第4話 乱戦・必死・決死
物量にモノを言わせた圧倒的な攻撃で、戦闘艦の優位を見せ付けようとしたらしかったが、敵は、色々と計算違いをしていた。前後に2重・3重に散開弾を展開させる為には、1つ目の壁と戦闘艦の間に、十分な距離を開ける必要がある。
ある程度速度を稼がなければ、衝突エネルギーで敵を撃破する散開弾は威力を持ち得ないので、加速の為の距離が必要だ。加速を終える前に展開は出来ない。展開後の金属片に加速能力など有るはずはないから。
更に、展開してから最も効果のある範囲や密度に広がるまでに、それなりの距離を飛ばなければいけない。
一つ目の壁の後ろに、それだけの距離が無ければ、2重・3重の壁というのは機能しない。
だから敵中型戦闘艦は、1つ目の散開弾を、自分達から十分距離をとった位置、つまり「ファング」にかなり近い位置で展開させようとした。それが、計算違いを招いた。
「ファング」は、敵の想像を遥かに上回る加速度で接近していた。敵にすれば、なぜパイロットが生きていられるのか分からない程の加速度を、発揮している。その為、1つ目の散開弾の展開は近過ぎた。「ファング」は、散開弾の撒き散らした金属片に突入する事無く、未だ広がっていない金属片群の横から、回り込んで避ける事が出来た。
回り込む「ファング」の速度と軌道も、敵にはあり得ないものだ。遠心力でパイロットを確実に殺害しているはずの速度と旋回半径で、「ファング」は飛翔している。
1つ目の散開弾を回避してみると、2つ目と3つ目もやはり回避可能だった。「ファング」は、少し遠回りをしただけで、散開弾の突破などする必要もなく、敵中型戦闘艦への肉薄を成し遂げた。
が、敵艦にはそれでも、大量のレーザー銃という武装があった。さっきの小型戦闘艦は、散開弾の突破に意表を突かれ、一射もできずに最初の攻撃を許したが、今度の中型艦のレーザー銃は、手ぐすねを引いて「ファング」の飛来を待ち受けていた。
その敵の目に、花火と見紛う光景が展開する。「ファング」が一気に、放射線状に広がったのだ。単位ごとに分かれて散開し、それと同時にミサイルを放った。
1つの“的”が、突如5個の的になった。それも、瞬く間にその距離を広げる。敵レーザーは、どれを標的として良いか判断できないはずだ。制御を任されたコンピューターは、オペレータに問い合わせる為のメッセージを、ディスプレイに表示させただろう。
オペレーターの返答の入力は、「ファング」の攻撃の着弾に間に合わなかったらしい。敵艦のレーザーは照射する前に、金属片に叩き潰された。5隻の「ヴァイザーハイ」が放った内の2発が散開弾であり、先行して展開し、敵に到達していた。
ちなみに、「ファング」の放つ散開弾「ヒビスクス」に、加速距離はそれほど必要ない。「ファング」自体が猛烈な速度で飛んでいるので、その前方に射出されたミサイルは、もうすでに十分な破壊力を持つ速度で飛んでいる。発射直後に展開しても、何も問題は無い。そして、金属片の展開範囲も、戦闘艇保有型の「ヒビスクス」の方が狭いので、展開に要する時間も短い。
敵散開弾が十分展開できなかった距離でも、「ファング」の放った「ヒビスクス」は十分に展開し、敵艦の表面構造物を薙ぎ払った。更にそこに、「ココパルメ」1発と「ヴァルヌス」2発もたたみ掛ける。眩い光の数々に彩られた艦体は美しくもあったが、惨たらしい破壊と殺戮を伴うものだ。
それでも、敵艦の負った損傷は限定的だった。「ファング」の攻撃に、備えができていたようだ。表面近くに可燃物を配置するような愚は犯しておらず、ミサイル発射口に命中した「ココパルメ」も、戦闘艇格納庫付近に着弾した「ヴァルヌス」も、大きな誘爆を引き起こす事は無かった。
