガルディア」に終わりの見えない泥沼の長期的混乱をもたらすのかもしれない。

 アジタには恐ろしかった。銀河連邦エージェントとして、この「グレイガルディア」に安寧をもたらす為に、彼はここに来た。そして十数年に渡って軍事政権への助言を続け、善政に導く努力をして来た。その中で、「グレイガルディア」を愛しく思う気持ちも醸成されているし、軍事政権にも、不満は多々あるものの愛着も感じている。ラフィー・ノースラインに至っては、心からの親愛の情を持つ至った。

 それらに滅亡や破滅や混乱が訪れようとしているとすれば、アジタには恐ろしく悲しい事だった。「グレイガルディア」にとって、彼の愛する者達にとって、どんな結末が最も望ましいのだろうか。アジタには分からなかった。

(いったい、どうすれば良いのか。どうなるのが良いのか。)

 アジタは問いかけた、心の中に棲む、古い友人達に。かつて、「銀河連邦グレイガルディア第1支部」と呼ばれる宙空建造物の中で想いをぶつけ合った仲間達に、切実な問いを発せずにはいられなかった。

「どうしたものかな?カイクハルド、ジャールナガラ、イシュヴァラ・・・それから、ビルキース」

今回の投稿は、ここまでです。次回の投稿は、'19/3/9 です。

原始惑星系というものを登場させてみました。例によって、細かい部分は作者の想像や創作が含まれています。どこまでが科学的知見で、どこからが作者によるフィクションなのか、は読者様各位でご確認頂きたく願います。それで、そういうものが宇宙にあり、我々の太陽系の形成過程の解明にも利用されている事も含め、関心を持って頂ければ作者としては幸福の至りです。弱い重力での現象というのも、しつこく叙述させて頂きました。従来の宇宙SFに不足していて、でも宇宙を描くなら必要だ、と作者が強く思っているものです。読者様にとっての、宇宙に対するイメージを少しでも変化させられていたら、嬉しく思います。というわけで、

次回 第59話 女スパイと宇宙商人 です。

スパイの方は、何度か出てきているので分かるかと思いますが、商人の方は、ここまで話が進んでの初登場ということになります。どちらも、今回の話の最後にアジタが名前を思い起こしていたので、「あの人だ」というのはお気づき頂けていると思います。あっちこっちに視点が移動しますが、それだけ、「グレイガルディア」全域での動きが活発になっているということです。何十光年も離れた、複数の場所での出来事を、同時進行的に理解して頂かなくてはならない、複雑な局面です。登場人物や団体・施設の一覧みたいなものを用意すべきなのかもしれませんが、本文中でも分かるような説明を加えているつもりなので、とりあえずそういった一覧を作る予定はありません。カイクハルドとその仲間の5人を起点として整理すれば、ご理解頂けるのではないかと思いますので、よろしくお願い致します。ここからをお楽しみ頂くには、状況を整理して把握して頂く必要が出てくると思いますので。

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