レーダー設備やレーザー銃も、さすがに中型戦闘艦は引き込み式のものを装備しており、それらの中には、「ヒビスクス」や「ヴァルヌス」や「ココパルメ」の衝撃を耐え抜いたものが幾つかあった。分厚い装甲の内側に収納される事で、攻撃を凌いでいた。
敵艦を飛び越す「ファング」第1戦隊の背後から、敵戦闘艦はレーザーを見舞って来る。陣形を素早く反転し、最後尾に付けた「ナースホルン」の流体艇首で防御する。進行方向にスラスターを噴きつけ、パイロットの耐久力限界のブレーキをかける。未だ十分な戦闘力を有する敵中型戦闘艦に、反復攻撃を仕掛ける為だ。このまま放っておけば、第3・4・5戦隊の行動を妨害される。
「第2戦隊の連中も、突撃の構えだぜ、かしら。」
カビルが吠える。「俺達と第2戦隊で反復攻撃を仕掛ければ、中型と言えど、長くは持たねえだろう。」
「カビル、忘れてないか?『レオパルト』も来てるんだぜ。」
「おっと、そうだった。なかなか来ねえんで、忘れてたぜ。」
「来ないんじゃねえ。あれは離れたところからの散開弾攻撃に徹する戦術だ。距離を保ちつつ、同一平面上に広く展開しようとしてやがるぜ。」
レーダー用ディスプレイを睨み付け、敵の配置を見極める。2隊に別れた敵が、それぞれ距離を置きつつ、円盤状に整列している。
「厄介だな。2方向からの散開弾は、ちょっとやばいぜ。」
ちょっとどころか、2方向からの散開弾を突破する術は、「ファング」にもない。攻撃型の「レオパルト」にはたっぷり積まれているはずの散開弾を、2方向から次々に見舞われれば、それだけでも全滅しかねない。
カイクハルドは素早くマーキングを施す。第1・2単位と第3・4・5単位の2つに分け、それぞれ敵「レオパルト」の1隊を標的とした。
「先に撃て、カビル!『リーリエ』だ。」
「応、発射っ!」
未だ整列の完了していない「レオパルト」の編隊に向けて、「ファング」装備の散開弾「リーリエ」が疾駆する。展開範囲は狭くとも、密度の高いタイプの散開弾だ。そのあとを追うように、「ヴァンダーファルケ」も虚空を走る。
「レオパルト」の隊形遷移の速度は、「ファング」とは比較にならない。明後日の方向に漂って行こうとするのがあるかと思えば、衝突しそうになってる奴等もいる。モタモタ、ノロノロといった印象だ。コンピューターに隊形を記憶させ、制御させる事もしていないだろうし、日ごろから訓練などもしていないようだ。
戦いへの備えを全くしていなかったのが、今、相手にしている軍閥「ティンボイル」ファミリーだ。ようやく隊形を整えたと思った時には、眼前に「ファング」の放った散開弾による金属片群の壁が迫っていた。
敵は構わずミサイルを放った。軍閥の戦闘艇に搭載されている散開弾「キルシュバーム」だ。中型戦闘艦の攻撃に向かっている、「ファング」第2戦隊を狙う攻撃だ。今撃たなければ間に合わない、と思い、無理にでも撃ったのだろう。図体の小さいミサイルならば、金属片の隙間を上手くすり抜けてくれる、との期待も、あるかもしれない。
確かに、軍閥保有の散開弾、「キルシュバーム」の作った金属片群を抜けるのならば、その可能性も低くはないだろうが、ファングの「リーリエ」の金属片の密度は、「キルシュバーム」を遥かに凌駕している。数発放った「レオパルト」のミサイルは、全て展開する事なく「リーリエ」の餌食となった。
展開する前に撃破された散開弾は、何の役にも立たない。撃破による爆発でも金属片はばら撒かれそうなものだが、細長い金属片の全てが、角度を揃え、同じ方向を指向して、均一に拡散しなければ意味がない。それが散開弾だ。絶妙に計算し尽くされ、展開された金属片群と、無秩序に飛び散った金属片では、わけが違う。
あらゆる方角に飛び散った破片の密度は、無視して良い程小さく、縦方向に高速で飛翔していない金属片に、破壊力は無い。取るに足らないデブリと化している。
「レオパルト」の放った「キルシュバーム」はそうなってしまったが、「ヴァイザーハイ」の放った「リーリエ」はそうならなかった。破壊力抜群の高密度金属片群のまま、「レオパルト」に襲いかかる。数隻が餌食となって爆散した。
それでも、広く展開していた「レオパルト」の多くは、「リーリエ」の拡散範囲の外側に飛び出す事で、回避に成功した。回避できてほっとした「レオパルト」のパイロットは、驚いた事だろう。「リーリエ」が展開した金属片群の背後に身を隠すようにして、「ヴァンダーファルケ」が既に鼻先にまで迫っていたのだから。
ギョッとしたものか、「レオパルト」は敵影を目前に、等速直線運動となっている。戦闘艇の格闘においては、パイロットが何もしていない状態が等速直線運動だ。茫然自失になっている事の傍証となる。
その「レオパルト」に、相変わらず「ヴァンダーファルケ」は螺旋を描いてアプローチ。当然のごとく「ヴァイザーハイ」と「ナースホルン」もサポート位置に付けている。お決まりのフォーメーション攻撃。
が、
「ワンオンワンだ!急げ。」
叫んだカイクハルド。
ワンオンワンは、「ファング」の戦闘艇1隻が敵1隻を狙う攻撃スタイルだ。つまり、フォーメーション攻撃の放棄だ。ここまで十分な実績を上げて来たフォーメーション攻撃を止めるように、カイクハルドは指示を出した。
もし、螺旋を描いて標的とした「レオパルト」に肉薄する「ヴァンダーファルケ」に、他の「レオパルト」がレーザー攻撃を仕掛けて来れば、いつも通りのフォーメーション攻撃で良かった。標的以外の敵の攻撃は無視して、マーキングした標的の撃破を優先するのがいつものやり方だった。、それ以外の敵は、無視していてもレーダーとコンピュータの連動による自動射撃が、しっかりと対処してくれる。
だが今、ターゲット外の「レオパルト」は、ターゲットに襲いかかる「ヴァンダーファルケ」に接近を図る事も無く、それどころか、一目散に離れて行く動きを見せている。離れた位置から、散開弾「キルシュバーム」を食らわせて来る算段だろう。
散開弾を突破できるのは、「ナースホルン」を先頭に、全艇が流体艇首の傘の陰に隠れている場合のみだ。それも、1方向が限界で、2つ以上の方向から散開弾を見舞って来られれば、「ファング」とてなす術は無い。流体艇首に守られていない「ヴァンダーファルケ」や「ヴァイザーハイ」には、1方向からの散開弾攻撃でも、防ぐ手立てはない。
いつも通りのフォーメーション攻撃に、こだわってはいられなかった。ワンオンワンに持ち込めば、こちらの全ての戦闘艇の近くには敵の戦闘艇がいる訳だから、敵も「キルシュバーム」での攻撃はやりにくなる。味方に当ててしまう事になるから。より多くの敵に攻撃を仕掛ける事で、ミサイル発射体勢に移行する敵を減らす効果もある。
「ファング」の全戦闘艇が、果敢に1対1の格闘を仕掛けていく。格闘に不向きな攻撃タイプの「ヴァイザーハイ」や防御タイプの「ナースホルン」も、今は、やるしかない。カイクハルドも、1隻の「レオパルト」に突進して行く。
敵は逃げる。カイクハルドは追う。ぐんぐん距離は縮まる。加速度は雲泥の差だ。
マシンの加速性能の差では無い。「ナースホルン」の加速性能を最大に発揮すれば、カイクハルドは、まず死ぬ。敵もそうだろう。彼我の加速度の差を分けるのは、パイロットの身体能力だ。カイクハルドの体の方が、敵パイロットのそれより強い加速重力に耐えらる、という事だ。
ブラックアウト寸前の頭で、敵は驚愕しているに違いない。自分達がかろうじて失神を堪えている加速度より、遥かに強い加速度で迫って来る敵戦闘艇に。もう死んでいるかも、などと、敵はパイロット2人で話し合っているかもしれない。コンピューターだけが生き残って自動操縦状態になっているのでは、などの意見を、ぶつけ合っているかもしれない。
敵は転進した。加速を少し押えて、進路を変えた。そのままの加速度で旋回したら、敵パイロット達は死んでしまう。
もしパイロットが死んでいるなら、「ナースホルン」はそのまま真っ直ぐに飛んで行くはずだ、と敵は考えたのだろう。
が、「ナースホルン」はぴたりと張り付く。自動追跡モードなのか?と、敵は疑ったかもしれない。が、それも裏切られた。「レオパルト」が旋回を止め、直進運動に戻ったタイミングと、「ナースホルン」が同じく旋回を止めて直進に転じたタイミングが、ピタリと一致したから。
自動操縦なら、そうはならない。コンピューター制御とはいえ「レオパルト」の動きをレーダーで捕えてから、コンピューターが「ナースホルン」の動きを修正するまでには、少しはタイムラグがあるはずだ。ピタリと同じタイミングで、直進運動に切り替わるはずがない。
「ナースホルン」は“見込み”で直進運動に入ったのだ。「レオパルト」の動きを先読みしたからこその運動だ。それは、人間にしかできない。それも、十分に経験を培った超一流のパイロットにのみ、可能な芸当だ。
「レオパルト」のパイロット達は、二重に恐怖を感じているに違いない。とてつもない加速重力への耐久性をもったパイロットが敵である上に、その敵に、自分達の動きが読まれている事が明らかになったのだ。
更に、今の転進は、彼我の距離が縮まるのを、大幅に早めた。速度を落とした転進をしたのに、その動きが完全に読まれていた上に、「ナースホルン」は加速を続けたままだったから。レーザーの射程距離まで、あとわずかだ。
その射程距離も、敵には驚きのはずだ。これまでの戦闘データーは、敵も報告されているはずだから、「ファング」の戦闘艇搭載レーザー銃の射程は、敵にも知るところとなっているだろう。それは、敵のレーザー銃を大幅に上回っているのだ。
「レオパルト」のレーザーは通じないが「ノースホルン」のそれは通じる、という距離が存在するという事だ。そんなレーザー銃がこの「グレイガルディア」星団に存在するなど、敵パイロット達は、聞いた事も無いだろう。敵が、驚きと恐怖の只中にいる事は、間違いない。
「ナースホルン」の射程に入る直前、敵はランダム微細動を展開し始めた。それで「ナースホルン」のレーザー攻撃を躱しつつ、「レオパルト」の射程に入って来るのを待つ。敵にはそれしか無かった。
「ナースホルン」はレーザーを放った。5連射撃だから、ランダム微細動を展開しても、命中する確率は高いのだが、敵は運が良かった。1回目の射撃は外れた。1秒弱の後に2回目の射撃が来る、と敵は予測するだろう。実際はもっと早くの射撃も可能だが、敵は敵の装備の性能を基準にして判断しがちなものだ。「レオパルト」のレーザーの発射間隔はそんなものなのだ。
そして、そのタイミングで敵は再び転進する、とカイクハルドは読んでいた。次の5連射撃を、ランダム微細動では躱し切れそうにない、と敵は考えるはずだ。だから、その射撃が来る前に転進するだろう。タイミングは絞れた。後は方向だ。
転進をする瞬間の、直前のランダム微細動の運動方向に転進する。それがカイクハルドの読みだ。
タイミングは入力済みだ。そのタイミングでコンピューターは、その直前0.1秒の、レーダーが捕えた敵の運動方向を認識し、その延長線上に向けて5連射撃を加える。それが、カイクハルドがキーボードを叩いて入力した、射撃プログラムだった。
「レオパルト」は転進した。その軌道のすぐ後ろを、「ナースホルン」の放ったレーザーが通過する。射撃は外れた。僅かに遅かったようだ。敵の転進のタイミングが、カイクハルドの読みより、0.02秒程早かったらしい。まんまとカイクハルドの攻撃を逃れた「レオパルト」。
が、その「レオパルト」の進行方向にもレーザーが照射されていた。既にレーザーに切り裂かれている空間に、「レオパルト」は自ら突入した。装甲が急加熱され、内部の噴射剤が爆発的に熱膨張し、「レオパルト」の装甲は、内側から食い破られた。
爆発の衝撃で、パイロット達の五体は引き千切られ、真空の宇宙に吸い出されて、無残に飛び散って行った。
「ナースホルン」のレーザー銃は2門ある。その2門を、少しずつ照射位置をずらして、「ナースホルン」は撃ったのだ。それが、カイクハルドの入力したプログラムだったから。読みが少し遅れる事も、カイクハルドの想定の範囲内だった。
「ナースホルン」のレーザーが1門だったならば、「レオパルト」のパイロットも助かったかもしれない。この時代、この宙域にある防御タイプの戦闘艇に、2門のレーザー銃を持つものなど無いはずだった。「ファング」の常識破りなスペックが、また一つ、軍政側の人命を奪った。
撃破と同時にカイクハルドは、「ナースホルン」を急旋回させる。このタイミングを狙って、さっきから攻撃体勢をとっている敵がいる事に、彼は気付いていた。
敵「レオパルト」は、「ファング」より数が多かったから、ワンオンワンの闘いを仕掛けたところで、フリーになる敵は出てくる。そいつは、近くに味方がいない状態の「ファング」戦闘艇を見つけ次第、散開弾攻撃を仕掛けるつもりで、チャンスを伺っていた。
カイクハルドが「レオパルト」1隻を追い詰めつつあるのを見て、味方がやられ、味方を撃ってしまう心配がなくなるや否や、散開弾攻撃を仕掛けよう、と別の「レオパルト」が企んでいた。カイクハルドは急追撃破の只中にあって、抜け目なくそれを察知していた。
「レオパルト」が「キルシュバーム」を放つ。その射線と直角に走る「ナースホルン」。横方向に逃げて、散開弾の展開範囲を大きく迂回する軌道に出る。
散開弾が炸裂、展開、金属片の壁が広がる。と、その瞬間、また「ナースホルン」は急旋回。真っ直ぐに飛び続けた方が、楽に、確実に散開弾を回避できたはずだが、カイクハルドは敢えて方向を変えた。それでも散開弾を回避できる、と咄嗟に判断した。
果たして、「ナースホルン」は紙一重のところで散開弾を回避。同時にレーザー射撃のプログラムを入力する。
敵は、最後の転進を「ナースホルン」がしなかった場合の軌道の、延長線上に現れる、とカイクハルドは読んでいた。
散開弾の壁は、一時的に両者の姿を隠す。敵は、壁に隠れる寸前の、最後に見えた「ナースホルン」の軌道から、転進などしないもの、と思い込んでいるはずだ。襲い来る金属片群を避けるのに精いっぱいで、転進する余裕など有るはずがない、と決めつけているに違いない。そして、その進路前方に躍り出て、レーザー射撃を浴びせる事を企図するだろう。
散開弾を回避した直後になら、隙が出来るはず。回避に成功してほっとしている一瞬の虚を突けば、確実に撃破できる。そんな期待を持って敵は、「ナースホルン」を目指して来るとカイクハルドは読んだ。
そして、読み通りの位置に、「レオパルト」は姿を現す。「レオパルト」からも、「ナースホルン」の姿が捕えられたはずだ。もちろん、肉眼では無くレーダーで捕えるのだ。肉眼で見る事など、絶対に不可能な距離と速度の戦いだ。
レーダーとコンピュータで制御される戦闘であるとはいえ、パイロットの読み通りの位置に敵を見つけた「ナースホルン」と、パイロットの予測もしない位置に敵を見い出した「レオパルト」では、射撃の速度も精度も違ってくる。
「ナースホルン」のレーザーが、「レオパルト」を焼いた。ランダム微細動も発動していない敵に対する射撃なので、5連射撃もしない。1発だけのレーザー照射が、正確に敵を捕らえた。
あと0.1秒あれば、「レオパルト」も「ナースホルン」への射撃ができたかもしれないが、一瞬の遅れは射撃の機会すらも奪い、精度の差の比較もできないままに「レオパルト」は爆散し、2つの人命共々、虚空に掻き消えて行った。
カイクハルドは、射撃プログラムを入力した時点でこの敵への関心を失っていた。レーザーの命中を疑ってもいなかったし、結果を確認する気も無かった。撃破された敵は、撃破される前に存在を忘れ去られていた。
カイクハルドの関心は、別の方向に転じてしまっていた。猛禽類のような眼の鋭い光が、ディスプレイを貫かんばかりに睨み付ける。
「ミサイル、飛来してるぞ!中型戦闘艦から来たやつだ。」
味方に警戒を促す叫びをあげた。同時に、中型戦闘艦の戦況を確認する。
「ファング」第2戦隊も、中型戦闘艦への攻撃は成功させていた。「ココスパルメ」や「ヴァルヌス」を敵艦外部装甲に叩き付け、炸裂させ、傷を負わせていた。あちらこちらで凹んだりひび割れたりした、無様な外部装甲を曝しつつ、しかし敵戦闘艦は、未だ十分な戦闘力を維持している。さすがに中型となると、小型とは耐久力が違う。
そして中型艦は、反復攻撃を企む目先の敵を差し置いて、離れた位置で「レオパルト」と格闘する第1戦隊を攻撃して来たのだ。
第2戦隊の攻撃では深刻なダメージは受けない、と楽観的な解釈をした事による余裕かもしれないが、それよりも、敵もここへ来て、決死の覚悟を固めつつあるのかもしれない、とカイクハルドは思った。
敵中型戦闘艦は、たとえ第2戦隊に撃破される憂き目に会おうとも、第1戦隊を仕留めるつもりになったのかもしれない。そのくらいの覚悟で臨まなければ倒せない敵だ、と今にして気付いたのかもしれない。
ともかく敵中型戦闘艦は、目の前の第2戦隊にはレーザー銃による攻撃だけで対処して、ミサイル攻撃は、第1戦隊に浴びせかけて来た。20発程のミサイルが、それぞれ違った軌道を描いて、飽和的に、「ファング」第1戦隊を包み込むように迫って来る。2手に別れて「レオパルト」の撃破に取り組む第1戦隊のそれぞれが、10発ずつのミサイル攻撃に曝される。
弾種はまだわからないが、対戦闘艇用の追尾型ミサイルだろう、と思った。戦闘艦搭載の巨大なミサイルから、10個ほどの小型ミサイルが分離・展開され、それぞれが1隻の戦闘艇に狙いを定めて追尾し、激突し、炸薬を破裂させる、というものだ。
「ファング」にとって、対処に難のある攻撃では無い。真っ直ぐに飛び、追いすがって来るミサイルをレーザーで撃破すればいい。「ファング」に可能な加速度で飛べば、ミサイルとて追いすがるのに時間がかかり、十分にレーザーで撃破できる余裕は生まれる。
だが、今、第1戦隊は、「レオパルト」に対処している。ワンオンワンで、第1戦隊の全艇が敵に張り付き、肉薄し、攻撃を仕掛けている。そうしないと、「キルシュバーム」の攻撃に曝されるのだ。
追尾型ミサイルに追いかけられたら、「レオパルト」への攻撃は中止し、ミサイルの撃破に専念しなければいけないが、それで「レオパルト」から離れてしまえば、「キルシュバーム」の攻撃を食らう事になる。「レオパルト」が近くにいない「ファング」にならば、敵は存分に散開弾攻撃を仕掛けられるのだ。
「やばいな、これは。」
さすがのカビルも、緊張を孕んだ呟きを通信機から漏らして来た。
「展開する前に、1個でも破壊しろ。」
10個の小型ミサイルに分離して、バラバラに飛び散った後では、対処がより困難になる。なるべくその前に叩きたいのだ。
一番手近にある分離前のミサイルに、カイクハルドは「ナースホルン」を突進させた。大型でランダム微細動等もしていないミサイルだから、射程圏内にさえ捕えれば、撃破は容易だ。が、中型戦闘艦の放った10発のミサイルは、それぞれ違った方向から飛んでくるのだ。1つ1つ、撃破するしかない。
カイクハルドの「ナースホルン」は1発のミサイルを撃破した、が、同時に散開弾攻撃に曝された。敵戦闘艇に肉薄していないと、すかさず「キルシュバーム」で狙われる。今度は金属片群の壁を大きく迂回するのは不可能だ。もう、間に合わないくらいの距離と広がりだ。
カイクハルドは、「ナースホルン」に流体艇首を展開させた。状況に応じて、収納したり展開させたりできるのが、流体艇首だ。これで、確実に散開弾を防げる保証は、ない。円錐の頂点付近に、一定以上の勢いと、絶妙の角度で突入されれば、金属片は流体艇首を突き抜けて、「ナースホルン」を破壊するだろう。
流体艇首からちょこんと突き出したレーダー設備が、金属片の位置を捕える。無数のそれらの位置や速度や角度を認識して行く。コンピューターは、確実に突破できるポイントを見つけられなかった。撃破される可能性が絶望的に高い、とコンピューターが結論付けた密度で、金属片は向かって来る。
「ヴァルヌス」は、残り2発だ。どうしても金属片群を突破できそうにないなら、これを使うしかないが、後2発しかないものは、可能な限り温存したい。まだまだ、戦いは続きそうなのだ。
といって、ここで死んでは意味がない。“かしら”である彼の死は、かなりの確率で「ファング」の全滅を意味する。絶対に撃破されるわけにはいかない。
「ヴァルヌス」を使うか、使わないか、判断が難しい。が、カイクハルドは、始めから使わないつもりだった。使わずに切り抜けて見せる、という決意が、初めからあった。
レーダーとコンピューターによる観測と計測では、金属片の1つ1つの細かい形状までは捕えきれない。無論、カイクハルドの肉眼で捕えられるはずもない。
だが、カイクハルドは知っている。この弾種の製造工程にまつわる事情や、構造上の問題などを。
金属片群には、ミサイルの中に詰め込まれている、細長く先端の鋭利な、破壊力を極限にまで高めたものがある一方で、ミサイル自体の構造体由来の、あまり細長くもなく、先端が鋭利でも無く、破壊力の小さいものも混ざっている。更に、ミサイル内にできる限りぎっしりと金属片を詰め込む為に、長さや先端の尖り具合を犠牲にしている金属片もある。
つまり、今前方から迫り来る無数の金属片群の、どれかは破壊力が高く、どれかは破壊力が低い。それを確実に見分ける術は無い。レーダーとコンピュータにも、それを識別する能力は無い。ここから先の判断は、勘の領域だ。
破壊力が低い金属片であっても、彼我の相対速度によっては「ナースホルン」にとって致命的な破壊力を持っている可能性もある。それが、どれくらいの相対速度なのか。その判断も、勘だ。
カイクハルドは、勘で突破位置を決めた。全く根拠のない判断でも無い。敵のミサイルの入手経路は、調査済みだ。今、敵が保有しているミサイルを作った兵器工廠の特徴も、知っている。同じ工廠が作ったミサイルを、何度も戦場で見て来た。それらの知識と経験と、そして勘、それらがあるポイントをカイクハルドに示した。
そのポイントならば、流体艇首の防御のみで、金属片群を突破できる。後は、それを信じて祈るだけだ。判断が間違っていれば、「ナースホルン」は爆散し、彼の体と命は虚空に消し飛ぶ。「ファング」も全滅する。何もかも終わる。が、それだけの事だ。
(別に、どうって事ねえ。)
カイクハルドは思った。
自らの命を削って、襲ったり殺したりして糧を得て来た。命懸けで奪った食料を、思うままに食い漁った。数百の女達を、死の危機に迫られながら気の済むまで犯した。それが盗賊兼傭兵だ。そんな生業で、何十という年月を生きて来た彼だ。無残な死を迎える覚悟など、とっくに出来ている。殺されて当然の人間だ、と自覚している。死への恐怖など、とっくに忘れている。いつ死ぬか分からぬ日々を、その時はその時だ、と割り切って生きて来たのだ。
(今ここで死ぬとして、どうって事はねえ)
が、ただ手をこまねいて死ぬことは無い。やれる事を全てやって、それでだめなら死ねば良い。だが、やれる事は全てやる。そんな達観が、カイクハルドにはあった。
最も突破の可能性の高い、と彼の勘が告げるポイントに、「ナースホルン」を配置した。やれる事は全てやった。もう良い。後はどうにでもなれ。死ぬなら死ねば良い。そんな思いの中で、カイクハルドは叫んだ。
「ナーナク、65-81、ダッシュ!」
数字の羅列は方角だ。現在のナーナクの「ヴァンダーファルケ」の進行方向や姿勢を基準に、縦の角度と横の角度を、360°で分解して示している、その方向に全力で転進しろ、という指示だ。
ミサイルの撃破に集中していたナーナクの「ヴァンダーファルケ」が、「キルシュバーム」の攻撃を受けたのだ。それを回避し、且つ「レオパルト」の一隻に即座に肉薄するのに、最も合理的な移動方向をカイクハルドは教えたのだ。
自身が命の瀬戸際にあっても、カイクハルドは仲間の状況を監視し、理解し、もっとも的確な指示を発してみせた。
どんな状況にあっても、常に彼の意識の一部は、仲間の状況の確認に置かれている。常に仲間を意識している。そうでなくては、組織の長など勤まらないのだ。
組織の長という役柄を拝命しておきながら、自分の事しか頭にないような奴は、生きる価値もない愚物だ、と彼は思っている。「ファング」という一団を率いる彼の、それは譲れない矜持だった。
「カビル!来るぞ、11-72だ。」
カビルにとってのその方向から、「キルシュバーム」を撃ち込もうとしている「レオパルト」がいるのだ。カビルは別の1隻の「レオパルト」に肉薄しているが、カイクハルドは、散開弾を撃つ可能性がある、と判断した。仲間に当てても構わない、という意識での射撃に打って出る、と敵の動きから判断した。
そして、実際にそうなった。カビルから見て11-72の方角にいる「レオパルト」が、仲間を確実に巻き添えにするような散開弾攻撃を、見舞って来た。
「いよいよ、必死だな、こいつら。」
特に驚く様子もなく、カビルは冷静に対処行動に出た。
そこまで確認した時に、カイクハルドの「ナースホルン」が散開弾の壁に突入する。
ガリッ
と、鈍い音が轟くとともに、「ナースホルン」は激しく振動した。
今回の投稿は、ここまでです。次回の投稿は、 '18/2/3 です。
まもなく2月というのに作品の完成が全く見えて来ない事態に、大変な驚きと焦りを感じている作者です。2週に1回の投稿は余りにもテンポが悪く、せっかく読んで頂けている読者様に見放されてしまいそうで怖いのですが、完成する前にあまり進んでしまって、後で基本設定に変更を加えたくなったらどうしよう、とか、すでに発表した部分を改定するのも気が進まないし・・・、などなど、悩みつつ、結局2週に1回の投稿で、もうしばらく行かせてもらう所存です。
本編は「バーニークリフ」攻略戦がたけなわですが、分かり易さとリアリティーと迫力の、両立の難しさに四苦八苦です。何度読み返しても、モタモタとして滑らかさに欠ける文章に思えるのですが、分かり易さやリアリティーや迫力を考えると、滑らかにする方法が思いつかない状態です。頭の中で想像するのは簡単でも、それを文章にするのは難しいものだ、と痛感しています。
どれだけ想像した戦況が伝わり、楽しんで頂けているかは分かりませんが、「ファング」が徐々に追い詰められつつあることはご理解頂けているのではないか、と思います。中型戦闘艦と攻撃タイプの戦闘艇の連携に、手こずっています。「ファング」の強さと同時に、危うさや立ち向かう戦いの困難さを、感じ取って頂きたいです。というわけで、
次回 第5話 防戦・訃報・新手 です。
色々なタイプの敵が、色々な攻撃を仕掛けて来ます。「ファング」は強いですが、限界もあります。どんな強みがあって、どんな限界があるのか、などをご理解頂きながら、読み進めて頂けると嬉しいです。カイクハルドはピンチですが、まだまだ序の口でもあります。ご期待ください。